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あやかし荘発 正しい日本語講座
1.
ひっそりと佇む奥ゆかしくもバカでかい建物。
その名をあやかし荘。
さて、そのあやかし荘にはいつから住み始めたのか、奇妙な2人組がいる。
見るものによってその姿を変えるその奇妙な生き物。
その名を『地球外生命体』。
だが、彼らはけして攻撃・侵略などをたくらむものではない。
むしろ、この地球に対し友好的かつ親地球的考えを持っている。
しかし、彼らは地球外生命体ゆえ致命的な問題を抱えていた。
それは 『言語』 である。
心優しき者よ、どうか彼らに地球の言葉を教えてやってはくれないだろうか?
「…っていうか、三下さん。こんな回りくどいことを記事にしてどうするんですか?」
「いや、僕が直接お願いしてもきっと聞いてくれないと思ったので、文章にしてみたんですが…」
あやかし荘の住人、三下忠雄と因幡恵美はそう言葉を交わしたとか、交わしてないとか…。
2.
ちっ、ちきゅーがいせいめいたい!? 本当にいるんだ、すっげー…!
宇宙人が住むというあやかし荘・木苺の間。
そこでまじまじと地球外生命体の2匹(2人?)を見ながら、葉室穂積(はむろほづみ)はそう思った。
銀色に光る体に大きな目が特徴的な典型的宇宙人。
まさかこの目で見る日がこようとは…。
「地球外生命体って…あの時の方々ね。■□*¥>+#」
そう言ってにこやかに笑ったシュライン・エマは、宇宙人へと話しかけた。
仮に、宇宙人2人にはAさん・Bさんと仮名をつけておくことにしよう。
「へぇ〜。シュラインさんって、宇宙人の言葉もしゃべれるんだぁ」
パチパチと手を叩いたのは九竜・啓(くりゅう・あきら)。
「シュラインねぇちゃんは『ごがくたんのう』っちゅーヤツやねん」
えへんと胸をそらして門屋将紀(かどやまさき)は自慢げにそう言った。
「ていうかさ、肝心の依頼主・三下さんは自分の部屋? おれ、呼んでこようか?」
キョロキョロと辺りを見回した穂積がそういうと、お茶を注いでいたあやかし荘管理人・因幡恵美は苦笑した。
既に目の前にはエマが持ってきた柏餅が鎮座している。
「三下さん、アトラス編集部に行ったまま帰ってこられないんです…」
その言葉に全ての人間が今現在の三下がどのような状況下にいるかを納得した。
三下さん。相変わらず苦労してんなぁ…。
でも、安心していいよ。
おれ現国得意だから任せてよ!
「じゃあ改めて、三下さんに代わって。よろしくお願いします」
恵美がぺこりと頭を下げて、部屋から退出した。
4人の日本語教師は改めて宇宙人へと向き合った。
3.
「じゃあ、まずはありきたりだけど挨拶から始めましょうか」
シュラインさんらしい、手堅い選択だな。
エマがそういうとゆっくりと宇宙人Aに向かって頭を下げながら「こんにちは」と言った。
すると、宇宙人Bも真似して『こ…こん…にちわ…』と、カクカクとしたぎこちない動きながらもエマの真似をした。
「じゃあ俺も。『こんにちはぁ』」
あきらが宇宙人Bに対しそういうと、『こんにちわ』と今度ははっきりとした口調で答えた。
「すごいなぁ。こないなタコみたいな生き物が日本語しゃべっとるやなんて、ごっつビックリや」
将紀が心底感心したらしく、感嘆の声を上げた。
どうやら彼には宇宙人の姿がタコに見えるらしい。
『こんにちは』『こんにちは』『こんにちは』『こんにちは』
宇宙人2匹はお互いに頭を垂れあいながら、しきりに繰り返して挨拶をする。
「その後に御機嫌よう本日はお日柄もよく…って繋げるととっても丁寧なんだけど…」
エマがポソリと呟いた声に、穂積は思わず「いや、それはまだ早い気がする…」と言っていた。
よくよく観察すると、どうやらこの宇宙人2匹は意外に飲み込みが早いらしい。
とすると、2匹同時に教えるよりもここに教えた方が効率が良いかもしれない。
穂積はトントンとエマの肩を叩いた。
「これなら2組に分かれて教えてもよくない?」
見てみると、すでに宇宙人2匹はあきらと将紀になにやら教え込まれている。
エマが少し考えた後で「そうね、そうしましょうか」と言った。
エマは宇宙人Bを優しく手招いた…。
4.
「葉室君。鉛筆と紙あるかしら?」
エマにそう訊かれ、穂積はカバンの中を探り出した。
もしかしたら、学校に忘れてきたかもしれないと思った。
「ちょっと待って。…えーと、辛うじてシャープが1本だけ…」
ははっと笑い穂積はシャープを差し出した。
なんとか学生の面目は保たれた。
「充分よ。ありがとう」
にっこりと笑い、エマがそれを受け取った。
「何に使うの?」
穂積がそう訊くと、エマが手帳の白紙のページを1枚破りつつ答えた。
「文字をね、教えてあげようと思って」
「文字?」
エマは文字を教えることでより正確な日本語を教えようというのだろうか?
と、穂積は閃いた。
「あ、それだったら…」
穂積は、おもむろに自分のカバンの中を探り出した。
そして取り出したのは1冊の絵本であった。
「『100万回死んだ猫』?」
エマがいぶかしげな声を上げた。
「この本さ、絵本なんだけど妙に大人っぽい話っていうか…子供にはわかんないんじゃないか?って感じの話なんだよね」
「…へぇ、そうなの」
生返事でエマはそう返した。
もしかして、なんかマズイもん出した? おれ。
おれが買ってきたと思われた??
微妙に不安になった穂積に、エマが尋ねた。
「葉室くんが買ったの? それ」
「いや、友達が。スゴイから読めって借りさせられた」
苦笑しながらも、とりあえずエマの誤解は解けたようだと思った。
「絵本ならひらがな多いしさ。音読するのにも丁度いいと思うんだよね」
「そうね。確かに」
エマが感心したようにそう言った。
「あとさ、会話形式で覚えていった方が早いと思うんだ。ゆっくり読むから、わからないところがあったら『ここは?』って訊いてよ」
『こ…こは?』
穂積の言葉に宇宙人Bが復唱した。
「そうそう。その調子! 慣れてきたら漫画とかにすればいいし。内容が好きになれば上達も早いよ、きっと! あ、それともうひとつ。失敗したり、間違えても『それがどうした!』って次に進めばいいよ。要は心意気の問題だから」
『それがどうした…心意気…』
一生懸命そう言った宇宙人Bと穂積を黙ってみていたエマはポツリと呟いた。
「葉室君って、いい先生になれそうね」
「おれが? …なれるかなぁ?」
エマの意外な誉め言葉に、穂積は少し照れた。
そして爽やかに笑い、穂積は宇宙人Bの前に絵本を広げて声を出して読み出した…。
5.
―― 2時間ほど経つと、宇宙人2匹はかなりの日本語を習得していた。
「ようけ教えといたさかい、もう大丈夫や!」
胸を張ってそう帰っていった将紀。
「あんまり難しい言葉を覚えても大変だと思ったんだけど…いっぱい覚えられて良かったねぇ」
あきらはそういうと嬉しそうに帰途についた。
「今度さ、俺のお勧めのマンガ持ってくるから!」
元気よく手を振って穂積の姿が遠ざかる。
「次にきた時はあなたたちの星の言葉を教えていただくわね」
エマもにっこりと笑い、軽やかな足取りで帰っていった。
今度持ってく漫画、選んでおかなくちゃな!
おれも漢字とかよく漫画で覚えたもんな。
きっとあの人たちならすぐに覚えちゃうさ。
暮れていく夕日のなか、恵美に見送られた4人はやり遂げたという達成感に包まれていた。
それと入れ違いに、三下があやかし荘へと帰ってきた。
「おかえりなさい、三下さん。先ほどまで宇宙人さんたちの日本語教室やってたんですよ?」
「え? あぁ、皆さん来て下さったんですか。今度会ったらお礼言っとかないと」
そう言って宇宙人たちの部屋へと足を向けた三下。
そこでは…
「おかえりなさいませ」
とゆっくりお辞儀してで迎えた宇宙人B。
「へ!?」
流暢な日本語に三下は思わず素っ頓狂な声を上げた。
どうしていいものかわからない三下に、宇宙人Bはさらに続ける。
「本日は、お日柄も良く誠におめでたく…」
「なんでやねーん!」
宇宙人Bにクリティカル・ツッコミ!
どこから持ち出したのか、宇宙人Aが大きなハリセンを手に立っていた。
「三下さん、遅いねん。皆帰ってしもた。『ありがとう』は基本なんやで!」
「………」
二の句の告げない三下に、宇宙人Bは三下の肩を叩いて言った。
「どんな雄弁もこの一言には叶わないという宇宙最強の言葉『それがどうした!』という心意気を忘れずに…」
「…いったいどんな日本語教えたんですかーーーー!?」
宇宙人にまで同情され、三下はわなわなと肩を震わせそう叫んだ。
が、それは既に後の祭りだった。
―― こうして、地球外生命体は言語を手に入れた。
彼らに待ち受ける次なる難関は果たして…?
つづく…のか??
−−−−−−
■□ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) □■
0086 / シュライン・エマ / 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
5201 / 九竜・啓 / 男 / 17 / 高校生&陰陽師
4188 / 葉室・穂積 / 男 / 17 / 高校生
2371 / 門屋・将紀 / 男 / 8 / 小学生
■□ ライター通信 □■
葉室・穂積 様
お久しぶりです。
このたびは『あやかし荘発 正しい日本語講座』へのご参加ありがとうございました。
勝手に絵本を持たせてしまいました。ごめんなさい。
音読と書かれていたので、初心者なら絵本の方がいいかな? というのと、穂積様の好きそうな漫画が思いつきませんでした。(^^;
穂積様ならお友達に絵本を無理矢理貸し付けられても読んでしまいそうな感じがします。
イメージが違うようでしたらリテイクかけてくださいね。
少しでもお楽しみいただければ幸いです。
それでは、またお会いできる日を楽しみにしております。
とーいでした。
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