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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


◆ 白き罪 ◆



◆ ◇


 中世ヨーロッパ風のお屋敷の最上階、今日も白き鳥は空に舞う。
 追いすがる警察を撒き、空に一番近い場所へ・・・月に最も近い場所へ・・・。
 夜に映える白を見逃すまいと、新人らしい警官が走りより―――
 黒羽 陽月の見ている前で、バランスを崩して屋根から転げ落ちた。
 幸い、すぐ下のテラスへと落ちたため、それほどの高さを落下したわけではなかったが。
 見れば気を失っており、腕の部分が赤黒く染まっていた。
 ザァっと、体温が奪われる。
 急いでテラスへと下り、警官の怪我の具合を調べる。
 ・・・それなりに深い傷を前に、黒羽は唇を噛み締めた。
 例えこの怪我が警官のミスで起こった不慮の事故でも、黒羽が予告状を出した場で起こった事。
 それは全て、黒羽の責任だ・・・。
 もし、俺がここに予告状を出していなければ、この人は怪我をせずに済んだ。
 慌てていつも持っている包帯を取り出す。
 狙われる事の多い黒羽は、怪盗としての仕事の後に待ち構えている襲撃に備えて、いつも包帯や薬を持っていた。
 ・・・これが役に立つなんて・・・。
 急いで怪我を手当てし始める。
 ――――― 誰にも怪我させないなんて、そんな“つもり”はイラナイ・・・
 包帯の白が染まる、赤く・・・赤く・・・。
 「・・・っ・・・」
 顔を顰め、警官が目を開けた。
 痛いのだろうか・・・顰められた眉が、あまりにもリアルで。
 「ごめ、なさい・・・っ・・・」
 目を開ければ怪我の手当てをする怪盗。
 それに驚いた警官が目を大きく見開き ――― けれど、黒羽にはそれを気にする余裕は無かった。
 止まらない血が、酷く黒羽の心を責める。
 一通り包帯を巻き終わると、黒羽は立ち上がった。
 遠くから聞こえて来る警官達の足音を聞きながら、後は彼らに任せようと思う。
 きっと・・・病院に連れて行ってくれるだろう・・・。
 「本日は申し訳有りませんでした。」
 そう言って、そっと包帯に唇を落とすと、深々と頭を下げて・・・黒羽は月明かりの下、夜空を駆け抜けた・・・


◇ ◆


 お屋敷から随分離れた場所で、黒羽は足を止めた。
 冷たい風が吹く。
 眠ってしまった、夜の街。
 イルミネーションだけが明るく輝くこの街。
 そんな街の全てを見渡せるこの場所は、誰からも見えない場所だった。
 ずっと耐えていたものが、決壊する。
 押さえていた感情の波は高く、それは・・・黒羽の理性を軽く流し去った。
 ・・・上を向く。
 闇夜に浮かぶ月が、朧月に見える。
 滲む、視界。
 ――― 頬が冷たい・・・。
 伝う、滴は風に冷まされて、熱を奪われては黒羽の頬をひんやりと撫ぜた。


◆ ◇


 あの独特な凛と澄んだ雰囲気と、月光に映えすぎる白を見た時、すぐにピンと来るものがあった。
 工藤 光太郎はそっと彼に近づくと、声をかけた。
 「おい。」
 「何だよ、俺なんかに構うな。」
 不意に聞こえて来た声に、黒羽は器用に“声は”平静を装った。
 工藤の方には背を向けているから、向こうは泣いているのは分からない筈・・・。
 だけど、工藤にはそんな“演技”程度では騙されなかった。
 声には心が映されなくても、彼の発する雰囲気から・・・全ては分かる。
 「らしくないぞ。」
 その言葉に、黒羽は小さく溜息をついた。
 ・・・あぁ、だから探偵って人種は嫌いなんだ。
 何だって見抜いてしまう・・・
 黒羽は諦めると、工藤の方を振り返った。
 ――― それは、工藤から見れば丁度月を背景にしており・・・
 あまりにも幻想的な、怪盗の涙。
 ゆるゆると流れるソレは、淡い輝きを発していた。
 「・・・俺の所為で、あの人、怪我したんだ・・・っ・・・」
 「あぁ、知ってる。」
 工藤はあっさりとそう言うと、それ以上は何も言わなかった。
 きっと、俺に気を遣ってくれているのだろう。
 ・・・それが、尚更悔しくて・・・
 ――― 誰も、傷つけたくなんて無かった。
 贖罪なんて必要ない。
 許しを請うなんて事、したくない。
 優しい人達を騙して、それでも怪盗をしようと決心した瞬間・・・


    俺は罪人になったんだから・・・


 そんなエゴの固まりでやっている事で、誰かが傷つくなんて事があっちゃいけない。
 白き罪、純白なる最上で孤高な罪。


 誰もが罪を背負っており、誰もが、人を傷つけながら生きている。
 傷つけ、傷つけられ・・・それでも、誰も傷つけたくないと言う気持ちは誰しもの胸に宿るコト。
 けれど、人は生きていく上で誰かを傷つけてしまう。
 不意に発した一言が、不用意にした行動が、知らずのうちに他人の柔らかい心を抉る。
 ・・・でも、誰しもが、罪からの解放を求めている。
 贖罪は必要で、誰かに許しを請いたくて。
 黒羽は、純粋すぎた。
 それ故に、他人以上に自分を傷つけている事を・・・彼は、分かっているのだろうか・・・。


◇ ◆


 警官1人に怪我をさせてしまったくらいで涙を流す、純粋な白い鳥を前に、工藤は言葉を失っていた。
 気位の高い彼だからこそ、下手な同情の言葉はいらないだろう。
 慰めの言葉も、励ましの言葉も、全ては薄い言葉に聞こえるだろう・・・。
 声も出さずに、ただ涙を流す・・・
 その姿を誰が“アノ”怪盗だと思うのだろうか?
 誰も、怪盗の心なんて見ない。
 彼の起こした行動にだけ目を向け、新聞は好き勝手に彼を書きたて、専門家を語る連中が全然的外れな見解を述べる。
 まるで刃のようなその言葉達は、今までも、そしてこの先も・・・純白の鳥をどれだけ穢せば済むのだろうか。
 工藤は黒羽に近づくと、そっとその頭を撫ぜた。
 言葉はいらないけれど、きっと・・・何かを欲しているはずだから・・・。
 「あーあ、これがアンタじゃなきゃなぁ・・・」
 「殴るぞ。」
 「何だってこんな所で怪盗が探偵にいたぶられなきゃいけないワケ?」
 黒羽がそう言って肩を竦め・・・苦々しい表情を作ると“わざとらしい”視線を工藤に向けた。
 「あ、もしかして名探偵ってばそういうご趣味が?」
 「オメーが希望すんなら。」
 「・・・・・・。」
 どうやらとんでもない地雷を踏んでしまったらしい。
 真顔で返された言葉に一抹の不安を抱くと、黒羽は叫んだ。
 「おまわりさーんっ!!」
 「警官を呼ぶのか?怪盗が?」
 おかしそうにそう言う工藤をキっと睨みつけ、頭に乗せられたままの手をどかすと、黒羽は頬を流れる涙を拭った。
 大きく深呼吸をして、冷たい風を胸いっぱいに吸い込み―――




      見上げた月は、しっかりとした輪郭をしており

       今日も、月明かりは眩しかった・・・・・









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