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<東京怪談・PCゲームノベル>


CallingU 「胸部・むね」



 ちりーん、と鈴の音が耳に届く。
 ああ嫌だ。
 黒崎狼は不愉快そうに顔をしかめた。
 この音はもう聞きなれたものだ。四十四代目の少女の時も鳴っていたもの。音の種類は違うが――。
(遠逆の退魔士特有の音……)
 この音が鳴る時は、音の主がまたどこかで戦っているということだ。
 だから、嫌なのだ。
 屋根の上に居た狼は夜空を見上げる。
 この空の下のどこかで欠月はまた戦っているのだ。
 彼は憑物封印を終わらせるために、戦っている。
 仕事中の事故で記憶を失った欠月。欠月の異常なほど冷たい手。
 嫌な想像をして狼は頭を振る。
(やめろって……。欠月が、一度死んでるかもしれないなんて)
 そんなこと、あるわけない。
 明確な『死』ならば自分が気づかないはずはないのだ。
 膝を抱えて頭を伏せた。
 だいたい一度死んでいるならばどうやって蘇らせるというのだ? それは禁忌だ。
 狼には可能な能力でも、この世の摂理からは反している。
 そう……死者を生き返らせるという行為は長年に渡りヒトが求めてきたもの。簡単には使えない。
 狼とてその能力を使ったことはない。いや、使えない。
 どんな恐ろしいことになるかわからないし、まして狼自身にどんな作用を起こすかわからないからだ。
 狼は顔をあげて立ち上がった。欠月を探すために。



 翼をはためかせて欠月を上空から探す狼。
 峠の、明らかに危険な場所にある道路。
 そこに欠月は居た。
 ガードレールの上に器用に腰掛けて、頬杖をついて崖下を眺めている。少し背中を押されれば崖下に直行だというのに。
「欠月! 危ないだろっ」
 慌てて道路に着地して近づく狼。
 欠月はぼんやりした瞳で狼を振り向いた。
「ああ、なんだキミか」
「キミか、じゃねーだろ! なんてとこに座ってんだよ!」
「……べつに」
 欠月は視線を戻し、前を向く。
(よく尻が痛くならないよな……)
 そんなことを思いながら狼は道路のちょうど真ん中あたりで足を止めた。
 道路には車が一台も通っていない。こんな夜中だし、当然だろう。
 あれ? と狼は気づいた。
 少し先……ちょうどカーブになった場所のガードレールだけ真新しい。
「あそこで事故があったんだよ」
 小さく言う欠月の声にぎくりとする。どうして自分が見ていることに気づいたのだろう?
(頭の後ろに目でもついてんじゃねーのか、こいつ)
 顔をしかめる狼であった。
「まあ、事故がありそうな場所だな。こんな山の中だし、どーせスピードの出しすぎだろ?」
「……正解。泥酔してて飲酒運転だったんだよね」
「詳しいな。あ、今回の退魔の仕事ってそれか? 運転手が化けて出てたとか?」
 尋ねるが、欠月は振り返らない。
 相手にされていないようで狼はなんだか落ち着かなかった。
「速度制限を完全にオーバー。カーブを曲がりきれるものじゃなかった」
「へえ」
「でも、運転手は生きてるよ」
「えっ! すごいな」
 本気で感心してしまう。
 車ごと崖に落ちたらまず助からないのに。
「わかった! ガードレールにぶつかる前に車から外に投げ出されたんだ!」
「実際に事故が起こったのは――――ココ」
 欠月の呟きに、狼の背筋を悪寒が駆け抜けた。
 いま、なんて?
 事故が起こったのは、ここ?
 ここって……。
(俺が立ってる……ココ……?)
 冷汗が出る。
 生暖かい風が狼の頬と髪を撫でて通り過ぎていった。
「こ、ここって……」
「――――キミの立っている場所」
「…………」
 完全に狼はその場で硬直してしまう。
 足が地面から動かなくなった。
「そこで人が轢かれた。撥ね飛ばされて、道路に頭から落ちた」
 欠月の声には感情が含まれていない。
 もしかして……。
 もしかしてもしかして。
「運転手に非があるのは当然だよね。わざとぶつかったらしいから」
「…………」
「動物が居たから、誰もいないし夜だから、撥ねてやろうとしたんだって」
 どうして欠月は笑わない?
 いつもなら笑って、馬鹿にして喋るくせに。
 どうして――――!?
「撥ねられたヤツは目の前に迫る車にまともに反応できなかった。ひどい疲労で」
 こんな闇の、こんなひと気のない場所で。
 ソイツは何をしていた?
「フフ。可笑しいよね。まあ間違っちゃいない。ニンゲンも、動物だ」
 声がまったく笑っていない!
 狼は真っ青になって荒い息を吐いた。
「か、かづ……き……」
 肩越しに欠月が振り向く。
 彼の紫色の瞳が爛々と闇の中で輝いている。
「そう、ここで轢かれたのは――――――――ボクだよ」
 彼は笑っていない。
 やはり、だ。
 欠月が記憶喪失になる原因の事故。その事故現場がここなのだ。
 こんな寂しい場所で欠月は、そんなヤツに、そんなヤツの運転する車に…………。
 不思議なことに狼は怒りも悲しみも湧いてこない。心がまるで凍っているようだ。
 ただあの紫の眼から視線が外せない。
 まるで呪縛。
「運転手はボクを撥ねたあと、スピードが緩まった状態であのガードレールに突っ込んだ。まあ、崖に落ちなかったのは幸いだろうね」
 まるで魅了。
「…………変だな。可笑しな話をしたのだけど、キミは笑わない」
 声がまるで機械。
 狼は喉が渇く。ひりひりする唇を開き、震える声で尋ねた。
「欠月……お、思い出したのか……? その、こと……」
「これはボクが運ばれた病院の、先生に教えてもらったの」
「そ、なのか……」
「…………吹っ飛ばされて、道路にズドン、だよ?」
 頭から落ちる様子を想像して狼は蒼白になる。
「生半可なことじゃ、思い出さないわけだよね」
「そ、だな」
 苦笑いになってしまう。うまく笑えなかった。
 いつもなら欠月が笑っているのに。
 狼は想像する。
 退魔の仕事でふらふらだった欠月の目の前に迫る二つの光を。そのヘッドライトに照らされて目を細める欠月。
 酒でまともに判断できない運転手。欠月の姿を、人間ではなくただの山の動物と判断した。
 ――――轢いてやれ。
 暴力的な感情が爆発して、さらにアクセルを踏む。
「まあ……受身くらいはとったんだろうね。首の骨が折れてたら即死だし」
 小さく言う欠月。
「出血はそれほどなかったんだって。失血死しなくてほんと良かったよ」
「そう、なのか」
 狼はホッと安堵した。
 自分の考え過ぎだったようで、安心したのだ。
 ここで欠月が死んだかもしれない、なんて。
「医者の話では、記憶が命の身代わりになったんだ、って言ってた」
 うまいこと言うな、と狼は思う。
 欠月の言うところの「代価」というやつなのだろう。命の代わりに記憶が消えたのだ。
(じゃあ体温が低いのも、その後遺症なのかな……)
 そう考えれば意外にしっくりきた。
 でも……なんだか変だ。
「……欠月、おまえ……記憶は戻ってないんだよな?」
「戻ってないよ」
 あっさり言われるが、いつものように笑顔ではない。
 本当なんだろうか?
 だって欠月は嘘を平気でつく。
「本当に?」
「ボクが嘘を言っているとでも?」
「そ、そういうわけじゃ……」
 欠月は狼に興味がないように顔を前に向ける。
「ところで何か用なの?」
「あ、その」
 戸惑いながら狼は必死に考えた。なにか欠月に声をかけなければ。早く。
「あ、こ、この間の! か、看病……なんだが……あ、ありがと……う。……どうしてもそれだけ言いたくて。か、借りを作るの嫌いだし……」
「……そう」
「その、借りを返すためにも……本当に助けが必要な時は……呼べ、よな」
 優しく言う狼のほうを欠月は振り向きもしない。
「…………『助け』と言うからには、キミは理解しているのかな?」
 冷たい欠月の声に狼はびくっとする。
「な、にが……?」
「キミは誰かを救えるほど、力があるの?」
「それは」
「あるからそんなことを言っているんじゃないの? 必ず自分なら助けられると、そういう自信を持てる根拠があるんでしょ?」
「…………」
「キミはボクを助けられるんだね?」
 本当に?
 どうして欠月は自分を試すようなことを言うのだと、狼は思った。
 狼は欠月の力になりたいのだ。欠月の助けになりたいと。
 だが。
(俺は欠月のことを何も知らない)
 自分の苦しさを欠月に見せないのに。
 欠月が自分に何も見せていないのに。
 互いに何も見せていないのに!?
 居場所のない自分。だから居場所を求めた。
 たくさんの友人。大切な人たち。
 『家』にはない、温もり。自分の存在できる場所。
(俺にできることなんて……本当はたかが知れてる……)
 助けにならないかもしれない。
 でも!
「力になりたいって思ってるのは本当だ!」
 大声で言い放ってから、欠月の反応を待つ。
 狼は唇を噛み締めた。
「な、んで……そんなこと言うんだ……? 変だぞ、おまえ……」
「変? そうかな。ボクはごく当たり前のことを言っているに過ぎない。
 キミがあまりに容易く『助ける』なんて言うから、腹が立っているのかもね」
「簡単なんて、思ってねぇよ……」
 自信がなさそうに狼は言う。あまりに欠月の言葉が強くて、反論できないのだ。
 簡単なんて思っていない。ただ、そう。心が感じるままに言っただけ。
「おまえのこと、なんにも知らない…………だけど、おまえのこと、嫌いじゃないんだ」
 心からの、素直な言葉。
 嘘偽りのない言葉。
 欠月はゴミでもついたのか、胸元を擦る。
「…………誰も嫌いになれないくせに、よく言う」
 彼の声はとても不機嫌で、そして狼の胸に突き刺さった。
「そうそう」
 思い出したように欠月は言う。その声はもう、不快の色は混じっていない。
「憑物封印は、さっきのでオシマイ」
 狼が目を見開いた。
 欠月はやはりここで仕事……憑物封印をしていたのだ。
 そしてそれが終わった、と彼は言った。
(終わった……憑物封印が?)
 それは。
「さよならだね、狼くん」
 振り向いた欠月は微笑していた。
 あまりに美しく。あまりに切ない。
 見惚れるほどの、まるで絵のような完璧さだった。
 ガードレールの上に器用に立ち上がり、彼は狼のほうへ体を向ける。よく見れば表側は、まるで袈裟斬りをされたように大きく斜めに制服が破れているではないか。
 衣服の下からは欠月の薄い胸板が覗き、そこに傷はない。
 狼は青くなった。傷は完治しているが、明らかに狼が来るまでに彼がひどい損傷を受けていた証拠だったからだ。
「かっ……!」
 手を伸ばして駆け寄ろうとした時には鈴の音が響き、欠月の姿がガードレールの上から消えていた。
 狼は「あ」と小さく呟き……力なく、伸ばした手を降ろすしかなかったのだ――――。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【1614/黒崎・狼(くろさき・らん)/男/16/流浪の少年(『逸品堂』の居候)】

NPC
【遠逆・欠月(とおさか・かづき)/男/17/退魔士】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございます、黒崎様。ライターのともやいずみです。
 とうとう本編ラストです。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!