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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


+ 掃除手伝い求む。 +



■■■■



「暇だ」


 草間がぽそりと呟いた。
 そんな彼に対して溜息を吐くのは妹の零。彼女は部屋をくるぅっと見渡すと、もう一度溜息を吐いた。


「兄さん、そんなに暇なら部屋の空気を何とかして下さい」
「ん?」
「こんなんじゃ煙草に匂いでお客さん気分悪くなっちゃいます」
「……そ、そうか」


 思わず視線が泳いでしまった。
 今口に銜えていた煙草を灰皿に押し付け、窓を開く。籠もっていた空気が流れていくのが分かった。零は再度あたりを見渡し、三度目のため息を吐く。


「兄さんの煙草の匂いが既に部屋に染み付いちゃったみたい。薄っすらだけど天井とか色が変色しちゃって……ねえ何とかしましょう?」
「何とか、って?」
「何とか。言うならば、禁煙が一番」
「げ」
「まあ、今回はそこまでは言わないけれど、せめて室内を綺麗にして。確かに年度の変わり目で部屋が汚くなるって言っても限度があるでしょう?」


 にっこり。
 あたりに散らかった書類などを指差しながら彼女は微笑む。机から食み出しそうな書類、資料そのたもろもろを見た草間はひくっと頬を引き攣らせた。


「掃除、お願いしますね」
「……はい」



■■■■



「つーわけで、悪いが手伝ってく……」
「はっはっはっ! そんな事で私を呼ぶとは。一度死ぬか?」
「ぎぶぎぶぎぶっ!!」


 言葉を終える前に黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)はベアークローを喰らわせる。
 草間の額がめきっと嫌な音を立てているので、同じ様に呼ばれてきたシュライン・エマ、五代 真(ごだい・まこと)、陸玖 翠(リク・ミドリ)が慌てて彼女を止めた。ぜぇぜぇと荒い息を付く草間に対し、零が背中を撫でる。皆があたりをくるっと見渡せば、いまだ片付けられていない部屋があった。
 五代が肩を竦め、シュラインが頬に手を当て息を零す。陸玖も呆れた表情を浮かばせた。


「しっかしこんだけ散らかってちゃ、大掃除してもすぐ散らかるって」
「手伝って下さい。そのために呼んだんですから」
「ちえー。仕方ない零ちゃんのお願いなら」
「改めてみると結構天井なんかにはヤニが付いちゃってるわね。これは均等に丁寧に取ってやらなきゃ余計に見苦しくなっちゃうわ」
「シュラインさん、いつもすみません……」
「洗剤は何処ですか? あ、あと私呼ばれた時にファイルBox買ってきたんで、どうぞ使って下さい」
「あ、サンキュ」


 そう言って陸玖は袋に入った大量のファイルBoxを差し出す。
 草間は色とりどりのそれらを受け取りながら軽く頭を下げた。零は雑巾、箒、バケツ、塵取り、掃除機……と、掃除に必要だと思われるものは何でも取り出し並べた。そんな彼女に「流石に多すぎる」と誰かが呟く。
 零は五代に雑巾を渡し、シュラインにはスポンジを手渡す。そして陸玖に箒を掃いて貰うようお願いする。そして黒にはまた別の事柄をお願いしようと口を開く……が。


「さて、掃除してやろう、綺麗さっぱりとな」


 彼女は己の『影』を滑らせ、あたり一面の物を全て床の中に吸い込んだ。
 棚やソファなど何もなくなった部屋で、皆が立ち尽くす。殺風景過ぎる室内はまるでただの空き部屋のよう。


「お、おま、何をするんだよっ!!」
「次はお前も掃除してやる」


 黒は草間に凄む。
 男性と勘違いしそうなほど鼻筋の通った面立ちはそれだけで充分迫力があった。睨んだとほぼ同時に棚達同様草間が床に沈んでいくが、零がめっと叱り付けた。


「駄目です! 黒さん、元に戻してくださいっ」
「しかし随分すっきりしたわね。まるで興信所じゃないみたい。でもこれはこれで凄いことなのかもしれないけど、掃除じゃないわね」
「あ、でも余計なものがないからある意味掃除は楽、かも?」
「まあ、呼ばれてしまったものは仕方がない。掃除を手伝ってやる。だがこの方が色々と楽だと思うから必要なものがあれば随時取り出す、これでどうだ?」
「女には優しいんだな、このナンパ野郎め」
「私は女だ」


 影から開放され、浮き上がってきた草間に対して笑顔で顔面に思いっきり裏拳をお見舞いする。
 大丈夫? と心配そうにシュラインがよろけている草間を支え、そんな風景を見て他の皆が揃って肩を竦めた。五代は渡されていた雑巾を一度放り投げ、落ちてきたところをぱしっと手に取る。


「さて、壁と天井が煙草のヤニですっげぇ汚れてるな。俺はそっちの方をやるか。悪いけど脚立を出してくれ」
「ヤニって確か酸性水溶液やアンモニア成分が良いのよね。酢水でも結構効いた筈……」
「じゃあ、其れ系の洗剤を探しますね。なかったらお酢を持ってくれば良いんですよね?」
「お願いね、零ちゃん」
「さて、草間。人任せにしていないでお前もやれよ」
「ッ、ぶ!! 黒、雑巾を顔に投げるなっ!!」
「……何か文句でも?」


 反論する草間に対して微笑む。
 だが、目が笑っていない。其れを見た彼はぐっと言葉を喉の奥へと封じた。


「ヤニを落とすのは楽しいですよ。酷ければ酷いほど境目がはっきりしますし……ね」
「そういえばゲームセンターの店員だったわね。そっちも大変でしょう?」
「まあ、もう慣れました。あ、あと黒さん、机を一つずつ出してくれますか? そっちの方は雑巾で丁寧にふいていけば充分綺麗になると思うんで」
「分かった」


 皆が適当に役割を分担し、掃除を開始する。
 物がない部屋は少々寂しくあるが、致し方ない。黒は皆から頼まれたものをぽんぽんっと取り出し、部屋に置いていく。陸玖は出してもらった金属製の事務机を、洗剤の付いた雑巾できゅっきゅっと拭いた後他の雑巾で乾拭きした。
 シュラインは零と共に箒に結わえたスポンジを天井に押し付け、洗剤を垂らさない様にしながら汚れを浮かせていく。脚立に乗った五代は同じ様に洗剤をつけた雑巾を壁に滑らせ丁寧に引いた。


「うへぇ……雑巾があっという間に汚れちまったよ。それほど、草間さんの喫煙量が多いってことか」
「本当に皆さんすみません。後でお茶か何か用意させて頂きますね」
「良いってことよ。普段から草間さんには色々世話になってるしな」
「まあ、掃除はしないよりもする方が良いですしね。でもヤニ問題に関しては喫煙が一番良いかと思うんですが……」
「無理ね。武彦さん、根っからのヘビースモーカーだもの。何度も禁煙しようとしてはいるんだけど、結果は……見てのとおり」
「一度あの世を見てくれば改善されるんじゃないか?」
「……お前ら、言葉が痛いぞ」


 草間は端の方をちみちみっと雑巾で拭く。
 だが、なにやら頑固な汚れに出逢ったようで、同じ場所を乱暴に引っ掻いていた。がしがしがしがし。腕を勢い良く動かす草間にシュラインが首を傾げた。


「武彦さん、そんなにも落ちないの?」
「まあ、此処の染みがちょっとしつこくて」
「どれだ? なんなら俺が削り取ってやろうか?」
「そんなことしたら床が傷みますよ。そういう場合は……」
「こうしよう」


 何か案を出そうとした陸玖の言葉を遮り、黒が影を走らせる。
 すると草間が今まで唸っていた茶色の染みが一瞬にして消えた。棚を亜空間に封じたのと同じ要領で、其処にあった『汚れ』だけを落としたらしい。その場所が一気にぴかぴかになったのを見て、皆が口を開いた。


「悪い、こっちの染みもそれでやっちゃってくれ。中々取れねーんだわ」
「あ、それが終わったらこっちもお願い出来ますか? 此処の細かいのがちょっと綺麗にならなくて」
「出来ればこっちもお願いして良いかしら? どうしても落ちないのがあるの」
「私も出来たら……」
「あ、黒。此処のも頼むわ」
「っ……いい加減にしろ!! 私は何でも屋でも、清掃業者でもないんだぞ!」


 次々と飛んでくるお願いの言葉に黒は眉を寄せて怒鳴った。
 人間便利なものに頼りたくなるのは当然のこと。頼られていること自体には悪い気はしない彼女は口ではぶつぶつと言いながらも皆の願いを叶えた。そしてついでとばかりの室内の汚れをばばっと取り落とす。其れを見た零が不要になった掃除道具を直しにいった。
 すっかりぴかぴかになった部屋に感動しながら全員で見渡す。


「つーか、最初から全部やってくれれば良かったんじゃないか」
「でも黒さんに全部頼るわけにはいかないわよ。書類の整理なんかは全部手作業でしなきゃいけないもの。まあ、草間さんが最初から分類しておいてくれればこんな大事にならなかったと思うのだけど……」
「さあ、皆でやろうかーっ!」
「あ、私が持ってきたBoxを活用して下さいね。結構ああいうに入れて区切っておくと便利なんですよ。と言うわけで、書類棚とばらばらになってた紙束を出してもらえますか?」
「っと、これで良いか?」
「あ、その棚はこっちにお願いします。これはこっちで」


 零がてきぱきと位置を指差す。
 棚はすすすっと横滑りで移動し、やがて指定された位置に収まった。その前には積み上げられた紙の山が出現。中には何かの広告らしきものまで見え、整頓のなさが伺える。じぃっとりと皆が草間を見遣ると、彼はさっと顔を逸らした。


 最初に書類と広告を大まかに段ボールの中に放り込む。
 其れが終われば用途別に陸玖が持ってきたBoxに詰め込んだ。地味な作業ではあるが、しておかないと本当に面倒なことになるので皆黙々と行なう。やがて終わりが見え、五代が腕を頭の上に伸ばし、くぁーっと背筋を正した。


「しっかし草間さん、あんた本当に整理しろよ。あと煙草の量減らした方が良いぜ? でないと、また汚くなっちま……――――」
「あー、掃除の後の煙草はまた格別に美味い」
「――――って、言ってる側から早速吸うんじゃねぇよ! 俺だって、労働の後の一服を我慢してるんだから、せめて今日一日は禁煙するんだな。掃除を手伝った人に悪いだろう?」


 まだ完全に掃除が終わってもいないのに一服しようとする草間に対して五代が突っ込んだ。
 紙束をファイルにパチンっと留めた陸玖ははぁーっと息を吐く。それから自身の隣に積み上げられたファイル達を見つめた。


「しかし、私が買って来たBoxじゃ足りませんでしたね。御免なさい、こんなにあるとは思わなかったんです」
「いや、充分役立ってくれたぞ。サンキュー」
「さて、皆。疲れたでしょう? 時間が時間だから軽食の方が良いと思って、サンドウィッチ買ってきたの。好みがあると思ったから沢山買い込んじゃった」
「あ、俺これを貰う」
「じゃあ私はこれを貰って良いですか?」
「ふむ。では私はこれを頂く」
「今お茶を入れてきますね。ほら、兄さんは皆さんにお礼を言わなきゃ」


 黒はソファやテーブルなどを取り出し、陸玖が雑巾でさっと拭いた。
 それから各自シュラインの購入してきたサンドウィッチを手に取る。労いの食物に誰かのお腹がぐーっと音を立てた。思わず皆の顔から笑みが浮かぶ。
 零が台所に行く気配を感じながら、草間は頬をぽりぽりと指先で掻く。
 そして。


「今日は本当に有難うな」


 手伝ってくれた面々に、少しだけ困ったように笑って御礼を言った。




……Fin




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778 / 黒・冥月 (ヘイ・ミンユェ) / 女 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【1335 / 五代・真 (ごだい・まこと) / 男 / 20歳 / バックパッカー】
【6118 / 陸玖・翠 (リク・ミドリ) / 女 / 23歳 / (表)ゲームセンターバイト(裏)陰陽師】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、掃除はこんな感じに仕上がりましたが如何なものでしょうか?
 本当にいつも細やかなプレイングで素敵です(笑)何は兎も角、お手伝い有難う御座いましたー!