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調査File12 −高速道路−
すさまじい音がした。
高速道路での事故。
居眠り運転のトラックが、家路に帰る家族の車をおそった。
運転手だった父親は、あわてて車外に飛び出し、家族をみる。
皆ぐったりとして、意識がないようだった。
幸い荷物が多くのっており、しかも後ろが広いタイプの車だったので、後部座席まで潰れる事はなかった。
携帯電話を取り出そうと腰のベルトに手をあてたが、こんな時に限って別のバッグにいれたままだったのを思い出した。
舌打ちしつつ、みれば反対車線にある緊急用の電話。
父親は慌てて電話へと走り出した。
ツン、とガソリン臭いのが鼻につき、振り返るとタンクからガソリンがもれだしているのが見えた。
早く連絡をしなければ、そして家族の元へ戻らなければ、と反対車線に飛び出した瞬間、父親の体は空中を舞っていた。
「お父さんを助けてください!」
梁守サイキックリサーチを訪れたのは、小さな男の子だった。
手には青いお財布が握られている。
聞けば、事故のあった翌日から、事故現場で男の霊が出没するようになった、という。
その霊は反対車線へ飛び出してきて、消える。
それを繰り返している、という。
「その霊が父親だ、というのですね」
「はい」
目に大粒の涙をためながら、決してこぼすまいと目を見張り、男の子は唇をかみしめる。
「わかりました。……すみません、お願いしてもよろしいでしょうか?」
「事故現場の高速道路に現れるのは、事故があった時間帯だけなのでしょうか。それとも、時間に関係なく、事故にあった車種に飛び出しているのでしょうか」
整った顎を軽くつまみながら、セレスティ・カーニンガムは考え込むように瞳を軽く閉じた。
依頼者の少年、坂巻高雄(さかまき・たかお)の姿はない。
「うぅん…、その緊急用の電話まで導くか、反対車線に出る前に電話に出られれば悔いはなくなるんじゃないかしら」
事務所の壁にもたれるようにして、電話を見ながらシュライン・エマが言う。
「問題は高速道路って事よね……」
調査理由が幽霊が出るから、だけじゃ許可でないだろうし……あ、でもあの人に頼んだらOKかも…でも無理かしら……。
シュラインは頭の中でコネクトできる人物を次から次へと浮かべていく。
「その辺は、多分なんとかなると思いますよ」
財閥総帥、という肩書きの他に占い師、という肩書きも持つセレスティン。占う内容は主に財閥の行く末だが、頼まれればたまに政府高官などの占いも受けることがあった。
その辺のつながりで、少し無理を言えば頼めるかも、という事だった。
「じゃあ、その辺はセレスティさんに任せておいて。まぁ、路肩を少し借りられればいいわけだから。事故の方の詳しい状況、私の方で調べておくわ」
「お願いします」
シュラインとセレスティは目配せをして、お互いにやるべき事をはじめた。
事故の時間は夕方。
薄暗くなった時間だった。
トラックの運転手は業務上過失傷害は起訴中であり、話を聞くことはできない。
シュラインが警察から事故の内容を聞き出してきた。
「午後6時48分、ここで事故が起きたのね」
セレスティの車が路肩で停車する。車通りはまばらで、反対側にある緊急用の電話がよくみえる。
シュラインは形のいい脚を車外に出し、緊急用の電話をみながら車からおりた。
「高雄くんの父親、幸雄(ゆきお)さんをはねた車は○×のセダンタイプで、運転手はすでに逮捕されています」
書類を読み上げるセレスティに、シュラインは頷く。
二人が乗車していた車の後ろには、高雄の母親が運転する車が停車していたが、車からおりてくる気配はなかった。
高雄の母親、仁美(ひとみ)は一緒に来ることをかなり渋っていた。
高速道路での幽霊目撃の話を、幸雄だと信じたくなかったからだ。しかし子供達に説得され、やっと一緒に来てくれることを了承してくれた。
「今まで、事故現場には誰も来てなかったみたいね」
「あの様子ですと、そうみたいですね。……家族の無事な姿を見ることができれば、幸雄さんも浮かばれると思うのですが……」
殻に閉じこもったように車から出てこない家族の姿。それを見て二人は小さく息をつく。
まだ事故の記憶は新しい。その上父親が幽霊になってまで、まだ助けを求めているかもしれない、という事実。
なかなか受け入れがたいものなのかもしれない。
二人が車を見ていると、後部座席が少しあき、またすぐに閉じられる。
そして言い合いする声が聞こえてきたかと思うと、再び後部座席が開いた。
「……ごめんなさい」
顔を出したのは高雄と、その妹香奈美(かなみ)だった。
「お母さん、どうしても出てこない、って……」
しゅん、とした顔の高雄に、シュラインは頭を撫でながら微笑む。
「大丈夫よ」
「お兄ちゃん……パパ、来るの?」
高雄の後ろに隠れるようにして、上目遣いに高雄を見る香奈美。それに高雄はシュラインはそうしたように頭を撫で、頷く。
「お父さん、いつもいつも俺らの事助けてくれたよな? だから今も、一生懸命助けてくれようとしてんだよ」
「でも香奈美、助かってるよ?」
「うん。でもお父さんはそれ知らないんだよ」
「じゃあ…教えてあげなきゃね。香奈美元気だよ、って」
「うん。俺たちみんな、お父さんのおかげで元気だよ、って教えてやろうな」
二人の会話を聞きながら、シュラインとセレスティは目頭が熱くなる。
それを感じながら、目撃情報が一番多い場所へと目を向けた。
目撃される時間は、やはり事故があった前後。
その時間に数回、電話へと走る男の姿が目撃されている。しかし対向車線に出、車のライトが見えると、そこからぱったりと姿を見せなくなると言う。
それは事故の再現なのか、対向車にはねられた父親のように、その後電話へと走ることはできなくなるのだ。
そしてまた、翌日の同じ時間あたりに、また助けを求める……。
「そろそろ時間ね」
腕時計で時間を確認し、シュラインは電話をちらと見た後、自分たちが車を停車しているあたりをみる。
セレスティの頬を、僅かな湿気を含んだ風が撫でる。
「来ますね」
視力は弱いが、それ以上に勘が鋭く、水を使役するセレスティは、風の中に潜む僅かな水分からですら、色々読み取ることができる。
瞬間、セレスティ達の車の近くに男の姿が現れた。
「おとう……」「パ……パ…」
飛び出そうとした二人の子供をシュラインが抱きしめる。
男は何度も車が停車していたであろう場所を見、反対車線へと飛び出し、ふっと姿が消える。
そしてまた同じ場所へと現れる。
「あなたっ」
運転席のドアが勢いよく開き、仁美が飛び出す。
その声に、男の霊、幸雄が立ち止まる。
「お父さん……」
「パパ……」
そっとシュラインが手を離すと、二人もゆっくりと幸雄に近づいていく。
『お前、たち?』
無事だったのか、と唇だけが動く。
「ええ、無事よ……もう大丈夫なの。みんな助かったから……」
絞り出すように仁美が言うと、幸雄は二人の子供をみて安堵の表情を浮かべた。
『そうか。それなら良かった』
「パパ、ありがとう。香奈美元気だよ」
香奈美が幸雄に飛びつくが、すり抜けてしまう。
それにセレスティが何か呪文のようなものを口にした。
すると今度は幸雄の手が、しっかり香奈美の頭を撫でた。
「……人間の体はほぼ水分でできてますからね」
空気中の水分を凝縮し、外見をたもったまま、水で体を構成させた。
呟いたセレスティに、シュラインは小さく笑う。
「お父さん、もう電話まで走らなくていいんだよ」
『うん。ありがとうな、高雄』
「ありがとうはこっちだよ。お父さんありがとう。ずっとずっと、大好きだからな」
『ああ、父さんも高雄が大好きだ。…勿論香奈美も、母さんも』
「香奈美もパパだーいすき」
「あなた……」
心残りがなくなったせいか、幸雄の体は段々と透けていく。
『高雄、父さんの分まで、母さんと香奈美をよろしく頼むな』
「うん! だから……だからお父さんも俺たちの事、ちゃんと見ててくれよな」
涙でぐちゃぐちゃになった顔。それでも精一杯の笑顔を浮かべる。
『ごめんな、仁美。約束、守れなかった……でもずっと見守ってるからな』
「約束……」
家族を残して先には死なない。ずっとみんなを守っていくからな。それは高雄が生まれた日の朝、幸雄が高雄を抱きながら仁美に誓ってくれた言葉だった。
「もう、もういいの……ゆっくり休んで……でも、時々は夢でもいいから顔を見せてね」
『うん……』
幸雄の姿はどんどん薄くなる。それにあわせて幸雄の体を構成していた水分も散っていく。
「お姉ちゃん、お父さん、大丈夫だよね?」
高雄に見上げられて、シュラインは頷く。
「もう大丈夫よ。ここにはもう出てこない。だって助かったことを知っているんだもの」
「大切な家族を、いつまでも空から見守っていてくださりますよ」
完全に幸雄の姿が消えたあと、香奈美はこらえていたものをはき出すように、セレスティに抱きついていつまでも泣いていた。
仁美はハンカチで目をきつく押さえ、高雄は決意を瞳に宿らせ、目をみはって幸雄が消えた場所をいつまでもみていた。
「ありがとうございました」
仁美は深々と頭を下げる。
あのまま幽霊の話をそのままにしておいたら、いつまでも幸雄はあそこで助けを求めていた、それを思うと胸が熱くなる。
でももうそれはなくなった。
家族の無事を知ったから。
「高雄もありがとね」
「ううん、いいんだ」
晴れやかに笑った高雄。
その横にいた香奈美がとことことセレスティの前まできて、小首を傾げる。
「おにいちゃん、ありがとね。香奈美お洋服ぬらしちゃってごめんね」
「大丈夫ですよ。わざわざありがとう」
優しく微笑まれて、香奈美も笑みを浮かべる。
3人はお辞儀をすると、車にのって去っていった。
あたりはすっかり闇に包まれている。
車が時折通り過ぎ、ライトが二人を照らす。
「そろそろ、帰りましょうか」
「そうね」
ゆっくりと車に乗り込んだ。
車が去った後には、風で飛ばないように置かれた、花束があった。
それにはメッセージカードが添えられていた。
『家族を守った優しい父親に安らかなる時を』
花びらがひとひら、風に舞う。
それは空に吸い込まれるように、消えていった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】
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■ ライター通信 ■
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お久しぶりです。夜来聖です。
依頼にご参加くださり、ありがとうございました☆
今回も相も変わらず家族愛、って感じなんですが。
いつもと少し書き方をかえてみたんですが、微妙すぎてわからないかも(汗)
また次の機会にお逢いできることを楽しみにしております。
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