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<東京怪談ノベル(シングル)>


約束

 少し前に約束をした。

「覚えておいてくださいね。今度は本当の私の姿で遊びに来ます」
「それは・・・約束?」
「はい。約束です」

 あの時の幽霊の彼女。
 会いに・・・行ってみようか。



 アトラスを訪れるのはあのめるへん堂の一件以来だ。まあ、みなもは学生なのだから機会がないのは当たり前なのだが。入り口近くにいた男性職員に声をかけ、編集長・碇麗香に取り次いでもらう。
「どういったご用件かしら?」
 中学生が来るのは珍しいのか、少し顔をしかめながら麗香が尋ねてくる。
 そういえば、この前彼女に会った時は別の姿だったのだ。わかるわけがない。
「ええっと・・・あの洋館って今はどうなっているんでしょうか・・・?」
「洋館?」
「少し前に新聞に載った少女の啜り泣きが聞こえるっていう洋館のことです」
 思い当たったのか麗香は「ああ」と頷いた。
「啜り泣きは聞こえなくなったようね」
「あ・・・そうなんですか」
 つまりそれはあの幽霊が成仏してしまったということで・・・
「時々歌声は聞こえてくるようだけど」
「え?」
 歌声?
「あの・・・それはつまり・・・」
「まだ成仏はしていないようよ」
 それを聞いてみなもはほっとする。
 ――不謹慎かもしれないけど・・・
 嬉しいものは嬉しいのだ。
 これで彼女に会える。
「その幽霊なんですけど、何か駄目なものとかあります?」
 亡くなった時の状況によっては火や刃物が駄目・・・ということがあるかもしれない。
「そうね・・・。駄目なものがあるとしたらそれは車じゃないかしら」
「車・・・ですか?」
「数年前、あの屋敷の前で女の子が轢き逃げに遭ったのよ。きっとその子の霊でしょう?」
「轢き逃げ・・・」
 初めて知る事実にそれ以上言葉を紡げない。みなもが黙り込んだのを見兼ねてか、麗香がわざとらしく溜息をついた。
「まあ、悪い霊にはなっていないわけだから、大してそのことは気にしてないってことじゃないかしら?」
「だと・・・いいんですけど」
「幽霊に会ったら一度報告に戻ってきてもらえるかしら?一応状況を知っておきたいのよ」
「・・・わかりました」
「それと・・・」
 続ける麗香に、みなもは踵を返しかけていた足を止めた。
「はい?」
「これ。もし良かったら活用してちょうだい」
 麗香が差し出してきたのは、1冊のノートだった。古いものなのかかなり汚れている。
「これは・・・?」
「うちでたまに記事を書いてくれている子がどこからか手に入れたきたものなんだけど・・・。どうもその幽霊の子が生前書いていた日記らしいのよね」
「日記・・・」
 みなもはノートを胸に抱き、麗香に礼を言うとアトラスを後にした。


 道を歩きながら日記の中身に目を通してみる。
 そこには少女の日常、そして夢のことが書いてあった。

”いつか絶対、有名な歌手になってやるんだ”

 少女は歌うことが好きだったらしい。
「”2月18日・・・今日は公園で歌ってみることにする。2時間くらい歌い続けたけど、誰も足を止めてくれなかった。・・・・・・寒いなあ”・・・」
 みなもは大きな噴水がある公園の前で足を止めた。この辺りで公園というと、多分ここだ。
 ここで彼女は歌ったのだろうか。
 たった一人で。
 寒空の下で。
 ・・・・・・何の為に?
 ページをめくる。そこには力強い字で彼女の決意のようなものが書かれていた。
 信じているから、私は歌う。
 今は誰も聴いてくれなくても、いつかきっと誰かが振り向いてくれる。
 友達に諦めろと言われても。才能がないと言われても。
 諦めてやるものか・・・・・・と。
「夢・・・か」
 最近みなもはよく将来のことを考える。
 先の見えない未来に何となく不安を感じたりしていた。
 例えば夢があったとして。
 その夢を上手に叶えていけるのだろうか、とか。
 いや、それよりも自分に夢なんてものは抱けるのだろうか、とか。
 そんなことを考えていると何となく頭が重くなってくるのだ。
「・・・最後のページ・・・?」
 古びたノートの最後の一枚。
 そのページに書かれていたのは、たったの一言。
「・・・」
 みなもはノートを閉じ、歩調を速める。
 夢の為に、彼女は歌い続けた。
 多分、命を絶たれるその直前まで。
 自分が死んだと知った時、どんなにか無念だっただろう。
 でも彼女はきっと自分の生き方に後悔はしていなかった。
 だって、あの洋館で今も歌っているというのだから。
 その歌声を
 彼女の声を
 早く聴きたいと思った。


 


 古びた門を麗香は静かに押し開けた。草が伸び放題になった庭に寝転がっている一人の少女。
「なかなか報告に来ないと思ったら、幸せそうな顔で眠っちゃって・・・」
 遊び疲れたのだろうか。
 先程、アトラスに来た時はどこか思い詰めたような難しい顔をしていたというのに。
 麗香はクスリと笑う。
「悩み事は解決したのかしらね?」



 誰に何と言われようと、私は私の生き方を諦めたりなんかしない

 だって、未来は自分で描くものでしょう?
 


fin



こんにちは、ライターのひろちです。
今回は2ヶ月にも及ぶ大幅の納品遅延、本当に申し訳ありませんでした・・・!!
みなもさんには何度もお世話になっているというのに・・・。
せめて少しでも心に響くものがあれば幸いです。
本当に本当に申し訳ありませんでした!!

では、失礼致します。