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悲しき懇願
【オープニング】
「最近、ここらに幽霊が出るらしいんだよ」
久方振りに草間興信所を訪れた退魔師、汐・巴はそう口を開いて武彦を見た。
「幽霊?」
「ん」
浅く頷いて、巴。
「最近、街で少女の霊を見たって証言が相次いでいてな……どこぞの学校の制服を着ていたとか」
「……続きを」
「ああ。で―――その霊が、目撃者を悲しそうに見た後にこう言うのさ」
「私を、見つけて下さい」
その少女は、悲しそうに言うのだ、と。黒ずくめの退魔師が言った。
「まさに怪談だな」
ふ、と息を吐く武彦が目を伏せた。
巴も彼の反応に同意するように、目を瞑って苦笑しながら肩を竦める。
「まあ、これだけ聞けば怪談だやな……だが、それだけじゃ済まない事情がある」
――――巴の目が、急速に剣呑な光を帯びた。
「火急の用なのさ」
「……説明してくれ」
彼の説明に寄れば、その霊が悲しげに消えた後――――妖怪が出現、目撃者を襲うのだとか。
幸いにして、未だ死者は出ていないそうだが………
「てなわけで、まぁ然る処から俺のところに依頼が来てな」
「相棒の魔術師とやらは?」
「別件で動いてる。それに、やっぱり人員が欲しいんでな……言ったろ?火急の件、だとな。とりあえず、その幽霊とやらを『見つける』ことが当面の目標になるんだろうが……」
にやりと笑って、彼は勿体ぶるように手に持っていた湯飲みをテーブルに置いた。
こと、と。微小な音が草間興信所に木霊する。
「で、俺の頼み事は前回と同じくシンプルだ――――武彦、人材を紹介してくれ」
そう言って、巴が頭を下げた。
……彼の頼みを許諾する者が現れるところから、この物語は始まる。
【1】
「懇願する幽霊に、その後表れる妖怪の類、か……」
「ああ」
状況確認のために呟いた言葉に、目の前の男が静かな肯定を示した。
ふぅ、と嘆息を一度だけ。全く以って、良くも悪くも世の中は走り続けている―――
「今回も物騒な依頼ね、武彦さん」
眦を少しだけ下げて、苦笑するような表情で彼女、シュライン・エマは武彦に笑いかけた。
「すまんな……しかし、場数を踏んでいる人材となると昨今は厳しくてな」
「ああ……別に、責めているのではないの。決定権は私にあるんだし、ね」
言われて気付いたのか、やや顔を赤らめて武彦がこちらに謝ってくる。
(やっぱり、何処か子供っぽいのよね)
ぱたぱたと手を振って言いながら、脳裏でそんな分析をしてみる自分が居た。
「それで、調査には早目に取り掛かるとして……依頼主の方は?」
言葉の外で肯定を表しながら、彼女は部屋をぐるりと見回す。
興信所の応接室の広さなど、勿論たかが知れている。あくまでジェスチャーである。
そう。
今回の幽霊騒動を持ち込んだと言う依頼主の姿が、興信所には無かったのだ。
「ああ、それは……」
シュラインの意図を理解して、武彦がそういえば、と言う表情で言葉を紡ぐ。
「今、買出しに行っている。すぐに戻るよ」
「……買出し?なにかしら、アンチ・デヴィルの札でもスーパーへ?」
「勘弁してくれ、エマ……そうじゃなくて、だな。今回の依頼主は―――」
「いや、すまんすまん武彦!今帰ったぜ!!」
武彦は、言葉を最後までつなげることは出来なかった。
ばん!と景気良く扉が開いて、陽気な男の声がこちらへと聞こえてきた。
「あら、貴方……」
「うん?……おお!お前さんは確か前に依頼で……エマ!シュライン・エマだな!」
シュラインの台詞も遮って、ずんずんと「彼」がこちらへ進んでくる。
黒い髪に、黒い瞳。
コートからパンツまで一貫して黒いファッションは、鴉を連想させるそれ。
彼女は、彼を知っていた。
「汐・巴さん?」
「おう、覚えていてくれたか。光栄だねぇ」
嬉しそうに微笑しながら、シュラインの対面、武彦の隣に腰を降ろす。
「いや、この御時世にコンビニが近場に無いとは地獄のようなところだな、此処は?」
「狙い済ましたように、な……それで、巴。彼女にも声をかけてみたんだが?」
「ああ、エマにか……良い判断だ。こちらとしては喜んで、というところだがね……」
ごそごそと、買い物をしてきたらしく持っていたビニル袋を漁りながら巴。
顔を上げて、妙に澄んだ瞳で彼は首を傾げてシュラインに問うた。
「ま、場数を踏んでるあんたに言うことじゃないが……ある程度は危険な仕事だ」
「でしょうね。概ねの事情は理解しているわ」
「……どうだろう、協力してくれるか?」
「ええ……構わないわよ」
「おお!」
さらりと返答した内容は、巴の期待に叶うものであったらしい。
子供のように瞳を輝かせながら、彼はシュラインの腕を取ってぶんぶんと上下に振った。
「素晴らしい!助かるぜ、エマ!」
「ええ、宜しくお願いするわね」
そんな子供に、大人の対応をするシュラインであった。
(歳は、私と変わらない筈だけど)
とも思うが、まあ、概して男とはこういうものだ…………
「あ、そういえばこの間、貴方の相棒さんの依頼も受けたわよ」
「うわ」
「セレナ・ラウクード?」
「ああ……確かに。そういえば、来たな。タバスコが全滅したのは記憶に新しい」
思い出したように付け加えるシュラインの台詞に、露骨に嫌な顔で巴が後ずさる。
「そうか、それはそれは……ご苦労だったなぁ。さぞかし酷い待遇で働かされたんだろうな……」
「……貴方の中では、彼のイメェジは鬼監督みたいなものなのかしら?」
「ああ、ロクな人間じゃないぜ!」
巴は嫌に意気込んで、不思議そうに聞くシュラインを当惑させる。
「大体だな、野郎はおかしいんだ。そうだろう?正常な人間なら、あんな辛いものは食え無ぇよ」
「食べ物の嗜好に関しては、貴方も同じレヴェルだと思うけれど……」
「はっはっは、エマはジョークが上手いな?」
「……幸せな奴だな」
一人で笑う巴に、嘆息しながら常識的味覚サイドの二人が肩を落とす。
言っても無駄なことだとは、なんとなく理解してはいたが……
「さて!それじゃ快く依頼を受けてくれたエマにこれをあげようか!」
嬉しそうに言って、再び彼はビニル袋の中の探索を開始。
再びその手が現れたとき――――その手には、アイスクリームのカップが在った。
「……買出しって、これ?」
「うむ、武彦の家の甘いものは食い尽くしてしまったからな!」
「……その重たそうな袋、全部これが入っているの?」
「ああ!」
「ふ……なんかもう、仕事とはいえ嫌になるなぁ……」
「遠い目をしないで武彦さん。それは負けよ」
もう、どうでもいい――――
そんな投げやりな視線で窓の外を見詰める興信所の主を、必死でシュラインは慰める。
「ああ、心配するな武彦!ちゃんとお前にも分けてやるさ!では、エマ。宜しくな!」
「え、ええ……宜しく」
「………俺はもう、何も言う気にならん」
笑顔の巴に空恐ろしいものを感じつつ、武彦は既にグロッキィ状態の様相を呈している。
(…まだ、事件は始まっていないのに)
悪い人ではないのだけれど、どうしてこう、疲れるのだろうか――――
心の中で疑問に思いつつ、シュライン・エマはとりあえず武彦を必死で慰めることにした。
【2】
「……という訳で、諸君には件の幽霊の正体を掴んで貰うぜ」
腕を組み、しかめ面のままに。
―――皆が集まった目の前で、汐・巴が気だるげに告げた。
既に冬の名残は微塵も無い時期。暑さが人々の意識に昇り始める時分に、相も変わらず黒い風体である。
「でも……少しばかり面倒かもしれないわね、今回は」
見るからに暑苦しい格好についての言及は避け(というか諦め)、続けてシュライン・エマが口を開く。
それはまた、彼女のみの思いではなく、この場に居る者全員の思いであった。
「被害者から、話を聞くことは出来たのに…」
「―――まさか、人物特定にまで至らないなんて。困りましたね」
言い澱む彼女の台詞を、後ろに立っていた秋月・律花が引き継いだ。
こちらも同じく暗鬱とした口調で、世辞にも晴れやかな顔ではない。
「そうなんだよなぁ……ったく、厄介なことだ」
現状の確認を為し、巴が最後に嘆息する。
そう。現状は暑く、不快で、のみならず先行きも不安だった………
まず彼らが最初にしたことは、襲われた人々との接触だった。
そもそも噂は本当であるのか?
また、目撃された少女は全員が同じ風貌なのか?
疑問は多く、制服の種類の特定すらも済んでいない現状では妥当な行動であった。
結果、少女は同一人物で、制服と風貌の目星も付いたのであるが――――
「昨日の時点では、特定にまでは至らなかったんですよね」
「ああ……とりあえず在学生の写真を見てみたんだが、どうにもな……」
見事に制服を着こなして微動だにしない櫻・紫桜の言葉に、かくかくと巴。
そう。結論から言えば、少女は見つからなかった。
死んでしまっている生徒も居たものの、まるで似ていなかったりと見当違いなのだ。
在学生の写真をどうにか揃えて確認すれば良い、という巴の目論見は一瞬で崩れ去った次第である。
「で、でもさっ。制服から割り出した学校は―――此処で、間違い無いんだよね?」
沈む雰囲気の中で、律儀に手を挙げつつ九竜・啓が言った。
おそらく―――この中で尤も純粋に事件の解決を願っているのは、他でもない彼だろう。
「ああ……エマが学生やらその道のマニアやらに照会してくれたし、間違いない筈だ」
「……マニアって、巴さん」
「人の嗜好には言及しない方が良いな、律花……その存在を疑うなら、君も今一度高校の制服でも着て、」
「―――話が脱線しているぞ、馬鹿者」
ごき、と、軽快とは言い難い打撃音が響く。
至極真面目な表情で手をわきわきと動かす黒い馬鹿へ鋭く放たれた、黒・冥月の肘打ちだった。
………あきらの台詞から見当のつく通り、ここは神聖なる学び舎の校門付近なのだが。
小首を傾げてそのやりとりを見ていたあきら以外の人間が、ささやかに嘆息する。
この依頼人は、マイペェスを貫き過ぎては居ないだろうか?
「しかし……厄介な問題だと言う意見には同意だな。私も軽く『探して』みたんだが…」
「……冥月さんの能力で見つからないなんて、妙ですね」
「ああ」
本当に厄介だ、と冥月が浅く首を振った。
……霊と成っているのならば遺体は埋葬されずに放置されているだろうと、昨日探索してみたのだが。
これも結果はつまらない。奇妙なことに、遺体は発見できなかったのである。
「まあ、写真が手に入っているわけでは無いから、精密性にはやや欠けるのだが……」
「……遺体が残っていないか、お前さんの異能を掻い潜るレヴェルの結界内にいるか、かね?」
「いえ―――もう一つ、ありそうな可能性を見落としているわ、巴さん」
ふるふると芝居がかった様子で首を振っている巴に、切り込むような冷たい指摘。
腕を組んで冷静を無くさない、シュラインの言葉だった。
「彼女、最初から人間じゃないのかも知れない」
ぴくりと、その可能性に巴が身を震わせて腕を組み直す。
それは。
「……そいつは、また。斬新だな」
「でも、有り得ないという訳でも………ありませんよね?」
「そうだな……本当にそうだ、紫桜」
「で…でもっ、でもさ!俺、そうじゃないと思うんだ!」
現状の不可解を一気に解消できる提案は、割と魅力的なそれであった。
そこに――――慌てた様子で、あきらが割り込みをかける。
「だって、それって変だよ!幽霊の人は悲しそうだったんだろ!?だったら、だったらさ――――!」
「…あきら」
「確かにシュラインさんの解答が正解かもしれないけど、でもそんなの……」
「落ち着いて、あきら君」
ぽん、と、狼狽する彼の肩に、安心させるように律花が手を置いて語りかける。
優しげな瞳が、落ち着くように告げていた。
「大丈夫。まだ、わからないんだから……だからこそ、私たちは調査を重ねるのよ」
「うむ、律花は良いことを言ったな。まずは働かなくてはいかん」
「あ……ごめん、俺、取り乱して」
「ま、焦らずに行こうぜ……皆が言っているように、前日までの調査には些か穴があるんだ」
「それで、今日の昼間は地道に聞き込みをする、ですか」
ようやく、今日の方針が紫桜の口から発せられる。
ああ、と短く頷いて巴が肯定した。前日までのおさらいは、これまで―――ということである。
「んで、夜は巡回だ……エマには、更に広範囲の調査を頼めるな?正直、それが鍵になると思う」
「ええ、腐ってもその分野の専門だから任せて頂戴」
「……まあ、あの馬鹿の事務所を手伝っているのだから自然とスキルも上がるだろうな」
「…………冥月は、もう少し歯に衣を着せろ。武彦が可哀想だぜ?」
「ふん」
軽く鼻を鳴らして、冥月が巴から顔を逸らす。
同時にそれは、異論があるわけではない、というサインの意味を内包する挙動だった。
「では、着実に地盤を固めていこうか……幸い、戦闘も調査もほどよくこなせる良いパーティだ」
「あ、俺はどっちなのかなぁ?」
ふにゃ、とあきらが微笑む。
男、という立場に足を乗せながら、しかし魅力的な彼は―――――巴は、彼を見据えて真摯に応えた。
「マスコットだな」
「即答ですか巴さん」
「うむ」
「え、俺ってそんな扱いなの!?」
「なに、汎用性が高いと言うことさ……それじゃ、皆似顔絵は持ったな?」
ぱたぱたと手を振りながら巴が会話を先に進める。
皆が頷き―――懐から取り出した簡素な紙切れを、巴に示してみせる。
「まさか巴さんに、このように面妖な技能があったとは……」
「紫桜、それ、褒めて無ぇ。では皆、暫くは散って情報をだな――――」
鋭く紫桜にツッコミを入れながら、巴が皆を振り返る。
……そして、そこに生じていた奇異に言葉と身振りを止めてしまった。
そこでは――――
「お姉様たちのお名前って、律花様、エマ様、冥月様と仰るんですね?素敵………」
「恋人はいらっしゃるんですか!?」
「くっ……どけ、邪魔だ貴様等っ!」
なんというか。
「ご趣味は何なんですか!?」
「ちょ、ちょっと!皆さん、どうして詰め寄ってくるんですか!?」
「そんなぁ、つれないことを仰らないで下さい!」
完膚無きまでに。
「巴さん……ごめんなさい、捕まってしまったわ……」
「お茶は何の葉がお好きですか、お姉様!?」
「いや、私たちは仕事でね……!?」
無力化された仲間が、三人ほど人垣の中に埋もれていた。
その異様な光景に、百戦錬磨の術師たる巴が思わず後ずさる。
「馬鹿な……いつの間にこれだけの人間が接近した!?気配なぞ微塵も―――」
「うわああああああ!?」
―――そして、事態はまだ収束していなかった。
向かい側で、今度は紫桜(訳:ひがいしゃ)の悲鳴が上がる。
(冗談……あの紫桜に悲鳴を上げさせるなど、余程の―――)
恐怖すら感じながら、振り向く。
………なんというか、微妙に展開を先読みしながら。嫌そうに。
「ちょ……離して!離して下さい、皆さん!」
「紫桜さん、この学校へはどんな用件で来られたんですか?」
「何故俺の名前を………あああああ、いつの間にか俺の生徒手帳が無いっ!?」
「ああ、この高校の方でしたのね……お近付きになれて光栄ですわ」
「ち、近付かなくても結構です!離れてください!」
「そんな、結婚を前提になんて……」
「事実無根の捏造だ――――――!?」
……果たして、巴の予想は正しく現実を捉えていたらしい。
「俺?俺はねぇ、くりゅー・あきらって言うんだぁ。宜しくねぇ」
「きゃあ、可愛い!あきら君は何歳?」
「俺はねー、十七歳だよ」
「それじゃ私たちよりも年上なの!?」
「うん。えへへー、見かけによらず大人の男なんだよー」
「あああああああ、この愛らしさは反則だわー!!」
地獄絵図を通り越して、最早形容付けがたい空間が形成されていた。
「くそっ………待ってろ、今助けて」
「ささ、お姉様方!あちらにお茶のご用意が出来ておりますわー」
「「いや、別に要らな」」
「ささ、どうぞどうぞ!!」
舌打ちする一瞬すら致命的。
瞬く間に、右側で女性の波がシュライン・律花・冥月を浚い。
「お二人とも、もっとお話を聞かせてくださいな!私ども、いつも退屈しておりますの」
「遠慮します!俺達は仕事で―――」
「そうだよ、俺達はねー、こう見えても」
「ささ、どうぞどうぞ!!」
左側で、同じレヴェルの波があきらと紫桜を浚っていく。
この間、実に五分もかかっていないだろう。神業、と称して支障があるかどうか――――
「馬鹿な……」
……前述したように、既に暑さを感じ始める季節。
じくりと嫌な汗を背中に感じつつ、巴は愕然と、信じられないように呟いた。
「……まさか」
(最高のメンバーだった!)
心の内で絶叫する。
戦闘、調査の両サイドにおいて死角の無い、およそ完璧な人選だったはずだ。
故にこの事件も、そうかからずに終わらせられると踏んでいた。
それが、現状はどうだ?
「――――」
がくりと、膝を落とす。
そして、彼は渋々ながらに認めた…………ああ、認めたくは無いが、この物語の序幕の時点で。
自分達は、ある意味で敗北したのかも知れない。
「………予想外だ」
吐き捨てて、立ち上がる。
幸運にも自分は敵の猛威から逃げ切った。命を大切にして、仲間の志を継がねばならない。
彼等は―――――尊い、本当に尊い犠牲なのだ。
「………はぁ」
嘆息して、とぼとぼと校舎へ向かう。
前調査したところではこの学校は私立高校とのことだったから、中は此処よりも確実に涼しいだろう。
(日本の高校は、確か私立高校が金を持っている……そんな理解で、正しかったはずだ)
しかし――――巴はゆるゆると首を振って戦慄した。
やっとの思いで、コメントを口から吐き出す。
「話には聞いていたが、恐ろしい所だ…」
……そう、恐ろしい場所だ。
―――――この、女子高と言う所は。
【3】
そして―――地獄の昼が終わり、夜である。
蒸し暑いと云うには至らないまでも、寒さは感じない気温が辺りを支配している。
……月は、完全には出ていない。
中途半端な夜を感じさせるシチュエーションだった。
「しっかし……参ったな。何か分かるだろうと思ったんだが」
そこで。
く、と欠伸をしながら、巴が辟易したように空を仰いでいた。
「……見つかりませんでしたね」
「大分、頑張ったんですけど………」
ふらふらと巴の後を追うように、律花と紫桜の声。
心なしか―――否、その顔には確かに疲労が浮かんでいた。
「疲れたのに……何も出なかったってのは、辛い話だな」
………結局。
意外な伏兵に面食らいながらも、一応殆どの生徒・職員からの聞き込みは終了していた。
しかし―――またもや結果は空振りに終わってしまった。
死亡した者だけでなく、霊魂を生きながらに操る者が居る可能性も考えての行動だったのだが………
「疲れたぁ………世間には元気な人が多いよねぇ」
「世間知らずは、だろ?あきら」
「そうそう。俺の行ってる学校でも、あんなに元気な人たちは珍しいや」
「確かに……あれを同じ高校生で括るには限界があるんでしょうね……」
何処と無く悟ったような声が、淡々と続く。それは、巴の近くから。
―――――だが、遠くから。
「まあ、そう言うなって。二人に分かれての夜の散歩だ……なぁ?」
「目的が目的でしょうに……」
巴が苦笑しながら、宥めるように『声をかけた』。
自分の隣には――――あきらしか、居ない。
「むくれるなよ。出没範囲は分かってるんだ、抜かりなく、律花と仲良くな?」
「そちらも、九竜さんと仲良く!」
ざざ、と雑音が響く中から紫桜の声。
見れば巴が手の中に持つ、小型のトランシーバが連絡役をこなしていた。
「オーケイ、それじゃ目標が現れたら連絡宜しくな。律花の異能は、目標護衛に役立つ」
「同感です。律花さんの防御力は当てにしていますよ……冥月さんへの合図は?」
「それも、了解している……エマの雑用なんぞ、どうせ面倒でして無ぇんだろ。精々出張らせろ」
「はい」
苦笑する気配が、トランシーバ越しに伝わってきた。
当初の予定通り、夜になってからのシュラインは調査メインにシフトしていた。
昼の結果は望みの結果も出なかったので、調査範囲を広げた彼女の働きが頼みの綱である。
冥月はと言えば、その異能を見込まれ、シュラインの手伝いを兼ねて「控え」に甘んじているのだが……
「どうせ、仕事して無ぇんだろ?」
「巴、それは違うよ。冥月さんはあれで真面目な人だと思うなぁ」
すかさず、あきらのコメントが入って巴が紫桜同様に苦笑する。
誤解されがちな口調と見た目だが……素直な者への受けは良いのだろうかね、と首を傾げた。
「ちゃんと皆で聞き込みをして、殆ど全員に聞いたじゃないか」
「うん、教頭だか校長だかが休んでいた他は多分全員に聞いたな……全く、個人情報だのなんだのと」
「巴が偉い人から貰ってきた依頼じゃなかったら、困ることになってたよねぇ」
「………世知辛い世の中ってことだな」
などなどと、雑談をしながら夜の街外れを歩く。
………言うまでも無く、こちらも重要な役割である。
被害者を出すのも頂けないし、直接現象を見ることはこういった事件において欠かせぬファクタだ。
やがて、巴とあきらが何気なく交わしていた怪談のネタが尽き、本格的に夜が深まった頃―――
「きゃああああああああああ!!!」
二人の意識を一気に覚醒させるような、空を裂く絶叫が木霊した。
「巴、今のって!?」
「ああ!おそらくは当たりだろうな………おい紫桜、今のは聞こえたか!?」
「―――聞こ…ました!俺達……くです!巴さんたちも――――」
「ち……」
先刻までとは打って変わったノイズの多さに顔を顰めながら、どうにか大意を掴んで巴が怒鳴る。
「分かった!紫桜も律花も、無理するんじゃ無ぇぞ!!」
荒々しく電源を切り、あきらへと振り向く。
「そういうわけで荒事専門の出番だ!あきらの出番は無いだろうが、一人も危険だ!遅れるなよ!」
「あ……うん!」
「行くぜっ!」
端的に呟いて、彼は一気に走り出した。
目は剣呑に輝き、既に彼の頭は戦闘を予見して猛っている。
「巴……あれ、もう、居ない…!?」
そして少し走ってから、ついにあきらが巴を見失ってしまう。
あきらは、ぞくりと身を震わせて走ることをやめた………違和感が押し寄せる。
闇が―――――奇妙なほどに、深い。
自分が、前を走っていた巴を見失ってしまうほどに。
「俺……どうすれば、良いんだろう………?」
深く暗い闇の中。
あきらは、保護者から引き離された幼子のように立ち尽くしていた。
「……見えたっ!」
紫桜は牡鹿の如く疾走しながら、角を曲がったところで対象を確認する。
地面にへたり込んでいるのは、中年の女性。
…その周りは既に、数匹の妖怪によって固められていた。
「突っ込んで敵の連携を乱します!律花さん、対象の確保を宜しく!」
「ええ、了解!」
(少女の霊は居ない……既に消えた、目の前の女性はそちらには悲鳴を上げなかった!)
加熱していく思考でなんとなしに考えながら、彼は短く呼吸を二、三。
気を瞠目すべき速度で練り上げたままに、目の前の一匹の妖怪へと勢いの乗った回し蹴りを叩き込む!
「せあっ!!」
「グ」
くぐもった悲鳴が聞こえ、霧の如く敵が消え去る―――
その霧散を待たずに、こちらに気付いた二匹ほどが迎撃に走り来る!
「ああああああ!!!」
一瞬で判断した紫桜は、右の敵にのみ力を振るう。
真正面へと相対して突きを一撃。しかし倒せない。
けれど―――ぐらりと傾く、醜悪な巨体。
「遅いっ!」
極端なまでに彼は沈み込み、敵が疑問符を浮かべる前に行動に移す。
独楽のように見事な、足払いをかけた。
「ギャ!?」
もんどりうって倒れる妖怪に、チェック・メイトがかけられる。
……下は、人類文明の妙であるアスファルト。
実体が在る以上、これより生じる最大級の衝撃からは逃げられない。
「これで―――――二つ!」
掛け声と共に、瓦割りを髣髴とさせるような上から下への打ち下ろし。
二匹目の敵が霧散して、しかし左の敵を軽んじていた報いが迫る……
「……頼みます、律花さんっ!」
「間に合って―――!」
………ことも、無かった。
左から迫っていた妖怪と紫桜の間に滑り込むように律花が、虚空へ文字を描いて異能を開放する!
きぃぃん、と、敵の爪か、牙か―――その攻撃と律花の結界が、かち合う音がした。
「紫桜さん!」
「ええ!」
その隙は見逃さない。
たたらを踏んだその敵を、速やかに紫桜が排除して、更に踏み込んだ。
「……除け、貴様っ!」
そして、ついに女性の一歩手前へと到達。
危ういところで、彼女を襲おうとしていた妖怪を豪快に投げ飛ばした!
「失礼します、どうかこちらへ―――」
素早く律花が女性のフォローに当たってくれるのを横目で見つつ、紫桜が敵の残りをカウントした。
(身を固めないで動いてくれるのはありがたいし、大したものだ…)
混戦の中で味方の迅速さを喜びつつ、彼は構えなおす。
律花がそのように立ち回ってくれるというのなら―――心置きなく、櫻・紫桜は戦える。
「巴さんの到着を待つまでも無い……」
しっかりと、大地を踏みしめて。
「――――全て、狩り出してやる!!!」
踏み込みから爆発的な加速を生み出して、彼は敵の殲滅へ全エナジィを注ぎ込むことにした。
時刻は、既に日付も変わろうかと言う深夜である――――
「律花、紫桜!!」
巴が到着したのは、その数分後のことであった。
相当の距離を、全力で駆けてきたのだろう。息は切らしていないが、やや雰囲気が昂っている。
彼は現場の状況――女性を、律花が宥めている――を見て、安堵の息を洩らした。
「どうやら俺は間に合わなかったが、しかし仕事はしてくれたみたいだな?」
「ええ……結構、手強かったですけど」
「ふむ」
相当数を捌いて肩を上下させている紫桜を見てから、彼は周りを見直す。
今までの被害者は運良く人通りのある場所に近かったが、今回は回りに殆ど何も認められない。
(本当に……色々とギリギリだったな)
危うかったのだという事実を噛み締めて、巴は嘆息した。
「それで……惜しかったな。今回も幽霊は見られなかったか」
「ええ………しかし、巴さん?」
「うん?」
「その、一つ訊きたいんですが………どうして、一人なんですか?」
「ああ……」
あきらが居ないことへの質問だと理解して、曖昧に頷く。
「なに、少し遅れているだけだろう。すぐに追いついて来るさ」
と言って腕を組み、一分が経過。
「…………」
二分経過。
「…………………」
三分経過。
既に律花が確保した女性は落ち着きを取り戻している。
「………まさか」
「巴さん、もしかしなくてもこれは……」
歯切れ悪く呟く二人。
そして、その不安を具現するように――――巴の来た方から、悲鳴が上がった。
やや高い、けれど男性の声。
「巴さん!」
「ああ、一晩に一回だけと言う認識は間違いだったか―――二人はそのご夫人を頼んだ!」
「お気をつけて、巴さん!」
「あいよ、律花も気を抜くなよ!」
声をかけて二、三の会話を交わしたときには、既に駆け出している。
「……………Damn it!!!」
何故、迂闊にもあきらとはぐれてしまったのか。
己の失態に歯をぎり、と噛み合わせながら巴は急いで来た道を戻り始めた。
【4】
時は、少しだけ前後する。
「私を……探して下さい」
「君は……」
巴があきらの悲鳴を聞いた、少しだけ前。
ボウ、と光る目の前の少女を見ながら、あきらは呆然と呟いていた。
―――似顔絵に似た、女の霊。
巴とはぐれて途方に呉れていた直後に、ふわりと自分の前に現れたのである。
「……何が、悲しいの?」
「……」
「誰にも見つけてもらえなくて、寂しいの?」
あきらが、言う。
その言葉を理解したのかどうか怪しいが―――少女の顔が、少しだけ歪んだ。
(演技じゃない……本当に、悲しいんだ)
そのことを理解する。
彼女は、人間であろうと妖怪であろうと、関係ない。苦しんでいる。
「私を、見つけて……」
「え……君!」
す、と少女が闇に溶けていく。
その表情が晴れないままなのが悔しくて、とっさに彼は少女へと手を伸ばした。
その手が何かを掴むことは、無い。
―――だから。
「……見つけてやる」
手を引き戻し、あきらはぽつりと呟いた。
「君は……誰かに、見つけてもらいたいんだ」
決意を新たに固め、
そしてクリアになった脳が急速に冷え込む。
―――一瞬きの後に、沸騰する。憎らしいほどに、彼は正しく状況を理解していた。
「あ……」
すなわち。
少女の消えた後に、何が現れるのか?
「不味い……俺、もう囲まれてる?」
……闇から、少女の霊とは似ても似つかない醜悪な群れが現出してくる。
「あ……」
巴は、居ない。
「……うあ」
目の前の敵――そう、敵だろう――は、殺意を迸らせている。
「……来るな」
怖い。
恐怖が前身を走り抜ける。
味方が、居ない。
「来るなよぉ……」
じりじりと後ずさり、壁際に追い込まれる。
逃げ場も、味方もこの場にはない。
(―――ならば、何とする?)
その状況に不自然に割り込んできたのは、そんな声だった。
誰の声か、と訝しんだがすぐに思い当たる。
(今のは……俺の声?)
間違いない。自分の内から、それは聞こえてきた。
「何が」
「―――致し方無い。その恐怖は俺が引き受けるよ、あきら」
再び声が聞こえ。
状況を正しく理解できないまま、あきらの意識は闇に沈み込んだ………
「ゲゲッゲゲエゲ」
……人外の、およそ美しくも無い声で意識を覚醒させる。
「……」
敵は複数。強敵だ。
急に「伸びた」身長による視界の広がりを自覚しながら、浅く首を振る。
「………なら、味方を呼べば良い」
そう呟いて、「彼」は冷静に、踵で己の影を叩いた。
かつん、
かつん、
かつん、
軽快に、三回。
その意味が分からないのか、妖怪が首を傾げる。その程度の脳はあるらしかった。
「なに、冗談ではないぞ?」
くすりと微笑して、彼は無防備に立ち尽くしている。
―――それが、癇に障ったのだろう。妖怪たちが、一斉に彼へと押し寄せる!
彼はその様を見て、いっそ悲しげなほどにす、と目を伏せて呟いた。
「ああ、でも」
「そのような無粋は許さん、化物が」
そして闇夜に、女性の声が響き渡る。
凛とした声が――――あろうことか、彼の影から聞こえてきた。
「は……丁度デスクワークで鬱屈していたところだ、丁度良い」
嘲るような声と共に、黒髪の女性が影から出現する。
『助力が必要なら―――』
「無事か?」
「無事です。助力を、お願いします」
「ふん……貴様、何故だか雰囲気が変わっているな?面白い」
「身長も、ね」
「この短期間で?男の面目躍如だな」
当然の如く、平然と彼女はその男、あきらに話しかけている。
……ああ、それは、彼女にとっては当然のこと。
『影を三度叩け。すぐ駆けつける』
昼間皆の前で交わした約束を、彼女。
―――黒・冥月は速やかに守って見せたのである。
「さて……貴様等、覚悟は出来ているのだろうな?」
あきらを守るように、完全に影から抜け出して姿を現した冥月がわざとらしく踵をコツ、と叩く。
それは、戦闘前の願掛けであるとか、いらついている気分を落ち着けるためのものではない。
アクション・ショーさながらのケレン味を好む彼女ではないと―――残念ながら、初見では気付けない。
「まずは、汚らしい容貌の奴を二匹、と」
つまらなそうに呟いて、彼女は目の前の化物の群れを見る。
音も無く、
殺気も無く、
そして慈悲も無く。
彼女の異能により先鋭化した化物自信の影が、主人へと翻意を示して伸びていた。
「グガアアアアアアア!?」
胸に大穴が開き、愕然として身を震わせる。
「ギ」
「煩い。その程度の攻撃も避けられぬ愚妹が、これ以上世に在るんじゃない」
ぴくり、と流麗な彼女の眉が歪む。
命の瀬戸際に立つものが等しく挙げる絶叫は、やはり彼女にとって心地よい物ではなかったのか。
「巴は……惜しいな。まぁ、健康のための無駄骨だと諦めるが良い」
大仰に腕を振り下ろす挙動も無い。
冥月はただ、目を目前の脅威(否、それでは語弊が残る)に向けて細めて見せた。
「消えろ。この場面は、それで終幕だ」
………ず、と貫かれ、十数の固体が霧散する。
後に残ったのは、冥月に、妙に身長の伸びたあきら。そして、
「ったく……無駄骨じゃないか、くそっ!」
流石に少しばかり息を切らせて、悪態をつく黒い退魔師だった。
「遅かったな」
「これでも全力疾走だ、冥月……しかしまぁ、多数を相手にすることに長けていらっしゃる」
「ふん?」
つまらなそうに息を抜き、彼女は手近な壁に背を預けて顔を伏せる。
既に働き、この場において興味を惹くものはない、と言わんばかりに。
「で……」
心得たもので冥月への突っ込みは差し控え、巴が「彼」を見る。
「お前は……あきら、だよな?」
「ああ、その通り。分かって貰えるのは嬉しいな、巴さん」
「……今のはわざとだな?」
「ふ……まあ、真面目に応えるよ。俺は正真正銘の九竜・啓だ、巴」
「そうか。こちらも深くは聞かんがね………」
今や身長にして180弱はあろうかという長身になってしまった啓に、フランクに質問する。
(普通の奴が見たら……アウトだよな、色々と)
平然と夜空を見ている冥月を横目で見つつ、巴は啓を見た。
「その背格好だと、随分と強そうじゃ無ぇか、啓?」
「鋭いな。まあ……どちらにせよ、俺が表に出ることは稀有なんだが」
そうして、微妙なニュアンスを保った微笑で彼は二人を見詰めた。
「……あきらが使えなくて、手数が欲しいときは呼ぶと良い。そうだな、アルコールなんかうってつけだ」
「は?」
「おまじないだよ、巴。つまらない戯言だ……」
つ、と一度、目を伏せる。
「とにかく、危機は去ったみたいだし。俺は消えるよ」
「……」
「さよなら、ご両人」
そこまでほぼ一息に告げ、啓は冥月と同じように壁にもたれかかる。
……ややあってから、穏やかな寝息が二人の耳へと入ってきた。
「……面白い特技だな」
「いや全く。それで……これからどうするか―――」
現実を思い出してさて、と思い直す。
―――瞬間に、懐から呼び出し音が鳴った。
「ん、俺だ」
「巴さん!?今話せるかしら!」
誰だろう、と携帯電話に出ると、果たしてシュラインの声がする。
冷静な彼女にしては珍しく、高揚した口調だった。
「話せるよ。どうした、何か分かったのか?」
「ええ!あれからあらゆる可能性を考慮して調査範囲を広げてみたの!」
「それで?」
「ええ!あの制服がただのコースチューム・プレイっていうのも馬鹿げた話でしょう?」
「……ああ」
冷静に、巴が頷く。
おそらく――――電話の向こう側のシュラインは、既に真相に至っている。
「それで?」
「それで、調査範囲はあの高校に絞って、けれど過去の卒業生にまで伸ばしていったの」
「妥当だな」
「ええ、それでね……その子、やっと見つけたのよ」
「やっとって……大袈裟だな。精々が数年前の話だろ?」
「驚かないでね?その子はね」
シュラインが、言葉を切った。
「その子は―――――」
【幕間】
「ご婦人、本当にこの女の子を知っているんですか?」
「ええ、知っていますよ」
何でもないことのように頷く目の前の女性を、信じられない気持ちで紫桜が見た。
ひらりとポケットから落ちてしまった紙切れを見て、助けた女性があら、と反応したのが先刻のこと。
「妙な話……でも、無いのかしら」
「どうでしょうね……」
難しい顔で腕を組む律花と共に、眩暈のような感覚に襲われる。
聞けばこの女性、昼間尋ねた女子高の教頭であるという。
「今日はたまたま、風邪気味で休んでしまいましてねぇ……」
「というと、教え子にこの子がいらっしゃったのですか?」
(意外なところで、真相を突いたのかも知れない)
はやる気持ちを抑えつつ、律花が訊く。
妥当な推理に首を縦に振るのかと思いつつ反応を待つと、以外にもその女性は首を横に振った。
「いいえ。この子はねぇ……」
ふと、似顔絵を見詰めなおし。
彼女は何処か嬉しそうに、そして悲しさも含ませた瞳で己の知る情報を語った。
「この子は私の、同級生なのよ」
『―――巴さん、その子は二十五年も前に行方不明になっているの!!』
此処に、歪な真相が暴かれた。
【5】
「そう、そうだよ……俺も昔、聞いたことがあったんだ」
ざっ、ざっ、と足音が闇夜に響き渡る。
「魔術師の間じゃ、割と有名な事件でな……二十五年前、ある狂った医者が居たんだ」
前述したように日は変わり、しかし夜は今田に深い時間帯である。
しかし彼、巴を筆頭に、この事件に関わった全員がある場所に向かって歩いていた。
「その医者が、何を?」
「そうだな、普通はそこが焦点だ、エマ……そいつは、大した腕も無い癖に魔術を現代医学と融合できないか、と考えた。……まあ、こういうと新説に聞こえるが…実際のところ、影でそういった試みは行われていたし、ある程度成功もしていたんだが」
投げやりな口調で語りながら、目の前に現れた蜘蛛の巣を払う。
「そうしてまぁ、オカルティズムのオの字も知らなかった馬鹿野郎の企みは失敗し、彼に従った医師達と共に十数人がこの世を去った。表向きは、確か連続殺人犯の仕業とかなんとか発表されたっけな」
「………」
「で――――現世に、その霊魂は留まっていた」
誰も、彼の独白じみた解説を邪魔するようなことはしない。
既に、この事件が終わりつつあることは分かっていた。
「その病院も今じゃ幽霊の出そうな廃墟と銘打たれているんだが……そこに居た奴等は、外道に堕ちた。良くあることなんだが――――次にそいつらは、同類を求めたんだ」
「それは」
「………おそらく、彼女が選ばれたのは本当に偶然だったんだろう。彼女は、二十五年前に奴等に連れ去られてから、殺され………天に召されることも許されず、この二十五年の間、ずっとその馬鹿共の慰み者にされてきた。遺体も、最早白骨だろうな。原型なんか留めちゃいない」
「反吐が出る話だな」
顔を顰めて、冥月。
だがその心情は勿論、誰しもが持つ感慨であった。
「……いつ、彼女がこういった芸当を会得したのかは知らない。だが彼女は、ただ……行方不明の一言で終わっている自分を誰かに見つけて欲しかった。ただ、きちんと埋葬して、悼んで欲しかったんだ」
「それじゃ妖怪たちは、その男達の仕業なの?」
「多分、な。長く人間を辞めていれば、奇しくも前述した彼女のように特殊な能力に目覚める者も居るさ………多分、少女は自分が消えた後の惨事を知ることが出来なかったんだろう」
「それで……この事件が、起こったんですね」
「そう……あきらの信じた通り、少女は人を殺そうなんて思って居なかった」
――――その少女は、悲しそうに呟くのだと云う。
「見つけて下さい、と………それが、それだけが彼女の本心だったんだ」
ざ、と巴が足を止める。既に生い茂った林は終わり、前が開けていた。
その、開けた視界の先に――――古ぼけた、病院らしき廃墟がある。
「あれですね」
「ああ。さて………一応、確認だ」
律花の言葉に軽く肯定を表し、巴はくるりと皆のほうを向く。
ぴ、と人差し指を翳し、微笑んだ。目は、笑えていなかったが。
「これから先は、結構危険だ………それでも、来るかい?」
「今更それは無いでしょう、巴さん?わざわざ私を呼びつけた時点で、分かっているくせに」
「む」
「そうだよ!俺、足手まといにならないよう頑張るからさ……怖いけど、俺も、会いに行きたいんだ」
「むむむ」
嘆息すら込められたシュラインの台詞と、真摯に過ぎるあきらの台詞に押される。
「……馬鹿馬鹿しい。先に行くぞ、巴」
「確認するまでも無かったか……オーケイ、それじゃ行こう。律花、結界を当てにするぜ?」
「はい、ご随意に」
結局、確認は無駄な問答時間でしかなかった。
(………困ったものだ)
誰にも見えないように、苦笑する。
心の何処かで嬉しく思いながら、巴は先行する冥月を追って皆と共に病院へ足を踏み入れた……。
「………アレか」
「ええ……多分」
そして、病院に足を踏み入れてから数十分後。
入り組んだ病院、最上階に近い部屋で――――――巴たちは、「彼女を見つけた」。
「……この人、なの?名前は」
「玲子。秋雪玲子、だったな?確か」
つい一時間ほど前にやっと知った名を、巴は告げてやる。
「そう……玲子さん、なんだ」
あきらが、一人確認するように呟いて「彼女」へ近付いていく。
―――人間一人の身体など、骨に成ってしまえば案外大したことも無い。
広い広い部屋の片隅に、ぼろぼろの制服らしき布切れを纏った白骨が、鎮座していた。
「見つ、けたよ」
くしゃ、と儚げに顔を歪ませながら、あきらが物怖じせずにそれに触れる。
瞬間―――蛍が無数に生じたかのように、淡い光。
見れば、あきらの目の前に少女が立っていた。
嬉しそうに。
己が身に降り掛かった不幸は、撒き戻らないのに。
机を並べていた友人は、既に白髪が混じるほどに老いてしまったというのに。
「ありがとう、ございます」
けれど彼女は微笑んで、礼を言ったのだ。
「うん……見つけたよ。俺達、君を見つけたよ………」
あきらが、それに呼応するように微笑んで。
「さ……行きましょう?こんなところ、その人には似合わないわ」
シュラインが、手際良く「彼女」を集め、持って来た布に包んだ。
「うーむ、用意が良いな。流石は女性だ」
「………それ、私と冥月さんへの当てつけですか?」
「ふむ、台詞をとられたか。では、私は行動で――――」
「なんと手の早い!助けてくれ紫桜!」
「嫌です」
「無理じゃなくて嫌かよ!?」
殊更明るく、背後では寸劇のようなやり取りが繰り広げられる。
そして、暫く控えめな笑い声が響いた。あたかも、手向けのように。
「さて……何故俺がダメージを受けているのか不明だが、帰るとしようか」
「ええ、そうね」
誰も異は唱えない。
しかし、その表情は既に笑っていなかった。ある意味では、当然だが。
「んで……律花。エマの護衛を頼めるな?風呂敷持参の彼女は戦えない」
「あのね、風呂敷じゃないんだけど……」
「なに、俺はハンカチとスカーフと風呂敷の区別がつかなくてな。それで……」
「末期的ですね」
「話の腰を折らない、紫桜。で――――あきら。多分敵さんは多いんで、お前にも出張ってもらう」
「え、俺?」
鋭いつっこみをギリギリ(本人の精神衛生上の、だ)でいなし、巴があきらを見る。
シュラインと同様に非・戦闘員だと思っていた彼は、面食らったように慌てて手を振った。
「お、俺には無理だよ……喧嘩なんか出来ないし、絶対やられちゃうよぉ……」
「ふ、案ずるな」
ニヒルに笑い、巴が懐からビンを取り出す。
ウイスキーなどの小洒落た物ではなく、無骨な一升瓶だった。
「ちょ、ちょっと巴さん!未成年にそれは!?」
「ええい、止めてくれるな律花!敵が集まってきている、結界を張ってくれ!」
「………この力を、未成年飲酒のために使うことになるなんて」
目の色を変えてあきらに迫る巴に嘆息しつつ、しぶしぶながら律花が虚空へ指を躍らせる。
「――――望み、夢想し、隔てる」
静かに己を律して、目を開いたときには薄い壁が自分たちの周りを覆っていた。
いつのまにやら現出した妖怪と霊が、こちらを恨めしそうに見ている。
「おら、飲め呑め呑め呑め飲め呑め飲めぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」
「ちょ、ちょ、ともえ、俺、無理――――――!?」
「何か考えがあるのでしょうけど………なんて、痛ましい」
「同感だな」
何か見てはいけないものが目の前にあるかのように、く、とシュラインが目を逸らす。
笑いをこらえるように、冥月がそれに習った。
そうこうしている内に、じりじりと敵は周りを囲んでくる。
「もう距離が無い……巴さん、先に行きます!」
「私の能力は霊には通じない。紫桜、そちらは頼むぞ」
「了解!」
その状況を良しとせず、戦闘に特化した紫桜と冥月がいち早く結界外に飛び出し、戦闘を仕掛ける。
「オーケイ……それじゃこっちも暴れるぜ、啓!」
「やれやれ、人使いの荒い……だが、あきらの望んだことだ。俺も力を振るうとしよう―――」
次いで戦闘の渦中で巴と、ややクールな口調が響き渡り。
―――激しく、それでいて精密な術が二つ、荒れ狂う嵐の如き様相で悪霊に襲い掛かった!
「へ、成程?術師としての性能も中々だ!」
「そちらも……背中は任せる。さあ、愚昧共―――九竜家の秘奥、身に刻め」
言うが早いか、啓は手に持つ光輝を惜しみなく前面に叩きつけ、更に術を紡ぎ進み行く。
その様は、その場に居る他の味方に些かも見劣りしない。
「これで、こちらは四人……足り無ぇな、悪党共!」
その中で、愛用のバスタード・ソードを抜き放ちつつ巴が気勢を上げた。
敵を嗤うかのように、仲間と共に思うまま吼える。
「「いたいけな少女を弄んだ罪、しかと償ってから冥府へ行け!!」」
―――戦闘は、十数分で終了した。
「……とまあ、格好良く吼えたのは良いのだが」
そして―――その十数分後。
よたよたと林の中を歩きつつ、ぼやいている巴が居た。
「……まさか、敵にも術者が居たとはな。素人集団だと思ったのだが」
はぁ、と嘆息する。
「情けないな。一流の退魔師、とは伊達の名であったか」
「……カウンタ・マジックもレジストも、全部俺がやったんだぞ!?」
「それが貴様の仕事だろう」
「ぐ」
隣を悠々と歩いている冥月に痛いところを突かれ、沈黙した。
適材適所。最悪の言葉だ、と巴は思う。
「あきらも、貴様と同じ意見で攻撃一辺倒だったしよ………」
「ふえ?俺が、どうしたの?」
「なんでも無いのよ。見ちゃいけません」
「……あのな、エマ。後半の台詞は違う」
同じく、疲労の様子を見せずに歩いているあきらを、大人気なくじろりと巴が睨んだ。
さ、とその視界を隠すように手を翳すエマにも同じ類のそれを向ける。
「しかし、実際とんでもない数でしたね……」
「お疲れ様でした、巴さん」
「二人の優しさが身に染みるぜ……」
ぽん、と両方から肩を叩くのは律花と紫桜。
うー、と慰められて涙を流すその様は、最早どちらが年上だか分からない。
「エマ………玲子さんは?」
気を取り直して、巴がシュラインに視線を投げる。
「大丈夫。ちゃんと確保してあるわ」
「そうか………その実家も?」
「抜かりは無いわよ。調べてある。当然でしょう?」
「……左様で」
何を聞くのか、と言わんばかりの表情でウインクを返してくるシュライン。
(しかし、当然のように言ってくれるが………恐れ入る)
心の中で賞賛して、苦笑しながら肩を竦めた。
「それじゃ、ちゃんと玲子さんは弔って貰えるんだよね?良かったぁ……」
安堵して呟くあきらの思いに、異を唱える者もまた、居ない。
「よっし………ともあれ、任務完了だ!どれ、一段楽したら宴会でも―――」
「カレーが急に食いたくなったな」
「焼肉も悪くないわね?」
「私はトム・ヤム・クンなんかが……」
「俺はもう、甘くなければ漬物だろうが豚の丸焼きだろうが構いません」
「………」
ぽん、と手を叩いて場を締めようと、巴。
しかし苛烈な四連続の攻勢が、無残にもそれを打ち崩した。
「どれも美味しそうだねぇ……巴、なんでそんな隅で泣いてるの?」
「ふ、ふふ……お兄さんはな。何故か皆に嫌われてるんだよ」
「変人の変人たる由縁は、自覚してないことよねー」
「同感だ」
「同感です」
「右に同じく」
「うううううううううううう………」
「?」
巴の駆逐は続いていく。
おそらく、巴の嗜好につき合わされない方向で固まるのだろうが――――
「俺は付き合うよー」
「あきら、お前はとても良い奴だ……」
ともあれ、今日も彼等、彼女等は生きていくのだろう。
明日も、明後日も。
おそらくは、明々後日も。
………空には、もう明るい太陽が昇ろうとしていた。
<END>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【5453 / 櫻・紫桜 / 男性 / 15歳 / 高校生】
【6157 / 秋月・律花 / 女性 / 21歳 / 大学生】
【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【5201 / 九竜・啓 / 男性 / 17歳 / 高校生&陰陽師】
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■ ライター通信 ■
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シュライン・エマ様、こんにちは。ライターの緋翊です。
この度は「悲しき懇願」にご参加頂き、どうもありがとうございました。
エマさんは毎回、冷静に調査を進めて行くイメージで書かせて頂いておりますが……いやはや、やはり格好良い女性ですね。どうにも、その賢さと冷静さ故に高性能のツッコミを繰り出して頂く傾向にあります……しかし、エマさんのキャラクタのイメージから逸脱していなければ良いのですが(苦笑)
私の出す依頼には往々にして戦闘面も含まれているため、戦闘がメインでないエマさんには今回も調査・会話面で活躍して頂いております。如何でしたでしょうか?
楽しんで読んで頂ければ幸いです。
それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。
緋翊
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