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<東京怪談・PCゲームノベル>


春の梢に咲いて会おう

「日頃、お世話になっている民間の能力者のみなさんをご招待して、『二係』主催のお花見を行います。会費は無料。楽しい企画も考えていますので、振るってご参加下さい」

 そんな誘いが、『調伏二係』八島真から放たれたのは、都内随所の桜も満開の頃である。  しかし、いざ、会場に集まったものたちは、八島の傍に意外な人物の姿を見る。
 花の下でさえ黒服・黒眼鏡の八島のとなりで、その男もまた、黒服であった。だが、つい先日まで、彼は白い服を着てはいなかったか。
「あらためて紹介します。弓成大輔くん。4月1日付で正式に『二係』に異動になりました。……いや、私も絶対エイプリルフールだって思ったんですけどね……」
「よろしくお願い致します」
 ぴんと背筋を伸ばした青年の黒服には、軍人めいた飾緒が揺れる。よく見れば、八島たちの黒服とはすこしデザインが異なるようだ。
「正直、『一係』の弓成くんとはいろいろありましたけど……彼も上の命令通り動いていただけなんで、そのへん、汲んでやってもらえるとさいわいです。今日は彼の『二係』歓迎会も兼ねたいな、って思ってるんですよ。ちなみに、肩書きは『係長付特別補佐官』。有事の際は私を作戦面で助けてくれるというわけです。……と、まあ、そんな硬い話はこれまでにして」
 弓成のしたことを思えば、内心、穏やかでないものもいたかもしれない。
 だが、その弓成に、ある意味でもっとも手痛い目に遭わされた八島がそんな調子だったので、なんとか、穏やかに、会は始まったのだった。
 乾杯が行われ、各自がひとまず渇きを癒した頃合に――
「ええと、それじゃあここで、ちょっとした企画をやりたいと思います。実は何をやるか、私も知りません。弓成くんに一任しました。彼に、『今日集まるみんなでできて、親睦が深められるようなイベント』を考えておくように命じておいたんです。さあ、何を考えてくれたのかな、弓成くん?」
「はい。ご説明します」
 弓成大輔は、厳かに言うのだった。

「ただいまより、『二係』主催、特別軍事演習を行いたいと思います」

「……」
「…………」
 沈黙――。
 笑うところか?と、幾人かが目を見交わす。だが、当人の表情は真剣だった。
「あの……。軍事演習――って……?」
「2チームにわかれ、交戦状況を想定し、模擬戦闘を行います」
「いや、あの、私は『今日集まるみんなでできて、親睦が深められるようなイベント』をって言わなかったっけ?」
「その条件は充たしていると思いますが、何か?」
「……」
「自分は自衛官時代、隊の訓練を通じて仲間の隊員と変え難い友情を結ぶに至った経験があります。まさに大人数が参加可能で親睦が深められるイベントです。お集まりの諸氏は特殊能力や卓抜した戦闘力を有しておられる方も多く、訓練として見ても、『二係』の主催するにふさわしいかと。……それでは、只今より、部隊分けを発表します」
 半信半疑だったものも、もはや、気づかないわけにはいかなかった。
 奴はマジにやる気だ――、と。


■日本国憲法 第9条

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。


■同期の桜

「あほぅか、こやつ」
 ぼそり、と呟いたのは、羅火である。
 その隣で、弟の裏社が目をしばたいた。
「え。なに? 戦ってもいいの?」
「真に受けるな。ここを焼け野原にする気か」
「えっ、だってあの人、交戦状況を想定し、って――」
 弓成大輔の提案に、言葉を失った他の面々も、彼が本気で言っているのだと知ると、今度はあきれながら肩をすくめたり、首を振ったりするしかなかった。
「つまりサバイバルゲームってことか。花見でサバゲーってヘンなの」
 容赦のない一言をこぼしたのは藤井葛。あわてて、藍原和馬がその口をふさいだ。
「んぐ、何を」
「なんつうか、余計な一言命とり。冗談通じないヤツだからな?」
 葛の声が聞こえはしなかったかと、横目で弓成を確かめるが、黒い軍服めいた制服の青年は、黙々と準備にとりかかっていた。
「軍服や戦闘服をお持ちでない方は貸与します」
「どこで着替えれば?」
 かるく手をあげて、モーリス・ラジアルが訊いた。もっともな質問であったが、弓成は、虚を突かれたような顔で、庭師を見返すのだった。
「……申し訳ありません。自分の想定不足でした」
「弓成くん。うちは自衛隊じゃないし、ここは富士の演習場じゃないんだからね。女性の方だっているのだし……」
 たしなめるように言う八島には、
「係長。自衛隊にも女性自衛官はおります」
 と返す。
「……いや、そういう意味じゃなくて……」
「よければ、私の車を使っていただいてもいいですよ」
 モーリスがくすりと笑って言った。
「じゃあ、そうさせてもらいます。……ところで差し入れ持ってきたんだけど、これはどうしたらいいかしら」
 光月羽澄が重箱を手に、すこし困ったような顔で言った。
「あ、俺も、てっきり普通の花見だと思ったから……」
 葛も持参品があったようだ。女性陣だけでなく、残りのものたちもそれぞれに差し入れを持ってきてくれていた。
「あ、それは、こちらでお預かりしておきます。すいませんね。いや、普通の花見だと思うのが、一般的な感性ですから……」
 八島のとまどいをよそに、弓成が、皆に告げた。
「……それでは、只今より、部隊分けを発表します。部隊分けは抽選によって行いました」

 八島隊
  八島真(隊長)
  藍原和馬
  羅火
  光月羽澄

 弓成隊
  弓成大輔(隊長)
  モーリス・ラジアル
  二階堂裏社
  藤井葛

「着替えのあと、各隊で集合し、ブリーフィングから行います。演習の開始は十三〇〇(ヒトサンマルマル)時ちょうど。なにか質問は?」
「制限時間を教えてください。あと、味方同士、念で会話するのはOK?」
「制限時間は最長1時間とします。通信については特に制限をもうけません」
「……ねえさん、意外とヤル気ですか」
 いやに現実的な質問をする羽澄に和馬がげんなりした顔で言った。
「まあ、弓成さんのいうことも一理あるし……」
「……はいはい、たのしい親睦イベントですよ。ってこのチームわけ……。葛はともかく、庭師はくせものだな。それと、弟……あいつ、ちゃんと理解してるんだろうな?」
「わかってますよ。大怪我とかさせちゃダメってことは『ちょっとしたじゃれ合い』でいいってことですよね? あ、でも、兄貴相手なら本気でもいいかな?」
「……。どうなっても知らんぞ、わしは」
「まあ、なんとかなるでしょう」
 モーリスが笑った。
「うーん。俺だけハンデありすぎな気もするけどなー」
 ひとり、頭を掻く葛であった。

■進軍ラッパは高らかに

「なにか、作戦はあるの、八島さん?」
 小銃を点検しながら、羽澄が訊ねた。黒い、狙撃兵じみた戦闘服である。
「作戦と言いましてもねぇ」
 否応なく、黒い迷彩を着させられた八島は、ヘルメットの紐をとめながら応えた。むろん黒眼鏡だけはいつものままで。
「他の花見客のみなさんをどうするかが問題ですよね」
「たしかに、邪魔じゃの」
 こちらは山野での迷彩仕様戦闘服の羅火である。手の中の銃に、すこし、複雑そうに目を落とす。
「銃は使わん約束なのじゃが」
「そうなの? ま、銃って柄じゃないわな」
「使えんわけではないぞ」
 じろり、と、和馬を睨むように見た。和馬は、一転、将校の軍装だ。
「せっかくの花なのにねェ。……おっと、時間だ。そいじゃはじめますか」
「はい。さっさと終わらせましょう。えーと、じゃあ、適当にちらばって、適当に撃つってことでいいですか?」
「……八島さん、宮内庁の人でほんとによかったですね」
「どういう意味ですか、それ! だって元自衛官の弓成くんに作戦でかなうはずないでしょ!」
「んー。そうだけど……。……障害物も多いし、それを利用して各個撃破という形かしら」
「ふむ。ゲリラ戦というやつじゃな」
「私の作戦と一緒じゃないですか!」
「まーまー、喧嘩いくない。……おい、なんだ、あの人だかり」
 和馬が指したあたりで、人がざわついている。花見客が、一本の桜の木の下に集まってきているようだ。
「和馬さん、斥候に行ってきてください」
「なんで俺!?」
「そういう役回りでしょ、いつも」
「ちょっと待て、そいつぁ、聞き捨てならねぇなぁ」
 八島と和馬がもめて(?)いるあいだに、羅火と羽澄が、そろそろと警戒しつつ人垣に近寄る。
 人をかきわけた先にあったのは、みかん箱。中に入っているのは――
「あら、かわいい」
 思わず、羽澄がそう言ったのは無理はない、一見、猫のようなつぶらな瞳の動物であった。だがよく見れば背中に羽をはやしているし、ふさふさしたタテガミのようなものもある。そして毛並みはトラのような模様だが……。
 人々は、その不思議な動物と、もうひとつ、箱に入った……なんと体長50センチほどもある巨大なヒヨコを、見るために集まっていたのだった。
「ぬおう、マツ! なぜここに!」
 羅火が呻いた。
「知ってるの?」
「これはわしの宇宙ヒヨコのマツじゃ!」
「宇宙……?」
「それにこいつはガァというて、しろの……」
 言いかけて、はっと気づく。
「まて、これはしろの罠じゃ!」
 ジャーン! ジャーン!
 なにかあやしい打楽器の音色とともに、桜の枝から飛び降りてきた大きな黒い影があった。
 それは羅火と羽澄は過ぎ越して、まっすぐに八島と和馬のほうへ向かう。
「げぇ、なんか来た! なんか来たぞ!」
「えっ? うわあ!」
 八島が、意外な俊敏さで、和馬の影に隠れた。
 そこに容赦なく浴びせられる銃撃! 
「痛ッ! な、なにしやが――っててててて!!」
 マシンガンの洗礼を浴びながら、それでも倒れない和馬は、猛然と、銃撃者に向けて突進して行った。まるで帝国陸軍の軍人のように、銃剣を片手に、斬り掛かる。
「なんで、そんな格好なんだよ!」
「えっ、だって戦闘服でしょ!?」
 和馬の攻撃をかわしながら、襲撃者――裏社は言った。
 なるほど、実はそうだったのかもしれないが、少なくともこの世界の近代戦争に用いられる服装ではなかった。
 彼は腰蓑以外は裸身をさらし、頭に(おそらく羊かなにかと思われる)角のあるなにかの動物の頭蓋骨をかぶった、蛮族の戦士の格好そのものであった。それでいて、大きな機関銃を抱えているのだ。
 ペットを使って、花見客の注意を集め、戦場を確保するのが目的だったようだが、その機に乗じて奇襲をもくろんだのは弓成の案であろう。
 木立の影に、3つの軍服姿が見えかくれする。
「ふん、来おったか!」
 羅火の姿が、羽澄の視界から消えた。
 次の瞬間、銃をくわえた赤毛の猫(のような動物)が走っていくのを、彼女は目にする。
 それだけ確認すると、羽澄は人垣をはずれ、桜の木陰にさっと身を潜めた。
 そしてスナイパーのごとく、その銃口を、争う和馬と裏社のほうへ。
 パスン――、と、サイレンサーがついているのだろう、ほとんど音もなく、弾丸が発射された。
「ッ!」
 見事に、それは裏社に命中し、その動きの機敏さが削がれた。
 本来ならその一撃で完全に四肢の自由を奪われるはずの麻痺性の弾丸だったのだが――。それでも、裏社は、和馬に食い下がる。
 花見客に湧く桜木立の一画は、時ならぬスタジアムと化した。
 
 そのとき、八島は木陰から木陰へと、こそこそと身を隠しつつ移動していた。
 その前方に、ふいに飛び出してきた影!
「わっ!」
 葛だった。髪をうしろで結って、動きやすい軍服に着替えた葛は、まるで男装の麗人のおもむきだ。だが、ここは戦場(?)、そんなことに気を取られている場合ではなかった。
 八島は、銃を構えた。
 裏社や弓成にはかなわなくても彼女なら――、と一瞬思ったらしかったが。
「八島さん、ごめん!」
「えっ――わああああ」
 見事な一本背負い投げ!
 しかも意図してか偶然か、投げられた方向に木の幹があったので、そこでしたたかに身を打ち付ける。
 そして葛は容赦なく、銃口を、倒れた八島に向けるのだった。
「うわーっ、ちょっと! 葛さん! 戦争反対! 憲法9条!」
「今さら何を!」
 だが、その瞬間。

■花散る戦場

 リィ……ン――。
 鈴の音だ。
「わ!」
 葛の身体を、空気の震動が取り巻いた。
「八島さん、逃げて!」
 羽澄が駆けてくるのが見えた。
「す、すいません」
 あわてて、逃げ出す八島。しかし、敵はまだいる。
「!!」
 銃声とともに、八島の黒眼鏡が吹き飛んだ!
「命中です」
 ふっ、と、微笑を浮かべたのはモーリスである。
 詰襟に、凛々しい肩章のついた、礼服めいた軍服のモーリスは、狙いたがわず、八島の黒眼鏡だけを撃つことに成功したのだ。
「ちょ、ちょっと、何するんですか!」
「せっかくのいい機会ですから。八島さんの眼鏡の下を見たいと以前よりかねがね」
 別に、それがないと動けないほど近眼だというわけでもないはずなのだが、八島はどこかへ弾き飛ばされた眼鏡をよつんばいで必死に探している。
「八島さん!」
 羽澄が追いついてきた。そして、モーリスに向けて射撃。
 だがその弾丸はすべて、寸前で目に見えない《檻》に弾かれてしまう。
 モーリスの背後から、そのとき、弓成が姿を見せた。
 猟銃を構える。
「敵軍の指揮官を狙うのがセオリーですので。係長、失礼します」
 弓成の銃撃は、よつんばいになっていた八島の尻にまっすぐに命中した。
「痛ーーーーーー!」
 がくり、とそのまま、力尽きたらしい八島。
「お見事です。ではさっそく、八島さんのお顔を拝見」
 そそくさと、倒れた八島をのぞきこみに行こうとするモーリスをよそに、弓成が次の標的を羽澄に定めようとしたところ……、その眼前に、なにかが舞い降りてきた。
「!」
「『敵軍の指揮官を狙うのがセオリー』か、よう言うた!」
 羅火だった。その戦闘服が桜色の迷彩になっている(緑のそれの、裏地がこの色だったらしい)。その姿で頭上の桜の枝振りの中に潜んでいたのだ。
 弓成が反射的にうしろへ飛んで、後退したが、そのときにはもう、羅火の銃が彼の肩を打ち抜いていた。 
「く!」
 なんとか、倒れるのは踏み止まって、木で射線を寸断するように逃げたのは流石というべきか。だが羅火もみすみす敵を逃がすはずがない。そのあとを追う。そして――
 今度は足を撃った。
 黒い軍服が地面に転がる。
「ふん!」
 一足飛びに間合いを詰め、倒れた弓成の上に馬乗りになる格好で、羅火は、彼に銃口を突き付けた。
「……」
 霊銃に被弾して拘束された弓成の、眼光だけが返ってくるが。
「とったぞ。……わしに銃を使わせるでないわい」
 実戦であれば確実にとどめを刺せていたので、この場合は、弓成に対して羅火の勝ちだ。
 ――と、そこへ……
「なぬ!」
「うぁたぁ!」
 落下してきた黒い影は、和馬である。
 とっさに身をかわした羅火は、猫に姿を変えてひらりと飛びのく。
「ぎゃん!」
 地面の上で悲鳴をあげたのは和馬。そして、彼を投げた張本人が、のしのしと近付いてくる。
「あは。和馬さんもわりと手加減しなくて平気なタイプですよね。もうちょっとやっちゃっても大丈夫そうだ」
「冗談言うな!」
「何がですか〜? だってこういうゲームでしょう? って、あれ?」
 踏み出そうとした足が、しかし、動かない。
「和馬さん、こっち、こっち!」
 羽澄だ。足元の草に震動を伝達させたのだ。
 かさかさと、這う虫のようにすばやく彼女のもとへ移動する和馬。
「みな無事か!」
「あっちで八島さんが伸びてる」
「あ〜」
「わ、もう抜けられた。んー、ちょっと止められないわね」
「怪獣かよ!」
 そうこうしているうちに、拘束を脱した裏社が、喜々として向かって来る。銃を持っていることをのぞけば、その様はまさに戦闘民族。
「ええい、世話の焼ける! 花見にまで来てなんでこうなるのやら!」
 羽澄と和馬のあいだを抜けて、飛び出したのは羅火猫だ。
 迎え撃つ裏社の機銃掃射をかいくぐり、猫が走る! しかも、猫の姿のまま銃を持っている!
「いいぞ、やっちまえ!」
 和馬が声援を送るが、
「ああ、ちょっと、暴れ過ぎじゃないですか。桜の樹に被害が出ないようにしないとダメですよ」
 モーリスが横合いから口を挟む。
「そうね、それはちょっと心配かも」
「うっかり傷つけたら、来年、咲かなくなってしまいますからね」
「だから最初からこのイベントには無理が……って、なに混ざってんだよ、あんた、相手チームじゃん!」
「おや、バレました?」
 ぱっと逃げ出すモーリスに、和馬が追い縋る。
 だが――
「だあ!」
 足払いをかけられて、思いきり、地面にダイブしてしまう。
「へへーっ、やり!」
 葛が、かちり、と、和馬に銃口を向けた。
「マ、マジかよ〜」
 ふう、と息をつき、羽澄は、周囲を見回した。
 なにごとか、と遠巻きに人々が見守る中、激戦を繰り広げる兄弟竜。
 そしてそんな戦いなぞ知らぬげに、けだるい午後の陽射しの中を、はらはらと桜が散ってゆく。
「そろそろ時間、かな」
 時計を見て呟く。
 時間がくれば終わるのが、現実の戦争とは違って、ゲームのいいところだ。

■桜の木の下で

 “戦死者”は、八島と弓成両体長に、和馬の3名ということになるだろうか。
 もうすこし時間があれば、羅火と裏社の決着も着いていたかもしれない。
「ひどい目に遭いました……」
「まったくな……」
 どよんとした空気に包まれている黒服のふたり(八島と和馬だ。皆、元の服装に着替えたのだった)。
「おかしなイベントだったけど、なんか楽しかったー」
 と葛。
「八島さんの眼鏡の下も見ることができましたし」
 モーリスがくすくすと笑った。
「あの……モーリスさん」
「えー、そういや俺、見れなかった。どんなでした?」
「ええ、八島さんって意外と――」
「わーっ!わーっ!わーっ!」
「はいはい、じゃあ、あらためて、乾杯しましょう。ビールの人は? 弓成さんは、えっと……」
「自分はソフトドリンクで結構です」
 そして場面は一転、桜の下の、花の宴へ。
 なかなかいい場所が確保されていて(八島がロープを張った上、「宮内庁御用地」という、いささか職権濫用気味な看板を立てていたせいだ)、一同はシートの上に腰をおろし、あらためて、飲み物を手にした。
「えーと、では……。ちょっと予期せぬ展開で、お疲れかと思いますが。お越しいただきありがとうございます。乾杯!」
「「「乾杯!」」」
 きっとその一口目は、いつにもまして、身にしみたことであろう。
 シートの上には、羽澄と葛それぞれの、手作りの重箱の中身が披露された。
 羽澄のそれは、和風の、いかにも花見弁当といった風情のもので、だし巻きや野菜の煮付けなどが品よく詰められ、花見団子まで添えられていた。一方、葛の弁当は、行楽弁当の王道で、子どもがいたら喜びそうな鶏のから揚げやアスパラのベーコン巻き、ウサギリンゴなどが入っている。
「食べ物充実ですねー。みなさん、ありがとうございます」
 と八島が言ったのももっともで、和馬からも桜の花びらが入った日本酒と、バイト先から貰ってきたという弁当が、モーリスからは高級そうな寿司の盛り合わせが、そして羅火からさえも手製の品が差し入れられていたのだった。
「羅火さんも、お料理するんだ。……わぁ、桜餅!」
「へえ、すごいや」
 女性陣から歓声があがる。
「ふむ……まあ、このくらいはの」
「いやあ、なかなか、つくれないぜー。いただきー」
 和馬を皮切りに、皆が手を出す。
「ん、おいしい」
「お上手ですね。……どんなふうにつくってらっしゃるのか、とか、買物しているお姿とか思い浮かべると微笑ましいですけれど」
 モーリスがふふふと笑った。
「あ、おれも、一応、作ってきたんですよー」
 と、裏社が言い出したとき、しかし、羅火はブフーとその時口に入れていた飲み物を噴いてしまった。
「ちょっとまて、今なんと言った!?」
「え? だから差し入れ作ってきたんだって。お花見っていうものには酒と食べ物を持ってくるって聞いたから。えーと、まずはこれ、お酒で、それから……」
 裏社がタッパウェアを取り出しているあいだに、羅火は――
「逃げろ!」
 と、だけ言い残して脱兎のごとく走り去る。
 なにやらあやしげな雲行きに、羽澄たちが警戒する中、タッパーを手渡された弓成と八島がそれを開けると。
「!」
「ええ!?」
 弓成のそれからは、目にしみるほどの刺激臭が立ち上るなにかが、でろりとあふれただけであったが(それでも充分に凄まじいものではあった。およそ食物とは思えないものだったのだから)、八島のタッパーからは、ホラー映画さながらに、なにかが飛び出して、ぺしゃり、と八島の顔面に貼り付いた!
「……っっっ!」
「なんだこりゃあ!」
「や、八島さん!」
「おやおや」
「大丈夫!?」
 交錯する悲鳴。
「……あれ。なんか、生まれてました?」
「生まれるって何だ!生まれるって! 俺のまわりの料理人はこんなのばっかりか! 
三人目だぞ、おい!」
「って、和馬。八島さんを助けてあげたほうがいいんじゃ。息も出来なさそうなんだけど――」
「お待ち下さい、係長」
「弓成さん、銃はちょっと……」
「これは興味深いですね。これのサンプル、あとでいただけますか?」
「えー、おれ、普通につくったつもりなんですけど。味見したときはうまかったし……」

 そして、花見の午後は過ぎてゆく。

 ひとしきりの騒動のすえ、八島も一命をとりとめ(……)、遠巻きに様子を見ていた羅火も戻って来た。
 たっぷりの食べ物と飲み物を消費する頃には、散々、動き回った披露が、満腹感とともに心身を充たし、心地よいまどろみへと誘う。
 葛は和馬の肩を借りて、羅火は猫の姿で八島の膝の上に、裏社は樹にもたれて、うとうととし出していた。見れば、弓成も、また――。
「ね、八島さん」
 その姿を横目に、羽澄が訊ねた。
「弓成さん、どうして『二係』に転籍になったの」
 その先の言葉は呑み込んだつもりだが、
「左遷?」
 と、結局、和馬が引き継いでしまったので、思わず、けほけほと飲み物にむせる羽澄。
「いやいやいや、そういうわけじゃないと思いますよ。…………そうなのかな」
「どっちだよ」
 和馬がつっこんだ。
「『一係』のほうがエライってんなら、降格ってことになるが」
「それはちょっと違うんですよねー。必ずしも序列じゃなくて、『一係』は非常時のための組織で、『二係』は平時のあれこれを担当するっていうか……。ただ、たしかに、正式に『二係』職員になったってことは、少なくとも表だっては『一係』が彼を操れなくなりましたからね。向こうが私に恩を売ったつもりなのかも。いずれにせよ、これが本人にとって悪いようにならないよう、私としてもしてあげたいんですよね」
「まずはあれだな、もっとましなジョークを覚えろ、と」
「軍事演習は、ね」
 かれらは笑い合った。
 弓成は舟を漕いでいる。アルコールにはあまり強くないようで、八島にすすめられてビールを数杯飲んだところで、真っ赤になってしまっているのだった。
 そうしていると、どこにでもいる、平凡な青年と見えるのだが――。

 モーリスは、ふと、桜の樹のひとつに樹皮をえぐる傷を見つけた。
 案の定、さきほどの戦いのとばっちりを受けたようだ。
 そっと手をかざし、治療する。
 あらゆるものの調和をとりもどす彼の力が、幹の傷をもとどおりに治すのを見て、微笑を浮かべた。
 見上げれば、雲か霞のように広がる満開の花、花、花――。
 いずれ盛りは過ぎて、すぐに散ってしまうけれども……また一年の後には、再び、見事な花盛りを見せてくれる。その様は、永遠の輪廻にも似て。
 かつて、日本人の中には、桜の花に、文字通り、みずからの魂をたくしたものもいたそうだ。過ぎ去った時代――、戦場に散ることを予感した軍人たちは、戦友にこんな言葉で別れを告げたという。
 今度、生まれ変わったら、同じ梢に咲いて会おう――、と。

 今、ここに咲く桜は、その下に集うものたちに、何を語りかけるのだろうか。

 はらり、はらり、と。
 季節外れの雪のように、花びらが風に舞い落ちるのだった。

(了)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1282/光月・羽澄/女/18歳/高校生・歌手・調達屋胡弓堂バイト店員】
【1312/藤井・葛/女/22歳/学生】
【1533/藍原・和馬/男/920歳/フリーター(何でも屋)】
【1538/人造六面王・羅火/男/428歳/何でも屋兼用心棒】
【2318/モーリス・ラジアル/男/527歳/ガードナー・医師・調和者】
【5130/二階堂・裏社/男/428歳/観光竜】

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■         ライター通信          ■
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大変お待たせいたしました。『春の梢に咲いて会おう』をお届けします。
お花見・バトル付。ということでしたが、いかがでしたでしょうか。
PCさま方には、それなりに楽しいひとときを過ごしていただいたようです。
今回は全員の方からお差し入れを頂戴してしまいました。ありがとうございます。

>光月・羽澄さま
弓成くんのことを気にかけて下さって(?)ありがとうございますー。
そしてイベントの趣旨に同意して下さったのも羽澄さんだけでした(笑)。

>藤井・葛さま
お久しぶりでございます。なのに、こんな愉快なことになっておりましてすいません(笑)。
せめてデート気分でお花見を楽しんでいただければと思っておりました。

>藍原・和馬さま
軍服姿が素敵だったので幸運度が上がりました(たぶん)。
そのため今回は、貧乏くじ成分控えめ(当社比)でお送りしております(笑)。

>人造六面王・羅火さま
桜の迷彩って、またおしゃれ(?)な。そして桜餅とは……。
ところで、まったりとしたお花見と猫、っていい図案だな〜と思ったりしてました。

>モーリス・ラジアルさま
とりあえず目標達成(笑)ですが、ご覧になったものはナイショでお願いしますね!
うわさでは【 検 閲 削 除 】に似ているとかいないとか。

>二階堂・裏社さま
なんか生まれてたみたいです。
それはそれとして戦闘服、の解釈が2号的にツボでした。戦士の化粧とかしそう(笑)。

それではまた、機会がありましたら、お会いいたしましょう。
ご参加、ありがとうございました。