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<PCゲームノベル・櫻ノ夢>


野辺の櫻し 心あらば


葬列が、歩いていた

夢の中のこと、わかったのはそれだけ
あなたはふと気付くと、晩春の野道を歩んでいた
辺りに広がるのは、水を入れたばかりの幾枚もの田
ずっと向こう、夕焼けの茜空に霞んで見えるのは、
山々の円やかな、まるで母の胸のように優しげな、稜線の連なり

あなたは歩く 一歩、また一歩、厳かに
足下の土は少しぬかるんでいて、やわらか
雨が上がったばかり、なのだろうか
そういえば大気が水を、微か、孕んでいるような気もする

ふと鳴き声 見上げて
鴉の黒い影、一羽、二羽三羽
赤い空に帰る鳥の、あれは親子か、それとも、
それとも────

「話を、してくれませんか」

不意に、そんな声が聞こえた
主を探そうと、廻らしかけたあなたの視線がつと、止まる
葬列の半ば、棺が二人の男に担がれて、進んでいく
その横に、尼そぎの、黒髪の女が一人寄り添う姿
ああ、あの人が今、自分に声を掛けた
なだらかな肩と、濡れ羽色の喪服、その後姿
彼女は何か────額に入れた写真?
そう、棺に眠る死者の、在りし日の面影を胸に抱いて、
あなたに清や清やと、言の葉を紡ぐ

「お別れ、なんです。
 話を、してやってください。
 この人が、独りで逝ってしまっても寂しくないように、
 最後に何か楽しい、嘘でも、本当でもいいから、
 ────夢のような話を、してやってください」

彼女は振り向かない
葬列は、ゆっくりとした足取りで進んでいく

と、
眼の前を、ふわり、横切った淡雪の様
真白な、小さな、ほんの一片の、これは花弁だ

あなたはその名を知っていた
“すみぞめざくら”
弔いに咲く、白い白い、春の終わりの、花

あなたはこがね色の微風の中、目を細める
遠い昔を思い返すかの様に、
愛しい誰かへの想いを噛み締めるかの様に、
じわり、心へと滲む何かに、

────瞬きを一つ
今一度、赤い空と、白い花、そして黒い彼女の姿を
見つめた 。







『 眠りに落ちても目覚めていても、思い出したいのはあなただけ 』


ぱしゃん 。と、水の跳ねる小さな音を足元に聞いた
裸足の踵と爪先とが、ぬかるんだ畦道に、てん・てん、跡を残す
振る腕に従い舞うは長い袖、これは乙女の花ごろも
深い藍色の裾に咲いた辻が花も、飛沫に、ぬれる

常ならぬ装いを、と──自分で自分の姿に首を傾いだ
ほんのり施した薄化粧、頬に手を当てる、場違いな麗しさ、
どうして葬列に、こんな晴れの衣装を?
思案を抱いての歩み、足の親指の先が
小さな水溜りに、その水面に、
ぱしゃん 。 ────触れる

………… ああ、なんてあたたかな、みず
………… みずのぬくみは、はだでしか、

かんじられない、ものね

「お願いしたんです、私が。
 せつせつと弔ってくださるのも、嬉しい、
 けれど、頑なな寂しさだけでは切な過ぎると、
 ……お願いしました。貴女には、綺麗な姿をみせてほしい、と」

声はすぐそこ、傍らで聞こえた
右隣に慎ましやかな喪の色、
どうやら自分は、先の彼女のそばを歩いていたらしい、
西日に照らされた横顔は逆光で、鼻梁が黒い翳りを落としている
抱える写真のかんばせも見ることが叶わず、
せんかたなし、優奈を前を向く────日が、甘いほどに、暖か

────この写真の人は、貴女の大切な人?

自分はかすかに呟いた、ような気がした
それに彼女が薄く微笑んだ、ような気もした
「たいせつな人」 唇が、意識の外にもう一度動く
緩く下げた肘の曲線、繋がる、青く、長い、花の袖
終わりの陽光、注ぐ、滲むくれない
どこからともなく降っては、眠り伏していく、あれはさくら
景色を閉じ込めるように、瞼をやんわりと閉じた

それだけでもう睫の生え際が濡れているのは、なぜ?
遠い昔の、いつかの私が、同じ夕陽をどこかで見たから?

「貴女のお名前、きいてもよろしいですか?」
────ひめもり……姫森、優奈。


 ────時を、生を越えても続く想いのお話、
 ────貴女は、貴方は、聞いてくれますか?


「……是非、聞かせてください」



 私、いつも夢を見るんです

 黒髪の女の人と一緒にいる、夢を
 穏やかな笑顔、悲しい顔……いろんな情景が浮かんでは、
 消えて、……消えて
 彼女はただ過ぎるだけ、留まって、くれないんです

 そう……腕を掴むことも、それすらも、出来なくて

 だから私、その夢を見るたびに、胸が締めつけられそうになって、
 気づいたら涙が頬を伝って……この花みたいにはらはら、零れて、
 この人は誰なんだろうって、考えても、わからない
 わかれないことがもどかしい、切なくて、苦しかったんです
 ────それである時ふと、これは前世の記憶だったんじゃないかって、
 そう、思ったんです



「彼方の記憶を抱いて生きる、意味を貴女、教えてくれますか?」







『 川の流れのように、命の流れも留めることが出来たら、いいのに 』


────リラ……リラ・サファトと、いいます
名を問われたそのかえしに、
自分は少しはにかみ、睫をそと伏しがちにして、答える

胸の前で軽く、もうこれ以上はすらりとしない指を組み合わせ、
その、降り来る花のと同じ名を持つ衣────
すみぞめ姿の己が身を、見る、穏やかな、眼ざしで
この弔いは、夫が生を享けた邦のもの、
愛しい人を生み、育んだ世界の、おわかれ色の服で、
自分は今それに身を、包んでいる────包まれている
心が随分と落ち着いているのは、そのせい?

「ありがとうございます。
 偶々行き会ってしまった貴女に、
 愛らしい姿と、そのままなる心を持つ貴女に、こうして、
 終を見送っていただけるなんて……私たち、果報者ですね」

いえ、自分はやんわり、先導する彼女の恐縮を宥める
しかしすぐさま、ふと、微笑を曖昧に迷わせ、

いえ……偶々、でしょうか
……そうなの、かな

自分は彼女の、そして続く棺の、もう少し後ろ、
半ばよりはやや遅れがちの一角を、位置と定め、
取り残されぬよう、追い越さぬよう、静かに、
凪ぎきった心持ちで、歩いている

────送られるのは……貴女に縁のある方?

緩やかな曲線を描く豊かな髪、傾いだ小首に合わせて揺れる
自分の問いに、彼女はただ目を細めただけ、の、
ような気がしたけれど、ここから眺め得るのは、その後姿のみ
なので自分は、顎を上げて、花を見上げて、
空の彼方を遠く見はるかして、

吸い込む、ひとの色に染まった、息吹を

…………………… なんて優しく美しい、景色

薄紅紫の瞳を潤ませるように、細めたら

「そのお心を満たした大気のお話、してくださいますか?」
────はい、もちろん、


 ────私が最期に贈りたいのは、
 ────送られていく貴方を包む、今のこの、せかい


「……貴女に映る全て、教えてください」



 空は夜へと姿を変えていく寸前の、ひととき、
 せつなの間しか見られない、赤色を、しています
 橙を帯びて、そう林檎か、柑橘のように、甘やかで
 あの鴉の親……いえ、番かもしれません
 ……住処へ帰っていきますね

 白い、すみぞめざくらが、その空に赤く染まり
 まるで……山桜のような色合いです
 なのに散る花弁は、雪のように、真白
 田の水も、同じ、空色に、茜に染まっています

 辺り一面────これは、あたたかな、命の色
 見えますか? ……見せてあげられたらいいのに
 貴方の生きた証、の、色、この、せかい



「貴女は、ここに何を、見てらっしゃるのでしょうね?」







『 逝く寂しさよりもおくれることの辛さ、悔い、過去は一切、戻らない 』


既視感、覚えたのはまずそれだった
いつ? ────それは昔々、幼き遠い日の
何の? ────それは……それは、父の、亡き父の葬列
別れ、散華、安息、────……終焉

「開けずともよい鍵を、不用意に、
 私ども、貴方の記憶、触れてしまいましたでしょうか?」

列のずっと前方、喪服の女性が振り向かぬままに問う
自分は最後尾、進みゆく人人の背が伸ばす影の中、
つまり誰にも顔を見られぬ位置を、歩いていて

右手に広がる田、薄く張られた水面に立つ漣、
涼やかな風がさらりと髪を撫でていく、宵が、近いのだろう

なにも隠しているわけはない、忘れていたことも、ない
ただ、あまりにも似ているから
はっきりとは覚えていないくせに、それだけは、
わかるから、思い出したまでの、こと

────あの日見た花は、いったい、何であったのか

ぽつり、声にもならない唇の動きに歯を立てる
自分は、あの世界のままの姿をしていた
ひとつに括った黒髪、腰に佩く大小、重みを未だ覚えている陣羽織
そして額に締めた、鉢金
また何か言おうとした、しかし呑み込み代わりに笑んだ
夢の夢、しかし夢、これは人の、自分────馨の、夢

「貴方、この人に夢物語を紡いで、華と撒いてやってくださいませんか」
────私の夢……遠い地に残してきた、話を?


 ────私が最期に手向けられる花など、
 ────真白ではない、赤銅色に錆びた血色の花でしか


「……それもまた、花なれば」



病床にて父より受け継いだは刀、つまり人を殺めるための物
“ これで人を生かしまた、護るように ”
ずしり、とてのひらに滲んだ冷たさ、いたみ
教え添えられた言葉に、遺された導に、私はただ黙し、頷いた
しかしそれは了解の意を表すものであったのか、
それとも、恐れと惑いを隠すための虚勢だったのか

進む弔いの列、周りに倣って歩を進めた、
その足取り、覚えていないのは、無心ゆえ
悲しみに負けぬようじっと前を見つめていた
温み無き葬儀、涙をこぼさぬためには、ゆえに、無心
努めたのはそんなこと、ばかり

旅立つ人にたった一言も、感謝の言葉を述べること、
叶わなくて、できもしなくて、そして

乱世、戦、骸、白刃、ひらめき、その────
 罪 。

刀は、私の手の中で正しく役割を果たした
命温めるようにと渡されたもので私は、
人の身体を、氷の如く冷やして、凍てつかせて
そして────…………



「……続きを、請います。まだ貴方の花を、教えてくださっていないから」







『 思い出すときにはあの霞を便に。あれはあなたが、遺したものだから 』


嘘でもいい、と、彼女は赦したけれど、
方便を語るつもりは、今は、無い
咄嗟に浮かんだその思考の、迷いのなさ、
それはこの夢中においても、自分が、
現と同じく、変わることなく、シュライン・エマであるという、
それこそ明確なる証、なのかもしれない

「参列していただけて、光栄です。
 送られるこの人よりも、他ならぬ私が、
 貴女の言葉の連なりに、興味を、
 持ってしまっているよう、ですね」

自分の装いを、あらためてみれば
場に合わせた鈍色であるだけで、常のまま
また、誰がここを歩けと言ったのか、
自分に与えられた役割は、棺の、
今宵この地を離れ、遙か遠い世界に旅立っていく人の、
木箱の中に眠る誰かのすぐ、後ろ

────もう過去になってしまおうとする人に、話を?

確認に、彼女がこくり、頷く
下唇の辺りに人さし指を、そわせ
しばし思案に暮れる間にも、列は、進んでいく

例えば、この人が今から向かうべき世界の話
たましいの、次なる姿の話……をしようとするのは、詮無きこと
何故ならそれは、自分がまだ見たことのない出来事
話せるわけも、無く

だから、そう──自分がせめて、供えられるのだとしたら、
この地に残る、先に進んで逝った方々の、
確かな存在、カタチとして在り続ける足跡、
……くらい

「ならば、その、話を。送り出す私たちが受け継ぐ、ものを」
────そうね、生きているものにしか出来ない話を


 ────例えば、そう例えば
 ────この身に溶け込んでいる、ならわし


「……儚さの中に消えていった人たちの、残り香、ですか?」



ひとの最後の瞬間を、哀苦し、惜しむのは、
いつだって、あとを、弔うもの
見えないことを、二度と指先、絡められないことを、
生きているものは、恐れるのでしょう
……ね、多分

でも、だったら尚更、こう考えれば、いい
身体やたましいが、地や、空に、還ったとしても
生きた証はそこかしこに、何気ないあらゆるものに、在って、
ある意味、“生きて”いく一部は、
この手元に、私たちの世界に、久遠、続いていくのだから、
寂しがる必要は────望みを絶つことは、ない
これでお別れと、涙を流すことをしなくても
いいのじゃないかしら、そう

……手向けたいのは、むしろ
逝ってしまう人ではなく、生き続ける貴女に、

──── 私たち、に



「……話を、と願ったのは……その通り、私ですもの、ね」







列は進む、これは、言うなれば優しさの儀式
次の世界へ向かうたましいの、名残の、
その身体をも、この地上から解放しようという、
死者のための────そしてまた生者のための、

……慰めの、門出


 優奈は、繰り返し、唇にのせていた
 ──── 私が前の世の想い出を、手放さない、意味

 リラは、合わせた手を組みなおし、
 ──── 私が……この景色に見ている、もの

 馨は、太刀の柄に指先を這わせて思う
 ──── 私の花……それは恐らく、美しくはなく

 シュラインは、傍らの白木箱と彼女とを見比べ、
 ──── これを、貴女の願いへの返事、としましょう

こくん、と自分で頷いた


「眩しいというよりは温かい、のね」

シュラインは言い、投げ掛けた視線で山向こうの、
もうすぐ今際のきわへ沈もうとする残光を、指し

「だからかしら……なぜか、大事な人のことを、思い出すの」
「……そうですね」

シュラインのやや後ろを歩くリラが首を縦に振る

「いつも傍にいる人のこと、いつも愛していたい人のこと、
 嬉しいくらい思い出して……でも少し、哀しい」
「それは想いが深い、証拠でしょう」

馨が、最も後ろから列を一望し、語りかける

「想いも、おもみ。命も、おもみ。
 ひとつひとつがかそけきものでも、
 積もればそれは、いつしか、おもみに、」

言いさし、そこで不意に、唇を引き結ぶ
かちゃり、歩みに鍔が鈍く鳴り、

「……ましてひとつが、苦しいほどならば、況や」
「……それは、時間も?」

と、

優奈が、振り向き様に問いかけた
先頭近くを歩む彼女は、初めて後ろを、
最後尾の馨までの一切を、肩越し、見渡して、
せつなだけ、言いよどむ、

────それから

「命を二つ分、いいえ、もしかしたらもっと、
 ずっと、永い間、私はあの夢の……あの人を、
 追い続けてるの、かも……しれなくて」

声音に込められたその切実さが微風に乗り、広がる
伝わりいくのはまるで、波紋のかたち
それに呼応したのか、シュラインが、

「どうあっても会えない人、なの?」

暫しのまどい、優奈は首を横にふるる、打ち振る

「いいえ、……でも……ううん、いいえ。
 もしかしたらその人も、私みたいにどこかで、
 転生して、もしかしたら……近くにいるのかも、
 しれないん、です」

口調は、不確実さというよりは祈り、を表して
てのひらを帯の上、胸の辺りにそと押し当てたのは、
理由など無い、ただ鼓動に指先が、惹かれたから

「心、あたりが、ひとつ。
 最近、学校で気になる人ができて、
 違うかもしれないけれど、もしかしたらって
 ……もしそうなら、そう、だった、なら」

雨だれの、雫のように零れ落ちる、
言葉が揺れて、心を、震わす


 あいたい。
 だいじなひとにめぐりあいたい。
 いちどはわかれてしまっても、
 いまいちどのきずなを、しんじたい。
 あいたい、あいたい。
 あのわかれがさいごだなんていわないで。
 あいたい、もういちど、

 ────あいたい。


夢の誰かの腕を追い、またそれに触れられぬ指先の
優奈の伸べた手と袖が描く、それは浜に寄せる波の形
碧の瞳は柳眉をそばめ、ぐ……と握り締めた、てのひら

「会えるといいわね」
「……ええ」

シュラインの励ましを背中で聞いた
睫の雫を拭う気は無くて、頬を伝うに、任せる

夢と同じ、なぜならこれも夢
でも夢は、夢だからこそ、
彼方からの想いをずっと、忘れないでいてくれる
抱き続ける意味、再会を期する希い
────どうかそこまで私を、導いて


その一筋を、光を受けたきらめきを、
微笑で眺める双眸が、後ろに

「いつかの私が、同じことを言うのかも……しれません」

笑みは笑み、
されども滲む、いっそあきらめ

少女の姿を持つリラが、幼さには似つかわしくない、
ひどく落ち着いた、優しすぎる、顔を
……温みを持たぬ、頬と、唇と、で

「成長も、老いも出来ない私は、
 きっとずっと、この姿のままでこんな風に、
 たくさんの大切な人の死を、見送っていく
 ……そう思うと、この列は、この景色は」


 ────未来を見ているようで少し、寂しい


リラの歩みが、止まる
自ら置いていかれた彼女は、田の傍らに屈みこみ、
合わせ立ち止まった馨がその手元を、覗き込む

彼女は野辺の白い花を、見つけていた
小さな頭で、小さく揺れる、
名を知ろうとも思わぬほどの、ささやかな
その姿、ひとことことわってから“花”として手折り、

「しろつめくさ、を?」

馨の言葉に、頷き、
見上げた表情は、透き通るほど白い肌は、
彼女が命とあらわした赤い色に染められて、まるで、
血がめぐり、上気しているようにも、見えた


 とむらいは、ほんとうはのこるもののため。
 おいていかれておいかけられない、
 おくれてしまったもののため、に、
 ほんとうは、いきるものために、ある。
 はてないかなしみにくぎりをつけるため、
 もうあえないことをおもいしるために、
 すすむれつをわたしはなんども、
 みおくって、いきて、みおくって、

 ……いきていくんですね、ずっと。


「少し、待てない?」

他方、二人を置いて進む列で、
先頭に声をかけたのは中ほどの、シュライン
その意図を察した優奈も、すぐそばの喪服の彼女に、

「急いでいるんですか? もし、違うなら」

彼女の口許がふ、と、綻んだ
了解の合図、と受け取った優奈は、振り返り、
シュラインに目配せする

「ええ……ちょっとの間休憩、ね」

────列は、そうして、止まった



 「ねえ」
 「はい?」
 「この葬列は、一体何かしら」
 「……この光景は一体何なのか、ですか?」
 「そう。これは夢、それは知ってる」
 「私も、わかります。これは、夢」
 「偶々私たち四人が、引き会わされた夢。
  でも、だから、ただの夢かしら?」
 「……じゃあ、例えば?」
 「そうね、すみぞめのさくらが見た記憶、とか」
 「……さくら、の?」
 「それとも……雨で散ったさくら、そのもの?」



ほどなくして、リラと馨とが駆け戻って来た
リラの手には、あの白い花を円に結んだ、花冠
ごめんなさい、と一同に詫びてから、
彼女はそのはなかんむりを、棺の上に、
中で眠るひとの頭だろう位置に、載せる

「急に思い出した、んです。
 寝入ってしまった夫に、そっと、これを作って、
 冠してあげたことを思い出したら、
 貴方にも……贈ることが出来たら、って」

かわいい贈りものね、シュラインが目を細める
優奈も首肯して、待っていてよかったですね、
傍らの彼女に、微笑みかける

「……ありがとうございます、きっと、
 この人も喜んで、いることでしょう」

リラは馨を見上げた
照れたような表情の彼女に、
馨は、彼女の肩をぽんぽん、と軽く叩いた

「それじゃあ、そろったところで、行きましょうか」

シュラインの促しに、喪服の人は尼そぎを揺らし、頷く
列が再び行程を行こうとした、ところで、

「……ひとつ、宜しいですか?」

きいたのは、馨
なんでしょう、と半身をひねる彼女に、

「これは、どちらまでの?
 恐らく埋葬の場、あの山の麓まで、でしょうが」
「と、言いますと?」

向き直った腕の中、きらり、こがねの光
遺影の弾きに射られてやや眇目、馨は言葉を慎重に選び、

「……ふと、思ったんです。
 どこへ向かうゆえの、参列なのか。
 係累でも旧知でもない私たちを、
 貴方が送り出そうとしている人の葬列に、
 加わらせてくださったのは、

 その……理由は?」


──── いいえ 。


「……え?」

彼女は、優奈の傍らを離れ、
シュラインのすぐそば、棺の横に歩み寄り、
リラと馨とが見守る中、
眠る人の面影を胸に、額を、その白木の角に押し当てた

「あなた方は、誰一人として、この人と無関係では、
 ────ないんです。
 そしてあなた方は、きちんと私の願いに、答えてくれた。
 お話をして、くださった。……嬉しかった。
 いつも、いつも、私は一人きりでこの人を見送って、
 何度も、何度も、私は独りで置いていかれる、ばかりで」

……切なかった。
彼女は、優奈を見遣る。

……寂しかった。
続いて、リラを眺めて。

……苦しかった。
隣りの、馨に視線を移し。

……怖かった。
戻り、シュラインの切れ長の瞳を見つめた。

「わかれは万人に等しい、けれど、
 だからこそ誰にでも、残酷ですね。
 約束は儚くて、花の命の短さに、月の移ろう不実さに、
 ひとは、歌で嘆きます。……なにもかも、夢のまた夢」

視線を外さぬままに告げる彼女に、シュラインは吐息を、ひとつ
諭す口調は押し付けがましくなく、穏やかな、
しかし、これを確かと譲らぬ凛々しさには満ちていて

「でも、生きていたこと、会えたことは、
 夢ではない、でしょう?」

 からだをうしなってしまったことを、
 とわのわかれと、ひとはいう。
 けれどそのままえいえんに、
 あいしたひとのいきたいっさい、
 みずからかきけし、くだいてしまったら、
 そのひとがいきたいみでさえ、
 ねえ、だいなしにして、しまうのよ。

「……そう言って、ほしいのは。
 この中で永い眠りについている人かしら、それとも、
 その入滅を見送る貴女……かしら?」

シュラインが彼女の肩に手を乗せ、
ゆっくりと、そのてのひらを天に上向ける
その様につられ、優奈とリラが空へと首を廻らした

少しひいやりとした夜風、最早吹き始めている様
それに乗り、身を任せ、花が再び降りだして、
どこから? ……それはきっと、遠く、
けれどこの列を見守るほどには近い、
例えばあの、ぐるり四方に連なる、山々から

「花が咲いていたことに変わりは、なく?」
「ええ、花は実を結び、やがて次の季節へと証を」
「……繋ぐん、ですね?」

いたずらな花弁が彼女のこうべへ降りた
────くすり 。



    ふ

 る
          る
     る
             る

 ひとの心をやわらがせるため、
 舞い降りる花は喪の色────ただ、すみぞめ

      ふ

 る
       る
     る
              る


「……そういえばまだ、答えていませんでしたか」

────はらり、
花弁ひとひらが眠り伏すのを、馨は目で追った

 覚えている、忘れはしない
父と過ごした四季の情景、さくら木を共に見上げた記憶

 でも、覚えていない、あれは忘れてしまった
葬儀の日に見た、花の色

「……今と同じであれば、と願います。
 父が旅立った日に散った花も、
 今と同じ、ひとの心のために様を変えてくれた、
 この、すみぞめの色であったらば、と」


 かつていたせかいであやめたあまたのいのち。
 きりすてたむくろはのにさらされ、すておかれ。
 じだいのせい、といえばそれまで、
 いくさよのおきてといえばそれだけ、
 ……けれども、
 むねにきざまれた、じぶんのうばったいのちのあかしは、
 しょうがい、えいごう、つみとしてきえることが、

 ────ない。


「私の魂は、高潔であった父と同じ天へ昇ること、
 叶わぬでしょう。……なれば、せめて、生あるうちに、
 父と、殺めたたましいとに、謝罪と祈りを
 …………捧げたい」

 それが私が未だ帯刀し続ける、理由、
 であるのかも、しれませんね

馨の、むしろ独白に、喪服の女性は顔を上げ、笑む
ありがとうございます、彼女は謝辞を述べた

────ありがとうございます
────たくさんのお話を、してくださって







『 さくら、さくら、花の花
  もしもおまえに、想う心があるのなら、
  せめて、私の想いに、響いてくれるのならば
  私の愛する人が逝く、今日のこの日、ひと時だけは、
  私の哀する衣と同じ、墨染め色に染まって、染まって、

  ……………どうか、今だけは 』







故人の面影を温もりの中に抱き続ける女性は、
とろけるような微笑で口許と頬とを彩ったまま、

……さら、り、

色白の無垢な身体を、朱に染める別れの棺
切り揃えられた爪の先で、リラの花冠に沿って、撫でて

「この人も、喜んでいると思います。
 最期にあなた方に送っていただけた、
 ……私も、また、
 こうしてあなた方に付き添っていただけた。
 それが、嬉しいのです」

そうですね、と
瞬きに返事を重ねたのは、馨だった

「ただ土に帰すためだけに歩む列は、
 それこそ心まで凍らせる、無情のおこない。
 言葉を封じて厳かさを尊ぶよりも、
 こうして話を、ここにいるからと、最期まで共に、と、
 語りかけるほうが幸せ……なのかもしれませんね。
 残されるものも────……旅立つ、ものも」

あの、

控えめに注視を集めたのは、優奈
何かしら、と促すシュラインに、

「私たち全員が関係があるっ……て、
 さっき、彼女が、言いましたよね?
 ……それって、どういうことなんでしょう
 少なくとも私は、皆さんには初めて会いました。
 だから、わからないん……ですけど」

優奈が会する一堂へ順に視線を配り、
辿り着いた黒髪のひとへと、寄せた眉で、問う


────彼女は、ただ笑み、黙すのみ


そうしてからのち、
リラが薄紅紫の瞳をひとつ、またたいて

「……もしかして」

頬に手をあて、首を傾ぐ、仕草

「もしかしたら、
 春……ですか?」

────はる?

優奈と馨とが同時に鸚鵡返し、顔を見合わせる、
その一方で、頷くのは、

「あるいは、さくら。
 散ることで春の終わりを告げる、花ね」

心得た様のシュラインが、「でしょう?」と同意を
求められたリラも、「ええ」と、答えて

「送られる人が……この棺に眠る人が、
 もしも、春ならば……花ならば、

 ……そうですよね、私たち皆に、関係があります」


 誰しもに等しく巡る時の移ろい
 誰しもが引き止められぬ、愛しく、そして無情な、
 ひととせの、繰り返し


「何度も生まれ、何度も終わり、
 花も季節も、それはもちろん、
 たくさんの時間を、過ごしてきたことでしょうね。
 こんな切ない景色だって、何度も……見たはずだわ」


  散り別れる、花  沈み暮れる、日
  止み上がる、雨  終を迎える、季節

  そして、
  逝き旅立つ、命


「なるほど、これら皆終わりの景色……ですか」

 じりじりと稜線を焦がしていく残光に手を翳し、
 馨が、ぽつり、呟く

「終わりの……これは、終わりの形をした、夢?」

 優奈は喪服の彼女へたずね、否、
 そうであろうとの確認の意志

 彼女はやはり微笑む、それはまるで務めのように
 弓なりの口許から吐息をまろびおとして、



「そう、夢です。

 私のみる夢、あなたのみた夢、皆がみていく夢。

 これは、ただひとの夢。

 ……そう、ひとのみる、夢 。 」



女の言葉が途切れるや否や、

風が吹いた、
強い、全てを攫い尽くすような風が


 ────優奈は、
 乱れた振袖の両手で顔を覆い、

 ────リラは、
 身を屈めるようにはためく髪を押さえ、

 ────馨は、
 片腕で咄嗟に視界をかばい、そのまま失い、

 ────シュラインは、
 よろめいた半歩を踵で踏み止まり、そして、


巻き起こった風に、白い花がまつわったのを見た
赤い世界はたちまちすみぞめへ、
くらり、と一瞬襲った眩暈をやり過ごし、


やがて、再び取り戻した、双眸


その両目を落雷に打たれたように瞠ったのは、


そこに、よく見知った愛しい人が、



──── 立っていた、 から











随分長い間一緒にいるから、お互いもうわかりきっていることなのに
けれど偶にはっきりと、あなたに伝え、遺しておきたこともあるの
まだ、ずっと先の話だけれど、私が過去のものになるそのときまでに



「夢からさめるとき、人は、最愛の人の名を呼ぶといいます。
 ならば生きるという夢からさめてしまうとき、人は、
 愛する誰かの名を声の限りに叫ぶのかもしれません。
 全てに終わりを────それは何か大きなものが、
 この世のありとあらゆるものに等しく分け与えた、安らぎ。
 その安寧を恐れるのは、人だけ。……不思議ですね。
 けれど、────ゆえに、
 私は、人であることを愛します。見送る哀しみを、甘受します。
 私は人。あなた方であり、あなた方でなく、そしてあなた方のみなもと。
 ……どうか、生きて。人として、生きて。いつか夢が、さめるまで」



 そう言って目を閉じた彼女に、シュラインは遠く彼方を眺めて微笑んだ

「小さくても構わない、何かが遺せるのだから怖くは無い。
 今はただ逝くものを悼み、この光景、風景を焼きつけておくわ。
 そしてこれからもあの人に……たくさんの記憶でも、残していきましょうか」

「……はい。あなたの心が指ししめすままに、美しく、愛しく」












花嵐が過ぎ去りしのち、
畦道に取り残された四人はお互いに顔を見合わせた
弔いの列も、葬られるべき人の箱も、
そしてあの黒衣の人も最早いない、どこにも影形さえも、ない

見れば、もう日が沈むらしい、今は夜と昼との境界線
────つまり今は、夢と現との、まじわりの場所

「間もなくさめる、そういうことかしら?」

シュラインが、そっと前髪を耳の後ろに流した

「あの……皆さん、お元気で」

リラが再び胸の前で手を組み、笑顔の花を咲かす

「ええ、……もう逢えないかもしれませんが」

少し残念そうに優奈が言い、けれど、と継いだ
けれど、逢えて、良かったと思います

「私も、同じ言葉を。皆良き人生を、命を送ること……願っています」

馨がそう締めくくり、やがて


最期の白い花弁が一枚、
ひとのこころに染まった花が、その欠片が、

夕焼けを映した田の水面の上に、


────落ちた 。






━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

<東京怪談 SECONDREVOLUTION>
0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女性/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
4668/姫森・優奈(ひめもり・ゆうな)/女性/21歳/大学生

<聖獣界ソーン>
1879/リラ・サファト(りら・さふぁと)/女性/16歳(実年齢20歳)/家事?
3009/馨(カオル)/男性/25歳(実年齢27歳)/地術師

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして。もしくはお久しぶりです。こんにちは、辻内弥里です。
この度は私の「櫻ノ夢」にお越しくださいまして真に有難うございます。如何だったでしょうか?すっかり葉桜の季節を向かえ、梅雨に片足を突っ込んでいるような今日この頃、今更櫻かとの時機外れは、どうぞご容赦ください。
「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」 そんな言葉もありますが、花は、散るために咲いているわけではないと私は思っています。そういう想いを込めて、今回書かせていただきました。相変わらず拙い筆ではありますが、ほんのひとときでも、皆様の心に優しい墨染めの花がひとひら降りましたことを、心より祈っております。
なお、前半の個人パート冒頭に『 』で掲げられております言葉は、『古今和歌集』巻第十六 哀傷歌に納められております歌を辻内語訳(物語に合わせてかなり変形しております)したものでございます。以下、元の歌を書き添えまして、各個人様への一言に代えさせていただきます。

>姫森優奈さま
ねても見ゆねでも見えけりおほかたはうつせみの世ぞ夢には有りける

>リラ・サファトさま
瀬をせけば淵となりてもよどみけり別れをとむるしがらみぞなき

>馨さま
さきだたぬ悔いのやちたびかなしきは流るる水のかへりこぬなり

>シュライン・エマさま
かずかずに我をわすれぬものならば山の霞をあはれとは見よ

それではまたいつかご縁がございましたら。今回は本当にありがとうございました。

辻内弥里 拝