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櫻ノ見ル夢
例えば、の話だ。
あなたがよく通り過ぎる道に、とても綺麗な花を咲かせる桜の樹が植わっていたとする。
今年もまた、その樹は美しい花を咲かせた。そして季節の移り変わりに従い、はらはらとその花弁を風に撒いていった。
それでもし、例えばだ。その樹に桜の精が宿っていると言われたら、あなたはどんなのを想像するだろうか。
――あんなに綺麗な桜の樹なんだ。どんな美女だと考えるのが普通だろ。風になびく黒髪で、純和風の顔立ちで……。
そんな風に考えたとしても、男なら仕方がないと思うんだよな。
「オレを助けてくだせぇ。この通りです、頼みます」
目の前では、筋骨隆々でいかにも無骨そうな男が、歯を食いしばり男泣きに泣いている。
草間武彦は困惑した。
いや、初対面でいきなり「自分は、あの桜の樹の精です」なんて言われ、あまつさえ自分より大柄な男に、泣いて頭を下げられたとしたら、誰だって呆然とするばかりだと思う。
タンクトップから覗く肩からは、金さんよろしくびっしりと彫りこまれた桜の刺青が覗いていて、「ああ、この辺が桜の精なのか」などと、草間は現実逃避っぽくぼんやり思う。
「……とにかく、話は分かった。でもよ、無理だろそれ。この前お前が……でいいのか? とにかくあの桜の樹、今年はもう花が全部散ってただろう。どう考えても無理だと思うぞ」
――もう一度、今すぐ花を咲かせたいだなんて。
常識的に考えて絶対無理だ。
しかし、何度そう言ってもこの男はがんと首を縦に振らない。
「いや、でも、自分はどうしてももう一度咲きたいんです。それで、あなたのお力をお貸りしたく」
「俺は花咲きジジイじゃないんだぞ……」
時間の経過があいまいなここではピンとこないが、草間が何の解決方法も見出せずにいた間に、どうやら現実世界では3日という時間が流れたらしい。
しかし、草間はこの男によって夢の中に閉じ込められたまま、いっかな解放してもらえる気配が無い。
とりあえず、煙草がなくなる心配だけはしなくていいのは楽だな、などと思いながら、草間はドーナツ型の紫煙を宙に吐き出した。
――3日か……3日間も寝っぱなしで、誰かに迷惑かけてなきゃいいが……。
○A-3 <シュライン>
「……ということなのよ」
シュライン・エマはため息とともに会話を切った。そうして視線を部屋の隅へと巡らす。
その先にいたのは―――粗末なベッドに横たわる、草間興信所の主の姿。
場所は草間興信所。昼食をとるには遅く、夕食の準備にはまだ早いといった午後の一番穏やかな頃合。こんな時刻こそおやつが似合うのかもしれないが、悲しいかなシュラインは今ダイエット中だ。
その代わりというわけではないが、自ら入れたとびきり美味な紅茶を傾けつつ、目の前に座るセレスティ・カーニンガムと劉月璃へと視線を戻した。
3人はいつもの通り、事務所の古びたソファにて対面している。ではなぜこの3人が今この場にいるかと言えば―――いつものごとく「偶然居合わせた」としか言い様がない。
月璃は活動の拠点を置く新宿にて出くわした、あるトラブルの相談をしにここへ来ていた。セレスティはいつものごとく退屈しのぎで訪れたのだろう、そうしてシュラインはたまりにたまった事務仕事を片付けに。
だが興信所の主があの現状では、進む話も進むものではない。当初は共に「さてどうしようか」と顔を見合わせるばかりだったが、気がつけば場は現状打破の相談へと変わっていた。
さすが興信所に出入りする者、非常の事態にはみな慣れているらしい。
「なるほど、3日眠り続けている、と」
満足げに紅茶を飲み干したセレスティが、シュラインにひとつあいづちを打った。そうして優しげに微笑まれ、「シュラインさんの紅茶は、我が屋敷の者が入れる紅茶に匹敵するおいしさですね」と言われれば、もちろん悪い気はしない。
「一体どうしたんでしょうか。まあ、草間君のことですし、そう心配することではないでしょうが」
月璃が何でもない口調でさらりと言う。その美貌と相まって、本当にたいしたことではないという気分になってしまうのは、彼が人を説得することに長けているからだろう。
さすが、売れっ子占い師となると違うわね、とシュラインは妙なところで感心した。ちなみに、彼のカップの中身は全く減っていない。
「……じゃなくて! いくら武彦さんだって、3日も寝たままじゃ衰弱しちゃうわ」
どうにかしないと、とシュラインは軽く爪を噛む。
「シュラインさん、草間さんに脱水症状などは出ていませんか?」
「ええ、今のところは。特に差し迫った症状は出ていないけれど」
「ですがいつそうなるか分かりませんからね。手は早めに打つに越したことはない」
そうして、セレスティは傍らの月璃を見、何かを思いついたかのように笑った。
「どうでしょう? 彼の夢の中に、我々が入ってみる、というのは」
B-1 <夢の中>
「……あのね。なぜかとか、花を見せたい誰かがいるのかとか、理由言わなきゃわからないでしょう!」
眉間に深い深いしわを刻みつつ、仁王立ちでまくしたてているシュライン・エマに、その前で正座する筋肉男は、ただただ身を縮こまらせるばかりだ。
「おいシュライン、そんなに言わなくても……」
「武彦さんは黙ってて! 私が3日間、どんなに心配したと思ってるの!」
女性にそう言われてしまうと、男に言い返せる言葉はない。
彼もまた姿勢を正し、シュラインの言葉に面目なさげに身を縮こまらせるばかりだった。
草間の横に正座する筋骨隆々たる男。彼こそが3日間眠り続けている原因だった。
自己紹介によれば、彼の名は猪熊桜之進といって、なんでも桜の精らしい。
―――その自己紹介がどんなに彼に似合っていないかは、そう聞いた時の初瀬日和の表情が一番雄弁に物語っていただろう。
穏やかな彼女ですら絶句し、思わずシュラインたちを振り返ってから、恐る恐る「……本当ですか?」と尋ねたものだ。
「ところで、日和さんはなぜここに?」
「……そういえば、私はなぜここにいるんでしょうか?」
本当に疑問に思っている風情で小首をかしげる日和に、事態の推移を大人しく見守っていたセレスティ・カーニンガムはおやおやと苦笑する。
「ここは草間さんの夢の中ですよ。眠り続けている草間さんの原因を探るべく、私とシュラインさんはここへ入って来たんです。もう一人、月璃さんと言う方は現実に残っていますが……日和さんは?」
「私は……道を通りかかった時、桜の木が泣いているのが聞こえたんです。その声に耳を澄まそうとして、それで……」
そうして日和は、あ! と小さく声を上げた。
「悠宇くん!」
「え? ……ああ、いつもあなたと一緒にいる彼ですか」
「どうしよう、私が今ここにいるっていうことは、きっと悠宇くんを心配させて」
「……ああ、いえ。大丈夫なようですよ」
目を細め、遠くを見るような表情をしたセレスティが、すぐに日和に笑って見せた。
「彼は今、興信所に来ているようですね」
「そうなんですか?」
「ええ。あなたの彼氏さんは、どうやら勘がいいようです」
「え? ……あ、あの、いえ、悠宇くんとは、その、『彼氏』とか、そういう……えっと、そうなんですけど、その」
日和が頬を赤らめているのをよそに、シュラインの話は続いている。
ぐずぐずと泣きじゃくり、うなだれるばかりの猪熊。「情けない」という言葉がよく似合う。
「だからね、武彦さんをさっさと解放して頂戴。3日も寝たままじゃ衰弱しちゃうでしょう? そんなことも分からないの!」
「あ、いえ、その、自分は……」
「無理やり拉致して理由も告げず咲かせろだなんて、スジが通ってないでしょ、スジが」
「……うう、自分は、自分は……」
「ああもう、はっきりしない男ね! いっそ、咲く前に斬り倒してあげましょうか?」
シュラインがそう言い放った途端。
猪熊が大泣きに泣き出した。うわーん、とでも表現したくなるような、恥も外聞も構わず盛大な泣き方で。
幼児が菓子をねだる時でさえ、ここまでひどくはないだろう。ましてや大柄で体格のいい男がそのように泣いてみせても、周囲は閉口するばかりだ。
「じ、、自分、ど、どうしたいいか、わからんくって、だから、だから、ぐざま゛ざん゛を、」
「……おいシュライン、お前泣かすなよ……」
「武彦さん! 私に責任押し付けるの!」
「い、いや、そうじゃなくてよ……」
困り果てるシュラインと草間の前で、男はなおもいっそう泣き声を高くした。
そうして、一時間は泣き続けた後だろうか。(もっとも、夢の中の時間経過がどのようになっているかは分からないが)
一同にとって果てしないと思われた時間がようやく過ぎて、やっと(いくらか)冷静になった猪熊が、シュラインの問いに答える形でぽつりぽつりと事情を説明しだした。
―――彼はとある道の端に生えている桜の木だという。そう、日和が通りかかった道に生えていた木だ。
彼は毎年毎年、近所の人々の期待に応え、見事な花を咲かせ続けていた。彼にとって花を咲かせることは何よりも大事なことだったし、また彼のそんな姿を見て皆が喜んでくれることは何よりもうれしいことだった。
そうして、彼の桜を楽しみにしていた人の中に、一人の女の子がいた。彼女はよっぽど彼の桜が好きだったのだろう。春が来る度に、彼の元へ来ては歓声を上げていたという。
―――しかし、今年は花の時期が過ぎてもその女の子は彼の元にやって来なかった。季節は過ぎ、彼の花ははらはらと散っていく。それでも彼女は来なかった。
どうしたんだろう、あの子はもう来ないんだろうかと思っているところへ―――。
「自分、聞いたんス。あの子、重い病気になって、ずっと入院してたらしいんス。外出もままならなくて……今年は自分のとこに来られなかったんだそうっス。……自分は、その子が可哀想で、可哀想で……!」
ひっく、と猪熊はしゃくりあげ、赤い鼻をすすった。
「なんだ、じゃあお前が来年また咲いてやればいい話じゃないか」
草間の言葉に、男はぶるぶると首を振る。
「その子はそのまま、遠くの町の病院に行っちまうんでぇ。だから、来年じゃ遅いんです。今すぐ、あの子に自分の花を見せてやりたくて……!」
「……それで、こんな無茶をしたの?」
いくらか追求の手を緩めたシュラインの言葉に、猪熊はただうなだれて、すいやせんでした、と言った。
「……おいシュライン、まだ言ってやりたいことがあるんじゃないのか?」
草間が顔を上げた。
「どうだ、もっとこいつを締め上げるか?」
彼の言葉に、シュラインは苦笑する。
「武彦さんったら。……私がそう出来ないってこと、分かって言ってるでしょう」
「まあな」
草間の表情はなぜか可笑しそうだ。
「猪熊君。……分かったわ、私たちが力になってあげる」
「本当っすか!」
猪熊がぱっと顔を上げた。涙に濡れた瞳は、期待に満ちている。
「どこまで出来るかわからないけどね。武彦さんも無事だったようだし。
……そうね、能力的には、武彦さんにももちろん私も、あなたを物理的に開花させるのは無理だわ。だけど、三人寄らばなんとやらってね。アドバイスやお手伝いは可能かも」
ね、と後ろを振り返れば、セレスティと日和も力強く頷いてみせる。
―――セレスティは穏やかに微笑みつつ、日和はわずかに涙ぐみつつ。
「私に、いい考えがあります」
と、セレスティが一歩進み出た。
「ここは『夢の中』です。夢の中では、どんなことでも叶うものですよ。……どうでしょう。桜之進さんが自分がどう咲きたいのか、その姿を強く思い描いていただくのです。そして私たちはそれに従い、想像の翼を広げて……夢の中、桜の樹を咲かせるのです」
C <夢幻の桜>
――闇に浮かび上がる、薄く色づいた霞。
ざあ、と吹き付けてきた風。かぐわしく匂い立つそれはしかし、自分だけが感じていた香りなのか。
それを合図としたかのように、枝のそこかしこで固く結ばれていた花のつぼみがいっせいにほころびだす。VTRの早回しのように、花開いていく桜。皆の息を飲む音が重なる。
取り囲む一同が静かに見守る前で、そのさくらの木は確かに、今花咲こうとしている。
――そして桜は花開いた。白霞、堂々たる枝ぶりを持つ桜の木に宿る、今や満開の花。
あるかなきかの風に、花をまとった枝がまた揺れる。ざわ、という音は胸のざわめきにも似て、見ているものの心をも揺さぶっていく。
そうして、はらはらと涙をこぼすかのように、少しずつ、少しずつ宙に織り交じっていく花びら。
まるで薄紅色の花自体が光に包まれているかのように、薄暗かった闇の中心にその桜の木は鎮座していた。昼の明るさとは違う、闇夜を照らす明るさ――そう、月の明かりのような。
きゃあ、とかわいらしい歓声が響いた。
ぱたぱたと満開の桜の木の回りを走り回るのは、赤いリボンで髪を結った小さな女の子。
何がそんなにうれしいのか、満面の笑顔を浮かべ、風花のように舞う白い花びらを追い掛け回している。
――そして。
木より数歩離れた位置から、草間以下、一同が木を見上げていた。
ヒュー、と小さく口笛を吹いたのは草間だ。
「あの桜の木の精、やるじゃねぇか」
「すごいわ、……綺麗ね」
彼の横で素直な感嘆の声をあげるのはシュライン。
それ以上の言葉が出てこないのがもどかしいらしい。ううん、と軽く唸った後、苦笑しながら小さく首を振った。
「いいわ、こんなに綺麗な風景は……言葉にしたらもったいないのかも」
「素晴らしいですね、私……こんなに綺麗な桜を見たのは、初めてです」
感動のためか目をうるませつつ、日和が頷く。
「例え夢だとしても、いえ、夢だから……この美しさをいつか忘れてしまうかもしれないって考えると、怖いくらいです」
「じゃあ忘れなきゃいいのさ」
彼女の横でそう答えたのは、月璃と共に後からこの夢の中にやって来た悠宇だ。
「俺だって忘れない。俺たち2人で覚えていれば、記憶はきっと消えない」
「これが……想像の翼を広げた結果、ですか?」
月璃の問いかけに、セレスティは静かに微笑む。
「そうでもあるし、そうではないとも言えます。……私たちは、夢の中で彼の花を開かせてあげるお手伝いを確かにしました。ですが、それだけではこれだけ見事な花を開かせる事は出来なかったでしょう。例え、夢の中であったとしてもね」
彼――猪熊君が、花を開かせるイメージをしっかり持っていたからですよ。セレスティはそう言った。
「彼自身が、どれだけ花を咲かせたかったか……その強い願いの結果といえるかも知れません」
ああそれから、とセレスティは微笑みをわずかに変える。
「我々が夢の中に入っている間、月璃さんと悠宇さんが、本物の桜の花を集めていてくれたんですよね? あの花はとても役に立ちました。……あの花が『媒介』となったから、あの女の子をここへ呼び寄せることが出来たのです」
「ああ、あれ? 役に立ってよかったよ」
セレスティの言葉に、悠宇が振り向く。
結構大変だったからさ、な? と月璃とうなずき合いながら、悠宇は照れくさそうに笑った。
「案の定、この辺の桜はほとんど散ってたからさ。白露と末葉に頼んで、それでようやくって感じ」
「白露と末葉に?」
「ああ日和、末葉ちょこっと借りたぜ? ……あの女の子、きっと目が覚めた時ビックリするだろうなぁ。集めた花をさ、ランドセルの中いーっぱいに詰めておいたんだ。もちろん、俺じゃなく2匹にやらせたんだけど」
「……それはあの子もびっくりね」
そう言って笑ったのはシュライン。
「でも悠宇くん、どうやってあの女の子の家を調べたの?」
日和の問いに、今度は月璃が答える。
「それは俺の占いで。あの桜の精の想いを辿れば、簡単でした」
「なるほどな。……やれやれ、これで一件落着か? ふあーあ、これでようやく俺も目が覚めるってか。ま、ずっと夢の中ってのも悪くなかったけどな」
ぷかり、とタバコの煙を浮かす草間。
「全くもう、武彦さんは気楽なんだから。……でも、そこが武彦さんらしいけどね」
シュラインの言葉が、何よりも一同の声を代弁していたに違いない。
皆で笑い、ただ一人草間だけが憮然としていた。
と。
なぁ、と悠宇が誰へともなく言った。
「あの子がさ、いつか退院して元気に学校通えるようになって……それでランドセル見るたびに、あの桜の木を思い出してくれればいいよな」
「それで悠宇くん、お花をランドセルに詰めたの?」
「実はな」
「そういうことだったの」
「大丈夫ですよ。俺のカードに、不吉な影は出ませんでしたから」
「……そうですね。私も、我が身を司る『水』に、あの女の子の未来と幸福を願いましょう」
――女の子が嬉しそうに駆け回っているのは、桜の木が見られた喜びもあるだろうが、こうして自分の脚で好きに駆け回れる喜びもきっとあるのだろう。
例え夢の中からであっても、あの女の子が心安らかであってほしいと、皆がそれぞれに思う。
そして。
「……んーでも、ちょっとだけ残念だな」
「何が? 悠宇くん」
「いやほら、俺今までずっと『現実』の方にいたろ? だから桜の精がどんな人か拝めなかったからさ。日和は見たか? やっぱりすごく綺麗な人だったりしたんだろ」
「……そ、そうね、う、うーんと」
「まぁ、でも日和が一番桜の精っぽいけどさ! ……な、なんてな……ごほごほ」
言葉に困った日和はとっさに視線を周囲に巡らせるが、彼女と視線を合わせようとする者は誰一人としていなかった――。
<D-3 シュライン>
「全くもう、私がどれだけ心配してたと思うの! ずーっと寝たまま、武彦さんたら一向に目を覚まそうとしないんだから!」
「いや、だから悪かったって」
「別に武彦さんが悪いわけじゃないじゃない! 言っておくけど、私はそこに怒ってるんじゃないのよ!」
言うと、彼は唇をへの字に曲げて黙り込んでしまった。「じゃあどうしろというんだ」と言わんばかりの表情で。
――平凡な日常が再び戻ってきた。それを象徴するかように、頭上に広がっているのは見事なまでの五月晴れ。
シュラインは草間と肩を並べ、街中を歩いていた。目的地はあの桜の木だ。
夢の中で見ただけで実際の木を見たことがない、というシュラインに、「じゃあせっかくだから見に行くか」と草間が誘い出したのだ。
ちなみに「お前も覚えがないだけで、絶対見てるはずだぞ」と草間は言い、それを示すかのように慣れた道をずっと進んでいる。
こんな風に、草間と肩を並べて歩くのは久々のような気がする。何だかんだ言って草間は仕事に熱心だし、それ以上にシュラインの抱える仕事は多い。
だからこうして何をするでもなく、2人連れ立って歩くだけでも心は浮き立つはずなのに――気がつけばこの有様だ。終わった事を蒸し返しつつ彼に口論を吹っかけている。
自分でも、無駄なことをしていることは分かっていた。
――なにやってるのかしら、私ったら。
彼の無事な姿を見て、ホッとしたのは確かなはずだった。
だけれど、このもやもやする気持ちを抑えきれない。この原因はなんなのか? なぜこんなにも苛立っているのか?
それが自分でもよく分からない。
「シュライン」
と。
文句を遮って、草間が口を開いた。
「まぁその、なんだ。無事に帰って来れたから、いいとしないか?」
「……! あのねぇ武彦さん、だから」
「つまりだな、その」
再び彼女の声に割り込み、草間が言葉を発する。
だがおかしなことに、次の言葉をすぐには言おうとしなかった。まるで何かを迷っているかのように草間は胸元のポケットをさぐり、その中にタバコが入っていないことに気づくとその手を下ろし――そうして視線を前に向けたまま、観念したかのように言う。
「……待っていれば、お前が来ると分かっていたからな。焦って下手なことをするよりも、それが一番得策だと思った」
――歌声が聞こえてきた。
聞き覚えのある声だった。前方に視線を向けてみれば―― 並木から外れた一本の桜の木の下に、日和と悠宇がいる。
歌っているのは日和だった。口ずさんでいるのはシュラインの記憶にもある歌――再会を願う歌だ。
――信じているわ あなたのことを
あなたの傍にいるわ 私はいつも
寂しくはない また会えるから
瞳を閉じれば いつでもあなたの姿が見えるから――
「……お、おい! どうした、どこか痛いのか?」
慌てたような草間の声がして、ハッとシュラインは我に返る。
――泣いていた。
そんなにもこの歌に感動したのだろうか。いや、歌声は確かに素晴らしかったけれど――自分自身にシュラインはうろたえ、すぐに、ああそうか、と気づく。
――不安だったのだ、自分は。
怖かった。あのまま、草間が眠ったまま、もしも起きなかったらどうしようかと――
「……ごめんなさい武彦さん。なんでもないわ、大丈夫」
ほろりと流れた涙を拭って、シュラインは微笑んで見せた。
「ほら、私って感激屋さんだから。……彼女の歌声に、ちょっとじーんとしちゃっただけ」
「……そうなのか? ならいいけどな」
いまだ納得し切れてない顔つきだが、草間が頷く。
「ねぇ武彦さん」
先ほどとは大分違う明るい声が出て、シュラインは内心ホッとする。
ああ、原因不明のもやもやが晴れた、と思った。
「大丈夫よ。何が起きても、今回みたいにちゃんと迎えに行ってあげるから」
「……頼りにしてるよ」
脈絡のない言葉に一瞬目を丸くしつつも、草間は肩をすくめて目尻を下げた。
笑おうとしつつも苦みばしっている彼の表情は、ハードボイルドに徹しきれない男の性か。
「……でも、まだまだね私も。もっと武彦さんのこと、信じてあげなくちゃ」
「あん?」
日和の歌が終わった。傍らの悠宇が、手を叩きながらなにやら彼女に声をかけている。
シュラインは草間と肩を並べながら、彼女らに声をかけるべく歩みを再開した――
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0086 / シュライン・エマ / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより / 女 / 16歳 / 高校生】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう / 男 / 16歳 / 高校生】
【1883 / セレスティ・カーニンガム / 男 / 725歳 / 財閥総帥・占い師・水霊使い】
【4748 / 劉月璃 / らう・ゆえりー / 男 / 351歳 / 占い師】
(受注順)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
こんにちは、つなみりょうです。この度はご発注ありがとうございました。
そして何より、大変おまたせして申し訳ありませんでした。その分、ご期待に沿えるものをお届け出来ていればよいのですが。
さて、少しだけ補足をさせていただきます。
今回はA〜Dの4つのパートに別れています。そのうちAとDは完全個別パート、Cは全員共通パート。そしてBは2パートに別れています。
それで、A、BとDのパートにナンバリングを振らせていただきました。ちなみに時系列順です。
これを参考に、他の方の納品物を一緒に読んでいただけますとまた面白いかなと思います。時間がある時にでも、読んでいただけると嬉しいです。
もちろん、みなさまそれぞれに納品した作品は、それ単品で一つの作品になっておりますので、他を読まなくては分からないということはないと思います。安心してお読みくださいませ。
シュラインさん、今回もありがとうございます! そして遅刻して大変申し訳ありませんでした……。
ええと、今回ですが……プロフィールが若干変わっているのを拝見しまして、じゃぁ草間さんとの間をもうちょっと進展(?)させてみようかな、と思ってこんな展開になりました。
終わってみれば、特に何事もなかった、のかな?(笑)でもま、やっぱりお2人はお似合いだと思います。またぜひ、お2人の仲のよいところを書かせてくださいね。
また今後も細々と活動していくつもりですので、もし機会がありましたらぜひご参加くださると嬉しいです。
感想などありましたらぜひお聞かせ下さいね。
ではでは、つなみでした。
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