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Time to say goodbye 〜時奏枝垂桜〜
こんな所に枝垂桜なんてあったっけなぁ。と、瀬乃伊吹が思った瞬間だった。
『なぁ』
知りもしない声が突然伊吹に降りかかる。
「誰かいるのか?」
伊吹は辺りを見回し、そして誰か桜の上に上っているのだろうかと顔を上げるが、人の姿は何処にも見えない。
『この枝垂桜凄いだろ?』
声は年の頃伊吹と同じぐらいの雰囲気を持っている。
「まなぁ。でも、こんな所に桜なんてあったっけ?」
満開の枝垂桜が風に揺れてサワサワと音を奏でる。が、伊吹ははっとして我を取り戻すと、
「それよりあんた人と話すなら出てこいよ! そっちだけ隠れてるなんて卑怯だぞ!」
そう桜に向かって怒鳴る姿が面白かったのか声の主が笑ったような雰囲気が流れる。
『俺の名前当ててみろよ。そしたら出てきてやる』
「なんだよそれ!」
『いいから、ほら』
当たったら儲けもんだぜ? と、どこか悪戯っぽく口にされて、伊吹は眉を寄せつつもそっと口を開いた。
「ヒカル」
「当たり! すっげ、やっぱ分かった!」
嬉しそうな笑顔を浮かべて枝垂桜の幹の裏から顔を出した少年――陽日流。
ヒカル少年は嬉しそうに伊吹の周りを回転し、ぐいっと顔を近づけて悪戯っぽい笑みを浮かべると、
「なぁお前、俺が場所取りしといてやるから、誰か誘ってこいよ」
お花見しようぜ! と、元気いっぱいの笑顔で宣言され、伊吹はつい同じようなテンションで承諾してしまった。
「で、それでなんでお前はここにいるんだ?」
中学生相手に大人気ないと思いつつ、草間武彦は半眼の半分座った目つきでソファに腰掛ける伊吹を見る。
「ここなら人一番集まると思ってさ」
気分転換に花見くらいいいじゃんか。と、草間零から出されたお茶を飲みながら、本日は手土産に持参したはずの桜餅を自分から封を開けて食べ始める。
「花見…か」
花見自体嫌いではない草間は、誘えば何人か今からでも捕まるか? と、電話の受話器を取った。
☆
葉室・穂積は、電話越しでも分かるくらい元気な口調で、
「行く行く」
と、了承の返事を返し携帯電話を切った。
「そっかぁ、もうお花見の時期かぁ」
草間から突然だが花見をするから来ないか? というお誘いを受け、穂積は1人そんな事を呟きながら歩き出す。
「へへ、誘ってもらえて嬉しいな」
相手は目の前には居ないものの、穂積は少しだけ嬉しさに頬を赤らめて照れ隠しのように鼻の下を少しこする。
まったく何も知らない人が見たら、好きな子とデートに行く約束が取れたように見えたかもしれない。
さて、折角のお誘いなのだから、それなり物を用意していきたいものである。
花見といえば、花と団子。
食べ物は必須だろう。
「そうだ!」
穂積は何かを思いつき軽い足取りで走り始める。
(ちょっとフンパツしてデパ地下で豪華なお弁当買っていこう!)
このあたりでデパートとして有名であり、かつ近いところといえば、駅前の中丸デパートだろう。
(草間さんは貧乏だからきっと喜んでくれるだろうな)
穂積は喜ぶ(驚く?)草間の顔を思い浮かべ、にっと笑う。
お昼時間からはかなり外れてしまって、逆におやつという時間帯に差し掛かってしまっているが、お花見=宴会と言っても差し障りはないわけで、穂積はデパ地下に着くやさっそくお弁当を売っている一角へと急いだ。
通る人、通る人、ちょっとセレブ装った奥様ばかりの中を、穂積は負けじと先へと進む。
「よし、あれだ!」
お店の人が出したばかりの弁当という事は、今できたてという事。
さっと棚に置かれた瞬間から奥様方の手が忙しなく伸びているが、苦労の末に手に入れる事が出来た! なんて箔がつけば尚更草間の喜んだ顔が見れそうである。
穂積はホクホク顔で弁当を手に取り、
(最近のデパ地下は美味しいって言うから、他の人もきっと喜んでくれるだろーなー♪)
と、一人終始満面の笑顔で、周りの人には少々怪しまれながら、財布を開く。
弁当は確かに豪華だが、お財布には優しくなかった。
何人でお花見をするのかは聞いていないけれど、流石に1人2人ではないだろう。
弁当が1つではきっと足りないに違いないと、穂積は他の弁当も幾つかチョイスしようと思ったのだが、これがまたまた種類も多くてどうにもこうにも選べない。
お店の人の紹介もウンウンと至極真面目に聞きながら、弁当を幾つかチョイスしてデパ地下を去る頃には、財布の中身を見てちょっとだけ泣きたい気持ちになった。
しかしコレで皆が喜んでくれるなら安いものだと考えて、電話で聞いていた公園へと向かおうとくるりと踵を返す。
「あっと」
忘れちゃいけない今川焼き。
「やっぱりうぐいす餡だよなあ」
夢見心地でそんな事を呟いて穂積は行きつけの店へと走った。
穂積は腕時計の時間を確認し、聞いておいた公園の入り口まで走る。どんな弁当を買おうか迷っているうちに結構な時間が経っていたらしい。
「うわっと」
「っあ」
腕時計を見つめて走っていた穂積は、突然顔面から誰かの背中にぶつかりこんだ。
「ごめんなさい!」
穂積は勢いをつけてばっと腰を折る。
穂積がぶつかりこんだ女性――秋月・律花は軽く笑顔を浮かべて、
「大丈夫よ」
と、言葉をかけた。
何ともないという律花に穂積はほっと胸をなでおろし、ふと律花が手にしている袋に目を留め、自分達以外にもこんな時間から花見をする人がいるんだなぁと呑気にも考える。
そこへ乗り付けたリムジンに、葉室と律花は同じタイミングで視線を向けた。
ガチャリ。と、運転手がリムジンの扉を開け、セレスティ・カーニンガムが車から出てくる。
そして、その後を追いかけるようにシュライン・エマが運転手に礼を言って車から降り、草間と伊吹が出てきた。
「お前達もう来てたのか」
草間のこの言葉は、その場に居た2人に向けられている。
すなわち穂積と律花。
お互いがお互い別の花見だと思っていた2人は、顔を見合わせ簡単に自己紹介を済ませると、草間についで手招きする伊吹の後についてく。
「伊吹!」
「人連れてきたぞ!」
枝垂桜の下でぼおっとしていた少年は伊吹の訪れに、顔を輝かせてその名を呼ぶ。
駆けていった伊吹に追いついてきた一同に向けて、少年はにっと笑って、
「俺、陽日流。よろしく!」
と、元気一杯に挨拶した。
「彼が…ヒカルくん」
シュラインは、伊吹が笑って口にした言葉を思い返す。
「どうかしましたか?」
楽しいはずの花見の席で1人小難しい表情を浮かべたシュラインに気が着き、律花は声をかける。
「あ、いいえ、何でもないわ」
これだけ見事な桜の下で花見が出来る機会を与えられたのだから、今それを考えるのは野暮な気がして、シュラインは笑顔を浮かべる。
セレスティは1人のんびりと最後尾をキープして歩きながら、こっそりと携帯電話を取り出す。電話の先に居る人物にある事を調べるよう頼み、携帯を切ると、いつもの微笑みで皆が行く先を追いかけた。
一同はまず草間興信所から持ってきた敷物をまず広げる作業から入る。
「よーし、そっち抑えろよ〜」
6人という大人数が座れなければいけないのだからそれなりに大きい敷物を、穂積をリーダーとして広げていく。
草間も手伝うよう言われたのだが、
『俺はもう歳だからな』
『じゃぁ、おれ達でやるよ』
草間さん、休んでてよ! などという穂積の若さ溢れんばかりの言葉に甘えきって、近場で煙草をふかしていた。
そして敷物が綺麗にしき終わり一同が腰を下ろして、さて自分が持ってきたつまみを広げようとしたとき、
「綺麗な枝垂れ桜じゃない!」
などというどこか高めの声と共に、誰かがこちらに走ってくる足音が響く。
声の方向へと視線を向ければ、枝垂桜に酔うように笑顔を浮かべ九・一が立っていた。
「よくここが分かったな」
草間は携帯電話に場所だけしか言った記憶がないのに、迷う事無くこの場へと姿を現した一に向けて言葉を駆ける。
「あら、こんな綺麗な枝垂れ桜見逃すはずないじゃない」
一は手をヒラヒラと振って軽く草間をあしらって、一同をぐるぅりと見る。そして、
「で・も」
と、くるりと顔を移動させ、ある一角で視線が止まった。
「あ・た・し、としては可愛い男の子の方がいいかしらねぇ」
カチリ。と視線がかちあうと、一はこれ見よがしににっこりと微笑んで、腰をかがめその顔を覗きこむ。その様子に妖しさを感じたのか、伊吹は身体を仰け反らせて一定距離が縮まらないよう逃げる。
ずざざざざざ。
伸ばされた一の指先が伊吹の顎に触れた瞬間、そんな音と共に伊吹の姿がなくなる。
「伊吹……」
「な、なな、何だよお前! 触るなよ!」
少年よ、顔を真っ赤にしてヒカルを盾に叫んでも説得力も何も無いぞ。
「うふふ…かーわいいー」
あまりにも相手のウブな反応に、一のどこかにあるセンサーがばっちり反応した。
「遊んでないで、さっさと乾杯といこうか」
とりあえず。と、紙コップに注いだジュースを配って、
「誰が音頭を取る?」
「そりゃ勿論」
この場所をキープした、ヒカルだろう。
そうして、皆の視線がヒカルへと集まる。
「え…あ、えぇっと」
あまりに突然自分へと話を振られた事にヒカルは戸惑いに瞳を白黒させる。
そして意を決したのかぐっと息を呑むと、コップを高々と持ち上げた。
「か…乾杯!」
「「「「「「「乾杯!」」」」」」」
☆
「さ、どんどん食べて」
急だったから、こんなものしか作れなかったけれど。と、シュラインは持ってきたタッパの蓋を開ける。布巾を丁寧に開ければ、一見普通の玉子焼きが綺麗に並んでいた。
「私も、簡単に作れて美味しいものって考えて―――」
そう言って律花が持ってきた弁当箱の蓋をあければ、そこに入っていたのはお酒に良く会いそうな所謂おつまみと呼ばれるもの。
「お前なぁ、未成年が主催って言うのにあの弁当は無いだろう」
誰かが酒を持ってくる、もしくは酒を飲む前提として考えられたつまみを持参した律花に、草間は呆れ半分に口を開く。
「あら、武彦さんには嬉しいんじゃない?」
シュラインに突っ込まれ、ぐっと言葉を無くす草間だ。なぜならば、セレスティの車の中には確かに草間用として用意されていた一升瓶があったのだから。それに、
「あ、私も」
と、律花も実家から送られてきたという北国の地酒(大吟醸)の四合瓶を取り出す。
「……………」
酒がたらふく飲めるのは嬉しいのだが、今回のこの花見の主催は伊吹とそしてヒカルだ。それを考えれば、大手を振ってセレスティと律花が持ってきた酒を喜べない気がするのは気のせいか。
「草間さんの副煙流ほど未成年に害はないと思いますから」
律花のこの言葉に、いつもならば貧乏性丸出しでもらえるものは貰っておけ根性で生きてきているのに、なんだか今日は自分が負け組みになったような錯覚に陥る。それが最初に自分が口にした言葉である事はまったく持って気がついていない草間であった。
「あの時間で弁当作ってこれるって凄いな」
シュラインの玉子焼きと、律花のおつまみ弁当を見て、穂積がキラキラと瞳を輝かせる。
「急なことだったから、玉子焼きしかできなかったけどね」
「おつまみは短時間で直ぐに出来て美味しいが売りですから」
ね。と顔を見合わせて笑うシュラインと律花。
「私が、持参したものは……そうですね。デザートになるでしょうか」
何気に西日が強くなる時間帯のお花見であるがゆえかセレスティは日傘を持参して、すっと御重に入った数種類の団子とお茶セットを差し出す。
「あら、お団子かぶっちゃったかしら」
お花見、呼ばれた時間帯を考えれば、それはおやつに行き着くわけで、それならば花見団子だろうと、一は持参した袋を持ち上げる。
「うわぁ、凄いなあ」
出席者が持参した料理やお菓子を見るたびに逐一感嘆の声を上げる穂積。
「そーゆー穂積兄ちゃんだって、中丸のデパチカ弁当じゃん」
「って、ええ!?」
振り返れば背中に置いておいた袋を勝手に覗かれ、穂積は不意を突かれた驚きと照れで変な叫び声を上げてしまう。
「これ限定50個弁当だ!」
中丸と言えば結構大きなデパートで、そのデパチカともなればちょっぴりセレブな奥様方との壮絶な戦闘にもなりかねない場所だ。
「最近のデパ地下は美味しいって言うからな」
話で聞いていた場所の弁当が丁度売っていたから買ってきたらしい。
「これ、雑誌に載ってたお弁当じゃないですか? 中丸ですよね?」
「え?」
「これなら私も食べた事がありますね。美味しいですよ」
「ええ?」
「近くの奥様がいつも売り切れって言っていたけど。現物を見れるとは思わなかったわ」
「えええ!?」
穂積が買ってきた弁当を覗き込んで、順に律花、セレスティ、シュラインが言葉を発す。
偶然とは、恐ろしいものであると実感した瞬間であった。
そんな一同とは裏腹に今だ袋を探り続けているのは、伊吹である。弁当とは別にホクホクと暖かい紙袋を見つけてその封を開ければ、
「あ、今川焼き」
「大判焼き?」
袋の中から顔を出した丸い太鼓のようなお菓子を覗きこんでヒカルが訪ねる。
「それは、方便」
本名「今川焼き」と言われているが、全国各地で微妙に名前が違っていたりする。
「あんたも結構渋いのね」
デパチカで弁当を買ってくるくらいなのだから、デザートもそれなりの洋菓子でも用意してきたのかと思いきや、今川焼きというギャップに一はクスクスと笑う。
「今川焼きをバカにするなよ」
うぐいす餡が一番美味しいんだぞ! と、穂積はなにやら別方向の文句に頬を膨らませて胡坐をかく。
「伊吹くん、紙皿お願いできる?」
「あ、そうだった!」
アウトドア用の紙皿やコップを鞄に詰め込んで運んだのは自分だったと今更思い出して、そそくさと皆に紙皿を配る。
「そうですね、お茶の時間ですから、私は一くんが持ってきたお団子を頂きたいです」
きっと店が違えばまた味も違うだろう。
一は袋に入ったプラスチックを取り出して、ゴムでとめられた蓋を開ける。
「そんなに高いものじゃないわよ?」
セレスティが持参してきた団子に比べれば、1つの値段の0の数が違いそうだと思いつつ、声音にはどこか悪戯っぽい色を含めて切り返す。
「お菓子は値段ではありませんから」
そこへ、にっこりと微笑んでセレスティが言葉を返し、一の手から団子を1つ手に取った。
「こっちから、チーズ、ハム、ほうれん草の玉子焼きよ」
どれがいい? と、タッパを覗き込んだ面々に玉子焼きの種類を説明する。
「チーズいただけますか?」
「ええ」
食べるためではなく分けるために用意した箸を手にして、玉子を取り分けようとしたとき、タッパの玉子の上に桜の花びらがふわりと舞い降りた。
「あら」
それを見て、シュラインはくすっと笑いを漏らす。
「??」
「あ、いえね」
シュラインはクスクスと笑いながら、昔―――小さな頃の出来事を思い出す。
玉子焼きに乗る桜の花びらを見て思い出した記憶。
「私、小さい頃色々入れて作ってみたい時期があって、桜の香りのをって挑戦した事あるの」
話しながらシュラインは、どうぞ。と、チーズ入り玉子を律花に手渡す。
「それで?」
「んー。入れても入れても香りがなくってね、なんだか凄い事になっちゃって」
そこまでの言葉で玉子と一緒に炒められた桜の花びらを思い浮かべて、確かに……と妙に納得して頷く。
「しょぼーんとうな垂れて、店頭でいい香りの桜餅眺めてたら、お店の方が声をかけてくれて」
それで玉子焼きの事を話したら、
「花でなく、塩漬けした桜葉の香りなんだよって教えてくださって、そこで初めて存在を知ったわ」
「じゃぁ、エマさんは桜餅の葉っぱ食べてなかったんだ」
塩漬けの葉は食べられるけれど、確かに食べても食べなくてもどちらでもいい部分ではある。
「きっと匂いが葉っぱからきてるって思ってなかったのね」
あの頃はまだ小さかったから。
「料理上手のシュラインさんも、最初から料理が上手なわけじゃなかったって事だね」
きゅっとあけたペットボトルの蓋からシュワ〜と音が漏れる。
「あ、コーラ!」
「わわ! 零れるだろ」
と、そんなやり取りをはじめた、中高生を苦笑いで見つつ、律花は視線をシュラインへと戻す。
「上手く、玉子に匂いついたんですか?」
そして、ぱくっとチーズ玉子を口に入れれば、自然と「美味しい」という言葉が口から溢れた。
「ええ、今度はちゃんともこもじゃないスマートでふっくら良い香りの玉子焼きを作る事が出来たわ」
他の玉子はいかが? と、進めながら、シュラインは昔を思い起こして照れたように笑う。
「今と比べると歪だった事は否めないけど、凄く嬉しかった事、覚えてるわ」
今度は逆に律花から、これどうですか? と、つまみ弁当から幾つかのチョイスを紙皿に貰って、シュラインは「ありがとう」と笑顔を浮かべる。
「草間さんは、いつもシュラインさんの美味しい料理しか食べていませんから、想像できないでしょうね」
セレスティは先ほどから酒ばかり口に運んでいる草間に向けて、酒を持ってきた1人でありながら多少諌めるように言葉をかける。
「俺だって、最初から何でもできる人間なんていない事くらい分かってるさ」
すっと伸ばした箸の先、酒に良く合うなぁなどと思いつつ、律花の弁当に視線を向けて呟く。
「本当に、居酒屋の創作メニューみたいなもんばかりだな」
「これだって一応手作りなんですけど」
買ってきたものをわざわざ弁当箱に詰めなおすくらいだったら、穂積のようにそのまま持ってくるだろう。
「別に惣菜詰め合わせとは言ってないだろう」
シュラインでさえ時間があまりなくて玉子焼きを作る時間くらいしかなかったのに、簡単に作れると口では言うが、律花の弁当にはそれなりの種類が入っている。いや、正確にはこの場合、興信所にろくな食材が無かったとも、言うのだが。
「文句あるなら、食べなきゃいいじゃん」
「あ、こら!」
草間が伸ばした箸が空を切る。伊吹は、草間に対してあっかんべーと言わんばかりに舌を出すと、自分の紙皿に料理を幾つか載せる。
「ヒカルは?」
「あー…俺はいいや」
「そっか」
お菓子(団子や今川焼き)のほうがいいのかなぁと単純に考えて、伊吹は草間の箸から一番遠い場所に弁当箱を戻す。
その様子に苦笑するしかない、シュラインと律花であった。
「っきゃ…」
突然の突風に律花は思わずぎゅっと瞳を閉じ、髪を押さえる。
(…………)
春風の悪戯にゆっくりと瞳を開ければ、桜の花びらがまるで降り積もる雪のようにハラハラと舞い踊っていた。
呆然とその様を見つめる律花をよそに、穂積やシュラインは、蓋を開けた弁当に桜の花びらが入らないよう蓋をする。
木から落ちる桜の花びらならばいいけれど、地面から舞った花びらが弁当に入ってしまっては、それは流石に綺麗とは言いがたい。
「律花姉ちゃん、弁当弁当」
「あ、ごめんなさい。ありがとう」
テキパキと横から律花の弁当に蓋をする伊吹に微笑みかける。
「どうしたの? ぼーっとして」
掌で蓋をしたコップを律花に返して、
「故郷のほうで、桜と雪が同時に舞う様を見た事があって」
その時の事を思い出していた。
「あら、生まれは北国のほうかしら」
「ええ」
「凄く幻想的なんでしょうね」
頭の上に降り注いだ桜の花びらを払いながら、その様を想像して笑顔を浮かべているシュラインに、律花は曖昧に返事を返す。
確かに、それはとても幻想的でロマンチックな光景だろう。
「その光景を恩師と一緒に見たので、よく覚えているんです」
だけれど、律花にとってその記憶は、恩師と一緒に見た最後の桜―――だったから。
まるで桜の写し身のように花が散ると同時に、病身だった恩師も息を引き取った。
「綺麗…でしたよ」
そう言ってどこか寂しげに微笑む様に、それ以上の事は聞く事が出来ず、シュラインは優しく微笑む。
「大切な思い出なのね」
「はい」
一度顔を伏せた律花だったが、ばっと笑顔を浮かべて顔を上げると、自分が持ってきた四合瓶に手をかける。
「さぁ草間さん。ドンドン飲んでください!」
「お、おお」
そして、草間のコップに並々と透明なお酒を注いだ。
一は、上々気分でお酌をしてもらっている草間を横目で見ながら、
「本当は、あたしもお酒って言いたいけど、未成年なのよね」
命の水でガマンしておくわ。などと呟きつつ、ジュースの2リットルペットボトルに手を伸ばした瞬間、ばちっと視線が合わさる。
警戒に顔を強張らせる伊吹をよそに、一は余裕綽々と行った表情で、コップにジュースを注ぎながら問いかける。
「君幾つなの?」
出会い頭の悪戯が多大に影響を及ぼし、一と伊吹の間には見えない距離感が出来上がっている。
「俺は、13歳だけど」
「って事は、君中学生かぁ」
そっちのコも? とヒカルに顔を向ければ、曖昧な笑顔で「それくらい」という返事が返ってきた。
「あたしもついこないだまで中学生だったはずなんだけど……いろいろあって学校通ってないのよねぇ」
自分から未成年だと口にしたため、なんとなしに一の年齢の予想は立ったが、実年齢は垣間見えない。
「一人だけ仲の良い友達がいたっけ……」
現代の子供で学校へと通わない理由とすれば、不登校などのもろもろの事情を連想させるが、どうやら一にとってはそんな一般的な理由ではないようだ。
「うん。あんたに似てるかも」
一はそう口にすると、どこか警戒して顔をしかめていた伊吹の頭をクシャリと撫でる。
「一……?」
「って、呼び捨てにするんじゃないわよ」
一はにっと笑いながら、グリグリと伊吹の米神にグーを押し付ける。
「いた、痛いってば!」
伊吹の抗議の声が聞いたのか、一のグリグリは弱くなる。しかし、それは抗議のかいがあったのではなく、ふと見上げた視線の先の初めの顔は真剣そのものだった。
「はぁ……あたし何湿っぽい話ししてんだろ」
どこか静かにそう語った一は、はっと周りの反応を見るや、今までの伏せた表情をさっと消して、晴れやかにならんばかりの笑顔を浮かべる。
「やぁねぇ、もう。パーッといきましょ! パーッと!」
ぐいっとコップのジュースを飲み干せば、一度沈みかけた雰囲気もまた元に戻った。
「パーッとって言えば」
弁当に入っていた串に刺さったミートボールに手にした瞬間、そういえば、と穂積は何かを思い出したように口を開く。
「ウチの学校の弓道場から桜が良く見えるんだけど」
そこまで口にして、妙に真剣な眼差しで一同を見る。その仕草がまるでこれから語る話が怪談とでも言わんばかりのタイミングで―――
「先生たちが夜になるとこっそり夜桜を楽しんで酒盛りしてるらしい」
「…………」
「あれ? 面白くなかった?」
なんて冗談はさておき、穂積はその時の事に思いをはせるよう柔らかい笑いを浮かべて、
「なんて聞いたから、おれ達も真似して忍び込んで騒いでたらさ」
「どうせ、警備員に見つかったんじゃないの?」
音頭を取るように指先でフラフラ動かしていた串を止めて、びしっと、正解! と言わんばかりに一に向ける。
「そうそう案の定見つかって、凄い怒られた」
やっぱり。と、どこか呆れ顔の一はさておいて、穂積の方は、そのときの事を思い出すようにしみじみとした表情で、串に刺さったミートボールをそのままパクリと一口でほお張る。
「でも楽しかったから、またやりたいなぁ」
と、本当に楽しかったのが見て取れるような照れ笑いを浮かべて、串をゴミ袋の中へと捨てる。
「そんなに笑ってどうかしたんですか?」
皆の様子をニコニコと終始変わらぬ笑顔で聞きほれるセレスティに、開いた弁当箱を片付けていた律花が気が着いた。
「やはり、お花見は大勢のほうが楽しいと、再確認していました」
「何かあったんですか?」
セレスティは今でこそ日本に身を置いているが、昔は海外に拠点を置いていた。
「桜は日本では多いですが、海外ではそう沢山あるわけではないので
それでも海外にも春になれば日本では桜という木を見ながら皆で“お花見”というパーティーをするという情報は伝わっていて、セレスティはそれに憧れた時期があった。
「お花見をしようと思い、一人で出かけようと計画して珍しく成功したんです」
ここに居る誰もが、一人で出かける事に禁止されて居ない事に、身分があるという事は大変だなぁと改めて実感する。
「そこで満足して疲れてしまって、結局迎えに来て貰う事になってしまい、その時思ったのです」
セレスティは静かに瞳を伏せる。どこかその様が広がる水面のようで、その水面に波紋を立てないよう静かに言葉の続きを待つ。
「誰かが居るから楽しいのかもしれない。と」
それはまさに今の現状と良く似ていて、ヒカルのコップを持つ手が少しだけぎゅっと縮められる。
「そう言えば」
ふと、そんな清廉な雰囲気を自分で壊すように、セレスティが口調のトーンを変える。
「お花見しようと言ったのは、ひかる君だとお聞きしたのですが」
それなのに、ヒカルはここに来た面々を見るだけで、自分から会話に参加したり、話の中心になったりと、一緒に楽しもうとしているようには見えない。
「楽しいよ? 皆と一緒に居るだけで、話面白いし!」
ブンブンと顔の前で両手を降る仕草がどこか嘘っぽい。
「それでもヒカルくんさっきからお茶しか飲まないのね」
中学生とすれば育ち盛りで、同年代に見える伊吹なんてここに来る前に興信所で桜餅を平らげて、ここでもまた皆が持ち寄った料理を平気で平らげている。
それなのに、ヒカルの横には乾杯の時に注いだジュースが入ったコップがそのまま残っており、セレスティが持ってきたお茶ばかりを飲んでいるのだ。
「お腹すいてないだけだよ!」
とって着けたように早口で説明する様は、一同に疑問を抱かせるには充分だった。
☆
ぽっと、夜桜を見るための設置された灯りが灯った事に、一同の会話が一瞬止まる。
「あら、もうこんな時間だったのね」
シュラインは腕時計を覗き見て、だいぶ興信所を開けてしまい、零は寂しがっていないだろうかと考える。
「あ、帰るのか?」
セレスティが持ってきたお酒によって完全に出来上がっている草間に苦笑を漏らしつつ、好評のうちに売り切れた玉子焼きのタッパを片付ける。
「では、そろそろ迎えを呼びましょう」
セレスティはすっと携帯電話を取り出し、二言三言電話の相手に要件を伝え、相手からは花見が始まる前に頼んでおいたことの結果を伝えられる。
「そうですね、楽しいお花見でした」
律花も自分が持ってきた弁当箱の片付けに入り、それにしても…と、草間を見る。
なぜならば、律花が持ってきたおつまみ弁当の殆どが、酒と共に草間の胃袋に消えたからだ。
「敷物片付けないとな」
「それじゃ、あたし達はどかないとね」
持参の箱や、買って持ってきた弁当の空き箱をゴミ袋に片付け、それぞれ敷物から立ち上がる。
「そっち持って」
「りょうかーい」
広げたとき同様に、若い労働力と言わんばかりに穂積が一番面倒くさいと思われる敷物を、伊吹とヒカルに指示を出してテキパキ片付ける。
一通りの片づけが終わり、さぁ帰ろうと皆枝垂桜に背を向けた。ヒカルを除いて。
「ヒカルはどっちの方面なんだ? 途中まで一緒に帰ろうぜ」
しかし、何の疑問も持つ事無く振り返って、手を出して笑う伊吹。
「俺は…もう少しここに居るよ」
本当は、違うけれど―――
「あんまり遅くなると、親心配しないか?」
いくら中学生とはいえまだ一年生。同年代と口にしていたのだし、遅くなれば親が心配するのは当たり前の事だろう。
「あら、仕事の時間までなら一緒にいてあげるわよ? ヒカルくんも可愛いし」
「え…遠慮する」
伊吹の反応を見てか、ヒカルも一の提案に少したじろぐようにして苦笑いを浮かべる。
「そんなに嫌そうにしなくてもいいじゃない。失礼ね」
一は長い髪をさっとかきあげて、ぶすっと不機嫌そうに眉を寄せる。
「ヒカル君は、ここから離れられないのではないですか?」
セレスティの言葉を皮切りにして、帰りかけていたシュラインが足を止めて振り返る。
「私も最初から気になってたの、伊吹くんに名前を当てさせた事……」
一旦言葉を止め、確認するようにゆっくりと問いかける。
「陽日流くん、本当は実体のない子…なんじゃない?」
シュラインの言葉に、ヒカルは一度驚くように瞳を大きくして、顔を隠すように額に手を当てると、泣きそうに眉を寄せて笑い出す。
「はは…なんだよ」
「ヒカル……?」
「かけた本人が気付かなかったのに、他の人に気付かれるなんてな」
はは…と、どこかわざとらしい笑いを浮かべて、伊吹はヒカルの袖を掴む。
「言ってる意味、分かんないよ…」
「じゃあさ、伊吹は自分の事振り返ってみろよ」
ヒカルが口にした言葉に、伊吹はやっと自分が持っている力を思い出したかのように瞳を大きくする。
「ヒカルは、もしかして、枝垂桜…なのか?」
話しかけられたとき、伊吹は何の疑問も持つ事無く枝垂桜の方向を向いて喋っていた。だから枝垂桜――ヒカルは伊吹の中の言霊の力に、気が着いたのだ。
「なら桜の精って事になるな」
目の前で本物の精霊を見た事に感激に瞳を輝かせる穂積と違って、ヒカルはどこか寂しそうに淡々と言葉を紡ぐ。
「そうだな、俗に言うなら桜の精…それで当ってると思う」
伊吹に名を呼ばれるまでは、実体の無かった自分。だけれど、もし実体が無くても植物の魂を精霊と呼ぶならば、それは間違った解釈ではない。
「でも、今日だけ。今日が終ったら、さよなら、なんだ」
「え?」
穂積の笑顔が一瞬にして着え、その顔に困惑の色を浮かばせる。だけど、視線を向けたヒカルの穏やかな笑顔にぐっと息を呑む。
ヒカルはすっとセレスティに視線を向けて、にっこりと微笑んだ。
「セレスティさんは、俺に何の記録もない事、気が着いていたよな?」
お花見が始まって直ぐに、突然現れた枝垂桜に疑問を感じて、こっそりと過去何かあったのではないかと調査を頼んでいた。しかし、出てきた記録は本当にこの場所に枝垂桜などなかったと言うものだけ。
「ええ」
と、セレスティは顔を伏せ短く告げる。
だけど、伊吹には事実なんてそれほど重要ではなくて、行き成り告げられた“さよなら”の意味のほうが知りたくて。
「来年…また、来年会えるんだろ! なぁ、また会えるんだよな!!」
伊吹はヒカルに向かって叫ぶ。しかし、ヒカルただ寂しそうに微笑んで首を振った。
「俺は―――」
一度消えてしまったら、今度はどこへ行くのか分からない。だから、来年だけでなく今年でさえも、また会うことなど叶わない。
一度言葉をとめたヒカルだったが、すぅっと息を吸い込むと、一気に言葉を吐き出す。
「俺は、この枝垂桜は――一つところに留まる事を許されない、幻(まほろば)の桜」
もう、会えない。
唇がそう動いた。
「!!?」
伊吹は瞳を一瞬大きくして、ヒカルに手を伸ばす。
「俺に、次とか、二度と…とか、そんなもの無いんだ」
だけど、ヒカルはその手をすり抜けて、ゆっくりと枝垂桜に近づいていく。
「そんな事言うなよ!」
伊吹は再度問いかける。だけど、
「さよなら、だ」
ヒカルはとん…と、枝垂桜の幹に背を当てる。すると、視界を覆うようにして一面の花びらが舞い上がった。
桜吹雪が吹き荒れる。
別れを惜しむように。
頬の涙を拭うように。
「何で…折角友達になれたのに!」
止め処なく溢れる涙を拭う事無く、伊吹は叫ぶ。
「ねぇ、伊吹君」
その肩にそっと律花の手が置かれる。律花は伊吹の持っている力のことは知らないけれど、
「ヒカル君は伊吹君に会えて幸せだったと思う」
一つのところに居られないならば、特定の誰かと知り合う機会などゼロに等しい。
律花は、いつもは丁寧な口調で喋っているのだが、今は子供を落ち着かせるために、言葉を崩す。
別れは辛いけれど、孤独よりは何倍も寂しくない気がして。
「伊吹君が忘れなければ、ヒカル君はずっと生き続けると思うの。違う?」
それは、自分の心に中にずっと生き続けている恩師の姿と似ていて。
律花の言葉に伊吹は尚更顔をぐしゃぐしゃにさせて、ヒカルに背を向けるようにして律花に抱きつく。
律花に向けられたヒカルの切ないまでの笑顔。
「ありがとう、律花さん……」
律花はすっと首を振る。
正直、こんな時本当にかけてあげられる言葉が見つからなくて、律花は伊吹の背中をポンポンとあやすように叩くしかなかった。
それでも、納得いかないという表情でずいっと歩み出たのは穂積だ。
「まだ消えないんだろ?」
ヒカルは、いつかはこの枝垂桜と共に姿を消す存在。だけど、いや……だからこそ、
「ならさ、二次会だ二次会!」
と、穂積はばっと振り返り、皆の反応を見る。
「最後まで楽しもう、な!?」
そのまま消え行くヒカルを見送って終りになってしまうのかと思っていたら、とんだサプライズイベント発生である。
「え……?」
これに、一番驚いたのは当の本人であるヒカル。
「そうね、なら一度帰って今度は腕によりをかけて料理作ってくるわ」
ヒカルが食べる事はできないけれど、美味しい料理はそれだけで楽しくなるから。
「武彦さんも、零ちゃん連れてきましょう」
「ん、あ、あぁ」
まだ酔いが抜け切らない草間を追い立てるようにして、シュラインは「また後で」と、その場から歩き出す。
「ほら、男の子がいつまでも泣いてないの」
一は律花に抱きついてビービー泣いている伊吹の頭をぽかっと殴った。
「あたしもこれから仕事だったけど、キャンセルするわ」
だって、最後まで一緒にいてあげたいじゃない。
「お茶は飲めるのですし、美味しいお茶を幾つかご用意いたしましょう」
セレスティはすちゃっと携帯電話を取り出し、リンスター財閥のネットワークを利用して宇治やら何やらを取り寄せる。
「何で……?」
皆の状況についていく事が出来ず、ヒカルは一人驚きに顔を強張らせ呟く。
「迷惑じゃ…ないの?」
最初から、伊吹を利用してかなり突然にしかも一方的にお花見を決めてしまった自分に―――
「迷惑だったら最初から断ってる」
自分で歩けると、照れ笑いを浮かべながらシュラインの横を歩いていた草間が、振り返る事無くまるで呟くようにそう告げる。
「…ありがとう……!」
今までどこか泣きそうになっていたヒカルだったが、程なくしていつもの調子を取り戻して、ふっと笑うように声をかける。
「で、いつまで引っ付いてるの?」
「…!!?」
伊吹は顔を真っ赤にしてばっと律花を放すと、ぐしゃぐしゃと涙を両袖で拭う。
律花はそんな2人のやり取りに、微笑ましく思いつつも苦笑しながら、たったと駆け出す。
「では私も二次会用に何か作ってきますね」
やっぱりそれはおつまみ系の料理になってしまうのだけど。
手を上げて去っていく律花を見送って、穂積は財布をコッソリと開ける。
「またデパチカ弁当だとちょっと厳しいなあ」
まぁ二次会は大量の飲み物で勘弁してもらおう。
今川焼きだけは買い足しておこうと思いながら―――
時間は時にゆっくりと、時には早く過ぎ去っていく。
それは楽しければ楽しいほど顕著に現れて。
「ヒカル! 身体が……」
今まで実体を保っていたヒカルの身体がゆっくりと透けていく。
「そろそろ、お別れみたいだな」
透けていくヒカルと共に背後に立っている枝垂桜も同じように透けていく。
消えるのは、ヒカルだけではないのだ。
本体―――枝垂桜ごと、ヒカルは“この世界”から消える。
「もう二度と…」
会えないけど。と、言葉にしようとしたヒカルの口を一は指ですっと止める。
「二度ととか、言っちゃダメよ」
一の言葉を皮切りにして、シュラインが続ける。
「この世界には、沢山の可能性があるの」
きっとまたいつか、それは遠い未来になってしまったとしても、絶対にないなんて誰にも言い切れない。
「言葉で未来を決め付ける必要はありませんよ」
始めから決め付けてしまえば、微かにあった可能性も自分で潰してしまう結果になりかねない。
「きっとまた会えると私は信じます」
だから、ヒカルにもそう信じていて欲しい。
「“次”は、何か事前にお知らせとか欲しいけどな」
そうして穂積はにっと笑うと、横の伊吹を肘で小突く。しかし、伊吹はぎゅっと両手でコップを握ったまま微動だにしない。
「ほら、伊吹も何か言ってやれよ」
その様子を見て、ヒカルはゆっくりと穂積の腕を引いて首を振った。
「いい…利用してゴメンな……」
もう、殆ど消えかけて、散る花びらがヒカルをすり抜けて飛んでいく。
それでも一向に視線を向けてくれない伊吹に、ヒカルは寂しそうに顔を伏せる。
「ヒカル!」
行き成り強く名前を呼ばれて、ヒカルはびくっとして顔を上げた。
「またな!」
そう言って顔を上げた伊吹の瞳には微かに涙が浮かんでいた。
だけれど、その顔は本当に太陽みたいに明るくて―――
『………!?』
もう眼に見える“陽日流”という少年は居なかったけれど、驚いたような雰囲気が辺りに伝わってきた。
枝垂桜は笑うようにその消えかかった枝を揺らす。
『またな!』
風が、そう言ったような気がした。
見えたんだ
この世界へ来た時
俺のことじっと覗き込む瞳がさ
話しかけてみれば通じるし
正直俺が吃驚したんだぜ
………………また
会えるかな
会えると、いいな
会いに、くるよ
―――みんな、ほんとうに、ありがとう
fin.
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い】
【5534/九・一(いちじく・はじめ)/男性/18歳/女盗人】
【4188/葉室・穂積(はむろ・ほづみ)/男性/17歳/高校生】
【6157/秋月・律花(あきづき・りつか)/女性/21歳/大学生】
【NPC/瀬乃・伊吹(せの・いぶき)/男性/13歳/自称ただの中学生】
【NPC/陽日流(ひかる)/無性(男性より)/?/枝垂桜の精】
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■ ライター通信 ■
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Time to say goodbye 〜時奏枝垂桜〜にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。今回かなり長い時間を頂いてしまい、納期ギリギリとなってしまい申しわけありません。皆様の地域ではもう桜は散ってしまったことかと思いますが、過ぎ去った春を思い返していただければ幸いと存じます。そして今回このお話で少しでもキュンとしていただければライターとしてはもう至福の至りでございます。
あわせてイソカゼ アカ。絵師の異界ピンナップも宜しくお願いします。
お初にお目にかかります。プレイングよりも、年齢や性格を考えて、よきお兄さんになってくれたらいいなぁという当方の願望だけでノベルを書いてしまいました。申し訳ありません。ご想像の性格と相違が生じてしまっていたら本当に申し訳ない限りです。
それではまた、穂積様に出会える事を祈って……
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