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<東京怪談・PCゲームノベル>


EXTRA TRACK -K.KIRISHIMA-



 この男は人がいないと暇も潰せないのだろうか。ぼんやりとそんなことを考える一方、ここまで突き抜けて尊大な態度を取られるとなんだか可愛らしくすら感じられて、リムジンの重厚なリアシートに腰を沈めたシュライン・エマは思わずくすりと笑いを漏らしてしまう。

 「何がおかしい?」

 すかさず桐嶋が見咎める。シュラインは適度な愛想とともに「いいえ」と答えておいた。

 もちろん、桐嶋を侮って見ているわけではなく、そう見れば痛い目にあう相手であろうことも認識している。ただ、桐嶋克己という男がとても興味深い人間のように思えたのだ。したがって、シュラインの興味の対象は桐嶋と沢木の関係というより、桐嶋自身の人となりについてと言ってよかろう。無為とも思える無駄時間もゆとりとして大切な物だと思っているシュラインはおとなしく同行する選択肢を選んだ。恐らく、以前沢木から聞いた事件のことであろう。桐嶋からはどう見え、どう感じていたのか、聞かせてもらえるのだろうか。

 「ところで、どこへ?」

 そして早速桐嶋に問う。「昼間からお酒でもないでしょうし・・・・・・いっそ浅草甘味店廻りをしながらお茶でもすすりつつ、とか」

 桐嶋が甘党だという話を聞いて半信半疑で提案してみたのだが、噂は本当だったらしい。猛禽類のような鋭い眼光がかすかに、しかしはっきりと緩んだ。

 「悪くないな。ではそうするか」

 「あるいは、浅草の遊園地・・・・・・は、落ち着ける場所とは言い難いかしらね」

 浅草名物であるあのやしきの名前を出した瞬間、桐嶋の眉がぴくっと持ち上がったことに気付いてシュラインは半ば独り言のようにしてお茶を濁す。桐嶋は唇を真一文字に結び、ぷいと窓の外を向いて呟くように言った。

 「俺は絶叫マシーンが苦手だ。それからお化け屋敷も」

 シュラインは青い瞳を幾度か瞬かせた。絶叫マシーンとお化け屋敷が苦手? この怖い物知らずの、天上天下唯我独尊を地で行く管理官が? いやはや、人には意外な一面があるものだ。人目がなかったらシュラインは笑い出していただろう。彼女をよく知る人間が見たら「あの冷静でクールなエマさんがどうしたんだ?」と目を白黒させるに違いないほどの勢いで。

 「もっとも、観覧車程度なら構わん」

 桐嶋がぼそりと言い添える。どうやらあのやしきには興味があるらしい。それならそうと素直に言えばよさそうなものだ。やはりどこか可愛いところがあるのかも知れない。

 「確か、あそこには子供用の小さな観覧車しかなかったと思います」

 シュラインは少々笑いをこらえながら答えた。「観覧車と同じようなアトラクションはありますが」

 「構わん。では、甘味を腹に入れてから遊園地に行くとするか」

 桐嶋はシュラインの返事を聞かずに運転手に行き先の変更を指示した。当然相手が自分に合わせると思っているかのような態度だ。実際、桐嶋クラスになるとそれが当たり前なのかも知れないが。もっとも、シュラインとて桐嶋の提案に異存はないのだから問題はない。





 御馴染みの巨大な赤い提灯に向かって伸びる通りには浅草を代表する老舗が暖簾を構え、平日だというのに結構な賑わいを見せている。この大通りをこのまま辿れば雷門、その先の仲見世通りを抜ければ浅草寺に至る。まずは適当な所で、と言いかけてシュラインが振り返った時にはすでに桐嶋の姿はない。辺りを見回すと人ごみの中にオールバックの頭が見えた。すでに甘味処を物色し始めているらしい。どうやら桐嶋も結構この時間つぶしを楽しんでいるようだ。

 「どこに行っていた。はぐれるなよ、いい大人が迷子では笑えん」

 シュラインが追いつくと桐嶋は半ば呆れたような顔でそう言い放った。それはシュラインが言うべき台詞だ。これでは憤るより前に呆れるしかない。

 「まずは何にしましょうか」

 「何があるのだ?」

 「普通の喫茶店から和スイーツまで色々と」

 「む・・・・・・迷うな」

 桐嶋は本気で考え込む表情を見せる。それはケーキバイキングを前にしてあれこれ逡巡する少女の顔に似ていなくもない。今日は桐嶋の普段は見られない一面を垣間見ることができそうだ。

 店先を覗きながらのんびりと雷門通りを歩いていく。あれこれ目移りしている様子でいくつもの軒先を通り過ぎていた桐嶋がふと足を止めた。そこは斜め前に雷門の提灯を望む場所に建っている和菓子の店だった。シュラインも桐嶋の後ろから店先を覗き込む。丸ごとの栗がごろごろと入った羊羹や、しっとりと重厚なカステラたちが並んでいた。

 「ありがとうございます」

 という店員の声に顔を上げると、桐嶋が栗ようかんを一棹買い求めたところだった。シュラインの意向など一言も聞かずに「もうひとつくらい買うぞ」と言ってすたすた歩き始める。シュラインは小さく肩をすくめて後に続いたが、視界の隅にあるものが引っかかってふと桐嶋を制した。

 「桐嶋さん、お茶でもいかがです? 喉が渇きませんか」

 「そうだな。一休みするか、ちょうどお茶請けもあることだし」

 桐嶋は辺りを見回し、ベンチを見つけてシュラインに示した。シュラインは桐嶋を座らせておいて通りの向かいの店に入り、瓶入りのコーラを二本買い求めて桐嶋に渡した。もちろん、鋭く切れ上がった桐嶋の瞳に哀惜と懐古の色が浮かんだことも見逃さない。

 「懐かしのコーラ、ですよね」

 そして、かすかに微笑んで瓶に口をつける。桐嶋は小さく苦笑し、冷たさを味わうように手の中で瓶を弄ぶ。右に左に、透明な褐色の液体が手の動きを忠実に反映して脆弱にたゆたい続ける。

 「矢代・耕太(やしろ・こうた)さんとおっしゃいましたっけ? コーラが好きだった刑事さん」

 「・・・・・・知っているのか」

 桐嶋は目を幾度か瞬かせた。シュラインはまた微笑む。

 「以前沢木さんにお話を伺いました」

 ほう、と桐嶋は目を細めてコーラをひとくち飲んだ。

 「それなら話が早い。矢代が死んだことも知っているのか?」

 単刀直入な言い方に狼狽せぬでもなかったが、シュラインは率直に肯いた。

 「俺や沢木がきちんと止めていれば・・・・・・奴は死なずに済んだと思うか」

 それはシュラインへの問いというよりも、自分自身に対するもののようだった。桐嶋はぼんやりと往来に目を投げた。爽やかさを増した白い陽光と薫るような風の中、明るい色の服に身を包んで行き交う人々の足取りは宙に浮いているかのように軽い。雑踏に混じる金平糖のような笑い声は少女たちのものだろうか。

 「いいえ」

 シュラインははっきりと首を横に振った。「矢代さんを死なせたのは桐嶋さんでも沢木さんでもありません」

 さらに「それはお二人も分かっているはずです」と言い添える。しかし桐嶋は唇に自嘲気味の笑みをこびりつかせただけだった。シュラインはそんな桐嶋の態度を意外な思いで見ていた。

 「確かにそうかも知れん。しかし、俺にその事態を避ける力がなかったことも確かだ」

 「それは屁理屈です」

 シュラインは首を強く横に振って桐嶋の言葉をぴしゃりと遮った。桐嶋は片手を額に当て、軽く喉を鳴らして笑う。肩が震えているのは笑っているせいなのか、それとも・・・・・・。桐嶋の表情は手の影になっているのでシュラインには読み取れなかった。

 やがて桐嶋は「ふふ」と笑い、小さく勢いをつけてベンチから立ち上がった。

 「面白いことを言うやつだ。もう少し付き合え。次は例のやしきだ、いいな」

 そして命令でも下すかのように言い、シュラインの都合など確認せずに大股で歩き出した。





 雷門をくぐれば浅草寺に向かってまっすぐに仲見世通りが伸びている。石畳の両側に連なる店々を物色し、桐嶋に言われるままシュラインは茶店に入って濃い緑茶とともに先程の栗羊羹を切って食した。甘い物は嫌いじゃないけどそんなに食べるわけにもいかないし、という心配は無用であった。なぜなら、桐嶋が一人で羊羹をほぼ一棹ぺろりと平らげてしまったからである。

 その上桐嶋はさらに違う店を物色し、揚げまんじゅうを五つほど買い求めたのだから呆れるしかない。衣にごまや抹茶を練りこんだカラフルな揚げまんじゅうは多分に食欲をそそるものであったが、揚げ物プラス砂糖の組み合わせは非常に危険である。シュラインは桐嶋の勧めを辞退し、抹茶色の揚げまんじゅうをひとつもらって半分だけ食べた。せっかく買ってくれたのに申し訳ないと思わぬでもなかったが、やはりそんな気遣いは無用であった。桐嶋はシュラインが揚げまんじゅうを辞退したことを喜び、さもうまそうに食べつくしてしまったのである・・・・・・。

 のんびりと仲見世通りを歩いて浅草寺を抜け、言問通りを西に向かって歩けば左手に見えてくるのが浅草名物の遊園地だ。一般的なテーマパークに比べれば敷地はそれほど広くなく、こじんまりとした印象の園内にアトラクションが肩を寄せ合って並んでいる。平日なので入園客はそれほど多くない。母子やカップルの姿がちらほら見えた。園内の各所に据え付けられたスピーカーが大音量でBGMを鳴らしている。人のいないテーマパークほど寂しいものはないが、込み入った話をするためにはこの程度がちょうどいいのかも知れなかった。

 「あれか? 観覧車に似たようなものというのは」

 桐嶋が顎でしゃくったのは天に向かってにょっきりと突き出したタワーであった。塔のてっぺんを中心として放射状に伸びた鉄棒の先端から三角形の屋根のゴンドラが吊り下げられている。これに乗ってのんびりと浅草の街並みを見下ろしながら桐嶋の話し相手をするのも悪くはない。シュラインがその旨を提案すると、桐嶋は一も二もなく了承して足取りも軽く歩き出した。三十四歳の屈強な肩がリズミカルに揺れているさまはどこか滑稽ですらあり、遠足に来た小学生のようにも見えてシュラインはくすっと笑いを漏らした。

 タワーの高さは地上五十メートルまではないであろうか。それほど高くはないが、浅草の街並みを一望することができる。桐嶋はシュラインの向かいに座って座席の背もたれに肘をつき、体を斜めにして足元の景色を飽かずに眺めた。考えてみれば、桐嶋はこういう場所を訪れた経験が少ないのかも知れない。

 「いかがです? お気に召しましたか」

 「ああ、悪くない」

 半ば冗談めかして尋ねると桐嶋は上機嫌で答えた。それからふと遠くを眺める目つきになる。それは、眼下に広がる風景よりももっとずっと遠くを見ているかのような眼差しだった。

 「一度くらい、こういう場所に連れて来てやってもよかったかも知れん。あいつはさぞ喜んだだろう」

 シュラインは軽く相槌を打っただけだった。「あいつ」が誰なのか、聞かずとも想像はつく。

 「あの事件では本庁と所轄が合同捜査をすることになってな。その指揮官として宮本署に派遣されたのがこの俺。矢代とは事件がきっかけで知り合ったわけだ。捜査捜査で忙しくて遊ぶ暇などなかったと言えばそれまでだが・・・・・・思い出といえば、コーラを飲みながら宮本署の屋上でヤツの理想を聞かされたことくらいか」

 「弱い者を守るための警察、市民のための警察、ですか」

 「ああ。はじめは青臭いヤツだと思った。理想だけで現実をまったく見ていない若僧だとな。しかし、ヤツの理想は正しい」

 実現可能かどうかは別にして、と桐嶋は付け加えた。

 「いいえ。矢代さんのお志は大事なことだと思いますよ」

 シュラインは膝の上に置いた手を無意識にきゅっと握り締めていた。目の前の風景が徐々に後ろに流れ、新しい景色に取って代わる。隣のゴンドラに子供が乗っているのであろうか、きゃはは、という甲高い笑い声がかすかに聞こえたような気がした。

 「今になって思う」

 桐嶋はやや開いた脚の間で両手の指を組み合わせ、呟くように言った。「矢代ともっと長くいたかった。実際に、あのときの俺はこの先ずっと矢代があり続けると思っていた。ヤツは若いし、途中で刑事をやめるような男にも見えなかった。俺が後ろ盾になり、氷吾と矢代が警察のお偉いさんと渡り合う、そんな日が来ることを幾度も夢想した。実際にそんな日が来るのだと思っていた」

 シュラインは静かに外の景色に目をやり、相槌を打つこともせず、続きを促すこともせずに、ただ桐嶋の感情の整理がつくのを待った。桐嶋の肩がかすかに震えていることに気付いたからだった。

 「あの事件・・・・・・的場代議士の孫の誘拐事件のことはすでに沢木から聞いているんだったな? 俺が今更内容を話すまでもないか?」

 シュラインは小さく肯いた。桐嶋は「そうか」と言って両膝の上に肘を置いた。――再び、沈黙が訪れた。

 「――結局、あの事件はうやむやのままでな」

 やがて桐嶋は口を開いた。「警察の連中は喜んでいたよ。矢代の死を手を叩いて喜ぶ連中さえいた。吐き気がしたぜ。こんな連中と同じ組織で働いているとはな」

 「沢木さんは辞表を書いたと伺いましたが」

 「その通りだ。しかしこの俺が許さなかった。すったもんだの末に裁決は本庁にまで持ち込まれた。もちろん決は懲戒免職。おまけに主席監察官は過失致死で立件するとまで言いやがった」

 桐嶋はきつく閉じた瞼を震わせて押し出すように言葉を継いだ。





 本庁の大会議室。重厚な欅の机の前に正装で並べられたのは桐嶋克己と沢木氷吾。二人の向かいに立って冷たい笑みを浮かべているのは三人の監察官。彼らの中央に立った主席監察官は一片の感情も交えずに裁決文を読み上げ、あまつさえ嘲りの笑みさえ浮かべて沢木を見下ろしたのだった。

 「ふざけるな!」

 激昂して主席監察官に掴みかかったのは桐嶋であった。食いしばった歯が唇の皮を突き破り、一筋の血が顎へと滴る。

 「桐嶋、口を慎め! 上司に向かって――」

 「貴様にそんなことを言われる覚えはない! 貴様らが何をしてくれた! 貴様らが・・・・・・刑事課が、本庁が、事件解決に少しでも協力したのか! 氷吾は及び腰の貴様らの代わりに子供を救おうとしたのだ、それのどこがいけない! 貴様らは権力に怯えて震えていただけだろうが! 貴様らに氷吾を断罪する資格などあるものか!」

 「克己さん」

 と静かに桐嶋の肩を掴んだのは沢木だった。

 「およしなさい。出世に響きますよ」
 沢木は静かに言ってハンカチを差し出した。桐嶋は初めて自分が泣いていることに気付いた。

 「克己さん。あなたはキャリア・・・・・・幹部候補です。これから必ず偉くなる。警察になくてはならない存在になる。あなたは警察を辞めてはいけないし、辞める必要もありません。辞めるべきはぼくです」

 ――淡々とした沢木の言葉が終わるか終わらないかのうちに鈍い打撃音が会議室に響き渡った。沢木の細い体が吹っ飛ぶ。衝撃で外れたタイピンが冷たい音を立てて床に落下した。三人の監察官は一様に目を丸くした。

 「引責辞任や懲戒解雇など子供の理屈だ!」

 桐嶋は沢木に振り下ろした拳をぶるぶると震わせて叫んだ。とめどなく溢れる涙を拭おうともせずに。沢木は口元の血を拭おうともせず、眉ひとつ動かさずに静かに桐嶋を見つめていた。

 「責任を取って辞めるだと? それこそ無責任の極致だろう! 責任を感じているのなら真相解明のために走り回れ! 矢代の理想の実現のために身を削れ! それが責任を果たすということではないのか!」

 「ぼくだって・・・・・・できることならそうしたい」

 沢木の声は震え、糸のように細い目にはうっすらと涙がにじんでいた。「でも、どうしようもないんです。ぼくに何ができるとおっしゃるんですか? 警視庁の監察が下した裁決をどうやってひっくり返せるんですか? 仕方ないのです。上の命令には従うしかないのです。それが組織というものです」

 「駄目だ!」

 駄目だ、駄目だ、と子供のように繰り返しながら桐嶋は沢木にすがりついた。「身動きが取れないのなら現状を変えてみせろ! 現状ではどうしようもないと嘆くのならば子供と変わらん!」

 「ぼくに何の力があるんですか?」

 沢木は細い目をきっと吊り上げ、泣き喚くように言った。「ノンキャリアのぼくに何ができる! 権力を持たない人間は無力だ! それは今回の事件でよく分かっているでしょう!」

 「ならば俺が変えてやる!」

 覚えず、その台詞が桐嶋の口から飛び出していた。

 「俺はキャリアだ。幹部候補だ。必ず偉くなる・・・・・・」

 沢木の肩を掴む桐嶋の手に強い力がこもる。「警察でいちばん偉くなってやる。誰も逆らえないような権力を身につけてやる。俺のやることに誰も文句を言えなくなる日が来る。そうすれば矢代が思い描いたような警察にすることだってできる。だから・・・・・・」

 その後は続かなかった。桐嶋は沢木の前で泣き崩れた。沢木の肩に手を置いたまま、こうべを垂れて、誰の目もはばかることもなく声を上げて慟哭した。





 いつの間にか陽が傾きかけている。シュラインは青い瞳を伏せ、薄い黄昏に染まる街に長く伸び始めた影法師を見つめていた。もう夕方になろうとしているのかと気付いた後で、いつの間にかそんなに時間が経っていたことに初めて思い至った。

 「あのときの俺に権力があれば、的場の圧力に屈することもなかった」

 桐嶋はぽつりと言った。「日本の警察は優秀だ。しかし警察も官僚組織。官僚組織を動かすのは権力・・・・・・警察も権力にはかなわない。ならば俺が偉くなればいい。誰にも負けないくらい偉くなれば政界や財界の圧力に屈することもない」

 桐嶋の口調は淡々としていたが、沢木と同様、その底に静かに燃える青い炎のようなものをシュラインは感じた。炎は赤くめらめらと燃えるものよりも青いもののほうがはるかに熱い。

 「俺はキャリアの立場と人脈をフルに活用してどうにか氷吾を警察にとどめた。しかし刑事課の刑事として籍を置くわけにもいかず、刑事課二係という物置部屋に回された。しかしそのほうがあいつにとっては動きやすかったようだな。あいつは権力に関係のない民間組織に目をつけた。民間組織であれば権力を気にせずに動けると」

 シュラインは小さく肯いた。沢木が民間の力に着目した理由と、桐嶋が権力に固執する訳。一見、相反するもののようにも思える両者がようやくひとつにつながった。

 ゴンドラの回転が緩やかになり、ほぼ止まった。徐々に高度が下がる。係員の笑顔に出迎えられて地面に降り立った時には、風が冷たくなり始めていた。

 「少し話しすぎたな」

 桐嶋は葉巻を取り出して火をつけた。「当時の警察の内情なども漏らしてしまったことになるが・・・・・・まぁ構わんだろう。俺は偉いからな」

 「ええ」

 シュラインは小さな笑みとともに言葉を返した。

 遊園地を出た後はのんびり夕暮れの浅草を散策しながら駐車場に戻り、車に乗り込んだ。いったん事務所に戻らなければいけない用事があるので、桐嶋に頼んで草間興信所まで送り届けてもらう。桐嶋は快く承知して運転手に行き先を命じた。

 「シュライン・エマといったな。また二係に来るのか?」

 シュラインがリムジンから降りた後で桐嶋がウインドウを開けて尋ねた。

 「分かりませんが、事件が起こった時にはお伺いすることがあるかも知れません」

 「そうか。ならばまた顔を合わせる機会があるかも知れんな」

 楽しみにしている、と桐嶋は手を上げて運転手に発車を命じた。

 リムジンのテールランプが小さくなり、薄闇の中に溶けていく。耳に残る通奏低音のようなエンジン音が心地よい。静かに目を閉じてしばし余韻に浸り、目を開く。リムジンの姿はすっかり見えなくなっていた。

 「おお、いい所に来た」

 事務所に入るとくしゃくしゃのワイシャツに折れ曲がったネクタイを巻いた草間武彦が電話を片手にシュラインを手招きする。せっかくアイロンをかけてあげたのに、と思わず顔をしかめるが、草間はお構いなしにシュラインに受話器を示した。

 「また妙な事件の依頼だ。行ってくれないか?」

 「それじゃ代わって。まずは先方の話を聞いてから」

 仕事モードの事務的口調に戻りつつ、ほんのちょっぴりだけ、でも確かに、シュラインは思ったのだった。

 宮本署の二係からの電話であればいいな、と。(了)
 




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/   PC名  /性別/年齢/ 職業】

 0086  /シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員


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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマさま


お世話になっております、宮本ぽちです。
今回のご注文、まことにありがとうございました。
早くにご注文をいただいておきながら納期ぎりぎりになってしまったこと、お詫び申し上げます。

エマさまは一度沢木から話をお聞きになっていますので、今回は桐嶋との浅草散策をメインに作成させていただきました。
また、字数に余裕があったため、桐嶋の妙な一面にも触れることができ、楽しみながら書かせていただきました。

それでは、今回はこの辺りで失礼させていただきます。
桐嶋の話相手をしてくださってありがとうございました。
また二係がご協力を仰ぐことがあるかも知れませんが、お力を貸してくださる機会がございましたら、よろしくお願いいたします。


宮本ぽち 拝