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何かを埋めてみませんか? 〜桜たちと遊ぼう〜
ACT.0■PROLOGUE――井の頭桜、一斉休暇――
気象庁の予想にたがわず、今年の桜の開花は早かった。
東京都内においては、上野公園、隅田公園、新宿御苑、砧公園、小金井公園等が花見客であふれる華やかな季節が到来し――そして瞬く間に過ぎ去っていったのである。
桜の名所のひとつに数えられる井の頭公園も、本来であれば満開の桜に彩られたのち、やがては、散りゆく花びらが舞う寂寥とともに、葉桜への移り変わりをいとおしむ時期のはずであった。
しかし。
今年は、井の頭公園の桜はまだ咲いていない。卯月も終わらんとするのに、井の頭池を取り囲む600本のソメイヨシノは、どの樹のつぼみも固く閉じたままだったのだ。
七井橋の欄干をばしんと叩き、弁天は絶叫する。
「こらぁ。何故、桜が咲かぬ〜〜〜!!? 花見と宴会のスタンバイOKであったのに、なんとしたことぞ」
いつもならおろおろする蛇之助は、事情を知っていたため落ち着いていた。その手には、1通の桜色の封書がある。
「黙っていて申し訳ありません。井の頭公園内における桜の精の皆さまは、只今慰安旅行中です。沖縄から出発し北海道の稚内まで、桜前線に沿ってお花見を楽しみながら日本を縦断なさるそうで、そろそろ北海道にお着きになっているかと」
「……初耳じゃぞ? そもそも、何で桜の精が花見旅行をせねばならぬのじゃ」
「弁財天宮のカウンターに置手紙がありました。『毎年毎年、皆さんが根元で宴会なさってるのを見てるばかりじゃつまりません。たまには私たちだって、お花見をしながらお弁当を食べたりお酒を飲んだりしたいんです。そんなわけで、ごめんなさい弁天さま。今年のイベントは、上野公園とかに出張してくださいね♪ by桜の精労働組合代表:染子】」
「上野はもう葉桜じゃ! それに上野恩賜公園は、わらわの永遠のライバル、不忍池弁天(しのばずのいけ・べんてん)のショバじゃぞ馬鹿者〜〜!」
弁天は蛇之助の手から手紙をひったくった。あわれ、びりびりと引き裂かれてしまった薄紅の便箋は、まるで桜吹雪のように井の頭池に舞う。
「染子め! 戻ってきたらただでは置かぬぞ。……しかし困ったのう。これでは花見イベントは見送るしかあるまい」
「えー? やだよ。ハナコ、お花見するの楽しみにしてたのに」
いつの間にかそばにいたハナコが、ひとしきり不満をのべてから、妙案を提示した。
「ねー、よその異界から1本ずつ桜を借りちゃうのってどう? 木を移動させなくても、うまく空間を繋げれば、野外ステージまわりにそれっぽい演出ができるよ」
「うむ! ナイスアイディアじゃ! 余所の異界には、開花時期がファジーでストライキなぞしない立派な桜があるからのう……さてと」
どこからどうやって取り出したのか、弁天は『マル秘異界ファイル:高峰心霊学研究所(持ち出し厳禁)』をぱらぱらとめくる。
「そうじゃの、おもひで繕い屋の裏手、どんぐり商店街の向こうの清比良神社境内、四つ辻の茶屋横、どこぞのお嬢の屋敷エントランス、美形吸血鬼アダムの館の庭園、ホテル・ラビリンスの中庭、あとは、超時空戦艦『江戸』あたりの桜が良かろうて」
「弁天ちゃん。江戸艇の異界名、間違えてるよ」
「ニュアンスが伝わればよろしい。さ、ゲートオープンじゃ!」
ACT.1■花も団子も
話は2、3日ばかり遡る。
咲かぬ桜と、静まりかえったボート乗り場に暇を持てあました鯉太郎は、係員控え室の地下の整理でもしようかと思いついた。
係員控え室の1階は、『時空の裂け目監視ルーム』であるのだが、BF1は趣をがらりと変え、アイテム製作・管理所となっているのである。
「そういえば最近、あんまりアイテム作成の依頼がこないなぁ。弁天さま、『お好みグッズ引換券』の配布が足りないんじゃないかな」
ぶつぶつ言いながら、階段を降りようとしたときであった。
「こっ・い・た・ろ・う・く・ん☆」
背後に、圧倒的なピンク色のオーラをまとった大いなる存在を感じた。振り向けば案の定、愛の伝道師リュウイチ・ハットリである。
「うわっ。後ろから声かけんなよ。前に回れ前に」
「OH! 鯉太郎くんと見つめ合うなんて、リュウたん照れちゃう♪」
「弁天さまンとこじゃなくて、こっち来るなんて珍しいな。おれに用事か?」
「ウフ☆ コレの引換をお願いに来ました〜〜!」
リュウイチが(なぜか)頬を染めながら差し出したのは『お好みグッズ引換券』である。ちょうど、そのことを考えていたところだったので、タイミングの良さに鯉太郎はにやりとした。
「……へえ。これを使ってくれるのは、あんたが初めてだよ。何作る?」
「この胸いっぱいのスペシャルな愛☆(らぶ)が、桜吹雪のように世界中に伝わるグッズを希望します☆♪」
「わかった。おれにまかしとけ。あんたにぴったりの、すげえの作ってやるぜ!」
そして、弁財天宮にもまた、来客はあった。
弁天はといえば、恒例の吉祥寺デパート巡りに出かけていたため、弁財天宮1階カウンターにいたのは蛇之助のみであったが。
「こんにちは、蛇之助さま。弁天さまは、お留守ですのね?」
「これはデルフェスさん。いらっしゃいませ。さほど遠出しているわけではありませんから、すぐに戻られると思いますよ。しばらくお待ちになってみては? 今、お茶をお入れしますから」
「それでは、お言葉に甘えまして」
優雅に微笑んだ鹿沼デルフェスは、勧められるままに椅子に腰をおろした。持参の手荷物を、カウンターの上に置く。
「今日は、お花見イベントの事前打ち合わせができればと思い、出向きましたの。そろそろ弁天さまは、ご宴会の企画をお考えでございましょう? 満開の600本のソメイヨシノの下、花びらのシャワーの中で弁天様とご一緒できれば、わたくしにとってこの世の桃源郷ですわ」
「……それがですね」
白衣のポケットから桜色の封書を取り出し、蛇之助は溜息をつく。
「まだ弁天さまはご存じないのですが、不測の事態が発生いたしまして。桜の精の皆さんが、ストライキを決行なさったようなのです。このままですと、お花見は難しいかと」
「まあ」
デルフェスは驚いて目を見張ったが、しかし、すぐにおっとりと小首を傾げる。
「それでは、別の盛り上げ方を考えたほうが宜しいですわね」
「別の……と仰いますと?」
「こんなときこそ、魔法服ですわ!」
カウンター上の包みを解けば、お馴染み、性格変換機能つき魔法服(メイドバージョン)が現れる。
「これを弁天さまに着ていただいて、蛇之助さまやハナコさまやみやこさまに、奉仕していただくのです」
「……それは、ある意味盛り上がるでしょうが、後が怖ろしいような……」
以前、魔法服の効果で従順なメイドになった弁天から「蛇之助さま、何でもお申しつけくださいましね」と言われたときの恐怖を思い出し、蛇之助は青ざめたのだった。
◇◆ ◇◆
そして当日。
そよ風が吹き渡る青空の下、野外ステージ横には存在しなかったはずの桜が2本、忽然と出現した。
満開の、江戸彼岸(えどひがん)と高遠小彼岸(たかとうこひがん)の大木である。ソメイヨシノよりは大ぶりの、色の濃い花を咲かせた江戸彼岸は【時空艇−江戸】から、小さな濃紅色の花を枝いっぱいにつけた高遠小彼岸は、【四つ辻茶屋】からの召還であった。
『ほう……? 面妖な誘いと思いやしたが、居心地は悪くなさそうですね。どうぞ、お見知りおきを』
『はじめてお目もじしんす。四つ辻からまいりましたであり……あり……ありり? ふえーん、舌噛んじゃったでありんす』
江戸艇出身の桜の精は、いなせな与力の姿を借りて、桜の根元で胡座をかいた。四つ辻茶屋から来た桜の精は、あどけない禿(かむろ)の姿となり、やや背伸び気味に可愛らしい挨拶をした。
「素晴らしいですわ。お花見のために異界の桜を拉致なさるとは、流石は弁天さま。わたくしの考えの斜め前を突き進んでおりますわ!」
蛇之助からお花見決行の報を受け、デルフェスはいち早く駆けつけた。もちろん、魔法服入りの包みを抱きしめて。
「デルフェスは、最近とみに突っ込み力が増してきたような気がするのう……」
「悪気はございませんのよ」
「べんてんちゃん、あそびにきたの〜」
元気に手を振って現れたのは、彼瀬えるもである。小さな頭に乗せたお重には、お稲荷さんが沢山詰まっているのだと言う。
「ほんじつはおはなみのおさそいありがとうございます、とてもたのしみです」
野外ステージの座席にそっとお重を置き、えるもはぺこりとお辞儀をする。
「よう来てくれたのう。そこにお座り。すぐに飲み物を用意させようほどに。これっ、蔵人! えるもにジュースを持てい」
「はい、ただいま。……って、何なんですか、この待遇の違いは」
スタッフ兼ウエイターとして走り回っている幻獣騎士たちに交ざり、蔵人はその逞しい肩を竦めた……らしい。らしいというのは、例の蓬莱館事変の後遺症で、ただでさえ盛り上がっている筋肉がより一層成長し、どこまでが首で肩で胸やら、見分けのつきにくい巨躯になっているからである。
今まで着ていた服はすっかり小さくなって根こそぎ全滅のうえ、和服の帯すらも締められないようだ。今日のコーディネートは黄朽葉色の半袖シャツを緩くはおり、髪を染革と組紐でまとめていて、なかなかにおしゃれさんである。
「黙れ。蓬莱館でおぬしが踏み抜いた床の修繕費と、平らげた食事代がいくらになったと思っておる? 100年ただ働きでも間尺に合わぬわ」
「反省してますよぅ。だから、豪華なお重を作ってきたんじゃありませんか」
「おっ。良くできたお稲荷さんだな、えるも。蔵人の持ってきた料理もまあまあだ。ふたりとも85点やる。お返しに、これ食ってみろ。嘉神先生特製お花見五段重だ」
いつの間にかしっかり自席を確保して、嘉神真輝は持参の差し入れを広げていた。割り箸を手に、えるもと蔵人のお重をつつくかたわら、井之頭本舗の甘味メニューも、まんべんなく端から注文している。
「おおお美味しいですー!」
海老の道明寺揚げを口に運んだ瞬間、蔵人の目に感激の涙が浮かんだ。しかし次の瞬間、地面が割れ、その巨体はめり込んでいく。天使の末裔に近づきすぎると、蔵人は必ずこうなってしまう。しかしそんなリスクすら、食欲の前には問題ではないようだ。
地中から手を出す蔵人のために、真輝はお重をひとつ、渡してやった。
「おおーい。大丈夫か? しかと味わって食えよ!」
「はい! 天上の美味とはこのことですね」
「酒もいるか? スイスワインだ。国外にゃほとんど出回らん貴重品だから心して飲めよ? ……うわ、言ってるそばからラッパ飲みすんなあっ!」
「これ真輝。わらわにもワインをおよこし。おや、これはReserve du Pere MAURICEじゃな。ピノ・ノワール好きにはたまらぬ逸品じゃ」
「……いい酒なんだからさぁ。弁天さまも、ラッパ飲みは控えろって」
「あれ? もう、なし崩しに始まってるみたいですね。蘭くん、私たちも頑張って井之頭本舗の甘味を全制覇するのです」
「ふに? 公園の桜さんたちはお休みしておでかけなの? おもしろい桜さんなのー」
連れだって現れたのは、月刊アトラスの人気コラム『東京不思議甘味処探訪』の名コンビ、マリオン・バーガンディと藤井蘭である。
「真輝さんが食べてるの、新作メニューですかなの?」
「ああ。みやこちゃん渾身の『抹茶ココナッツスープ』と『大納言鹿の子みつ豆』だ」
「おいしそうなのですー。私にもそれを。あと、やっぱりお花見にはお団子とお茶なのです」
マリオンは腰を据えて注文にかかる。フモ夫から渡された出前メニューを眺めていた蘭は、ふと、自分を見つめる江戸艇桜と目が合った。
「桜さん、こんにちはなのー。江戸……から、いらっしゃいましたなの?」
『そうともさ、オリヅルランの坊ちゃん』
「江戸って、よくわからないけど楽しそうなの。どんなところなの?」
『そいつぁ、ひとことで説明すンのは難しいなぁ』
「えっと、おだいかんさまもわるじゃのーっていうお話とかするの? テレビで見たことあるの」
『よくご存じで』
にっこりと無邪気な笑顔を見せる蘭に、江戸艇桜は顔を綻ばせた。四つ辻桜も興味を惹かれて近づき、話しかける。
『このもんどころがめにはいらぬか! も、押さえておいたほうがよさげでありんすえ』
そっと手を伸ばして、蘭の頭を撫でた。植物同士、相通じ合うものがあるらしい。
『いやァ、かいらしいわぁ』
「えへへー。桜さんたちの『いかい』のお話、もっと聞きたいのー」
主催者が趣旨も明確にしないうちに、勝手知ったる来客たちは江戸彼岸と高遠小彼岸を囲み、小宴会を始めていた。三々五々、やはり見知った顔ぶれが訪れては、話の輪のなかに加わっていく。
「こんにちは、弁天さま。今日はおとすんじゃなくて、もってきたものをうめるんですよね? これ、おみやげと『うめるもの』です」
菓子折と小さな包みを手に、にこにこしながら現れた石神月弥は、えるもと蘭に並んでちょこんと座った。
「う? うむ。スタッフの仕切りが悪うてすまぬのう。後ほど詳しい説明をしようほどに」
すっかり自分の役割を忘れ、率先してお重に手を伸ばしていた弁天は、わざとらしく咳払いをした。そしてはたと、月弥のいでたちに目を止める。
本日の月弥の外見年齢は6歳。真っ白なカッターシャツにサスペンダーつき紺のショートパンツがよく似合う。4月から新1年生ですー、と言われてもおかしくない。
「むむっ。半ズボンとはまた、勝負服じゃな。その強力な『魅了』で、戦闘時のモンスターの拘束はまかせたぞ」
「……弁天さま。なにもこれからダンジョンに潜るわけじゃないんですから」
月弥にお団子を運びながら、蛇之助が溜息をつく。
「えー? またダンジョンですか? どうしよ、お兄ちゃん。やっぱり、潜っちゃう?」
「弁天さまが行くんなら、当然俺も行きますよっ! 前は火炎魔法使いだったから、今回は、そうだな、水の魔道師とかどうかな。属性『水』だと、弁天さまと協力技とか出来ちゃうかも知れないしっ!」
「久しいのう、赤星兄妹。今回はダンジョンではのうてお花見じゃが、まあ、そこに座りゃ」
朱塗りのお重を携えて登場したのは、赤星鈴人と赤星壬生の兄妹である。ちなみに荷物持ちは兄の担当であるようだ。
「弁天さまこんにちはー! ……やだぁ、もちろん、お花見するって聞いたから遊びに来ちゃったんですよう、んもう、お兄ちゃんったらダンジョンだなんて、そそっかしいんだから」
ちゃっかり兄のせいにして、壬生は鈴人の背をばしーんと叩く。
「……こら」
「あ……ええっと、お兄ちゃんにお重持たせてるんで、皆さん食べてくださいね!」
言って壬生は満面の笑みを浮かべる。自分が作ったものを兄に持たせている、というアピールである。が。
「お差し入れありがとうございます。鈴人さ……いえ、壬生さん」
何となくわかってしまった蛇之助だった。何故か東京には、妹よりも兄の方が料理上手なケースが多いのである。
「どういたしまして。お料理は用意なさってるとは聞いてたんですが、一応作ってきたんです。宜しければ皆さんでと思って」
「お兄ちゃんっ!」
鈴人はあっさりと(なんの含みもなく)ネタバレをし、桜たちに目を向けた。
「今日は様々な名所の桜を見られるそうですね。ここのところ部活の新歓コンパで飲まされてばかりで、花見って言っても名ばかりだったから、ゆっくりできそうで嬉しいです」
「……ここのお花見イベントは、ゆっくりできるかどうかはともかく、退屈している暇はなさそうね」
「異界の桜をまとめて見られる機会なんて滅多にないものね。楽しみだわ」
「ちょっと。ウチの兄貴も来てたの? 朝からお料理作ってると思ったら」
新たに美女が3人、揃って合流した。
草間興信所で偶然顔を合わせた際に、ハナコから誘われた、シュライン・エマ、羽柴遊那、嘉神しえるである。
「ところで、これはもう始まってるのかしら? 昼の部と夜の部があるみたいなことを聞いたんだけど」
首を傾げるシュラインに、それじゃそれ、と弁天は大きく頷く。
「江戸艇『捕物』桜と四つ辻『戯れ』桜は、ちと早めの召還をしてしもうての。あとの5本、おもひで『記憶』桜、お屋敷『脱・常識』桜、館『耽美』桜、ホテル『秘密』桜、楠木『人情』桜は夕方あたりから来て貰う手筈になっておる」
「そうなのね。じゃあ私は、夜の部に参加しようかな」
少し考えてから、遊那は呟いた。
「うむ。まだ日は高いゆえ、公園内を見物するなり、昼の部の様子を見るなり、時間まで好きに過ごすが良いぞ」
「ホスト役を指名していいのよね? 蛇之助ー! ポチー! リルリルー! こっちいらっしゃい」
「はいっ」
「今すぐ」
「ご指名ありがとうございますっ」
しえるの指名を受け、喜び勇んだ面々が駆け寄る。
「おウ。盛り上がってますねェ」
黒スーツのポケットに両手を入れて、ふらりと現れたのは藍原和馬だ。
「お。前に、四つ辻茶屋で見たことのある桜がいるぞ?」
『こんにちはでありんすー!』
和馬をみとめ、禿は大きく片手を振った。と。
そのそばからひょっこりと、人ならぬ緑色のものが出現した。
「……ん? んんん? はて? 今し方まで侘助の大将と話してたんだがねィ」
「……河童?」
「こいつァ驚いた。大将、随分と色黒になっちまって」
「……おい」
和馬と河童は、図らずもまじまじと見つめ合う羽目になった。
「弁天さま、亡命騎士のメンツの中には河童もいたんスか? まあ『幻獣』には違いないけど」
「『への16番』には河童系はおらぬぞ、和馬。これこれ河童どの。迷い込んだのじゃな。ここは四つ辻茶屋ではないぞえ。井の頭公園じゃ」
「おっとォ、これは弁天さま。いやさ、うわさどおりの輝くようなお美しさ。眼福眼福」
「ほーっほっほっ。河童どのは正直ものよのう。どぉれ、井之頭本舗特製桜餅詰め合わせを用意させるゆえ、お持ち帰りくだされ」
「お美しいばかりか、お優しい天女さまで」
「ほーっほっほっーっ」
「河童さんってすごいなあ。俺はとても、弁天さまとあんな風に打ち解けて話せないや、緊張しちゃって。でも、誰かに弁天さまの秘話とか聞きたいなぁ……」
ホスト&ホステス役の指名を鈴人が考えあぐねていると、横合いからやってきたハナコが、ちゃっかりと隣に座った。
「鈴人ちゃーん。ご指名ありがとー。あ、何か飲み物頼んでいい?」
指名されてもいないのに、ハナコは一瞬でホステスモードになった。シュラインは苦笑して、持参の割烹着を身につける。
「じゃあ、ハナコちゃんの飲み物は、私が運ぶわね」
◇◆ ◇◆
そして一同が、宴会の前の小宴会を兼ねているそばで、主催者側は泥縄式に、今日の手順の打ち合わせをし始めた。
――すると。
最後の来客が登場した。ある意味、どんな桜よりも華やかな……。
ピンク色の……。
「オゥ! 我らが女王様! ソメイヨシノさんズが旅に出られてお困りのご様子! ここは是非このラブハンター☆リュウイチにお任せあれv ポケットかも〜ん☆」
帽子にお手製の桜の枝を刺しまくり(注:桜のはなびらも、ばっちりハート型である)颯爽と現れたリュウイチ・ハットリは、両手を合わせて指でハートの形を作り、なにやらおまじないを唱えた。
と、彼の胸(注:素敵に露出中v)に真紅のハート型ポケットが出現した。
「さあさあ、せめて花びらを撒きましょう。届けこの愛♪ 世界の果てまで!」
そのポケットこそ、鯉太郎が作ったばかりのリュウイチ専用アイテム『愛の紙吹雪ポケット』である。どういう仕組みになっているやら、ピンク色の紙吹雪が無尽蔵に出てくるようだ。折りからの風に乗り、紙吹雪は公園中を舞い踊る。
「さあ皆さん、ここにも桜の木がありますヨv」
江戸艇桜の隣に決めポーズで立つリュウイチに、フモ夫とデュークはしばし放心した。
(どうしましょう、公爵どの)
(そっとしておいて差し上げよう。大いなる善意の発露でいらっしゃるのだから)
(わかりました。スルーですね)
そして気を取り直し、事務連絡を始める。
……何も見なかったことにして。
「さて、それでは確認させていただきます。江戸艇桜さん、四つ辻桜さんと過ごす昼の部にご参加のかたは、蘭さん、デルフェスさん、鈴人さん、真輝さん、月弥さん、マリオンさん、えるもさんの、7名さまでよろしいでしょうか?」
フモ夫が点呼を取り、デュークもまた、夜の部のメンバー確認をする。
「夜の宴会に召還予定の5本の桜、おもひで桜どの、お屋敷桜どの、館桜どの、ホテル桜どの、楠木桜どのと過ごされる方々は、シュラインどの、遊那どの、壬生どの、しえるどの、蔵人どのの、5名さまになりますね――おや? 確か、和馬どのもいらしてたはずですが、どちらへ?」
ACT.2-a■そうだ、上野へ行こう(和馬/リュウイチ)
(……ん? 七井橋付近から、こっちの様子を窺ってるヤツがいるな……)
和馬はいったん野外ステージを離れていた。その卓越した視力が、蒼い作務衣を着た細身の姿を捉えたからである。
(誰だろう)
人ならぬ存在らしきその気配は、この公園の住人とは思えぬばかりか、面識のある誰にも該当しないのだ。確かめずにはいられない。
「あ、こんにちは。井の頭弁財天さまの、お客さまですか?」
見れば、まだあどけなさの残る、外見年齢15歳ほどの少年だった。和馬が近づいても逃げるでもなく、むしろほっとした風に声を掛けてくる。
「あァ。お花見するから来いって言われて……。あれ? おまえ、ちょっと蛇之助に似てンなぁ。弟か?」
「違いますよ。でも……そうですね、似たような立場ではあります」
短めの銀髪を揺らして、藍色の瞳を緩め、少年はくすりと笑った。
「弁天さまを訪ねてきたのか?」
「いえ……。ただ、公園の様子を拝見したかっただけです。いいですねえ、井の頭は。あんなにお客さまがいらしてて、にぎやかで。上野とは大違いです」
「……上野? おまえ、まさか」
和馬の脳裏に、閃くものがあった。しかし、問いただそうとした途端、遠方にいたはずのリュウイチが電光石火の早業でやってきて、少年の足元に横たわったのだった。
「ウォウ! 美少年がお困りとは痛ましい! 貴方のナイーヴでセンシティヴなハートが少しでも癒されるよう、踏んでください☆さあさあ!」
「……ありがとうございます、僕のようなもののために。気高い愛に満ちたかたですね」
少年は片膝をつき、リュウイチの手を握りしめた。
「少しでも僕を哀れとお思いなら、お願いをひとつ、聞いてくださいますか」
「も・ち・ろ・ん♪ ひとつと言わず、億単位でも兆単位でも☆★♪」
「上野恩賜公園へ、お客人としていらしていただきたいのです。あちらの弁天さまが、それはそれは暇を持て余しておりまして」
「そっか、やっぱりおまえ」
和馬の心を読んだように、少年は微笑した。
「はい。僕は不忍池弁財天の眷属で、龍次郎(りゅうじろう)と申します」
ACT.2-b■捕物桜と戯れ桜(蘭/デルフェス/鈴人/真輝/月弥/マリオン/えるも)
野外ステージには、スタンドマイクが設置された。
恒例の進行役は、フモ夫と、一時的にホスト役を涙ながらに離脱したポチである。
「それでは、改めまして、昼の部の皆さまはこちらへどうぞ。お埋めになるものと、心の準備は宜しいでしょうか?」
『ん? おいらたちの根元に何か埋めるのかい?』
『わかった。ここでも、百物語でありんすねー?』
「そのとおりです、江戸艇桜さん。ちょっと違います、四つ辻桜さん。少々説明不足だったようで、申し訳ありません。本日の趣向は、昼・夜ともに、参加者の方々がお持ちになった品々を埋めていただくことにより、桜さんがたの属性に理解を深め、親睦の機会を持てればというものです」
『はっはァ。かまわねぇが、何が起こっても知らねぇぜ?』
『どんとこいでありんす』
「ご了承いただいたところで、一番手、蘭どの、どうぞ!」
「ええ? 僕がさいしょなの? わかったの。家から持ってきたこれを埋めるの」
とことこと進み出た蘭の手には、動物の形をした積み木のおもちゃが乗っていた。
「これは、ぞうさんの形でー、これは、らいおんさんの形なのー」
心なしか、蘭は誇らしげに胸を張った。持参のスコップで江戸艇桜の根元の土を掘る。
『象と獅子。強そうな組み合わせですな』
「どうなるか楽しみなのー。……でも、埋めるとなにがあるなの?」
今のところ、桜の様子に変化はない。不思議に思いながら、蘭は席に戻る。
入れ違いに、デルフェスが二番手の指名を受けた。
「では、わたくしは四つ辻桜さまの根に、このっ、魔法仕様メイド服を埋めさせていただきますわ。わたくしの宝物ですの!」
『めいどふく、って見るの初めてでありんす……。……。……。何やら、奉仕の心が芽生える気がしんすえ……』
「微妙に反応が現れた模様ですね。それでは鈴人さん、三番手行ってみましょう」
「うーん……。何にしようかな。髪の毛、は、さすがにヤバそうだし。そうだ、江戸艇桜さん、おなか空いてませんか? お重のおかず、2、3品埋めときますね」
『これはかたじけない』
鈴人が埋めようとした食べ物は、桜の精が与力の姿で直接手に取った。そのままひょいと口に運ぶ。
『うむうむ。まことに結構』
「ほれほれ、次はおぬしじゃぞ、真輝。しかし、おぬしが昼参加希望とは、ちと意外じゃの」
「夜桜もいいんだが……。何かなぁ、夜に井の頭公園行くと身の危険感じるんだよな」
くわえ煙草で腕組みをする真輝を、弁天がちら〜んと睨む。
「ほぉ〜〜う? それはいかなる理由で?」
「まあまあ。ところで埋めるモン、『煙草』じゃだめか?」
「何故にじゃ」
「いや、増えたりせんかなーとか」
言いながら真輝は、江戸艇桜の根元に開封済みKOLLの箱(残り3本)を埋めた。
「さて、お次は月弥さんです。埋めるものは、そのブレスレットですか? 美しいデザインですね」
ポチが思わず感嘆の声を上げる。月弥が持参したのは、仏蘭西製らしきアンティークのブレスレットだった。淡いピンクと澄んだ青色の綺麗な硝子を、繊細に細工された貴金属で組み合わせたコスチュームジュエリーである。
ひとめ見ただけで、100年以上は経っている貴重品とわかる――月弥のように。
「ほほう? いい感じのジュエリーじゃのう。つくも神の素質がありそうじゃ」
ブレスレットが気に入ったらしく、弁天も目を細める。
「はい。実はこれ、『なりかけ』なんです」
月弥がそう言うや言わずのうちに、そのブレスレットは言葉を発した。
『ボンジュ〜ル、マドモアゼ〜ル。ユーの瞳はビューテホー』
「何じゃこれはっ!」
「年月がたって、しゃべれるようにはなったんですが、まだ手足も生えてないじょうたいの『つくも』です」
「……怪しすぎるぞ。取りあえず言語はひとつに統一せぬかっ! とにかく埋めてしまえっ」
「あ、すみません弁天さま。土ほってくださって」
そして、つくも未満のブレスレットは、四つ辻桜の根元に埋まった。
「大変お待たせしました。マリオンどの、出番ですよ」
「私は壷を埋めるのです」
「おお、ストレートですね」
美濃備前のその壷は、いかにも、土に埋めたら良い感じの風合いが出そうであった。
「壷には梅酒も入れるのです」
「……梅酒、ですか?」
フモ夫が怪訝そうに見守る中、マリオンは別の瓶に入っていた梅酒を、その壷に移し替えた。
「あとは四つ辻桜さんにおまかせなのです。ものすごく美味しいお酒に変化するかも知れないのです」
根元の土を浅く掘り、壷を半分ほど地中に埋める。
『いやァ。十分上等の梅酒ですえ』
壷の中身は徐々に減っていく。高遠小彼岸の花びらは、濃い紅に染まった。
「ぼくはこれをうめます。さくらのせんりょうです」
えるもは江戸艇桜の根元を小さな手でそっと掘り、香水瓶を思わせる小瓶を埋めた。桜の花びらを集めて作った、桜色の染料が入っているらしい。
『こりゃァ、わしも良い色に染まりそうだ』
えるものそばにしゃがんで様子を見ていた与力は、はたと少年の頭に目を止めた。
『坊ちゃん、おつむに葉っぱがくっついてますぜ』
えるもの頭の上の葉っぱは、よく出来た幻影である。よく出来すぎて、触ったり匂いをかいだりなど、五感に訴えることさえでしる。誰かが取ろうと思えば、取ってしまうことも。
それを、与力はつまんで取り去った。。江戸艇桜としては、親切心からだったのだ。
――が。
「こ、これ。江戸艇の。えるもの葉っぱを取ってはならぬ。それがないとえるもは」
「どうしよう。へんしんできないの」
弁天とえるもは、一緒になっておろおろした。与力が取った葉は幻影であるから、えるもの頭から離れたとたんに、すいと消えていく。
ぱふん。
そしてえるもは、子狐の姿に戻った。
◇◆ ◇◆
『すまなかったなぁ、狐の坊ちゃん』
「だいじょうぶ。かがみがあれば、もういちどへんしんできるの」
「鏡かえ? コンパクトミラーでよければ、丁度、わらわが持っておるぞ」
弁天が取り出した鏡を、えるもは覗き込む。
無事に、男の子の姿に変身しなおすことはできた。
しかし。
弁天が持っていたその鏡は、蓬莱館事変のきっかけともなった、いわくつきアイテムだった。
すなわち。
――『美容効果倍増:楊貴妃伝説〜試作品Ω〜』
ランダムに不思議効果が現れてしまう、はた迷惑な鏡である。
それは、昼の部参加者(桜も含む)に晴天の霹靂をもたらした。
彼らはみな、別の異界に巻き込まれたのである。
全ての天候をシステム管理され、擬似太陽と擬似月が巡るドーム状の不夜城都市。
23区TOKYO−CITYへと。
ACT.2-c■黄昏を待ちながら(シュライン/遊那/壬生/しえる/蔵人)
「昼の部も面白そうね。……体力が必要みたいだけど」
蛇之助とデュークにサーブされた紅茶をひとくち飲んで、遊那は野外ステージ方向を窺う。
夜の部参加組の一同は、井の頭池に面して急遽設置されたテラスで、小休止中かたがた待機中であった。
「大丈夫かな、お兄ちゃん。……ん、大丈夫ってことにしとこう。すみませーん、デュークさぁん。お代わりくださーい」
「大丈夫かしらね、兄貴は。ま、運も勘も良いし、大丈夫ってことで。あ、蛇之助。二杯目の紅茶はフォートナム&メイソンのクイーンアンでよろしく」
それぞれの兄が別異界に突入するのを遠目で見送りつつ、壬生としえるは優雅なティータイムを満喫していた。
「はぁぁ〜。弁天さまがいらっしゃらないと静かでいいですね〜」
テラス横の地中に半分めり込みながら、蔵人はしみじみと呟いた。嘉神兄妹のどちらが近くにいてもこういう状態になるのだが、弁天にこき使われる苦労を思えば、今は至福の休息時間であった。
「あら。ハナコちゃんが異界ゲートを開いたようよ。そろそろ、夜の部の桜さんたちの登場ね」
シュラインは割烹着のまま、テラスに腰を落ち着けていた。デュークが差し出したコーヒー入りマグカップを受け取りながら、野外ステージ横に視線を走らせる。
――ふわり。
芳香が、漂ってくる。
ホテル・ラビリンスの中庭から召還された、千里香(せんりこう)の香りだ。
いち早く気づいた壬生が、目を見張る。
「わあ。いい匂い……」
風に揺らされているのは、おもひで繕い屋の裏手にあった八重紅枝垂(やえべにしだれ)。枝がさわさわと鳴るさまは、かすかに響くオルゴールの音色に似ている。
「綺麗な音」
遊那の瞳に、ふっと憂いがよぎる。
アダムの館にふさわしい、黄緑色の桜は鬱金(うこん)。傾きかけた日射しに溶けるように、しなやかな枝を広げている。
「鬱金の大木か。珍しいわね」
興味を惹かれたしえるが、目を細める。
花が丸く集まって、手まりのような形に咲いているのは、いつもは屋敷エントランスを飾っている紅手毬(べにてまり)。
「可愛い桜ですねー。癒されます」
弁天がその場にいると、およそ『癒し』とは縁がなくなってしまう蔵人が、心からの声を上げる。
ひときわ目立つ大木は、樹齢千年を超えようかと思われる、清比良神社の紅山桜(べにやまざくら)。
「枝振りの良い、立派な桜さんね。頼もしくて暖かい感じがするわ」
逆光に浮かぶ花影を確かめるように、シュラインは手をかざす。
ハナコの声が響く。
「よぉし、召還完了! 夜の部のみんなは、気に入った桜を選んでね。昼の部のみんなが戻ってきたら……ううん、戻ってこなくても始めちゃおう」
夕陽が、沈み始めた。
ACT.3-a■そうだ、北海道へも行こう(和馬/リュウイチ)
上野公園の桜はすでに散ったあとだったが、不忍池の水面には、なごりの花びらが薄紅の膜をつくっていた。
成り行きでこちらに移動することになった和馬とリュウイチは、龍次郎に先導されて、不忍池中央に建つ上野弁天堂に向かう。
弁天堂入口には、近づく彼らを待ちかねたように、和服の女が立っていた。
褐色の髪を結い上げ、大正ふうのレトロな着物を着たさまは、下町の居酒屋の若おかみとでもいった気さくな風情である。どうやら彼女が、不忍池弁天であるらしい。
「りゅうちゃあん? どこ行ってたのさ。ただでさえ閑古鳥が飛んでんのに、あんたまで外出すると余計閑散とするじゃない」
「申し訳ありません、しのさま。……実はちょっと、井の頭まで」
「なぁに、敵情視察? あそこのボート乗り場だってどうせ、お客なんか来てなかったでしょ? うちと同じで」
「それが、そうでもないんです。桜の精たちが旅に出てしまっているというのに、大変なにぎわいで――でも、行ってよかったです。向こうにいらしてたお客さまとお知り合いになれましたから。藍原和馬さんと、リュウイチ・ハットリさんです」
「あっらあ。ようこそ〜」
眷属から「しの」と呼ばれた不忍池弁天は、後れ毛をちょいと直し、緊張している和馬と決めポーズを取っているリュウイチに、かわるがわる愛想笑いをした。
「……ども」
どう挨拶を返していいのやらわからない和馬を、しのは興味しんしんの目で見つめる。
「野性的ないい男ねぇ。タイプかも」
「はいぃ?」
「和馬さん、しのさまは年中無休で恋人募集中なんで、宜しくお願いします」
「いやァー。せっかくなんだけど、俺、恋人――は、いるしなァ」
「そうなのォ? 残念」
「オウ! 女王様! 私の愛でよろしければいくらでも捧げましょうv お近づきのしるしに踏んでくださいさあさあ思いっきり!!!」
リュウイチはさっそくその場に横たわった。龍次郎はなぜか哀しげに目を伏せて、そっとしのに耳打ちをする。
(しのさま……。和馬さんの恋人って、もしかして……)
(やっぱりそう思う? あたしもねー、そんな気がするのよねぇ。なんかこのふたり、強固な絆で結ばれてる感じがするもの。あーあ、出会い頭に失恋かぁ)
(僕も、リュウイチさんとは運命の出会いだと思ったのですが……。リュウイチとリュウジロウの符合、偶然とは思えません。お兄さまと呼ばせていただきたかったのに……)
「こっらァ! 何なんだあんたらは。妙な誤解すンな〜〜!!!」
上野の女神と眷属のひそひそ声は、耳の良い和馬にばっちり届いた。
その誤解をどこら辺から解きほぐすべきかと、和馬は考えあぐね――リュウイチはといえば、胸をときめかせて横たわったまま、お預けをくらい続けていたのであった。
◇◆ ◇◆
「ふたりの関係はよおくわかったわ。誤解してごめんなさいねぇ」
「5色のエクトプラズムが織りなす、スペシャルな仲でいらしたのですね……」
「そうそう☆ 怪しくないョv」
「おい、ぜんぜん誤解解けてないぞ?」
弁天堂から不忍池を臨む場所に、急遽臨時テラスが設けられた。テーブルの上は、上野名物『二木の菓子』から購入したとおぼしき、2〜3割引駄菓子がてんこ盛りになっている。
龍次郎が入れた緑茶をすすりながら、しのは、ぽつりと呟いた。
「桜が散った直後って、公園は寂しいわねぇ。どこかみたいに桜の精に出かけられて、そもそも花が咲かないのは論外だけど」
「そうか、北の方は、まだ桜が咲いてるんですよね。井の頭の桜さんたちが、ちょっと羨ましいです」
「オウ。北の大地で600人の桜の精が夢の祝宴! さぞ美しいピンクでしょう〜〜☆」
「北海道って、花見ン時、ジンギスカンがつきものなんだよなァ。俺も前々から行ってみたかったんだ」
桜が目当てなのか焼肉が目当てなのか微妙な発言をしつつ、和馬は提案した。
「いっそ、俺たちも出かけてみませんか? 桜の精を追いかけて。ま、追いつけなくても、適当なとこころで花見すりゃいいんだし」
「ンま。あたしたちも、旅に出るのね!」
「4人でですか? 楽しそうですね」
「………☆♪(感激のポーズを決めている)」
どういうルートで行くの? と問う不忍池弁天に、何でも屋歴の長さから手配上手な和馬は、すぐに答をだした。
「上野からは寝台特急カシオペアが出てるじゃないですか。今からだと、上野発16:20札幌着8:54のに間に合いますよ」
ACT.3-b■恋の大捕物inトーキョー(蘭/デルフェス/鈴人/真輝/月弥/マリオン/えるも)
彼らは、走っていた。
疑似太陽が照らし出す、TOKYO−CITYを。
あるものは車を猛スピードで疾走させ、あるものは幻獣ケルベロスと幻獣フェンリルの背に乗り、あるものは、さくら色に染めあげられた巨大な象型ロボットとライオン型ロボットを操縦しながら。
手に手を取って逃亡中の、『標的』を追いかけて。
「此処のイベントがすんなり終わるはずはないと思いつつ、来てしまった俺が馬鹿なんだが」
象型ロボットの操縦席で、真輝はぼやく。
「なんでこんなことになってんだよ!? おい、弁天さまっ。これのどこが花見なんだ。こういうのは草間の仕事だろ草間のっ。ていうか、邪魔すんなっ!」
「ええい、このまま逃がしておやりっ。わらわは愛し合う恋人たちの味方じゃ!」
弁天は、標的を庇いながら、ロボットに向かって水鉄砲を放つ。
象型ロボットの鼻の上には、デルフェスとえるもが腰掛けている。デルフェスは拡声器を手に、弁天に呼びかけた。
「いけませんわ、弁天さま。四つ辻桜さまは、魔法服をお召しになられたうえ、極上梅酒に酔って前後不覚になってらっしゃいますし、先ほどつくも神に変化なさったブレスレットさまも、超ハイテンションでらっしゃって、尋常の状態ではございません。わたくし、おふたりのかけおちを認めることはできませんわ。えるもさま、ご協力くださいまし」
「わかりました。げんえいをつくってかくらんしてみます」
かたや、ライオン型ロボット(注:パイプをくわえているのは、真輝が埋めた煙草の効果)に乗っているのは、鈴人と蘭である。
「うわぁ。ロボットの操縦って初めてだけど、何とかなるもんだなあ」
「ロボット、あとで僕もそうじゅうしたいのー!」
「あ、じゃあ、蘭くんに代わろうか。このコントローラーで方向を決定、右ボタンでダッシュができるよ」
「すごいのー! かっこいいのー!」
「捕物には車で移動が一番なのです。めいっぱいスピード出して走るのは気持ちが良いです」
車を駆っているのはマリオンだ。素晴らしいスピードと運転技術であるが、素晴らしぎて、とっくに標的も弁天も追い抜いていることに気づいていない。
追い抜きついでに、タイヤが弁天の足をかすったことも。
「こらぁ〜〜!! マリオン! 女神の美しい足を何と心得る!」
(あれ……? 誰か轢いちゃったような気がするのです。ごめんなさいなのです)
「がんばってください、ポチさん、リルリルさん」
ケルベロスの背に乗っているのは月弥だった。警察犬導入、というわけである。
「わんっ!」
「わわんっ!」
ちなみにフェンリルの方には、フモ夫と与力姿の江戸艇桜が同乗していた。
なおフモ夫が、移動に便利なグリフォンになっていないのは、幻獣化してしまうとマイクが持てない、という、ただそれだけの理由である。
「えー。何が何やら、いきなりわけのわからない状況に突入しておりますので、現場より、私ファイゼがご説明申し上げます。この音声は録音し、後ほど、昼の部の方々や上野に行かれたらしき方々にもお聞きいただこうと思います。さて、江戸艇桜どの。とんだことになりましたね」
『……いやはや、吃驚だねぇ。わしらの根元に皆さんが埋めたあれこれが、こんな効果を発揮しちまうとはねぇ』
「江戸艇桜どのには、蘭さんが象とライオンの積み木のおもちゃを、真輝さんが煙草を、えるもさんが桜の染料を埋めたんでしたね。その結果、さくら色の象型ロボットとパイプを加えたライオン型ロボットが出現してしまって。鈴人さんのお料理は、そのまま美味しく召し上がって事なきを得ましたが」
『四つ辻の嬢ちゃんには、デルフェスの姫さんがまじないつきの女中服を、月弥の坊ちゃんが南蛮渡来の古い腕輪を、マリオンの坊ちゃんが壷入り梅酒を埋めてたんだったなァ……』
「いかにも何か起こりそうな、濃いチョイスではありますよね」
『いやぁ、四つ辻の嬢ちゃんが女中服を着て性格変わったり梅酒を飲み干して酔っ払っちまったりは仕方ないが、まさかねぇ、腕輪に手足が生えて南蛮人になった挙句、嬢ちゃんに惚れて意気投合して、駆け落ちの道行きをやらかそうたぁ』
……そう。
彼らが追っているのは、突然恋に落ちて、TOKYO−CITYに飛ばされついでに駆け落ちしてしまったふたり、四つ辻桜の禿と、つくも化して、きらびやかな服装の怪しい南蛮人になったアンティークブレスレットであった。
――おお、オリエンタルビュ〜ティ〜〜!! アナタのようなレディがジャストタイプです〜〜! どうかミーとカケオチしてくださいジュッテェ〜〜ム!!!
――尽くしてみたい女ごころをくすぐる殿方でありんすね……。がってん承知ですえ!
『美容効果倍増:楊貴妃伝説〜試作品Ω〜』が稼働する寸前、昼の部参加者一同が点目で口あんぐりになった一幕が、実はあったのである。
「うちの新しいつくもが、おさわがせしてすみませんー。つかまえたら、よくしかっておきますから」
「月弥さんの責任じゃないですよ〜。とにかく追いかけましょう。わん、わわん、がるるるっ!」
すっかり警察犬が板についたポチがスピードアップし……。
マリオンも、能力を使って車ごと舞い戻ってきた。
彼らは、駆け落ち中のふたりと、弁天を包囲することに成功した。
しかし身のこなしの敏捷な標的たちは、包囲網をくぐりぬけようとする。
デルフェスは象型ロボットの鼻先から身を乗り出し、換石の術を四つ辻桜の足にのみ、放った。えるもは、彼らの周りに壁の幻影をつくり、動きを封じる。
『もはやこれまででありんすか。短い夢であり……あり……ありり? はっ。南蛮風のあなたさまはどこのどなたでありんすー?!』
術を掛けられたショックで、四つ辻桜は、かえって正気に戻ったようだった。
「おおオリエンタルレディ、ワタシたちはカケオチという名の愛の逃避行中ですよアイラビューン」
『駆け落ちッ? そんなの困ります。南蛮のかたと四つ辻の桜が暮らしても、お互い不幸になるのが目に見えてますえ』
「弱気になるでない、四つ辻の。愛は全てを超えるのじゃ!」
「おいこら弁天さま。そろそろ大団円だってのに、コトをややこしくすんなよ」
弁天は、ひとりじたばたと水鉄砲を乱射する。象型ロボットの操縦席からひらりと飛び降りた真輝は、足元から救い上げるように抱き上げた。
「よいせ。ったく、世話が焼ける女神さまだな。いいかげん、野外ステージに戻ろうぜ?」
「むむっ? 今ここでお姫さま抱っことは、愛の告白アーンド駆け落ちの申し込みじゃな。気持ちは嬉しいが、ちと、心の準備が」
「そんなん、俺だって出来てねーよ! それにもう、駆け落ちはお腹いっぱいだ――頼む、誰か、この場をうまいこと収拾してくれ!」
「わかりました。じけんかいけつしたときのかけごえをします」
えるもは象型ロボットの鼻先からすとんと降り、小さな胸を叩いてにっこりした。
鈴人と一緒にライオン型ロボットから降りた蘭も、えるものそばに駆け寄る。
「それ、僕もしってるのー!」
えるもと蘭は、向かい合って指を打ち合わせる。
「よよよい、よよよい、よよよいよい、なの」
「めでてえな、なの」
ACT.3-c■或いはこれも『櫻ノ夢』(シュライン/遊那/壬生/しえる/蔵人)
すっかり日は暮れ、月に照らし出された野外ステージまわりを、新たに加わった5本の桜が彩る。
弁天や、進行役だったフモ夫とポチ、補助スタッフのリルリルは、昼の部参加者とともにまだTOKYO−CITYから戻ってこないため、ピンチヒッターとして、灰褐色の髪の騎士がステージ上のマイクを手にした。
「夜の部にご参加の皆さま。お初にお目にかかります。私はコンラート・ローゼンハイム、幻獣ガルムです。犬系幻獣ですので、弁天さまには『コロ』と呼ばれ……いえ、それはどうでもいいですね。騒がしい弁天さまや口やかましい先輩騎士たちが席を外している今こそ、しっとりした夜桜宴会が開催できようかと思います。私もこれ以上、進行のアナウンスはいたしませんので、どうぞ皆さま、お好みの桜さんとのひとときをお過ごしください」
◇◆ ◇◆
「あなたは、『記憶』にかかわりのある桜なの?」
さやさやと枝を鳴らす八重紅枝垂を見上げて、遊那は問う。
『そういうことになりますでしょうか……。思い出ぶかい品々を修繕する店の、裏手に植わっておりますので』
人のすがたは取らず、ただ、風に似た声で桜は答える。
『何か、お埋めになりますか?』
「そうね……」
遊那は、バッグから1枚の写真を取りだした。セピア色に染まったそれは、撮ってからすでに20年の歳月が経っている。
そこに写っているのは、高校生のころの遊那と姉、幼馴染の兄とそのバンド仲間だった。写真の中の遊那は、はにかんだ笑顔でカメラの方を向いている。
「聞いてくれるかしら、桜さん。私、ちっちゃい頃から人見知りで、いつも姉の後ろにばかりくっついてったの」
でもね、あの事故の後から変ったのよね。桜にしか聞こえない小声で、遊那は呟く。
セピア色の風景の中、兄の隣に立つ青年、今の姉によく似たその姿を見つめながら。
『戻りたいですか? そのころに』
「ううん……。ただ、もしも、20年前の事故がなかったら、今の私はどうだったのかなって。もしもどこかに、そんな異界があったなら、そこでの私はどんなかしら?」
遊那は、写真を、薄紅色の和紙でつくられた封筒に入れ、そっと桜の根元に埋めた。
(でも、わかってるの。あの事故は私への罰。失ったのは記憶だけじゃない。大事な――何か)
枝が、鳴る。
古いオルゴールの音色のように。
――風景が、一変した。
それは、満開の桜の季節。
降りしきる花びらの中、女子高生の遊那が笑っている。
なつかしい、わかい、したしい人々に囲まれて。
「これは、なに? どこかの、異界なの?」
『いいえ。むかしの、あなたと、あなたの大事なひとたち』
「もう、取り戻せない光景ね」
『そうですね。でも、記憶はいつか思い出に変わるものです。そして、思い出は、あなたを責めたりはしないでしょう』
もう一度、枝が鳴った。
かき消えたはずの光景から、桜のはなびらだけが1枚、遊那の手に残った。
「ありがとう、おもひで桜さん」
遊那が呟いたその瞬間、騒がしい女神が帰ってきた。
「あーやれやれ。やっぱりショバは落ち着くわい。異界の桜はどうじゃえ、遊那?」
昼の部参加者一同と、江戸艇桜、四つ辻桜が合流して、場は一気ににぎにぎしくなった。
遊那にようやく、笑顔が戻る。
「ええ、とても素敵。弁天さま、招待してくれてありがとう」
「む? 今日の遊那はちぃーっと寂しげじゃの。わかった、まだ飲みが足らぬのじゃな? おぬしの気に入る酒が不足しているのじゃな、面目ない」
「ふふ。そういうことにしておくわ」
◇◆ ◇◆
「警察犬お疲れさまー! ポチ、リルリル。蛇之助もガルムのコロもこっちいらっしゃーい」
しえるは鬱金の根元に陣取って、犬系幻獣と蛇之助を接待役に、大宴会を繰り広げていた。
ちなみに、桜に埋めたものは、『ホラー小説の文庫本』である。
「ポチ、お手っ!」
「はいっ!」
「リルリル、お手っ!」
「待ってました、はいっ!」
「コロ、お手ッ!」
「は、恐縮です。お噂はかねがね。はいっ!」
「蛇之助、情けない顔しないの。これは『お手』なんだから」
「でも、あの、コンラートさんのことをご存じの風なのはなぜ……?」
「ああ。ポチからのメールで教えてもらったの。ガルムの騎士がいるって」
「ポールさんとメールのやりとりをしてらっしゃるんですかー!? いいいったいいつからそういう関係にっ!!!」
「ほっほっほ。何やらいい感じに不穏なムードじゃのう〜」
「何よ弁天さま。呼んでないわよ? それとも桜の根元に埋まりたい?」
「ふっ。いつもなら怒るところじゃが、今日のわらわは寛容なのじゃ。酒飲みのおぬしが、ひとときなりと酒を切らしては気の毒じゃと思うてのう。ほれ、純米吟醸『薄桜』じゃ」
「ふぅん、珍しいのね……?」
多少、不審には思いながらも、しえるはその酒を飲んだ。
――そして。
飲んでしまってから、気づいたのである。
弁天に、性別転換薬を仕込まれてしまったことに。
「「「「しえるさん!!!!」」」」
蛇之助&犬系幻獣3名が絶叫する中、しえるは美青年と化した。ちょうど、兄の真輝を童顔でなくして長身にしたような容貌である。
真輝はといえば、妹が『属性:耽美』の桜を選んだことに青ざめて、ずっと遠巻きに伺っていたのだったが、今は他人のふりを決め込んで、鈴人と料理の話などしている。
「……で、これは弁天サマの仕業かい? まぁ私は初めての経験だし、今宵限りなら構わないけど」
「おおっ! 外見だけならかーなーりー好みじゃ。中身がしえるというのが、なにじゃがのう」
「弁天さまー! ひどいです! 何てことするんですか」
「泣くな蛇之助。せっかくの耽美桜、堪能せぬ手はなかろうて。ほれ、おぬしのラバーが手招きしておるぞ〜? 今宵は情熱のおもむくままに、アダルトに羽目を外しても良いぞえ、わらわが許す!」
弁天はほくそ笑みながらデジカメを取りだした。
「すまない、蛇之助。私がポチやリルリルやコロばかりを構っていたから、淋しい思いをさせたね」
「あ、はい、それはまあ……え、あの? しえるさん、その姿のままでは、ちょっとうわhcjmんjfんj※jkfl」
「うむうむ、恋人同士の『頬にちゅ♪』のシーンは、微笑ましくてよいものじゃ」
シャッターを連続して切りながら、弁天は上機嫌であった。
「さて。楽しく酒も飲んだことだし、ここらで一芸でも披露しようか。以前、舞は披露したから剣技でも――蒼凰、おいで」
すっと立ち上がったしえるの手に、愛剣が召還される。騎士たちが一瞬見惚れたほど、見事な動作だった。が。
『…………えーと』
「おや蒼凰。何故固まっているんだい?」
『…………いつもと勝手が違うようですが………』
「私は私だよ。誰か、手合わせを願おう」
しえるは幻獣騎士たちを見回す。コンラートが、すっと手を挙げた。
「私も剣には、いささかの自信がございます。宜しければ」
「面白い」
そして、野外ステージで剣の試合が行われたわけであるが、しかし途中からは勝負にならなかった。
最初、圧倒的な強さを見せて優勢だったコンラートは、鬱金がぽつりぽつりと、ホラー小説の内容を語り出してからというもの、動きが止まってしまったのである。
ガルムの騎士の弱点は、『怪談噺』だったので――
◇◆ ◇◆
「こんにちはー! ホテル・ラビリンスからいらしたんですよね?」
壬生はにこにこと、屈託なく千里香に話しかけた。
あたり一帯は、芳香を放つのが特色のこの桜のおかげで、えもいわれぬ香りが漂っている。
『はい。お代の代わりに、お客さまの秘密をひとつお預かりするホテルです。その中庭が、わたしの場所です』
「弁天さまって泊まったことあるんですよねー。いいなー。あたしも一度、泊まってみたいな」
憧れの目を桜に向けながら、しかし、すぐに壬生は考え込んだ。
「あ、でも秘密がいるのか。……秘密」
世にも難解な問題を突きつけられたような表情で、その首が右に傾ぎ、左に揺れる。
「秘密……。ひみつ……。ヒミツ……。うーん、うーん、うーん」
『あの……。無理に捻出なさらなくとも宜しいのですよ。ご本人には無意識の秘密も、数多く存在するものですから』
「あ、ひとつみっけ。私、白銀の姫のダンジョンで格闘家だったとき、踊り子のデュエラさんに、ちょっぴりラブでした。きゃーきゃー。言っちゃった、恥ずかしー!! んもう、聞かないでくださいよー!」
ばんばん、ばばん、と壬生はものすごい勢いで千里香の幹を叩く。
『いえ……。ですから……。特に秘密を打ち明けてくださらなくとも……』
桜は困惑した風に、はらはらと花びらをこぼすのが精一杯だった。
「あ、そうだっ! すみません、何か埋めなきゃいけないんですよね。ごめんなさい、あたしったら、気が利かなくて!」
『……無理に埋めなくとも大丈夫ですよ』
「桜に埋まっててしっくりくるのって、やっぱ、『人』ですよねー。ちょっと待っててくださいね。お兄ちゃん、お兄ちゃーん!」
『えっ? ええっ? あのっ? 壬生さん? 落ち着いてくださいちょっと』
ずっと冷静だった千里香も、壬生につられて慌てだした。
その根元に、ずるずると引っぱられてきた鈴人が、ごろんと置かれる。
「うわぁ壬生っ?! 何をするんだっ!」
「やっだー! おとなしくしてれば平気よ。とにかく、ここに寝てればいいのっ!」
『……壬生さんのお兄さんですか? はじめまして』
「はじめまして。すみませんねー、妹が無茶言ってご迷惑かけてるみたいで」
『いえ、そんなことは』
「根はいい子なんですよー。小さい頃、家族でお花見したときには……」
鈴人は寝転がったまま、桜と世間話をしている。
手持ちぶさたになった壬生のもとへ、弁天がやってきた。
「おや? 暇そうじゃの壬生。誰か呼ぶかえ?」
「じゃああたし、デュークさんとお話したいな!」
「ほほう」
「前にゲームの世界で闘ったでしょ? あのときは引き分けだったから、いつかもう一度闘ってみたいなって思ってるんだよね」
「ふむふむ。実は、おぬしがそういうじゃろうと思うて、デュークに根回しをしたのじゃ。そうしたところが」
――せっかくのご要請ではありますが、遠慮いたしましょう。しょせん騎士は、淑女には敵わぬものです。
「と、こう申しての」
「えー。そんなの、気にしなくていいのに」
「そう思うじゃろう? しかしあの頑固ものは首を縦に振らぬ。ならば、騎士でなく踊り子なら宜しかろうということで」
弁天は、手にした酒瓶を壬生に見せた。先刻しえるに飲ませた、性別転換薬入り純米吟醸『薄桜』である。
「そんなこんなで、デュエラ召還済みじゃ〜! 思う存分、手合わせするが良いぞ」
◇◆ ◇◆
「これこれシュライン。そうおぬしばかり動いては、騎士連中に甘えぐせがつくではないか」
ずっとスタッフとしてかいがいしく働いていたシュラインを、弁天は半ば強引に、紅山桜のもとに連れてきて座らせた。
シュライン専用簡易テーブルを置き、その上に、飲み物と焼き鳥を並べて。
「ありがとう。でも私も、十分楽しんでるのよ? いろいろ美味しいものを頂戴してるし」
「いいから、これも食べてみい」
勧められてシュラインは、串を一本、口に運ぶ。
(あら……? この、焼き鳥の味、どこかで……)
「弁天さん。もしかして、影の薄い店主さんは、ゲーム世界から無事にお店に戻ったのね?」
「よく気づいた。さすがじゃのう。これで『いせや』もひと安心じゃ」
「そう、良かった」
「ほれ、おぬしも桜に何か埋めてみい。この紅山桜は、人情味あふれる桜じゃ。どーんと受け止めてくれようぞ」
「んー。どうしようかな。一応、植物用栄養剤入りお握りを持ってきたんだけど」
「何やら、聞き覚えのあるアイテムじゃの」
「別異界の桜さんに埋めたの。だから、これは置いといて、と。……ところで先刻、壬生ちゃんも言ってたけど、桜の木の下に死体が埋まってるって連想は定番よね。物騒ながら」
「そうさのう……」
少々考え込み、弁天は目を閉じる。
「そんなわけで、作ってみました」
「んっ?」
目を開いた瞬間、テーブルの上に意表をつくものが置かれていたので、弁天はのけぞった。
それは、
……シュライン手作りの、
素晴らしく見事な出来映えの、
体長30センチ強のデフォルメ骸骨ぬいぐるみ、だったのである。
「こ、れ、は、ま、た、結構なお点前でっ!」
「ゼリー状植物用栄養剤で体液やら蛆等を表現してみたの」
「およ。ふにふにしておるぞ。悪い感触ではないのう」
おそるおそる指先で突いてみた弁天は、その触り心地の良さに目を見張る。
「ふふっ。ちょっと頑張ってみました。骸骨って、変にじめじめしないであっけらかんとしてて、良いかなぁって」
「ふぅむ、あとは縁起的な問題かのう」
「そうそう、お茶目ホラー風味の外見だけど、路線はほのぼのほんわかで行きたいのよねー」
「縁起を良くするならばわらわにまかせいっ! ほれ、『勝運 銭洗御福賽』(注:井の頭弁天堂で購入可能)じゃ。これをお守り風に首から下げると良かろう」
「ん、いいわね。じゃあ、これを完成形として、清比良神社の紅山桜さんに埋めさせていただきましょう」
『……………ぬぬっっ!! これはっっ!!!』
「どうしたのじゃ、人情桜? これっ」
「大丈夫?」
福銭つき骸骨ぬいぐるみを埋めた直後、紅山桜の枝が大きくしなった。
なにごとかと、シュラインと弁天は息を呑んだが、しかし、悪い反応ではなかったらしい。
次の瞬間、桜はこう言ったからである。
『良い仕事ぶりじゃ。作成者の真摯な姿勢が伝わってくる』
◇◆ ◇◆
「ふぃー。ちと、ここらで一休みじゃ。これ蔵人、酒を持てい!」
紅手毬の下に茣蓙を敷き、料理を平らげながら可愛らしい花を見上げていた蔵人は、弁天の乱入によって、癒しのひとときをあっさりと奪われてしまった。とはいえ、自分勝手な女神を邪険にはしないのが、蔵人のいいところである。
「弁天さま、本日はお疲れさまでした、さぁ、まず一献」
あまり働いていた様子もなく、むしろ攪乱していただけだと思われるのだが、ともかく蔵人は弁天をねぎらった。
デュエラ(女性化したので、ついでにデルフェスのメイド服を着せられている)が運んできた純米吟醸『四季桜』を、弁天の差し出す杯に注ぐ。
「うむ。どぉれ、今日は特別に、おぬしにも返杯してしんぜようぞ」
「あ、その、おかまいなく」
「遠慮せずともよい。ほれほれ」
蔵人は下戸なのだ。別に遠慮しているわけではない。
結局、女神の勧めるままに杯を空け、蔵人はすっかり酔っぱらってしまった。
頃合いを見計らって、弁天が言う。
「蔵人や。おぬしも何か埋めてみい」
「ふわぁ……。では、こりを……」
自分の耳から、瑠璃の珠の付いたイヤリングを取り外し、弁天に渡す。
弁天は間髪入れず、それを紅手毬の根元に埋める。
――と。
蔵人の身体に、異変が起こった。
「なななな何事ですかーー!! いったいどうしてこんなことにっ!」
酔いが一気に醒めてしまったほど、その反応は著しかった。
なにしろーー
筋肉で丸々としていたその身体は、みるみるうちにほっそりとし、
革紐で纏めていた髪ははらりと解け、しかも蜂蜜色に変化して長く伸び、
双眸は深い碧色となり、
肌は透きとおるように白くなり、
埋めたはずの瑠璃の玉は、いつの間にか、その耳を彩っていたのだ。
「ふふーん。思ったとおりじゃ! 蔵人が細身金髪碧眼の美形に変わったぞえ!」
弁天は勝ち誇ったように胸を張る。
『えー? 信じらんなーい。弁天さまぁ、何が起こったんですかぁ?』
当の紅手毬でさえ、自分の効果とは信じられない風に、枝を震わせる。
「それはじゃの」
桜の幹をぽんと叩き、弁天は人差し指を向けた。
紅手毬のすぐそばに咲いている、鬱金に。
「おぬしの属性は『脱・常識』。そして、隣には属性『耽美』の桜が咲いておった。これ、すなわち」
――桜同士の、コラボレーション効果じゃ。
蔵人と紅手毬が揃って脱力する中、弁天の高笑いだけが響いたのである。
ACT.4■EPILOGUE――井の頭桜、帰還。されど――
例によって例のごとく、昼の部夜の部入り乱れて、宴会は続いていた。
「ところで、異界の桜さんをお借りしてお花見をしたら、井の頭公園の桜の精さんたちは慌てて戻ってきたりしないのかなぁ。じぇらしーみたいな、そんな感じで」
本日何本めなのか皆目見当もつかぬお団子を食べながら、マリオンは言う。
「戻ってきたらうれしいのー。ごあいさつしたいのー」
蘭は、まだかまだかというように、あたりを見回す。
「デュエラさま。メイド服、良くお似合いですわ」
「おーい。デュエラ、酒切れてんぞ」
「すみませーん、ジュースくださーい。あ、この南蛮人風つくも神にも」
「おてすうですが、ぼくも、じゅーすがほしいです」
「はっ、デルフェスさま、真輝さま、月弥さま、えるもさま。只今すぐに。皆さまのため、全力でご奉仕いたします」
「むーん。色気が足りんぞデュエラ。のう遊那、おぬしもそう思うじゃろ?」
「それも個性なんじゃないの? 弁天さま、ちょっと飲み過ぎよ」
「おおー! 美女に介抱されるとは極楽極楽」
「弁天さま……。そんなオヤジテイストでは嫌われますよ?」
「蛇之助! 私のそばを離れるんじゃない」
「しえるさんは……。あのー。いつ、もとに戻るんでしょうか?」
「そそそれでハナコさん、弁天さまと不忍池弁天さまと、その素敵男性との恋のトライアングルの決着はどどどどうなったんですかっ?」
「へへー。この続きはまた今度。だから鈴人ちゃん、近いうちに絶対来てね♪ 約束だよ」
「うーん。結局、デュエラさんとは引き分けだったなぁ。次回持ち越しかぁ」
「はい、鈴人くんと壬生ちゃん、ハナコちゃん、蔵人さんにも。熱いお茶どうぞー」
「ありがとうございます、シュラインさん。……ずっとこのまんまだったらどうしようかと思ってたけど、だいぶもとの姿に戻ってきた……。はぁぁ、良かった。よし、今から野外ステージで手品をしまーす!」
◇◆ ◇◆
なお、和馬、リュウイチ、不忍池弁天、龍次郎というメンバー構成での、北の大地周遊組はと言えば。
札幌の桜の名所、円山公園でひと宴会して、さらに一路稚内へ。
とうとう、稚内森林公園にて、井の頭公園の桜の精に追いつき、総勢604人の大宴会&大ジンギスカン大会と相成ったのである。
そして、和馬とリュウイチから事の次第を聞き、染子はひとしきり悔しがり、公園に戻ることを決意したのだった。
――なにしろ、井の頭桜の属性は「イベント好き」だったので。
やがて。
桜の精が帰還して直後、井の頭公園のソメイヨシノはひと月遅れの満開を迎えたのだったが……。
「ぐほっ。公園中に立ちこめる、この濃厚なジンギスカンと日本酒の匂いはなんとしたことじゃ。これ染子! 責任を取ってもらおう!」
女神のお怒りは、なかなか静まらなかったのである。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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(昼の部・TOKYO−CITY四つ辻捕物編)
【2163/藤井・蘭(ふじい・らん)/男/1/藤井家の居候】
【2181/鹿沼・デルフェス(かぬま・でるふぇす)/女/463/アンティークショップ・レンの店員】
【2199/赤星・鈴人(あかぼし・すずと/ 男/20/大学生】
【2227/嘉神・真輝(かがみ・まさき)/ 男/24/神聖都学園高等部教師(家庭科)】
【2269/石神・月弥(いしがみ・つきや)/無性/100/つくも神】
【4164/マリオン・バーガンディ(まりおん・ばーがんでぃ)/男/元キュレーター・研究者・研究所所長 】
【4379/彼瀬・えるも(かのせ・えるも)/男/1/飼い双尾の子弧】
※ゲスト桜
【時空艇−江戸】 より:桜の種類「江戸彼岸(えどひがん)」/属性「捕物」
【四つ辻茶屋】より:桜の種類「高遠小彼岸(たかとうこひがん)」/属性「戯れ」
(夜の部・夜桜宴会編)
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1253/羽柴・遊那(はしば・ゆいな)/女/35/フォトアーティスト】
【2200/赤星・壬生(あかぼし・みお/ 女/17/高校生】
【2617/嘉神・しえる(かがみ・しえる)/女/22/外国語教室講師】
【4321/彼瀬・蔵人(かのせ・くろうど)/男/28/合気道家・死神】
※ゲスト桜
【おもひで繕い屋 】より:桜の種類「八重紅枝垂(やえべにしだれ)」/属性「記憶」
【屋敷エントランス】より:桜の種類「紅手毬(べにてまり)」/属性「脱・常識」
【アダムの館】より:桜の種類「鬱金(うこん)」/属性「耽美」
【ホテル・ラビリンス】より:桜の種類「千里香(せんりこう)」/属性「秘密」
【市立楠木中学校】より:桜の種類「紅山桜(べにやまざくら)/属性「人情」
(サプライズの部・上野→北海道珍道中編)
【1533/藍原・和馬(あいはら・かずま)/男/920/フリーター(何でも屋)】
【4310/リュウイチ・ハットリ(りゅういち・はっとり)/男/36/『ネバーランド』総帥】
※一方的同行者
【不忍池・弁天(しのばずのいけ・べんてん)/女/?/上野不忍池の弁財天】
【蒼天・龍次郎(そうてん・りゅうじろう)/男/?/不忍池弁天の眷属】
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■ ライター通信 ■
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大変お待たせいたしました!
こんにちは。「神無月」改め「神無月まりばな」です。長ったらしいですが、お好きなようにお呼びくださいませ。どうぞ、今後とも宜しくお願い申し上げます。
この度は「桜コラボ企画」のお花見にご参加くださいまして、まことにありがとうございます。皆さまのおかげで、私も、疑似「櫻ノ夢」を見ることが出来ました。
なお、ご参加の皆さまで、まだ『お好みグッズ引換券』をお持ちでないかたには、記念にそっと手渡させていただいてます。宜しければ何かの機会に、ご利用くださいませ。
□■藤井蘭さま
不思議がる蘭さまがキュートでしたv 積み木はロボットに変化いたしましたが、事が収束したあかつきには、蘭さまのお手元に無事帰ったことと思います。
□■鹿沼デルフェスさま
魔法服大活躍、の巻でございました。気心が知れるにつれ、鋭くなっていくデルフェスさまの突っ込みに、今後もわくわくしつつ。
□■赤星鈴人さま
ご兄妹でのご参加、ありがとうございます。昼と夜とに分かれるのですが、やはり一緒のシーンも入れたくて、あんな感じやこんな感じに錯綜してしまいました。お疲れ様でしたー。
□■嘉神真輝さま
こちらもご兄妹での参加ですが、おふたりともマイペースだったかと(笑)。お姫さまだっこ、ありがとうございますー。すみません、重いのに。
□■石神月弥さま
「つくもーず増殖計画」に大受けいたしました。アンティークブレスレットの化身は、江戸艇桜&四つ辻桜のコラボパワーにより、いい感じに怪しく成長した模様です。
□■マリオン・バーガンディさま
そういえば、マリオンさまのスピード狂なシーンを書かせていただくのは初めてのような気が。何かを超越している感じがグレイトですv
□■彼瀬えるもさま
いつもいじらしくて可愛いえるもさまですが、今回はそれに加えて、頼もしい一面も見せていただいたような気がします。あの掛け声は、私も好きです(笑)。
□■シュライン・エマさま
ほっほー。『埋めるもの』は、意表を突かれたようでもあり、シュラインさまらしいようでもあり。シュラインさまの足もとに、何か埋めてみたいWRがここに。
□■赤星壬生さま
本日の桜さんとの意外な組み合わせは、我ながらベストチョイスだと自負しております。壬生さまは、実はお兄さまのことが大好きなのではなかろうかと思いつつ。
□■羽柴遊那さま
遊那さまにつきましては、意外性に走らずに「もっともふさわしいと思われる」桜さんをチョイスさせていただきました。桜さんとの相乗効果で、夢のように美しい一幕となりました。
□■嘉神しえるさま
属性「耽美」ご指名とは、なんて漢らしい(←???)。おそらくあの後も、騎士たちを侍らせつつーの耽美な夜になったことでしょう。なにやら弁天大喜びですが、えっと、まあ(もごもご)
□■彼瀬蔵人さま
いつも弁天のお守りをしていただいてありがとうございますー。一番派手な、しかも、趣旨に合致した効果が出てしまいましたけれども、今だけですので! ええ!
□■藍原和馬さま
そんなこんなで、サプライズへのご挑戦、お疲れ様でした。上野公園経由で北の大地周遊の旅に出ていただきました。ジンギスカンも桜も(肉が先?)満喫いただけましたら幸いでございます。
□■リュウイチ・ハットリさま
おお〜! 引換券のご利用はリュウイチさまが初めてです。ありがとうございます。ウキウキしながらアイテムを作成させていただきました。第一号特典として、引換券をもう一枚どうぞ〜(セコっ)
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