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胡蝶・泡沫乃夢
ふらりふらりと灯篭が光る。
淡い橙色の光だけがその向こうに光る。
気が付けば歩いていた霧の道。
淡い桜色に彩られた泡沫の夢路。
突然の突風に手で視界を覆う。
指と腕の隙間から花びらのように散る霧を見る。
「これはこれは盛大な迷子だ」
風が止んだ先に立つどこか中華風の衣装を来た御仁が微笑む。
その手には霧の中で見た橙色の光が灯る灯篭を手にしていた。
（ここは……）
辺りを見回せばどこまでも続く桜の夢幻回廊。
「ふむ…私の関係者でなければ、誰が呼んだんだろうねぇ」
御仁は辺りを見回し、桜の先を見つめる。
御仁の顔の動きにあわせて、仙女のような女性がこちらに向けて微笑んだり、太い木の枝の上で寝ていた少年が軽く手を上げる。
然し皆その姿は淡く、桜色の雰囲気を伴って現実味が薄い。
「好きに、歩くといいよ。もしかしたら君の探し人もいるかもしれない」
御仁が去っていく姿をただただ見つめていると、橙色に光る小さな蝶が1羽ふわりと飛び立つ。
「おっと」
御仁はそっと灯篭を持ち上げると、振り返りふんわりと微笑んだ。
蝶の姿はもう見当たらなかった。
葉室・穂積は辺りを見回して。ふと立ち止まった。
声をかけてきたあの仙人のような中華風の服を着た御仁はもうここには居ない。
居るとすれば、穂積を見下ろしてクスクスと笑みを浮かべている仙女のような人達のみ。
「あ、ここは夢の中…なのかな？」
穂積ははたっと思い当たった結論を口にして、軽く首を傾げる。
寝たという記憶はどこか曖昧で、なんとなく夢見心地の気分に陥ったような気はするけれど、明確に寝たとはどうも言いがたい。
それくらい曖昧な感覚でこの場所に立っていた。
穂積は笑い声のする方向へと視線の向きをかえる。
思いのほか大きな桜の枝に座っていた仙女とばっちり視線がかち合った。
仙女の笑いが止まる。
しかし、今度は逆に穂積が笑顔を浮かべた。
「大きい木だね」
桜の上の仙女は、長い揺れるような袖で口元を隠し、穂積を見下ろしている。
「きっと長い間沢山花を咲かせてきたんだね」
この場所は見渡せば見渡すほど桜しか見当たらないけれど、この仙女が座っている桜の木は周りと比べれば一際大きな幹を持っているように見えた。
これがもしここではなく、現実であったなら、どれだけ年輪を重ねた桜なのだろう。
そういえば…と、穂積はあの御仁が口にした言葉を思い出し、自分にはコレといって探し人が居ないため、むっと眉を寄せる。
「誰が、誰を探してるんだろ」
考え込む穂積の横にふわりと仙女は舞い降りて、難しい顔を浮かべる穂積に首をかしげた。
「仙女さんが花の精だとしたら、樹の精を探しているのかな？」
「坊は、面白いことを考えるのぅ」
不思議そうな顔つきで穂積を見つめていた仙女が、またクスクスとどこか楽しそうな笑いを浮かべている。
「花の精、樹の精の区分は何ぞや？」
今まで笑いを浮かべるだけだった仙女が、口を開いたことにも驚きだったが、穂積には問われていることが一瞬理解が及ばずにポカンと仙女を見る。
「坊は花を咲かす樹はないと申すか」
「いや、そういう意味でいったんじゃないよ」
少し申し訳なさそうに顔を伏せた穂積に、仙女は尚更くすっと笑いを浮かべる。
「えぇ、分かっておりますとも」
少し意地悪をしてみただけ。
完全に相手のペースに巻き込まれながら、穂積は躊躇いがちに口を開く。
「あの仙人さんみたいな人が、探し人がいるかもしれないって言ってたけれど」
もし、あの人は自分に向けてあの言葉を居たのだろうけれど、それがここに居る人全てに当てはまるのなら、穂積と話す仙女にも探し人が居る可能性もあるはずだ。
「きみの探し人が居るなら、おれ手伝うよ」
穂積の一生懸命な眼差しに感化されたのか、仙女は笑いを止め、一瞬きょとんとした表情を浮かべると、先ほどまでとは違い、ふんわりと微笑む。
「探し人が出来るのは、わたくし達ではござりませぬ」
そして、枝からたゆたうようにして穂積の前に降り立った。
「わたくし達は迷い人ではありませぬからのぅ」
地面に降り立ってみれば、仙女は穂積よりも頭1個分ほどは小さく、彼女は見上げるようにして穂積を見つめる。
「折角ですからのぅ。一緒に見て回りませぬか？」
ここだけに居ても、何も始まりはしないし、それにまだまだ沢山の桜がここにはある。
どうせならば、見て回ってもいいだろう。
「もしかしたら、誰か逢いたい人に出会うかもしませぬしの」
仙女の突然の提案に、穂積はただ驚きに瞳を大きくしたまま聞き入る。
「え、あ…うん」
トントン拍子に進んでいく展開に、少々ついていく事が出来ずに曖昧な返事を返す。
「えっと、じゃあ、他に探し人を探してる人が居たら、手伝ってあげればいいね」
とりあえず今この仙女には探し人は居なくて、この場所を見て回ろうというのなら、この先手を貸してほしい誰かに出会うこともあるだろう。
「ふふ、坊はほんに面白いのぅ」
真っ直ぐでいい瞳をしている。
こうして、穂積と仙女は一緒に桜の回廊を歩く事となった。
見渡す限りの桜。桜。
葉桜でもなく、まだ蕾のままでもない。
今が身頃の満開の桜の木ばかりが、この回廊を埋め尽くす。
「迷っても、抜け出せなくなりそうだ」
ふと桜の先を見つめるように顔を上げて、穂積は誰に聞かせるでもなくぽつりと呟く。
「迷うのは“人”だけ」
仙女の答えに、穂積は一度目をパチクリさせて彼女を見るが、かえって来たのは先ほどと同じ笑顔。
うーんと頭を捻りつつ穂積は桜の先を見る。
「あれ？」
そして見つめた先、仙女とは違う人影を見つけ、穂積は駆け寄った。
「セレスティさん？」
「穂積くんではありませんか」
自分と桜以外は居ないと思っていたのに、とんだ偶然に2人は驚きに瞳を大きくした。
他にも人が居たことに穂積は少々安堵の息を漏らすが、当のセレスティ・カーニンガムはいたってマイペースにまた桜を見上げている。
「あら」
「まあ」
穂積が連れていた仙女と、セレスティと共に居た仙女が、お互いの姿を見るや、そんな驚きの声を漏らし、笑いあう。
「こちらの桜の精の方々は、いろいろな方がいて面白いですね」
セレスティはそんな彼女達を見て、にっこりとその微笑を強める。
「桜の精？」
「おや、気付いていらっしゃいませんでしたか？」
仙女が桜の精なのかな？ とは思っていたが、上手くはぐらかされてしまって、穂積は答えを聞いていなかったのだ。
しかし、こうしてセレスティが彼女達を見て桜の精と言うならば本当に桜の精なのだろう。
「答えたくなかったのかな？」
穂積は自分と一緒にここへ来た仙女――桜の精を見やり、ちょっとだけ残念な気持ちになりながら小さく呟く。
いや、実際は答えたくなかったわけではなく、彼女がそう言った性格だっただけなのだけれど。
「セレスティさんはどうしてここへ？」
桜の精が言ったことが本当だとすれば、ここへは探し人を探しに来る人が迷い込む、桜の回廊。
「私も明確な理由と言うのは分かりませんが、桜の精に呼ばれたのかもしれないと、思っています」
そしてセレスティはそっと垂れた桜の枝に触れる。
ここは、死した桜の木たちによって作られた、桜の幽玄回廊。
セレスティは楽しそうに喋っている桜の精達を見つめたまま――いや、正確には観察か――本当に面白い物を見つけたかのようにクスクスと笑う。
「本当に、違っているものですね」
セレスティの視線につられるようにして穂積のその先を見つめ、
「桜の精って言っても、皆それぞれって感じだね」
着ている服はどこか似ているけれど、喋り方や仕草顔の作りは皆違っている。
そう言えば―――
「ヒカルも、桜の精だったんだよな」
消えて…いや、旅立っていった枝垂桜。
「女性的だとばかり思っていましたが、そう言えば彼は少年でしたね」
けれど、ここにいる桜の精は女性ばかり。
きっと彼の場合は形を貰った相手に影響を受けたせいかもしれないけれど。
「役目を終えたわけではないでしょうから、ここには居ないとは思いますが」
それでももし出会う事が出来たなら、また会えるといった約束を果たすことが出来る。
「そっか、ちょっと残念だけど、仕方ないよな」
樹命を終えた桜が集まっている場所にもし居たならば、彼も樹命を終えたことになってしまう。
だけど、それでは少し哀しい。
「これだけ見事に咲いているのですから、誰かに見てもらいたいと思ってもいいと思うのです」
だから、この場所に呼ばれたのだろうと、セレスティは信じている。
「おれは、なんでここに来たんだろう…？」
穂積にはセレスティのように、本当にここに来た理由が思い当たらない。
ただ1つ桜に関係しているとすれば、学校帰りに拾った折れた桜の枝。
もしセレスティの言うことが本当で、枝1つにも精霊が宿るのならば、その枝に呼ばれたと言えるのだろうけれど、桜の精は上手く答えてくれそうもない。
「まぁいっか」
そんな小難しいことを考えていてもらちがあかないし、
「それで、いいのではないですか？」
どうとろうとも本人の自由なのだから。
「お二方」
桜の精がふわりと傍らへと飛び降り、穂積とセレスティに声をかける。
「そろそろ時間みたいだの」
そう桜の精が口にした瞬間、何かがふわりと飛び去っていった。
ひらひら。
ひらひらと、橙色の光を放つ蝶が飛んでいく。
大群になって飛んでいく様を見つめていると、遠くで名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。
ビッターン。
そんな音を立てたのは、ベッドから落ちた穂積だった。
それでもすやすやと寝息を立てているあたり、かなり図太いというか、強い神経をしているものである。
「穂積〜。穂積兄ちゃ〜ん」
「むぅ…」
鼻をつままれ、穂積はじたばたと一通りもがいた後、ばっと起き上がる。
「あ…あれ？」
そうベッドだと思っていたのはソファだったのだ。
確認するように辺りを見れば、ばっちりここは草間興信所で、その応接テーブルの真ん中に桜の枝が一輪挿しで花瓶に活けてあった。
「この桜……」
穂積はそっと活けてある桜に手を伸ばす。
「穂積兄ちゃんがその桜持ってきて、ソファでうとうとしてるうちに、そのまんま寝ちゃったってわけ」
「うちのソファを無料で貸してやったんだ。今度存分に働いてもらうからな」
きっと穂積にソファを取られていたことで仕方なく座っていたのであろうデスクチェアから、煙草を灰皿に押し付けつつ草間は不機嫌に言い放つ。
「勿論、任せてよ！」
穂積は元気一杯の笑顔を草間に向け、ソファから立ち上がる。
そして今日もいつもと変わらない1日が終わっていった。
fin.
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【4188／葉室・穂積（はむろ・ほづみ）／男性／17歳／高校生】
【1883／セレスティ･カーニンガム／男性／725歳／財閥総帥・占い師・水霊使い】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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胡蝶・泡沫乃夢にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。他所様との掛け合いとの事で、最後セレスティ様と合流という形にさせていただきました。実のところ殆ど謎は解けていませんが、これはこれでいいかな？と自己完結しています。
それではまた、穂積様に出会える事を祈って……
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