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<PCゲームノベル・櫻ノ夢>


Closing ―your eyes―



「これどうぞー」
 配られたチラシには、配達屋の宣伝がでかでかと記載されている。
 だがそのチラシ、何か付録のようなものがついていた。
 配っていた金髪の少女はにっこり微笑む。
「桜茶ですぅ。ちょっといわくのあるものですけど、きっと素敵な夢をみれると思います〜」
 桜の葉を使ったお茶のようだ。それほど怪しい感じもないし、素直に貰っておくことにする。
 去り際に少女が声をかけてきた。
「寝る前に飲むと、きっと効果倍増ですよ〜! あと、うちのチラシ捨てないでくださいね〜! そんでもって、よければ今度配達品とかあったらウチを使ってくださ〜い!」

***

「桜茶……夢……」
 ぽつりと呟き、神崎美桜は受け取った茶葉を見る。

**

 身重の美桜は、小さく吐息をつく。
 オモチャの車を手で動かしている長男の様子を見て微笑んだ。
 ひっそりとここに移り住んでから、まだ少し。慣れないことも多い。
 けれども美桜は幸せだった。
 大好きな夫と、愛しい息子と共に暮らせるこの喜びを毎日噛み締めている。
 美桜の指には結婚指輪があった。彼女は結婚したのだ――――遠逆和彦と。
 都会よりはと田舎のほうへ新居を構え、こうして今、ここに居る。
「うっ」
 おなかを内側から蹴られて美桜は小さくうめいた。
 元気がいいのは誰に似たのだろうか? まあ、自分ではないだろうからきっと彼だ。
 息子も夫に似ている。黒髪と顔立ちが彼にそっくりだ。だが瞳の色だけは美桜と同じもの。
 瞳が色違いになるかもしれないことを恐れていた和彦はホッと安堵していた。
「ぶー」
 口で効果音をつけて車を動かす息子は勢い余ってそのままゴロンと転がる。慌ててしまう美桜だったが、息子はそのまますぐに起き上がった。
「ぶー、ぶー」
 またも車をガーガーと動かす。
 はあー、と安堵して美桜は額に噴き出た汗を拭う。
 揺りイスに座って窓の外を眺める。見事にほかの家が見当たらない。森に囲まれたこの場所にある家はここだけだ。
 人の多い都会は疲れる。
 だから美桜はここが好きだ。
 生活するのに不便だろうけれども、それでもここがいい。
 何者にも邪魔されず、何者にも脅かされない穏やかで静かな生活がここにはあるのだ。
「おとうさん、遅いねえ」
 息子にそう話し掛けるとぱっ、と顔をあげられる。こちらを見た息子がきらきらと目を輝かせた。
「とーさん?」
「そう、『とーさん』」
 どうして「パパ」じゃないんだろう。美桜としてはそこが不満だ。
(「パパ」と「ママ」って呼ばれたかったなぁ……)
「かーさ」
「違う違う。『かーさん』」
「かーさ」
 うぅ。なんで私のほうはきちんと発音してくれないのか。
 悲しくなってくる美桜である。
「とーさん」
 息子は立ち上がってドアのほうへ駆け出した。「へ?」と思う美桜だったが、家の外に車が停まったのを見て腰をあげる。
 息子はドアノブを回している。慣れた手つきだ。
「はっ、ま、待って……!」
 走ってきた美桜を待たずに息子はドアを開けてしまう。
 鍵を取り出そうとした手つきのまま、ドアの外で和彦が硬直していた。
「とーさん!」
 抱きつく息子に彼は絶句。そして、ぜぇぜぇ息を吐いている美桜を見て青ざめた。
「なにやってるんだ! 走ったのか!?」
「お、おかえりなさい」
「ただいま! そんなことはいいからさっさと戻れ。ああいい、運ぶから」
 早口でそう言うや、息子を降ろす。だが息子は和彦の足にしがみついた。
 美桜は手を振る。
「い、いいですよそんなこと。……わっ」
 だが問答無用に和彦に抱え上げられた。
「本当に美桜は俺の話をきかないな。走るなと散々言ったのに」
「大丈夫ですよ、少しなら」
「…………」
 むすっ、とした顔をする和彦は居間へ向かう。
 美桜はそんな顔を見上げてどきどきしていた。いまだに新婚みたいに……いや、恋人のように胸をときめかせてしまうのはおかしいだろうか?
 出会った頃より彼は少し背が伸びている。それに、髪型も少し違う。綺麗な顔と、表情は変わりはしないが……。
 生真面目な性格も、前となに一つ変わりはしない。そして美桜を大事にしてくれることも。
 ゆっくりとソファに美桜を降ろしてから和彦はハーッ、と長い息を吐き出した。
「頼むから……走るな。予定はもうすぐなんだろ?」
「平気ですよ。少しくらいは運動したほうがいいんですから」
「……俺を怒らせるのはやめてくれ」
 低い声に美桜が黙ってしまう。
 ふと彼女は気づいた。和彦の右足に息子がしっかりとしがみついているのだ。まるでコアラだ。
「おとうさん、足」
「ん?」
 そう言われて和彦は自分の足もとを見遣る。木に両手両足を回してしがみついているような姿の息子に彼はがっくりと肩を落とした。
「なにやってるんだ?」
「とーさん、あそぼ!」
 にかっと笑う。その笑顔がまた可愛い。
 思わず「うっ」と美桜は顔を背けた。和彦のミニ版のように見える。
「なにして遊ぶんだ?」
 やれやれというように立ち上がった彼は、自分の足からべりっと息子をはがす。
「あそぶ?」
「ああ、遊ぼう」
 律儀に頷く父親に息子はきゃいきゃいと喜ぶ。
 いいなあ、と美桜は思う。自分も混ざって遊びたい。
(私だって和彦さんと仲良くしたい……)
 散々仲良くしているから今、美桜のお腹には二人目がいるというのに。
 美桜は満足できないのだ。自分はとても貪欲だと本当に思う。彼を手に入れた今でも、美桜は彼を欲している。
 まるで――――反動、だ。
 不幸せだった頃の自分の、その反動だ。
 貪欲に幸せを求めてしまう。愛を求める。彼を手に入れろと、全てを自分のものにしたいと心のどこかで叫ぶ。

 二人に着替えを渡す。夫と息子は今からお風呂へいくのだ。
「私も一緒に入りたい……」
 ぼそっと呟いた美桜の言葉に夫はぴく、と眉をひくつかせる。
「かーさ、入る?」
「え? いいの?」
「いーよ!」
 明るく言う息子の言葉に和彦は嘆息した。
「ダメだ」
「ど、どうして? うちのお風呂は大きいから平気ですよ?」
「そうじゃない。その身体じゃ無理だ」
「そんなことないです」
「後で一緒に入ってやるから」
「それじゃあ、和彦さんは二度も入ることになるでしょう?」
「何度入ったって別にいいだろ?」
 不思議そうに言うと、和彦は息子を連れてそそくさと風呂場に向かう。
 照れていたような、気がした。耳が少し……赤かったような。
 ああもう。
(だから可愛くて好きなんですってば〜)
 一児の父親になっても彼はとても可愛い人だと思う。
 照れてしまう美桜は嬉しそうにしつつ、テーブルの上にある本に手を伸ばした。
 付箋がたくさんついているその本は、赤ちゃんの名づけをするために購入したものである。
 息子の時も散々和彦はこれを見て毎日毎日唸っていたが、今もその時と同じ状況になりつつある。
 とてもとても素敵な日々。自分には勿体ないくらいだ。
 本をパラパラと捲る美桜は、ふふっ、と小さく笑う。
 名前を決めるのはとても悩むが楽しい。男の子か女の子か、どちらが生まれるか聞いていない。生まれた時の楽しみが減ってしまう。
 美桜はおなかに向けて囁いた。
「もうすぐ会えるんですね……。どんな子なんでしょうか」
 自分は幸せだ。
 ふと、美桜は表情を曇らせる。
 口数の少ない和彦は……彼は幸せだろうか?
(言ってくれないから、時々不安になるんですよね……)
 嘆息していると、うとうとと眠くなってくる。



「今日はお仕事お休みなんですね」
 美桜は嬉しそうに笑う。和彦は家にいることのほうが最近は多い。
 美桜が妊娠してからは家にいるほうが多いのだ。心配しているのだろう。
 和彦は時々退魔士として出て行くが、そもそも彼は貯金の額が凄いし、美桜も金持ち。お金に二人は困ってはいない。
 だが和彦が仕事をするのは、困っている人を助けるためだ。それほど危険の高いものには行かないようにしている。
 綻びた結界の修繕や、呪いをかけられた人の助けをするのがほとんどだ。
「奥さんのお手伝いくらいはするさ」
 そう言って和彦は朝食を作っている。美桜にすがりついている息子は、彼女のおなかをぺんぺんと手で叩いていた。
「こら。お母さんはいま大変なんだぞ」
「いいんですよ、べつに」
 軽く怒る和彦は呆れたような表情になった。
 柔らかく微笑む美桜だったが、「う」と呟く。
「う、う……」
 不思議そうに眉をひそめる彼女の様子に息子はきょとんとしている。
 和彦はすぐに気づいて車の鍵を取った。
「お母さんをみてろ!」
 息子にそう言うや彼は玄関から外に出て車のエンジンをかける。すぐさま戻ってくると美桜を軽々と抱えた。
「病院に行くぞ」

 美桜はうっすらと瞼を開けた。
 彼女は無事に出産したのだ。
 ドアを開けて病室に入ってきた夫と息子を、見遣る。
「和彦さ……ん」
「みてきた」
 彼は短くそう言って、ベッドの横にあるイスに腰掛けた。その膝の上に息子がすぐによじ登る。
 美桜は微笑む。
「女の子……です」
「ああ」
 それから二人は無言になってしまう。美桜は和彦が俯いているのに気づいた。
「和彦さん……?」
 うかがっていると、息子がきょとんとして父親を見上げる。
「とーさん、ないてるー」
 息子の言葉に美桜は驚く。
 和彦は顔をあげた。涙が少し浮かんでいた。
「ど、どうしました?」
 心配になって尋ねる美桜は、そういえば息子が生まれた時も彼はこんな表情をしていたと思い出す。
 女の子だからがっかりさせたのだろうか?
 おろおろする美桜の前で彼は目元を擦る。
「ご、ごめん……」
「え? いえ、いいんですけど……」
「あの……嬉しくて」
 鼻をすすりあげる和彦はこみ上げる涙を止められないようだ。
 なんだか美桜も胸が熱くなる。
「自分に、その、こんな風に家族が……できる、とは……お、思わなくて」
 彼のその言葉に美桜まで泣き出してしまった。
 辛い時期が二人ともあっただけに、その言葉はとても重く響いたのだ。
 両親に蔑まれ続けてきた美桜。だからこそ、自分の子供には愛情を多く注ぎたい。
 自分を産んですぐに母親も死に、双子の妹も殺され、6歳の時には父も他界してたった一人で生きてきた和彦。だからこそ、暖かい家庭を築きたかった。
 両親の様子に子供だけはきょろきょろと落ち着きなく、不思議そうに首を傾げる。
「私も……私もです……! 嬉しいです! 和彦さんと……和彦さんと家族になれて……っ」
 必死に嗚咽を堪えながら言う美桜に、和彦も頷く。
 涙を拭いながら美桜は言った。
「これからも幸せになりましょう? 私と一緒に。二人で一緒に」
「ああ」
「ずっとずっと……おばあちゃんとおじいちゃんになるまで……死ぬまで……!」
「わかってる……!」
 涙を堪えつつ、笑みを浮かべて言う和彦に、美桜は微笑みを返す。
 ああそうだ。幸せは続けていかないと。簡単に脆く崩れてしまうものだから、頑張ろう。
 ――――この人と一緒に。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0413/神崎・美桜(かんざき・みお)/女/17/高校生】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 ご参加ありがとうございます、神崎様。ライターのともやいずみです。
 和彦との未来ということで、気合い入れて幸せいっぱいに書かせていただきました。いかがでしたでしょうか?
 少しでも楽しんで読んでいただければ幸いです。

 今回は本当にありがとうございました! 書かせていただき、大感謝です!