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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


 深藍のチャイナドレス

 Opening
「ちわーす、宅配でーす」
 アンティークショップ・レンの店長、碧摩蓮は、そんな威勢の良い声を聞いてすぐさま迎える。もっとも少々いぶかしげな表情だったが。
「宅配便? 聞いてないがね」
「あれ、でもお届け先は碧摩蓮さまになってますけど」
「じゃあ確かにあたしだ。ふむ、だれからだろうね」
 判を押して業者を返してから、蓮は差出人を確認する。なんのことはない、いつも蓮が行っているファッションの店からであった。蓮のお気に入りのチャイナドレスも、いつもあの店で購入している。蓮にとっては馴染みの店である。
「一体どうしたんだろうね、急に」
 包みを開けると、中には青いチャイナドレスが入っていた。背中が大きく露出した、大胆なものだ。それと同時に一枚の紙が入っている。それにはワープロで文字が書かれていた。
『碧摩蓮さま。チャイナドレスのご購入いつもありがとうございます。さてこの度お届けいたしましたのは、貴殿の店にさぞかし相応しいと思われるチャイナドレスが手に入りました。無料でお届けいたします。是非ご覧下さい。
 ただし――決して、着ないようお願いいたします」
 妙な手紙であった。
「ふん……厄介なものをウチに押し付けたってわけだねえ。なるほど」
 しかし、この服は良い色だ。是非着てみたい。
「ちょっと、人に頼んで、着られるようにしてもらうか」
 この店の常として――そう思ったとたんに、来客が来るのであった。

「これは、病気で死んだ娘のものだったようだね碧摩君。感じれば感じるほど哀れな女性だ。ドレスもろくに買えないほど貧乏で、おまけに病弱だったらしい。しかしこつこつ貯めた金でようやくドレスを買い、それを着て恋人と会う予定だったんだが――ああ! なんという不幸! 彼女を襲ったのはなんと死神の鎌! そしてあえなく少女は帰らぬ人になってしまった! 神とはなんと残酷なのだろうか! だから彼女の未練がこのドレスにまみれている! 愛しき彼氏と再び踊る瞬間を夢見て!」
「あんたはいつ来てもうるさいねえ」
 アンティークショップ・レンの店内にて。細身な眼鏡の青年が手を振りかざして大声で語っている。メガホンを持っていればそのまま映画監督になれそうな態度である。
 三葉トヨミチ。この店の常連であり、弱小劇団『HAPPY−1』の団長である。彼はある種の共感能力を保持しており、怪しげなチャイナドレスからも情報を得る事ができたのだ。
「で? やっぱり着たらまずいのかい」
「しばらくは問題なかろうが、その内に、霊が彼と会えないと気付くだろうね。そうすれば着用者の体調に変調をきたすのは間違いない。着るべきではないね」
「そうかい。じゃあ燃やすか」
「ちょっと待ちたまえ碧摩君!」
 ドレスを取って捨てようとする蓮に、トヨミチが驚異的速度でそれを止めた。
「我らの役目はそうではない。この哀れな少女の思いを叶え、幸せのうちに安らかに眠らせてやるべきではないだろうか。 いやそうに決まっている! 役は決まった台本もある! さあ行くぞ! 『何かの間違いはあるかもしれないが、別に気は狂っちゃいないさ』byシェークスピア、『リア王』よりってね!」
「あんたは狂ってる気がするねえ。まあいいや、具体策を教えとくれよ」
「碧摩君がこのドレスを着て少女役を演じるだけだよ。俺はまあ例の恋人役を演じようか。おっと今のは『霊の』と『例の』をかけた冗談ではないので念のためあっはっはっは」
 若干うんざりしつつも、蓮はドレスを受け取る。実はかなり本気で着てみたかったが、それを言うとトヨミチに馬鹿にされそうなので、言うのはやめておいた。


「美しい……」
 トヨミチは開口一番、蓮の姿を見てそう呟いた。
「美しいものはこの世界にたくさんある。夜の湖に映る月も、深山に積もる白い雪も。いずれも劣らぬ美しさです。それらより美しいものはなく、しかし貴方はそれらより美しいのです」
「矛盾シテイラッシャイマスネ」
「だからこそ! 貴方の美しさはこの世のものではないのです!」
 今のトヨミチは男性用のチャイナ服を身につけ、眼鏡ははずしている。こうすれば、少しは風貌が変わるはずだ。
(三文芝居だねえ)
 もちろん、それはトヨミチのことではない。さすが演劇団長だけあって台詞回しも、身体の動かし方も上手い。
 しかし。ヒロインが三流では、結局のところ主役が一流でも、劇そのものは単調になってしまう。
「嬉シイ。サア、踊リマショウ」
 素晴らしく棒読みであった。その上蓮は踊れない。トヨミチはきりっとした、まさにエスコートしますよと言った表情で――しかし微妙に鼻の下を伸ばしながら――蓮の肩を抱いてくる。
 そのまま、しばらく踊り続けた。蓮は踊りなど出来なかったが、ほとんどトヨミチがリードした。
「やはり美しい。あなたはやはり私が愛した女性です」
「アリガトウゴザイマス」
 そのままトヨミチは。
 がばっと、蓮の身体に抱きついた。


 えー、さて。
 トヨミチの脚本では、このままドレスにとりついた霊は成仏。そのまま何の問題もなく、過ぎるというはずであったのだ。
 が。
 今回の教訓を、トヨミチはこう得るだろう。
 事実は小説よりも奇なり、と。


 いきなり、蓮から全ての力が抜けた。
 トヨミチはその身体を抱いているので、倒れるような事はなかった。しかしこんなことは予定外である。一体どうしたのだろうか。
「……あら、あなた」
 その声は、蓮が発したものではない。
 いや、蓮は確かに声を発した。しかしそれはトヨミチには聞き取れない異国の言葉であったのだ。この日本語は彼の共感能力が脳内で翻訳し、このように聞かせているのである。
 事実、この日本語の声と重なって異国の言葉がステレオ状態で聞こえた。
「一緒に踊れるなんて嬉しいわ。本当に」
 トヨミチは内心動揺していた。これは脚本にもなかった。
 しかしまだアドリブで貫き通せるはずだ。おそらく霊が蓮の身体を借りて話しているのだろう。どうやら霊は、自分の事を恋人と勘違いしているようだ。これはかなり好都合である。
「良かったわ。本当に――ねえ、これで思う存分復讐できるわあ」
「……はい?」
「ねえ、あなた忘れちゃったの? 浮気したわよねえ。浮気したら死んでも呪い殺してあげるって――言ったわよねえ」
「え……え、えーと……」
 どうやら。
 霊の恋人は、浮気をしていたようで。この霊は、それについて怒ったまま、不幸にも死んでしまったようで。
 つまり。トヨミチは。
 大ピンチなのである。


 まあ、アンティークショップ・レンの周囲に響き渡るような絶叫が響き渡ったのは、言うまでもない。


「『痛みを知らない奴だけが、他人の傷を見て笑う』byシェークスピア、『ロミオとジュリエット』よりってねえ……ぐふ」
「あははははっ、それでぼっこぼこにされた訳かい。いいじゃないか、結局霊は成仏したんだから」
「そりゃ彼女の役にたてたのは嬉しいけどさ、あれでは劇団に誘う暇もなかったよ」
 とりあえず無害になったドレスは、レン預かりである。
 トヨミチは全身に傷や痣をつくって、得るものはほとんど無かったことになる。正直割に合わない興行であった。
「……結局は、碧摩君のうなじや背中をみれたのが唯一の収入かなあ」
 まあ、言うまでもなく。
 最後に余計な事を言ったトヨミチは、蓮に足蹴にされたわけである。


<了>

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■   登場人物
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【6205/三葉・トヨミチ/男性/27歳/脚本・演出家】

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■   ライター通信
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 初めまして三葉さま。担当ライターのめたでございます。初めての作品を担当させていただきまして光栄の限りです。キャラが掴めきれてなかったかもしれませんが、そのあたりはご容赦ください。
 こんかいは非常に細かくはっきりとしたプレイングでしたが、やはり承ったままのストーリーを仕立てるのはつまらないかと思いまして、途中で逆転をさせていただきました。いかがでしたでしょうか? なかなか面白いキャラでしたので、機会がありましたらばまた書かせていただきたいです。
 ではでは。気に入っていただきましたらば幸いです。


 追伸:異界開きました。よければ覗いてください。   http://omc.terranetz.jp/creators_room/room_view.cgi?ROOMID=2248