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<東京怪談・PCゲームノベル>


『幻想風華伝 ― 夢の章 ― 雪の女王の物語』


 その冬、最初に降る雪は女神の使いであるから捕えた者は罰を受けるだろう―――


 故郷で語り継がれる伝説。



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 ドライバーとメカニックスタッフ、観客。
 様々な緊張がその場で張り詰め、
 マシーンの排気音、エンジン音という誇らかな音色が奏でられ、
 それに観客が感嘆という歌を添える。
 焼け付くスリック・タイヤがアスファルトに焦げ付いた香り、エンジンオイル、酷使された機械の発する焼きつく匂いが飽和するピットで彼、蒼王海浬はいつもそれを聴いているのだが、何気にその音楽も歌も、空気にふんだんに飽和された匂いも嫌いではなかった。
 F1。
 世界最速の車という物に夢と情熱を込めて、
 命を懸けて世界一の最速の者を目指す、
 人間たちの場。
 直向に何かに夢中となり、打ち込む人間たちを、それを応援し、憧れる人間たちの姿が、ひょっとしたら気に入っているのかもしれない。
 マネージメントという裏方に徹してはいるが、やはりレースとなり、そういう緊張の中に居れば、何かしらの高揚はあった。
 レース前の緊張感、
 レース後の高揚、開放感、達成感、満足感、
 それは幾度体験しようが、
 慣れる事は無いし、
 飽きる事も無い。
 人間界にあいつを探しに来て、ここで過ごした時間が自分を確かに少しだが変えた。
 だけどそれは別に嫌ではなかった。
 驚いては、いるが。
 思わず海浬は、苦笑してしまう。
 変わった事は他にも。
 前の自分には考えられなかったのでは?
 他の人間とつるむなんて。
 鈴鹿サーキットでのレースを終えた翌日の夜、近くの白子不断桜へとチームのメンバーで祝勝会も兼ねて夜桜見物へと出かけた。
 肌寒い夜気が支配する夜。
 その夜の空間、闇色の帳に色を添えるのは淡い薄紅。
 それは現実感を失わせる光景。
 それは自分の存在感を疑わせる光景。
 夜のしじまに独り居るこの場所で、
 無限とも思える桜の花びらに囲まれていると、
 自分もその光景の一つなのではないのかと思えてくる。
 静寂な世界。
 舞う花びら。
 淡い薄紅は夜の肌寒い風に宙を踊る。
 桜の花びら、ひとひら、紙コップに落ちて、花びらが水面に浮いた。
 見上げた桜は、美しく咲き誇り、
 詠うようにその美を魅せる。
 夜の星空を覆い隠すように伸びた枝に咲く桜の花は、風に花びらを惜しげもなく舞わせ、
 淡い薄紅の無限の桜の花びら舞う、夢幻の薄紅の花霞みの光景の中でひとり、酒を飲む海浬にしっとりと笑むようで。
 遠くから聴こえてくる騒ぎ声に、海浬は小さく口元に苦笑を浮かべた。
 一本の桜の木の幹に背を預け、花びら舞う夜の光景を、桜の木の園を見据える。
 遠くを見据えるような美しい瞳で。
 春。
 桜舞う季節。
 春の夜の匂いはしかし、どこかそれでもまだ冬の香りを香らせた。
 そういえば花びら舞う光景はどこか雪が舞う光景を想わせる。
 無限の桜の花びら、舞い振る光景は、
 雪を想わせる。
 それは故郷の世界に語り継がれる伝説………
 ――――その冬、最初に降る雪は女神の使いであるから捕えた者は罰を受けるだろう。
 女神は何を想い、世界に使いを出し、
 それを捕らえた者の事をどう想うのだろう?
 言い伝えには全て生まれるに値する意味がある。
 その生れには、どのような意味合いがあったのだろうか?


「なるほど。あなたにはそれを知りたいと願う願望がある訳だ」


 ふいに聴こえた夜に広がった声。
 花びらの霞みの中から現れたのはひとりの少女だった。
 夜にもかかわらず日傘を差して、それを回転させて花びらの雨を弾く彼女は、ひどく意地の悪い笑みを浮かべた。
 海浬は目を細め、その彼女を見据える。
 精霊だが、悪霊の類に近い事を海浬は見抜く。
 少女は肩を竦め、それからにんまりと笑った。
「あたしは十六夜。人はあたしを紫陽花の君と呼ぶわ。呼び方はお好きなように」
 正直、変なのにからまれたな、と想う一方で、興味がわいた。
 少女、十六夜、紫陽花の君の顔に浮かぶ笑みが深くなる。
「それで?」
「ん?」
「紫陽花の君。あんたは俺を、俺にどうしろと?」
「あら、知りたいのでしょう? 言い伝えの真実を。真実はね、往々にして語り継がれる事が真実だとは限らないのよ。時が経つに連れて意味合いが逆転する物もあれば、風土によってはわざと意味合いを逆転させて伝わらせる事もある。削れたり、増えたりもする。伝言ゲーム。なら、これはどうなのかしらね? 知りたいと想わない? あたしは知りたいわ。だから、行きましょうか? 物語の世界へ。そこへ行けば、真実が見える」
 紫陽花の君は海浬に手を差しだし、
 海浬はそれを取った。
 そして転瞬、一斉の全ての桜の木の花、花びら舞い散ったかのような花吹雪が、花の嵐が起こり、
 そこに巨大な扉が現れた。



 +++


 広がっていたのは懐かしい世界だった。
 そこは故郷の世界。
 かつて居た世界。
 その世界から離れたのは、とある人物を探すため。
 探している今も。
 だから今また自分がここに帰って来るとは想わなかった。
 いや………
「ここは知る世界とは違う世界?」
 辺りを見回し、海浬は呟く。
「そう。だからあの、言い伝えの世界よ」
「言い伝えの世界」


 その冬、最初に降る雪は女神の使いであるから捕えた者は罰を受けるだろう―――


 今にも雪が降り出しそうなそんな鉛色に覆われた空は、それを連想させるもの。
 だけど足が踏みしめる大地は、雪に覆われている。冷たい雪に。
 吐く息は凍りつき結晶化したように白くなり、そこが本当の雪の世界だと実感させる。
 ほら、雪が、現に降ってくる。
 小さな雪娘たちが宙で舞う中を、雪が、降ってくる。
 それは戯れに。
 戯れに海浬は手を差し出してみる。
 これはその冬、最初に降る雪ではないから。
 だから、雪を取りたいと。
 ―――それには意味は無いのだろうか?


「無いわね。最初の雪には、純粋な精の結晶を使っているから貴重なの。意味があるの。だけど何度も降っては溶けて、天へと帰って、また降るこの子たちには不純物とかが含まれてしまうから。だから、それは許してあげる。だけどそれが最初の雪だったら、おまえの命は無かったよ」


 いつの間にか海浬の前に艶やかな女が居た。
 雪のよう白い肌。白銀の髪。凍えるような目。
 つまりがそういう事なのだろう。
「雪の女」
「そう。氷女(こおりめ)。雪を眷族とする神。ただし私は忘れ神だけどね」
 さらりと私はA型なんだよね、と言うかのような気安さで彼女は言った。
 海浬は目を細める。
「忘れ神。人とある事を望み、神と人との間、どっちつかずの者」
 十六夜が詠うように言う。
「忘れ神は神としての最大の罪。そして人からも異形の者として恐れ疎まれ、拒絶される。だから居場所が無くって、人の世から弾かれ、この神の国に戻ってこざるを得なかった者は、もうここ以外には居場所は無いから、辛い事をどうしてもやらされる。氷女のあなたがやらされているのは、なるほど雪を降らせる事か。行く先々、冷たい空気に、閉ざされた場所しかなくって、温もりなんか感じられない。それが罪のあがない。あなたの」
「罪のあがない、か。それを罪のあがないだというのなら、愛するという感情が罪という事になるな。愛が、罪。それはひどく滑稽な話だ。神こそが愛を詠うのに」
 海浬は温もりも、
 または友好さも見せずに、
 ただそれを声、という物で、己の思考を音声化させた。
 それは神としての傲慢さと横暴さを感じさせ、
 同時に物事の本質を見据え、言いきり、救いの兆しを見せながらもしかし、それへの道へと上がらせる手を決定的に伸ばしはしない。
 それが神であり、
 そしてたとえそれが忘れ神であったとしても、変わらない。
 だからそれが神なのだ。
 神とは無慈悲な存在であるのだから。
 氷女は海浬に笑った。
「相手の問題さ。私が愛したのは人間の男であった。そしてあれは約束を破った。忘れ神である私が唯一あれの隣に居られる方法は、あれが約束を守り続ける事であったのに。なのにあれは約束を、破った。いや、私が、試したくなった。そして裏切られたのさ。見事にね」
 それでこの氷女は人間の世にはいられなくなり、ここに戻ってきた。
 戻ってきても、もう忘れ神だからここでも普通では暮らせなくって、忌むべき事をさせられている。
 雪を降らせるという事。たった独りでやらざるを得ない事。極寒の中で。
 それが罪。
「なら。氷女。おまえが最初に降らせた雪に込めた想いとは恨み辛みか?」
 だからそれに触れた者は罰を受けるというのか?
「いや、違うな。それに恨み辛みが込められているというのなら、それを罰とは言わない。災いを受けるだろう、とかな。罰を受ける。というのであれば、それはする事が罪だ、という事だ。それをする事が罪となるのなら、それに込められているのは恨み辛みにはならない、という事。おまえが込めた想いとは、愛情か? そうか。だから純粋な雪の精の結晶に意味もある」
 裏切られた男に、
 それでもこの氷女は愛情を持っている。
 海浬の微塵の容赦も無い言葉に氷女は両目をわずかに見開き、
 そしてそれに呼応するように世界に吹雪く雪の勢いが増す。増したホワイトアウトの中を氷女は笑いながら、雪の向うに消える。
 息も出来ぬぐらいの雪の中、海浬は肩を竦める。
「苛めすぎよ。あなた、あの娘の事。触れてはならない事があるっていうもんでしょう? いえ、そうでもないか。この世界は、あの氷女の世界へと変わる。その内面世界に。そうしてあなたに見せようという訳ね。その冬、最初に降る雪は女神の使いであるから捕えた者は罰を受けるだろう。最初に降る雪に込められた想いの意味」



 雪の中で男女が出逢う。
 女は男の父親を殺すが、
 しかし男は生かした。おまえは若いから、と。
 そしてそれから数年後、男は美しい妻を娶り、
 男と女は幸せに暮らした。
 子もでき、
 より幸せに。
 だがある日、ある雪が吹雪く晩に、それは終った。
 男は妻に言ってしまったのだ。あの数年前の雪の晩の事を。
 その瞬間、美しかった妻が黙り、
 家の中に雪が吹雪きこんできて、
 妻は自分があの時の女、氷女だと言い出した。
 そうして夫婦の幸せは終った。



 吹雪く雪が止み、
 氷女が再び姿を現す。
 海浬は彼女を見据えた。静かに。
「私は一目惚れしていたのだ。あの男に。そうしてあの男と幸せな夫婦生活を築き、子どもを作り、私はそうしてこのままその時間が続いていくと想っていた。だけどそれは私の想いが壊した。私は知りたいと想ったのだ。あの男が私との約束を守るか、どうか。そうして私はあの男の愛情を知りたかった。そう、私もあの時に分かっていたから。私があの瞬間にあの男に一目惚れしたように、あの男も私に一目惚れしていたと。だからあの男が、私を選ぶか、それとも妻である私を選ぶか………」
 海浬は小さく鼻を鳴らした。
 氷女は苦笑する。
「おまえには理解できないだろうねー。私のこの気持ちは」
「ああ。理解できんな。そんな不合理な感情は。そんな物に等、拘らなければ、幸せになれただろうに」
「それでもそれをしてしまうのが女心なのさ。男のおまえにはわからないだろうねー」
 氷女は泣いていた。
 そしてその時わかったのだ。
 海浬にも。



 その冬、最初に降る雪は女神の使いであるから捕えた者は罰を受けるだろう―――



 最初に降る雪は、女神の使い。
 誰への使いなのか?
 ―――それは、世界のどこかに居るかもしれない夫と子どもへの使者。
 心。



 逢いたい――――
 ――――――私の変わりに、おまえらが、二人に逢っておくれ。
 そして二人を見つけたら、溶けて、染み渡って、心に絡み付いておくれ。
 せめておまえたちだけでも、あの二人と共に。



 それはなんと、不器用で、愚かで、未練がましくって、見っとも無くって、
 そうしてだからこそ愛おしい感情なのだろう?



 海浬はそれに行き着いた時、苦笑した。
 顔を片手で覆い、大きくため息を吐く。
「どいつもこいつも矛盾しているな。かつて神がカインを許したように、世界の意思は氷女を許し、それをする事をも許している。しかし罪は、贖罪の方はやらせる。それが忘れ神の責務だから。いや、まったく。それは善意であり、悪意だ。希望というパンドラの箱に入れられていた物。希望がパンドラの箱に入れられていたのはつまりが希望こそが人を破滅へと導くから。それは俺たち神も一緒。神こそ、そう。そしてそれは………」



 俺も一緒。
 希望があるから、俺は人間界へと降りて、あいつを探している。
 ――――ああ、そうか。だから俺はこんなにもこの伝説が気になったんだ。
 その伝説に無意識ながらにも俺と同じものを感じたから。



「氷女。それでもおまえは希望という指に絡め取りもできない物に期待を込めて、純粋な雪の結晶に思いを込めて、これからも雪を降らし続けるのか?」
 真っ直ぐに真摯な視線を送ってくる海浬に氷女はにこりと微笑んだ。
 それが彼女の答えであった。
 そうして海浬と紫陽花の君は真っ白な世界に居る。
 上下も左右も無い場所で二人は対峙し合う。
「この世界には白亜、という酔狂な娘が居てね、その娘の能力を使えばこの伝説の物語、書き換える事が出来るの。どうかしら? あの氷女の物語、あなたが書きなおしてみる?」
 そう小首を傾げた彼女にしかし、海浬は肩を竦めた。
 それから彼が願ったのは、人間界へと戻る扉。
 現れたそれを開き、人間界へと戻るための一歩を踏み出した彼は流し目で紫陽花の君を見据える。
「俺があれの物語を書き直すまでもねーよ。あれの探している子に限れば、そいつはきっと、天界に居るはずだ。母親を探してな。それが現実だ。現実がハッピーエンドなら、物語の方も自動的にハッピーエンドとなる。書き直すまでも無い」
「何故、そう言い切るの? 言い切れるのかしら?」
 海浬はまた肩を竦めた。
 愚問だ。
 俺もまた、人間界で探しているから、わかる。
 わかったのだ。
「あいつが言っていた通りに男がどちらの彼女も愛していたのなら、それなら子どもにあいつの事をちゃんと伝えている。そしてそれを知っているから、あいつの子もあいつを探さずにはをえないから」
 俺があいつを探さずにはいられないように。
 そして海浬は人間界へと戻った。



【ラスト】


 桜の花が咲き乱れる場所で、
 夜の場で、
 夜闇を飾る花びらを見据えながら海浬はひとり酒を飲んでいた。
 そして彼は降るように舞う花びらの中に冷たい何かが混じっている事に気がついて、空を見上げた。
 花霞みの向うにあるそこから落ちてきたのは雪で、
 そしてそれへと海浬が手の平を差し出すと、
 そこに雪は落ちて、海浬の体温で溶けた。
「きっとこの雪が溶けるように、おまえらも出会えるさ。おまえが想い、雪を降らせるように、子どもも天界に居るのだから。探しあうおまえらの間にある悲しみはいつか氷解する。その時は、その時こそ幸せとなれる。その時こそが忘れ神たるおまえがその罪から解放される瞬間。俺はそれだけを願っているよ」
 四月に降る雪。
 花びらに紛れて降る雪を、最後のそのひとひらを見据えながら海浬は酒を飲んだ。



 →closed



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【4345 / 蒼王・海浬 / 男性 / 25歳 / マネージャー 来訪者】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼王海浬さま。
 はじめまして。
 このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。
 今回はご依頼、ありがとうございました。


 いかがでしたでしょうか? 今回のお話は。
 ありがたい事にお任せ、としていただけましたので、
 お題とされた伝説と睨めっこしながら今回のお話を考えました。
 海浬さんは人間界で人を探している、とありましたから、それを思わせるお話が良いなー、と想いまして。^^
 そしてその物語に関わる海浬さんの心理面、こちらはいろいろと考えたのですが、夜の桜の世界、雪、そういう物を上手く利用できるように、
 そして海浬さんの設定からすると、こうした方がより海浬さんの魅力を引き出して、魅せられるかな? と想いまして、このように。^^
 いかがでしたでしょうか? お気に召していただけていますと、幸いです。^^


 それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
 ご依頼、本当にありがとうございました。
 失礼します。