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<東京怪談・PCゲームノベル>


THE BLUE

■ 早朝、自室にて(オープニング)

「香りのある飲み物がいただきたいのですよ」
「…は?」
 春から夏にかけて日は長くなり気候は段々と安定する中、リンスター財閥の日本に数ある別荘のうちの一つにして自室。
 艶やかな青銀にも似た淡い銀糸をまだ常人には肌寒い窓から入る風に遊ばせながらこの屋敷の主であり財閥総帥でもあるセレスティ・カーニンガムは部下の読み上げ終わった今週のスケジュールを確認し、なんの前置き無しにそう呟いた。
「お飲み物でしたら屋敷の者に持ってこさせましょう…」
「いえ、いいのです」
「は、はぁ…」
 前置き無しでも主の口にした願いを叶えようとする部下を制止して、セレスティは物思いに耽ったようにそのまま車椅子にしてはソファのような座り心地の良いそれに肘をあずけ、どこか遠い所を見る。
 いつも上品な正装をし、本日も白いシャツに同じ色のスカーフ、それに合わせたアクアマリンのブローチをつけ、どこかこの世のものとは思えない不思議な雰囲気を持った主はどうやら先日の用事で寄ることになったパーティーの事を思い出しているらしく小声でパーティーでの雰囲気を誰に聞かせるともなく言葉にすると。
「あの時はあまり気にする時間は無かったのですが、甘酸っぱい香りの何かがあったと思うのですよ」
「それが、お飲み物だと?」
「いえ、それは単に私が今欲しいと思っただけですが」
 くすり、と悪戯っ子のように微笑む姿はどこか可愛らしくも見えて、大勢の一人でもある部下はらしくもなく目を泳がせる。
「ならば尚の事屋敷の者にもってこさせた方が宜しいのでは…」
 甘酸っぱい香り、飲み物。
 随分と曖昧なテーマではあるが屋敷の者に言えばなんとかならない筈は無い。ただし、セレスティの好みそうなものだ、ただのオレンジジュースやそこらの物で興味が惹かれているわけではないだろう。
「いえ、それは今度で宜しいですよ。 それより出かけたい所があるのですが…車の用意をお願いできませんか?」
 今度で良いというのはあくまでも紳士的に断った結果ではあるが事実この屋敷に留まるうちは何度もお世話になるのだから偶には別の場所で自分なりの楽しみというものを見つけたい。
「承知いたしました」
「お願いしますね。 ああ、リムジンはなるべく小さめのもので」
「はぁ…―――はい」
 とかく、社交界で出会った甘酸っぱい香りについてはまた似たような場で出会えるだろうと、別の興味を優先してふと思うのは矢張り、主思いの部下達だろうか。
 きっと、今日の主は少しばかりわからないと部下は思っているのだろうか、いつも任せきりにしているリムジンの型まで指定してくるのは珍しく、二つ返事という失礼な形になりながらも部下はセレスティの私室を去る。

(もう少ししっかりと説明をした方が良かったでしょうかね?)
 慌しく装飾の一つ一つが芸術品のような扉を去っていく部下の背を見つめながらセレスティはその考えもどうだろうかと首を傾げた。
 何しろ今出かけようと考えているのは以前『子供の早死』の噂を覗きに行った『BLUE』という名のBARであり、今現在何か面白そうな事柄がまたあったというわけでもない。が、それでも、心配性なまでに主の身を思う部下だからそれを言ってしまえばもしかしたら止められるかもしれない。
 リムジンを小型の物と頼んだのもその店に続く道の狭さ、細さを考えての事で。
(言わなくて正解ですよね)
 多少良心は痛むがこれも好奇心の為。
 自らの原動力に困ったものだと思ってもいないような食えない笑みを浮かべるセレスティの手には以前、その店の常連客から貰った安い紙の名刺がこっそりと納まっていた。

■ 蜘蛛路地再び(エピソード)

 以前の事件の時セレスティが見た『BLUE』の店内と今現在の店内とどう違うかと言えばそれは簡単な事である。
 カウンター付近に陣取っている小型テレビとロボット物のフィギュア、それに何故かある子供向けのラムネやらセレスティの口に入った事の無いような安物のグミや駄菓子といった物が散乱しているところだ。
「ほんで、お兄ちゃんはせっちゃんのお客さんやの?」
「ええ」
 前に見たこの店と今のこの状況の違いを作った張本人だと、セレスティも言葉を交わしてすぐに理解できる暁・遊里はそう言って屈託の無い笑みで大きな口を頬の端か端まで上げながら豪快に笑う。
 これをセレスティの部下が見たならば卒倒するか、或いは彼に向かってひたすら説教でもしかねないだろう。財閥総帥という地位だけではなく年齢も重ねた人魚である身だというのに店主だと名乗った遊里は敬語も使わずに偽の関西弁を多用しながら旧友にでも話すかのごとく喋るのだから。
「んー、せやけどせっちゃん今日はまだ来とらへんなぁ…。 暇かもしれへんけど待っとく?」
「ふふ、そうですね。 そうさせてください」
 ハイテンションな関西弁に思った人物はまだ来ずの状況。
 社交界ではまず有り得ないシチュエーションにお堅い貴族ならばすぐに帰る、と言い出しそうではあるがセレスティは違う。
 何しろその『変わった』が楽しいのだ、相手に敵意が無い限りは顔を顰める事もペースを乱される事も無くあくまで穏やかにカウンター奥から三番目の席に腰を落ち着け、車椅子は店の隅に置き、驚く事など何も無いというようにくつろいでいた。

「それにしても…、随分と紅茶の種類がおありのようですがこれは…」
 ふむ、と口に手を当てリキュールなどの酒瓶の横に所狭しと並べられた紅茶葉の名前を見る。
 接客にと淹れられた紅茶もフランス産のラベルがついており、あまり巷では見かけぬ優雅な薔薇の香りが心を和ませる一品で、セレスティの居る場所から見えない所にも置いてあるのか、少しばかりはみ出て落ちてしまいそうな物もあるそれらは外国のものから日本の物まで、世界のとまではいかぬもののBARにしては随分と品揃えが良い。
「それみんなせっちゃんのや。 っても、未成年のお客さんに出すんは紅茶かオレンジジュースやけどな」
「オレンジジュース、ですか?」
 何か腑に落ちないと言いたげなセレスティの顔を見て遊里は冷蔵庫から何本かのオレンジジュースを取り出しこれだと言わんばかりに見せる。それは確かにカクテルを作る時に使用するものと、あまり拘ってはいないのだろうジュースとしての安い香りのする物の大きくわけて二種類だがその瓶から微かに香るのだ。
「それにしても…オレンジジュースにしては随分と甘酸っぱい香りも混ざっているように思うのですが…」
 セレスティ自身別段優れた嗅覚があるわけではない。
 けれどそう思った理由の中にここに来る少し前に思った甘酸っぱい香りが何故か心をくすぐって、自分の心を放さないからなのだ。
「お兄ちゃん、鼻がええ…と言いたいところやけどやっぱ外人さんやからかなぁ…リムジンもびっくりしてもうたけど…」
「ふふ、外国人なのは関わりが無いとは思いますが…。 確かに美味しい物にも目が無いですね」
 お金持ちだから、と遊里は言わない。そして、社交界に出ているから美味しい物に目が無い、とセレスティも言わない。
 何しろどちらもあまり趣味嗜好に関係なく、言ってしまえば失礼にあたる事であるからでもある。
 けれど、『BLUE』に到着した当初遅れて出勤してきたと思われるまだ私服だった遊里は確かにセレスティのリムジンを見て驚いたのだ。
 親父が来た、と。

「実家の親父に頼んでなー、ちぃっと取り寄せてもろた果汁のボトルがあんねん。 多分それやと思うで」

 リムジンを見て父が来たと思うのはつまりセレスティまでとは行かぬもののそれなりの家柄で育っているという事だ。流石に、歳を重ねてきたとはいえ誰かの父になった事の無いセレスティはその時微かに整った眉を上げ驚いたものだが今ではそういう事情もありある程度の品揃えがあるのも頷けると思っている。
 何にせよ。
「遊ちゃんおはよー…―――あ」
「こんにちは、切夜さん」
「セレスティ…さん?」
 妙なタイミングで鳴るBARの扉の音銅製の重い鈴の音。
 既に日は昇り夕方にさしかかろうというのにも関わらず呑気におはようとのたまわる声の元には自称、新聞記者を名乗る切夜が今起きたばかりだと分かってしまう少しはねた茶の髪とハンガーにかけずに置いたような皺の残ったトレンチを羽織り意外な先客に目を丸くし、そして少し首を傾げた。
「そやでせっちゃん、お客さん」
 取り寄せたボトルらしきブルーベリーのような色とそれよりもっと甘酸っぱいまだ完熟していない、けれど洗練された香りの漂う瓶を出しながら遊里は何故か出入り口でうんうん唸り始めた切夜にさっさと入って来いと促す。
「えっ…と、すみません。 私何か依頼出してましたっけ…」
「いえ、以前こちらに伺った時に紅茶の良い香りがしましたので、私も紅茶が好きですしお飲みになっていた切夜さんと一度お話してみたいと思っただけですよ」
 ああ、良かった。
 切夜から出てきた言葉はなんとも気の抜けた、自らがまた何か依頼したのに忘れていたのだろうかという無駄とも、そして普通忘れる筈の無い事柄に安堵してついたため息であり。
「紅茶、と言っても殆ど遊ちゃんや優菜ちゃんが買ってきてくれたものですけれどね。 紅茶党なのは確かですよ」
「それを聞いて安心しました」
 以前のほんの少しの出会いで推測して調べるより先に出てしまったからもしかすると他の店員の好みという可能性も近かったと今になってほんの少し苦笑する。屋敷に残る部下の事だ、またいつもの心配で以前来た事のあるこの店の情報を報告書にしている筈なのだから。
「それじゃあ遊ちゃん、私もセレスティさんと同じのをちょうだい」
「ええで。 ほな、―――セレスティさんはどないする?」
 長く待っていたわけではないが口をつけた紅茶は話をする間にでも無くなってしまいそうで。
「それでは紅茶に合うお勧めのお酒をお願いしましょうか」
 ちら、と遊里が切夜が来る少し前に出したボトルを見れば店長である男の軽いウインクと共にそれは初めて開けられ、採れ立てのブラックカラントの香りが店中に淡く広がった。
「ローズティーにブラックカラントの果汁…クレーム・ド・カシスのがええかった?」
「いえ、他に入れるお酒があるのなら今日はそちらで」
「ほな、ウォッカで仕上げな」
 パーティーで心を奪われなんとなくではあったが探していた香りはブラックカラント―――カシスの香りでありクレーム・ド・カシスの名はイギリスやフランスではなかなかに知られたリキュールである。
 流石に味わいたいと願った物をアルコールの度数で風味をまた違ったものにするのも気が引けて、少量のウォッカで紅茶本来の薔薇の香りとカシスの甘酸っぱさの残った香りが漂うそれを目の前にして、ほんの少し確かめるように口に含む。
「いい味ですね…」
「お兄ちゃんなら結構そんなん飲んでそやけどなぁ」
「遊ちゃん、私のにも果汁入れたでしょ…」
 甘酸っぱい香り探しに終わりを向かえ、口元に淡い笑みを浮かべながら紅茶を口にするセレスティと違い、切夜は意外にもストレートないし砂糖を入れるだけというのがお気に入りらしい。それはそれで美味しいけれどと多少むくれながらも同じ物をと頼んだからとカシスの果汁入りローズティーを口にしている。

「そうです。 切夜さん」
「あ、うわ…はい…?」
 元々リンスターの情報網を頼ってこなかったのはひとえにこの切夜という人物自体が不思議でありふいに話してみたかったからに他ならない。何しろ、いくら財閥の情報とはいえその人物本来の性格を随一調べているわけではなく、調べたとしても詳細な職業情報や好み、そして簡単な行動傾向くらいだ。
 ただ、とりあえずは紅茶の友としても、勿論気になっていたのではあるが。
「切夜さんは新聞記者さんなのですよね?」
「ええ、はい。 とは言っても…なんていうかなあ…そんなに発行部数のある所ではないですよ」
 いきなり話を振られるのはどうも得意ではないのか、それとも寝起き一番に来てまだ意識に霧がかかっているのか、それほど大きな声で話したわけでもないというのに手に取ったティーカップを取り落としそうになりながら切夜は煮え切らないような、どこか抜けた返事を返す。
「そう、なのですか?」
 そういえば数ある『不思議な出来事』に関わってきたセレスティもこの地域や切夜の依頼に関わったのは以前新聞に載ったものが初めてだ。
「それでも随分不思議な事に遭遇されているようですし、この地区にいらっしゃるのも何か記事にしたい事があるからではないですか?」
 例え自らが関わった事が無くとも以前の事件の折にこの地区で起きたあらかたの報告書は読んでいる。人物についてまで読まなかったにせよ情報網が確かなのは変わりなく。
「不思議な事…うーん。 怪事件というよりは趣味ですよ、新聞に載せる内容は確かにそういう事件ですけれどね」
 セレスティも切夜も話の合間に甘酸っぱい風味の紅茶を口にする。
 けれどセレスティの上品なそれと違い切夜は時々子供のようにぐい、とあおる様にして飲んだり音を立てたりもしながら。
「本来は一つの事件で会社から飛ばされてこっちに住んでいるんです。 ボロアパートですけれども住めば都とも言いますし」
「ではその事件の調査で…」
 こくり、とまるで虚ろになってしまったかのように切夜は頷く。
 所謂左遷というものだろうか、しかし新聞社が左遷などするのか、或いはもっと別の何かがあるのか。だんだんと返す言葉の遅くなっていく切夜を横にセレスティは頬に手を当て瞳を伏せる。
 丁度人魚の身体である自らの冷たい指がアルコールの入り暖かい程度になった体温に心地よい。
「そうで…す。 事件のちょ…―――」
「せ、切夜さん?」
 流石のセレスティも今まで何か変わった動作を見せない切夜の頭がいきなり船をこぎだし、ついにはべちりという妙ちくりんな音を立ててカウンターにノックダウンしてしまったのには驚きを隠せない。
「暁さん、もしかして切夜さんはお酒に弱いのでは…」
「…―――そう、みたいやね。 なんや、同じの言うし、今まで人とお酒飲んでんの見たことないから大丈夫やと思っててんけど…」
 考えてみれば起きてこの店に来たばかりとはいえ、出された紅茶を飲んでから切夜の口調や言動はどこか上の空のようで口調もだんだんと静かになっていたのだ。多少おかしいとは思考の隅にあったものの、まさか酒に弱いのを無理に飲むはずが無いと無意識に気にしない方向で考えてしまっていた。

(だからこそ、聞けた事もあるのでしょうけれども…)

 人が酔った時に口にする言葉は意外に本音だったりする事がある。
 切夜にとって自らの拠点や新聞記者だと名乗るわりに出会った当初発行物についての話を聞かなかった事も、今回少しだけではあったがそれらしい事を聞く事が出来た。
「は、はは…ごめんなお兄ちゃん、俺がもっとしっかりせっちゃん見ててればよかったんやけど」
「いえ、仕方ないですよ」
 セレスティの隣の隣、いつも切夜の指定席のようになっているらしき場所で寝息を立てる子供のような表情を眺めながら、今口にしている紅茶が無くなるまで今しばらく『BLUE』。このほんの少し奇妙な店でくつろごうかと口に広がる甘酸っぱい風味をアルコールの温かな温度でとかしながらそう思う。
(さて、このお話…調べるべきでしょうか…)
 心の中ではちょっとした悪戯心が聞きそびれた、いやもしかしたらアルコールがなければはぐらかされたかもしれない話をほじくってみようかという好奇心がくすぶっていて。
「暁さん、この紅茶に入れたブラックカラントのボトル。 一本譲って頂けませんか?」
「ええでー、今日のお詫びやね」

 そうですね、とマイナスの意味では決してない微笑みを見せるセレスティは、それでも今日起きて一番に気になった香りと風味の正体を見つけ満足げにボトルを抱えるのであった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【 1883 / セレスティ・カーニンガム / 男性 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】


【NPC / 暁・遊里 / 男性 / 27歳 / カクテルバー『Blue』店長】
【NPC / 切夜 / 男性 / 34歳 / 売れない新聞記者・『BLUE』常連客】

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■         ライター通信          ■
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セレスティ・カーニンガム 様

こんにちは、いつもお世話になっております。まだまだ新米だと言っていたいライターの唄で御座います。

今回は一つは紅茶に入れる飲み物のお話と切夜の事について聞かれておりましたので少しだけ異界事件風にもなっております。とはいえ一話完結要素にお飲み物のお話も絡めてあるのでそのままブラックカラントのお話として取っていただいてもいい様にしてあります。
また別の角度や調べてみたい事など、御座いましたら同じタイトルで調べる事も可能ですのでお気が向かれましたらまた来てやってくださいませ。勿論、ただ飲みに来るだけというのもお待ちしております(礼)
お飲み物の話ですが、紅茶に入れるお酒は至極簡単にウォッカにしてしまったので果汁ボトルにしてしまいました、また少し創作が入っているので実際にはお試しにならない方が宜しいかと思われます(汗)そういうブレンドもあるとまでは調べたのですが(滝汗)
果汁のボトルの方は賞味期限がありますのでアイテムとしては入れておりません。

それでは、何か間違った点等御座いましたら遠慮なくレター等でご指摘してやってください。
誤字脱字等、推敲はしておりますがこの点も御座いましたらご遠慮なくリテイクしてくださいませ(礼)

それでは、このお話がセレスティ様にとって少しでも思い出になる事を祈りまして。
また、依頼なりシチュなりにてお会いできる事を切に願っております。

唄 拝