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<東京怪談ノベル(シングル)>


時雨の音


  晩秋模様が広がる裾野で、菊は盛りを過ぎ、銀杏の根元は金色に染まり、柿は木守を残すのみ。
 ほとんど葉を落とした木々の下は、かさこそ鳴る葉で埋め尽くされ、天然の霜除けになっていた。
 身分制度に村八分、無宿人やら夜盗が頻繁に横行する、そんな頃だった。
 村民は年貢米の収穫に明け暮れている頃、いい大人の癖に働きもせず、ただ子供と遊びほうけている輩がいる。
 伸び放題の蓬髪に襤褸を纏ったそいつは名を時雨といった。
 何者なのか、『時雨』という呼び名以外は子供達も親達も全く知らない。
 その時雨という名も、不便ゆえつけられているだけ。
 時折降る雨のように、サッと来てはサッと帰っていくからだという。
 男か女かわからぬ外装。
 男か女かどちらかともつかぬ声。
 当たり障りのない態度や言葉。
 何処まで本気なのか、あるいは嘘なのか。
 それすらも判断できぬ。
 そして時雨は人にあらず。
 妖かしと、鬼と呼ばれる存在であった。
 しかし時雨は鬼であるにもかかわらず、他の鬼に相手にされない。
 鬼と言えどもそんじょそこらの鬼とは些か異なる鬼だったのだ。
 何時ごろ生を受けたのかは知れぬ。
 ただ、仏教伝来よりも遥か昔より、この日ノ本に生きている。
 御仏のご威光届かぬ、古き鬼なのだ。
 仲間であって仲間でない、そんな時雨に鬼達は近寄る筈もない。
 人間となれば尚更。
「あげな輩とつきおうてはならね!」
 子供達を叱り飛ばす親の声。
 時雨は己の親すら憶えておらぬ。
 両の腕(かいな)に抱かれた記憶など勿論ありもしない。
 己が鬼だと知られている訳ではないが、何処の誰とも知れぬ馬の骨。
 知らぬが恐怖は大人の身なれど、知らぬが楽しいは子供の身。
 解らぬからこそ興味を持って時雨に近づいてくる。
 目の届かぬ所で馬鹿な遊びをしては、ケタケタと笑いあっていた。
 肥溜めに落ちたこともあった。
 泥だらけになって遊んで、野山を駆け巡った。

 だが、そんな無邪気に遊んだ彼らもやがては物事を理解できる大人へ成長してしまう。
 己と時雨の違いに気づいてしまう。



 ひとり。

 ふたり。


 またひとり。


 そして、独り――…


 顔を見ても声も掛けないようになっていく。
 声を掛けようとしても、踵を返す。
 自分たちは時の流れに沿って、大人へ成長していくのに、時雨は時の流れに逆らい、歳をとらず昔のままだからだ。
 共に遊び語らった子供たちは、やがて知らぬ事への警戒心を持つようになり、寄っては離れていく。
 皆、現実だけを見て歩き出す。
 夢を見ていた子供の頃の自分を捨てて。
 何も考えず、ただ楽しく遊んでいた頃の思いを捨てて。
 皆大人になっていく。
 皆親になっていく。

「――私と彼らは違うのだから…」
 そういうものだと思って、割り切った。
 割り切った筈だ。
 割り切ったつもりでいた。
 だが、何故かすっきりしない。
 胸の奥底に残ったわだかまりが何なのか。
 この時の時雨にはまだ理解できなかった。
 何とあらわせばいいのか。
 どうすればいいのか。
 説明しようのない、どうにもならないもどかしさ。
 これほどかき乱される思いを感じたことが無い。
 けれど、常に思いはついてくる。
 切り離せぬ思いが。
 正体の知れぬ思いが。


 また。
 しぐれが降る。
 頬をしぐれが伝う。
 雨なのか、それとも別のものなのか。


 音無き雨が降る。
 降るや降らぬや、音無き雨が。
 音無きしぐれが心に降る。


 仄かな雨が

 初冬の雨が


 朝時雨

 夕時雨
 
 小夜時雨

 村時雨

 片時雨

 北時雨

 横時雨

 月時雨

 山めぐり

 泪の時雨

 川音の時雨

 松風の時雨


 まつろわぬ姿、数多の名。
 冬を知らせる雨。


 己の胸のうちにあるわだかまりの正体が『寂しさ』だと気づくのは。
 音もたてず胸の内に降る雨がやむのは。


 ――――まだ暫く先の話―――…



― 了 ―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【5484 / 内山・時雨 / 女性 / 20歳 / 無職】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
この度はシチュノベ(シングル)を発注頂きまして、
まことに有難う御座います。
粋なキャラクターの時雨さんの過去をこういった形で
描かせていただいて感激至極(^^)

ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。