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<東京怪談・PCゲームノベル>


ひなたうららかいちご狩り

「お天気、晴れてて良かったですね」
「そうですね」
 もう何度も口から出た言葉だったが、不思議と二人は繰り返し確認しては微笑んでいた。
 まぶしい新緑の続く山間の道を、槻島綾の運転する車が走っている。
 ――やっぱり苺狩りは、お天気が良い方が楽しいよね。 
 その隣に座る千住瞳子は、眼鏡をかけた綾の横顔を見ながら思った。
 綾の深い緑色の瞳に、時折車外の光が映りこんできらりと光る。
 瞳子は綾に誘われて苺農園へと向かっている所だ。
 学生の瞳子と、エッセイストとして不定期な締め切りを抱える綾なので、苺狩りの話が出てから今日まで随分間が開いてしまっていた。
 ――でも、待ち遠しいのもたまには良かったかな。
 楽しい予定が待っていると思うと、少しくらい心がささくれる日があっても気持ちを前向きに持てる。
 綾に聞いた話だと、一日に入園できる人数は限られているけれど、その分ゆったりと過ごせるらしい。
 また、入園料の千円を払えば閉園時間まで食べ放題になるし、併設のカフェでデザートも食べられるようだ。
「瞳子さん、朝ごはんは抜いてきましたか?
食べ放題ですし、しっかり苺でおなかがふくれますからね」
 綾が滑らかなステアリングで運転しながら悪戯っぽく微笑んだ。
「そ、そんなに食べられませんよっ」
「冗談ですよ」
 頬に熱さを感じる瞳子をよそに、綾はくすくすと笑っている。
「ああ、あそこですよ」
 山道の先、ウッドデッキが目印になった農園の入り口が見えてきた。
 白いビニールハウスが並んでいる様子も見える。
 駐車場に車を止めて外に出ると、潮の香りがほんのりと漂ってきた。
 ――ここ、海も近いのかな。
 さらさらと髪を揺らす風も気持ち良い。
「それじゃ行きましょうか」
「はい」
 綾が差し出す手に、照れながらも瞳子はその手を重ねた。


 農園の入り口で「今は露地物がいいですよ。ハウス物よりも甘くて」と声を掛けられた二人は、少し園内を歩いて露地栽培の畑に向かった。
 園内は広く、畑で苺狩りを楽しむ客同士がぶつかるような事は無さそうだ。
 家族連れやカップル達が、思い思いに苺を摘んでは口に入れている。
「こうして葉をよけると、大き目の苺が残ってるんですよ」
「わ、本当ですね。
それに赤くて美味しそう」
 口に入れると、太陽の光を受けて赤くなった苺の甘味と酸味が爽やかに広がる。
 さくさくと藁のしかれた畝の間を歩きながら、瞳子と綾は苺を味わった。
「瞳子さん、見て下さい」
 綾が手にしている苺は大きくなりすぎていて、苺らしい円錐の形ではなくなっている。
「あはは、グローブみたいな形ですね」
 「食べてみます?」と、微笑みながら綾が口元に苺を差し出すと、少しためらいがちに瞳子も唇を寄せる。
 照れながらも綾にはこんな面を見せてくれるのが、綾には嬉しいようだ。
「あっ、でもこれも美味しいです。
お日様にちゃんと当たってるからですね」
 そんな風に時折屈みながら苺畑を歩く二人の視線の先に、同じように苺を摘んでいる二人が見えた。
 背の高い、海外出身らしい金髪の青年と、柔らかな雰囲気の銀髪が美しい少女だ。
 ――女の子らしい子だな……スカート、花柄であの子に似合ってる。
「可愛いカップルですね……デートかな」
 思わず、といった風に瞳子は呟いてしまい、綾の苦笑がそれに重なる。
 ――あ、私たちもそうだよね。
    もう、何言ってるんだろ、私……。
 瞳子は自分が恥ずかしくなって顔を伏せてしまった。
 青年の方は両手一杯に苺を摘みながらこっちへ歩いて来ており、その手から苺が今にもこぼれ落ちそうだ。
 一緒にいる少女もはらはらとした表情で彼を見ている。
「あ!」
 畝の藁に足をもつれさせた青年が、バランスを崩して苺を手から落とした。
 が、すぐ傍にいた綾が手を伸ばし、苺を受け止めた。
「大丈夫ですか? 怪我はない?」
 苺を返すと青年は人懐こそうな笑みを二人に向けてきた。
「ありがとうございますっ」
 ――海外の人かと思ったけど、日本語上手いな。
    ずっとこっちで暮らしてる人なのかな?
 全く訛りを感じさせない言葉に瞳子は驚いた。
「ありがとうございました」
 ぺこりと頭を下げる青年の後ろで、少女も丁寧にお礼を言う。
「ジェイドさん、摘みすぎですよ」
「だって姉御のお土産はいっぱい用意しなきゃ!
今から摘まなきゃ間に合わないよ」
 少女にたしなめられても青年は気にしていないらしい。
 そんな様子に瞳子はくすくすと笑い出してしまった。
 ――手で持っても、それ以上持てないのにね。
「お土産にする苺は別料金ですよ」
 瞳子の言葉に、青年は眉を下げて肩を落とす。
「え、そうなの? 食べ放題って聞いてたのに〜。
じゃ、これも食べなきゃね」
 もぐもぐと口に苺を頬張る様子がおかしい。
 ――シマリスみたい。
    同い年くらいだけど、元気で面白い人だな。
「あの……」
 控えめに少女が話し掛けてきた。
 両手で持ったバスケットを持ち上げて、にこりと微笑みながら。
「宜しければ、一緒にお弁当食べませんか?
もうすぐお昼ですし……。
たくさん作ってきましたから、お二人の分も大丈夫です」
 言葉を選びながら話す様子から、彼女が感謝の気持ちを伝えようとしているのがわかる。
「弓弦ちゃんのお弁当、すっごく美味しいんだよ!
俺が今朝味見したから、その点はバッチリ保証する!」
 青年は自分の事のようにそう言って、嬉しそうに笑った。
「それじゃ、お言葉に甘えましょうか瞳子さん。
僕は槻島綾。こちらは千住瞳子さんです」
 もちろん瞳子も綾と同じ考えだったので、すぐに軽く頭を下げて自己紹介をした。
「初めまして、千住瞳子です」
「綾サンに瞳子サンか〜。
俺、ジェイド・グリーンねっ」
 ぶんぶん、と音の出そうな程力強くジェイドが綾と瞳子の手を握って握手する。
「高遠弓弦です。宜しくお願いします」
 弓弦は深々と頭を下げる。
 その二人の違いが、逆に似合っていると瞳子には思えた。
「どこでお弁当を広げましょうか」
 綾の言葉に、瞳子も考える。
 ――お昼時だから、カフェは混んでるかも。
    どこか他にいい場所ってないかな。
 バスケットを弓弦から受け取ったジェイドが綾に答える。
「あっ、それなら苺畑の向こうに、水仙の咲いてる所があったよ。
あそこなら海も見えるし、いいんじゃないかな?」
「草の上に直接座ると、草の汁が付きませんか?」
 瞳子や弓弦に気を遣った綾が言う。
 二人が服を気にしながらでは、せっかくのお弁当の味も半減しそうだと思ったのだ。
 「フフフ」と先を歩くジェイドが歩きながら笑った。
「ご心配無くっ。 
じゃーん! しっかり大きめレジャーシート持ってきてたりして。
じゃ、俺先に行ってシート広げてくるね!」
「あ、ジェイドさん! 走ると危ないです」
「平気―!」 
 引きとめようとする弓弦にそう言って、ジェイドは走り出した。
 三人の先で一度くるりと回ってから、苺畑の向こうに駆けて行く。
「にぎやかな人ですね」
 瞳子がそう弓弦に話しかける。
「一緒にいると楽しいです」
 「時々困る事もあるけれど」と弓弦は苦笑を滲ませながらもふわりと笑った。
 そんな弓弦に瞳子も微笑む。
「ここで会えたのは偶然だけど、私たちとも仲良くして下さいね」
「はい。もちろんです」
 ――可愛いな。
    私にも妹ができるなら、こんな子だといいな。
 ふと、瞳子が振り返って綾の隣に並ぶ。
 もやもやと胸につかえている、この気持ちは何だろう?
「そういえば綾さんは、旅行先でこういう経験多そうですね」
 綾は首を傾げた。
「こういう経験?」
「……例えば可愛い女の子と知り合ったりとか……な、何でもないですっ」
 自分で言ってしまって照れた瞳子は、再び弓弦の隣に戻った。 
 ――私、さっきから何言ってるんだろう!
    き、聞こえてたよね、やっぱり。
「早く早くー!」
 ライラックの木陰で手を振っているジェイドを見ながら、瞳子は綾が気に留めないでくれれば良いのにと思った。


 なだらかな丘の上、ライラックが薄紫の小花を咲かせる下にジェイドはシートを広げていた。
 すぐ傍に咲く水仙から甘い香りが漂い、丘の向こうに広がる海の青さと水仙の黄色が目に染みる。
「ああ、飲み物が足りませんね」
 綾の言葉に、バスケットからお弁当を取り出して並べていた瞳子たちの手が止まる。
 お茶は弓弦たちも持ってきていたのだが、カップが足りないのだ。
「僕が買ってきますよ」
「あ、俺も行くー!」
 シートから立ち上がった綾をジェイドが追う。
「わ、私も」
 ――お弁当、すごく美味しそうだし、私は何もできないみたいで恥ずかしい……。
 瞳子は密かにショックを受けていた。
 何か役に立ちたいと瞳子も立ち上がろうとするのを、綾は押し留めた。
「瞳子さんは座っていて下さい。
すぐに戻りますから、ね?
女の子同士お話してて下さい」
 弓弦も不安そうにスカートの前で手を組んで瞳子に言った。
「私も、一人でここで待ってるのは寂しいです」
 ――私、自分の事ばかり考えてたな。
 ハッとした瞳子が綾と弓弦に謝る。
「ごめんなさい。
そうですね……ここで待ってます」
「行ってきます」
 綾とジェイドは少し離れた自動販売機まで歩き出した。


 残った瞳子と弓弦は、とりとめなく雑談していた。
 シートには弓弦の作ったお弁当が並んでいる。
 ――やっぱり男の人は、料理が上手い人が彼女の方が嬉しいよね……。
 うららかな陽だまりの中なのに、瞳子の気分は少ししおれていた。
「これ、弓弦さんが全部一人で?」
「はい。あ、ジェイドさんが味見して、お手伝いしてくれましたけど」
 口元に手を当ててその様子を思い出して笑う弓弦は、銀色の髪のせいもあって、光を集めたように輝いて見えた。
「私は料理って苦手だから、料理上手な弓弦さんが羨ましいな」
「私が羨ましい、ですか?」
 深い赤の瞳を見開いて、弓弦が驚く。
「そんな風に言われたの、初めてです」
 はにかんだ微笑みを浮かべ、弓弦が言葉を続ける。
「……私は最近になって、ようやく家族と一緒に暮らせるようになったんです。
ジェイドさんとも……」
 一旦言葉を区切り、弓弦はどう言おうか言葉を選んでいるようだった。
「二人とも、私は大好きなんです。
だから、大好きな人に喜んで欲しくて……お料理も、それ以外の事も、頑張ろうって思ってるんです」
 大人しい印象の奥に、瞳子は弓弦の芯の強さを感じた。
 ――そうなんだ。
    弓弦さんも頑張ってるんだね。
「このお弁当、私にも作れるかな」
「凝ってるように見えますけど、意外と簡単なんですよ!
千住さんにもお教えしますね」
 バッグからメモ帳を取り出してレシピを教えてくれる弓弦に、瞳子の胸にも温かな安らぎが広がってくる。
「瞳子って呼んでもらっていいのに」
 律儀に名字で呼ぶ弓弦に、瞳子はくすりと笑った。
「でも、年上の方をお名前で呼ぶのは……」
 ためらい顔を赤らめる弓弦に、瞳子は言う。
「それじゃ、またどこかでこうやって会う事があったら……名前で呼んでね」
 はっきりとしたものは何もないのに、「またいつか」という予感がする。
 ――本当にそうなったら良いな。
 弓弦も同じものを感じているのか、頷き返してくれた。


 シートの上にお弁当を並べ、瞳子と弓弦は二人の帰りを待っていた。
 食べやすいように小さめに作ったサンドイッチや手鞠お結び、きれいな狐色のから揚げ、出汁巻き卵、彩りを考えて煮含めた煮物、箸休めのさっぱりとした和え物や、ほんの少し洋酒で風味を付けたフルーツ寒天などが並んでいる。
「……美味しそうですね」
 瞳子の隣に座った綾は、シートの上の料理に驚いて声を上げた。
 と、目に見えてはっきりと瞳子の肩がしょんぼり下がってしまった。
 ――やっぱり綾さんもそう思うんだ。
「でしょでしょ〜?
弓弦ちゃんの料理は最高だよ!
ささっ、遠慮なく食べて食べて」
 弓弦がジェイドの言葉に恐縮しながらも皿を勧めてくれた。
「お二人とも、遠慮なさらないで下さいね」
「それでは頂きます」
 綾が料理を取り分けた皿を瞳子に差し出した。
 やや俯いた顔を覗き込むようにしながら、優しくその頭を撫でる。
「頂きましょう、瞳子さん」
「……はい」
 実際に口に運ぶと、どの料理も細やかな気遣いが感じられる美味しいものだった。
 料理を食べているうちに瞳子にも笑顔が戻り、綾も安心する。 
「何だか懐かしいな。
青空の下でお弁当なんて」
 瞳子が不思議そうに綾に言う。
「そうなんですか? 旅行先でお弁当食べたりもしますよね?」
 「それはそうだけど」と綾は苦笑した。
「瞳子さんはまだ学生だから、お昼に外でランチというのもあるかもしれませんが……。
僕ぐらいの年になるとこういう雰囲気が懐かしくなるんですよ。
遠足みたいで、ね」
 綾はアスパラのベーコン巻きを皿に取りながら瞳子に笑い掛けた。
 アスパラのベーコン巻きはさっきも皿に取っている。
 ――綾さん、アスパラベーコン好きなんだ。
    さっき弓弦さんに作り方習ったし、今度作って差し入れしたら綾さんも喜んでくれるかな。
「へー! 綾サンってエッセイストさんなんだ!」
「趣味の旅行記が、たまたま少しお金になってるだけですよ」
和やかな雰囲気のまま食事は進み、お互いの話をしているうちに話題は綾の職業になった。
「どんな所に今まで行ったんですか?」
 弓弦が尋ねるのに、
「僕は神社やお寺が好きだから、自然と歴史のある所をまわるのが多いかな」
綾はそう答えて今まで足を運んだ場所に思いを馳せる。
 ぼんやりと、まさに「心、ここにあらず」といった状態に陥ってしまう。
 旅行を語る時の綾の癖だ。
「綾さん?」
「あ、すみません瞳子さん」
 つい思い出に浸ってしまう綾の意識を、瞳子の言葉がこちら側に呼び寄せた。
「旅かぁ……いいな〜!
いつか弓弦ちゃんと、俺もどこかに出かけたいな」
「私も……ジェイドさんと一緒に行きたいです」
 お互いにそう言って笑顔を見せ合う二人が微笑ましいと瞳子は思った。
 ――そんな風に、私たちも弓弦さんたちに思ってもらえてたら嬉しいな。


「はー幸せ……」
 シートの上に身体を伸ばしてジェイドが言った。
 弓弦が作ったお弁当は全て四人のおなかに納まっている。
「私もいつもより食べた気がします」
「こういう所で食べると美味しいですものね。
それに、弓弦さんのお弁当すごく美味しかったな」
 口元を押さえて笑う弓弦に、瞳子がそう言った。
 ――こんなお料理、綾さんにも出してあげたい。
「そう言ってもらえると、嬉しいです」
 すっかり打ち解けた雰囲気の二人に綾が言う。
「それじゃ、デザートは入らないかな?」
 とたんに身体を起こして、ジェイドが手を挙げた。
「別腹に決まってるじゃんっ!
早速カフェスペースに行かないとね!」
 駆け出したジェイドの後からカフェスペースに行ってみると、サンプルの前でメニューを決めかねていた。
 ここは先にカウンターで注文を取り、テーブルで運ばれてくるのを待つ方式のようだ。
「うう〜決まらない……どれも美味しそうだよ」
 サンプルにはふんだんに苺が使われたデザートが並び、すでに食べている人の物はそれよりももっと多く苺を入れているように見える。
「さっきのお弁当のお礼に、僕が皆さんに奢りますよ」
 綾の言葉にジェイドが喜びの声を上げる。
「え、ホント? やった!
ありがとう綾サンっ」
「でも……」
 遠慮する弓弦に綾は言った。
「楽しい時間を一緒に過ごしてくれたお礼です。
瞳子さん好きなものを頼んで下さいね」
 ――うーん、迷っちゃうな。
    チーズケーキもいいし、ワッフルも……でも二つも注文できないし、おなかに入らない……。
 たっぷり迷っていた瞳子だが、ようやく注文が決まった。
「それじゃ、ワッフルプレートでお願いします」
 次いで弓弦、ジェイドがメニューを決める。
「私はチーズケーキが良いです」
「俺、パフェねっ!」
 四人は一つのテーブルに座り、苺尽くしのメニューを味わい始めた。
「これも美味しいよ弓弦ちゃん。
あーん」
「ジェイドさんっ」
 ジェイドが生クリームとストロベリーアイスクリームを掬って、弓弦の口元に運ぶ。
 綾たちの視線が気になり、弓弦は困ったような表情を浮かべたが、頬を赤らめつつスプーンを咥える。
「ね、美味しいでしょ?」
 にこ、と弓弦はジェイドに頷いて見せた。
「瞳子さんも食べますか?」
「え?」
 綾がフォークに刺したケーキを瞳子の口元に差し出す。
「わ、私はっ」
 ――私、そんなに綾さんのケーキ欲しそうにしてたのかな。
 苺畑での場合と違い回りにはたくさんの客がいて、瞳子は見る間に首筋まで赤くなってゆく。
 綾は瞳子の皿の上に、チーズケーキを半分載せた。
「半分どうぞ。
せっかくですし、他のも食べてみてもいいでしょう?」
 ――でも、こんな風に私の事を見ていてくれる人がいるんだもの、幸せだよね。
 瞳子も綾に笑顔を返し、自分の皿からワッフルを持ち上げた。
「それじゃ、綾さんもワッフルどうぞ」
 綾の嬉しそうな顔を見ながら口元に運んだケーキは、苺のソースが甘く香って、一足早い初夏の訪れを瞳子に運んできた。

 
 デザートを楽しんだ後も四人は一緒に園内を回っていたが、ジェイド達の帰りの電車の時間が近くなり、それを機にお開きにする事になった。
 それぞれ家族や親しい人に分ける苺やお菓子を買い、満足したような表情でいる。
「またご縁がありましたら、どこかでお会いしたいですね」
 駐車場で綾はジェイドに手を差し伸べ、ジェイドもその手をしっかり握り返す。
「そうだね!
綾サンも瞳子サンも楽しい人で良かった」
「私も、お二人とご一緒で楽しかったです」
 大人しい印象で最初はぎこちなかった弓弦の笑顔も、今ではとても自然に解れてきていた。 
 そんな弓弦に向けられる瞳子の眼差しも穏やかだ。
「私末っ子だから……妹ができたみたいで、嬉しかったな」
「あ、私も……千住さんは何だか学園の先輩方みたいで、お話ししやすかったです」
 瞳子と弓弦はお互いに顔を見詰め合って笑った。
「それじゃ、どこかでまた」
 お互いに手を振って、四人は農園を後にした。


 夕陽が沈む海辺の道を綾の車は走っていた。
 行きとは違う道だが、春の夕暮れの海は波も無く、穏やかに遠くまで続いている。
「少し疲れましたか?」
 ハンドルを握る綾が瞳子に声を掛けた。
 瞳子は苺狩りの余韻に浸っていたのだ。
「あ、いいえ。
すごく楽しくて、思い出すとずっとあの苺園にいるみたいな気持ちになってしまって」
「それは僕も同じです。
瞳子さんだけじゃなく、今日はジェイドさんや弓弦さんたちともご一緒になりましたからね」
 ――楽しかったけど、ちょっとショックもあったかな。
    実際美味しかったけど、綾さんもすごく美味しそうにお弁当食べててし……。
    私、まだまだ努力が必要だよね……。
 頭では自分と弓弦は別人だとわかっていても、つい自分と比較して気分が沈んでいく。
 と、綾が車を道路の端に寄せて停めた。
「綾さん?」
 突然綾が車を停めたので、驚いた瞳子は声を掛けた。
 車の外では、オレンジ色の夕陽の中をカモメが白い泡のように漂っている。
 綾は瞳子の手を取って、にっこりと笑顔を作った。
「僕にとって、一番可愛い女の子は瞳子さんですよ」
 瞳子は逆光で自分の顔が良く見えないだろう事に感謝した。
 目頭が少しだけ濡れているのも、綾にはわからないだろう。
 もう一言声を掛けられたら、瞳子は綾の胸に飛び込んでしまいそうだった。
 

(終) 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 5242 / 千住・瞳子 / 女性 / 21歳 / 大学生 】
【 2226 / 槻島・綾 / 男性 / 27歳 / エッセイスト 】
【 5324 / ジェイド・グリーン / 男性 / 21歳 / フリーター 】
【 0322 / 高遠・弓弦 / 女性 / 17歳 / 高校生 】

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■         ライター通信          ■
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千住瞳子様
初めましてのご参加ありがとうございます。
普段はかなり殺伐としたノベルを書いている身ですので、たまにこういったのんびり・ほのぼのとした物も書きたくなります。
殺伐シリアスも好きでやっているのですが(笑)
瞳子さんは「男勝り」との事でしたが、照れ屋で料理が苦手だったり、女の子らしい弓弦さんを見て綾さんの旅行中を想像したり、ものすごく可愛い方でした。
「末っ子」との事でしたので、これからは弓弦さんとも姉妹のように仲良くなって欲しいな〜という思いで書かせて頂きました。
少しでも楽しんでもらえると嬉しいです。
ご注文ありがとうございました!