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ひなたうららかいちご狩り
「桜もそろそろ散っちゃうね。
雨ちゃんお花見は行ったかい?」
使い終わったトレイを洗っている小石川雨に、パン屋の店長が話しかけてきた。
雨の年齢なら昼間は高校に通っている子がほとんどのはずだったが、雨は学費を賄う為にアルバイトをして夜学に通っている。
「うーん、学校の友達も皆昼間は忙しいし。
夜は授業があるから、なかなか行けなくて……」
雨は苦笑しながら、濡れたトレイをキッチンクロスで拭いていく。
――それにお花見って、どこに行ってもうるさいんだもの。
お花見が嫌いな訳じゃないけど、あんなに人がいると疲れちゃいそうなんだよね。
「いつもパン買いに来てくれる、あの男の子とでも行けばいいじゃないか」
「それ、榊君の事ですか!?」
店長の何気ない一言に思わず大きな声が出てしまい、雨は「……すいません」と謝る。
榊君、と呼ばれたのは雨と同じく高校生の少年で、店の常連でもある。
目を丸くした店長だったが、そんな雨がおかしかったのか笑いだした。
「まあ、あの子も大人しそうだから、あんまり賑やかな所は苦手かもしれないね」
「そうなんですよね」
ふぅ、と雨は息を吐いた。
――榊君、いっつも気難しい顔しちゃって……たまにはのんびりしてもいいのに。
「お花見じゃなくても、のんびりできる所ってないかな……」
雨の呟きを受けて、少し考えた店長が表情を明るくする。
「そうだ雨ちゃん、苺狩りなんかどうかな?」
「苺狩り、ですか?」
店長が言うには、その苺農園は一日に入園できる人数を限っているけれど、その分ゆったりと過ごせるらしい。
何より入園料の千円を払えば閉園時間まで食べ放題になるし、併設のカフェでデザートも食べられるという事だ。
「……いいですね」
――きっと人も多くないし、榊君も絶対息抜きになるよ!
今度榊君が買い物に来たら誘ってみよう。
雨は自然と笑顔になりながら、どうやって誘おうか考え始めた。
朝の駅で待ち合わせた二人を乗せて、電車は海沿いを走っている。
窓の外に広がるおだやかな春の海から、開け放した窓を抜けて、ほんのり潮の香りと海鳥の声が届く。
「お天気も良くて良かったね」
「そうだね」
隣同士に座った二人は風に髪をなびかせながら、終点までずっとそんな風に会話を続けていた。
ほとんどが雨から話題を振り、それに遠夜が答える形だ。
けれど遠夜も嫌々雨に合わせているのではないようだ。
眉間に漂う険が消えて、ともすれば他人を寄せ付けない雰囲気が薄らいでいる。
――榊君、喜んでくれてる……かな?
強引に連れ出すのはいつもの事だけれど、雨も密かに遠夜の反応が気にかかっているのだ。
終着駅から苺農園まではなだらかな坂道になっていて、まだ咲き残る桜がそこかしこで淡い薄紅色の影を落としている。
それを見ながら歩く雨の足取りがだんだん遅くなってきた。
「……だいぶ歩くね」
「お花見もできるよ。でも、疲れた?」
――運動不足だなぁ……でも初めからこんなじゃダメだよね。
しっかりしなきゃ。
今日くらいは榊君に気を回して欲しくないよ。
「休もうか?」
前を歩いていた遠夜が振り返ってそう言うのに、雨は目の前で手を振って答える。
「ううん、平気。大丈夫だよ」
「それならいいけど……あそこかな? ウッドデッキが見える」
遠夜の言う通りハウスが立ち並ぶ農園の一角、ウッドデッキの傍でエプロンをかけた農園のおばさんらしい女の人がいる。
こちらに気付いた農園のおばさんが声をかけてくれた。
「ようこそ遠い所を。今日はゆっくり楽しんで下さいね」
ここで入園料を払って農園に入る仕組みらしい。
雨がバッグから財布を取り出そうとしているうちに、先に遠夜が二人分払ってしまった。
「あ、私も出すよ!」
――と、友達なんだし……。
自分の入園料位自分で払えるんだけど……っ。
何故か友達という言葉に拘って内心一人焦る雨に、遠夜は軽く首を傾げる。
「……連れて来てもらったのは、僕の方だから」
――榊君、嬉しいって思ってくれてるんだ。
あまり表情に心が出ない遠夜だが、今日は笑顔を見せるのが多いように思う。
「な、なら、ここは奢られようじゃないのっ」
照れて熱くなる頬に気付かれないよう、雨は先になって農園に入っていった。
農園はハウスと路地物が半分ずつで、今は両方楽しめる時期だった。
ちらほら他の客の姿も見えるが、十分広い園内では特に気にならない。
二人はすぐ近くのビニールハウスに入った。
「何だか貸し切りみたいだね! ここの苺、全部食べ放題なんて……!」
遠夜にリラックスして欲しくて誘ったのだが、もちろん雨も苺を楽しみにしていた。
普段も苺を食べる機会はあるけれど、つい『お姉さん』としては下の子達に多くあげてしまう。
――いいよね、今日は一日遊んじゃっても。
その代わりお土産もちゃんと買ってくから。
「さ、どんどん食べてね榊君」
いつものように苺を勧める雨に遠夜はくすりと笑った。
「……あ、ゴメン。ホントは榊君にゆっくりして欲しくて誘ったのに」
「小石川さんは変わらないね、どこに行っても」
藁に包まれた畝の間から赤い実を覗かせる苺を手に取り、遠夜は言った。
「どぉいう意味かな?」
むむ、と口を尖らせて雨が軽く遠夜を睨む。
「そのままだよ。変わらないでいられるのって、すごいと思う」
――これ、榊君なりに褒めてるのかな?
うーん、と伸びをして雨は遠夜の傍にしゃがみ込んだ。
つややかな緑の葉をよけると、大粒の苺が鈴なりで実っている。
「ま、いいか。今日は時間気にしないで過ごそう。ね?」
遠夜も雨の言葉に頷き返した。
「榊君……苺ならかなりおなかに入るんだね」
普段は体格の割に少食で雨を心配させている遠夜だったが、摘みたての苺の甘さと香に、ついその次へ……と手が伸びて行ったようだ。
「どの位食べたの?」
「ええと、4パック位かな」
散らかさないよう渡されたビニール袋に入れた苺のヘタを見ながら、遠夜が答える。
――やっぱり男の子だね。
一箱分っていけるもんなんだ。
普段からこの位食べてれば、私も心配しないんだけどな。
「私も結構食べたけど……苺だけ食べても、大きくなれないんだよ、榊君」
意外とたくさん食べた遠夜に雨はげんなりしていた。
雨は遠夜が歩く傍を一緒に回っていたが、食べた量は遠夜よりもやや少ない位か。
「息が苺の匂いしそう」
「ちょうどお昼だけど……もう帰ろうか?」
――せっかく来てるのに、それも勿体無いよね……。
そういえばカフェもあるって聞いてたな。
もう少し遠夜と過ごしたいと雨は思った。
「カフェでお茶やコーヒーも飲めるみたいだから、少し座って休もうよ」
「そうだね」
カフェスペースはビニールハウスから少し離れた、海の見える場所に設けられていた。
遮る物の無い海の青さが、デッキの上どの席からも見える。
入園時間に制限が無いので午後も苺を楽しもうと、持ち寄ったお弁当をテーブルに広げているカップルや家族連れも多かった。
ついさっきまではしばらく苺はいいかな、と思っていた雨だったが、カフェにあるサンプルメニューを見るとつい食べたくなってきた。
新鮮な苺をふんだんに使ったメニューが、手頃な値段で並んでいる。
――うう、甘い物はやっぱり別腹だね。
どれも美味しそうだなぁ。
「目移りするなぁ……あんなに苺食べた後なのに、おなか減ったみたい」
雨の隣でメニューを見ていた遠夜の方が先に何を食べるか決めたようだ。
「僕は……ワッフルプレートと、コーヒーにしようかな」
くるりと雨が遠夜の方を向く。
「え!? こんな所でもコーヒーなの?
しっかし、コーヒー好きだねぇ……」
――そりゃ、コーヒーもメニューにあるけど。
せっかくなんだから、普段は頼めないような飲み物頼めばいいのに。
雨の反応を予想していたのか、言い訳のように遠夜が反論する。
「別に、コーヒー中毒って訳じゃないよ」
ぶちぶちと視線を外しながら言う様子の遠夜に雨は笑い出した。
「あはは、でも榊君らしいよね」
――榊君だって、どこに行っても変わらないよ。
雨は再びメニューに視線を戻して考えた。
――いいなぁ、パフェもチーズケーキも。
苺紅茶は絶対外せないな……。
たっぷり迷い、雨はメニューを決めた。
「私はパフェと、苺の紅茶がいいな」
「じゃあ、頼んでくる」
「あ、榊く……!」
すると遠夜がすっと離れ、雨が止める前にカウンターへと歩いて行った。
ここでは先にカウンターで注文し、それぞれのテーブルで運ばれるデザートを待つ方式を取っている。
線が細いと言っても、背の高い遠夜の姿は遠くからでもすぐにわかる。
その後ろ姿を目で追いながら雨は考えた。
――今の、何だか榊君に甘えたみたいだったよね。
友達なのに。
……それなら、友達じゃなかったら甘えてもいいのかな?
恋人、とかなら。
「うわ、私何考えてるんだろ!」
「どうしたの? 小石川さん」
戻ってきた遠夜が不思議そうに見ている。
「何でもないよっ」
心拍数の上がった胸を押さえながら雨は言った。
――た、たとえ恋人でも、私は甘えないんだからね!
お互いに支えてあげられるような感じになりたいな……。
運ばれてきたメニューには、サンプル以上に苺が使われているように思えた。
「ん〜、美味しい!
苺と生クリームは永遠の組み合わせだよ!」
「さっきあんなに食べたのに、僕もまだ入りそうだな」
遠夜はそんなに食べられるのが自分でも驚きのようだ。
――ホント良かったな。
榊君と一緒に来られて。
榊君笑ってるし……それに私も、楽しいしね。
カフェで飲み物までゆっくり楽しんだ二人は、今度は路地物の苺畑に向かう事にした。
まだ時間はあるので、広い園内を散歩するつもりだった。
路地物はハウスの物より苺が出来るのが遅く、その分ちょうど摘み頃の盛りを迎えていた。
苺畑のまわりに植えられた水仙が、風に黄色い波を打たせている。
「もう、さすがに入らないね」
「あはは、でもつい手が出そうだよ」
海風が何本も連なる緑の畝を渡っていく、その風の行方を見ていた雨に、遠夜は話しかけた。
「小石川さん、ありがとう」
あらたまった口調に、雨が振り返る。
「僕がこんな風に何も考えないで過ごせたの、すごく、久しぶりだった」
雨の脳裏に、以前偶然見かけた遠夜の白い術者装束が甦る。
垣間見てしまった遠夜の姿は凛々しかったが、ひどく遠い所にあるように雨には思えたものだ。
しかし今、雨の前に立っている遠夜は食が細くて同い年の、どこか放っておけない少年に見える。
にこ、と遠夜はぎこちなく笑った。
自分でも照れくさいのかもしれない。
「だから、ありがとう」
「榊君が喜んでくれたら、私は嬉しいよ」
雨も遠夜に微笑む。
――友達とか恋人とか、そんな風に決めちゃわなくてもまだいいよね。
榊君が嬉しそうにしてると、私も嬉しいって……それだけで、今はいいよね?
雨はふわりとした優しい空気に包まれたような気がした。
こんな気持ちを持てる相手が傍にいる事を感謝したい。
でも、甘い雰囲気はまだ自分には少し早いような気もする。
と思った所で、家にいる家族の事が思い出された。
「ところでお土産何にしよっか?
『姉ちゃんだけズルイ』って言われちゃうよ。
お菓子がいいかなぁ」
あらかじめ摘まれてパックに入れられた苺や、ジャムやクッキーなどのお菓子類も売店には用意されている。
顎に手を当てて遠夜が考えた。
「まだ時間あるから、苺を二人で摘もうか?
自分たちで摘んだ方が新鮮だし」
「それいいね、そうしよう!」
二人は持ち帰り用の苺パックをもらいに、苺畑の外へと歩き出した。
(終)
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 5332 / 小石川・雨 / 女性 / 16歳 / 高校生 】
【 0642 / 榊・遠夜 / 男性 / 16歳 / 高校生/陰陽師 】
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■ ライター通信 ■
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小石川雨様
初めましてのご参加ありがとうございます。
普段はかなり殺伐としたノベルを書いている身ですので、たまにこういったのんびり・ほのぼのとした物も書きたくなります。
殺伐シリアスも好きでやっているのですが(笑)
しっかり者で世話好きなお姉さん気質の雨さんも、ノベルの中でゆっくり過ごして頂けたでしょうか。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!
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