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「籠女」
春。
心も新たに、今までとは違う生活へ進みだす季節。
桜も散り始め、暖かさを感じとれるようになった、そんなある日。
のどかな、楽しい日々を過ごすだろうと思われていた。
高等部のある教室には、二人の女子生徒。
今年、受験生となるその二人は、放課後、授業が終ってから残って勉強していくことが、最近の日課となっていた。
何時のように、放課後教室に残っていると、日がくれ始めた。
「あ、ねぇねぇ。私、予備校行くからもう帰るけど、ミカはどうする?」
一人の女子生徒の声に、ミカと呼ばれた女子生徒は顏をあげる。
「ユカ、今日も予備校なの?大変だねぇ…。」
「そうでもないよ。ミカは今日無いの?」
「今日はお休み。だから、もう少しやってくかな」
「そっか。じゃあ、また明日ね」
「うん。バイバイ」
ぽつん。
教室には一人きり。
――昼間の賑やかさが嘘のよう。
ミカがペンを持つ手を休め、ぼんやり教室を眺めていると突然その歌声は聞こえた。
かーごめかごめ かーごのなーかのとぉりは いーついーつでーやぁる
「……?」
はじめのうちは遠くから。
よーあけぇの ばんにー つーるとかーめがつーぺったぁー
「……何…?」
少しずつ近づいてくる歌声。
うしろのしょうめん だぁれ?
「っ!!」
その声は真後ろから……。
「きゃあぁぁあぁあ!!!」
その日、一人の少女が消えた。
■■■
「ぁっ…!あきら君!」
あきらが廊下を歩いていると、ある教室からユカが出てきて声をかけてきた。
二人は、あきらが廊下に迷っているところでユカが助けて以来、会うたびに挨拶をするような仲になっている。
「ユカちゃん、おはよぉ」
にっこりと微笑むと、なにやら緊迫したようなユカの表情が僅かだか和らいだ。
「ねぇ、あきら君。お願いがあるんだけど……」
「どうしたの?俺でよければ話してみてよぉ」
「あのさ……最近噂になってる『かごめちゃん』って知ってる?」
「ぇーと、たしか苛められてた子の幽霊で、放課後に残ってるとさらわれちゃう、って…アレ?」
「そうソレ!……それがさ、実はミカが行方不明になってて……」
「ミカちゃんって、いつも一緒にいる子だよねぇ?」
「うん……。2日前に放課後で一緒に勉強してて、私、予備校あるから先に帰ったんだけど……。それからミカ行方不明になっちゃって……」
ユカは何ともいえない表情をして、唇を噛み締めて俯いた。
よほど心配なのだろうか。
もともとユカは活発的な印象が強く、肌の色も明るく何時も笑顔でいるような子であるのに、今日のユカは顔も青白く、心なしかやつれているように見える。
「もしかしてミカ、『かごめちゃん』にさらわれちゃったんじゃないかと思って……、でも私そういうのよく分からないし……だから、その……」
言い辛そうに口ごもるユカに、あきらは微笑みかけた。
「じゃあ一緒に探そぉ」
「いいのっ? あ、いや、お願いしておいてこんな事言うのは可笑しいんだろうけど……」
「当たり前だよ。だってユカちゃんは大切なお友達だもん。」
そのあきらの一言に、ユカの顔は輝いた。
「あきら君ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。」
「もぅ、本当に感謝してるっ…!!
あ、それで早速で悪いんだけど、今日の放課後暇?」
「大丈夫だよぉ」
「授業終わったらココに来てくれる?待ってるから。」
「分かったぁ。ユカちゃんまたね。」
「うんっ…!」
■■■
ユカと別れ、自分の教室へ戻ったあきらは、『かごめちゃん』について思いを巡らせた。
教室には、教師が黒板にチョークを走らせる音が響いている。
(噂通りに、かごめちゃんって子が皆を閉じ込めちゃってるのかなぁ。
お友達が欲しかったのかなぁ……。
どうにかして、止めさせてあげたいなぁ……。)
あきらは、窓の外へと視線を移した。
外には満開になった桜が咲き誇っている。
流れている噂が事実なのだとしたら、彼女はどのような想いで当時、この桜を見ていたのだろうか。
新しい季節に膨らませていた期待と現実のギャップに、どのような哀しみを抱いたのだろうか。
それを思うと、あきらの胸に影がおりた。
行方不明になった少女達はもちろんだが、『かごめちゃん』も救ってやりたいという気持ちが浮かび上がってきたのは、あきらとしては自然の流れだったのかもしれない。
■■■
放課後、あきらは約束どおりユカの教室へと訪れた。
『かごめちゃん』の噂のせいなのかどうかは分からないが、教室にはユカとあきらの二人しか残っていない。
皆、SHRが終わった途端に帰宅してしまったようだ。
「私、囮になろうと思うの」
突然、ユカが口を開いた。
「えっ?そんな、危ないよぉ」
慌ててあきらがユカを止めようとするが、ユカは既に決心したらしく首を横に振ってあきらを見つめた。
「危ないのは分かってる。でもこれ以外に『かごめちゃん』に近づく方法見つからないの。
さらわれるのは決まって女の子だっていうし……。
だから、あきら君。私がさらわれそうになったら、助けてね?」
悪戯っぽく微笑むユカだったが、目は真剣だった。
これ以上止めても意味がないことを知ると、あきらは諦めて頷いた。
「……うん。でも、あんまり無茶しないでね?」
「分かってるよ。大丈夫。あきら君が一緒だもん。」
時計の針が、五時をまわった。
今日の授業が終了してから一時間強。
少しずつ、日が暮れ始めてきていた。
「皆、無事だといいねぇ。」
「……絶対無事だよ…絶対……。」
絶対、と呟くユカの声は、まるで自分に言い聞かせているかのように聞こえた。
ふとした瞬間に、ユカの瞳に過ぎる恐怖心に気付き、あきらはユカの手にそっと触れた。
「ユカちゃん、大丈夫だよぉ」
「っ……。
…ありがとう、あきら君……。あぁ、もうなんだろう。あきら君ってホント癒されるなぁ。」
泣き出しそうな笑いを浮かべて、ユカはあきらの手をぎゅっと握り締めた。
一人じゃなくて良かったぁ…。
そうユカが呟いた時、二人の耳にある唄が聞こえてきた。
かーごめかごめ かーごのなーかのとぉりは いーついーつでーやぁる
「あ、あきら君!!」
「もしかして今の…?」
よーあけぇの ばんにー つーるとかーめがつーぺったぁー
「ど、どうしようっ…『かごめちゃん』だよ…!!」
「ユカちゃん落ち着いて、大丈夫だからっ…」
声は少しずつ近づいてくる。
あきらは、ユカを庇うようにして近づいてくる声の方向へ視線を巡らせる。
しかし、何故か声は方向が掴みづらく、どこからやってきているのか分からない。
うしろのしょうめん だぁれ?
「きゃぁああっ!!」
突然、声は後ろから聞こえてきた。
振り返ると、そこには大きな籠を持った少女と、その少女に腕を掴まれ、今にも籠の中に入れられそうになっているユカの姿があった。
慌てて少女の手を掴み、ユカを救い出そうと抵抗する。
ふと見えた籠の中は、底の見えない暗闇。
あきらは、渾身の力を込めてユカの腕から少女の手を剥ぎ取るとユカを突き飛ばした。
「ユカちゃん、逃げてっ!!」
「で、でもっ…」
「いいから逃げて!!」
あきらの指示に戸惑っていたユカだったが、後ろ髪をひかれながらも駆け出していった。
逃げ出したユカを追おうとする少女の前に、あきらは立ちはだかる。
「……邪魔…しないで……」
か細い、小さな声があきらの耳に忍び込んでくるようにして響いた。
その声の中に言い様もない切なさを感じて、あきらは少女をただ見つめた。
「……どうしてこんな事するの?」
「…………」
「……ねぇ、お友達が欲しかっただけだよねぇ?
きっと……寂しかっただけだよねぇ?」
「…………」
「君がさらっていった女の子たち、皆の大事なお友達なんだ。
だからお願い。返してあげて」
「…………」
静寂が訪れた。
それはほんの数分だったのか。それとも、もっと長かったのか。
不思議なくらい、静かだった。
先に口を開いたのは少女だった。
「……私、だって……」
「……?」
「……私だって……お友達欲しいんだもんっ……」
か細く小さな声は、言葉を紡ぐうちに涙声へと変わっていた。
「…っ…ぅっ…ずっと…ひとりで…さみしぃのっ……やなのぉ…っ…」
肩を震わせながら泣く姿は、ただの幼い少女だった。
ユカをさらおうとしていた時のような邪気など一切なく……小さな小さな少女だった。
あきらは、ぼろぼろと涙を流す少女をそっと抱き寄せた。
優しく、背中を叩いてやると少女は不思議そうにあきらを見上げた。
「………私のこと…いやじゃないの…?」
「嫌なんかじゃないよぉ」
「…でも、みんな私のこと、きらいっていうんだよ……」
「でも俺はかごめちゃんのこと、嫌いじゃないよ?」
あきらの持つ人を癒す力が、少女の心に暖かさを取り戻させていった。
「お友達が欲しかっただけなんだよねぇ?
だったら俺がお友達になってあげる。」
「…本当に?」
「うん、本当」
涙で濡れた瞳で見上げる少女に、あきらは温かい笑みで返した。
そうすると、疑わしげに警戒していた少女も、その警戒をとき、ぎこちなく微笑んだ。
「……お兄ちゃん、ありがとう……」
涙を拭いながら、礼を言う少女はあの噂の『かごめちゃん』とはとても信じられない。
少女の身体は、いつの間にか半透明になっており、小さな光りの粒子に包まれていった。
「今度…一緒に遊んでね……?」
「いいよぉ。 何しようかぁ?」
「…色んな事がしたいな……」
「じゃあ、いっぱい遊ぼうねぇ」
「…うん」
あきらの言葉に、嬉しそうに微笑む少女。
その身体は見えなくなっていき、次第に消えていた。
……かごめちゃん、ゆっくり休んでね……。
腕の中にあった小さな温もりに、あきらはそう願わずにはいられなかった。
■■■
翌日、行方不明になっていた女子生徒達は、それぞれの失踪現場である教室に倒れているのを発見された。
意識を取り戻した女子生徒達に話を聞いてみたが、行方不明になっていた期間の記憶が全くなく、そのことで噂は更に広まっていった。
しかし、再び事件が起こらない事が分かると、学校から『かごめちゃん』の噂は何時しか消えていた。
学園の生徒達が忘れていく中、あきらは、時折あの少女のことを思い出す。
たまに、『かごめちゃん』の最後を話してあるユカと共に追悼の意も込め、かごめ唄を歌う。
はじめは怖がっていたユカだったが、あきらの話を聞くうちに恐怖よりも切なさが湧き上がってきたらしく、理解を示してくれた。
今日もまた、学園の片隅からかごめ唄が聞こえてくる……。
■END■
◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧◆
【整理番号/ PC名 /性別/ 年齢 / 職業】
【5201 / 九竜・啓 /男性/ 17歳 / 高校生&陰陽師】
◆ライター通信◆
初めまして、江口皐月です。
この度は「籠女」にご参加くださり、ありがとうございました。
あきらさんの人を癒す力が、『かごめ』にとってもユカにとっても救いとなったようです。
ほんわかとした癒しの雰囲気が出ればいいな、と思って書いたのですがいかがだったでしょうか。
余談ですが、ユカもあきらさんがお気に入りの模様です。(笑)
また機会ございましたら、仲良くしてあげてくださいませ。
少しでも楽しんで頂けましたら幸いです。
また何処かでお会いできることを楽しみにしております。
ありがとうございました。
*不備等、何かお気づきの点ございましたら、遠慮なくお申し付けください。*
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