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草間即席無料相談会
「俺は久し振りに暇だ。よって、何でも相談を聞いてやろうと思う」
久しく訪れた平穏な日、或いは仕事がなく手持ち無沙汰な日、或いは気紛れ。そう遜色しても全く違わない日。草間武彦の言葉に零は手にしていた年代物のルービックキューブを弄るのを止め、
「特に相談したいこともないです」
再び手元の遊戯に夢中になる。
これも一種の暇潰しなんだろうな、と思ってはいるものの、武彦の気紛れによって腹の内を曝すのも笑顔一つの拒否で済むなら安いものだ。悩みはある。だからと言って、暇潰しの材料にされるのも困り者だ。
最近の不可解且つ厄介な依頼と事件に比べれば、それは大したことでもないのは事実。でも暇過ぎる、というのも問題だ。
「なら折角ですし、今日は無料相談会にしたらどうです? そうすれば、少しは人も来ますし、暇も潰せると思いますし」
「名案だ。よし、零。宣伝してこい」
……前言撤回。暇に越したことはない。
零は渋々と初期状態になりかけの遊具をソファの端に置き、近くにあったチラシの裏にマジックで<本日無料相談会〜お気軽にどうぞ〜>と書く。興信所の入り口にテープで貼り、良しと小さく頷く。
この程度なら暇さ加減が変わることも然してないだろう。
知り合いでも構わないが、このノリに付き合ってくれるオトナが来ればいいな、と。零は自分のお人好しさを少しだけ呪って、部屋の中に戻っていった。
「あ、お久し振りです」
ソファから中途半端に立ち上がった零を制し、丁度その時に入ってきた少年は迷うことなく武彦の方へと進んでいった。様子に軽く疑問を感じながら「久し振りだ」と片手を挙げた。
「金にもならないことまでして暇潰しをしたいなんて、相当な道楽者だよな、草間さんも」
丁度学校帰りなのだろう。制服姿のままで寄り道とは不謹慎だと武彦は嗜めようとするも、自分がそれらしい言葉を言えるような大人にはなっていないこともあり断念。対草摩色に関しての会話はどうしてこうも不真面目にならざるを得ないのだろうかと苦笑する。
「そうか? むしろ金で貴重な時間を買ってる、と言ってもらいたいもんだ」
「モノは言いようってことで。ところで草間さん、俺も相談一個いいか?」
「相談の単位は『個』なのか」とどうでも良い疑問を脳内に浮かべながら、武彦はソファを勧める。その前にお茶が置かれたのを見計らって、相談内容について訊ねた。
「別に深刻じゃないんだけどな」
「なら訊くな。帰れ」
「……実は深刻な話、です」
「だったら初めからそう言え。余計な手間を掛けさせるな」
「手間って、大した手間でもないだろ」
「文句あるなら、帰れ」
「それがお客さんに対する態度ですか、お兄さん!」
べちんと乾いた音がし、武彦の後ろで零が手に蠅叩きを持って腰に手をやっていた。その事態に驚いていたのはやはり武彦だったが、一番驚いていたのは色自体だった。
「……零ちゃんが怒ってる」
「当たり前です! 今までずっと暇だ暇だの連呼で、やっとお客さんが来たのに、帰っちゃったら私が迷惑です!」
やはり可愛くても兄妹は兄妹か。ぷうと可愛らしく頬を膨らませたまま、零は再び色の横に座る。少しだけ色が距離を取ったことが気に喰わないかのように、涼しい笑みを両者に向けた。
「で、話続けてくれ、色」
気を取り直した武彦が慌てて言った言葉に、色は首を小刻みに縦に振って答えた。
「最近ね、ちょっと訳ありな事情で美女に付きまとわれてるんだよ。で、その人と関わる事で、俺の日常が180度変わっちゃう訳。俺は今の生活を不変なものにしたいんだけど、その人俺の話なんて聞いちゃくれないんだ。でもさ、今持ってるもの全て捨てて、全く違う存在になる事を魅力的とも思う自分が居もするんだけど、草間さん的にはどう?」
「いいじゃねえか、美女。美女万歳、美女マンセー。……ってことで、はい、解決」
「どこが解決なんだよ!? ただ草間さんが美女礼讃してるだけにしか聞こえないんだけど」
「それ以外にどんな意味が?」
スパーンと小気味のいい音と共に、武彦は目の前のお茶を溢しながら前方につんのめる。既に熱くはないし、デスクの上には然したる重要書類はないので、双方共比較的落ち着いたように睨み合っている。
「お兄さん、もう少し真面目にお願いします」
「だからって殴ることはねえだろ。それにそのスリッパ、どこのだ? 見たことない柄だが……」
「『零ちゃん秘密兵器其の参拾六』です。ちなみにさっきのは『(前略)其の拾八』です」
スリッパをそそくさと体内に隠す仕草をして消すと、早く話を続けるように微笑んだ。武彦は手近な布でデスクを拭きながら、「そだな」と半分考えながらに口を開いた。
「俺の意見としては、俺は俺のままでいいやってことかな。ただほんの少しだけ、もちっと裕福な暮らしが出来れば、ってくらいで」
「お兄さん」
「……ま、真面目な話だろ。分かってるよ、零。常に人間ってのは変化していくものだし、周囲の環境の影響を受けずに済む、なんてことはねえよな。だったら、別にいいんじゃねえのかな。『是全て天命の為せる業也』ってな。変わるべくして変わる、それに抗うことこそ未熟だってことだ」
「運命に従えってか? 何だか努力しない人間の言葉みたいで、あんまり信じたい感じはしねー」
「努力はするさ。でも、受け入れた方が世界に対する受身は取れるってもんだ。そうやって余裕ぶっこいてる方が、結構人生愉しくやっていけるもんだぜ?」
両手を広げ、少し上げた顔はやや視線を下に。見下すのとは違う。この状態をベストではなくベターだと胸を張っていても、その現状に満足している顔。だがふいに、その手が力なくぺてりと落ちる。顔の先程までの自信に満ちたものから、頼りないものへと変容する。
「でさ、俺、結局は何の話してたんだっけ?」
古典的な方法で、色と零が同時にソファから滑り落ちた。
「確か、色が『今持ってるもの全て捨てて、全く違う存在になる事についてどう思うか』って聞いて、その答えについて俺が述べればいいんだったよな?」
「……そう。草間さんが忘れずに言ってるもんかと思ってたけど、そういう意味じゃなかったんだな」
「いや、最初はそのつもりで答えてたんだが、途中で、さ……俺的論理になっちまって、ね。悪い」
「別にいいっすよ。何だかこれもこれで、一つの結論みたいだしな」
草間さんはそういう考えなのか、と一人ぼやきながら、色は入れてもらったお茶に手を伸ばした。目の前では兄妹が何やら小戦争を起こしていたが、
「全く見せ付けてくれるよなあ」
色の呟きに、二人同時に言い返される。武彦の感性はこういうところから来ているのかもなと考えつつ、その情景を観賞することを続行した。
「あ、また叩かれた」
受身でい続けるのもどうかと思いつつ、結局は流されていくものだから愉しまなきゃ損なのかな、という結論をすることにした。それ以上の回答はどうやったって難しい、と。師事を仰ぐ相手の現状を見て、そう判断せざるを得なかった。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2675/草摩色/男性/15歳/中学生】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
始終マイペースな回答でしたが、いかがでしたでしょうか。
まともな回答をと思っていたのですが、どうやってもこの方向にしか進まず……。
少しでも格好良く書こうとしているのですが、書こう書こうとする度に逆の方向に進んでしまい……。
一つの精進課題として、頑張りっていきたいと思います。
兎にも角にも、少しでも愉しんでいただけたら幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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