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<東京怪談・PCゲームノベル>


汐・巴の一日





   ―――――来たれ、来たれ。


         汝が求めし財宝も、奇怪潜みし此処に在り。







【1】



「うーむ……」

 ……穏やかな、昼下がり。
 目の前に広がる森を見ながら、彼。汐・巴は難しそうに唸っていた。
 今日も今日とて、相棒は「休みの日」であり―――自分は、その為に要らぬ悩みに頭を巡らせている。
「やれやれ……」
 実は結構な確率でこの問題に直面をしているのであるが、それは考えないことにする。
 奇特な者がふらりと道連れになってくれることもあるし、単身でも良いと言えば良いのだから。
(今日は―――独りかね)
 判断を決め、嘆息してから肩を竦める。寂しがり屋という訳でも無いが。
「誰かが居てくれた方が、楽と言えば楽ではある……」

 ……とかく、人とは無いもの強請りを夢想する生き物である。

「さて、言っても詮無きことだな……今日は結構深いところまで行くつもりだったんだが」
 思わず、今まで自分に付き合ってくれた者の顔を順々に思い出してしまう巴である。
 その中で―――ふと一人の人間の顔が浮かび、しばし脳裏に固定化された。
ぽん、と巴が手を叩く。
「あー……そうそう。あの男前の嬢ちゃんなんか居てくれると楽だろうな。気性は難しいが、あの影使いのスキルは色々と便利だ」
「ほぅ。扱いが難しい、と?」
 ………図ったように。
 背後から、声がかかる。
 巴は絶妙な合いの手に、そうだな、と笑いながら肯定して続けた。



 否。
 続けてしまった、か。




「ああ、どうにも男前って形容詞が気に入らないと見える。多分に正鵠を射ていると思うんだがねぇ」
「成程?」
「うむ。ところでお前さんは、」
「―――ならば。貴様が女に成れ」
「ぐ!?」
 誰だ?と背後を振り向くことも適わない。
 完全に油断していた黒の退魔師は、頭の上に振ってくる踵落しを避けられなかった。
「っ……痛ぇ……!何しやがる、おい!?」
「私だ―――健勝なようで喜ばしいな、ん?」
「げ。こ、こいつは奇遇だな……冥月」
 瞬く間に地面に倒され、半眼で見詰めた先には黒髪の女性。
 黒・冥月が笑顔で立っていた。
「で、だ」
 彼女は、笑顔のままに足を巴の股間へ当てる。
「む……何故、力を強めていくのかな。冥月?」
「既に目的は話した。二度は言わん」
 嗚呼。
 描写するまでも無く―――確実に彼女の込める力は増大していた。
「だっ、だだだだだだ!おい、洒落になってねぇぞ!?」
「洒落は苦手でな」
「ち――――」
 彼女が「冗談の嫌いな女」であると看破するや否や、彼は口早に何事かを唱える。
「………っ!」
 一瞬の後に巴の姿が霞み、彼女からやや離れたところで立ち上がっていた。
「くっ……まさかこんな所で俺の尊厳が貶められようとはな」
「口は災いの元だ、馬鹿者」
 真剣な表情で額の汗を拭い去る巴に、冥月は冷たく突っ込みを入れる。
「むぅ。最近俺の扱いに小慣れて来た奴が多いな……んで?今日はどうしたんだよ。セレナなら―――」
「あの阿呆なら先程、女性に手伝いを頼まれているのに寝たままだったから一喝してきた」
「それは素晴らしい。で、その、なんだ」
「―――頭の廻りの悪い男では無い筈だが?」
 ずばり、と切り込むように冥月。
 巴がう、と一瞬詰まる……その後に、降参したように両手を挙げた。
「オーケイ、分かった。分かったよ……俺に何の用だ?」
「ああ、では本題に入ろう―――少し付き合え」
「すまん、友達としてしか見られ」
「っ、貴様が伴侶など私とて願い下げだ、馬鹿者!!」
 申し訳なさそうに首を振る巴。
 ………振ろうとするその瞬間に、冥月のハイキックが炸裂した。
「痛ぇ!?」
「当然だ!」
「う、うう……冥月が冷たい。思春期か?」
「黙れ、話を進めさせろ愚か者!!!!」
 げしげしと。
 ……一流の術師、まともにその道の職に就けば引く手数多の男が、なんというかボロボロだった。
「話を進めるぞ?森を進みながら、な。異論は許さん。黙って私に付いて来い」
「……ご随意に、美人殿」
 立ち上がる暇も与えられない。
 駄々をこねる子供を連れて行く母親よろしく、ずるずると冥月に引き摺られながら巴は森に消えた……。







【2】



「で……お前さんの依頼主は、一体何を所望してるってんだ?」
「ああ……」
 のろのろと冥月の後ろを歩きながら――引き摺られ続けるのは御免だった――巴が質問をする。
 ちら、と背後の巴を見ながら、冥月がうっすらと微笑んだ。
「この間に来たとき、城があっただろう?あれだ」
「はぁ!?」
「城だ」
「……いや、聞こえたけどよ。言い直してくれる辺り、律儀に良い奴め……」
「黙れ。それで……好事家の所望でな、城が欲しいらしい。本当は西欧を考えていたんだが、手近で法に触れぬならその方がいい」
「……そうか、冥月の力なら」
「ああ、城をすら持ち出して見せるさ……なに、財宝が持出せるんだ。建物もOKだろう?」
「――――セレナですら、そんな発想は出さなかったけどな」
 呆れたように、巴がやれやれと首を横に振った。流石に予想外だったらしい。
「男とは往々にしてその程度だ、巴」
「左様かい、美人殿」
「貴様……」
「褒めてるだろ!?」
「……ふん」
 などと、微妙に息の合った寸劇を演じつつ二人は進んでいく。
 ………足場の悪い密林は、二人の行く先を阻むことも、歩を遅らせることも出来ない。
「大分鍛えてるなー……あれか、特殊部隊でも目指してたのか?」
「本気で聞いているのなら大したものだ……貴様こそ、中々癖のある過去を持っていそうだな?」
「………んー。いんや、勿論ジョークだし………俺の過去なぞ、面白く無いよ」
 妙に遠い目で、巴が冥月から目線を外した。
 とても遠く。或いは、郷愁の念すら込めた瞳で。
「しかし……妙だな。今日は一度も敵に会っていない」
「やっと気付いたか?」
「……む?」
 話題を変えるように呟いた巴に、くつくつと冥月が笑いかける。
 何かよからぬことの予兆であるかと構えている巴に、楽しそうに。
 彼女はす、と五本の指を立てた右手を彼に向けてひらひらと振って見せた。
「五キロだ」
「あ?」
「周囲五キロには、誰も居ないし何も居ない」
「冥月…」
「くっくっく……うん?どうした、巴?」
「まさか、手前!」
「ああ――周囲五キロに渡って全ての魔物を殺している。私を愚弄した罪だ、修行なぞさせてやらん」
「出鱈目なことをする……このジェノサイダーめ」
「は」
 スケェルの大きさに愕然とした後、完全に呆れた様子で巴が肩を落とした。
 何と無駄で―――――そう、出鱈目な異能であろうか?
「ふむ…竜や天馬は影に気づくとすぐ逃げていくな。流石は神代の幻想種、賢い」
「賢いな、じゃねぇだろ………」
 どうやら、この場は完全に冥月に軍配が上がったようである。
 敗北を受け入れた巴をずりずりと引き摺りながら(比喩だ)、やがて彼女は目的地へ到達した。
「あれ、だな」
「ああ」
「財宝が欲しいなら先に出せ。早くしろ」
「……手伝ってくれないんだ?」
「男が甘えて良いのは、こういう場面ではないな」
「へいへい……それじゃ、行ってくる」
 冥月に促されるようにして、巴が城へ向かい始めた。
 敵が居ないと知っているため、その足取りは隙だらけですらあった。
「あ、そうだ」
巴は城の正門をくぐる前に、ぐるりと反転して冥月へと向き直る。
そして、にっこりと邪気の無い様子で微笑んだ。
「財宝に関して、わざわざそう言ってくれたことには感謝するぜ?」
「……好事家に頼まれたのは、城だけだからな」
「お前さん、男に尽くすタイプかね?」
「……貴様はいつも、一言多い!」
「だだだだだ!?軽いコミュニケーションの一環だろ!?」
「黙れ!」



 冥月の熱い激励に見送られて、巴は逃げるように城へと消えた。
 







【3】




 数十分後。
 巴が小振りな財宝を手に、戻ってきた。
「ふ、悪くない戦果だぜ」
「そうか、それは良かったな」
 ぞんざいに巴へ応えながら、今度は冥月が城へと近付いていく。
「さて……」
 言ってから目を瞑り直し、膝を突いて地に手を当てる。


 ――――力を込めていると思い込む、イニシエーションのようなものだ。


「本当に出来るのか?」
「無論だ。……良いことを教えてやろうか、巴」
 

 歩いてきた道はそれなりで、既に辺りは闇の帳が落ち始めている。

 敵は居ない。

 力を持つ、自分が座している。

 後ろの男は―――集中の際に無視しても差し支えない。その程度には、評価している。

 ならば、始めよう。

「………影を繰ることで私の右に出る者など、そうは居ない!!」

 叫んだ瞬間、周囲の影が収束・拡大する。
 瞬く間に冥月の意を受けた影は、城をすっぽりと「覆った」。
「これは……また、大した見世物だぜ」
 ほぅ、と巴が感嘆の息を吐く。
 少しずつ、しかし確実に影は城を侵し―――古城はその身を、地下へ地下へと沈めていく。
「ふふん、集中している今なら、或いは私を殺せるやも知れんぞ?」
「ジョークが上手いな」
「私もそう思う」

 ……城が、完全に姿を消した。
 巴へ気軽に応じながら、冥月もまたその巨大な影の真中へと歩を進め。
 ず、と彼女自身が沈んでいく。
「ん、帰るのか?茶でも出そうと思っていたんだが」
「それはそれで楽しみだが、今日は遠慮しておこう」
「そうかい……それじゃあな、冥月よ。また会うこともあるだろうさ」
「ああ」
「……俺の来る意味が無かった気もするけどな」
「気にしたら負けだぞ?」
「……そーだね」
 ぴしゃりと、言い放つ。
 意気消沈した中型犬を連想させる挙動で、巴がうなだれた。
 ……冥月は、最早数秒で沈み、姿を消すだろう。
「ああ……そうそう、言い忘れていた」
 そこで。
 本当に今気が付いた、と「言わんがばかり」の挙動をわざとらしく彼女が見せる。
「む」


 ―――巴の背筋が、粟立った。

「おや……冥月、何故か派手な風斬り音が聞こえるんだが」
「うむ、それだ」
「あ!?」
「竜が来ている。この間の奴と違って純粋な竜種のようだな」
 さらりと述べられた内容は、けれど壮絶。


 竜が最強の代名詞であることに疑いの余地は無い。
 低位の神格を保有するその身はあらゆる攻撃を軽減し、巴ですら打倒するには命を賭ける。
 ―――――この時の彼女が「あくま」に見えた、と後に巴は語ったと言う。
「ようだなって……おい、冥月!?」
「ああ、影で散々苛めたから気が立っているらしい。気をつけろよ?」
「戯れるなテメエ!」
「まあ、生きて帰れたら何か奢ってやる……ではな」
 ひらひら、と振った冥月の手が。
 影に、沈んだ。
「ふ………」
 大人になったつもりであったが、まだまだ自分も未熟者だ。
 そう思うけれども、わなわなと震えが止まらない巴であった。
「ふっざけんなああああああああああああ!?」
 言う間にも、翼の音は近付いてきている。
「ち―――――『その観念、その実存、共々に貶め変容せん』!」
 手短に呟いて心身を強化し……きっ、と空を睨む。
 逃げるか、倒すか。どちらにせよ天空を駆ける御大は伊達ではない。


「くそっ……あの女、絶対に奢らせてやるからな――――――!!」





 幻想に満ちた、この森で。
 これまでに起きた中でも屈指の激しい戦闘が、幕を開けた……。






 そして、後日。
「さあ、次の店だ!甘いものは全て俺の胃の中に納めさせてもらうぜ!」
「私の記憶が正しければ、これで十五件目か……何の魔術を使っている?」
「これが素だ!」
「………やはりお前は変な奴だ、汐・巴」
「それで、俺までつき合わされているのは合点がいかんな……ぐふっ」
「あ、武彦が倒れた」
「放って置け。所詮その程度の男であったと言うことだ……」
「その言い方も男前だぞ、冥月ぐあっ!?」
「あ、武彦が意識を失ったな」
「捨て置け、こんな馬鹿者なぞ………さあ、次は何処だ!?」
 執念で生き延びた巴に、一日中甘いもの賞味へと誘われた冥月(+1)である。
 無論、穏便に終わるはずは無かったのであるが…………



 ――――それはまた、別のお話。
                    


                                <END>





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2778 / 黒・冥月 / 女性 / 二十歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】






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■         ライター通信          ■
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 黒・冥月様、こんにちは。ライターの緋翊です。
 この度は「汐・巴の一日」にご参加頂き、ありがとうございました。
 冥月さんが巴を尋ねるのも、これで二回目ですね……完全に巴は奇襲を喰らったようです(笑)

 プレイングの通り、巴が苛烈な仕打ちを受けて置いてきぼりを食らう仕上がりになりました。後日談は、まあ、彼らしい行動と言うことで……どうにも、この男はこればっかりな感があるのですが(苦笑)
 お話自体は冥月さんの壮大な嫌がらせのお陰で戦闘も無く、雑談に耽りつつ巴が放置される運びとなりました。個人的にはもう一つくらい場面も挿入したかったのですが、文字数規定のためにこの形に落ち着きましたね………如何でしたでしょうか?


 楽しんで頂ければ幸いで御座います。
「悲しき懇願」も近い内に完成する予定です、どうか今しばらくお待ち下さいませ。

 それでは、また縁があり、お会い出来ることを祈りつつ………
 改めて、今回はノヴェルへのご参加、どうもありがとうございました。


                           緋翊