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<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


夕闇の中の闘い


 仕事帰りに感じた妙な気配――最初は、ただ、用心のためにと立ち寄っただけだった。
 けれど、向かった先で見つけたのは、倒れているくるみと、くるみへと歩み寄る女の姿。
 くるみは勇愛にとって一番、大切な人。
 どうして戦いになどなったのか。彼女はなぜくるみを襲ったのか。
 事情はわからなかったが、少なくとも、彼女がくるみを傷つけたのは明らかなる事実だ。
 怒りに拳が震えている自分を自覚したが、抑える気などカケラもなかった。
 叫ぶと同時に、彼女の眼前へと飛び込んだ。
 彼女は顔色ひとつ変えることなく冷静に、握っていた剣の切っ先を上げて勇愛の爪を受け止めた。
「どういうつもり……?」
 くるみは幽霊やら妖怪やらがよく視える体質で、ゆえに、悪質な霊などに狙われることは確かにあった。けれど彼女はそういった類のものには見えない。
 問うた言葉に、答えは一言。
「あの少女が持っている剣を、渡してください」
 あれは、勇愛の家の蔵にあったもの。
 くるみがどれだけの気持ちで、どんなに必死になって。あの剣を使いこなすための努力をしていたのか、勇愛はよく知っている。
 理由もなく渡せるはずがない。それまでの経緯を勇愛は知らないけれど、少なくとも状況からして、断ったくるみから無理やり剣を奪おうとしていたのは明白だ。
 なればこそ。
 勇愛はそれ以上の問いを重ねず、一際大きな力を込めて、自らの爪を振り下ろした。
 すでに居残る者もない学校の校庭。静かな夕闇の中に、耳をつんざく剣戟の音が響いた。
 剣と爪がぶつかり合い、一瞬、二人の動きが止まる。
 けれどそれもほんの数秒のこと。
 勇愛はすぐさま体勢を立て直し、角度を変えて何度も爪を振り下ろす。普通ならば視認するのも難しいスピードであるそれを、彼女は的確に剣で受け止め時に流して弾いた。
 意識の端に、くるみの呼び声が届く。
 傷ついた体で、懸命に。だが、怒りで頭に血がのぼった勇愛の意識の奥には、その必死の声は届かなかった。
 くるみの声は聞こえているけれど、でも、彼女への怒りを払拭できるほどではなく。
 勇愛は変わらず、彼女へと爪を振るう。
 銀の髪と毛並みが夕闇の光に煌き、何度目かに振り下ろした爪が、彼女の剣を弾いて飛ばす。
 生まれた隙を見逃さず、勇愛は彼女の懐に思いっきり拳を打ち込んだ――が。
「なっ!?」
 拳は彼女の身体に触れる前に、空(くう)でぴたりと止められた。
 彼女の腕が引かれ、そして、放たれる。
 右腕をパチパチと雷光が包んでいるのを見て取って、勇愛は咄嗟に下がろうとしたけれど、こちらは打ち込んだ直後。それも、完全に入ったと思える一撃だったのだ。
 すぐには動くことができずに、その数瞬のあいだに彼女のカウンターが勇愛の体にヒットした。
 声を出す間もなく、体を電撃が走り、拳に押されて宙を舞う。
 体がコンクリートにぶつかる盛大な音をどこか意識の遠くで聞いた。
 がらがらと、間近に、砕けた石の落ちる音が聞こえる。
 そして、足音。
 動かない勇愛をしばし見つめていた彼女の視線が、ふいとくるみに向けられたのを感じる。
 守りたいのに……。
 叱咤しても、動かそうとしても。雷に痺れた体は緩慢で、指先を動かすのがやっとという有様。
「くるみに……近づかないで……」
 零れた声は自分でも驚くほどに細く掠れていて。
 だが彼女は、勇愛のその台詞を耳に捕えてくれたらしい。
 足音が、止まる。
 戦わなければならないのに、それでも、勇愛の体は動かない。

 ――動け……!!

 何度も心の中で念じた。
 けれど痺れた手足はまだ、勇愛の意識の命令を聞いてくれない。
 視界は舞い上がった土煙に遮られて、彼女の姿は、うっすらとした影でしか見えない。
 それでも、彼女の視線がくるみに向けられたのを察する。
 くるみが何か、言っているような気がした。その内容まではわからなかったけれど。
「……くるみ……」
 彼女の足音がくるみの方へと向かっていく。
 止めたいのに。
 動かない体。
 もどかしくて。
 だが。
 ふいに、体が軽くなった。
 同時に……意識が、白く染まっていく。
 どこか遠くで。
 けれど、酷く間近で。

 獣の咆哮が、聞こえた……。


◆ ◆ ◆


 くるみは、土煙の向こうに吹き飛ばされたまま動かなくなった勇愛の名を呼んだ。
 いや、さっきから何度も勇愛の名を呼んでいた。
「ユメちゃんっ!!」
 近づいてくる、彼女。
 恐怖がないといえば嘘になるけれど、それよりも、勇愛を失うかもしれない恐怖のほうがずっとずっと、強かった。
 力になりたいと、そう思って努力したのに、結局なんの力にもなれない――どころか、結局守ってもらうしかできない自分が情けなかった。
 と。
 土煙の向こうで、ゆらりと人の影が動いた。
「ユメちゃん!?」
 無事だったのか――喜びの滲んだ声は、すぐさま、驚きにとって変わられた。
 次の瞬間聞こえてきたのが、獣の咆哮としか形容できない叫びだったから。
 ふ、と。
 土煙の向こうの影が消えた。
 次の瞬間、彼女が背後を振り返る。
 いつの間に移動してきたのか、そこには勇愛の姿があった。
 強烈な一撃に、彼女が後方へと吹き飛ばされる。
 勇愛は間髪入れずにその後を追って、さらなる一撃を打ち込もうと腕を振るう。けれどその一瞬前に、彼女の足の鎧が輝き、彼女はしっかりと空を蹴ってその攻撃を避けた。
 先ほどまでの戦いも、くるみは、割ってはいることなどできないと……自分とはレベルが違いすぎるとそう思った。
 けれど。
 けれど、これは。
 それよりもさらに、数段……いや、次元が違う。
「ゆ……ユメちゃん……っ」
 しかしなにより怖かったのは、そこに勇愛の意思がないかのように見えたことだ。
 さっきまでの勇愛には確かにあったもの。
 くるみの声を聞いてくれないのは同じだけれど、さっきまでの勇愛には傍から見ていても感じられる、強い怒りがあった。
 それがくるみを心配する故であることも、くるみはきちんとわかっていた。
 だけど今は。
 まるで、勇愛ではないみたいだった。
 勇愛がどうなってしまったのか、わからなくて。
 失ってしまいそうなことが、怖くて。
 これから勇愛がどうなってしまうのかが、不安で、心配で。
 追いかければ、追いつく……いや、追いつくことはできなくとも、半歩後ろを歩くくらいのことはできると思っていた。
 だけど、今の勇愛を見ていると、勇愛が自分の手の届かないところへ行ってしまうかのような錯覚を覚える。
 手出しできない自分が。
 追いつくことのできない自分が。
 悲しくて、寂しくて。
 この戦いを目で追いかけることすらできない自分を歯がゆく思う。
 そもそもくるみがもっと強ければ……。彼女を、自力で追い払うこともできただろうに。
 自分の無力さを呪う。
「……止めて、ユメちゃんっ!!」
 その動きを目で捉えることはできなくとも、点々と大地に落ちる赤。滲む血に、勇愛が怪我をしているだろうことは予想がつく。
 聞こえる獣の唸り声――それが、勇愛の声であることに、くるみは底知れない不安を感じて。
「ユメちゃん……っ!」
 叫ぶ声は届かない。
 と、彼女の動きに変化が現れた。
 彼女の拳が強く輝き、そして――動きが、止まった。
 勇愛が、強かに地面に叩きつけられたのだ。
「とどめです……」
 彼女は剣を拾い上げて、その切っ先を勇愛に向ける。
 どういう原理か、剣が強い光に包まれる。そこに、相当な力が込められているのは、くるみにもわかった。
「ダメーーッ!!」
 痛む体も、不安に揺れる心も。
 全てを跳ね除け、くるみは剣を握る手に力を込める。
 どくん、と。
 剣が大きく脈動した。
 ゆっくりと立ち上がったくるみに……彼女は、勇愛へ向けていた切っ先を下ろして、振り返った。