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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 深藍のチャイナドレス


●Opening
「ちわーす、宅配でーす」
 アンティークショップ・レンの店長、碧摩蓮は、そんな威勢の良い声を聞いてすぐさま迎える。もっとも少々いぶかしげな表情だったが。
「宅配便? 聞いてないがね」
「あれ、でもお届け先は碧摩蓮さまになってますけど」
「じゃあ確かにあたしだ。ふむ、だれからだろうね」
 判を押して業者を返してから、蓮は差出人を確認する。なんのことはない、いつも蓮が行っているファッションの店からであった。蓮のお気に入りのチャイナドレスも、いつもあの店で購入している。蓮にとっては馴染みの店である。
「一体どうしたんだろうね、急に」
 包みを開けると、中には青いチャイナドレスが入っていた。背中が大きく露出した、大胆なものだ。それと同時に一枚の紙が入っている。それにはワープロで文字が書かれていた。
『碧摩蓮さま。チャイナドレスのご購入いつもありがとうございます。さてこの度お届けいたしましたのは、貴殿の店にさぞかし相応しいと思われるチャイナドレスが手に入りました。無料でお届けいたします。是非ご覧下さい。
 ただし――決して、着ないようお願いいたします」
 妙な手紙であった。
「ふん……厄介なものをウチに押し付けたってわけだねえ。なるほど」
 しかし、この服は良い色だ。是非着てみたい。
「ちょっと、人に頼んで、着られるようにしてもらうか」
 この店の常として――そう思ったとたんに、来客が来るのであった。


「では、蓮さんが着たいというのでしたらどうぞ。着てみれば良いと思いますよ」
「なんだい、あんたやけに突き放した言い方するじゃないか」
 加藤忍の腕を組みながらの台詞に、蓮は言う。忍はいやいやそんなつもりはありませんよと両手をひらひらと振った。気障な仕草だったが、やけに似合う。
「着るのはお勧めできないんですよ、正直。なにやら怪しい匂いがぷんぷんしますから。ですがまあ、なんていうんですか、このドレスを着た蓮さんも見てみたいなあと」
「……チャイナドレスならいつも着てるんだがね」
「これはまた随分扇情的なデザインじゃないですか」
「素直に露出が多いと言いなよ、あんたも見かけによらないね」
 苦笑する忍。しかし途端に真面目な顔になって、言った。
「ワープロの文面はかなり最小限に抑えられている気がします。しかも譲渡するとは書いていない。ご覧になるのは良いですが、着たら後々問題になるかもしれません。まあ民法上の問題か、それとももっと深刻なものかは分かりませんが」
「深読みしすぎだと思うけどね。じゃあどうするんだい?」
「『身にまと』えばいいんですよ。ズボンは穿く、羽織は羽織る、そしてドレスは身にまとうものですからね」
 そう言って、忍は深い笑みを見せる。
(義賊……というより一休さんだねえ……)
 蓮は心中で、そんな気障な男の態度に苦笑するのであった。


「おおー、似合う似合う」
 ぱちぱちぱちっ、と手を叩く忍。そういう辺りは俗っぽい男であった。
「……こりゃあ、もっと若い子が着るようなもんだと思うがね」
「なにをおっしゃる。お似合いですよ、いやあ眼福眼福」
 深い青のチャイナドレスは、ところどころに金の刺繍が施されている。首から腰まで、蓮のボディラインを丁寧になぞっていた。スリットはかなり上まで切られており、少しでも脚を上げればそれだけでめくり上がってしまいそうである。
 背中も大きく開いている。蓮の白い肌があらわになっており、着ている――もとい、『身にまとっている』蓮も少々恥ずかしそうである。
「どうですか? 何か変化は?」
「さあねえ、特に何も感じないが」
 くるりと回っても、見たところ何もない。
「――おや? 蓮さん、その腕はどうしましたか?」
「腕ぇ?」
 忍は気付いた。蓮の腕に、見慣れないものがある。
「それは……痣、いや、刺青か? どうもハスの葉の模様のようですが……」
「そんなものした覚えはないけどねえ」
 だが確かにある。蓮の白い肌に似合わない黒い刺青だ。
 ――その瞬間。
 忍が感じたのは、鋭い殺気。
「しッ!」
 その殺気を。
 忍はその手で、掴み取った。
「なっ……」
 忍が掴んでいたのは、矢。弓矢である。
「い、一体なんなんだい?」
「話は後ほど! 曲者を捕まえるのが先決です!」
 そのまま忍は走り出す。一瞬で風となり、もはや姿が見えない。
 後に残ったのは、呆然とした蓮だけであった。


 あの弓矢は、明らかに蓮を狙って放たれていた。忍はアンティークショップ・レンの外に飛び出し、殺気の出所を探す。それは――確かに。
「こちらか――!」
 素早い移動。忍は拾い親から盗賊の技を全て伝授されている。中には忍術に通ずるものもあり、このくらいの移動はわけがない。
 アンティークショップ・レンの窓の外。殺気の奥にあったのは――。
「弓!?」
 そう、それは弓である。弓と、矢が入った矢筒がふよふよと浮いているのだ。
「妖物の類か!」
 街中でなくて良かった。彼の店は数寄者しかこない、不便な通りにあるのだ。
「ふっ!」
 弓から放たれる矢を、素早くかわす。見えない誰かがいるように、矢は矢筒から抜き取られ、そのまま射られる。
 忍は矢をかわしつつ突進し、一瞬で取り出したくないで――。
「しっ!」
 弓を、横一文字に叩き斬った――。


「ああ、おかえり。一体なんだったんだいあの弓は? その様子じゃ片がついたんだろう」
「蓮さん――」
 帰ってきた忍の声は、少々低い。そのまま彼は真面目な顔つきで蓮に近づいた。
「どうしたんだい?」
「ちょっと失礼」
 忍はそのまま、蓮の前でひざまづくと。
 彼女のチャイナドレスの裾を、ひらりとめくった。
「――!」
「ああ、やはり。この裏に血がついて――」


 余談だが――。
 その日その時その瞬間にアンティークショップ・レンから悲鳴が響いたのは、言うまでも無い。
 しかし誰の悲鳴かと問うても、悲鳴を聞いた人物は一様に首をかしげるのだ。
 以下は悲鳴を聞いた、アンティークショップ・レンの隣にお住まいのTさん(五十四)の証言である。
「誰の悲鳴? さあねえ。女性の悲鳴だったのは確かなんだがね。この辺りにあんな『きゃああ』なんて悲鳴をあげる娘がいたかねえ」


「――で?」
「ですから、このチャイナドレスの前の持ち主は、誰かに弓で殺されたんですよ。その殺された誰かは刺青をしているんです。そしてこの壊れた弓のほうも、未だにチャイナドレスの持ち主を殺そうとしているんですよ。だからこのドレスを着た女性には刺青があらわれて、その上弓で射殺されるんです」
「それだけであたしに恥をかかせた弁明になると思ってるのかい?」
「……思っておりません。反省いたしますので、どうかハイヒールで踏みつけるのはやめてくださいかなり痛いですのであいたたたたた」
 ぐりぐりと力を込めて踏まれ、忍は情けない声をあげる。
 ドレスと弓は、既に焼却処分にしてある。あんな危険なものをおいそれとおいておくわけにはいかない。
「最大の問題は、このドレスを蓮さんに送ってきた店なんです。『着ないでください』と書いていますがこれは挑発、おそらく着て蓮さんが死んでしまうのを期待したんです。そうすれば事後になっても、責任を逃れるのは容易ですから」
「ふむ、なるほどね」
「蓮さん、そのお店から恨みでも買ったんですか?」
「恨み、恨みねえ……」
 蓮が天井を向いて考える。しかししばらくすると、ああ、と手を叩いた。
「そういや今まで買ったドレスの代金、全部ツケで済ましてたねえ! あっはっはっ!」
 そう言って豪快に笑う蓮。一方忍としては呆然としている。
(助けてよかったのだろうか……)
 罪悪感にさいなまれる義賊なのであった。

<了>

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■   登場人物
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【5745/加藤・忍/男性/25歳/泥棒】

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■   ライター通信
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 初めまして加藤忍さま。担当ライターのめたでございます。此度は私のような若輩にご発注くださいまして真にありがとうございます。
 とんちを利かせたプレイングでした。着なければ良いとは。このシナリオ初の男性PCでありましたので、なかなか面白く書かせていただきました。泥棒の設定は活かしきれていないかもしれませんが、そこはご容赦ください。
 蓮さんの新たな一面も見れたと思います。この一話、気に入ってくだされば幸いです。

 追伸:異界開きました。よければ覗いてください。   http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248