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誘い櫻
★ ☆
何でも屋・鷺染。
その依頼帰りでの事だった。
ふっと、淡い色をした桜の花弁が詠二の前に舞い落ちて・・・
視線を上げれば、すぐ目の前には巨大な桜の木があった。
こんなところに桜の木なんてあったか？
そう思うと、鷺染 詠二（さぎそめ・えいじ）は桜の木をそっと撫ぜた。
――――― 瞬間
目の前に、見慣れた姿が浮かび上がった。
銀色の長い髪をした少女・・・笹貝 メグル（ささがい・ー）・・・
何かあったのだろうか？綺麗な色をした瞳は哀しみに染まっていた。
「メグル・・・？？」
『お兄さん・・・お願い・・・見つけて・・・』
「え？メグル・・・？？見つけてって・・・」
『私を・・・探して・・・お願い・・・見つけて・・・お兄さん・・・』
今にも消えてしまいそうなメグルを引き止めようと、右手を差し出し―――
「あれ？お兄さん？？どうしたんです？こんなところで。」
聞きなれた声に振り向くと、そこにはメグルの姿があった。
両手に大きな袋をぶら提げ、買い物帰りだろうか？その袋は酷く重そうだった。
「な・・・なんで？？だって、メグル・・・」
「どうしたんです？」
キョトンとした表情のメグルに、今起きた事を全て伝えると、詠二は首を捻った。
どんな怪異なのだろうかと言う詠二に向かって、メグルが小さく苦笑を洩らし
「お兄さん、それは誘い櫻（いざないざくら）じゃないですか？」
「誘い櫻？」
「その人にとって、一番思いいれのある人の幻を見せて、桜の中に誘うんです。相手を見つけられればこちらの勝ちで、現実に戻って来れます。」
「見つけられない場合は？」
「永遠に桜の木の中に閉じ込められて・・・」
「・・・！？」
「ふふ・・・それはただの噂ですよ。それに、見つけられないわけ無いじゃないですか。だって、自分にとって一番思いいれのある人ですよ？大切な人の姿を、見失うわけがないじゃないですか。」
「そうか・・・」
「それにしても・・・誰か、櫻に誘われているのでしょうか・・・」
「どうだかな。」
「きっと、誘いの出入り口なんですね、ここ。・・・どうします？誰か来るか、待ってみます？」
「そうだな。今日の仕事も終わった事だし・・・・・」
☆ ★
ハラリと落ちてきた淡いピンク色の雪を掌に乗せる。
ふっと顔を上げれば、何時の間にか目の前には巨大な桜の木が１本、高く澄んだ空に向かって伸びていた。
随分と美しく咲く花は満開で、風が吹く度に零れ落ちる花弁は、ふわりはらりと可憐な舞を踊る。
ひらひらと、舞い散る桜の花弁の色は、懐かしいあの人の面影に重なり
胸の奥、チクリと刺さる・・・痛みを帯び・・・
コツンと、足音が響いた。
直ぐ耳の傍で響いた音に・・・顔を上げる。
桜の前に佇むあの人の姿に、黒 冥月は言葉を失った。
今は亡き、冥月の恋人。
上司で相棒で・・・暗殺者と言う、闇の世界でひっそりと生きる冥月が唯一心を許せた人。
・・・どうして・・・？
桜の見せる幻は、あまりにも甘くて―――
手招きする。
彼の笑顔は今も変わらず、そこにある・・・。
冥月は１歩、足を踏み出した。
散った桜の花弁の絨毯が、靴底にへばり付く。
・・・１歩・・・
穏やかな笑みを浮かべた彼は、だんだんと遠ざかって行っているような、そんな錯覚を覚える。
また、１歩・・・
彼に手が届きそう・・・そう思った瞬間だった。
ザァっと、桜吹雪が視界を遮った。
乱舞する、桜の花弁のシャワーに目を瞑り、開いた先は懐かしい場所だった。
★ ☆
中国都市郊外。
区画整備作業が頓挫し、街が丸ごと廃墟となった場所・・・。
まるで迷路のようなその場所は、闇に生きる者のみが住んでいた。
汚れたブロック塀が目につき、壊れた廃屋が風化している。
しかし、普通の街よりも物が溢れていた事も、一つの真実だった。
・・・懐かしい・・・
彼と過ごしたこの町。
未だに色褪せる事のない映像の中、直ぐそこに・・・彼の存在を感じる。
歩き出す。
風が吹けば砂埃が舞い上がり、視界が淡く染まる。
廃墟の入り口から、真っ直ぐ１区画。
彼との思い出が蘇る。
・・・彼と一緒に買い物をした、あの日。
紙袋に入った荷物を重たそうに両手で抱きしめ・・・よたよたと、歩く姿がペンギンのようだと言われ
笑った・・・あの日。
再び歩く、１区画。
川岸で彼と散歩した、あの日・・・。
川から上がってくる冷たい風に目を瞑り・・・高い空に浮かんだ太陽は、あまりにも綺麗で・・・
足元に生えた雑草を見詰め、立ち止まった私の手を引いてくれた
その温もりがあまりにも優しくて、嬉しくて・・・
笑った・・・あの日。
右に曲がり、１区画。
野盗に襲われ、彼と背中合わせで命を預け戦った広場。
背中は彼が守ってくれると言う安心感と、彼を守らなければならないと言う緊張感。
それでも、何とか難を逃れた後・・・２人で顔を見合わせて笑った。
どちらの顔にも汚れがついており、それがまるで子供のようで―――
真っ直ぐ歩く、１区画。
一度だけした喧嘩で、飛び出した私を追いかけてきてくれた彼。
必死の言葉が心に響く。
・・・真剣な言葉は何よりも嬉しい。
偽りのない言葉は綺麗で、透き通っていて・・・
そんな彼が好きだった。
好きで好きで、改めて知った思いに、笑顔を浮かべたあの日。
色褪せぬ思い出の中で生き続ける私は、彼と一緒の場面は笑顔で
幸せそうな顔に、微かな嫉妬の念を覚える。
自分に嫉妬なんて・・・
そう思いつつ、今の自分は泣かぬ様に無表情を作るのが精一杯。
・・・最後の一区画。
懐かしい、２人の家。
その扉をそっと開けると、彼が優しく出迎えてくれる。
仕事の後はいつも“大丈夫か”と頭を撫ぜてくれて・・・今も・・・
目の前に居る彼は、低く穏やかな声で
『大丈夫か』
そう言って、頭を撫ぜてくれる。
優しく温かな掌を頭に感じ、態度だけで強請る。
困ったように小さく微笑み・・・近づいてくる、顔。
温かな唇と唇が触れ合ったならば、目を閉じる。
甘い感触―――――
「うん、私は大丈夫だから。安心して眠ってくれていいよ。」
そう言って、離れる・・・。
―――――絶対に、忘れられない記憶がある。
それが例えどんなに残酷なものでも、冷たいものでも、いっそ・・・消え去ってしまえば良いと願っても
忘れられない記憶と言うものは、必ず・・・誰にだってある。
現実ではこの後、彼は殺される。
儚く散った命の先に、見えるのは絶望を前にして固まる自分。
記憶の中に色鮮やかに残るその瞬間を、再び見たくなくて・・・
辛い思いを繰り返す。
それが、嫌だった。
だって・・・思い出の中では、彼はいつだって隣に居て、微笑んでくれて―――
今でも温もりが思いだせるほどなのに・・・
また・・・逝ってしまうの・・・？
目を瞑る。
ギュっと・・・視界が闇に染まり・・・
風の匂いが変わる。
あの町独特の、殺伐とした・・・埃を含んだ臭いではなく、それは・・・
―――東京の、香り
涙を瞼の裏に押し込める。目を開いたならば、流れ落ちてしまうから・・・
暫くそのままで、ジっと時を待った。
ゆるゆると目を開ければ１本の桜の木。
・・・彼に呼ばれた、あの・・・桜の木の下。
「お帰りなさい。」
凛と響く可憐な声に、冥月は驚いて振り返った。
銀色の長い髪をした少女が１人、訳知り顔で穏やかな笑みを浮かべている。
「誘い櫻に呼ばれてしまったんですね。でも・・・帰って来れて良かったです。」
「誘い櫻？」
「えぇ。心の中にある、一番大切な人の幻を見せて、人を櫻の中に誘うんです。その光景は、時に思い出の中にある場所であり、時に見たこともないような不可思議な場所であり、時に殺伐としたこの世の終わりであり、時にエデンのような場所であり・・・」
「つまりは決まっていないと、そう言う事なのか？」
「簡単に言ってしまえばそうなのかも知れません。何せ、私は誘われた事がないんです。」
寂しい・・・事ですね・・・
そう、少女は声に出さずに言った。
唇の動きだけでそれを読み取ると、冥月はふっと視線を下げた。
今も冥月の心に深く宿る、亡き恋人の幻。
触れれば確かに温かく、笑顔は確かにあの日のままで・・・
「大切な人には、会えたんですよね？」
「あぁ。」
「・・・会えなければ、出て来られないんです。」
サラリ
途轍もない事を言う少女の顔を、マジマジと見詰める。
「出て・・・来られない・・・？」
「そうです。一生櫻の中です。・・・でも、会えないなんて事、ないんです。」
「どう言う事だ？」
「貴方が大切に思っている人の姿を、どうして見失う事が出来るんですか？」
一番、深く心に根付いている人の姿を見失うなんて事、誰だってしません。
少女の言葉ははっきりとしていて、それが決して曖昧な感情で言っているのでない事だけは確かだった。
「でも、おかしいですね。」
「・・・何がだ？」
「普通、誘い櫻って双方が捜し合ってるはずなんです。つまり、貴方のお相手の方は・・・」
「空の上・・・だな。」
「え・・・？」
驚いたように見開かれた少女の淡い色の瞳から目をそらすと、空を見上げた。
櫻の枝が元気良く伸び、淡いピンク色のカーテンの向こう・・・薄っすらと見え隠れする青い天井。
「じゃぁ、あちらでも捜しているのかも知れませんね。」
「見つけられなければ、櫻の中に閉じ込められるんだろ？」
「きっと、直ぐに出て来られましたよ。」
「そう・・・だな・・・」
すっと、何かが溶けるように・・・温かい“何か”が流れ出して行く。
意外と心の晴れた自分がいて、それがどこか不思議で、それでも・・・嬉しくて・・・。
「そうだ・・・。私の兄が、あちらでお茶の準備をしていると思うんですけれど、少しお時間あります？」
「兄？」
「えぇ。ちょっと人並み外れていると言うか、お馬鹿と言うか・・・なんですけれど・・・」
困ったようにそう言って、少女が溜息をついた。
どれほど妹を悩ませている兄なのだろうかと考えをめぐらせ・・・ふっと、小さく口元だけの笑みを浮かべた。
「お茶か、良いな。」
「それではこちらへ・・・っと、そうだ。私、笹貝 メグルと申します。」
「私は、黒 冥月と言う・・・。」
幻でも、逢えた事に意味はあるから
例え刹那の甘い邂逅でも・・・
この胸に宿る、柔らかな温もり ―――――
ＥＮＤ
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
2778 / 黒 冥月 / 女性 / 20歳 / 元暗殺者・現アルバイト探偵＆用心棒
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は『誘い櫻』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。（ペコリ）
誘い櫻、如何でしたでしょうか？
プレイングの柔らかな哀しさと、美しさ・・・そして、冥月様の雰囲気を損なわずに描けていればと思います。
幻でも夢でも、大切な人と巡り逢える奇跡は、素敵な事だと思います。
それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。
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