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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


春の雨 〜願いの一輪〜

 雨の匂いがした……

「そうか……こんな日だったっけ……」
 立ち止まり長い廊下に面する窓へと顔を向けると、薄暗くなった空が重そうに雲を引きずっている。
 今にもこぼれてきそうな雫を受け止めるかのように広がる無数の葉達。
 顔を出さないのはひとしきり可弱い花たちだけだろう。
「あれも……こんな日だったんだなぁ……」
 
 そう、あの日も……

 抱えた書類が腕にどっしりと重みを感じさせた。
 春の雨が……
 春の雨が……またやってくる。
 

 窓から見える……遠く、遠くの山を思い出して……



ACT :1


 「武彦さんったら、何も話してくれないんだから……」
 シュライン・エマは深いため息をついた。
 彼女がいるのはとある山の登山口・・・・・・
 そんな場所に一人バスを降りて辿り着いた。
 あたりはまだ時間が早いのか、人が見当たらない。先ほど朝日が顔を出したというところだろう。
 シュラインは武彦の依頼でここに来たのだ。
 それは草間興信所にきたとある依頼についてだったのだが……
 「はぁ、急いでくれって言うのはいいけれども……こんな天気だなんて……」
 空はどんよりと重く今にもたれてきそうだった。
 辺りには雪解けということもありジメジメとした空気がよりいっそう強まっていた。
 
 春・雪解け・雨・山……
 これから行く先ことを考えると、シュラインはよりいっそう深いため息をつくこととなった。
 


ACT :2


 それは突然の話だった。

 「おい、今暇か……」
 シュラインがこまごまとした書類の整理をしていると、いつ帰ってきたのか武彦が目の前に現れた。
 「んー、もうすぐここ終わるからそれでいいかしら……」
 チラッと様子を見たものの、再び書類に目を落とし分類していく。
 そんなシュラインに武彦は軽く手を振り、いつもの自分の席へと戻っていった。
 片手には、シュラインが用意していたカップを手にして……


 「なぁに?武彦さん」
 すっきりと整理がすむとシュラインはお茶菓子とコーヒーを入れて武彦が横たわっているソファーへとやってきた。今日はあいにく出入りをするものもおらず2人だけ。
 シュラインにとっては少し嬉しいものの、この興信所の生計を考えると何かと不安が残る。
 なにかといってここに来る依頼も……収入にならないものが多いのが現実だ。
 「ああ、シュライン。終わったのか」
 もって来たカップを受け取ると芳しい香りとともに心へと染渡るのを口付けとともに感じた。
 一気に半分ぐらい飲み干すと、彼は話を始めた。


 「手伝って欲しいんだ」


 それは……なんともあいまいな話であった。
 身を起こし隣にシュラインを座らせると、ゆっくりと何か考えるかのように彼は語りだしたのだ。



 掻い摘んでいうとそれはこういう内容だった。

 
 
 急な依頼を受けた。
 それは一輪の花を探すこと。
 依頼人は【エリカ】を名乗る女性。
 その花は山にあるとの事だった。

 なんともあいまいであり、その花がどういうものかはわからない……
 武彦に詳しいことを聞こうとするも、これ以上はわからんと突っぱねられてしまった。

 「シュラインなら必ずできるさ」


 そういって微笑みながらタバコに火をつける……
 一息吐いたあと、武彦は色に再びその笑みを見せていた。
 
 
ACT :3

 急いでほしい……だからシュラインに頼んだ……
 武彦にそういわれると断ることができないのがシュラインである。
 これは惚れた弱みというべきなのだろうか……
 「武彦さんたら、一緒にいってくれてもいいのに……」
 ついついそんなことを思うものの、武彦の前では口にできなかった。

 目的地へのバスが早朝出るということもあってシュラインはあわただしく用意をしだしていた。
 春の山である。
 冬山とは違って少しは歩きやすくなっているとはいうものの、それでも山だ。慎重に越したことはない。
 さっそく付き合いのある登山家に電話をし、必要なものなどを聞き集めていた。
 しかし肝心の依頼人の情報に関しては……
 「詳細はわかるだけ話した。これが目的地への地図だ」
 そういって最初に話したこと以上には得ることができなかった。
 
 「……本当に大丈夫なのかしら……」
 はっきりとした依頼の意図もつかめないまま出発への時刻は刻々と迫ってくる……
 シュラインならできる……
 そんな武彦の言葉を自分の中で繰り返しながらなおも募る不安に胸を押されるシュラインだった。
 

 
ACT :4

 「ふぅ、結構登ったと思うんだけど……」
 ちょうど山の4合目に差し掛かるころ、シュラインは何回目かの休憩を取った。
 ただ登るといえど、なれないものにとって山道は危険なもの。ペースを気をつけないとすぐに体力を消耗してしまう恐れがある。
 念入りに登山家の注意事項に耳を傾け、しっかりとした計画を持つ。
 これがシュラインが選んだ行動であった。
 規則的にすること、それをすることにより体調を変化させること無く山登りを楽にすることができる。そのペースを乱れないようにすることが安全への第一歩であるからだ。
 
 しかし……それでも無理なこともある……
 
 …… ザー 
 …… したがって……徐々に天候が崩れ、雨になるでしょう……

 自然とは無常なり……

 「はぁ、急ぎでなかったら違う日にしたんですけど……」
 カバンから吊り下げられたラジオは無常にも天候の崩れを告げていた。
 確かに朝から重くどんよりとした空はさらに深みが増していた。
 
 「下手したら……ううん。まだ大丈夫よ……」
 シュラインはしきりに首を振った。
 まるで、今思い浮かべてしまった言葉を頭からかき消そうとしてるかのように…… 

 「もしもの時にはきっときてくれるんだから……」
 そう口にしながら、一歩一歩、歩みに力が入った。

ACT :5

 「えっと……地図で行けばこの辺りに……」
 武彦から受け取った地図によると目的地の近くであった。
 昨日の受け取ってからというものの、シュラインはより詳しい情報を掴もうと地図は隅から隅までチェックをしていた。そこにあったのは、小さな字の走り書き……
 
 「うーん。ここら辺って事なのかしら……」
 道という道が無くなり、行き止まりに差し掛かったところにちょっとした突起物があった。
 よく見るとそれはフックである。
 「ここにこうしてっと……」
 シュラインはカバンの中から工事現場などで使われるロープ……いわゆる命綱を取り出し、そのフックへと頑丈に固定しだした。金具でしっかりと固定したかと思うとこんどは自分のベルトについている金具へとその先端を繋ぎ合わせる。
 格好で言えばちょうどロッククライミングでもするというところであろうところであろう。
 よく見ると、ベルトかと思われていたものもロッククライミングで使われるハーネスのようであった。
 「まさか本当に崖を下るだなんて……こんな依頼だなんて一言も言わないんだから……」
 ついつい口に出る武彦に対しての文句も彼女の表情を見れば強がりにしか見えなかった。
 これから行うことを考えると……
 確かに愚痴でもいってなければ嫌になってしまう。
 
 「それでは行きますか……」

 そういって息を呑むと先ほど用意した命綱をしっかりと握り、シュラインは下へ下へとくだっていった。

 
 
 岩壁……いや、鋭い傾斜の崖は岩でなく、足を付く感触は土が多かった。
 そんな不安定なままシュラインは降りていく。
 伸びたロープの長さが降りてきた距離を物語ってはいるのだが、何分天候が悪いこともあり辺りはうっすらと暗闇に包まれようとしていた。
 
 「ふぅ」

 ようやく地面へと安全に降り立ったのは一から30分あまり立ったところであった。
 何分初心者ということもあり時間がかかる。
 さらに足元の不安定さが、時間に拍車をかけていたようであった。

 「えっと……」
 そういってハーネスからロープをはずす。
 目印にと折りたたみ式の旗を地面につきたてそこにロープを引っ掛けることにした。

 方位磁石と地図とで両手をふさがらせ、さらに奥へと突き進む。
 次第に失われていく光に肩につけた懐中電灯が彼女の行く手を照らしていた。
 さながら冒険家のようにも見える……

 「あ……ここね……」
 少しいったところに丁寧に補強された一つの苗木があった。
 野ざらしの草たちの中で、そこだけは綺麗に刈られている。
 「なんか宝探しゲームみたい……」
 もうすぐ目的のものが……そう思うと今まで不安だった心に少しの興奮が呼び起こされていた。

 もう少し……
 もう少しで……
 シュラインの一歩が強くなる。



 「あ……」



ACT :6

 「これが依頼のものですわ……」
 「……ご苦労様」

 武彦は一口コーヒーをすするとシュラインから袋を受け取った。
 中を確認と……武彦は袋を開けた。
 「あと、これが有った……」
 「ん……」
 そういって手渡したのは小さな白い箱であった。
 「武彦さん……これは……」
 武彦は小さく微笑んだ。 
 「……シュラインなら見つけられると思ったよ」

 武彦はそういってシュラインの手の中でその小さな箱を開けた。
 そこに入っていたのは……


 「武彦さん……」

 小さなかわいいイヤリングであった。
 その形は黒い猫……
 
 「あ……いや、つい出来心で……」
 そういってシュラインの手にそのイヤリングを乗せる。
 
 耳につけて見せると……
 
 「似合ってるよ……」

 
 それはしばし太陽が隠れだす時間の事……
 
 シュラインのもってきた花は小さな花瓶へと飾られ……窓辺の住人となった。


 それは色もまだ淡い白い花…… 
 エリカの花であった。
 

 
 それは武彦からのシュラインへのちょっとしたいたづらだったようだ……




ACT :?


 「それで武彦さん……これの依頼人は?」
 シュラインは窓辺の住人となった花を見ながら尋ねた。

 「ん……あー、ここにいるよ」

 そういって武彦はシュラインの髪に手をやった。

 チリン……
 シュラインの耳元で何かがゆれる……

 「…え……」
 
 「この猫ね……エリカっていうんだよ」
 そういって武彦はシュラインの髪にそっと口を寄せた。
 「本当は……あの花と同じ物を贈ろうかと思ったんだけどね……」

 
 「……え、だってエリカの花言葉は……」
 「ん……あれ、エリカでないよ……エリカモドキっていうんだ」

 そういって武彦はひらひらと手を振り姿を消していった。
 その姿に戸惑いつつも、シュラインはいそいそとパソコンをいじっていた。

 「……花言葉……エリカモドキっと……」
 そうつぶやきながら調べていた手が……不意に止まった。

 「た、武彦さん!!」

 残された画面には

 ― エリカモドキ
 ― 通称:ユキノシタ
 ー 花言葉:……



      愛の簪



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086 / シュライン・エマ/ 女性/ 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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■         ライター通信          ■
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 はじめましてこんにちは。雨龍一です。
 今回ご購読ありがとうございました。
 大変遅くなってしまったこともあり、最後の方はちょっと変えてみました。
 ご指定だった花に趣向を凝らさせていただいてあえて違う花で……
 それはユキノシタ、別名エリカモドキです。エリカの場合花言葉は不安・孤独など少しくらいイメージなのですが、武彦氏との関係も交えていたづら的に……
 愛の簪(かんざし)なんて少し洒落ていますよね。それぐらいかわいい花です。
 今回シュラインさんには少しの間冒険かになっていただき、山登りにロッククライミングと体力を使うことを強いる結果となりましたがいかがでしたでしょうか。
 中々プレイを表現し切れなかったかと反省をしておりますが、もしも何かありましたならお教えください。
 今後のための教訓として頑張りたいと思っております。

 それではしばしの冒険、お付き合いありがとうございました。

written by 雨龍 一