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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


「マスターの気まぐれ」始めました

 東京の片隅でひっそりとやっている店があった。
 その名は『蒼月亭』
 昼間はカフェで、夜はバーになる店だ。客足は夜の方が圧倒的に多い。
 それは店のマスターである、通称『ナイトホーク』の作るカクテルが美味しいという事だけではなく、店の名前である『蒼月亭』という名の雰囲気が醸し出しているのだろう。古いレンガ造りの建物に壁に絡まる蔦…夜の常連の中にはこの店が昼間も営業していることを知らない者も多い。
「むぅ、困った」
 ナイトホークは客の全くいないカウンターで、電卓を叩きながら悩んでいた。
夜の売り上げだけでも充分食ってはいけるが、正直昼間の売り上げをもう少し…いや、かなり伸ばしたい。一人で切り盛り出来ているから何とかなっているものの、夜にはもう一人ぐらい雇いたいのだが、その為には資金が心許ない。せっかく仕入れたコーヒー豆や紅茶、作った菓子類をを自己消費するにも限界がある。
 せめてもう少し昼間の客が来てくれれば…。
「そうだ『ランチメニュー』でも始めっか」
 しかし他の店と同じようなことをしても客足はこっちに向かないだろう。他の店と一線を引き、かつ個性的な事をしなければこの業界を泳ぎ切ることは出来ない。ナイトホークは考えた。
「個性的…一度やってみたかったことがあるんだよな。でも人の意見も聞いてみたいよなぁ」
 ナイトホークは悪戯っぽい笑みを浮かべると、店の看板を「準備中」にしたあと、せっせとパソコンを立ち上げた。

 急募・ランチメニューの試食者求む。
 マスターの「気まぐれメニュー」を食べるだけの簡単な仕事です。
 日給2000円より(ランチ代は頂きません)
 食べることが好きな人、大食いの人等年齢不問。詳しくは蒼月亭までメールを。

「…で、人は集まったのかな?」
 昼間の閑散とした蒼月亭のカウンターで、ジェームズ・ブラックマンはコーヒーを飲みながらナイトホークにそう呟いた。
 外は春の日差しがさんさんと照っているというのに、この店の中は何だか暗かった。それはジェームズの着ている黒ずくめのスーツと、ナイトホークの浅黒い容姿のせいではない。雰囲気的に店の中が暗い。
「集まってたらクロ呼ばないよ…」
「その呼び方はやめてくれ」
 ナイトホークは溜息をつきながらグラスを磨いていた。夜は客でいっぱいなカウンターも、昼間は閑古鳥が鳴いている。ジェームズはコーヒーを飲みながらその作業を見ていた。
「………」
 コーヒーの味は悪くない。コーヒーを入れる前に一人分の豆を挽いたりしているだけあって、本当ならもっと流行っても良さそうだ。だが、やはりここは夜の方が輝く店なのだろう。そういう雰囲気だけは、いくら料理の味が良かろうが悪かろうが仕方がない。
「まあ、とりあえず始めますか。せっかくクロに昼間来てもらったんだし」
「だからその呼び方をやめろと…」
 ナイトホークが溜息をついてそう言ったときだった。
 ドアの方からカラン…という音がして、金髪金眼の青年がドアに寄りかかるように立っている。青年はジェームズとナイトホークを見て一瞬ビクッと怯えたが、意を決したようにこう言った。
「あの、アルバイトの広告を見てきたんですが…まだ、いいですか?」
「ああ、歓迎歓迎。今から試食しようと思ってた所だから丁度いいよ。こっち来て座って座って。名前、なんてーの?」
 ナイトホークがそう言うと、青年はまるで拾われた犬のように嬉しそうな目をしながら蒼月亭に入り、ジェームズの隣にちょこんと座った。
「あ、デュナス・ベルファーって言います。良かったぁ…このアルバイトがダメなら私、お金が入るまでパンの耳と塩スープで過ごさなきゃならなかったんです…」
 何だかせっぱ詰まった状況だったらしい。
 二人は顔を見合わせてから、デュナスに挨拶をした。
「蒼月亭へようこそ。俺はここのマスターのナイトホーク。食わせ甲斐がありそうで嬉しいぜ」
「私はジェームズ・ブラックマン。よろしく」
 ジェームズの銀の瞳がデュナスの金の瞳を見て少し微笑む。それを見てナイトホークは心の中で『ハスキー犬とゴールデンレトリバーみたいだ…』と思ったが、それは口には出さないでデュナスに氷水を差し出した。

「ランチはサラダとメイン、あとはデザートって感じにしようと思ってるんだけど、サラダとメインの試食をお願いしようかと思って」
「それが無難だな。ターゲット層は考えているのか?」
「店の雰囲気からして若者層かな…」
 奥の方で料理を作りながら、ジェームズとナイトホークが話しているのをデュナスは黙って聞いていた。どうやらこの二人は知り合いらしい。
「デュナスは学生さんかい?」
「い、いえ…実は探偵業をやっているんですが、あまり流行っていないんです。だから今日もこんな風にお腹を空かせちゃって…ジェームズさんは?」
「ああ、私は交渉人とかそんな感じですよ。今日はナイトホークに頼まれてここに来たんです」
「そうなんですかー」
 そんな事世間話などをしているうちに、目の前にサラダが三種類並べられた。一つはレタスや水菜などを使ったグリーンサラダ、もう一つはフルーツが入っているところを見るとフルーツサラダなのだろう。だが、三番目に並べられたポテトサラダっぽい物にジェームズは違和感を感じた。ポテトサラダのはずなのに、何故か妙に赤い。
「………」
 ジェームズは目の前に置かれていたフォークでそのポテトサラダっぽい物を突こうとしたが、その瞬間ナイトホークがそれを取り上げる。
「クロ、クロはこっち食って。ドレッシングにグレープフルーツ果汁使ったフルーツサラダ」
「ポテトサラダは食べちゃいけないものなのか?」
「い、いや。それオチだから」
 そのやりとりを見ていたデュナスは、ナイトホークの持っている皿を横から取り、そのポテトサラダらしき物を一口食べた。
「あっ…」
 一瞬の沈黙があった後、デュナスの体がぽうっと光ったように見えた。そして、咳き込みながら水を飲もうとする。
「あ、光った」
 ナイトホークが殻になったグラスに水をつぎ足す。
「かっ辛いっ!何ですか?これ…」
「ポテトサラダにハバネロ入れてみた。何か流行りだし…」
 そう言うとナイトホークは横を向いてボソッと呟いた。
「…『気まぐれ』だから」
「おい…」
 前もって何が入っているかが分かれば安心だ。いきなり食べなくて良かった…そう思いつつジェームズは、そのハバネロ入りポテトサラダを少しだけ口にした。確かにいきなり食べればかなり辛いかも知れないが、もう少しマヨネーズなどを入れて辛みを抑えたら結構美味しいかもしれない。
「…まあ、もう少し万人向けの味付けにしたほうがいいな。客に出すなら」
「『気まぐれ』料理なんだけどなぁ」
「夜も閑古鳥が鳴く店にしたいのか、ナイトホーク。ほら、デュナスだって…」
 ジェームズがそう言ってナイトホークに注意しようとしたときだった。デュナスは何だかほわっと発光しつつも、そのハバネロ入りポテトサラダを一生懸命食べている。どうやらデュナスは、びっくりしたり感情が高まったりすると発光する体質らしい。
「無理して食べなくてもいいんだよ、デュナス」
「い、いえ…頭では『食べたくない』って思っているんですけど、お腹が空いてるから後を引いてつい食べちゃうんです」
 結局デュナスはポテトサラダだけではなく、ナイトホークお手製の香酢入り中華ドレッシングのかかったグリーンサラダもしっかりと平らげた。その食べっぷりにジェームズも、思わず自分が食べようと思っていたフルーツサラダをデュナスに差し出す。
「デュナス、これも食べるかい?」
「いいんですか?ありがとうございます!」
 フォークに刺さった苺を嬉しそうに食べるデュナスを見ながら、ジェームズとナイトホークは思わずひそひそと呟いていた。
「捨て犬を拾ったようだな…」
「ああ、クロがハスキーならデュナスはレトリバーだ」
「じゃあナイトホークは雑種だな」
「…メイン作りに行ってきまーす」
「ちょっと待て」
 奥に引っ込もうとするナイトホークの腕をジェームズが掴んだ。
「次の『気まぐれ』は何をする気かな?」
「いや、ちょっと蕎麦でも焼こうかと…」
 一生懸命目を逸らせようとするナイトホークに、ジェームズはすくっと立ち上がった。
 悪い奴ではない。だが、この悪戯が過ぎて夜の売り上げにまで響いたら困る。美味いコーヒーも出すし、カクテルの腕は確かだ。それにナイトホークとはそれなりに長いつき合いだ。ある程度見た目より長く生きていると、落ち着ける場所が欲しくなる。その『蒼月亭』を『気まぐれ』で潰されてはたまったものではない。
 デュナスはその様子を首をかしげながら見ていた。何だか緊迫しているような感じだが、何となくこの二人の間に流れる雰囲気などから、お互いよく分かっている間柄なのだろう。
 それよりも…もう少し何か食べたい。
「エプロンを貸せ」
「はい?」
 ジェームズの言葉にナイトホークが唖然とする。
「私がランチに適した料理を作る。それをメニューに入れるといいだろう」
「ちょっと待て、俺にだってマスターの意地というものがあるんだが」
 きゅ〜と、二人の間に悲しげな音が鳴った。
 その音がした方を見ると、デュナスが顔を赤くして俯いている。今鳴ったのは、どうやら腹の音だったらしい。
「ごめんなさい。ものすごくお腹空いてるんです…お二人が真剣なのは分かっていたんですけど、お腹の音はどうにも」
 多分犬だったら耳が寝ているだろう。カウンターで小さくなるデュナスを見た後、ナイトホークとジェームズは顔を見合わせてクスッと笑った。本当にランチが必要な者を放って置くわけには行かない。
 それによくよく考えれば、ここに来る者はただコーヒーやカクテルを求めてくるわけではない。この店が好きだからやってくるのだ。ランチをやろうがやるまいが、この店を愛してもらえればそれで充分だ。
 ナイトホークはカウンターの中からジェームズにエプロンを渡した。
「クロ、料理頼むわ。もちろん俺も作るけど、あちこち行ってるクロの料理も食ってみたいしな。それに俺一人じゃ、ここにいるハラペコ青年の腹の足しになるかわからん」
「ああ、任せておけ。料理は得意だ」

 二人が奥に引っ込んでややしばらくした後、カウンターの上には色とりどりの料理が並べられていた。
 キノコソースのかかったパスタやポテトのミルクスープなどはナイトホークが作り、白身魚と緑黄色野菜のホイル焼きと魚介類のピラフはジェームズが作ったらしい。
 そして、それを目の前にしたデュナスは、まるでマッチ売りの少女のように目を輝かせていた。
「これ、全部食べていいんですか?」
 胸の前で指を組んでいるデュナスは本当に嬉しそうだった。それを見て、ジェームズもナイトホークも満足そうに頷く。
「食べなさい。料理には自信がある」
「ハラペコで帰したって広まったら蒼月亭の名折れだからな。まあ『気まぐれ』料理は出来なかったけど、普通が一番って事か」
「いただきます…美味しいです。ものすごく美味しいです」
 デュナスが笑顔でそう言ったときだった。カラン…とドアが開き、眼鏡を掛けた青年がドアから蒼月亭を覗き込んでいる。
「あ、あの…なんか美味しそうな匂いにつられちゃって。いいですか?」
 カウンター内にいるジェームズとナイトホークが顔を見合わせて笑う。デュナスもふわっと明かりを灯しながら一緒ニコニコしている。
「『マスターの気まぐれメニュー』で良ければ、お作りしますよ」
 そう言いながらジェームズがグラスに水を入れる。どうやら今日はこのままカウンター内にいるつもりらしい。ナイトホークはカウンターを拭きながらら席を勧め、いつもの笑顔でこう言った。
「いらっしゃい。蒼月亭へようこそ」

                                fin

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
5128 /ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&??
6392/デュナス・ベルファー/男性/24歳/探偵

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■         ライター通信          ■
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初めまして、水月小織です。発注ありがとうございました。
もっとはちゃめちゃな話にしようかとも思ったのですが、自分が「いい話」が好きなので、何か綺麗な話にしてしまいました。二人の容姿が真逆なので、何となく犬っぽいなと思いそんな表現も入れてます。リテイクとかがありましたら遠慮なく言ってくださいませ。
また窓開けなどしたときはよろしくお願いいたします。

ジェームズさんへ。
蒼月亭に来たことがあるという設定だったので、ナイトホークの知り合いという感じにしてみました。気軽に「クロ」とか呼ばせてますが、お嫌でしたら遠慮なく言ってください。
料理が得意ということなので、料理も作って頂きました。もっと繊細な料理にしたら良かったかも…。
ナイトホークも待ってますので、また蒼月亭に来てやって下さいませ。