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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「胸部・むね」



 橘穂乃香が遠逆日無子と出会ってから、もう結構経つような気がする。
 長いようで……でもあっという間で。
 頻繁に会える相手ではないのが……とても悔しい。
 日無子と話すのはとても楽しい。彼女はいつも明るくて、元気で、かっこいい。
 本人にその気はなくても、彼女は相手を楽しませる。
 穂乃香にはないものを彼女は持っているのだ。それが羨ましいこともある。
(憑物封印が終われば…………ひなちゃんに、会えなくなる……)
 いや、会えなくなるというのは間違っている。
 会える確率がぐんと減るだけだ。
 憑物封印のために上京している日無子は、それが終わると帰ってしまう。
 日無子の前任者である四十四代目の少年は……現在上海だ。つまり、仕事でどこに飛ばされるかわからない。
 それ以上に不安がある。
 前任者の少年のことを思い出すと、否応なしに日無子の身が心配になるのだ。
 そんなことない。日無子は彼とは違う。
 そう……信じている。半分だけだが。
 窓から闇夜を眺め、穂乃香は苦笑した。
 大きな屋敷に住む穂乃香。
 寂しいなんて思わない。思ってはならない。
 みんな自分によくしてくれる。だから寂しいなんて思うのはいけないことだ。
 いつも背伸びしている穂乃香。
 立派な女性になるのが、みんなの期待を裏切らないことが、みんなへの恩返しだと心のどこかで思っていた。
「小学生じゃん」
 と、穂乃香を笑った日無子。
 早く大人になりたいと穂乃香は思っていたのだ。
 遊びに来てくれる、骨董品屋に居候している少年。彼と並んでも不自然じゃない大人に。
 遠逆の人は穂乃香を子供扱いする。
 無理をしなくていい、と言外に言ってくれるのだ。背伸びせずにありのままでいいと。
 穂乃香の屋敷を見て彼らは広すぎると言う。
 それは穂乃香にだってわかっているのだ。
 ここは穂乃香にとっては広すぎる。
 夜中、ふいに目を覚ましてトイレに行く時も……部屋から出た時の廊下の広さと暗さに怖くなることだってある。
 ただでさえ小柄な穂乃香にとってはより大きく感じるのに。
 穂乃香の周囲には、彼女より大きな人しかいない。
 みな年上だ。だから目線も違う。
 それなのに。
(ひなちゃん……)
 あの雨の日。日無子が穂乃香の前に片膝をつき、視線の位置を同じにしたことを思い出す。
 真っ直ぐに。そして全く同じ高さだった。
 穂乃香はぐ、と唇を噛み締めて窓に掌をつける。
(ひなちゃん!)
 帰って欲しくない。本当は。
 たまにでもいい。会えるのがたまにでも我慢する。だから、帰って欲しくなかった。
 ちりーん、と音が響いた。
 穂乃香は目を見開く。
(この音……ひなちゃんの!)
 近くに日無子がいるのだ!
 いつかくる別れ。それはわかっている。だけど。
(今はまだ、少しでもひなちゃんと一緒に居たい……!)



 屋敷をこっそりと抜け出してきた穂乃香は、周囲を見回す。
 こんな夜中に出歩いていることを屋敷の者が知ったら激怒しそうだ。
(ひなちゃん……)
 どこにいるのだろうか?
 あちこち走り回っても、穂乃香は日無子の姿を見つけられない。
 もう戦いは終わってしまっただろうか?
 穂乃香は肩を落とし、落胆した様子で屋敷へと引き返そうとした。
 本当ならもっと探していたいがそういうわけにもいかないだろう。
(ひなちゃん……)
 なんだかひどく悲しくなる。このまま日無子に会えなかったらどうしようと思った。
 とぼとぼと歩く穂乃香は、背後からの足音に気づかなかった。
「お嬢ちゃん」
 そう声をかけられて初めて気づく。穂乃香は振り向いた。
 灯りのない場所に佇むのは……中年の男性のようだ。低い声だから、間違いない。
「はい……?」
「こんな夜中にそんな薄着で……なにをしているんだい?」
「え……」
 穂乃香は自分の格好を見下ろして慌てる。執事が見たら「はしたない」と言うかもしれない。
 急いで出てきたので寝巻きの上にカーディガンだけだったのである。
「あ、あのっ、急いでまして」
 苦笑する穂乃香は、男の様子がおかしいことに今さらハッとした。
 なんでこの男もこんな夜中にいるのだ?
 昼間に、執事が言っていたことを思い出す。この付近で最近殺人事件があったと。
 小学生の女の子が暴行されて殺されたと言っていた。
 だから気をつけろと散々言われていたのに――――!
(まさかこの人が……?)
 目を見開いて青ざめる穂乃香は動けなくなってしまう。
「お嬢ちゃん、かわいいねえ」
 いやらしく笑う男に穂乃香は震える。
 背筋を悪寒が走り、足がガクガクとし始めた。
 男は汚らしい格好でヒゲもろくに剃っていないように見える。
「だめだよう。お父さんとお母さんに言われなかったのかい?」
「あ……」
「あぶないよって言われなかったのかい?
 それとも……お嬢ちゃんも、そういうことされたいのかい?」
「っ」
 おぞましさに穂乃香は唇をわななかせる。
 だがその耳に聞こえた。声が。
「おい変態」
 冷たい女の声。
 男は振り向く。
 そこに立っていたのは、ぼろぼろの袴姿の日無子だ。ひどい様子に穂乃香は驚く。
 血で汚れている着物。明らかに戦闘の後だということがわかる。
(ひ、なちゃ……)
 ケガはないようだが、衣服の損傷がひどい。
 男は目を丸くしたが興味なさそうに嘆息する。
「悪いが……オレはお嬢さんのような大きなコは苦手なんだ」
「なるほど。洗濯胸でちっさい子が好きなのか。ド変態め」
 淡々と言う日無子の言葉は辛辣だ。だが男は気にもしない。
「花開く前の少女が穢れてなくていいのだよ。わからないかな」
「…………」
「彼女たちは天使なのだよ……! まだ誰にも……誰にも汚されていな……っ」
 話の途中で日無子がつかつかと近寄って思い切り殴った。男はぐるぐると回転して吹っ飛ぶ。
 穂乃香の足もとにどしゃ、と落下する男。あまりの出来事に唖然としていた穂乃香だったが、慌てて日無子の元へ駆け寄る。
 彼女の後ろに隠れるようにした。
「……てっ、てめぇ……なにするんだ……!」
 男の口から別の声がした。どうやらこの男は何かに取り憑かれているようだ。
「……殴ったんだよ。それすらわかんねーのか?」
 言葉遣いが乱暴だ。穂乃香はそれに驚くものの、日無子の表情のほうが気になった。
 まるで人形のように彼女は感情を出さない。
「殴るなんて、なんて乱暴な女だ! だから嫌いなんだよ! やっぱり小学生くらいが一番いい!」
「…………」
 倒れたままで言う男に日無子は近寄る。穂乃香も彼女の後ろをちょこちょこと続いた。
 日無子はブーツで男の顔を踏んづけた。
「うるせーんだよ変態が。出てかねーならこの男の頭を踏み潰すぞ」
 みしみしと男の頭蓋骨が音を立てる。
「わーっ! わかったわかった!」
 取り憑いていた霊は慌てて男から離れ、そのまま逃げ去った。穂乃香はそれを眺めていたが、日無子に視線を移す。
 日無子は黙って霊を見送った。
 おかしい。
(ひなちゃんが……悪霊を見逃すなんて)
「あ、あの……いいんですか?」
「…………ん?」
 穂乃香に視線だけ遣る日無子。
「あの霊は……悪い霊じゃないんですか?」
「ああ……いや、単なる変態幽霊だから」
「でも……あの、この付近で殺人が……」
「それはさっき退治した」
 日無子の言葉に「え」と穂乃香は呟く。
 退治した?
 もしかして……日無子のこの格好の原因は……。
 青くなる穂乃香に日無子は怪訝そうにする。
「…………なに?」
「そ、その姿は……あの、その戦いで……?」
「………………まあ、苦戦したし」
 ぼんやりと応える日無子。風が吹き、ぼろぼろになった袴と彼女の髪が揺れる。
 日無子が苦戦するなんて、どんな強い相手だったのだろう。穂乃香は心配そうに顔を歪める。
「だ、大丈夫ですか? どこか痛いところは……?」
「…………いいから……送るよ」
 ぼそぼそと言う日無子は穂乃香に歩くように促す。渋々と歩き出した穂乃香のすぐ後ろから日無子はついて来た。
 穂乃香はすぐ後ろの日無子をちらちらと見上げる。
「あ、あの……」
「…………心配いらないよ。犠牲者は、いない。なんとか逃がしたから」
 そんなことを訊いているのではない。犠牲者はいないかもしれないが、代わりに日無子がこんな状態だ。
 日無子はただ歩いている。いつも浮かべている笑顔もない。
 どうしたんだろう? 何かあったのだろうか? 疲れている?
「あのっ、ひなちゃん、もしかしてあの、お疲れです……か?」
 送ってもらうことが悪いような気がして、遠慮するように穂乃香は尋ねた。
「…………まあ、仕事の後だから疲労はしてるよ。でもやっと憑物封印が終わったから、これほど苦労することももうないな」
 穂乃香はその言葉に可愛らしい大きな目をさらに大きく見開く。
 憑物封印が終わった?
(うそ……)
 こんないきなり、日無子と別れがくるなんて!
 呆然として歩く穂乃香は、屋敷に戻るまで一言も喋らなかった。
 屋敷の門の前までくると穂乃香はぎこちなく頭をさげる。
「あ……ありがとうございました……送ってく、くださって……」
「………………べつに」
 冷たい声でそう言うと日無子は背中を向けてそこから去ろうとした。
 穂乃香は慌てて声をかける。
「ま、待ってひなちゃん!」
 日無子はぴた、と動きを止めて穂乃香を振り返る。表情がない彼女がこれほどの美少女とは思わなかった。
 肩越しに視線を向けてくる日無子の黄色の瞳が闇の中で不気味に輝いている。
「――――なに?」
「あ……えっと、あの……」
 どうしよう。思わず呼び止めてしまったけれど。
 日無子は怒っているのかもしれない。そんな彼女になんて声をかけたらいいのか……。
「お、お仕事……お疲れさまです……」
「……………………ありがと」
 ……こんなことが言いたいんじゃない。
 穂乃香はぐっと唇を引き結ぶ。
 涙が出そうになる。泣いたら日無子を困らせる。我慢しなくては。
 だが無理だった。突然の別れにうまく対処できない。
「い、行かないで……ひなちゃ……」
 小声でそう洩らす穂乃香。
 歳相応の子供のように嗚咽を洩らして泣く穂乃香を見て、日無子は不快と言わんばかりに眉根を寄せた。
 彼女は前を向き、歩き出す。
「………………バイバイ、穂乃香ちゃん」
 ちりーん。と、鈴の音がした。
 涙で霞む穂乃香の視界から、日無子は姿を消し去る。
 穂乃香はただ、涙を流していた。別れはあまりにも――――辛い。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【0405/橘・穂乃香(たちばな・ほのか)/女/10/「常花の館」の主】

NPC
【遠逆・日無子(とおさか・ひなこ)/女/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、橘様。ライターのともやいずみです。
 憑物封印の本編ラストですが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!