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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>





「あんたの、その刀だが」
 本から生え出る奇妙な腕。その腕を持ってきつつ、碧摩蓮はいきなり刀に言及した。
 櫻紫桜が店に訪れると、アンティークショップ・レンの店長が、本から出る腕をなんとかしてくれと言ってきたのだ。人のいい紫桜が承諾すると、さっそく持ってきたのだ。
「例えばこの腕に押し付ける……っていうのは、悪い案かね? こんな本から伸びる腕じゃ刀持っても何もできないだろう」
「いや……でも、それは駄目です。俺は『鞘』ですから。この刀に気に入られているんですよ。こんな腕だけのものに刀をおしつけても、逆に刀に乗っ取られて悪さをするのがオチです。大丈夫ですよ、普通の生活は十分できるんですから」
「そうかい? なら良いんだがね」
 心配してもらえるのは嬉しいが、それには及ばない。紫桜は気を取り直して、その本から出た腕をどうするか考えた。
「じゃあ、まずは……」
 ぐっ、とその白い腕を握った。後ろの蓮が気味悪そうな顔をして二、三歩下がる。
「なんですか」
「……いや、よくまあそんな気味わるいものを握れるなあと思ってねえ。あんた意外に肝がすわってるんだねえ」
「そんなことないですよ」
 触った感触は――冷たい。それもかなり。人間の腕ではない。感触は柔らかく、女性のもののようだが。
「……蓮さん、ペンか何か、借りてもいいですか?」
「筆談させる気かい? 駄目だよ。なんでかは知らないがね、その腕全然動きゃしないんだ。ペンを押し付けても握りゃしないよ」
「そうですか……」
 困った。紫桜とて特に考えがあるわけではないのだ。
 ふと。
 そんな紫桜の目の前に、桜が。ひらひらと舞っていた。
「……?」
 この部屋に窓はあるが、開いてはいない。確かに今は桜が真っ盛りで、花びらの二、三枚はおかしくも無いが――。
「蓮さん、この店の外に、桜でも咲いていましたっけ?」
「桜ぁ? そんな小洒落たもん、店の外にも中にもないよ」
 では――この花びらは、何だ。もう床に落ちた花びらは。
 どこから、現れた?
「蓮さん、この腕、すこしお借りしてもよろしいですか」
「ああ、構わないがね……気をつけなよ。まるっきり安全という保証なんかありゃしないんだからね」
 はいと頷いて、紫桜は本を閉じる。伸びた腕は、まるで仕掛け絵本のように折りたたまれて、ページに隠れた。


 夜――。
 眠れなかった。何だか胸騒ぎというか、何かありそうな気がする。それは無論、本のことだ。
 本を持って帰ったのに、大した理由は無い。ただ手元において観察しておきたかった。それだけだ。深い考えがあったわけではない。
 紫桜は、部屋の隅に置いたあの本を見――。
「ん……?」
 ――ることは、できなかった。
 無くなっている。確かに置いたはずなのに。部屋のどこにもない。すぐさま首をめぐらせ、あの本を探す。
 ――見つけた。ただし部屋の中ではない。
「なんであんなとこに……」
 窓の外に白いものが、ぼう――とある。家の前に例の本があったのだ。それも開かれたままだ。もちろん紫桜が眠るときには、きちんと本は閉じた。
 そして、その手が動いている。指を動かして。
 招いている。
「――――っ」
 ぞくりと、肌が粟立った。
 しかし、あのままにしておくわけにはいくまい。不気味ではあったが、しかし紫桜は急いで着替えると、外に出る。
 本は一応、あった。しかしいつの間に移動したのか、今度はもっと遠い場所にある。かろうじて見えるくらいの遠さである。
 紫桜は近づく。本は動かない。しかし、紫桜が少し目を離しただけで本は遠ざかってしまう。腕は動かしたままで、やはり手招いている。
 まるで、どこかに誘われているようである。
 それに気付いたとき、紫桜は付いて行くべきか引き返すか、一瞬考えた。しかしあの本は借り物であるし、あの怪しい腕をそのままにもしておけない。誰に害をなすか分からないからだ。
 それに、と紫桜は思う。彼が最も気になったのは、あの桜の花びらのことだ。あれが、彼をやけに引き止める。
 迷ったが、それでもついていくことにした。
 向かっている先は、近所の川原である。そこでは桜が咲き誇り、近所の花見スポットとなっている。今日とて、昼間は花見客でにぎわったはずだ。
 やがて、到着した。本は一本の桜の木の根元に置かれている。もう手招いてはおらず、そこが腕が呼びたかった場所であると気付いた。
 そして、もう一人。その桜に寄り添うように、一人の和服の女性が立っていた。長い黒髪に白装束の、二十歳過ぎくらいに見える女性。
「あなたが、呼んだんですね」
 紫桜が聞くと、女は頷いた。無表情であったが、少しだけ笑っていた気がした。
 その女は、右腕がなかった。途中で切断されたのか、白い和服の一部も血に染まっている。切断面は見ないことにした。
「この刀に影響されたみたいですね」
 また頷いた。
 今まで動かなかった腕、本が動いた。おそらく紫桜が腕を握ったときに、紫桜を通して刀の力――何人も斬った邪悪な気――に影響されたのだ。だから腕が自分をここまで招く事ができたのだ。
「桜の下に……死体が埋まっているんですね」
 三度頷く。よく目をこらせば、彼女は透けている。向こうの風景が透けて見えるのだ。
「掘り出しましょうか」
 今度は首を振る。代わりに女は左手で、本から突き出した腕を指差した。
「握れば……いいんですか」
 頷く女。
 紫桜はそのまま片膝をつき、白い腕を握る。この冷たい感触。これは、死人の腕だ。この世のものでない、人にあらざる腕だ。
「これで、いいですか」
 こくりと、一際大きく頷く。その唇が、音なき音で呟いた。
 ありがとう、と。


 女性が消え、紫桜はふと我に返る。なんだか夢の中にいた気分だった。
 残ったのは。
 紫桜と、閉じられた本と。
 そして吹雪のように、暗い暗い夜の中で輝く桜の花びらと。
 紫桜が握っている、地面から突き出た――。
 白骨化した、腕だった。


「つまり、殺されて桜の木の下に埋められたその女が、本から出て助けを求めてたわけだね」
「そういうこと、みたいです」
「供養ってのは意外と大切なもんさ。死んだ人間でもあんな木に埋められちゃなかなか眠れない。毎年盆には遺族にお参りしてもらう……これが一番良いことなんだろうね」
 紫桜は穏やかに笑い、普通に戻った本を返した。蓮はしっかりと受け取り、中を確認する。本の中身は普通の小説だったのだ。
「あの、蓮さん」
「どうしたね」
「俺、二つだけ分からないことがあるんです」
 紫桜が気になったのは、まず。
 かの和服の女性は、何故その本に取り付いたのか。何故本なんかに。あの桜とは接点などないはずなのに。
 そして、結局あの桜の花びらは、なんだったのか。
「簡単なことさ」
 蓮は微笑みながら謎解きをする。
「あんたとその幽霊と、きっと波長があったんだろう。だから死体が埋まっている桜の花びらは、あんたのとこにも出てきたんだ」
「波長……ですか」
「ああ、なんせ櫻紫桜だろう? ほら、桜尽くしさ」
 蓮はくくっ、と笑いながら今度は本を差し出してきた。
「もう一つの疑問は、ここを読めば分かるよ。ああ、そのページは例の腕が出てたところさ。やっぱ波長があったんだろう」
「読めば――」
 本当に簡単だった。そこにはこう書かれていたのだ。


『――そこで彼は殺してしまった彼女を、桜の咲き誇る木の下に埋めたのでした。しかしある一人の武士が、やけに赤いその桜を気にして、掘り起こしてみたのです。するとでてきたのは、もはや白骨化した彼女なのでした――』


<了>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)   ■
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【5453/櫻・紫桜/男性/15歳/高校生】

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■         ライター通信                                                  ■
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 はじめまして、櫻・紫桜さま。「腕」いかがでしたでしょうか? 季節柄にあわせたちょっと怖めの桜の話に仕上げてみました。本当はもっと刀の設定とか活かせたらよかったのですが、なかなか上手に活用できなかったので。プレイング全て反映させられなかったかもしれませんが、そこはご容赦を。
 気に入ってくだされば幸いです。ではでは。