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春の雨 〜願いの一輪〜
雨の匂いがした……
「そうか……こんな日だったっけ……」
立ち止まり長い廊下に面する窓へと顔を向けると、薄暗くなった空が重そうに雲を引きずっている。
今にもこぼれてきそうな雫を受け止めるかのように広がる無数の葉達。
顔を出さないのはひとしきり可弱い花たちだけだろう。
「あれも……こんな日だったんだなぁ……」
そう、あの日も……
抱えた書類が腕にどっしりと重みを感じさせた。
春の雨が……
春の雨が……またやってくる。
窓から見える……遠く、遠くの山を思い出して……
ACT :1
「まったく、こんな時期に山登りだなんて信じられねぇーよな」
そういって草摩色は深く被った帽子のツバを持ち上げた。
どっから見ても悪ガキ上等!とでも言いたくなる容姿で登山口にたたずむ彼は、見方によっては家で少年とも言えないいでたちであった。
ぶかぶかのつなぎに背中にはパンパンに詰まったリュックサック…
そして何より自転車の荷台に括り付けられた寝袋…
「あー、こんなにもってこなくてもよかったかなぁ…」
登山口にたたずむ入り口の看板に体を預け、そのまま上を見上げた…
降り注ぐ太陽の光は柔らかくそよぐ風も温かみを感じる。
春だなぁ……
新しい芽生えの季節を肌に感じながら見上げる先は遙か遠く……
これから挑もうとしているその山を見極めるように……
ACT :2
それは突然の話だった。
「おい、今暇か……」
お茶菓子目当てで立ち寄った草間興信所はいつもと違っていたのは所長の草間武彦だけだった。
「ん、俺にいってんの?」
「……お前意外誰がいるというんだ、色」
「んー……武彦」
「……」
「うぉー!!たんまたんま、その鉄拳は下ろしてくんないかなぁ。大人気ないよー」
今まさに振り落とされようかとしている拳を避け、テーブルの上にあった菓子を摘みながら色は見事宙返りをして見せた。そのまま、後ろにあるドアへと消えようとする…
「わりーな、俺そんな暇ねーんだよ」
今にもその場から逃げるが勝ちとばかりにドアの取っ手に手を掛けたとき……
武彦は色の肩を強く握り締めていた。
「どーこーへ、行くのかなぁ?」
「あはははは……」
「俺の頼み、聞いてくれるよね?」
なんともいえない笑みを浮かべ顔を覗き込む武彦に対し……色はかわす術をもっていなかった……
「何、簡単な依頼だよ……」
有無を言わせず依頼を聞くことになった色はごくごく簡単な地図と封筒を受け取っていた。
「なにこれ……」
「宝探し」
なにやら心の見えない笑みを返さた。とてつもなく危険な……
「危険でないの?」
「うん、物取ってくるだけだから」
「……」
「詳しいことはその中に書いてあるから。明日学校休みだもんね、大丈夫大丈夫。うん、すぐに済むからさ」
そういって微笑みながら新しいタバコを咥え直していた。
火をつける……
一息吐いたあと、武彦は色に再びその笑みを見せていた。
「そうそう、山登りだから気をつけてね」
ACT :3
持ち帰った封筒の中に入ってたのは簡単な文章だけであった。
山登りに最低限必要なものと、依頼内容のみ……
目的地はどうやら色が自転車でいける範囲にある山らしい。
「ち、俺そんなに山登りしたこと無いんだけど……」
山登りに最低限必要なものは先ほど帰り際に武彦が渡してくれたカバンのもので事が足りるらしい。後々必要なものも色自身の持ち物で足りそうである。
「えっと……とりあえずはこんなものでいいのかな」
あらかた荷物をリュックサックにつめなおし、一息を付いた。
「宝探しか……」
不意に武彦の言葉を思い出す。
宝探し……
なんとも魅力的な言葉であった。
そこに待ち受けるロマンスの塊が、色の心に何かを呼びかける……
「どんなものかわからんけど、なんかドキドキするなぁ!!」
そういって用意をし終えた色は深い眠りについていった……
明日手にする宝物を夢見て……
ACT :4
「って……花だって聞いてねーよ!!」
夕べ用意しておいた荷物とともに、先ほど自転車にくくりつけていた寝袋をリュックサックにくくりつけ、さて歩こうかとしたときだった。
肝心なミス……
それは依頼書の確認を怠ったこと……
「花なんて…花なんてぇー!!」
色の絶叫が木霊する山道は誰も歩むものはいない。
全ては奥へと吸い込まれていくだけであった。
「ちぇ……これなら来なきゃよかったかも……」
自分がまんまと武彦に騙されたと知ったからには何かしろお礼をしたいものである……
通常お礼は倍返しともいうが……それはまた別の話……
「お宝があると思ったのにさ!」
悔し紛れに歩く歩調は地面を大きくたたいていた。
雪解けの季節に地盤は緩んでおり、さらに悪いことにこの山を登り始めて早一時……うっすらと陰るほどに上空には厚い雲が寄り集まってきていた。
「げ、山の天気は変わりやすいっていうけどさ……これってマジヤバくない?」
緩やかではあるがやはり山道、傾斜に負担のかかる足をさらに軟らかな土が体力を奪っていく。
武彦の地図によると目的地は山のちょうど中腹に当たる模様……ここから約3時間ばかりのとこであろうか……
「これってやっぱやべぇよな……出てくるときは天気よかったのによ……」
いくら体力があるといえどそれも山道……慣れぬ道によりいっそう色は不安を隠しきれなかった。
宝探し……いくら武彦に無理やりといえどそういわれて乗った話でもある。少なからずとも安易に話を乗っていた。それをいくら後悔してもすでに時は遅く……闇はよりいっそう近づいていた。
それからさらに進んだ後、やはり雨脚は音を立てて色の身に降り注いできた。
ぽつ……ぽつ……っと
「やっべってばよぉ……」
一抹の不満を言葉に表しながらも色は足を休めなかった。
ここで足を休めると……
さすがの色にも不安がよぎる……
「……いそごっと……」
時が立つにつれ強くなる雫の襲来に色は荷物の中から取り出したレインコートを羽織り、なおも力強く進んで行った。
ACT :5
「こ、ここか……」
地図の通りであればその場が目的地であった。
しかし……
「……行き止まり……」
そう、道は無い……
色の目の前に広がっているのは下へと続く傾斜……崖である。
「えっと……これってどうすればいいのかなぁ……」
そう思って周りを見渡したときである。
「!!」
突然地面が崩れた。
雪解けで緩くなっていた土に雨……
それに崖である……
色の体は足元の土たちとともに暗い暗い崖の下へと導かれていく。
「こんなのってありかよぉぉぉ!!」
なおも進んでいく土砂崩れに身を巻き込まれて、色は暗い暗い木の深い地面へと吸い込まれていった。
ふと、体に衝撃が襲う。
どうやら下に辿り着いたらしい。
衝撃は思ったよりも軽いもので、下を見るとたくさんの土とともに青々と茂った木々の葉が見られる。
「助かった……」
どうやら葉がクッション材の役割を果たしたらしい。
体も痛いところは無く、幸い怪我は預からずにすんだ。
上を見ても、元の道は遠く、視界には入らなかった。
「えっと、これって遭難ですか?」
そんなことを口ずさみながら、色は辺りを見回した。
暗い森の中、そういったほうがきっと正しいだろう。そんな中に今自分は身を置かれている。
目印らしいものは無く、突然と舞い降りた自分……
「……迷子決定……」
前途多難……
とにかくできること……
そう思い深いため息をつきながらあたりの散策に出ることにした。
「目的のものよりも……まずは自分の身の心配だよな……これは」
歩きながら何か無いかとカバンの中を確かめる……
そこには武彦が用意していた今回の依頼に必要なもの達が入っていた。
中には簡易の保存食と懐中電灯、植物辞典、簡易クッション、そして方位磁石など……明らかに今回の事態を予測していたようなものまでもが存在していた……
「……ホウ……つまりこれは予測済みの事態だと……」
懐中電灯を照らし、地図を確かめる……
そのスミには何やら小さい文字で書かれていた……
「……まさしくそういうことなのね……」
そこに書かれていたのは【落下地点】との文字。
それと【なお落下は必須であり、避けることはできない】の文字。
「……はめられた……」
少なからずともこれが予測の事態である限り自分の身は保障されているといってもよいだろう……そう考えると次に色がとったのは依頼が書かれているメモであった。
昨日見たときには大して細かく見ることは無かったが、ここに来ると事態は違う。より詳しく把握する必要に駆られたのだ。
「俺……勉強ってそんなに得意じゃねーんだけど……」
どちらかと運動が得意という色にとって深みを読むとは至難である。まだ中学生を言う彼にはより難題だったかもしれない。
「えっと……」
それは何度読み返しても最初読んだときと変わらなかった。
依頼主: 黒髪の長髪。女性。エリカと名乗る。
依頼内容: 地図にある場所の花を取ってくること。
注意事項: 秘密厳守に伴い依頼主の詮索を禁ずる。
「んー、どう考えてもわかんないんだっつーの」
どうやら武彦は何も語らなかったのと同じに、何も手がかりを授けてくれなかった。
特に今回の依頼は秘密厳守……
簡単だから……そういわれて受けたはずなのに……
頭を掻き毟りながら進んでいた。
コツ……
足に何かが触れた……
ふと前を見たとき……
それはあった……
「!!」
色は急いで手元の地図を見た。
そこには……
「ここか……」
そこに描かれていたのは小さな小さな文字。
足元にあるまだ小さな苗木であった。
ACT :6
「それでこれが例の物だよ」
「……ご苦労様」
武彦は一口コーヒーをすすると色から受け取った。
それは淡い色の一輪の花。
「あと、これが有った……」
「ん……」
そういって手渡したのはくすんだ色の小さなペンダント。いや、名札だった。
「これだろ……本当の依頼は……」
「いや、あくまでも花のほうだよ」
「……そうか」
「あ……、悪いけど俺、土に返してやったからな……」
「そうか……お前ならやってくれると思ったぜ、色」
武彦の手に渡ったのは一輪の花と名札。
色は深くは問わなかった。
なぜなら今回の依頼が詮索禁止だから……
だけれども……
「あーあ、見えちまったもんなぁ……」
目的地にあったのは小さな小さな黒い毛艶の猫であった。
名札はその首に巻かれていたもの。
そこに書かれていたのは……
【エリカ】
その横に咲いていたのは……一輪の季節はずれの勿忘草であった。
勿忘草……私を忘れないで……
その花一輪にこめられていたのはそんな思い……
今頃きっと届いているはずだ……
そんな彼女を待っている飼い主の下へ……
あの小さな苗木に絡まった彼女の首輪が……
色の心に小さな影を落としていた。
草間興信所を後にする色の身に少し暖かい雨が降り注ぐ。
それは……
彼女の感謝の涙なのかもしれない……
まだまだ冷たい……春の雨のはずなのに……
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2675 / 草摩・色 (そうま・しき)/ 男性/ 15歳 / 中学生
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■ ライター通信 ■
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はじめましてこんにちは。雨龍一です。
今回ご購読ありがとうございました。
ちょっとくらーい作品になってしまったのですが、いかがでしたでしょうか。
プレイを参考にと思い遭難要素を加えて見ました。
今回は非常に長く待たせてしまったこと大変申し訳ありませんでした。
色君みたいに体力があればいいなぁと思うしだいです……
春の雨。雪解けの山。
それは雪の下にしまわれていたいろいろなものが現れてくるそんな時期ですね。
次回は本当の宝探しにご招待できればなぁと思います…
written by 雨龍 一
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