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<東京怪談・PCゲームノベル>


IF 〜田中君の恋人4〜


 今までこんな事があっただろうか?
 ある日、裕介の元へと連絡が入ったのである。
 先輩、もとい樟葉が風邪で倒れたのだと。
 と言うのはまあ大げさな話で、かつて懸念していた通り仕事のしすぎで倒れたのだ。
 初期症状で休んでおけばこれほど酷くはならなかっただろうが、この程と高をくくった事もあって今やすっかり風邪を拗らせ自宅療養と診断されていた。
 実家から遠く離れて生活していることもあり、具合の悪い樟葉の面倒を見ているのは裕介に他ならない。
「具合はどうですか?」
 二、三日は経過したが、回復にはもう暫くかかる筈。
 食べやすい果物を幾つかを購入して樟葉の住むマンションへと向う。
 合い鍵を使って中へと入り声をかけた所。
「あっ、裕介」
 声が帰ってきたのは、寝室からではなく台所からだった。
「………え」
 驚いて買い物袋をテーブルの上に置いてキッチンへと駆け込む。
 そこにはある意味、裕介の一番望んでいなかった光景が広がっていた。
「祐介、おはよう」
 起きてあまり時間が経っていない様で、浴衣の上に羽織を着ただけの姿でキッチンに立っている。
「先輩」
「おはよう、裕介」
 ちょうど冷蔵庫から卵を取り出そうとしている、朝食を作ろうとしていたのだろう。
 まだまだ熱っぽい表情で。
「どうして寝てないんですか?」
「体温さがって、少し良くなってたから」
「朝は熱は下がるんですよ、ここは俺に任せて寝てください」
「ええー」
 火を消し、渋る樟葉をどうにか寝室へと運び込む。
「直ぐに戻りますから、待っててください」
 足下へしっかりと布団を掛け、キッチンへと戻り朝食を用意する。
 作ろうとしていたのはトーストとサラダと目玉焼き。
 風邪なのにこのメニューはどうなのだろうか?
 喉の痛みがあるわけではなく、熱が主な風邪の原因なのだし、自ら朝食をしていたぐらいなのだから食欲はあるようだ。
 少しだけ悩んでからメニューを変更する。
 蜂蜜を入れた紅茶。
 既にできあがりつつあるトーストに、半熟のスクランブルエッグを乗せる。
 おまけに買ってきたばかりの苺を半分に切り砂糖とコンデンスミルクをかけて盛りつけ完成。
 野菜類は昼に薬を飲むときに取っておこう。
 食べやすそうなスープ類が良い、野菜をたっぷり入れたミネストローネにでもすれば栄養にもなる。
「はい、出来ましたよ」
「おいしそう、頂きます」
 四つに切り分けたトーストにスクランブルエッグをのせて、落とさないように器用に口へと運ぶ。
「おいしい」
「良かった、でも無理はしないでください」
「平気よ、子供じゃないんだから」
「さっき起きてたのは誰ですか」
 そんな他愛のない会話をしながら朝食を食べ終え、ゆっくりと紅茶を飲みながらそろそろ良いかと薬の用意をする。
「それを飲んだら寝てください、タオルも持ってきますから」
「ありがとう、でも眠くないから話してても良い?」
 風邪の時は大抵寝るしかないのだから、楠派の言うことも無理からぬ事だ。
 無理をさせる前に裕介が気にかければいい。
「もちろんですよ」
「良かった、暇で仕方がなかったの」
 薬を飲み、横になった樟葉に冷やしたぬれタオルを乗せる。
「冷たすぎませんか?」
「平気、冷たくて気持ちいい」
 ほうと息を付く樟葉の首筋へと触れると思っていた異常に熱い、大丈夫だろうかという思考が脳裏をかすめるが、今の樟葉は具合が悪いことよりも退屈が上回っているようだ。
 無理に寝かせたところで、少なくとも薬が効くまでは眠らないだろう。
 少しの間、樟葉の話につきあうことにした。
 気分は眠れないという子供に童話を聞かせるような物だが、少しだけ違う。
 話していたいと思ったのは、祐介も同じだったのだから。
「そう言えば……」
 一息ついた頃、裕介が来たときは慌ただしくしてしまって聞き忘れていたことを改めて問いかける。
「今朝どうして朝食を作ろうとしてたんです? 昨日の夜にまた来ますって言いましたよね」
「うん、解ってたけど……どうしても作りたくなっちゃったの」
 タオルを冷たい物に変えると気持ちよさそうに目を閉じウトウトとし始めた。
 そろそろ薬が効いてきたのだろう。
 樟葉の手を握るとまだ熱く、普段よりも細くなっているのではとすら思える。
「俺がやりますから、先輩はゆっくり休んでください」
「ありがとう、裕介」
 折角治っても、休んだ分を取り返そうとすれば、働き過ぎで折角治った風邪がぶり返しかねない。
 だからこそ今の内にしっかりと直しておくべきだろう。
「みんな待ってますよ」
「そうね、早く直さなきゃ」
 楽しそうに話ながら、ようやく安心したように眠りに付いた。





 目を覚ましたのは数時間後の事。
「……ん」
「おはようございます、よく寝てましたよ」
 うっすらと目を開けた樟葉に気付き、読んでいた本を閉じて額に手を乗せる。
 一眠りした事で大分具合が良くなっていた。
 薬が効いているからでもあるが、楽な方が良いに越したことはない。
「どれぐらい?」
「いまは……四時半、もうすぐ五時ですね」
「そんなに?」
 驚いたように目を見開いた樟葉に、苦笑しながら起きるのを手伝い、水の入ったコップを手渡す。
「休んだ方が早く良くりますから、水分はきちんと取ってください」
「ありがとう」
 おいしそうに水を飲み、空になったコップを返される。
「何か食べます?」
「ううん、どうしよう」
 寝る前に食べて起きて直ぐに食べるのはどうなのだろう、お腹がすいていれば構わないだろうが。
「食べるなら直ぐに暖めますよ、スープ作りましたから」
「あんまり沢山食べたら太っちゃうかも」
「ただでさえ痩せてるぐらいですから、大丈夫です」
 実に女性らしい懸念の仕方に、にこりと笑いかけつつはっきりと言い切る。
 手を握った時、いつもより細くなっていた事に心配したぐらいなのだ。
「そうかな?」
「そうですよ、今持ってきますから」
 大人しくしてくださいと言い残しキッチンへと向かう。
 スープだけではボリュームが気になり、キッチンにあったミックスマカロニを茹でて、温めたミネストローネの中に入れて良く絡めて器に盛りつけた。
「夕飯には少し早いですけど、夜お腹がすいたら何か作りますから」
「ねえ、食べさせて」
「えっ」
 唐突なことは何時ものことだが、甘えるような言葉に可愛くて堪らなくなる
「良いですよ、はい。あーん」
 スプーンに食べやすい量をすくい取り、少し冷ましてから口へと運ぶ。
 おいしそうにそれを食べ、照れたように笑う樟葉に裕介もつられて笑い返す。
 なんともくすぐったい物だ。
「ねえ、もっと食べたい」
「はいはい、すぐに」
 くすくすと笑いつつ、楽しかったこともあって直ぐに器が空になる。
「ごちそうさまでした」
「器、片付けてきますね。その間に薬飲んでてください」
「うん」
 使った皿を洗い戻ってきた裕介が、時計を見上げそろそろと言いかけたが、出来ずに終わってしまった。
「先輩?」
 軽く服の裾を掴んで引き留める樟葉に、驚いて動きを止める。
「……帰るのよね」
 どこか寂しそうな笑顔に、急に心配になって樟葉の髪を優しく撫でた。
 甘えていたのも同じ理由からだと今になって気付かされる、病気の時ほど不安を感じる物だと言うのに。
「今日はここに泊まっていきますよ」
「……良かった」
 それでも晴れない表情の樟葉に、何か明確な理由があるのだと重ねて思い当たることを探し始める。
 今と普段していることの相違点はとても多い。
 すこし考えただけでも幾つも浮かんでくるのだが、その中でも最も当てはまりそうなことと言えば仕事のことだ。
「……仕事に行けなくて、退屈?」
 もしやと思って尋ねてみれば、かなり正解に近かったようである。
 頷いた後にぽつぽつと話し始めた。
「……仕事。休んでも平気なんだなぁって。そんなこと無いって解ってるのに、どうしてもそんなことを考えちゃうの」
 ため息を付きながら、少し寂しそうな樟葉に成る程と今度こそ納得する。
 彼女の仕事は樟葉を代表として複数のデザイナーでブランドを作っている為、樟葉が休んでもどうにか仕事は進行できるのだ。
 風邪で弱っている時にどうしてもそこが不安になってしまったのだろう。
「その事なら心配ありませんよ」
「………?」
「休めるときに休んで欲しいと言ってましたし、それに……治ったら、その分頑張ってもらうとも言ってましたから。携帯に連絡はありませんでしたか」
「あ……」
 手を伸ばした樟葉に変わって、裕介が携帯を充電器からはずして手渡す。
「そうなのよね、どうして心配しちゃったのかしら」
 どうしても解らない件についての指示は電話できていたし、メールも来ている。
「大丈夫ですよ、だからいまはきちんと直すことを優先してください」
「うん」
 安心した所で泊まる支度を始める裕介に、樟葉がにっこりと笑って言う。
「ねえ、欲しい本があるの、一緒に買ってきてもらっても良い」
 しおらしさは何処へやら、裕介はハイと頷くしかできないのだった。




 看病と言いながらも、こうして一緒に居ることで裕介ものんびりと休んでいられる。
 偶にはこんな日も良い物だ。
 疲れが出ない程度にレンタルして来たDVDを見たり、本を読んだりして過ごす。
 雑誌のページをめくりながら、そろそろ休んだ方が良いと立ち上がる。
「裕介?」
「そろそろ寝ないと」
 布団を取りに行こうとした裕介に樟葉がにこりと笑いかけた。
 何か名案を思いついたような表情は、ミネストローネを食べさせて欲しいと言った時にとてもよく似ている。
 案の定。
「一緒に寝よ」
「今日はずいぶん甘えますね」
「風邪だもの」
 腕を引き寄せられ樟葉からされるお願いに、苦笑しながらも頷く裕介。
 お願いされる方も、楽しい物なのだ。
 言われた通りに添い寝をした裕介が、風邪を移されたのは……。
 翌朝のことである。
 



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1098/田中裕介/男性/18歳/孤児院のお手伝い兼何でも屋】
【6040/静修院・樟葉/女性/19歳/ 妖魔(上級妖魔合身)】

→もし付き合っていた先輩が死ななかったら

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■         ライター通信          ■
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※注 パラレル設定です。
   本編とは関係ありません。
   くれぐれもこのノベルでイメージを固めたり
   こういう事があったんだなんて思わないようお願いします。

IF依頼、ありがとうございます。
もしもの世界、楽しんでいただけたでしょうか?

4話が本編で4.5話がおまけになります。
楽しんでいただけたら幸いです。