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ALICE〜失くしものを探しに〜
「栞さん、大変だよっ!本に取り込まれたのみなもさんじゃ・・・」
顔を青くして焦る夢々に、めるへん堂店長・本間栞は大して驚いた様子もなく頷いた。
「どうもあの子はうちと相性が良いみたいですね」
「や・・・悪いんじゃない?むしろ・・・」
「さて、今回はどんな展開になるんでしょうね」
「・・・楽しそうだね・・・栞さん・・・」
【あたしは誰?〜海原みなも〜】
目を開けると一面緑だった。
「え・・・っ」
驚いて上半身を起こす。どうやら森の中のようだ。
――森・・・?
今まで自分は古書店の中にいなかったか?確か本を立ち読みしていたはずである。
「君、大丈夫?」
「え?」
声をかけられ、顔を上げた。ショートカットの活発そうな少女が立っている。「立てる?」と聞かれたので、頷き少女の手を借りて立ち上がった。
「あの・・・ここはどこでしょう?」
「ここは不思議の国だよ。海原みなもさん」
「海原・・・?」
一体誰のことだろう・・・?
「あの・・・あたし、アリス・・・だったと思うんですけど・・・」
首を傾げながら答える。
どうにも自分が何者なのかはっきりしない。そこだけ妙な靄がかかっているみたいなのだ。
「あー・・・なるほど・・・。そーいうことね」
「え?」
「あのね。あたし、白うさぎ。栞に君が厄介なことになってるみたいだから協力してやってくれって頼まれたんだ」
栞というのは先程までいた古書店の店長の名前だ。彼女は本の中の世界に干渉できる力を持っていた。
「厄介なこと・・・といいますと・・・?」
「君、自分が誰なのかイマイチよくわかってないでしょ?」
「はあ・・・そうみたい・・・です」
曖昧に返す。
「確かにここは不思議の国だけど、君はアリスじゃないよ。君は海原みなもっていう13歳の女の子」
「よく・・・わからないです・・・」
そう言われてもさっぱりぴんとこない。だからといって「アリス」というのもしっくりこないのだが。
「不思議の国の住人は悪戯好きでね。君みたいに迷い込んできた人を見つけると何か盗んでいく奴がいるんだ。さっき女王がこの辺通るの見たから、彼女が犯人だと思うんだけど・・・」
「あたしは何を盗まれたんですか・・・?」
「多分・・・”君という存在”・・・じゃないかなあ?」
「あたしという存在?」
「うん。だから自分が何なのかはっきりしないんだと思うよ。今はまだ大丈夫みたいだけど、早く取り戻さないと大変なことになる」
白うさぎの話では、このままだと「海原みなも」という存在が無くなり、完全に「アリス」になってしまうのだという。
それはそれで楽しそうかも・・・と一瞬思ったが、すぐに振り払った。
「あの・・・白うさぎさん。あたし、あたしを取り戻したいです。協力・・・して頂けますか?」
真っ直ぐに見つめてそう言うと、白うさぎは白い歯を見せてにっと笑った。
「もちろん!その為にあたしがいるんだから♪」
目の前に立つ女王はすらっと背が高く、どこか威圧的な雰囲気を持つ女性だった。思わず後退りしそうになるが、ぐっと堪える。せっかく白うさぎが女王の元に案内してくれたのだ。
「アリスが私に何の用?」
冷たく突き放すような口調。
不思議の国の女王様はやはりアリスのことを酷く嫌っているらしい。
「あの・・・あたしから盗んだものを返して頂きたいんですけど・・・」
「嫌と言ったら?」
「そんな・・・っ。困ります!」
必死で食い下がる。女王が目を覗き込んできたが、視線は逸らさないように努めた。
逸らしたら何もかも終わるような気がしたのだ。
「・・・そうね。私とフェンシングで勝負して、勝ったら返してあげてもいいわ」
「フェンシング!?」
果たして海原みなもはそんなものやったことがあっただろうか?アリスにフェンシング経験はあるのか白うさぎに訊いてみると、「普通はないんじゃない?」と返された。
同感だ。
だが、退くわけにはいかない。
「わかりました。その勝負、受けてたちましょう」
それからものの2分後・・・・・・
みなもは弾かれて地面に落ちた剣を呆然と見つめていた。
「・・・瞬殺だったね」
「うううううう・・・」
白うさぎの一言に頭を抱えて蹲る。
「あなたの負けね」
「あ・・・あの・・・っ!お願いしますっ。あたし、返して貰えないと困・・・」
そこで言葉が詰まった。涙が溢れてきたのだ。
自分が完全に自分でなくなる。それはとてつもなく怖いことに思えた。
「・・・仕方ないわね・・・」
女王が溜息をつくのが聞こえた。
「一日だけ私の小間使いをしてくれるっていうなら、返してあげてもいいわよ」
「本当ですか!?」
「ええ」
「よ・・・良かったあ・・・」
ほっと胸を撫で下ろす。どうやら女王は思ったよりも非常な人間ではないらしい。
でもどうして小間使いなのかと訊いてみると、女王は不機嫌そうに顔を歪めた。
「今はあなたがアリスなんでしょう?」
・・・どうやら、アリスへの鬱憤晴らしらしい。
それから、みなもは女王の為にひたすら働いた。鬱憤晴らしという予想はビンゴだったらしく、無茶な要求ばかりで数時間でみなもはへとへとになっていた。
「お・・・お茶が入りました・・・」
ぬるいだとか、薄いだとか、濃いだとか
色々なダメだしを食らって、淹れ直すこと8回目。
「まあ・・・飲めなくもないわね」
女王はようやく納得してくれたようだった。一気に体の力が抜ける。
「ねえ・・・一つ訊いてもいいかしら?」
「え・・・?あ、はい。何ですか?」
「そんなに自分を取り戻したい?」
「取り戻したいに決まってるじゃないですか」
何を今更。
その為に今日一日頑張ったのだ。
「”海原みなも”という存在が性格最悪で、生きていても仕方ないような人間だったとしても?それでも取り戻したい?」
「取り戻したいです」
即答するみなも。女王は目を見開き、首を横に振った。
「・・・わからないわね。何故、そう思えるの?」
「だってやっぱり”あたし”は”あたし”でいたいじゃないですか。アリスでいるのも素敵ですけど、それはあたしじゃないわけですし。どんな人間だったとしてもやっぱり本当の自分でいたいですよ。それに・・・」
そこで一度言葉を切り、女王の目を真っ直ぐに見る。
「生きてる価値があるかないかは自分自身が決めることじゃないですか?」
「・・・」
女王は紅茶を一口、口に含み、ふうと息をついた。そして苦笑する。
「・・・冗談よ。あなた、物凄く良い子みたいだから安心しなさい」
「本当ですか?」
「ええ。アリスなんかよりずっと好感が持てるわ」
拗ねたように言う女王が妙に可愛く見えて、みなもは声をあげて笑っていた。
「みなもさん、お帰り・・・!無事で良かったよ〜」
女王から「存在」を返してもらったみなもは、白うさぎに礼を言うとすぐにめるへん堂に戻ってきていた。
「不思議の国はどうでしたか?」
栞の問いに、みなもは苦笑しながら答える。
「やっぱりあたし、アリスよりもあたしの方が好きみたいです」
「・・・なるほど。それは大収穫ですね」
この先、どんなことになろうともあたしはあたし
このあたしという存在をずっとずっと大切にしよう
fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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PC
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女性/13/中学生】
NPC
【本間・栞(ほんま・しおり)/女性/18/めるへん堂店長】
【夢々(ゆゆ)/男性/14/めるへん堂店員】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは。ライターのひろちです。
またまたみなもさんを書く機会を頂けて嬉しかったです。
納品の方、大幅に遅れてしまい申し訳ありませんでした・・・!
奪われたものが「自分という存在」という今までにない発想でしたので、「おお!」と思いつつ、楽しく書かせて頂きました。
少しでも楽しんで頂けたなら幸いです。
今回は本当にありがとうございました!
また機会がありましたらよろしくお願いします。
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