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桜の下で会いましょう。
「ねーねー、幇禍くん!お花見しよーよっ!」
「・・・・・・はい?」
ある暖かい春の日。広大な鬼丸邸に一人娘の鵺の声が響いた。
声をかけられた幇禍は丁度そのとき洗濯物を干していて、布団カバーのシワを伸ばしている手が止まった。黒いスーツに白いエプロンと布団カバーがよく映える。
鵺の手は幇禍の上着の裾を握り締めている。
そんなにこにこと笑っている鵺を上から見ると、ちょっと、正直な所、かなり可愛らしい。
表情にこそ出ないが、幇禍の内心はかなりメロメロだ。「はい?」とか言っているが、行かないつもりは無い。鵺がカーネギー・ホールでカラオケがしたいといえばあの手この手そっちの手を使ってでも実現させてみせる。鵺の為ならたとえ火の中水の中。てか不死なので全然厭わずに飛び込めます、幇禍27歳。
「お花見ですか。それはまた突然ですね」
「うん。あのね、パパが言ってたの。桜の木の下には死体が埋まっているから綺麗なんだよ〜って」
「なるほど」
昔からよく言われているネタである。あの飛びぬけて奇人の連中の中でも恐らく飛びぬけて奇人であろう、幇禍の主人の事だから、もしかして、主人は死体が本当に埋まってる桜を知っているかもしれない。
「だからね、埋まっている所見てみたいの。今日お天気いいから、行こうよ、幇禍くん!」
ふわっ、と鵺が笑った。上着の裾を掴んで駄々をこねる様にちょっと左右に振る。そんな様子を見て幇禍は思わず目を逸らす。
か、可愛い・・・・・・っ!
魏・幇禍27歳。ドSですが決してロリコンじゃありません。
たまたまベタ惚れした相手が13歳だっただけです。
そんな誰とも無く言い訳をしてみる。普段はそんな事はしないのだが、今日に限ってしたくなったのは、とてもいい天気だったから・・・・・・。単純に言えば、鵺の笑顔が眩しかったのである。
日差しと笑顔にノックアウト。若さと愛らしさが揃えば、それは必殺の武器となる。
「それとも、幇禍くん忙しい?忙しくても鵺に合わせられるよね?」
「はい。構いませんけれど、何処に行かれますか?」
「んっとね〜、パパが言ってたんだけど、“あおやまれいえん”っていう所がいいんだって。桜も沢山あるみたいだよ」
「なるほど」
今朝見たテレビでは、もう都内の桜は殆ど散りかけているという事なのだが、今日の内ならまだ花見も出来るだろう。
花見をメインにするとなれば、青山霊園よりも、井の頭恩賜公園や上野恩賜公園、隅田公園に千鳥ヶ淵と小金井公園あたりがいいらしい。だが今回は鵺たっての要望により、“本当に桜の下には死体が埋まっているのかどうか確認しに行こうYO/2006”であるから、青山霊園でいいと思われる。
「今すぐに出発した方が宜しいですか?」
「うん!」
「では申し訳ありませんが、少々お待ち頂けますか。洗濯物を片して、着替えてまいりますので。それと、お弁当を作りますから」
「あっ、じゃあね、じゃあね!鵺も着替えてくるっ!幇禍くんこそ待っててね、先に行ったらヤだよ!?」
言うが早いか、鵺は広大な邸宅の広大な裏庭からダッシュで去っていった。
幇禍が鵺を置いて行く訳が無いのに、一々確認していく辺りが可愛い。人知れず、幇禍は頬を染めてにんまりと笑った。
多分、他に人が居ても無意識のうちにニヤけていたかもしれないけれど、まあそれはまた別の話し。
「お待たせっ、幇禍くん準備できた?」
しばらくの後、鵺が幇禍の自室にやってきた。
先程の簡素な室内着ではなく、春らしい薄い桜色のキャミソールワンピースに白いボレロカーディガンを羽織っている。手にはコサージュのついたカコバック。
幇禍の方も、シャツの襟元を少し開けていて、陽気にも耐えられるよう風通しはよさそうな格好だ。このスーツは先月ぶらっと行った街で買ってきた。今は上着は脱いでいるのだが、なんだか有名なブランドのものだったように幇禍は記憶している。尤も、幇禍は背が高くスラリとしたスタイルなので、安物のスーツを着ていても様になる。
スーツの妙齢の男性がエプロンを着けて料理をしている。一部の女性にはかなりオイシイ状態だと思われる。
「これにね、幇禍君のお弁当入れていくの」
ぴっ、と出されたカゴバックは、鵺が持つには少し大きめだったのはそんな理由があるらしい。幇禍は中華に限定して言えばかなり料理上手で、鵺も何度もご相伴に預かっている。屋敷お抱えの料理人の作るものより幇禍のお手製のほうが気に入っている。
「もう少し待っていて下さいね」
誰かさんとか誰かさんには絶対に見せないであろう満面の笑みで幇禍は答えた。
八角形の漆器で出来た弁当箱には、色取り取りの具材が散りばめられている。
東坡肉、いわゆる中華角煮。脂身もキッチリあるのだが、味はねっとりとしていない。食べ過ぎると健康によろしくないが、その分コラーゲンがタップリだ。XO醤で丁寧に炒めたホタテもある。かなりのできばえであると幇禍は自負している。今日の厨房に入荷されていたアワビもこっそりとパク・・・・・・もとい、頂戴してきた。殻付きの方が断然が豪華さは増すのだが、今回は見栄えよりも“アワビが沢山”という響きを取り、食べやすいサイズに切って並べる。
他にも沢山用意したが、全てを連ねると何だか料理番組みたいになるので割愛。
鵺は幇禍がテキパキと具材を弁当箱に詰めていくのを、大きな赤い目をクリクリとさせてその作業を見守っている。
待つ事しばし。
「出来ましたよ」
箱を斜めにして、鵺に完成した弁当を見せる。
「わぁ〜、美味しそうっ!」
華美すぎない程度に飾り付けられた弁当を見て、嬉しそうに感嘆の声をあげた。
「あう〜、今食べたいけどっ!お弁当はお花見しながら食べなくちゃなの〜」
そんな鵺を、本当にとろけそうな眼差しで幇禍は見守る。
今の彼のキャッチフレーズは、“果報者、俺”だろう。キャッチフレーズが付いたからなんだといわれればそれまでなのだが、まあとにかくそうなのである。
「少し余っていますから、お食べになりますか?」
「ん〜・・・・・・う〜・・・・・・」
腕を組んでじっくり考え込んでいる。
なんならお嬢さんに、あーんして、とかで食べさせて差し上げたい・・・・・・!
アワビなんて手頃な大きさじゃあないか!?
ぎゅっと拳を握り締めて幇禍は自分の欲求を耐え忍ぶ。一歩間違えると危ない道に入ってしまいそうだ。
「やっぱり我慢する!」
「・・・・・・そうですか。では、バッグに入れましょう。俺が持って行きましょうか」
「ううん、大丈夫。鵺が持ってく」
小ぶりに見えたカゴバッグだが、口を広げると意外と広くて、八角形をしている弁当箱もすんなりと入った。割りと量を大目にしていたので、見た目よりもずっしりと来ている。霊園の中を歩いていると段々重くなってくるかもしれないが、その時に代われば鵺の気も済むだろう。
お嬢さん・・・・・・そんな所も可愛らしい・・・・・・!
魏・幇禍。重ね重ね、決してロリコンではないんです。
「じゃ、準備おっけーだねっ。行こう、幇禍くん」
「はい。車で行きましょうか」
「幇禍くんのどらいびんてくにっくは凄いもんね〜」
元々幇禍は不法入国者だったのだが、最近雇い主−つまり鵺の義父がが謎のコネで正式に外国人登録してきたので警察にも堂々と行ける。ちゃんと運転免許証も持っている。前は偽造だったが、今は検問に引っかかっても警察官に突きつけることが出来る、ちゃんとしたものだ。
ちなみに、教習所に通って取得したかどうかはヒ・ミ・ツ☆
部屋の外に出ると、心地よい春風が二人を覆う。
鵺のスカートが可愛らしくひらひらと舞い、幇禍のスーツの上着の裾が軽やかに踊る。そんな鵺にちょっとときめいてしまう。
しかし犯罪とかいう理論は無い。
だって愛があるもの。
車はイタリアの超高級車、マセラティ。フェラーリに比べると知名度では劣るかもしれないが、古くからモータースポーツシーンで大活躍してきたという実績を持つ。前者は本格的なスポーツカーメーカーであるのに対し、後者はその乗用車版を作るメーカーといった性格を持つ。このマセラティはグランスポーツ・スパイダーという車種で、美しく機能的なデザインが採用され、スポーツマインドと同時に伝統的な優雅さも備えたコクピットはマセラティとなっている。
日本での発売はようやく今年の1月からされている。
蛇足ながら、価格は1500万円強。
比較的幇禍が乗ることが多いからか、中は幇禍風に若干カスタマイズされている。特に後部座席。少しはみ出す位トランク部には物が積載されている。それらの八割は幇禍の趣味の通信販売によって購入されたもので、車に関するものだったから武器庫に直行とならずにここで無為の日々を送らされているといるのだ。
「これ邪魔」
助手席のすぐ後ろにまで、東京では滅多にお目にかかる事が出来ないであろう雪掻き棒がニョロリと伸びていた。鵺の身体に触れる事はないが、圧迫感が鬱陶しい。
ヒョイと後部座席に雪掻き棒を放り投げる。
シートベルトは嫌いだが、つけていないと色々と面倒なので、渋々と装着する。
南青山に行くまでの我慢である。本当は我慢なんてするくらいなら行きたくない!とゴネる所なのだが、それを押してでも霊園に行きたいのだ。
鵺がぷーっ、とちょっと頬を膨らました。それを見て、幇禍は軽く微笑んだ。
「着いたーっ!」
車が停車してまもなく、鵺がさも息苦しかったと言わんばかりに助手席から飛び出した。幇禍もそれに続く。カコッという軽く音がする。ちゃんとキーがかかった様だ。
「楽しかったね、お巡りさんとのデッドヒート!」
にこにこと笑いながら鵺が伸びをしていた幇禍を見上げる。
実は首都高を通ってきたのだが、中途半端に道が空いていたので、“凄腕のどらいびんぐてくにっく”を持つ幇禍は車の縫い目を通り尚且つ相当なスピード、そしてパワーでかっ飛ばした。そこまではいいのだが(※危険です。真似しないで下さい)、運悪く巡回中であろう警察官に見つかり、首都高で一歩間違えば極楽へ一直線☆なカーチェイスをする羽目になったのだ。
しかしいくらパトカーとはいえ、スピード命、400馬力を誇り最高時速は285キロに達するマセラティな上、交通規則などお構い無しに走る車を相手には勝てない。
車と車の縫い目を切って走ると、はっきり言って絶叫マシンなんて目じゃないほどに興奮する。鵺はそれらよりも幇禍と車に乗るが楽しいので好きだ。
「楽しんで頂けましたか?」
「うん、すっっごい!」
まだまだ興奮冷めやらぬ鵺の笑顔を見て、幇禍はこの上もなくシアワセなキモチになった。鍛え抜かれた運転技術は貴方の為に!ってなもんだ。
「じゃ、早く桜を探しに行こ・・・・・・あれ?おやびん・・・・・・かな?」
「え」
心底嫌そうな声が出る。この幸せなひと時になんで鵺の言う所の“おやびん”が出てくるのか。鵺の視線の先に目を向けると、確かにそこにはおやびん−草間・武彦が居た。
なにやら警備員ぽい中年男性達に囲まれている。
−これは、無視した方が面白い。
鵺と幇禍の思考がシンクロしたのか、二人は目を合わせ、にやりと笑う。
「ね、ね、幇禍くん。そろそろお昼の時間じゃない?」
「えーと・・・・・・そうですね、いい頃合です」
身につけている時計はドイツの高級ブランド、クロノスイス。スイス生まれでないのにスイスとはこれ如何に。
「ああっ、警備員さん、あいつら!あいつらに頼まれたの!!」
マダオ・・・・・・もとい、草間・武彦の声が辺りに響く。この場合は“あいつら”とは勿論、鵺と幇禍の二人を指している。現に草間は二人を思い切り指で示している。お母さんから人を指さしたらいけませんと教わらなかったのだろうか。
「本当か?」
「本当ですって!俺は、あの二人に“無償で頼まれて”場所取りしていたんだって!」
「さっきは園内の特等席で、“まだ夜は寒ぃのにバイトで場所取りなんかするんじゃなかったぜあーしるこドリンクでも持ってくりゃー良かったかなコノヤロー”なんて大きな声で独り言いってたじゃないか」
「あそ・・・・・・それは、ね。なんつーの、言葉のアヤっつーか、なんつーか・・・・・・バイトって言っても、アレだよ。じゃんけんで負けて場所取りしてたんだよ。代わりに美味い弁当持ってきてくれるっつー確約がね・・・・・・」
しどろもどろになりながら、草間は必死で弁解している。ちなみに何故こんなに警備員に問い詰められているかというと、偏に“金銭が絡む場所取りは東京都条例違反”だからである。
追記:マダオとは、マるでダめなオとこ、の略。割と応用性が高いので、覚えていると特にもならないが損にもならないと思われる。
「おやびん困ってるねー」
「ですねぇ」
心配する素振りは欠片も見えない。
「それより鵺お腹すいちゃった。お弁当食べようよ、幇禍くん」
「そうですね。とりあえずまだ咲いている桜の元に行きましょうか」
草間を無視して二人は園内に入る。礼拝客はそこそこ居て、草間と警備員を痛々しく、そして興味本位で眺めていく。
「あっ、こら!二人とも逃げるなーっ!!」
さくさく歩き出した鵺と幇禍を煙が立ちそうな勢いで追いかける。
幇禍はひょい、と鵺を小脇に抱えて走り出した。軽快な足取りだが、かなりのスピード、そしてパワー。
「こらっ、幇禍!待ちゃーがれっ!!」
草間も警備員の手を振りほどき、幇禍の後を追う。
「あはははは!すごーい!ほら、おやびん、こっちこっちー!」
完全に鵺は楽しんでいる。幇禍に抱えられながら移動するのは、先程のカーチェイスの感覚と似ている様だ。
背後からは更に警備員の声も追ってきている。
幇禍&鵺が先頭を切り、後続に草間、そしてその後に警備員。
金のガチョウを思わせる集団を礼拝客は苦笑交じりで眺めている。
「草間氏、しつこいですよ。付いて来ないで下さい、無関係なんですから」
言外に“俺達の憩いのひと時を邪魔すんな”と付け加え、幇禍はスピードを上げた。
「無関係言うな!助けろっ!」
一応それなりの体力勝負は出来るのか、軽くスピードを上げた幇禍に辛うじて草間が追いついてきている。逃げ足が速いだけなのかもしれない。
「まっ・・・・・・待ちな・・・・・・」
警備員の方は戦線離脱。合掌。
どれだけ走っただろうか。
草間・武彦は少々意識朦朧になりかけている。フラフラと酔ってもいないのに千鳥足で覚束ない。
目の前には沢山木が連なっている。その内の一本の木に背中をもたれて、一息入れる。煙草の一本でも吸いたい所だが、流石に霊園内で喫煙はまずいだろう。
ふふ・・・・・・俺も随分と優しくなったものだ・・・・・・。
ぐぎゅる〜〜〜〜・・・・・・。
静謐な空気を纏う霊園内に間の抜けた音が鳴り響く。
−音源は草間・武彦の腹部。
「・・・・・・ああ・・・・・・」
思えば、もう丸二日も物を食べていない。ここまで貧困に苦しめられなければ、場所取りのバイトなんてしなかった。よって、今の苦しみもなかったのだ・・・・・。
空を仰ぎ見ればどこまでも澄んでいて美しい。僅かに残る桜の花が彩っている。葉桜の色と相まって素晴らしく美しい。
「あ、おやびん」
突然背後からかかった声に草間はギョッとした。
木の反対側からは鵺がちょこんと顔を出している。その更に向こう側には、幇禍がお茶を飲んでいるのが見える。そしてその幇禍の少し手前には、素人目にも高級品だという事が判る漆器製の弁当箱が。
「お、俺にもくれぇぇぇぇっ!」
ガバチョと弁当箱に飛び付くも、そこは既に空だった。
「丁度最後の一口が終わったところなの。食べ終わったから、おやびんに話しかけたんだよ」
悪びれて居なさそうであるのだが、何処となく黒い笑顔に見えるのは、草間の心が歪んでいるからだろうか・・・・・・俺遊ばれてる!?
「まあまあ草間氏。これ差し上げますよ」
「えっ、なに!?」
珍しく−本っ当〜に珍しく、幇禍が草間にそれはそれは優しく声をかける。そんな時は大抵腹に一物持っているのは判っているのだが、今回はその警戒心が吹っ飛ぶ程草間は空腹であるらしい。
「はい、バラン」
それは端的に且つ判りやすく言えば、寿司に付いてくる緑のビラビラ。アレの事である。
何故中華風の弁当にバランが入っていたのかは大いなる謎だが、草間の期待を裏切るには上出来の様だ。
幇禍は満面の笑み(※正直怖い)でバランを箸でつまんで、草間に差し出している。草間は半泣き状態だ。
「俺はもう丸二日マトモに食べていないんだよ!!」
「マトモにって事は、マトモじゃないものなら食べているんでしょう?食べられない人よりは恵まれていますよ」
「マトモじゃないもんは水なんだよ!」
「人間水だけでも2週間は生きていけるらしいですよ。それにいざって言うときは公園の鳩から豆を強奪したり、ここならお供え物もあるでしょうから、想像するよりも楽に生きて行けるんじゃないですか?」
「俺は人間の尊厳を捨ててまで生きていく気はなぁぁぁいっ!」
「ブラインドが勝っている様ならまだ大丈夫ですよ」
「むがぁぁぁぁ!」
幇禍VS草間のやりとりを、鵺は大爆笑しながら見ている。
草間の事を“おやびん”とか呼んでいるが、別に親分と慕っている訳ではないのでいいのである。むしろお気に入りのおもちゃ、という感が強い。
敗北したと思われる草間は芝生に突っ伏して、それらをブチブチ千切って屈辱感を露にしている。
『まあまあ、あんまり気にかけすぎると頭皮に異常が出ちゃいますよ』
「だからって・・・・・・だからってさぁ・・・・・・」
『もしかしたら、“嫌よ嫌よも好きのうち”っていうヤツなのかも!』
「それは・・・・・・そうなのかなぁ?」
『そうですよ、世の中前向き思考ですよ!いつでも心に弥栄を!』
「・・・・・・ねえ、幇禍くん。おやびんは透けてる人と知り合いなのかなぁ?」
「しっ。駄目です、お嬢さん。関係者だと思われたらどうなさるおつもりですか」
ー二人の指摘する様に、草間は“透けている人”と話し始めている。本人は気が付いているのかいないのか、意に介した様子は見せずにナチュラルに会話をしている。
その、透けている人、は若い女性に見える。服装は今風のものではなく、昨今の女性が着る事は極まれになった袴着である。青地に白い花の模様が散らさせた上衣と赤い袴着が若々しさをアピールしている。
の、だが。
透けているのでイマイチ若い女性の瑞々しさは伝わらない。
「キミはなんで透けてるの?」
直球です、お嬢さん!
『ええ、実は・・・・・・』
ふっ、と顔を背け、少女は言葉を続けようとするが、なかなか出てこないようだ。
「あ、そうだ。鵺達ね、お花見にきてるの。ゲンミツに言うと、桜の下に死体が埋まっているかどうか確かめに来たの。そんな木、知らない?」
『え』
呆気に取られた表情で少女は鵺を凝視する。彼女にしてみれば話が佳境に入る所だったのに、いきなり切られて驚いたのだろう。だが鵺にとっては彼女の身の上話よりも桜探索の方がはるかに大事なのだ。
「ここ、桜沢山あるみたいなんだけど、何処に死体が埋まっているかなんて判らないじゃない?この人が知っているとラクなんだけど」
「お、おい、なに?お前等そんな物騒な事しに来たわけ?」
「そうですよ。でも草間氏には何の関係も無いじゃないですか」
「無関係なわけねーだろぃ、俺とお前らの仲でさ」
「仲?仲ってどういう仲です。不敬罪で訴えますよ」
「不敬罪ってアレか、お前皇帝陛下かなんかかァァァ!?」
男二人はさておき。
『あ、あの、わたし。いい桜を存じ上げているんですけれど』
「ほんとに?じゃあじゃあ、案内してよ!」
『はい。わたしで宜しければ』
女性陣は割合仲良くやっているようだ。
「どうしたい。気の浮かない顔して」
「何お気楽な事言っているんですか。あの人透けているんですよ。お嬢さんにもしもの事があったらと思うと・・・・・・」
くるりと草間は幇禍から少女へと視線を移す。
「ヤベッ!あの子透けてんじゃん!ちょっと可愛いな、なんてトキメいて損した!!」
またも草間は芝生に突っ伏す。結構ショックだったのか、今度は芝生を千切るのではなく硬い地面をガンガンと殴っている。そんな草間を幇禍は痛々しい目で見た。
「・・・・・・前から思っていたんですけど」
「ん?なに」
「貴方馬鹿でしょう」
ズヴァリ。
草間は99のダメージ。残りHP1。草間・武彦、職業探偵。レベル1。
「幇禍くん、この人がいい桜知ってるんだって。案内してくれるから、行こうよ」
「おー、なんか判んないけど暇だから着いてってやるよ!」
「え。正直着てくれなくてもいいよ。おやびん煩いもん」
「煩いってなんだ!」
二人のやり取りを、幇禍はため息交じりで見ていた。
チラリと少女を見ると、彼女は人畜無害そうににこにこと笑っている。傍目から見れば無害に見えるが、そこはそれ、人間と同じで、外見だけでは判らない。
−まぁ、いざって時には・・・・・・。
チラリと草間を見る。
−アイツ犠牲にして逃げるか。
魏・幇禍。割とドSです。
「おー、桜庭選手ー、ぐれいしーにも負けーないぞ♪ おー桜庭選手ー、のげいらにも肉ー薄する♪」
右腕を元気に振りながら、鵺は元気よく歌い少女の導き道を先頭を切って進む。
すぐ後ろには幇禍が控え、しんがりには草間。幇禍が側に控えているのは事が起きたらすぐに鵺を助けられるようにであり、草間がしんがりなのは、その際にすぐに草間を生贄にして逃げられる様にである。
断じて草間の能力を評価しての配置ではない。
草間に命を預けるほど、幇禍は落ちぶれてはいない。
ーところで、ここは本当に霊園内なのか。
辺りは先程の晴天とは異なっている。天候が崩れてきたとか、そんな様子ではない。晴天は晴天なのだ。
ただ−
ただ、アスファルトで舗装されていた並木道ではなくなっている。並木道には桜の木が壮麗に植わっているはずなのだが、今視覚で確認できる木々は素人目に見ても桜のものではない。
幹は黒く葉は赤い。そして空は澄んだ青。
異様な世界が鵺と幇禍を包む。
幇禍は空を見上げ、嘆息する。いざという時は草間を盾にするつもりだったが、この空間そのものが祥少女自身だったら、と想定すると草間の犠牲で足りないかもしれない。それでもないよりはマシだろうが。
どれだけ進んだだろうか。
感覚的には何時間も歩いた様でもあり、ほんの数分の様でもある。体内時計が正しく作用されていない。
「これは・・・・・・」
腕時計を見ると、長針と短針がガクガクと左右に振れている。まるで磁場に迷った方位磁石の様だ。
ヴン。
間違いなく、耳が異音を捉えた。
反射的に辺りを見回すと、先程までの黒い並木道ではなくなっていた。
だからといって元々の霊園に戻ってきたわけではない。
新しく見えるフィールドは、地平線すら見えるような広大な空間だった。
空は赤黒く、地面は黒田と間違えてしまう様な、深遠の緑色。
「ここ、ずっごい暗いね」
『はい。ここに、お探しの死体がございます』
やはり人畜無害な笑顔で、普通の人が聞いたら物騒だと感じることをさらりと言い放った。
勿論、三人はいわゆる“普通”の感覚とは違っているので、問題はない。
「やったね、幇禍くん!じゃ、じゃ、掘って、おやびん」
ちょっと歩き疲れた顔を鵺は見せていたが、やっと目的のものと巡り合い、疲れは一気に取れた様だ。
「え」
「お嬢さんに肉体労働をさせるつもりなんですか、ヘナチョコ探偵」
「お前だっているじゃねぇか。つかヘナチョコ言うなっ」
「俺は泥まみれになる事は嫌です。ヘナチョコで駄目ならヘッポコでどうです」
「大して変わらねぇじゃんよ!!」
「おやびんは、きっとスコップが似合うと思うよー?」
はい、と手渡されたのは、ごくごく標準的なスコップ。柄の部分は木で覆われていてスコップ本体は鉄製。
どこから出したのか、とか野暮な事は言いっこナシでよろしく。ジャストドゥーイット。
「似合うって言われてもなぁ、嬉しくねぇよ」
受け取る仕草も見せず、草間はスコップから目を逸らす。ジャケットのポケットに手を入れ、クシャクシャになった煙草を取り出す。貧乏なので、頑丈なボックスは買えない。ボックスはちょっと高いのだ。煙草を咥えて火を点けようとするが、百円ライターはカチカチという哀しい音を立て続けている。
『あ、申し訳ございません。この場所は禁煙なんです』
心底気まずそうに、おずおずと少女が注釈をつける。
まるでバックに稲妻が走る程の衝撃を受けたらしい草間は、がっくりと本日三度目。地面に足をつけた。
−普段は地に足が着いていない生き方なのに・・・・・・。
痛々しい目で草間を見ながら、幇禍は笑いを堪えた。
「あ。どうしよう、今の巧い!」
−そうか?
十人中九人が異論を唱えそうな回答である。残りの一人は当然というべきか、幇禍自身。
「なにがうまいの?」
「いえいえ。何でもございません」
前方にいた鵺がちょこんと首をかしげ、幇禍を見上げる。慌てて両手を振って誤魔化す。
そりよりも、どうやって草間に掘らせるかが今は問題だ。
別に肉体労働は専門外ではないし、鵺に言われれば泥まみれになったって別に構わない。スーツはクリーニングに出せばいいだけの事だ。
しかし。
草間が嫌がっているのだから、草間にやらせたい。
ドSの本能が疼いている。
「草間氏」
「んだよ」
「掘り返したら、明日興信所に差し入れに行きますよ」
「!!」
「勿論中身は鬼丸邸で出される一級品です。例を挙げると本日の弁当の中身なんですが−」
耳元で本日の幇禍お手製弁当の具材、全10品目を羅列していく。
その中身は、探偵なんてある種博打色の強い職業に就いている草間では到底手の届かない品々ばかりだ。
「−以上ですが、明日の仕入れ具合によってはグレードアップ、量アップも可能性も高いですよ」
最後のその一言が決定的となったか。
草間の目が胡散臭いサングラス越しにも判るほど輝いた。そらもう、キュピーンなんて効果音すら聞こえてきそうなほどに。下手するとあのホープのダイヤ並に輝いていたかもしれない。
「ぅっしゃぁぁ!一事が万事、草間興信所にお任せだぁ!」
電光石火の勢いで鵺からスコップを奪い、土煙が経つほどの素早さで桜の根元を掘り返していく。
「ぬぉぉぉぉぉぉ!!」
「わーい、おやびん頑張ってねー♪」
「草間氏、掘った土は俺たちのほうには向けないで下さいよ」
『頑張って下さい!』
三者三様のエールを送る。
草間はそれに答える為か、はたまたただ単に高級食材に目が眩んだのか。恐らくは後者だと簡単に予想がつくあたりが情けないというか、なんというか。
「そうだ、草間氏。そろそろ掘る力を緩めないと、埋まっていると思われる遺体まで一緒に掘り起こして土に埋まる可能性があります。そろそろゆっくり掘って下さい」
「お?おお、そうだな・・・・・・」
数分して、草間を労わる様に幇禍が声をかけた。作業に没頭していた草間が顔を上げると。
「なにシート広げて思いっきり寛いでんだお前等ァァァァ!!」
ベゴッ!と鈍い音がする。草間がスコップを土に叩きつける。
鵺と幇禍はシートを広げて、何処から取り出したのか白磁器の茶セットで憩いのひと時を過ごしている。ちなみに少女はただ見ているだけ。透けているから。
「ははは、大丈夫ですよ。はい、草間氏の分」
何が大丈夫なのかは判らないが、ちゃんと草間にも茶が出される。
「・・・・・・おぅ。じゃ、貰っといてやるよ」
シートの少ない面積に腰を下ろし、幇禍から茶器を受け取り、一口つけようとしたとき。
「あ、おやびん、特別さーびす。これあげるね」
「ん、なに?」
ぽちゃん。
ぶわっ。
鵺の手から直接茶器に入れられたのは・・・・・・。
「なんじゃこりゃぁぁぁ!」
手の平大の茶器の中をまるで覆うように広がったのは、薄い栗色の物体。鵺を見やると、クラッカーの箱を持ち、中身を取り出し食べているので、この栗色でブヨブヨしていそうで無数に穴が開いている物体はクラッカーであると推測される。確かこの商品のCMは、お嬢様的雰囲気を持った美人女優がしていた記憶が。
「おまっ!なんつーことしてくれたの!!茶の中にクラッカー入れるとな、ものっそいエラい事になるんだぞ!もうな、これ、人類の喰いモンじゃなくなっちまったぞ!」
「何を言っているんですか。折角のお嬢様からのプレゼントですよ」
幇禍が草間をねめつける。背景文字に“ゴゴゴゴゴゴゴ”とか入っていそうで余計怖い。
「だからってなぁ、コレ見ろよ。明らかにブヨブヨだぜ?絶対に食感がキモいって」
「じゃ食べないんですか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・食うよ」
ポツリと。この静寂巻がなければ聞き逃してしまうほど小さな声でポツリと草間は呟いた。
人間、余程の空腹には耐えられないものらしい。
「おやつも食べたし、元気出たでしょ、おやびん?」
「むしろ力が抜けちまったぜ・・・・・・」
口からエクトプラズムが出そうなくらい憔悴した顔である。確かに、お茶に浸されたクラッカーは食に対する冒涜である。よい子は真似しちゃいけません。
「はぁ〜っと。もうひと踏ん張りするかね・・・・・・」
スコップを杖代わりにして年寄りくさく草間が立ち上がる。どっこいしょ、とか言いそうである。幇禍と3歳しか変わらないのに、随分じじむさい。
『あ、あの。そろそろこちらを使ってはいかがでしょうか』
それまで影のようにひっそりと佇んでいた少女が、草間に小さなスコップとハケを手渡した。
「発掘現場にバイトしに来たみたいだな」
苦笑交じりに、だがありがたく草間は受け取る。このセットも、何処から取り出したとか無粋な事は言わないように。
根元の穴は大分深く掘られ、草間の腰元まである。
草間は見た目で土が硬そうな所を小さなスコップで撫でる様に掘っていく。
その様子を、鵺と幇禍は見守っている。
「お」
ザリザリ、ガチ。
土を削る音とは違った音がし、草間はすぐにスコップからハケへと持ち替え、異音のあった場所を丁寧に撫でていく。少し何かが出てきたら形に沿ってスコップで削っていく。そしてまたハケへ、と。その繰り返しが何度も続く。随分手馴れているので、今日の様に貧困な時に発掘のバイトでもしていたのかもしれない。
「出たぞ・・・・・・って、これ骨じゃねぇの!?」
鵺と幇禍にも見える様、高々と差し出されたのは、土の色と相まって変色しているが、それは間違いなく骨の形をしていた。
「うわー!すっごいね、パパの言った通りだ〜!」
「骨の形からして、尺骨でしょうか」
尺骨とは、前腕内側(小指側)にある長管状骨の事である。
「鵺も掘りたくなっちゃった。手伝おうっと!」
「ああ、お嬢さん、服が汚れてしまいますよ」
ひょいと穴の中に飛び降りた鵺を追いかけて、幇禍も続いて降りる。スコップは勿論小さい物だ。何故スコップが(以下省略)。
『あ、あの、皆さん・・・・・・』
弱々しく困った様子の声だが、少女の言葉は土を削る音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。そういうものである。
−小一時間ほどして。
三人が穴の中から這い出る頃には、ほぼ全身の骨が発掘されていた。また小一時間ほど時間をかけて、幇禍の指示の元、骨をちゃんとした部位に並べ替える。
ちゃんと人間の形になった。
「わーいっ!やったね!!」
可愛らしいワンピースは土でドロドロになってしまったが、本懐を達した今、そんな事は些細な事のうちにも入らない。
「お疲れ様でした」
鵺の嬉しそうな顔を見て、同様に嬉しそうに幇禍も笑みを浮かべる。草間はどっかりと座り込み、息も絶え絶えだ。
「骨の磨り減り具合や大きさから見て−若い女性ですね」
「ふぅん」
丁寧に並べられた白骨というか茶骨というか、とにかく骨の周りに座り、幇禍は丁寧に鑑定する。鵺は骨の人物には全く興味がないらしく、並べられた骨をつついてみたりしている。
「あっ」
「どうなさいましたか」
「鵺ね、絶対にやってみたかった事があるの」
立ち上がり、骨を見つめる。草間も息が整ってきたのか、鵺を疲れた目で見る。
「もしもーし」
口の周りを手で覆い、簡易拡声器とする。草間はちょっとズッコけた。
「へんじがない。ただのしかばねのようだ」
幇禍の声が響く。それを受けて鵺はぴょんぴょん飛び跳ねた。
「さっすが幇禍くん!判ってるー!」
がばちょと嬉しそうに、鵺は幇禍の首に巻きつく。幇禍は照れつつ、はっはっはっ、とか笑ってみせる。
「なにやってんだよ・・・・・・」
『あのー』
「だって基本は踏んでおかないと」
「お嬢さんのセンス溢るるユーモアが判らないなんて・・・・・・それでも芸人探偵ですか」
『ちょっと』
「誰が芸人探偵だよ!」
「えー、カッコイイと思うよ、芸人探偵」
「いやいや、これは俺とした事が失言でした。確かに芸人探偵ではないかもしれません。だって芸人にしては全然面白くない」
「それはそれでムカつくぞコノヤロー」
『お願いですから』
「はっきりしない男はモテないよ、おやびん」
「そうですよ。ただでさえ、貧乏なのに」
「貧乏関係ねーだろ!」
『わたしの話を聞いて下 さーーーーい!!』
ピタリ。
少女の声が辺りに響く。というか、鼓膜に響く。
三人は耳を押さえて頭を振っている。鼓膜が痺れている事に頭を振るだけで何らかの効果があるとは思えないが、気分の問題だ。
「ど、どうしたの」
『その骨、わたしなんですっ』
「ええええっ!?」
「ふぅん」
「そうなんですか」
誰がどの台詞かは、すぐに見当がつくと思うので割愛。
『え、えっと・・・・・・驚いてくれないんですか?』
淡白な対応に逆に驚いたらしい少女が、おずおずと声をかける。
鵺と幇禍は顔を見合わせ、
「だって骨の人がどんな人か判っても、別にどうもしないって言うか」
「第一、見当付いていましたよ」
『あ、そ、そうなんですか・・・・・・』
何故か恥らうように少女は顔を伏せる。
『でも良かった。やっとわたしを探して下さる方と出会えて。もう随分と長い間ここに埋められていて、成仏も出来ず埋めた相手を告発する事もあたわず・・・・・・』
「って事は、今まで誰にも見つけてもらえなかったの?」
『はい。わたしはどうやら波長の合う方にしか見つけてもらえないらしくて』
空間に一陣の風が吹く。土が舞い上がり、辺りを茶色に染める。
『それにお二人は桜に埋められた死体をお探しとの事。これ以上の好条件な方々はいらっしゃらないと思って、勇気を振り絞って声をかけさせて頂きました』
「そうなんだ」
鵺は話を聞いてやっているが、幇禍はあまり興味は無かった。彼の第一は鵺の希望であり、それが達成された今、色々な意味で抜け殻となった骨になぞ興味は無い。しかし一応聞いている振りはしておく。この異空間は少女が創りだしていると思われるので、大事を取って少女の機嫌を曲げない様な仕草は大切だ。
『でもこれでようやく本当に眠る事が出来ます。本当にありがとうございました』
「いいよ、いいよ。鵺達、別にキミを助けたくてやったんじゃないし」
ひらひらと手を振る鵺の手を、少女が掴んだ。冷たいとか温かいとか言うのはなかったが、掴まれている感覚だけはある。半透明なのに不思議な事だ。
『綺麗ですね、この指輪』
日の光が届かないこの空間でも、鵺の左手薬指にはシンプルだが可愛らしいデザインの台座に輝くスタールビーの指輪が光を発している。
とても羨ましそうに見ている。
「へへへ、このデザインね、幇禍くんとお揃いなんだよ」
くすぐったそうに照れた笑顔で、鵺は幇禍の指輪も示す。その男性にしてはしなやかで、でもしっかりとした指には、同じデザインの台座に座るブラックオパール。
スタールビーもブラックオパールも、どちらも高額なのは勿論、それ以上に希少価値が高い。
『羨ましい。わたしも一度は恋がしてみたかった』
名残惜しそうに鵺の左手をゆっくりと離し、俯く。
しばらく、そうほんの瞬きの間だったが、すぐに顔を上げた。その顔は、実に晴れやかな笑顔だった。
『わたしを見つけて下さって、本当にありがとうございました。鵺さん、幇禍さん、末永くお幸せに』
言うが早いか、さらさらと土が−いや、骨が風と同化していった。骨が崩れて砂塵に紛れていく様に、少女の姿も薄れていった。
さらさら。
さりさり。
姿が見えなくなるのに、1分もかからなかった。
サァ、と薄布が流れるような音がして、異空間が晴れた。
そこは、霊園の中の並木道だった。
「あれれ?」
きょろきょろと見渡しても、骨の勿論、あの大きな桜の木もなくなっている。
「うーん・・・・・・なんだったんだろ」
「さぁ・・・・・・。まぁ、退屈はしませんでしたし、お嬢さんのご要望どおり、ちゃんと死体は見つかりましたから」
「そうだね。骨になっちゃってたけど。どのくらい埋まっていたんだろうね」
「骨が完全に崩れていましたからね。100年は経っていたのかもしれません。あの女性、昔の人の様でしたから」
ふぅん、とやはり気のない返事が帰ってきた。
「ま、いいや。パパの言ってた事も本当だったし、楽しかったし」
「それはなによりです」
「でも結構疲れちゃった。沢山汚れたし。ね、早くおうち帰ろう?パパにも教えてあげたいもの」
「かしこまりました。帰りましょう」
「ちょぉっと待てぇい!」
ぐん、と幇禍の襟元が引っつかまれる。犯人は草間・武彦。正直幇禍は草間の存在を忘れかけていた。あのワケのわからない空間に残ってくれていても良かったのだが。
「幇禍〜、約束忘れるなよ〜?」
「ハテ、ナンノコトヤラ」
「棒読みですっとぼけんじゃない!明日は豪華差し入れだぞ!忘れるな!!」
「ハイハイ」
全く、草間・武彦という男は執念深い。
ふぅ、と鬱陶しくため息をついて草間の手を振りほどき、鵺を促して愛車・マセラティの元へと歩いていく。
「車で来たんなら俺も帰り乗っけてけよ」
「無理です」
「なんで」
「だって家の方向全然違うでしょ」
振り返りもせずに風化はさくさくと駐車場までの道のりを急いだ。疲れているだろう鵺は片手で抱き上げる。小走りのペースなので、体力を使い果たしている草間には追いつけない、相当なスピード、そしてパワーだ。
「ね、幇禍くん」
「はい。なんでしょう」
「今度は違うし死体見てみたいね」
その時の事を想像したのか、鵺は嬉しそうに笑った。
「はい。お供します」
この笑顔の為なら、どんな事でも出来る。
幇禍は再認識した。
空は少し、茜雲がさしていた。
翌日。
草間興信所にはバイク便で幇禍からの荷物が届いた。
喜び勇んで草間が封を開けると、中からは大量のバランが出てきた事を追記しておく。
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