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<東京怪談・PCゲームノベル>


仮想東京RPG!〜1勇者を探せ!〜


ふわり、と上空から何かが舞い落ちて来た。

「…何だ、こりゃ?」
広瀬ファイリア(ひろせ・ふぁいりあ)が思わず手を伸ばそうとするのに先んじて、小麦色の女の手が、ひょいとそれを掴み取った。
「羽…? 何の羽です?」
目の前の女の手に乗った、なんだかやけに色鮮やかな深紅の羽を、大きな目をぱちくりさせながら見詰める。金色の蛇みたいな目の女は、怪訝そうに羽を摘み上げた。

土曜の午後、ビルの谷間にオアシスのように存在する公園には、骨董品と呼ぶのもいささか大げさに思えるような、古道具の市が立っていた。
何とはなしに立ち寄ったそこには、感じのいいざわめきが満ちていた、のだが。

頭上で、鳥の翼が大気を打つ、独特の音がした。
また落ちて来た羽毛を、ファイリアは自分の手に取ってみる。深紅と濃い紫、そして黄金が、角度によって混ざり合う不思議な色合い。
「キレイな色の羽ですね〜。オウムさん? インコさん? 見たことないですぅ…」
しげしげ眺める内に、ファイリアの「目」には、それが帯びる不思議な「魔力」が、うっすらした炎のように見えてきた。はっとして、目が釘付けになる。

「危ねぇ!!」
女の声が警告するより速く、ファイリアは反射的に飛び退いた。
直前まで彼女のいた場所に、公園の樹木の枝葉を巻き込みながら落下してきたそれは…

「なっ…!? 人間?」

正確に表現するなら、「人間に似たもの」だろう。
背中に巨大な翼の生えた、骨の装飾のある大鎧を来た男。手にはしっかりと日本刀を握ったままだ。

異世界出身という特殊な経歴を持ち、大概の怪異に慣れっこのファイリアでも、これには流石に度肝を抜かれた。唖然としてその場で固まる。
が、苦しげな男の呻き声で、はっと我に返る。
「あっ、大丈夫ですか!? しっかりして下さいですぅっ!」
駆け寄ろうとした、丁度その時。

耳障りな絶叫が響き渡り、思わず上空を仰ぎ見る。

青黒い粘液に包まれた、翼のある両生類といった外見の異様な生き物が降りて来る。
一匹かと思いきや、吼える声に呼ばれたように、次々と似たような魔物が姿を現した。十数匹の奇怪な魔物が、ばたばたと見苦しく羽ばたきながら舞い降りて来る様は、かなりぞっとする光景だ。
穏やかだった市はパニックの巷と化し、一般人は蜘蛛の子を散らすように逃げ去って行く。

何だか知らないが…戦うしかない、とファイリアは腹をくくった。

ちらりと、背後で呻く傷を負った男を見やる。間違いなく、彼はこの魔物にやられたに違いない。
どういう理由かは知る由も無い。
が、これだけの数で一人を嬲るやり方に、ファイリアは灼け付くような怒りを覚えた。

彼女は自分の傍らに目をやった。
この場に残ったのは、自分と、さっき羽を手に取った蛇目の女だ。

「おい、アンタ、戦えんのか?」
蛇目の女が発する、短い問い。

「任せといて下さいッ! こんな奴ら、こんな奴ら…い、いっぱいいるけど、頑張りますッ!!」
言っている間にも増えた怪物に、いささか気圧されながらも、ファイリアは不安を弾き飛ばして答える。
兄とした、約束を思い出す。
こんな場合だ。少しくらい、「あれ」を多めに使っても、怒られないだろう、と彼女は判断する。ごくりと生唾を飲み込んだ。

「あー、確かにいっぱいいやがるな。ハゲタカみてーにワラワラと。仕方ねー。大霊輝也(おおち・かぐや)さんの本気を見せてやるぜ!」
輝也と名乗った蛇目の女が、ぶるん! と身を震わせた。
その体が光に包まれ、次の瞬間、目の前に見えたのは、七色の鱗に包まれた巨大な龍体だった。11の首がもたげられ、シャアッと威嚇音が吐き出される。

普段のファイリアなら「大きな蛇さんですー!」ぐらいは言って珍しがったかも知れないが、その隙を与えず、怪物どもは襲い掛かって来た。
地面を蹴り突進する者の背後から、ヌメヌメした皮膜の翼で舞い上がる一団が形成された。合計すれば、龍の首より数が多い。

すかさず、ファイリアが動いた。
繊細な指先が光の筋を引いて、空中に星型の魔方陣を展開する。

「草木のみんな、力を貸して下さい! 魔物を止めるですっ!」
彼女がそれに向かって叫んだ瞬間、周囲の樹木や芝生が、爆発的に伸び上がった。
空中の魔物の一団が、鞭のように変化した木の枝に締め上げられて苦痛の叫びを上げた。全身を覆う粘液が樹皮と絡み合ってしまい、余計にキツい締め付けとなってしまっているようだ。
足元から無数の生き物のように伸び上がった数メートルもの芝生は、緑の奔流と化して魔物どもの足から全身へと絡み付く。

「うおっ!! ナイスだ姐ちゃん!!」
思いがけない援護に、輝也が喜悦の声を上げた。
電光の速さで伸びた首が、空中でもがく魔物を捉えてズタズタに引き裂く。
鋼の細紐と化した草と格闘していた魔物は、龍の口から吐き出された熱線から逃れられずに蒸発した。

と。

仲間の死骸を蹴り飛ばすようにして、魔物の一匹が輝也の頭上に舞い上がった。間一髪、枝の縄から逃れたのだ。
すぐ側の輝也の首は、一際大柄な魔物を引き裂いた直後で、反応が遅れた。
「風さん! 魔物を吹き飛ばしてくださいですっ!!」
鋭い声と同時に、再び光る魔方陣から「力」が放たれた。殆ど衝撃波に近い風の塊が、巨人の一撃のように魔物を弾き飛ばす。放物線を描いた巨体は、そのまま龍の恐るべき顎に捕らえられ、二つに食いちぎられた。

瞬き幾つかの間の悲鳴と衝撃音が過ぎ去った後に残ったのは。
草木の切れ端を貼り付けたまま転がっている、幾つもの魔物の死骸だった。それも急速に存在が薄れ、影のように消えて行きつつある。

「勝っちゃったですっ!」
満面の笑みで、ファイリアは宣言した。勝利の鍵を作り出した指でVサイン。

「あんた、珍しい術使うな? そういうやり方は初めて見たぜ」
輝也は感心したように言って、二股に分かれた舌をチロチロ出し入れした。ファイリアはうふふ、と笑っただけだ。
「あ! そーだ、あの人、大丈夫ですかっ?」
はたと気付いて、彼女らの背後に転がったままの男の側に駆け寄る。
翼の男は、苦しそうな呼吸をしながらまるで動かなかった。灰青色がかった肌を持つ顔立ちは、明らかに人外であるものの、整っていて存外若い。せいぜいファイリアより二つ三つ上くらいであろう。
「あー、こりゃ、右の翼と腕が折れてるな。左足も、変な方向に曲がってるだろ。火傷もしてるみてーだし」
入院モノだな、と龍が呟く。
「傷を何とかしなきゃ、事情も聞けねーな。どうしたモンか…アタシは回復術使えねーんだよなぁ…」
龍が11ある頭で、傷を癒す術の当てを考え始めた時。

ファイリアの指が、再び動いた。空中に煌く星の形の魔方陣。
「傷は浅いぞー、しっかりしろー! ですっ! もう、アリンコさんも溺れない程に浅い、のですっ!!」
「ちょっ…ちょっと待てー!?」
輝也が思わず仰け反ったが、魔方陣を通した言葉は瞬時に現実として現れた。
あらぬ方に曲がっていた手足と翼が、正常な形に戻り、火傷跡も消え失せる。苦しそうな呼吸が落ち着いた。
骨を模った籠手に覆われた手指がぴくり、と動く。
「おい、兄さん…」
「あ! 気が付いたです!!」

翼を持つ男の目が開く。血のような真紅の瞳の焦点が急速に合う。
弾けるような勢いで、男が跳ね起きた。
「! ここは…? 私は、一体…貴殿らは何者だ?」
どことなく殿様的な口調で、男は続け様に問う。
「ここは、公園ですよ。あなたは、魔物に追いかけられて、空から落っこちて来たです。あ、魔物は、この輝也ちゃんとファイとでやっつけちゃったですから、安心して下さ〜い」
ファイリアがのほほんと説明すると、男の赤い目に、驚愕の色が走った。
「やっつけた? あの化け物をたった二人で? 龍の方は兎も角、若い女性の身で、あの数を…貴殿は…もしや、あの伝説の!?」
大きな手でがしっ! と肩を掴まれて、ファイリアは思わず身を硬くした。
「は…え?」
「伝説の勇者!?」

「「はいー!?」」
思わず、ファイリアと輝也の声が重なる。

「で、伝説の勇者って、オイオイ…。アンタ、夢か何かと勘違いしてねーか!?」
「そーゆーゲーム、見たことあるですぅ…」
この人は、頭でも打って、ゲームと現実の区別が付かなくなったのではないか。
二人は同時に似たようなことを考えた。
だが、あまりにも真剣な男の眼差しに、それが冗談でも勘違いでもない事を感じ取った。

「急に、このようなことを言ってすまぬ…。だが、事は一刻を争う。魔王は既に、この世界に入り込んでいる。あなたが伝説の勇者なら、是非、力を貸して欲しい」
「えっ、いや、でもぉ…あなたの勘違いですぅ。ファイは、ただの魔法生物の人で、勇者なんかじゃーナイのです」
傷付けないように納得させようにも、何せこっちも事情が掴めない。ファイは泣きたい気持ちになった。
「…ど〜も、冗談じゃーなさそうだな? アンタ、分かるように、最初から説明しやがれ」
輝也が、軽く息を吐き出した。

男の説明は、こうだった。
彼の名は、ジグ・サ。
異世界からやって来た「冒険者」であり、種族は「魔人」、職業は「サムライ」だと言う。
彼は、彼が元いた世界を滅ぼそうとしていた魔王を倒す為、仲間と共に冒険を続けていた。
彼の世界の伝説によると、かの魔王は不死身であり、「勇者の剣」を手にした「伝説の勇者」でなければ決して倒せないと言う。しかし、世界中を放浪しても、「伝説の勇者」は見出せず、「勇者の剣」も手に入らなかった。それでも、その旅で力を付けた彼と仲間たちは、自分たちの力だけで魔王を倒そうとしたのだ。

「しかし、魔王は確かに不死身だった。我らの最高の技と魔法を繰り出そうとも、ヤツに傷一つ付けることは出来なかった…。このままでは、全滅すると思った私は、敵を異世界に弾き飛ばす禁断の魔法を使った…弾き飛ばされた先が、この世界なのだ」
「あの、それって迷惑なんですケド…」
思わず苦情を訴える輝也。
「? でも、弾き飛ばしたのは、魔王の人だけじゃなかったんですか? 何で、ジグさんまでこっちにいるです?」
至極当然の疑問を、ファイリアが口にする。
「恥ずかしい話だが…魔法が暴走してしまったのだ。次元の渦に私まで巻き込まれ、魔王と同じ世界に落ちた」
本当に恥ずかしそうに、ジグは視線を彷徨わせた。
「む〜。じゃあ、さっきのあの魔物の人たちを寄越したのは、その魔王なんですね?」
ファイリアが念押しする。
「そうだ。魔王はすでに、この街のどこかに潜んで、部下である魔物を次々に召喚し始めている。ヤツは、どこの世界であっても、次元の壁を越えて魔物を召喚出来る。間も無く、街に魔物が溢れる…!」

ファイリアと輝也は、思わず顔を見合わせる。
何か言おうとした、その時。

公園の外から、悲鳴が響き渡った。

「やべぇ!」
輝也が素早く動いた。
「しまった…!」
ジグが翼を広げて舞い上がる。ファイリアも一陣の風のように後を追った。元の身体能力が高い為、難無く付いて行く。

血塗れの男が、恐怖の絶叫と共に、何かから逃げる。
後ろから追いすがるのは、体こそ小柄だが、醜悪な表情をした小人のような生き物だ。
「ゴブリンか!」
ジグが呻いた。
「ご、ごぶりんって…お約束かよ!」
妙なことに感心する輝也の後ろから、ファイリアが叫んだ。
「やめなさ〜いっ!!」
魔方陣によって再び現実となったその言葉は、まるで正面から見えない何かで殴り付けるようにゴブリンを止めた。すかさず上空から飛来したジグの二刀流が、ゴブリンを細切れにする。

「…街のどこかに、魔物を呼び出す召喚装置があるはずだ」
傷付いた男を、他の人間たちが避難していた雑居ビルに預けてから、ジグはそう説明した。
「そこを破壊しない限り、魔物はいくらでも湧いて来るぞ。ゴブリンくらいならまだいいが、もっと強力な魔物を呼び出されたりしようものなら、この街は人間が住める状態ではなくなる」
「ゴブリンでもマズイわぁっ! …しっかし、その召喚装置ってなぁ、ドコなんだよ? 場所は特定できねーのか? 何か手掛かりとか」
戦闘系の能力は豊富だが、探索系の能力に乏しい輝也は、苛立たしげに唸った。
「どこかに、魔物召喚用の魔方陣があるはずだ。そこからは、強い邪気が漏れているはず。魔力を感知できれば、比較的楽に辿れるのだが…」
私にそういった術の心得は無い、と、口惜しげにジグは唇を噛んだ。

「…こっち、です!」
ファイリアが、確信を込めて、一つの方角を指差した。
「間違い無いです。ファイには『見える』のです。何か、悪い魔力が、こっちから流れて来ますっ!」
彼女の顔は強張っていた。邪悪さという点では、今までに感じたことも無いような強烈な魔力が、不気味な色の有毒ガスか何かのように、彼女には見えていた。街の風景と二重写しになった、うっすらした靄のような煙はしかし、一つの方向に向けて、明らかに濃くなって行く。
「間違い無ぇのか?」
輝也が確かめる。
「間違いありません…悪いもの…とっても、悪いものですっ!」
見開いた黒い宝石のような瞳に、恐怖と嫌悪が漣のように走る。自らに危害が及ぶ心配よりも、本質的に邪悪に染まった存在に対する、真っ当な生命としての当然の反応と言えるものだ。

「え〜い、ウダウダ言ってるヒマはねー!! 兎に角、魔物の召喚装置ってヤツを潰しに行くぞ!!」
「うむ。一刻を争う」
宣言する輝也とジグに、ファイリアも大きく頷いた。
「ファイが勇者か分からないです…けど、『勇者と愉快な討伐隊』発・進ッ! です!」
思わずつんのめった二人を差し置き、ファイリアは意気揚々と歩き出した。

案の定、街中には魔物が溢れていた。
三人は、戦闘タイプの輝也とジグが前衛となる逆三角の陣形を組み、手当たり次第に魔物を倒しながら、ファイリアの「目」だけを頼りに、邪悪な魔力の中心に向かう。最初は、せいぜい徒党を組んだゴブリン程度のものばかりだったが、邪悪な魔力、瘴気とでも言うべきものが濃くなるにつれ、次第に大型の、手強い魔物が増え始めた。
街中にいた一般人たちは、兎に角手近の建物の中に逃れていた。街には事実上戒厳令が敷かれたような状態となり、警察や、後からは自衛隊が道路の封鎖と魔物の鎮圧に乗り出し始めたが、あまり効果は上がっていないようだ。異能を持った人間、又は人外の有志が、自主的に(あるいは成り行きで仕方無く)魔物と戦い始めている。
ファイリアの脳裏に、兄は大丈夫だろうか、という思いが何度も過ぎった。
『大丈夫です…お兄ちゃんは、強いです。あの異変で、ファイの他にたった一人生き残った人です。こんな程度の魔物がいくら来たって…どうってこと、無いのです!』
自分に言い聞かせるべく、内心で何度もそう呟く。
しかし、想像はややもすれば悪い方向へ傾いた。悪夢の断片のように、兄が魔物の前に屈する生々しい場面が思い浮かび、ファイリアの背筋に戦慄を走らせた。

「おい、次はどっちだ?」
「…あ、ごめんです。えっと、右です。こっちの通りに沿って、悪い魔力が流れて来るです!」
それでも、努めて不吉な想像を振り払い、ファイリアは魔力を追跡する「霊的視覚」に意識を集中した。今は、この事態を収束させることが、引いては大事な人を助けることだと自分に言い聞かせる。

ファイリアが風で動きを止め、ジグが首を落とした大きな魔物の死骸を乗り越えて踏み込んだのは、商店街から程近い、古い倉庫や、テナントが入らなくなった古い雑居ビルの立ち並ぶ一角だった。
「うっ…気持ち悪いですぅ…」
まるで吐き気を覚えたかのように、ファイリアは口元を押さえた。
濃厚な負の魔力の流れの中に身を置いているのだ。元々魔力を基に作られた魔法生物である彼女の肉体は、特にそうしたものに敏感に反応する。人間で言うなら、火山性の有毒ガスが噴出する穴を覗き込んでしまったようなものなのだ。
「た、多分、ここに召喚装置があると思うですぅ。間違い無く、ここの魔力が一番濃いです…うぇ」
吐き気の上に、何だか本当に目が染みるような気がして、彼女はごしごし目をこすった。

そこは、薄汚れた白っぽい壁の、何の変哲も無い廃ビルだった。
もう何年も放置されている形跡がうかがえる、色褪せた不動産屋の張り紙に、埃が積もって白っぽくなったシャッター。

だが、違うのは。

「はぅぅ、く、靴が汚れるですぅ…」
「…やはり、ここか…!!」
「ぐはっ! 気持ち悪ッ!」
一歩内部に足を踏み入れると、とても現世とは思えぬ光景が広がっていた。
まるで巨大な生物の内臓のように、縦横に血管のようなものが走る肉質の物質が、壁や天井、そして床一面を覆っていた。魔王の魔力を媒介する魔方陣に蝕まれたのか、ビルは内部構造そのものに変化を来しているようだ。

「ダンジョン突入ってか? なぁ、ファイリア、どっちに魔方陣があるか分かるか?」
輝也に問われ、ファイリアは再び視覚に集中する。
火事の煙に巻かれている最中に、その煙の僅かな濃淡を識別しろと言われているようなものだったが、彼女はやってのけた。
「ええっと、こっちです、この方向から魔力が噴き出して来ますっ!」
びしっと指差した、その先は。

「地下、か」
巨大な魔物の消化管にも似た、地下への階段が口を開けていた。
「倉庫か配電室か…? 床にでも魔方陣が描いてありやがるのか?」
シャアッと輝也が唸る。
「召喚用の魔力を効率的に使うのは、ある程度閉鎖された空間が必要だ。地下はうってつけだな」
ジグが言う側から、地下に続く階段に、無数の目と肢を持つ蛸のような生き物が這い出て来た。輝也の熱線が、すかさず黒焦げにする。

「早く行って、壊さないと、です。何だか、魔力が強くなって来てるような気がするです」
ファイリアの言葉に、三人は頷き合い、そのまま地下へと続く階段に足を踏み入れた。

「ふぇ?? コレ、召喚装置、ですかぁ?」
元は、資材置き場にでも使われていたらしい、コンクリート打ちっぱなしの部屋。
縦横に不気味な有機物が張り付いた部屋の真ん中に、ぽつんとスチールの事務机があり、今では見かけることも無い、古い型のパソコンが乗っていた。電源が入れられたその画面の中央に、まるで新手のスクリーンセイバーのように蠢き、明滅しているのは、見たこともない魔方陣だった。

『おや? 生きておられましたかな、サムライ殿』
天井近くに、灰色のローブの姿が浮かび上がった。がりがりに痩せた人間の、上半身だけ、に見えるが、妙な響きの声からも体型からも、年齢や性別の見当がまるで付かない。
「貴様、魔王の…!!」
ジグが、刀を構えた。
「こいつが、ここの番人、ですねっ!?」
ファイリアは、いつでも魔方陣を描けるよう身構える。輝也が鎌首をもたげ、ファイリアを狙う攻撃に備えつつ、攻め込む隙を狙う。
『ほう、お供は、多頭龍と…魔法生物? それは、ほぉ…ホムンクルス、か? …なるほど、豪勢ですな』
すっぽり被ったフードの奥で、その奇妙な存在がニヤリと笑った気がした。
「そういうことだ。貴様などでは、我らに勝てぬ! 覚悟を決めるが良い!」
ジグの刀が、明滅するパソコンの画面を反射してぎらりと光った。

『そう、上手くは行かないのですよ、サムライ殿』
そう言ったローブ姿の足元で、パソコンが一際激しく明滅した。新たな魔方陣が、そこに描かれる。
『我が命と引き換えに、出でよ、魔王の下僕、地獄に咲き誇る獄炎花よ!』
金色の斑点の入った、赤黒い巨大なものが津波のように魔方陣から吐き出され、一瞬にして、ローブ姿を巻き込み、呑み込んだ。

それは、敢えて表現するなら、床一面に広がる花弁を持った、巨大な食虫植物と言えただろう。
ちょっと植物に関心のある者なら、「ラフレシア」という名前を連想したかも知れない。

ただし、その花弁にあたる部分は、まるで平べったい触手のようにうねうね動き、縁には牙にも似た棘が生え揃っていた。
中央の、普通の花なら雄しべや雌しべの密集しているはずの部分にあるのは、間違いなく牙のある口だ。しかも、周りには輪を描くように、人間のそれに似た目が無数に配置されている。

その植物型の魔物が、花弁を開いて軋むような吼え声を上げた。
同時に花弁と根っこのようなものを伸ばし、背後に魔方陣を展開するパソコンを隠す。

戦いが始まった。
不規則に迫り来る花弁を、龍の牙が食いちぎり、見事な太刀筋が両断する。
しかし、いくら切り刻まれようとも、花弁は次々と本体から生えて来るのだ。龍の吐く熱線さえ、魔界の瘴気に護られた巨大植物を焼き尽くすことは出来ない。
さしもの龍も手傷を負い、ジグの日本刀も、腐食性のべっとりした樹液に絡まれて鈍くなりつつあった。

どうしよう。どうしたらいい?

戦闘タイプの両名の苦戦を前に、ファイリアはじりじりした焦燥に襲われた。
自分が前に出ても無駄だろう。だが、どうにかして彼らをサポートしなければ勝利は無い。
だが、どうやってサポートしたら良いのだろう? 屋外では、植物の、風の助けがあった。だが、ここは地下。風も吹かなければ、植物など、当の敵以外…

ファイリアの脳裏に、何かが閃いた。
「ごめんですっ!」と叫んで、輝也の背中を駆け上り、魔界植物を見下ろせる位置に立つや否や、魔方陣を描いて叫んだ。

「お花さんは、動いちゃ駄目ですっ! お花はっ、綺麗に静かに、咲いてるですぅっ!!」

がくん! とからくり仕掛けの人形が止まるかのように、花弁の動きが止まった。
ごく当たり前の植物のように、花弁が上向きに開いたまま、ぴくりとも動かなくなった。

輝也とジグが呆気に取られたのは、ほんの瞬きの間だった。
熱線が花弁を焼き、炭化し脆くなった組織を、日本刀の一撃が真っ二つにする。
同時に、その背後のパソコンも二つに断ち割られ、その機能を停止した。


「ふぅ〜。やったやったですぅ。皆さん、お疲れ様でしたぁ」
街に戻ったファイリアは、心底からの安堵の吐息と共に、二人に向かってそう言った。

「いやぁ、こっちこそ助かったぜ。こりゃダメかって、一瞬思ったもんなぁ」
ようやく人間の姿に戻った輝也が首をこきこき鳴らす。
「やはり…貴殿こそが、伝説の勇者なのやも知れぬ…。心底より、そう思う…」
感服の面持ちで、ジグが呟く。

魔方陣を描いていたパソコンが破壊された途端、召喚に使われていた魔力は急激に逆流を起こし、一気に収束した。
ビル内部を覆っていた有機物が蒸発するかのように消え去り、周辺にいた魔物は、魔力に引き摺られるように消えて行った。既に遠く離れていた魔物は残ったものの、それらはごく弱小のモノであり、異能を持つ人間や人外に退治されたり、場合によっては魔術師の実験台に使われるのが関の山だった。

「いやぁ、別にファイは、勇者なんかじゃないで…あっ!」
照れ笑いしていたファイリアは、まるで何かに驚いたかのように、突然振り向いた。
「お、お兄ちゃん…!」
戦いの興奮で、大事なことが頭の片隅に追いやられていた。兄は無事だろうか。

「ごっ、ごめんなさいですぅ! ファイ、お兄ちゃんが心配だから、一回お家に戻るですぅっ!」
「あ、待ちな!」
駆け出そうとするファイリアに、輝也が何かキラキラ光るものを投げた。思わず、はしっと受け止める。
「?」
「あのバケモノ花のいた所に落ちてた。RPGと言えば、お約束ダロ?」
それは、青い澄んだ光を帯びた、不思議な質感のコインのようなものだった。二枚ある。
「勇者になった記念」
「兄上によろしく」

ファイリアは、笑顔で二人に頷き、ぶんぶんと手を振った。
そのまま、振り返らずに走る。

大事な人の元へ。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【 6029 / 広瀬・ファイリア / 女性 / 17歳 / 家事手伝い(トラブルメーカー)】

NPC
【 NPC3819 / 大霊・輝也 / 女性 / 17歳 / 東京の守護者 】
【 NPC3827 / ジグ・サ / 男性 / 19歳 / 異世界のサムライ 】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、愛宕山ゆかりと申します。この度は「仮想東京RPG!〜1勇者を探せ!〜」に参加いただき、誠にありがとうございました。
RPG的なアイテム? ということで、「異界のコイン(ミスリル)」を記念品として進呈いたします。

さて、私にとってこちらでの初めての仕事をさせていただいた訳ですが、お気に召していただけましたでしょうか?
お預かりしたPC、広瀬ファイリアちゃんは、実に頼りがいのある能力を持つ強力な存在ながら、とても愛らしく魅力的なキャラクターで、大変楽しく仕事ができました。
私のところのNPC二名も、「本当に助かった」と異口同音に申しております(笑)。
彼女に楽しくカッコ良く冒険してもらえていたら、私としては成功かなと思っております。

この続きとして、魔王を倒す武器を探す「2最強武器クエスト!」を予定しており、次の第3話(ラストバトル編)で完結となります。
第2話で「真の勇者」となったPCの方には、「魔王を倒せる最強武器」をお渡しする予定ですので、もしよろしければご参加下さい。

それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。