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<PCゲームノベル・櫻ノ夢>


■ケーキショップ赦桜(しゃら)【あい魅せ桜】■

 東京のどこか───アンティークショップ・レンにほど近い場所に、そのケーキショップはあるのだという。
 不思議なことに、初めて訪れて気に入り、もう一度行こうとしても二度とは辿り着けぬという……不思議なケーキショップだ。
 毎日のように催し物があり、子供達にも大の人気だという。
 今は、樹齢何百年という桜の木がイベントホールのような場所にどのような経緯でか植えられており、ケーキも桜に因んだものでたくさんだと聞いた。
 けれど、それは夢かうつつか。

 ───満開を咲き誇っていた桜の木が、とある恋人同士の別れを哀しんで、どうにもできないのだと自信をなくし、精霊が閉じこもってしまってぴたりと咲かなくなってしまった。
 精霊を慰める、この店名物の「ひとつ」である店長が宥めても、どうにもきかないのだと。
<あいがなければさけぬ>
 女のような美しい容姿をした男の桜の精霊は、ただただそう泣くばかり。

 そんな夢を見た。
 そしてその夢を見た者は、
 ───ほどなくして、そのケーキショップに赴くことになる。



■それは、セピア色の■

 ふわと、薄荷に似た香りがした。
 偶然にもケーキショップを訪れることになったシュライン・エマは、今すれ違った、真っ白な日傘をさしてゆったりと歩いている人影を振り返った。
 確かに今、その人影はこのケーキショップを見つめていて、何かを諦めたように口元を抑えて歩き過ぎたのだ。

「あ」

 そこに薄桃色のサシェが落ちているのを見つけ、きっと今の人影だろうと判断したシュラインが拾い上げて追いかけようとしたとき、既に彼女の姿はなかった。
「……また会えるかしら」
 少し地味な、けれどセンスの良いワンピースを着た日傘の女性。
 このケーキショップが気になる様子だったから、シュラインが待っていれば、また来るかもしれない。
 どこか哀しそうな日傘の後姿を思い出す。
「本当に、今日は陽射しが強いわ」
 しゃらしゃらん、と花々がざわめくようなベルを鳴らして、シュラインは店内に入った。



「いらっしゃいませ」
 見覚えのある、サンタのような雰囲気と風貌の笑顔を見て、シュラインも微笑して返した。
「以前来た方ですね。今日は貴女の貸切のようです」
 言われて見ると、イベントホールのある場所にも、ケーキを買ってそのまま食べられる場所にも、人っ子一人いない。
「やっぱりこの『咲かない桜』が原因なんですか?」
 尋ねると、「いいえ」とかぶりを振られた。
「このお店は人を『選び』ます。その時、その人を必要としているか、その人が必要としているか。それでこのお店は消えたり現れたりします。恐らく───そこにいる桜が貴女を『呼んだ』のでしょう」
 指さされた後ろを振り返る。
 イベントホールの中央に、見事な桜が佇んでいた。土の部分もしっかりと植わっていて、枝も生き生きとしているのに───夢で見たように、やはり桜の花は時を逆行したかのようにしっかりと蕾に戻っている。
「葉桜というわけでもないのね……」
 呟いて店長のほうを見ると、いつの間にか彼の姿は消えていた。
 店内に流れる穏やかな曲だけが、小さく響き渡っている。相変わらず不思議な場所だ。
(またココに来れて嬉しいけれど)
 以前にも縁あってこの店に来たことがあるシュラインは、ゆっくりと桜の木に近づく。幹に手を当てると、ひやと心地の良い感触が伝わってきた。
「桜の精霊さん……? 夢で見たわ。
 今まで色々な愛の形をあなたはきっと見てきたと思うの。そのあなたが恋人達の別れに何故そんなにショックを受けているのか、聞かせてもらえないかしら」
 優しく、語りかける。
 常人よりも良い耳を更にすませる───。

 はらはら……
 はら……はらはら……

 花びらが舞うような音がしたかと思うと、シュラインの目の前に───桜の木が半分透けるように、美しい男が立っていた。
 シュラインは、泣き続けている彼を見て微笑んだ。
「初めまして」
 精霊は、特に驚く風でもなく、けれど尋ねた。
<我が見えるのか、あの夢を見たというのは本当なのだな>
「本当よ」
<では、>

 では───聞いておくれ。
 何故我が咲かぬのか。
 我の切ない心を、
 どうか聞いておくれ。

 さあ、と店内に風が吹く。
 セピア色の風景の中に、シュラインは取り込まれていた。優しく、包み込まれるように。



 カン、コン、
 羽子板の音がする。「これは冬」。

 ぱぁぁ……ぱぁ……
 花々が咲く音がする。「これは春」。

 ひゅるる───ドォォン……
 花火の音がする。「これは夏」。

 カサカサ、カサ、
 枯葉の音がする。「これは秋」。

 幾度も繰り返す景色の中、幼子が美しい清楚な少女に成長してゆく。その傍にはいつも、樹齢の相当いった桜の木があって。
 風景はふと「見つけた」ようにそこで止まった。

『ずっと見てきたの
 桜の精、あなたを』
<身体が弱いゆえに常人には見えぬものも見えてしまう───花那子(かなこ)、お前の身体にそれはあまりよくない───>
『私の話を聞いてちょうだい。
 本当に、好きなの。あなたを───』

 あいしているの

 ───ずっと孤独だった桜の精。
 けれど、花那子が現れた。
 二人はつきあうようになり、そして───不思議な子が生まれた。
 人と精霊との子が。可愛い女の子が。
 女の子は自分の好きなように人に姿を見せ、消えることも出来た。好きな時に桜の花を咲かせることも出来た。
 花那子とかかわりがあると知った家族の者は恐れ、どこかに嫁にやってしまった。
 桜の精と花那子の幸せな時は終わった。
 花那子との子供もどこかに消え、
 再び、桜の精は孤独を伴侶とした。



<それでいいはずだった。花那子のためを思うならば、我は孤独も厭わぬと。元からこの身、木と共にしか在れぬ身───>
 ふと間近で声がした途端に、シュラインは現実世界に戻っていた。
<けれどそれから我は不思議に、人の愛なくしては咲けぬ桜となった。幸いにして愛を持つ恋人達が縁結びと呼ばれる我の元へ一日隔てることなく訪れていたが───>
 続きは、嗚咽に遮られた。
 シュラインは考える。
 卵が先か鶏が先かの如く、咲くために愛がいるのか咲くと愛が集るのか───そこのところは分からない。けれど、どんな経緯があろうと人の想いはその人達の問題、と伝えようと思っていた。
(でも、こんな過去があってこの様子なら)
 きっと、自分の推測は合っている。
 口に、してみた。
「もしかして───その、花那子さんとの子がここにきた? 恋人を連れて。そして……あなたの前で、恋人と別れた……?」
 こたえは、ない。
 その通りなのだとシュラインは確信した。
「何故……別れてしまったのかしら。あなたを見て、今まで人間として暮らしていたのに能力でも出てしまった、とか……?」
<その恋人は、驚いたのだ>
 桜の精は涙をこぼす。
<我の子は、我を見て「おとうさん」と呼んだ。我を覚えていた。その瞬間、我と我の子が同調し、店内が桜吹雪に見舞われた。人のいい客と店長が片付けたが───恋人は、逃げたのだ>

 よりにもよって、腰を抜かして逃げたのだ。

 ひどく傷ついた桜の精の子もまた、消え失せた。
<我はその恋人相手を待った。けれどここに現れぬということは、その男はこの店に何も用はないということ。───花那子を思い出したのだ、我は。そして哀しいのだ、我は>
 ……本物の、愛ではなかった。
 せめて、その女の子だけでも見つけられたら───シュラインはそう考え、その子の名を聞き(花留子(はるこ)といった)、その子が消えた状況を詳しく聞いてその辺を探し回ることにした。
 ドアを開けて外に出る。
「あ───」
 そこに立っていた人物と、視線が合った。
 それは、このケーキショップに入る前にすれ違った、薄荷の香りのする老婦人だった。一度お辞儀をして身を翻そうとする彼女に、待ってと声をかける。
「これ、落し物です」
 サシェを差し出した───とたん。
 シュラインの手からサシェはするりと意思を持ったように滑り、老婦人のバッグの中に入った。
(まさか)
 ───まさか……この人は。この香り袋(サシェ)は。
(この面影、……「見せてもらった」花那子さんのものだわ)
 シュラインは意を決して、老婦人の手を取った。戸惑う彼女に、微笑みかけて。
「どちらにも用がないのなら、このケーキショップも見えないはずです。あなたは、このケーキショップに……ううん、桜の木に用があったんですよね?」
「……貴女は……?」
 その問いにはこたえず、シュラインは、ぐいと優しく強く、老婦人の手を引っ張り店内に入れ扉を閉める。
 桜の精が、こちらを向く。目が見開かれる。老婦人は困ったように、少し笑った。
「こんな姿になってしまって、あなたにわかるかしら」
<───魂も雰囲気も変わっておらぬ。そなたは───花那子>
 求めるように両手を伸ばした桜の精に、我慢していた何かを涙にかえてこぼしながら、花那子は抱きついていった。
「私、結婚しても子供はできなかったわ。何故か私にはどんな男の人も触れられなくて。そのかわり、この子がいつもいてくれて───だから、身体の弱い私もこんな年齢まで元気でいられたの」
 先ほどシュラインが渡したサシェをバッグの中から取り出す。
 サシェは見る間に美しい少女になり、花那子と共に父親に抱きついた。
「夫が死んで何年も経って、でもずっとあなたを忘れなかったわ。だからこのケーキショップに何度も来ようとして……」
 あとは、涙にかき消された。
(あ……桜……)
 親子がようやく元のように幸せの中にいるのを暖かな気持ちでシュラインは、蕾が花となり満開となりあとからあとからこぼれる幸せの涙のように花吹雪になるのを見届けた。
 恐らく桜の精自身も気付いていない。
 この幸せの桜吹雪に。
 ようやく本当の伴侶と再会できた、長い年月が溶かされていくのが、
 シュラインには見えた気がした。
 ───この桜吹雪にあやかって、少しだけ……ほんの少しだけ、「願い」ながら。



「それでね、そのあと店長さんがお礼にケーキをくれたの。私は何もしていないのだけれど、『あいを魅てくれたから』って不思議なことだけ言われたわ」
「こりゃまた凝ったケーキだな」
 興信所で、桜並木をうかがわせる見事な、二人分には少し多すぎな気もする丸い薄桃色のケーキを切り分けながらのシュラインに、武彦は目を丸くする。
「花留子ちゃんのほうも、これから本当の伴侶を探す気満々みたい。きっと見つかるわ」
 言いながら、分けてもらった桜の花をお茶にして桜茶にしたものを武彦のぶんと二つ用意し、微笑む。
 色々予定が重なり中々まだゆっくり一緒に花見を出来ていない武彦と、せめてここで桜の精の桜を見たりしたいのだとあの時、願っていた。
 それが、あの時、あんな時にでも。
 聴こえていたのだろうか、桜の精には。
「「乾杯」」
 チン、と湯呑みを鳴らした瞬間、
 興信所の中に見事な桜並木が、立体の映画館にでもいるかのように現れた。
 驚いて、声も出ないシュラインと武彦。
 半透明なのに、けれど触れてみると確かにそれは本物の桜の花の感触で。
「……ありがとう」
 シュラインはそっと微笑んで、今この時だけの風景をくれた精霊に、感謝した。



《完》
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0086/シュライン・エマ (しゅらいん・えま)/26歳/女性/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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こんにちは、東圭真喜愛(とうこ まきと)です。
今回、ライターとしてこの物語を書かせていただきました。また、ゆっくりと自分のペースで(皆様に御迷惑のかからない程度に)活動をしていこうと思いますので、長い目で見てやってくださると嬉しいです。また、仕事状況や近況等たまにBBS等に書いたりしていますので、OMC用のHPがこちらからリンクされてもいますので、お暇がありましたら一度覗いてやってくださいねv大したものがあるわけでもないのですが;(笑)

さて今回ですが、シュラインさん個別ということで書かせて頂きました。
少し長くなってしまった感がありますが、如何でしたでしょうか。
因みに薄荷の香りの謎は、ただ単に私が「薄荷の香りのする品の良い老婦人」に憧れているからだったりします。

「夢」と「命」、そして「愛情」はわたしの全ての作品のテーマと言っても過言ではありません。今回は少しでもそれを入れる事が出来て、とても感謝しておりますたまにはこんなまったりとしたノベルもいいなと実感しつつ。

なにはともあれ、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。
これからも魂を込めて頑張って書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い致します<(_ _)>

それでは☆
2006/05/01 Makito Touko