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<東京怪談ノベル(シングル)>


我はティスディス!

ここは夜の国。魔の者達の楽園。一年中日が当たらず、空には暗雲が立ち込める。街にも光はなく、それを見下ろすように聳え立つ古城の下には数千にもなろうという『人』が集まっていた。いや、彼らは人ではない。角があるものや牙を持つもの。尾や羽根を持つものもおり、また人の形すらしていない獣のような者もいた
彼らの目的はこの国の姫様だ。その姿を一目見ようと彼らは集まっていたのだ

その古城の玉座でティスディス・ホープウァイヅは静かにその刻を待っていた
「じい、下の様子はどうじゃ?」
「はっ、かなりの人数が集まっているようでございます。皆、姫様をみに来ておられるのですよ」
執事のその言葉に笑みを浮かべ、さらに待つことしばし。そして
「姫様。お時間でございます」
「分かった、参ろう。下がれ」
時間が来たことを執事が告げると、ティスディスは玉座から立ち上がり、バルコニーへと向かう
そう、今日は彼女が演説を行う日なのだ

ティスディスがバルコニーへとでると、下に集まった何千という臣民から怒号ともとれる歓声があがった
「姫様だ!相変わらずお美しい!」
「最近、一段と凛々しくなられたな!あの方はわが国の宝だ!」
「静かにしろ!姫様の演説が始まるぞ!!」
そして、ティスディスの演説が始まった

「君臨せよ、我が同胞
君臨せよ、乙女
君臨せよ、王よ
君臨せよ、悪夢へ
君臨せよ、真祖よ
我らの栄光へ、我らの望みへ、我らの高みへ汝らよ
往け繰り出すのだ。血を。血で!
汝は何を望む?情け無き血を望むか?烈風迅雷如く嵐の様なセンソウを望むか?

戦いを!

よかろう
ならば戦いだ!」
演説はまだ続き、観衆も次第に興奮していく…そして

「剣を取れ同胞よ!今こそ我らの力を見せ付ける時ぞ!」
興奮がピークに達したのと同時に、ティスディスの演説も終わった。右手には細身の剣が掲げられ、真っ直ぐに『敵』のいる方向に向けられていた

「「「うおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」
「ティスディス様万歳――!」
「我ら、姫様と共に―――――!」

鳴り止まぬ歓声。その声を聞きティスディスも満足げだ
「ふ、やはり私がいなければこの国は成り立たぬな」
ティスディスは掲げた剣を見つめつぶやいた。演説が終わった今でも帰ろうとするものは誰もいない。誰もが自分を慕っている。頼っている。そう感じ取れることがティスディスにとって何よりも喜ばしいものだったのだ

演説の余韻にティスディスが浸っていると、唐突に執事が後ろから声をかけた
「姫様、3時のおやつでございます。今日はショコラを用意いたしました」
すると、高々と手を振り上げていたティスディスが数秒固まった…そして
「はぁい♪すぐいっきますね〜。らんららん♪」
と、執事の後をスキップでついて退場していった。その様子を下から見上げていた観衆からは安堵とも取れる溜息が流れた
「ふぅ、やっと終わったか」
「やれやれだぜ…」
「機嫌損ねるわけにはいかんしな…」
皆、ティスディスを見に来たというよりは、彼女のご機嫌をとるためにわざわざ集まっていたのだった。それも数千人も。ご苦労様である
『敵』というのもなんのことはない。彼女の好きなお菓子の大多数を独占している隣の国の姫のこと。国家間の争いというよりは、お菓子間の喧嘩である
「姫様のご機嫌とるためにもがんばってお菓子を奪ってくるかね」
「んだな」
と、やれやれといった感じでその『敵』へと向かっていった

その頃、演説を終えたティスディスはおやつをおいしそうに「あ〜ん♪」と食べていた
満面の笑みが浮かんでいる。それほどお菓子がおいしいのだろう。臣下の苦労も知らずにのほほんとしている
まぁ、苦労と言ってもご機嫌取りとお菓子の奪い合いなのだが…
魔の人が人へと扮して人の国へと赴き、デパートでお菓子争奪戦を繰り返しているとか何とか…

こうして、魔の国は今日も平和だった