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<東京怪談・PCゲームノベル>


諧謔の中の一日







―――――その空間に舞い散るは、桜の花と紅葉のそれ。


      奇妙な空間だと思いつつも、彼は何となしに雅を感じて微笑んだ。






【序章】



「ええと……これは、困ったな。道に迷ってしまった」

 ふむ、と唸りながら立ち止まり、周囲を見る。
 冷静に状況を確認しなければ、自分の陥った苦境から脱却することは出来ないのだ、と。
 そう信じて。
「しかし……」
 暫く、じぃっと空間を観察してから「彼」は嘆息した。
 駄目だ。自分は、こんな場所は知らない。
(面白い場所だとは、思うのですが)
 むー、と再び唸りながら、今度はなんとなしに周りを見る。





 

 右手に滝が飛沫を上げて落ちているかと思えば、左手にはコンクリートで舗装された広場が在る。

 背後を振り向けば、中国の山奥に鎮座するような高い山。

 視線を戻して前方を見れば、西洋の奥地に見られるような古城がその存在を示していた。



「此処は、一体何処なのでしょう」
 それが、分からない。
 自分に方向感覚が無いのは自覚していたが、此処まで奇妙な空間に迷い込んだのは初めてだ。
「……人の住んでいる場所があれば、良いのですが」
 一縷の望みを託すように呟いて。
 彼、久住・沖那は再び歩を進め始めたのであった。









【1】

 
「おや、あれは……」
 暫く歩いて行くと、和風の趣が多く見られる地域に入り込んだ。
 視界が開けてくる前方に、「何か」を見つけて眉を顰める。
(建物ですか)
 見れば、それは大きな、そして古い和風の旅館のような体をした建物であった。
 その建物、玄関先の看板には―――――
「『諧謔』……」
 そう、流麗な文体で書いてあった。
 珍しい名前だと、沖那は興を覚える。何かしらの由来でもあるのだろうか。
「ふむ」
 丁度良い。中に入って誰かに話を聞いてみようと思い、戸に手をかける。
 ………その時。
「あらあら、お客様でしょうか」
 素晴らしいほどのタイミングで、内側からがらりと戸が開けられた。
 中から出てきたのは、自分とそう変わらない年齢であろう女性である。
 青い髪持つ人形のような女性。彼女は、こちらを見て首を傾げた。
「いらっしゃいませ。お客様、ですね?」
「いえ、私は道に迷って偶然通りかかった者でして……」
「まあ、道に迷ってこの場所に?」
「ええ。生来、酷い方向音痴でして……」
 沖那の返答に、驚いたように女が目を瞬かせる。
「それは大変でしたでしょう?この場所は、本来なら此処に来るのを望んだ人しか来られないのですけれど……常識から乖離したモノと馴染みがあったり、運が悪い人なども稀に迷い込んでしまうんです」
「はぁ……それじゃ私は、ある意味では幸運ですね」
「ええ……それは、そう思えるなら良いことでしょうね」
 参った、と言う風に返答する沖那の挙動にくすりと女性が微笑んだ。
「もう日も暮れます。これから動くのも大変ですから、是非泊まっていかれては?」
「良いのですか?」
「ええ、勿論」
 にっこりと微笑む彼女に、歩き詰めだった沖那は思わずほぅ、と息をついた。
 次いで、あるものが不足している事実に気付いて肩を落とす。
「すみません…少し散歩するつもりで家を出たもので、手持ちが無いんです。けれど、この宿くらいしか泊まる当てもありません。良ければ、宿のお手伝いをさせて頂きますので、泊めては下さいませんでしょうか?」
「あら、それは大変ですね……勿論、宜しいですとも」
 虫の良い話だ、と思いつつ切り出した話題。
 けれど、すぐさま許諾されて逆に沖那は驚いてしまう。
「え…本当に良いのですか?」
「ええ。宿なんて此処しかありませんし、困っている人を見捨てることも致しませんわ」
「それは……すみません。本当に助かります」
 ぺこりと頭を下げる。
 目の前の女性はくすりと微笑んで、彼を宿の中へ招き入れた。
「私は、この宿の女将を務めている上之宮・唯と申します」
「これは申し遅れまして。私は久住・沖那、能面師を生業としております」
「まあ。それは、巴さんやセレナさんが喜びそうですわね………それでは、久住・沖那様」
 完全に戸を引いてから玄関を上がり、彼女。
 上之宮・唯は座して深々と礼をした。


「―――――『諧謔』へ、ようこそいらっしゃいました」








【2】


「とは言え、特にお手伝いして頂くことも無いのですけれど……」

 通された宿の中。
 その厨房らしき場所で、唯が困ったように小首を傾げていた。

 周りでは―――半透明の「何か」が忙しなく動いている。
「これは……式神、ですか?」
「ええ、そのお陰で宿を一人で切り盛りできるのですけれど……今回ばかりは裏目に出ましたね」
 言いながら、唯は相変わらず眉を顰めて何かを考えている。
 何かしたいと言っている相手に何もせず楽にせよ、とは逆に良くないだろう、と。
「ああ、そうです」
 やがて、彼女はぽんと手を打ち合わせる。
「その、この宿の四階に居候さんの部屋があるので、これを届けに行ってください」
 微笑みながら、彼女は茶と菓子を載せた盆を渡してくる。
「それと、札が切れそうなので作っておいてくれ、と言伝もお願いできますか?」
「ええ、お安い御用です」
「汐・巴と言います。良い人ですよ」
大きく頷いて、沖那はその盆を受け取る。
行ってきます、と言葉を残して沖那が厨房から消えた。



「………あら?」
 そうしてから、唯がやっと気付く。
「………そう言えば」
 そうだ、忘れていたけれども。
 あの人は、方向音痴でこの場所に迷い込んだのではなかったか。


 幻想宿『諧謔』。
 広大な、迷路の様相すら呈している巨大な旅館である―――――――










【3】


「あの………こんにちは。貴方が巴さん、ですね?」
「うん?」

 開いておいた戸の向こうから、そんな声をかけられて振り向いてみる。
 見ると、そこには銀髪の青年が盆を持って立っていた。
(客人かな?何故、宿の手伝いなんてしているのか……)
 そんな思考が一瞬脳裏を掠めるが、彼は構わずに応対することにした。
「いや、僕はセレナと云う名だけど……なに、君、巴に用があるの?」
「そうですか……いや、これは失礼しました」
「うん」
「それで―――ええ、唯さんにこれを巴さんの部屋へ持っていくように、と」
「……ふぅん」
 弱ったように頬を掻く男を見ながら、セレナは立ち上がる。
 ………短い会話の内に、何か観察でもしていたのだろうか。
「悪い人、ではないみたいだね」
「はい?」
「ううん、気にしないで……それで、君?」
「あ、すみません。久住・沖那と申します」
「それじゃ、沖那君。巴の部屋はねぇ……」
 そもそも此処は四階ではなく、二階だという説明から始め。
 セレナは切々と、目の前の青年に向かって相棒の部屋への行き方を教えてやった。
「成程……此処は、まだ二階でしたか」
「本気で言っているのなら、凄まじいね」
「いえいえ、とんだ醜態をお見せしました……では、セレナさん。ありがとうございました」
 それでは、と礼儀正しくお辞儀して、沖那は廊下の奥へ消えた。
「ふむ……」
(大丈夫かな)
 少しばかり心配になったが、まあ特に問題も無いだろう。
 何処まで行っても旅館である。階段を探し当てれば後は容易い。
 そう結論付けて、部屋の奥へ引っ込む。読書を再開せねば、と急ぎ向かった。






 ――――それから。


「あの、此処は汐・巴さんの……」
「…………良く分からないけど。君、面白い人間だね」
 そんな、間の抜けた会話をしたのは、僅か五分後のことであった。








「す、すみません……せ、汐・巴さんの部屋は此処でしょうか」
「む?」
 開いておいた戸の向こうから、そんな声をかけられて振り向いてみる。
 見ると、そこには銀髪の青年が盆を持って立っていた。

(誰だ?凄まじいまでに疲弊しているようだが……)

 そんな思考が一瞬脳裏を掠めるが、彼は構わずに応対することにした。
「いかにも、俺は巴だが……アンタ、誰だ?」
「こ、これは、申し、遅れました……私は」
「……落ち着け」




 そして、とんでもなく疲弊した様子の男から事情を聞いた。

「成程……それじゃ、お前さんは今日の客と言うわけだ」
 ず、と冷めた茶を舐めながら巴が呟く。
「ええ……しかし参りました。此処に来るのに、ええと……」
「お前さんが見た厨房の時計が正しかったなら、二時間だな」
「そうです、二時間も掛かるとは思いませんでしたよ」
「……あんた、面白い奴だな」
 先刻聞いたような台詞を吐いて、目の前の黒髪の男は笑った。
「……で、戻るんだろ?送ってやろうか?」
 その方向音痴じゃ大変だろ、と。彼は沖那へ手を差し伸べる。
 しかし沖那はぱたぱたと手を振りながら立ち上がり、首を横に振った。
「いえいえ、その御厚意だけで十分です。道も覚えましたし、大丈夫ですよ!」
「自信満々だな。本当に?」
「ええ!」
 ふむ、と巴は思案する。
 大丈夫だと言っているのだし、何度も提案するのは相手にも迷惑だろう……
「オーケイ。それじゃ、気をつけてな」
「分かりました。では巴さん、また後ほど……」
 礼儀正しく礼をして、沖那は去っていく。
 自分が見ていた限り、一貫して彼は礼儀を保っていた。
「ふむ。本当に、面白そうな奴だな」
 やや面白げに、呟いて。
「しかし………大丈夫かねぇ?」
 手元の、冷めた茶が入っていた湯呑みを見詰めて嘆息した。







 ――――そして、一時間半後。
「おぅい、唯。そろそろ夕飯か?」
「あら、巴さん。待ちきれなくて降りてきてしまいましたか?」
 厨房へ顔を出した巴を見つけて、料理を今まさに運ぼうとしていた唯が声を上げる。

 既に、時刻は夕飯に相応しい時間。
 外も暗く、すっかり夜である。
「応、それもそうだがな……ほれ、札が切れる頃だと思って作って置いた」
「それはどうも………どうやら、沖那さんの伝言はちゃんと利いたみたいですね」
「ん?沖那ってぇと、あの洋装の男だろう?………妙だな。俺は聞いていないぞ」
「あら?」
 訝しげに眉を顰める巴。

 はた、と唯は違和感を覚えた。
 

 どうしたことでしょう、と頬に手を当てて唯が考えていると――――

「あ、これはこれは巴さん」
 巴の後ろから、優しい響きの声が響き渡った。
 む、と巴が振り向けば、銀の髪に金の瞳。洋服を着こなした沖那である。
「こんなところで会うなんて、奇遇ですねぇ」
「いや……」
「そうそう、言伝を忘れていました」
「……沖那?」
「唯さんが、札を作っておいてくれ、だそうです」
「……」


 何も言えない。

 目の前には―――にっこりと、気持ちの良い笑顔。

 …………自分は。何か、言えるだろうか?

「すいませんね、先程会ったときに言っておくべきだったのですが…」
「………いや、了解したよ。ありがとう」
 がっくりと肩を落としながら。
 苦笑を浮かべて、巴はやっとそれだけ返した。
「……云われて悪い気がしないのは、人徳ってやつかねぇ」
「おや、どうしましたか?」
「いえ、何でもありませんわ………それより、夕食をご馳走しますよ」


 唯が微笑んで、この場を締めたものである。










【4】



「へぇ。それじゃ沖那君は、能面作りを生業にしているんだね」
 ぐつぐつと煮立ったキムチ鍋。
 それをひょいひょいと事無げに食す魔術師、セレナ・ラウクードが感嘆の声を上げる。
「以前巴のコレクションを見たことがあるけど、あれは面白い感じだったね」
「ふん、それも当然さ……一流の者が作り出す面の中には、何とも言えぬ妙があるんだぜ」
 しきりに感心する、金髪の魔術師。
 それへ半眼の視線を送りながら巨大なパフェの山を平らげていくのは、汐・巴である。
「今度、機会があったらあんたの作った能面を是非とも見たいものだな」
「ええ、いつでもどうぞ。時折個展も開いておりますので……」
「ほぅ、その若さで大したものだ!」


 ――――そして。
 その、両者極端な食事の両方に端をつけながら平然と口を動かす沖那である。
「沖那さん……本当に、普通の食事は用意しなくて宜しいのですか?」
 常に微笑を浮かべている唯が、それを見て流石に驚愕していた。

 普段この宿の食卓に並ぶのは、辛さの極地と、甘さの極地。

 常人はそのどちらかを食すことすら難しく、両方食べられる者など前代未聞であった。
「ふむ……いや、どちらも素晴らしい味付けです」
「おお、この甘味の良さが分かるか!」
「ああ、この絶妙の辛味が分かるとは君も相当の逸材だね!」
 この沖那という能面師、常人を圧倒する二つの味を捻じ伏せたのである。
 お陰で、巴とセレナに妙に気に入られてしまっている。
「……喜んで食べて頂けて、嬉しい限りですわ」
「ええ、大変美味しいですよ、唯さん………ああ、そう云えば」
 にっこりと料理の作り手に笑顔を向けてから、沖那がはたと顔を上げた。
「気になっていたのですが、この宿の個性的な名前は……何か由来でもあるのですか?」
「ああ、それか……」
 その質問を受けて、に、と巴が野生的な笑みで応える。
「見ての通り、この場所はある意味で『何でもあり』だろう?」
「ええ」
「半端じゃないくらいにファジィな空間。いっそ極上の冗談と雅が同居する空間だから、この宿もそういった空間に在る以上はそれに関連した名前の方が良いだろうと思ってな………冗談、なんて名前じゃ余りにも安着だから、もう少し体裁の良い「諧謔」、にしたのさ」
「成程……確かに、面白い場所ですね」
「……君は、楽しめた?」
 ははぁ、と感心する沖那へ、間髪居れずにセレナの声が届く。
 沖那は、迷う事無く微笑んで応えた。
「勿論ですとも。この宿は、とても良いところです」
「そう、それは良かった……そこに居る女将さんには、何よりの言葉だよ、沖那君」
 浅く頷いて、セレナ。
 けれど、その顔は―――まるで自分が褒められたかのように、嬉しそうでもあった。
「しかし、巴さんにセレナさん………宿を一人で切盛りする唯さんを支えてらっしゃるんですね?皆さん、兄弟のように仲が良くて、とても羨ましいです。私には兄弟がいませんから」
 ミステリアスな男が垣間見せた笑顔を、どう捉えたのか。
 こちらも優しげな微笑を浮かべつつ、沖那はそう言って巴の頭を撫でる。
「………俺の方が年上なのに、違和感を感じさせない挙動だよな」
「微妙にそういった動作が似合ってるんだよねぇ、沖那君の場合は」
「と言うか、お二人は殆ど手伝っては呉れませんけれども」
「「唯、うるさい」」
「ははは、お二人とも本当に息が合っていらっしゃる」
「だあああ、もう良い!食事も済んだんだ、風呂にでも入るぜ……沖那、付き合えよ?」
「ええ、喜んで」


 など、などと。
 賑やかに夕餉の時間は、過ぎて行った。






「―――それでは、お世話になりました」
 翌朝。
 ぺこりと頭を下げて、唯の式神に伴われながら沖那は『諧謔』を後にした。
「ではな、沖那。また遊びに来ると良い」
「今度は僕がコレクションしている、西洋の仮面でも見せてあげるよー」
 そんな、宿の居候の言葉と。女将の折り目正しき礼に見送られて。
「さて………」
 ふと空を見上げると、奇妙なことに桜の花弁と紅葉の葉が同時に舞っていた。
 奇妙な光景。

「道には迷いましたが………こういう寄り道も、たまには悪くありませんね」
 ふ、と目を細めて呟きながら。




 久住・沖那は、諧謔に満ちた空間を後にしたのであった。


                                  <END>








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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【6081 / 久住・沖那 / 男性 / 21歳 / 能面師】






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■         ライター通信          ■
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 久住・沖那様、はじめまして。
 ライターの緋翊と申します。この度は「諧謔の中の一日」へのご参加、ありがとうございました!




 沖那さんは私の作品に初めてご参加頂いたので、極力プレイングを生かしながら物語を作らせて頂きました。方向音痴に味音痴、という設定が面白かったので前面に押し出してみたのですが、如何でしたでしょうか?
 方向音痴は、此処まで酷くは無いだろうか……などと思いつつ、人当たりの良い沖那さんのイメェジのままに書かせて頂きました。どうにも、私は丁寧に描写しようとするあまり文がやや長くなるきらいがありまして………これでも大分スリム化したのですが、いささか長めの仕上がりと相成りました。『諧謔』で過ごした一日は、果たして気に入って頂けたでしょうか。



 楽しんで読んで頂けたら、これほど嬉しいことはございません。
 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。

 緋翊