コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<PCゲームノベル・櫻ノ夢>


Closing ―your eyes―



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

 もらったチラシ……に付いていた茶葉を見て守永透子は不思議そうにした。
(一回分しかないみたいだし、夜にこっそりいただいてみよう)
 ハーブのように、リラックス効果でもあるのだろうか?

**

 はらりと舞う桜の花びらを見上げて透子は微笑む。
 ここが今日から通う大学だ。
 窮屈な家から出て、透子はとうとう一人暮らしを始めた。
 一人で暮らすのはとても不慣れで、とても大変だけれども……。
「はあ……」
 深く息を吸い込む。
 こうして伸び伸びと呼吸ができるなんて……。それが一番嬉しいかもしれない。
 それに。
 透子は少しにやついてしまう。
 今まで実家暮らしだったので頻繁には会えなかったけれども、彼にもっと会えるようになるのだ。
 入学式を終えて帰路につく透子は校門の前に立っている人物に気づいて顔を赤らめた。
 青年をちらちら見る新入生たち。だが彼は、真っ直ぐに透子を見ている。
(欠月さん……)
 なんだか顔が火照る。ついつい恥ずかしくなって下を向いてしまう透子だったが、こんなところで立ち止まっていると余計に目立つ。
 元気よく歩いていたはずの歩調を、ゆっくりと静かなものに変える。
 彼の目の前まで来て、うかがった。
 期待してしまう。自分を待っていてくれたのか、と。
「やあ、透子さん」
「!」
 目を軽く見開いて透子は視線を伏せた。やっぱり自分を待っていてくれたのだ。嬉しい。
 どうしよう。
(心臓がすごくうるさい……)
 どうにかできないのだろうか、この音は。
 そんな透子の心中など気にせず、欠月は軽く首を傾げて覗き込んできた。
「どうかした? ボクが待ってて、やっぱり迷惑だったかな」
「そ、そんなことっ! 嬉しい、から……えっと」
 困ったように言う透子を見て、彼は微笑む。
「そう。なら良かった。嫌われたのかと思っちゃったよ」
 嫌うなんてこと、あるわけない!
 そう言いかける。口を開きかけたが、閉じた。
 だって欠月が微笑んでいる。わかっていて言ったのだ、彼は。
(相変わらず……意地悪だわ)

「そう。一人暮らしするんだ」
「ええ」
 頷く透子の横では欠月が歩いている。
 出会った頃より少しだけ伸びた背の分、透子は彼を見上げなければならない。もしかして彼はまだ伸びるかもしれないな、と少し思った。
「じゃあ大変だね。通うのが」
「でも結構近くなのよ?」
「バイトとかするの?」
「んー……考え中かな」
 どうしようか迷っている。それが正直な気持ちだ。
 働いてみることは社会勉強にもなるので、やってみたいのだが……。
「したことないから、ちょっとどうしようか悩んでるの」
「そう。ゆっくり考えてもいいんじゃない? 生活に慣れてからでもいいと思うよ?」
「そう、かな」
「うん」
 にっこり微笑む欠月を見て、透子は言葉に詰まる。
 いつ、だったろうか。彼と……こうして時々会うようになったのは。
 これを世間では「付き合っている」と言うのでは?
 自分と彼は「彼氏」と「彼女」ではないのか?
 確かめたことはないけれど、それを彼に訊く勇気はない。
 はぐらかされたら? またからかわれたら?
 そんな不安から、はっきりしないままの現状に透子は少し不満でもある。
「そうだ」
 欠月はぽん、と掌を打ちつけた。
「今日は夕食を奢るよ」
「え? で、でも……欠月さんは忙しいんじゃ……」
 彼は妖艶に微笑んだ。
「いや?」
「…………」
 なんだ今の笑顔は。
 硬直している透子は一気に耳まで赤くなって両頬を手でおさえる。
(うぅ……その笑顔は反則だってば……)
 心臓が本当に壊れてしまいそうだ。
「お祝いしてあげたいもの。念願の一人暮らしの開始と、大学への入学のね」
「う、うん……」
「欲しいものはある? できるだけご要望に応えるよ?」
「欲しい……もの?」
 実家に居た頃からあまり自分の欲求を強く持ったことはない。
 とにかく一番の希望は家から出ることだったのだから、それは叶っている。
 それに……欠月も自分を見てくれているのでもう欲しいものは特にない。
「う、うん……と、特にない……かな。ほら、一応生活できる道具は全部買い揃えてあるから」
「そうじゃなくて、宝石とか」
「……ほ、宝石っ!?」
 声が裏返る。周囲を行き交う人たちがちらりとこちらを見ていたが、透子はそれどころではない。
「そんなのっ……高いもの! いいわ!」
「女の子はキレイな宝石に目がないって聞いたけど……違うのかな」
「だ、だって……」
 にやにやしている欠月の横で透子は縮こまる。
 そりゃあ……興味が全然ない、というわけではない。けれど物凄く欲しいというわけでもない。
「ネックレスとか、どう?」
「ど、どうって……あ、いや、でも」
「ふふっ。遠慮しなくていいよ。こう見えてもボクはお金持ちだから」
 いや、小金持ちかな。
 くすくす笑いながら言う欠月は透子の手を握る。透子はどきっとして欠月を見上げた。
「行こう。選んであげる」
「ええっ!? いいわよ」
 必死に遠慮する透子にぐっと欠月が顔を近づける。紫色の妖しげな瞳に透子は心臓が止まりそうになった。なんて綺麗な瞳だ。こんな近くでみたら……まるで魅入られたような……。
 ぼんやりしてしまう透子に彼は囁く。
「キミはボクのものだって証をあげる」
「え……?」
 なにを言われたのか、理解するまでに時間がかかる。
 呆然とした目で欠月を見る透子を、彼は可笑しそうに見つめていた。
「わ、私……」
「イヤ?」
 そう問われてしまうと透子としても首を横に振るしかない。
 ああどうして。
(ひどい……)
 欠月はひどい。
 自分の欲しいことを、先回りして……してくれる。
 透子が喜ぶのを知っていてわざと言うから……ひどい。
「ついでだから、ボクもあげようか?」
「は?」
 きょとんとする透子に彼はケラケラと笑う。
「キミのものになってあげようか?」
 変な言い方だ。
 眉をひそめて理解しようとしている透子の頭を柔らかく撫でる欠月。
「くくっ……はは、そんなに考え込まなくてもいいのに」
「欠月さんは時々、変なこと言うから。難しいのよ」
「そうかな。考えないほうがダイレクトに響くと思うんだけど。ストレートに言うとキミが困ると思っての配慮なんだけどなあ、これでも」
「言葉自体は少なかったから、ストレートだと思うけど……」
 ただそれが、きちんとうまく透子に伝わっていないだけだ。いや、それではストレートに言っていないことになるのか?
 首を傾げている透子の手を緩く引っ張る。
「ストレートがいいならそうしてあげるけど」
「…………降参」
 小さく呟くと彼はぶっ、と吹き出してまた笑った。
 いいよ、と囁くと透子の耳に唇を寄せる。
「ボクと愛を交ワシマセンカ?」



 宝石店に入るなんて、初めてのことだ。
 顔が赤いままの透子は前を歩く欠月を見ている。彼は堂々と店内を物色していた。
 どうしてこんなに入りにくい場所なのに、彼はそれを気にもしないのだろうか? 店内が綺麗すぎて、透子は怖い。
「いらっしゃいませ。どのようなものをお探しですか?」
 にっこりと微笑する店員に、透子は引きつった笑みを返す。
 欠月がそちらに近づいてあれこれと言っていた。
「あまり派手じゃないほうがいいんだけど」
「ではこちらはいかがでしょうか?」
 店員が示した先には小さなダイヤがついているネックレスがある。
(だ、ダイヤ?)
 ぎょっとする透子だったが、欠月は平然としていた。
「ダイヤでもいいけど、ブルー系のも出して」
「かしこまりました」
「あとピンク系もね」
 店員は「はい」と頭をさげてそこから離れる。
 透子は欠月の袖を引っ張った。
「ね、ねえ欠月さん」
「ん?」
「あの、高いのはちょっと……それに、私……」
「お金の心配はしなくてもいいよ?」
「そうじゃなくて……」
「貢いでくれる彼氏がいるんだって、みんな思うじゃない? それが狙いなんだけどな」
「ええっ!?」
 困惑していると、店員が色々と持って戻ってきた。
 説明する店員の言葉を透子はまったく聞いていなかった。代わりに欠月が相槌を打ちながら聞いているので別にいいだろう。
 だって欠月が「彼氏」だと言った。
 間違いじゃない。聞き間違いじゃない。
 自惚れてもいいのだろうか――?

 透子の首には、ネックレス。宝石は……隠れてみえないが。
 一緒に食事をするのも気恥ずかしいものだった。
 食事を終えてしまうと、透子は肩から力を抜く。緊張ばかりしていて、疲れてしまった。
 なんだか今日一日があっという間で、色々あって――――混乱したままだ。
 ふらつく透子の手を引っ張ったのは欠月だ。
「大丈夫?」
「う、うん」
 たどたどしく頷く。
 ああ。夢ならばどうか覚めないで。
 こんな幸福で幸福で、甘い夢ならば。
 いいことばかりで怖くなってしまう。
 透子のマンションまでくると欠月は手を放した。
「今日はお疲れだろうから、残念だけどここでお別れ」
「えっ、あ、」
 どう返していいのか。
 真っ赤になってしまう透子。
「は……はい」
 残念といえば、残念。
 そんなことを思う自分を透子は恥ずかしく思う。
「学校、頑張って」
「欠月さんも、お仕事頑張って」
「はは。ありがと」
 欠月は一歩後退する。
「さ、早く入って。見届けてから帰るよ」
「うん……」
「キスの一つでもしたいところだけど、歯止めがきくかちょっと自信ないんだ。許してね」
 平然とした顔で言う欠月が、憎らしい。
 少しでも頬を染めてくれれば……その言葉が真実かどうかわかるのに。
「おやすみなさい」
「はい、おやすみ。いい夜を」
 にっこり微笑む欠月に背を向けて透子はマンションに入って行く。何度も振り向く。振り向いた先には欠月が居て、透子に向けて手を振っていた。
 安堵して歩く透子。だが胸元にあるネックレスの感触に彼女は少し泣きそうだった。

**

 ぱち、と瞼を開けた透子はがばっと起き上がった。
 障子越しに届く朝の光。
「………………」
 呆然とする透子はしばし無言で部屋の隅を凝視していたが、すぐに顔を赤く染めて布団に逆戻りした。
 今のは夢だったのだ!
(私……! 私ったらなんて夢……っ!)
 恥ずかしい!
 もしもあれが自分の願望だとしたら……。
 そう考えた透子はうめき、布団に潜り込む。
 だが決して、悪い夢ではなかった。むしろとても良い――――。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【5778/守永・透子(もりなが・とおこ)/女/17/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

 ご参加ありがとうございます、守永様。ライターのともやいずみです。
 のた打ちまわるような甘さを目指して書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!