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<東京怪談・PCゲームノベル>


ひなたうららかいちご狩り

 気がつけば習慣になっているパン屋への道程、ふと榊遠夜は散りかけた桜の木を見上げた。
 さらりと頬を撫でて花びらを散らす風も、今は温かい。
 ――桜ももう終りか……。
 公園の桜のまわりには、残念ながら夜桜見物の名残のごみも見られる。
 ――今年も花見には縁が無かったな。
 遠夜は特に感慨も無く、ぼんやりと思った。
 多すぎる人の集まりは、同時に魔と呼ばれるものも引き寄せる。
 陰陽師でもある遠夜が、人ごみを苦手に感じる理由の一つがそれだった。
 元々あまり騒がしい場所が好きではないのもある。
 ――小石川さんは賑やかな場所が似合うよな。
 小石川雨は遠夜が向かっているパン屋でアルバイトをしている少女だ。
 家庭の事情で昼間はアルバイトをしているらしいのだが、普段の言動から暗い所は微塵も感じさせない。
 陽の光のように温かい人だ、と遠夜は思っている。
 いつも暗く沈みがちな遠夜を――ほんの少し強引だが……明るい場所へ引っ張ってくれるかけがえの無い存在。
 彼女を思う時、遠夜の表情は丸くなる。
 それは親しい人間でなければ、ほとんど気付かない程些細な変化だったが。
 パン屋のドアに付けられたベルが、遠夜の来店を知らせる。
「こんにちは」
「あっ、いらっしゃい」
 いつも通り、雨が元気良く遠夜を迎えてくれた。
 忙しい時間は過ぎたのか、店内には遠夜の他に客もいない。
「榊君、今度の土曜日空いてる?」
 トレイにのせたパンを袋に入れた雨が、会計後に話しかけてきた。
 ――予定は特に無かったような……。
「空いてるけど?」
「良かった! じゃあ私と一緒に苺狩りに行こうよ」
 一瞬固まった遠夜が何か言おうと口を開きかけたが、それを遮るように雨の言葉が降り注ぐ。
 その苺農園は一日に入園できる人数を限っているけれど、その分ゆったりと過ごせるという事。 
 何より入園料の千円を払えば閉園時間まで食べ放題になるし、併設のカフェでデザートも食べられるという事。
 そして。
「騙されたと思って一緒に行こう?」
 返事を待つ雨の表情が真剣すぎて、遠夜は薄くその頬に笑みをのせた。
「……うん、待ち合わせ何時にしようか?」


 朝の駅で待ち合わせた二人を乗せて、電車は海沿いを走っている。
 窓の外に広がるおだやかな春の海から、開け放した窓を抜けて、ほんのり潮の香りと海鳥の声が届く。
「お天気も良くて良かったね」
「そうだね」
 隣同士に座った二人は風に髪をなびかせながら、終点までずっとそんな風に会話を続けていた。
 ほとんどが雨から話題を振り、それに遠夜が答える形だ。
 けれど遠夜も嫌々雨に合わせているのではない。
 ――どうしてかな、いつまでもこうして小石川さんの声を聞いていたい気がする。
 差し込む日差しの中で雨の声を聞いていると、ふと眠りに誘われて、うたた寝を始めてしまいそうになる。 
 ――ダメだ、小石川さんの肩にもたれてしまう……。
 そんな風に遠夜が密かに睡魔と闘っているとは知らず、雨は楽しそうに次々と話題を変えて話しかけてくる。
 そんな光景はともすれば恋人同士に見えたかもしれない。
 眠りに落ちそうな遠夜の意識を、終点を告げるアナウンスが引き戻した。
 終着駅から苺農園まではなだらかな坂道になっていて、まだ咲き残る桜がそこかしこで淡い薄紅色の影を落としている。
 ――ちょっと疲れてるみたいだ。
    アルバイト大変なのかな。
 学業の他に仕事をしているのは遠夜も同じだったが。
 初めは遠夜と並んで歩いていた雨の足取りが、だんだん遅くなってきた。
「……だいぶ歩くね」
「お花見もできるよ。でも、疲れた?」
 普段はあまり目に留めない花々を楽しんでいた遠夜だったが、雨が疲れているなら先を急ぐ事もないと考える。
 ――少し位農園に着くのが遅くなってもいいか。
「休もうか?」
 前を歩いていた遠夜が振り返ってそう言うのに、雨は目の前で手を振って答える。
「ううん、平気。大丈夫だよ」
「それならいいけど……あそこかな? ウッドデッキが見える」
 遠夜の言う通りハウスが立ち並ぶ農園の一角、ウッドデッキの傍でエプロンをかけた農園のおばさんらしい女の人がいる。
 こちらに気付いた農園のおばさんが声をかけてくれた。
「ようこそ遠い所を。今日はゆっくり楽しんで下さいね」
 ここで入園料を払って農園に入る仕組みらしい。
 雨がバッグから財布を取り出そうとしているうちに、先に遠夜が二人分払ってしまった。
 あまり深く考えてはいなかったのだが、自然と遠夜は二人分を払ってしまっていた。
「あ、私も出すよ!」
 友達という言葉に拘って内心一人焦る雨に、遠夜は軽く首を傾げる。
「……連れて来てもらったのは、僕の方だから」
 ――お金で嬉しさが買えるなんて思わないけど、連れて来てくれたお礼に、少しでも何か返したいな。
 あまり表情に心が出ない遠夜だが、今日は自然と笑顔になるのが多いと自分でも思う。
「な、なら、ここは奢られようじゃないのっ」
 先になって農園に入っていった雨の頬が赤いのに気付き、遠夜は心の内で微笑んだ。
 農園はハウスと路地物が半分ずつで、今は両方楽しめる時期だった。
 ちらほら他の客の姿も見えるが、十分広い園内では特に気にならない。
 二人はすぐ近くのビニールハウスに入った。
「何だか貸し切りみたいだね! ここの苺、全部食べ放題なんて……!」
 遠夜にリラックスして欲しくて誘ったのだが、もちろん雨も苺を楽しみにしていた。
 ――こういう所に来るのは初めてだけど、わくわくするな。
 雨に誘われた時、遠夜は珍しく自分からいつ待ち合わせようか切り出した。
 いつもなら雨の方で先に切り出す事が多いというのに。
 それだけ遠夜も楽しみにしていたのだろう。 
「さ、どんどん食べてね榊君」
 いつものように苺を勧める雨に遠夜はくすりと笑った。
 顔を合わせる度に雨は『ちゃんとご飯食べてる?』と聞いてくるのだ。
 雨が働くパン屋でおまけをされた事も何度もある。
 それが不快ではないのが、遠夜には不思議に思えた。
 ――小石川さんだから、許せるのかな……。
「……あ、ゴメン。ホントは榊君にゆっくりして欲しくて誘ったのに」
「小石川さんは変わらないね、どこに行っても」
 藁に包まれた畝の間から赤い実を覗かせる苺を手に取り、遠夜は言った。
「どぉいう意味かな?」
 むむ、と口を尖らせて雨が軽く遠夜を睨む。
「そのままだよ。変わらないでいられるのって、すごいと思う」
 ――いつか陰陽師の姿で出会った後も、小石川さんは変わらないでいてくれたよね。
 もしかしたら距離を置かれてしまうかもしれない、とその時遠夜は思った。
 が、雨は変わらず自分に笑顔を向けてくれている。
 うーん、と伸びをして雨は遠夜の傍にしゃがみ込んだ。
 つややかな緑の葉をよけると、大粒の苺が鈴なりで実っている。
「ま、いいか。今日は時間気にしないで過ごそう。ね?」
 遠夜も雨の言葉に頷き返した。


「榊君……苺ならかなりおなかに入るんだね」
 普段は体格の割に少食で雨を心配させている遠夜だったが、摘みたての苺の甘さと香に、ついその次へ……と手が伸びて行った。
 ――果物こんなに食べたのなんていつぶりだろう。
 楽しい雰囲気の中で食べる物が、こんなに美味しいとは。
「どの位食べたの?」
「ええと、4パック位かな」
 散らかさないよう渡されたビニール袋に入れた苺のヘタを見ながら、遠夜が答える。
「私も結構食べたけど……苺だけ食べても、大きくなれないんだよ、榊君」
 意外とたくさん食べた遠夜に雨はげんなりしていた。
 雨は遠夜が歩く傍を一緒に回っていたが、食べた量は遠夜よりもやや少ない位か。
「息が苺の匂いしそう」
 口元を押さえて雨は肩を落とした。
 まだ時間はお昼を回ったばかりだ。
「ちょうどお昼だけど……もう帰ろうか?」
 そう言いつつも、遠夜はもう少しここに居たかった。
 苺が食べたいというよりも、雨と過ごしていたい。
「カフェでお茶やコーヒーも飲めるみたいだから、少し座って休もうよ」
「そうだね」
 カフェスペースはビニールハウスから少し離れた、海の見える場所に設けられていた。
 遮る物の無い海の青さが、デッキの上どの席からも見える。
 入園時間に制限が無いので午後も苺を楽しもうと、持ち寄ったお弁当をテーブルに広げているカップルや家族連れも多かった。
 ついさっきまではしばらく苺はいいかな、と思っていた雨だったが、カフェにあるサンプルメニューを見るとつい食べたくなってきたらしい。
 メニューには新鮮な苺をふんだんに使ったデザートが、手頃な値段で並んでいる。
「目移りするなぁ……あんなに苺食べた後なのに、おなか減ったみたい」
 遠夜の隣でメニューを見ている雨はなかなか決められずに迷っている。
 ――飲み物はコーヒーで、アイスもついてるしワッフルプレートがいいかな。
「僕は……ワッフルプレートと、コーヒーにしようかな」
 ――って言うと、小石川さんきっとコーヒー中毒とか言い出すんだろうな……。
 くるりと雨が遠夜の方を向く。
「え!? こんな所でもコーヒーなの?
しっかし、コーヒー好きだねぇ……」
 雨の反応を予想していた遠夜が反論する。 
「別に、コーヒー中毒って訳じゃないよ」
 ぶちぶちと視線を外しながら言う遠夜の様子に雨は笑い出した。
「あはは、でも榊君らしいよね」
 雨は再びメニューに視線を戻して考えた。
 たっぷり迷い、雨はメニューを決めた。
「私はパフェと、苺の紅茶がいいな」
「じゃあ、頼んでくる」
「あ、榊く……!」
 遠夜がすっと離れ、雨が止める前にカウンターへと歩いて行った。
 ここでは先にカウンターで注文し、それぞれのテーブルで運ばれるデザートを待つ方式を取っている。
 入園料の時と同じく、遠夜はここでも奢ろうと思っていたのだ。
 ――もしかしたら小石川さんの事だから、自分が二人分払おうとか思ってたのかもしれないけど。
 テーブルで待っている雨の方を振り返ると、下を向いて胸を押さえている。
 ――どうしたんだろう? 
    食べ過ぎて苦しいのかな。
「どうしたの? 小石川さん」
 戻ってきた遠夜が不思議そうに声をかけた。
「何でもないよっ」
 心拍数の上がった胸を押さえながら雨は言った。
 ――何でもないならいいけど、ちょっと様子がいつもと違うような……。
 しかしどこが、と言われると遠夜にも説明できない。
 そのうち運ばれてきたメニューには、サンプル以上に苺が使われているように思えた。
「ん〜、美味しい!
苺と生クリームは永遠の組み合わせだよ!」
「さっきあんなに食べたのに、僕もまだ入りそうだな」
 ――今日はすごく食べ物が美味しい。不思議だな。
    それに、ここでは素直に笑ったりできる……。
 目の前で嬉しそうに苺パフェをスプーンで口に運ぶ雨を見ながら、遠夜はそう思った。

 
 カフェで飲み物までゆっくり楽しんだ二人は、今度は路地物の苺畑に向かう事にした。
 まだ時間はあるので、広い園内を散歩するつもりだった。
 路地物はハウスの物より苺が出来るのが遅く、その分ちょうど摘み頃の盛りを迎えていた。
 苺畑のまわりに植えられた水仙が、風に黄色い波を打たせている。
「もう、さすがに入らないね」
「あはは、でもつい手が出そうだよ」
 海風が何本も連なる緑の畝を渡っていく、その風の行方を見ていた雨に、遠夜は話しかけた。
「小石川さん、ありがとう」
 あらたまった口調に、雨が振り返る。
「僕がこんな風に何も考えないで過ごせたの、すごく、久しぶりだった」
 雨はいつもパンを買う店で働いている女の子だけれど、自分を気にかけてくれる大切な人でもある。
 陰陽師の自分を知っても、それを受け入れてくれた。
 けれど恋人、と名前を付けるような関係ではまだないように遠夜は思う。
 にこ、と遠夜はぎこちなく笑った。
 自分でも意識して笑顔を作るのが照れくさい。
「だから、ありがとう」
「榊君が喜んでくれたら、私は嬉しいよ」
 雨も遠夜に微笑む。
 ――良かった、そう言ってくれて。
 遠夜はふわりとした優しい空気に包まれたような気がした。
 こんな気持ちを持てる相手が傍にいる事を感謝したい。
 でも、甘い雰囲気はまだ自分には少し早いような気もする。
 と、雨が思い出したように口を開いた。
「ところでお土産何にしよっか?
『姉ちゃんだけズルイ』って言われちゃうよ。
お菓子がいいかなぁ」
 あらかじめ摘まれてパックに入れられた苺や、ジャムやクッキーなどのお菓子類も売店には用意されている。
 顎に手を当てて遠夜が考えた。
「まだ時間あるから、苺を二人で摘もうか?
自分たちで摘んだ方が新鮮だし」
「それいいね、そうしよう!」
 二人は持ち帰り用の苺パックをもらいに、苺畑の外へと歩き出した。


(終)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5332 / 小石川・雨 / 女性 / 16歳 / 高校生 】
【 0642 / 榊・遠夜 / 男性 / 16歳 / 高校生/陰陽師 】

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■         ライター通信          ■
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榊遠夜様
初めましてのご参加ありがとうございます。
普段はかなり殺伐としたノベルを書いている身ですので、たまにこういったのんびり・ほのぼのとした物も書きたくなります。
殺伐シリアスも好きでやっているのですが(笑)
無表情がデフォルトの遠夜君ですが、今回はリラックスしているという事で笑うシーンを多く入れました。
文中には出ていませんが、使い魔二匹も苺畑の端っこで蝶を追いかけたり遊んでるんじゃないかな〜と思います。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!