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<東京怪談・PCゲームノベル>


特攻姫〜寂しい夜には〜

 退魔の名門、葛織(くずおり)家。
 その次代当主と目されているのは、現在十三歳の少女だった。
 彼女は、その力の強さのあまりに生まれてまもなく別荘地へと閉じ込められ、ひとりの世話役と数人のメイドたちだけに囲まれて育つことになる。
 ――世話役の力がなければ、少女がまっすぐな性格に育っていたかどうかは分からない。

 葛織家の能力には共通した部分がある。それは、月に影響されるということ。
 満月の日には限界まで膨れ上がり、逆に新月の日には――

 葛織紫鶴(しづる)。十三歳。
 力の強さのために、別荘へと閉じ込められた少女。
 彼女の場合はその高すぎる能力のために、新月の日には能力どころか体中の力を奪われ、一日中ベッドにふせることになる。
 今宵、たったひとりの世話役・如月竜矢(きさらぎ・りゅうし)が傍らにいて、ベッドの紫鶴に本を読み聞かせていた。
 と――

「ぱぁぱ!」

 抱きっ!
 何の脈絡もなくその場に現れた小さな子供が、竜矢に抱きついた。
 竜矢は本を取り落とした。

「ぱぁぱ、ぱぁぱ!」
 茶色の髪の、かわいらしい男の子……
 紫鶴が、身じろぎして竜矢をにらんだ。
「……ぱぱ……?」
 竜矢は慌てて首を振った。
「知りませんよ、俺は」
 たしかに竜矢はもう二十五歳で、子供がいてもおかしくはない年齢だ。だが彼は独り身である。断じて、隠し子などいない。
「ぱぁぱ、きらね、きたよ!」
 きゃはきゃはとはしゃぎ、ぎゅうぎゅうと竜矢に抱きつく。
 紫鶴がむうっと頬を膨らませた。
「……ぱぱ……?」
「だから知りませんてば俺は!」
 竜矢は再度ぶんぶんと首を振った。
 子供は竜矢の腕に抱きつき、ぎゅうっと頬を寄せる。
「ええと……」
 竜矢はこほんと咳払いをした。
「きみ、名前は?」
「ぱぁぱ、きらね、きらっていうの」
「きら……」
 “きら”はきゃはきゃはとはしゃぎ、ターゲットを竜矢からベッドの紫鶴に移した。
 紫鶴は赤と白の入り混じった長い髪に、青と緑のフェアリーアイズを持つ。それはそれは鮮やかな色彩の美しい少女だ。
 だが、紫鶴のそんな美しい長い髪は、“きら”にとっては遊び道具でしかなかった。
「い、いた、いたたた……っ」
「きゃはっ、けっけ、けっけ!」
 “きら”は紫鶴の髪の毛をつかんで引っ張った。
「こら!」
 竜矢が“きら”を抱きとめ、その手から紫鶴の髪をほどき取ろうとする。
 “きら”はぶんぶんと体ごと首を振り、なかなか紫鶴の髪を手放そうとはしなかった。
「い、いた……い……」
 ただでさえ体が弱っているところにこんなことをされてはたまったもんじゃない。紫鶴はぜえはあ言いながら力ない手で“きら”の手から自分の髪を取り戻そうとした。
 と、その持ち上げた紫鶴の手が、今度はターゲットになった。
「てって!」
 “きら”は紫鶴の髪を手に巻き込んだまま、紫鶴の手を握った。
「いた……っ」
 そのまま握られた手をぶんぶんと振られ、紫鶴は弱弱しい悲鳴をあげた。
 ずるりと紫鶴の手から力が抜け、“きら”の手から離れる。
 しかし“きら”は追いすがってきた。
「て、てぇて」
 相変わらず紫鶴の髪を手に巻き込んだまま――
 ベッドに落ちた紫鶴の手をぎゅーッと握り――
「こら、よしなさい!」
 完全に父親叱りになっている竜矢の言うことなどどこ吹く風で、紫鶴の手を握ったり放したり、放してはぺしぺしと叩いたりする。
 竜矢は慌てて近場に何かないかとさがした。“きら”の気がそれるようなものを。
 そして紫鶴の枕元にあったぬいぐるみを手を伸ばして取った。
「ほら、きら」
「!」
 “きら”はひとみをきらきらさせて、そのうさぎ型ぬいぐるみに視線を移した。
「いたい……っ」
 紫鶴の髪を手に巻き込んだままぬいぐるみをつかもうとしたため、紫鶴が悲鳴をあげた。
「姫、しばらくご辛抱を」
 竜矢は紫鶴に小さく言い、ぬいぐるみを“きら”に抱かせる。
 “きら”は嬉しそうにぬいぐるみに頬ずりをした。その隙に竜矢は“きら”を抱いたままま、“きら”の手から紫鶴の髪を綺麗にほどいた。
 と――
 “きら”はぬいぐるみにかみついた。
「あ……っ」
 紫鶴がそれを見て声をあげる。――お気に入りのぬいぐるみだったのに。
 竜矢がしまったと片手で顔を覆った。――子供は何でも口に入れたがるというが、まさかぬいぐるみまで口に入れようとするとは思わなかった。
 はむーっ
 ぬいぐるみ全体を思う存分かんだ後、“きら”はそれをぽいっと放り出した。
「あ……」
 紫鶴が呆然と、床に落ちたうさを見下ろす。
 竜矢がそれを拾って“きら”の手に届かないところに移動させている間に、“きら”は竜矢の腕の中から脱け出し紫鶴のベッドに完全に乗り込んだ。
 ふみふみ。
 紫鶴を遠慮なく踏みつけてよちよち歩きで進んでいき、ふと、紫鶴の枕元に鈴があることに気づく。
 “きら”はそれを手に取った。
 しゃらん
 鈴が鳴った。
「!!!」
 竜矢がはっと振り向いた。
 案の定、“きら”はそれを口に入れようとしていた。
「だ、だめだ……っ」
 紫鶴が踏みつけられたまま、必死で鈴を奪い取ろうとする。
 紫鶴に邪魔をされ、何とか“きら”が鈴を口に入れないでいるうちに、竜矢が鈴を奪いとった。
「あ!」
 “きら”が鈴を目で追って、泣きそうな顔をした。
「きらのーー!」
 竜矢の手にある鈴を、“きら”が一生懸命取ろうとする。
 ふみふみふみ。
 その間にも紫鶴を踏みつけながら。
「………」
 紫鶴はぐったりとしていた。逃げるような気力もなかったのだ。
 竜矢は紫鶴の上から“きら”がどくように、鈴をしゃらしゃらと鳴らしてみせて、“きら”を導いた。
 ようやく紫鶴の上からどいた――
 と思ったら、今度は“きら”の足に紫鶴の髪がからみついた。
「い、いたい……」
「姫、今」
 鈴を素早く背後に隠し、竜矢は“きら”の足から紫鶴の髪をほどく。
 と、
「ぱぁぱ、だぁめーー!」
 “きら”がぷうと膨れた。鈴のことを言っているらしい。
「なぜ竜矢がパパなのだ」
 紫鶴もぷうと膨れていた。
「あなたも昔俺をパパと呼んでいましたよ」
 と竜矢に言われ、紫鶴は真っ赤になった。
 とりあえず、紫鶴の髪はほどけた。が――
 ふみふみふみ。
 “きら”のターゲットは次なるものへと移り、再び紫鶴を踏みつけた。
「うぐ」
 紫鶴がうめき声をあげる。そして“きら”が手にしようとしているものを見て――
「――それ、は、だめだ……!」
 体を起こそうとした。
 それはハンカチ。最近友人にもらった、薫り高いローズの香水を含ませ枕元に置いていたハンカチ――
 しかし“きら”が言うことを聞くはずもなく。
 “きら”がまさしくそれを口に入れようとした瞬間――
 すんでのところで、竜矢がそれを奪い取った。
「これは、だめ!」
 “きら”の目を見て叱りつける。
 竜矢が微妙に子育て上手なのは、かつて赤ん坊の紫鶴の世話をしていたからなのだが。
「ぱぁぱ……ぱぁぱおこった〜〜〜」
 “きら”は泣き出した。
 わあわあわあわあ泣き出した。
 その泣き声に、紫鶴が心を痛めたように、
「竜矢、何かないのか」
 と世話役に言いつけた。
 仕方なく竜矢は“きら”を抱き上げる。
 そして軽くゆすった。あやすように。
「ぱぁぱ……ぱぁぱあ……」
 ふええ、ふええと“きら”は泣き続けた。
「ほら、いい子だね」
 竜矢は優しく声をかけた。
 紫鶴がぼんやりとそれを見上げながら、
「……私の髪で遊んでもいいから」
 とつぶやいた。
「姫……」
「ま、まさかはげることはないだろう? な?」
 ちょっと痛いくらいだな、と真剣に聞いてくる紫鶴に、竜矢は笑った。
 しばらくして、“きら”は泣き止んだ。
 そして、唐突に手の中にぽんっと何かを生み出した。
 ゴムボール――
「この子は――」
 空中から物を作り出すことができるのか?
 紫鶴と竜矢が呆然としている間に、“きら”の手からボールは落ち、絨毯の上で小さく跳ねた。
「きらのっ、きらのっ」
 “きら”が竜矢の腕から落ちそうになるほど身を乗り出して、ボールを追おうとする。
「ああ、これで遊べばいいのか」
 竜矢が納得した。しかし、彼は紫鶴を一瞥する。
 ――彼の役目は、寂しい新月の夜の姫の相手をすることだ。
 紫鶴が微笑んだ。
「遊んで……やれ」
 竜矢は笑みをこぼした。そして、
「姫。どうぞ」
 絨毯の上からボールを拾い上げ、“きら”を絨毯の上に座らせてから、ボールを紫鶴に渡した。
「好きなところに投げてやってください」
「え……」
 竜矢は紫鶴の上半身を抱き上げ、“きら”のいる場所が見やすい位置へと彼女の体を移動させる。
「きらのー!」
 “きら”は立ち上がり、紫鶴に向かって手をぱたぱたとさせていた。
 紫鶴は口元に優しい笑みを浮かべた。そして、力のない手でボールをぽんと投げた。
 ころころころ……
 勢いのないゴムボールが絨毯の上を少しだけ転がる。
 “きら”が喜んでボールに飛びつく。
「この歳頃の子供は、動くものが大好きなんですよ――ああこら、口に入れちゃいけない」
 やはりボールを口に入れようとする“きら”からボールを奪い取り、竜矢は再び紫鶴に渡す。
 紫鶴は今度は違う方向へと転がしてみた。
 “きら”が立ち上がり、ぺたぺたとおぼつかない足取りで歩いていく。
「かわいい……」
 紫鶴がつぶやいた。
 “きら”がボールに触れると、ボールは転がった。絨毯ではなく板の間にまで転がった。
 ころころころころ。
 “きら”は必死で追いかけていく。途中、ころんころんと自分も転びながら。
 ふと、竜矢がはっとして“きら”の後を追った。
 そのとき――
 “きら”が、背の高いスタンドにぶつかった。
 スタンドが“きら”の上に倒れてくる――
「危ない!」
 紫鶴が叫んだ。
 ガシャン、と音がした。
 “きら”が泣き出す声がした。
「――ふう……」
 “きら”の上に覆いかぶさってかばった竜矢が、大きく息をつく。
 その竜矢の下で――“きら”が泣いているのは、スタンドの音のせいだったのだろうか。
「りゅ、竜矢……背中、は、大丈夫……か」
 紫鶴が体を起こそうとする。
 竜矢は“きら”を抱き上げながら、紫鶴を制した。
「大丈夫ですから。寝ていてください」
 今そちらへ戻ります――と。ゴムボールを拾って、“きら”を抱き上げたまま竜矢は紫鶴のベッドに戻る。
 そして、紫鶴のベッドの上にゴムボールを転がした。
「ぼーりゅ、ぼーりゅっ」
 泣き止んだ“きら”は、紫鶴をふみふみボールを追いかけた。
 紫鶴はもう、「痛い」とは言わなかった。時おり“きら”のボールを奪って違う方向へ転がしたりして、一緒に遊んだ。
 そして一時間も経ったか経たないかのうちに――

 ふっ――

「………? きら?」
 目の前から“きら”が消えた。
 竜矢が、念のため部屋中をさがしまわる。メイドを呼び、屋敷内をもくまなくさがさせたが、“きら”は見つからなかった。
「現れたときから突然でしたからね……」
 竜矢はふうと息をついた。「どこか別の次元から……やってきて、帰ったのかも、しれません」
「……無事なら、いい……」
 紫鶴は言った。ベッドにようやく体を落ち着けて。
 そして自分の重い手を持ち上げて見つめ、
「柔らかい……手だったな……」
 つぶやいた。
「姫も、あんなふうにやんちゃでしたよ」
 竜矢がくすくすと笑う。
「そう、か……私にも、あんなときが……あったのか……」
 なんだか不思議な心地がして、紫鶴は“きら”を思い浮かべる。
 残っているのは、子供独特の香り――

 子供用ミルクの残り香が、紫鶴をすうと心地よい眠りへと落としていった。
 きっと夢の中で、もう一度“きら”と出会うことを予感しながら――


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4528/月見里・煌/男/1歳/赤ん坊】

【NPC/葛織・紫鶴/女/13歳/剣舞士】
【NPC/如月・竜矢/男/25歳/鎖縛師】

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■         ライター通信          ■
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月見里煌様
初めまして、ライターの笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました!納品が大変遅くなり、申し訳ございません。
煌ちゃんのような年齢の子供を書くのは初めてで、悪戦苦闘致しました;かわいくなっていればよいのですが;
よろしければまたお会いできますよう……