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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「胸部・むね」



 無言で座っていた浅葱漣の眉根に皺が徐々にできていく。
 彼はさらに経ってから苦悶の声を洩らした。
 ダメだ。
 集中できない。
 ごろんと横に転がり、漣はぼんやりと床を見つめる。
 仕事時間までは瞑想をして精神統一を図っていたのだが。
(それすらできないなんて…………未熟だ)
 自分が未熟なのはわかっていることだが、これほどまでに精神が乱されるなんて信じられない。
(雑念だらけだ……)
 バカ! 俺のバカ!
 自分で自分を叱って瞼を閉じる。
 脳裏に浮かぶ、近づいて来る彼女の顔……視界いっぱいに広がって……触れた唇の感触と…………と。
「わーっ!」
 悲鳴をあげて漣は起き上がった。顔が真っ赤に染まっている。
 今の余計な回想を追い払うように漣は手で頭の周辺の空気をばたばたと掻き乱す。
 けれども。
 ふいに手を止めて漣は落ち込んだように視線を伏せた。
(好きになるの、やめたほうがいい……って……言ってたな)
 それに彼女のあのガラス玉のような瞳。いつも以上に闇の底を映していたあの暗い目。
(俺は……誰かを好きになることなんて)
 ないと、思っていた。今まで。
 その資格がない、と思っていたからだ。
 それを忘れてしまうくらい……漣は日無子に惹きつけられている。これはまぎれもない事実だ。
 でも自分はもうすぐ死んでしまう身なのに。
 そのことを思い出して漣は冷汗が出る。
 自分が死んでも彼女は悲しんでくれるだろうか。いや、そうじゃなくて。……そうじゃない。
「俺……」
 自分はどうするべきか迷っている。



 夜の闇の中だからか、雨の音がやたらと大きく響く。
 漣は潰れた病院に来ていた。ここが今日の仕事場だ。
(いる……)
 霊の気配はないが、ほかのモノがいる。
 おかしい。病院というのは大体が霊の溜まり場なのに。
(それを一つも感じないなんて……)
 まるで「何か」に喰べられたように綺麗さっぱりない。
 自分の足音が小さく聞こえた。雨の音で足音はほとんど聞こえないはずなのに。
(……何かおかしい)
 自分の異常なほどの緊張に漣は不可解さを感じていた。いくら雑念が多いとはいえ、仕事中までそれは持ち込まないようにしている。
 それなのに。
 歩く漣はちらりと病室の中を見遣った。
 割れた窓ガラス越しに病室の中がうかがえるが、そこには何もない。あるのは汚いベッドだけだ。
 ここは穴場と呼ばれていかがわしいことに使われていただの、不良の溜まり場になっていたとも噂されている。
 噂の実態はわかりはしないが、誰かがここに入ったとしても……それを誰かが見ていても、『出てくる』姿は決して見られていないのは確かだ。
 入れば誰も出てこられない。病院の呪いだのと近所ではいわく付きの場所だ。
(血の臭いはしない)
 何かが棲み付いていればもっと……違うと思うのだが。
 あまりに何もなさすぎて漣は緊張していたのだ。それに、なんだか。
(足が……重いような)
 自分の足取りが徐々に重くなってきているような気がするのだが、これはどうしてだ?
 一歩ずつ前に進む漣はとうとう壁に手をついた。荒い息を吐き出す。異様なほどに身体が重い。
 ふいに顔をあげ、廊下の突き当たりにある窓ガラスに映っている自分の様子を見る。顔色が悪い。
 それに。
「っ!」
 ぎょっとして漣は振り向く。窓には映っていたというのに、なぜ後ろに何もいない!?
 徐々に重くなっていく身体にとうとう漣は膝をついた。まずい。非常に危険だ。
 ナニかが漣の後ろに居るというのに。それに、自分は明らかに敵に攻撃されている!
 どうしてこんなに容易く攻撃を受けているのだ? おかしいじゃないか。
「くっ……」
 結界を張るべきだ。剣指を作ろうとする漣は怪訝そうにした。
(体の反応速度まで落ちているのか?)
 遠くで鈴の音が聞こえる。漣は目を見開いた。そして苦笑する。
(白馬の王子様ならぬ、袴のお姫様の登場か……)
 漣の目の前の床にブーツがとん、と着地した。ああ、彼女だ。彼女が来た。
 漣は顔をゆっくりとあげる。そして唖然とした。
 彼女の姿はどうだ。
 雨にずぶ濡れで衣服は破れ、千切れている。ひどい有様だ。
 無表情で立つ日無子は漣を一瞥した後に瞼を閉じ、ふ、と息を吐き出して横の壁に拳をぶち当てた。コンクリートにめり込んだ拳からは血が飛び、指の骨が肉を突き破っている。
 まるで痛みで意識を覚醒させたかのようだ。ぼんやりしていた瞳に光が戻り、彼女は構える。手には漆黒の刀。持つ手はケガをしていない左手だ。
 彼女は一気にそこから駆け出す。
 何かを一刀両断した日無子はそのまま勢いを殺しきれずにつまづき、床に顔から突っ込んで数メートル滑った。
 彼女に斬られたものは悲鳴のような、唸り声のようなものをあげる。耳をつんざくその音に漣は床に這いつくばった。
 ――――終わった?
 しばらくして漣は耳の痛みに顔をしかめながら起き上がり、ハッとする。
「っ! 日無子!?」
 漣は慌てて立ち上がって日無子を見遣った。彼女は倒れたままだ。
 彼女に駆け寄って抱き起こす。
「日無子! 大丈夫か!?」
 手の甲で軽く彼女の頬を叩く。彼女は気づく様子がない。
(雨に濡れて冷たくなっている……! それに)
 着物と袴がぼろぼろになっているために、もはやあまり衣服としては役に立っていなかった。
 漣は自分のポケットを探ってハンカチを取り出すと彼女の泥に汚れた顔を拭く。
 こんなにボロボロなのに、なぜここまで来たのか不思議でならない。
 日無子を抱き上げて漣は先ほど見た病室へと運び、ベッドの上に降ろす。
(……困った)
 どうするべきかはわかっていたが、漣は悩んでいる。
 濡れた衣服を脱がすべきだ。もうほとんど布の状態になっているような気はするが。
 ぐっ、と唇を引き結んで漣は目を閉じる。位置は確認しているのだから大丈夫のはず。
 手探りで衣服を脱がせると漣は自分のコートを彼女に被せようとした手を止める。
 おそらくは下着姿であろう日無子の上にコートだけでいいのだろうか?
「…………」
 無言でコートを置くと自分のシャツを脱いで今度こそかけた。その上にコートを重ねる。
 もういいかなと瞼を開けると、日無子と目が合った。
 ぎくっとして硬直する漣は耳まで赤く染まり、だらだらと汗を流す。
 沈黙。沈黙。沈も……。
「…………無事?」
 小さな日無子の声に漣は「え」と洩らす。
「みたいだね」
 日無子は瞼を閉じた。
「…………漣くんのエッチ」
「っ! ち、違う!」
 否定した漣は彼女の様子が妙なことに気づく。
「……どうした? ケガが酷いのか?」
 見た目は傷などなかったが……やはり雨のせいだろうか?
「寒いか? えっと、火……ライターとかどこかに……」
 漣は部屋の中を見回した。
 日無子は腕をついて起き上がる。
「火が欲しいの? じゃあ、あたしの陽光燃火を使おうか」
 感情のない顔で言う日無子の言葉に疑問符が浮かぶ漣。
「? よくわからないが……無理はしなくていいぞ」
「…………じゃあ使わない」
 ベッドから降りようとした日無子がバランスを崩す。慌てて漣が抱きとめた。
「だ、大丈夫か?」
「…………」
 無言の日無子は小さくうなずく。だが動く様子がない。
 漣は今さらながら自分のコートと上着が床に落ちているのに気づいて真っ青になる。彼女がベッドを降りようとした際に落ちたに違いない。
 と、いうことは。
 頭が混乱し始めたが、漣は震える手で彼女を抱きしめる。ほっそりとした体に手がびくっとした。
 これが女の子の体なのだ。なんて小さい。
 自分は男で彼女は女。当たり前なのに、こうして触れて自覚するなんてほとほと恋愛ごとに自分は向いていない。
 だが強い感情がどっと胸に溢れる。彼女が……好きでたまらない。
 漣に体重を預けていた日無子は彼から離れようとして顔をあげた。漣と日無子は目が合う。
「なに、泣いてるの」
 日無子が怪訝そうに尋ねてくる。
 漣は涙を拭いもせずに口を開いた。
「…………傍に」
「?」
「キミの傍に、居たい」
 目を見開く日無子が不愉快そうな表情を浮かべた。
「日無子の傍に、居続けたい……」
「……は?」
「俺……」
 もうすぐ死ぬんだという言葉が口から出そうになる。
 死ぬのは怖くない。怖いのは、日無子の傍に居られなくなることだ。
 ずっと傍に居たい。彼女のことを見続けていたい。
 なんてたいそれた望みだ。――――死にたくない、なんて!
「……この間あれだけ濃厚なキスをしてあげたのに、諦めてなかったの?」
 ますます眉間に皺を寄せる日無子は息苦しそうにして漣の胸を手で押して離れた。
 だが彼女はそのままその場に崩れ落ちるようにうずくまる。
 胸元を手で押さえる日無子は恨めしそうに漣を見上げた。
「あれじゃ足りないっていうわけ?」
 漣は彼女の様子と言葉に傷つくが素直に言う。
「……足りない」
 だって。
「欲しいのは……日無子の気持ちだから」
 赤面する漣に日無子は呆然としてその場で転倒した。
「いづっ」
 小さく声を洩らした日無子に漣が片膝をついてうかがう。
「大丈夫か?」
「寄るな!」
 平手でも飛んでくるのかと思ったが、そんなことはなかった。日無子はまったく動かない。いや。
 動けない?
「どこか打ったのか?」
 そう言ってから彼女のあられもない姿に気づいて漣はサッと顔を背けた。
(これじゃまるで……俺が襲ってるみたいに見えるじゃないか……!)
 心臓がどくんどくんと激しく鳴る。伸ばしかけた手を引っ込めた。
「…………」
 日無子は床に手をついてゆっくり体を起こすと漣を睨みつけるように見る。彼女は舌打ちするように呟いた。
「……馬鹿な男だ」
「ば、馬鹿ってことはないだろ」
「…………憑物封印は終わった」
 漣はその言葉に目を見開く。
「…………もう会うこともない」
 そう言ってゆっくりと立ち上がった彼女を、漣は悲痛な表情で見上げた。
 日無子はまるで人形のようだ。いつもの笑顔もなく、ただじっと、モノを見るようにこちらを見ている。
「さようなら、漣」
 その声に感情などなく、漣は打ちのめされる。
 鈴の音が響き渡ったそこに日無子の姿はない。残された漣は雨音だけを聞いていた。
 自分はどうするべきか迷っている――――。
 漣は涙を流した。フラれた自分を哀れだとは思わない。望みがないから運命を受け入れて楽になりたいとも思わない。
(……生きたい)
 強く、それだけ考えていた。
(俺はまだ生きていたい――!)



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【5658/浅葱・漣(あさぎ・れん)/男/17/高校生・守護術師】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、浅葱様。ライターのともやいずみです。
 とうとう本編ラストです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!