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掃除茸
●序
茸研究所にて日夜茸の研究を繰り返している木野は、ふと資料を探してうろうろと研究所内をうろついていた。小さな声で「これじゃない、あれじゃない」と呟きながら、所内に転がっているたくさんのもの達を退かしながら探していく。その度に、ぶわ、と埃が舞う。
そんな木野の様子を見、赤い傘を持つキャサリンがぐに、と小首をかしげるようなジェスチャーをした。
「ああ、キャサリン。実はちょっと捜し物を」
ぐに、と今度は逆方向に傾く。
「確かこの辺に……あ、これです!」
木野はそう言いながら、机の上に積み重ねられた本の下にある薄っぺらいノートのようなものを引っ張った。
がしゃんっ!
そんな無理にやろうとすれば、何が起こるかだなんて分かっていた筈なのに、木野はやらかしてしまった。辺りには、積み重ねられていた本が散らばり、更にその本の塔が崩壊した事による余波が巻き起こした散乱状態が広がってしまっている。
「……あーあ」
ぽつり、と木野は呟く。キャサリンも呆れたように、ぐに、と前方に傘を動かした。
その時、木野の目が何かを捉えた。木野は慌てて、視界の隅に存在した小さな物体に駆け寄る。
「きゃ、キャサリン!茸ですよ、茸。しかも、新種っぽいです!」
大はしゃぎの木野に、怪訝そうなキャサリン。そんな新種らしき茸よりも、今は散乱状態を何とかした方がいいのは、一目瞭然だ。
キャサリンはそれを分からせようと、木野の足元でぴょんぴょんと飛び跳ねた後、散乱状態の部屋の中をぴょこぴょこと動き回る。
つるっ。
キャサリンは、転んだ。痛いのか、ぴくぴくと床で悶えている。
「キャサリン!大丈夫ですか?」
木野は青くなりながら、キャサリンに駆け寄る。そっと抱き上げると、キャサリンはふるふると体を震わせた。怖かったのだろう。
「これはいけませんね……。一度しっかりと掃除しなければ、キャサリンの足元も危ないし……茸の研究も捗りません!」
木野は力強くそういうと、掃除を手伝ってくれそうな人々に向けてメールを発信するのだった。
●集合
木野からメールをもらったシュライン・エマ(しゅらいん えま)は、小さな声で「あらあら」と言いながら苦笑する。
「こまめに掃除しないとね、木野さん」
シュラインはそう言って、木野に了承のメールを送る。
「掃除といったら、やっぱり割烹着が必要よね。それに……キャサリンちゃんにエプロンを作って行っちゃおうかしら?」
そう呟いた後、小さく「あ」と声を上げる。
「そういえば、キャサリンちゃん滑って倒れちゃったってあったわね?なら、その対策も必要よね」
裁縫道具を取り出しながら、シュラインはそう言って小さく頷く。様々な布の入っている箱から、ちりめんの布と滑り止めのゴムを取り出す。これで底が滑り止めのゴムがついた巾着状のものを作れば、キャサリンが床を滑らないようになるだろう。
「差し入れも持っていこうかしら」
やっぱり季節物がいいわよね、とシュラインは小さく呟きつつ、カレンダーをじっと見つめる。そうしてこどもの日が近いのを確認し、柏餅へと決定を下すのだった。
掃除当日、研究所には総勢6人が集まった。木野は満面の笑みで、皆を迎え入れる。
「良く来てくれました」
「そりゃ、あんなメールを貰ったら来ますよ。掃除道具まで埋まっているだなんて」
櫻・紫桜(さくら しおう)はそう言って苦笑する。汚れてもいいような服装に、手には箒とちりとりを持っている。掃除機くらいはあるのだろうと信じていたものの、それは木野によってあっけなく裏切られてしまったらしい。
「木野さん、キャサリンちゃん怖がらせたらだめなのー」
藤井・蘭(ふじい らん)はそう言ってキャサリンの傍により、傘をなでなでする。そっと「僕もお手伝いするから、大丈夫なの」と励ましている。手には家から持参したらしいぞうきんの姿がある。
「悶えるキャサリン、是非もう一度みてみたいのですが」
マリオン・バーガンディ(まりおん ばーがんでぃ)はそう言って、じっとキャサリンを見つめる。キャサリンはびくりと身体を震わせたが、マリオンの視線はキャサリンから離れる事はない。手にしているハタキをぷらぷらと振り回している。
「あら、もう滑ってこける事はないわよ?ほら」
シュラインはそう言って、鞄からちりめんの布で作った巾着のようなものを取り出す。キャサリンの身体にそっとしたから被せ、きゅっと外れない程度に結んでやる。底にはゴムがついており、滑らないようになっているらしい。嬉しそうにキャサリンはぴょんと飛ぶ。
「喜んでもらえて嬉しいわ。エプロンも作ってきたから、つけましょうね」
シュライン自らも割烹着を着、キャサリンにはエプロンを着せる。ほのぼのとした風景である。
「それにしても、本当に木野はキャサリンを大事にしているのか?前からずっと木野とキャサリンを見ていたが、どうも無頓着すぎる」
守崎・啓斗(もりさき けいと)は真面目な顔をして木野とキャサリンを見る。いや、主にキャサリンを。
「無頓着、ですか?」
おどおどとしながら木野が言うと、啓斗はこっくりと頷く。
「きゃさりんという、高額で売れ……もとい、茸がありながら新種新種と」
「そう言われても、僕は茸の研究を」
「本当に大事なら、もう少しきゃさりんが何を言わんとするのか分かるはずだ!」
びしっ。
木野の台詞を遮って、啓斗は言い放つ。木野は気の無いような「はあ」という返事をする。
「兄貴が、茸が絡んでいるのに真面目な事を言ってる。すっげ珍しい!」
がーん、という効果音でも聞こえてきそうな表情をし、守崎・北斗(もりさき ほくと)がそう言った。
「そうかしら?」
シュライン、ちょっと疑問。
「高額で売れるとかいう言葉がちらりと聞こえたんですが」
紫桜、やっぱり疑問。
マリオンと蘭はエプロンと巾着型滑り止めを着たキャサリンを挟んで、楽しそうに戯れている。
「雨でも降るんじゃないだろうな?」
北斗はそう言って空を見上げる。抜けたような青空が広がっている。力争奪とか言う物騒な戦いが、同じ空の下で繰り広げられているとは到底思えない。
「そ、それじゃあそろそろ始めましょうか。何せ、凄い状況でして」
啓斗の説教から逃れるように、木野は皆を振り返る。啓斗は小さく「ちっ」と舌打ちをするのだった。
●掃除
木野は皆を見回し、ごほん、と咳払いをする。
「では、始めましょうか」
「木野さん、凄いってどれくらいなのー?」
蘭が尋ねると、木野はにこっと笑ってドアを開放する。そして、一同は絶句する。
山。
そう表現するのが一番近いだろう。何から形成されているかは良く分からないが、とにかく山が研究所内に点在している。唯一無事に見えるのが、炬燵くらいか。
「炬燵だけ、何で無事なんだ?」
不思議そうに北斗が尋ねると、木野は恥ずかしそうに「いやー」といいつつ後頭部を掻く。
「寝床くらいは確保しないと、と思いまして」
「え。あれが寝床なの?」
驚くシュラインに、木野はきょとんとしながら「はい」と答える。
「気持ちは分かるのですが、布団の方がいいと思うのです」
マリオンはそう呟き、じっと炬燵を見る。なるほど、確かに枕のようなものが確認される。
「掃除のしがいがありそうだな。今回は奉仕略奪、栽培繁殖、高額出荷は棚の上において掃除をしなければいけないな」
たくさんの不振な言葉を呟きつつ、啓斗はそう言って部屋の中を見回す。
「掃除するに当たって、気をつけることはありませんか?機密資料とかあるのなら、触らないようにしないと」
紫桜が言うと、木野は笑いながら「大丈夫大丈夫」と言って手をひらひらと振る。
「全てロックをかけたMOディスクに入れてますから、大丈夫です」
「あら。でも研究するに当たってのメモもあるんじゃないのかしら?」
シュラインの問いに、木野は苦笑交じりに「ありますけど」と答える。
「おそらく、意味不明だと思いますよ。何しろ、僕でさえ時折分かりませんから」
駄目じゃん。
皆の心からの突っ込みが、聞こえてくるかのようだ。
「じゃあ、ともかく綺麗にする事を目標とすりゃいいって事だな」
北斗がまとめると、こっくりと木野が頷いた。
「それじゃあ、外に敷物やダンボールを強いておくから、まずは外に出して部屋中を綺麗にしましょうか」
「あ、本等は私に任せて欲しいのです。本の取り扱いなら、大丈夫なのです」
マリオンは「はい」と言わんばかりに、元気良く挙手する。
「俺もほんの整理する。すげー量だもんな」
北斗はそう言って本棚周辺を見る。確かに、一人では無理な量が所狭しと山となっている。
「それじゃあ、俺は力仕事を引き受けましょうか。大きな荷物とか、外に持ち出しますよ」
紫桜はそう言うと、啓斗は「では」と言う。
「俺も手伝おう。箪笥の裏だとかにうまくいけば、珍しい資料だとか茸の新種が見つかるかもしれないし」
啓斗はそう言って、ぐっと拳を握る。棚に上げておく、という言葉がほんの少しだけ曖昧になったようなニュアンスなのは、気のせいだろうか。
「じゃあ、私は中全体を掃除するわね」
「僕も頑張るのー。おー!」
シュラインの言葉に、蘭はそう言って拳をあげる。と言っても小さな拳なので、頼もしいというかむしろかわいらしい。
そんな皆の様子に木野は「ありがたいですねぇ、キャサリン」と話しかける。キャサリンもぐにぐにと力いっぱい傘を前後に振る。床を滑ったというのは、余程恐ろしかったのだろう。
「ついでに新種茸を発見してくださいね」
にっこりと木野が言い放つ。皆の目がじろりと木野を睨みつける。
「見つけたらちゃんと教えるわよ。そのためにデジカメやビニール袋も持ってきたし」
シュラインは苦笑気味。
「キャサリンちゃんをちゃんと大事にするなのー」
蘭は軽くご立腹。
「駄目ですよ、木野さん。まずは掃除です」
真顔で言い放つ紫桜。
「安心しろ、見つけたらちゃんと引き取ってやる」
何か違う啓斗。
「食えるといいな、それ」
大分変わってきた北斗。
「踊り食いはちょっといやなので、動いたら食べないのです。料理をしていただけたら食べるのです」
マリオンにいたっては、条件がついてきた。
木野は皆の意見を聞いて「うっ」と呻きながら俯く。余計な発言は、全て自分にしっかり返ってくることを思い知ったようだ。
そんな木野に対し、キャサリンはぴょんと跳ねた。慰めているのか、それとも皆の意見に加勢したのかは分からない。
ただ一つ確かだったのは、そんなキャサリンの姿に木野が少しだけ癒されたという事であった。
因みに、キャサリンはシュラインに滑り止めを作ってもらったという事もあり、シュラインと蘭のチームに加わる事になった。
「一緒にぞうきんかけるのー」
そういう蘭に、キャサリンは妙に嬉しそうだった。
「興奮して胞子を吹いたら火事になりそうですから、大人しくしてくださいね」
紫桜が念押しのように言うと、キャサリンはぐにっと大きく頷く。
「ええと、僕は……」
木野がおずおずと言うと、あたりを見回す。
「木野さんは、本をどうするかの指示を貰わないといけないのです」
マリオンの言葉に、木野は「あ、そうですね」と頷く。頼りない。
「時々、私も木野さんに聞く事があると思うわよ」
シュラインの言葉に、木野は「そうですよね」と頷く。やっぱり頼りない。
「力仕事でもかまわないぞ」
ぽつりと啓斗が言ったが、木野は「遠慮します」と言って首を振る。
「ま、無難に本を手伝っとけよ」
北斗がそう言うと、木野はこっくりと頷いた。無難という言葉に多少寂しさを覚えつつ。
シュラインと蘭は、啓斗と紫桜が重い荷物をどけたところから綺麗にしていく。まずは窓を開け放して風通しを良くし、上から下へと埃を落としていく。
「何が落ちてくるか分からないから、気をつけましょうね」
「はーいなのー」
蘭はそう言って、ふと転がっている本を発見する。
「シュラインさん、何か見つけたのー」
シュラインが受け取ると、それは『月刊KINOKO』という雑誌だった。
「僕には難しいのー」
蘭はそう言って、じっと雑誌を見る。シュラインはぱらぱらと中を見るが、中にあるのは茸ばかり。茸生息地マップから、おいしい食べ方、投稿コーナーまで充実している。
「こんな雑誌あったのねぇ」
「どうしたらいいのー?」
きょと、と尋ねる蘭に、シュラインはにっこりと笑う。
「これ、北斗君とマリオン君の片付けているあたりにそっと置いてきてくれるかしら?本だから、なんとかしてくれるわ」
「はーいなのー」
蘭はそう言うと、雑誌をそっと本の整理をしている二人の所に置いてくる。これで、山のようになっている本の一つとして、あの二人が何とかしてくれるはずだ。
シュラインは掃除を再開する。至る所に混在するレポートやノート類は、木野本人に指示を仰ぐようにし、片付けた端から綺麗にしていく。
「それじゃあ、蘭君。そろそろぞうきんがけに突入しましょうか」
「ぞうきん出動なのー」
シュラインの言葉に、蘭は目を輝かせながら雑巾を取り出す。キャサリンも雑巾の上にぴょんと乗り、ごしごしと吹き始める。
「おそうじーぴっかぴかなのーきれいなのー」
「あら、蘭君。それはお掃除の歌?」
楽しそうに歌う蘭に尋ねると、蘭はこっくりと頷く。
「作ったのー」
「それじゃあ、私も一緒に歌おうかしら?」
こうして、掃除をしながら二人で蘭の作った歌を歌うのだった。
●茸
全体的に綺麗になった時、突如悲鳴が響き渡った。
「ど、どうしたんですか?」
慌てて木野が駆け寄ると、悲鳴の主であるシュラインが身体を震わせながら一方向を指差す。
そこには、もぞもぞと何かが動いていた。そう、何かが。
「シュラ姐、まさかあれって」
北斗がごくりと喉を鳴らしながら言うと、シュラインは顔を青くしつつ「間違いないわ」と呟く。
「きっと、あれよ。あれなのよ」
茶色の羽の、艶やかなアーモンド形の、例のあれ。そうとしか思えなかった。
「それは困ったのです。木野さん、スプレーとかないのですか?」
マリオンが尋ねると、木野は首を横に振る。
「菌を殺してしまいそうなので、殺虫剤の類はないんですよ」
「なら、普段はどうしているんだ?ホウ酸団子か?」
啓斗が尋ねると、木野は首を横に振ってガムテープを取り出す。
「これを裏返しておいてるんですが」
「絶対効かないでしょう、それ」
紫桜が言うと、木野はこっくりと頷いた。一匹もかかった事はないのだという。
「あれって、ごき……」
「言わないで、言わないで蘭君!」
名称を言うのも拒否らしい。蘭は「うーん」考え抜いた挙句、ぽんと手を叩く。
「あれって、ごーさんなのー?」
「その可能性は高いのです。何しろ、この研究所なのですから」
至って冷静にマリオンが言う。
「こんな不衛生なところに、キャサリンはおいていけないな」
啓斗はぽつりといい、ちらりとキャサリンを見る。キャサリンは別の意味でびくりと身体を震わせた。
「とにかく、あいつを何とかしようぜ」
北斗はそう言い、ぐるぐると雑誌を丸める。『月刊KINOKO』と書いてある雑誌を。
「ほほほほ、北斗君!そ、その雑誌はちょっと!」
「何言ってんだよ、木野。そんなん選んでいたら逃げられちまうだろ?」
木野が制するのも無視し、北斗は大きく丸めた雑誌を振り掲げ、振り下ろし……直前で止めた。
「どうしたんですか?」
紫桜が尋ねると、北斗は苦笑交じりにひょいひょいと手を振って皆を招く。皆、そちらを覗き込んで「あー」と納得した。
一人恐れていたシュラインだったが、皆の反応に恐る恐る覗き込む。
「あら……」
思わず拍子抜けして見つめる先には、もぞもぞとうごめく茸の姿があった。8本が束になっている、見た目はエノキダケだ。色はエノキダケよりも、肌色に近いだろうか。
「こんなところにいたんですね、新種茸!」
木野は感激している。
「あれ、食べられるのですか?」
「いや、それよりも売った方が儲かるかもしれない」
「でもさー、食っても美味いかもよ?兄貴」
マリオン、啓斗、北斗の物騒な会話に、思わず木野が「やめてください」と突っ込む。
「これなら別に怖くないわねぇ」
シュラインはやれやれといった様子でデジカメを取り出し、茸を撮影する。
「不思議な茸さんなのー。でも、何で8本しかいないのー?」
不思議そうに呟く蘭に、紫桜ははっとし、すぐに「まさかですよね」と言い直す。
「どうしたのですか?」
「いや、とても下らない説を考え付いてしまったので」
マリオンの問いに、紫桜は苦笑交じりに首を振る。
「いいじゃねーか、言ってみれば」
「そそそ、そうですよ!インスピレーションは、研究にとって不可欠なんですよ」
北斗の言葉に、妙に力強く木野が同意する。紫桜は「ええと」と言いながら口を開く。
「8本だったら、ヤマタノオロチみたいだな、と思ったんですよ」
ヤマタノオロチ。エノキダケなのに。1本の身体に8本の頭がついている、伝説の竜。確かに、8本が集結している姿は全く似てないともいえなくも無いが。
だが、その程度だ。
「……流石にそれは無いだろう」
冷静に言う啓斗に、紫桜は「ですよね」と頷く。が、木野だけが妙に手を叩いている。
「素晴らしい!それは、とても素晴らしい説ですよ」
「もっと冷静になった方がいいんじゃないかしら?」
シュラインの言葉も、興奮する木野には届かない。
「ならば、僕は名づけましょう!これは、ヤマタノエノキです!」
まんまだ。
そのまんまだ。
皆の心は一つにまとまる。まさに、目の前でぐにぐにとうごめくエノキダケのような茸(命名ヤマタノエノキ)のように。
「キャサリン、なんと素晴らしいのでしょうか!こんなところで、神々しい名前と出会う事ができるなんて」
神々しいとはいえ、所詮はエノキ。エノキダケにそっくりなのだ。伝説のヤマタノオロチが知ってしまったら、たいそう嘆いてしまうであろう。
キャサリンは嬉しそうな木野を見て、戸惑っているようだった。ヤマタノエノキに嫉妬するだとか、何となく気に食わないだとか、そういう感情ではない。ただ、妙にはしゃいでいる木野に対して戸惑いを見せているのだ。
「キャサリンちゃん、嫌になったらうちに来てもいいのよ」
と、真剣な眼差しで誘うシュライン。
「うちに来てもいいのです。悶える姿を見せてくれてもいいのです」
と、何かが少しだけ間違っているマリオン。
「うちにきたら、一緒に日光浴するのー」
と、目的の方向がずれてきている蘭。
「木野さん、このままいっていいんですかね?」
と、不思議な疑問に囚われる紫桜。
「よし、それじゃあ間を取ってうちに来ればいい。綺麗にラッピング……もとい、ドレスアップさせてやる」
と、明らかにつめて帰るための袋を用意する啓斗。
「兄貴兄貴、それは今回なしなんだよな?」
と、慌てて突っ込みを入れる北斗。
各々が呆然としつつ、一人嬉しそうな木野を見つめる。木野一人、おおはしゃぎ。
「……それじゃあ皆で、柏餅でも食べましょうか。もう綺麗になった事だし」
シュラインはそう言い、持ってきた鞄から柏餅の入ったタッパを取り出す。皆、その誘いにこっくりと頷いてから掃除の疲れをさり気ない甘さの柏餅で癒す。シュラインが作っただけあり、程よい甘さの餡がほろりと疲れた体に染みていく。
「ああ、素晴らしい!」
そんな中、木野だけがまだ嬉しそうにヤマタノエノキと向かい合っているのだった。
●結
ようやく興奮から冷めた木野によって、掃除が全て終了した。終えてみれば、始める時とは全く違ったものとなっていた。
「皆さん、有難うございました」
「新種茸も見つかってよかったわね。でも……ほどほどにね?」
シュラインは苦笑して言うと、木野は恥ずかしそうに「はい」と答える。
「今度は本を読みに来るのです。それまで、今の状態を維持していて欲しいのです」
マリオンがそう言うと、木野は綺麗になった本棚を振り返り、こっくりと頷く。
「ダンボールで専用袋大のごみ箱作っておいたから、使っていいぜ。それと、机の近くには小型冷蔵庫置いたらどうだ?冬になったら保温庫になるやつな。夏場便利だぜ?」
北斗はそう言い、更に「最悪、皿はラップしいて使ったら洗わなくていいぜ」とアドバイスを送る。木野は一つ一つ感心しつつメモを取っていく。
「今回は何もしないが、この状態が続くようだと俺にも考えがあるから」
啓斗はそう言って、手にしているゴミ袋をぎゅっと握り締める。妙にもごもごと動いている。
「兄貴、キャサリン何処に持っていくんだよ?」
北斗が慌てて言うと、啓斗は「あ」と言ってようやく手にしているゴミ袋の口を開ける。中からキャサリンがぴょんと飛び出し、木野の後ろに隠れて怯える。
「ごめん、ついうっかり」
無意識のうちに袋に入れてしまったらしい。茸にかける情熱は、おそらくこの場にいる誰よりも負けないかもしれない。北斗はそんな啓斗を見、はあ、とため息をつく。何故か、ほっとした表情をしつつ。
「今度はお部屋をきれいにつかうなのー!」
びしっと突っ込みを入れつつ、蘭が言い放つ。木野は震えるキャサリンをなでつつ「分かりました」と答える。
「本当に気をつけてくださいね。あんなに埃があっては、ちょっとキャサリンが興奮するだけで大火事ですよ?」
紫桜の言葉に、木野は神妙な顔をして頷く。確かに、小火では済まされないかもしれない。
「これからは、なるべく気をつけますから」
木野の言葉を信じ、皆は茸研究所を後にする。そうして残された木野とキャサリンは、皆の姿が見えなくなってから研究所の中に入った。
皆のお陰で綺麗になった、研究所内に。
「新種茸も発見できましたしね」
ぽつりと木野はいい、炬燵に入る。大分暖かくなってきたのだが、それでも何故か炬燵に足を入れてしまう。キャサリンは座っている木野の膝に、ぴょんと乗る。
「おや?」
木野はふと、炬燵の上においてあるタッパに気づく。中を開けると、シュラインが作って持ってきていた柏餅の残りが入っていた。
「……いただきましょうか」
ぐに、と頷くキャサリンに微笑み、木野は柏餅を口にした。ほんのりとした笹の香りが、ほろりと甘い優しい味の餡が、一日の疲れをとるかのようだ。
「お日様の匂いがしますね」
炬燵布団に顔をうずめて言うと、キャサリンもそれに同意するかのように、ぐに、と傘を前へと振るのだった。
<台所の端でヤマタノエノキがうごめき・了>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0554 / 守崎・啓斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 0568 / 守崎・北斗 / 男 / 17 / 高校生(忍) 】
【 2163 / 藤井・蘭 / 男 / 1 / 藤井家の居候 】
【 4164 / マリオン・バーガンディ / 男 / 275 / 元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【 5453 / 櫻・紫桜 / 男 / 15 / 高校生 】
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■ ライター通信 ■
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お待たせしました、コニチハ。霜月玲守です。この度は「茸掃除」にご参加いただき、有難うございます。
今回、蒔本絵師とのコラボとなっております。足を引っ張っていない事を密やかに祈るばかりでございます。
シュライン・エマさん、いつもご参加いただき有難うございます。キャサリンにエプロンと巾着を着せてくださって、嬉しいです。きっと愛用する事でしょう。
今回、個別文章となっております。お暇な時にでも他の方の文章を見ていただけると嬉しいです。
ご意見・ご感想等心よりお待ちしております。それではまたお会いできるその時まで。
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