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文月堂奇譚 〜宝玉の魔力〜
●情報
「つまり二人が向こうにさらわれた、という事になるのかな?」
眼鏡の位置を人差し指で直しながら、冬月・司(ふゆつき・つかさ)は佐伯・隆美(さえき・たかみ)に話を聞いていた。
「ええ、そうです。紗霧の居場所がわかりそうだっていうので二人が向かったのですが、相手の仕掛けたトラップに引っかかったらしくて……」
隆美が司の持ってきた資料を開きながらそう話す。
「とりあえず、今まで調べて貰った事とあとはあの宝玉が徐々にその所有者の精神を蝕む、という事しか現状はわからないからね」
司がため息交じりに手元にあったコーヒーカップに口をつける。
「つまり紗霧が長く向こうにいればいるだけ、私たちが不利になるって事よね?」
「まぁ、そうなるかな?」
「でも……、この精神を蝕むっていうのはどういう事なのかしら?」
「僕も文献を色々あさっては見たけど、これ以上の事は判らなかったんだ」
そして場が一瞬静まり返る。
「どっちにしても多分これからの時間は向こうの領分だ、下手に動かない方が良いと僕は思うよ。少なくとも僕は一休みして、朝になってから動くつもりでいる、皆にそうしろとは言えないけどね……」
司はそう言いながら周囲を見渡した。
「とりあえず今までの事をまとめると……、紗霧達を捕まえているのはおそらく吸血鬼、もしくはその関係の一族。紗霧はその青年に操られているって所ね」
隆美が今までの事をまとめる。
「まぁ、こんなところかな?今までで判ってる事だけで対処しなきゃいけないから不利な事は変わらないけどね」
「そうは言っても紗霧を助けてあげなきゃ……あの子がかわいそうすぎるよ」
「判ってるよ。だから僕達は最善を尽くす。君はここを僕達の帰ってくる場所で待ってるように」
そう司は言う。
本来ならば一番行きたいであろう隆美ではあったが、自らのできる事を考え小さく頷く。
「それじゃ、後は夜が開けるのを待つだけだね」
司はそう言って夜の闇を映し出す窓を見つめるのだった。
●洋館にて
「どうやら、君の事を奪い返そうとしているみたいだね」
静かな洋館にて椅子に座った少女に向かって金髪の青年、エルシールが話しかける。
「私の紗霧……。君はどこにもやらないから安心していいよ……」
エルシールはうつろな瞳の銀髪の少女の頬に手を触りそう話掛ける。
少女は一瞬とろんとした表情を浮かべ、エルシールの手を取ろうとする。
その瞬間であった、急に胸にかけた宝玉が激しく明滅する。
「私は……私はあなたのものじゃ……」
エルシールの手を払いのけ少女は頭を抱え込み苦しみだした。
「やれやれ……、まだ少し時間がかかるか……。完全に力が回りきるまで奴らから防がねばならないな」
エルシールはそう呟いた。
「まぁ、取り合えず捕まえた人間達は、魔力向こうの結界のはってある部屋にいれてあるからまぁ、問題は無いはずだ……。奴らを取り返しに来る人間がいるなら返り討ちにしてやれば良い事だ」
そして苦しむ少女の元にエルシールは近寄ると明滅する宝玉に自らの魔力を注ぎ込む。
すると少女はカクンと力が抜けたように静かになった。
「やれやれ……。まだ苦しまないと気がすまないのか……。私の元に来ればすぐ楽になれるというのに……」
ぐったりと少女が椅子に力なく頭をたれる横で、エルシールのその小さな言葉は誰もいない夜の闇へと消えていくのであった……。
●文月堂
「皆の準備が出来たら適当な時間に起こしてください」
司はそう隆美に言うと仮眠するために奥にさがる。
隆美はその後姿を見て、小さくため息をつく。
「私じゃ殆ど役に立てないけど、みんな……紗霧の事をお願いね……。桂君の事は私が見ているから」
そう言って隆美は祈るように手を合わせた。
●集合
文月堂にゆっくりと朝日が差し入ってくる頃、それぞれ散っていた一行が徐々に文月堂に戻ってきていた。
「皆十分休養はとってこれた?」
一行を出迎えた佐伯・隆美(さえき・たかみ)はそう言って小さく笑顔を作る。
それを見た宮小路・皇騎(みやこうじ・こうき)と綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや)はその笑顔がどこか無理をして作った物だというのに気がつく。
「隆美さん、余り無理はなさらずに紗霧さんの事は私達がなんとかしますから」
「皇騎君の言う通り。無理をして隆美さんにも何かあったら紗霧ちゃんが悲しむわよ」
「はい……」
汐耶と皇騎にそう言われて隆美はただ頷く事しか出来なかった。
「それで司さんはどうしました?」
「そうでち、すがたがみえないでちが……」
上月・美笑(こうづき・みえみ)とクラウレス・フィアートがその場にいない冬月・司(ふゆつき・つかさ)の事を気にかける。
「そういえば、そうだね。司はどうしたんだ?」
沢辺・朋宏(さわべ・ともひろ)が隆美にそう聞いた。
「司兄さんは、奥でまだ寝てるわ。みんなが来るまで少しでも力を回復させたいからって」
「そういえば昨日一日動いていた見たいですからね……。それではわたくしが司様を起こしてまいりますね」
そう言って天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)がゆっくり立ち上がる。
「「撫子さん、お願いできますか?私も行きますけど……」
隆美もそう言って、撫子と一緒に立ち上がり奥に向かった。
「それじゃ司さん達が戻って来るまでにどうするか、少し話しておきますか」
皇騎がそう言って皆を見渡す。
「そうだな、俺も麗奈が浚われて、助けたいが一人じゃどうしようもなさそうなんでその辺はつめておきたい」
朋宏が結城・二三矢(ゆうき・ふみや)と共にエルシールに捕まった、双子の妹、沢部・麗奈(さわべ・れいな)の事を思い浮かべる。
「そうですね、麗奈さんもですけど二三矢君も捕まっています。ただの勢いだけで動くのは危険だと私も思います。でも急がないといけないのも確かですけど……」
こういう事件にはなれているはずの美笑も普段とは違い少し歯切れが悪くなる。
「そうね……。あの二人もただ大人しくしてるってタイプじゃないだろうし、上手く連携できればいいんだけど」
汐耶が小さくため息を付いたところで撫子と隆美が司の事をつれて戻って来る。
「みんなごめん、ついつい寝すぎてしまった見たいだ……」
まだどこか眠そうな瞳でずれた眼鏡を直しながら司はそう皆に謝る。
「まだねぼけてるんじゃないでしか?いまはあやまることよりも、これからどうするかかんがえるほうがだいじでしよ」
クラウレスがそう言って、気にしなくても良いと暗に伝える。
「そうだな、クラウレスの言う通りだ。まずは自分達の現状把握、そしてどうやって三人を助け出すか、それが優先事項だ」
司は表情を引き締めなおす。
「皆もうちゃんと集まってくれたんだね、ありがとう。隆美だけじゃなく僕からもお礼を言わせて貰うよ」
「なんの、俺だって大事な妹がさらわれたんだ。既に人事じゃないよ」
「そうそうここまで付きあったんだもの。私達皆に取って既にこれは人事の事件じゃなくて自分達の事件です。だから気にしないでください」
朋宏がそうきり返したのを聞いて美笑もそれに続いた。
「みんな……、本当にありがとう」
隆美の表情が一瞬緩む。
「でも私達にはそんなに時間がないんだ。取り合えずどうするかだけでもまず決めてしまいましょう」
窓を覗き外の光が強くなっているのを皇騎は確認する。
「そうでちね。むこうもわたちたちがくることはよそうしてるでしょうから、そのじゅんびをさせないためにもはやくむかいたいでち」
そこで皇騎が手に持っていた地図を一堂の前に開く。
「これは私が宮小路家の情報ルートを使って手に入れたあの館の地図です。今は時間が無かったので地図しか手に入れられなかったのですが、私はもう少し情報を探って見ようと思っています」
「このちずはだいたいあってるとおもうでちよ。わたちもよるのうちにあいてにきずかれないようにそらからていさつしてきたので、まちがいないでち」
クラウレスが皇騎の持って着た地図に太鼓判を押す。
そして皇騎は隣にいる撫子と目が愛お互い確認するように頷きあう。
「わたくしは皇騎様とは逆に直接この館に乗り込もうと思っております。皇騎様達との二段構えの作戦が良いかと思うのですが、いかがでしょうか?」
撫子と皇騎であらかじめ考えていた作戦を皆に伝える。
「なるほど、時間差攻撃をしかけるって事でいいのかしら?」
今まで黙っていた汐耶が作戦のその意味する所を聞く。
「ええ、そうなります。片方の作戦が上手く行けばよし、いかなくても第二陣があるとは向こうも予想していないでしょう。何よりも人質の人数が多いので、こうした方が良いと思うのです」
「そうだな、皇騎君の案は僕もそれが良いと思う。問題はどういう班分けをするかだけど……」
「それについては向き不向きで考えた方がいいでしょう」
汐耶のその言葉で、しばらく一行は思案したあと二つの半にが出来上がった。
撫子、美笑、朋宏、司の4人による第一班。
皇騎を中心とした皇騎、汐耶、クラウレスの第二班である。
「よしそれじゃまずは一旦ここで別れよう。あとの事は任せたよ」
司はそういうと他の三人をつれて文月堂を出て行くのだった。
「それじゃ私達も行動を開始しましょう。まずは調べてもらっていた事の確認したいので、まずはそれの確認と行きましょう」
「そうね、助ける手段が明確にわかるのなら回り道過ぎるって事は無いでしょうし」
皇騎のその言葉に汐耶も頷き、三人もまた文月堂を後にするのだった。
●軟禁
光もささない暗い部屋。
そこに二人の影があった。
エルシールにここに連れてこられた、二三矢と麗奈の二人である。
先に気絶から眼を覚ました二三矢は周囲の様子を伺った。
周囲は窓も閉めてあり、暗闇でなかなか様子を探る事ができなかったが、徐々にその暗闇に目も慣れてきた。
そこへ二三矢の横で気絶させられ横になっていた麗奈も眼を覚まし身を起こした。
「二三矢君……おはよう……」
どこか状況が判っていない様子で麗奈が少しぼけた言葉を二三矢に掛ける。
「おは……って、今がどういう状況だか判ってます?麗奈さん」
思わず苦笑しつつ二三矢も答える。
そして改めて周囲を二三矢は伺う。
「どうやら俺達はこの部屋に軟禁されているようです。どうやら体は動かせるようですが……」
「そうみたいね。体を自由にするなんてあたし達の事をなめてるんやろか?」
「なめてるのとは違うと思います。自分の力に対して絶対の自信があるんじゃないかと思いますよ」
二三矢はそう言って立ち上がり徐々になれてきた暗闇に対して注意を凝らす。
「どうやら扉はあっちみたいですね」
そう言って二三矢はとある一方を指差す。
「あっちって言われてもこう暗いとさっぱりわからんわ」
麗奈はスカートの隠しポケットに入れてあったライターが奪われて無い事を確かめるとライターを取り出して火をつけて周囲を照らす。
「あっちが扉なんや?」
「ええ、ちょっとこれから行って様子を見てこようと思ってます」
二三矢はそう言ってゆっくりと扉に向かって歩き出す。
そして扉の前に立つとそのドアを開けようとドアノブを回す。
二三矢の回したドアノブはすっと何の抵抗も無く回った。
しかしその扉は押しても引いても全く動く様子が無かった。
「ダメだ、予想していた通りだけど何か封印だかなんだかでこの部屋に俺達は閉じ込められてるみたいだ」
「やっぱりそうなんか。どうにもさっきから重苦しい感覚がずっと纏わりついて来るからそうやないかとは思っていたんやけど……」
しばらく麗奈は考え込んでいたが意を決したように二三矢に叫ぶ。
「あたし達にこんなふざけた事した事を後悔させてやるわ、二三矢君そこどきーな!?」
叫ばれた二三矢はあわててその場を離れる。
麗奈は詠唱をはじめる。
『”我は導く不滅の英雄……!?"』
麗奈のその召還の呪文で魔力が凝縮されて言ったように見えたが急に四散してしまう。
「なんや?おかしいあたしはドラゴンを呼んだはずなのに……」
その言葉に二三矢は頭を抱える。
「ドラゴンって、この部屋にそんな物を呼ぶのは無理だと思うよ」
「あははっ、やっぱりか……ドラゴンのブレスなら一発で破れるかなぁ?と思ったんやけど……」
「そりゃ破れるかもしれないけど、この部屋にさすがにはいるスペースは無いと思う」
「それじゃこれならどうや」
そう言って新たな呪文を麗奈は唱えはじめる。
『焔の息吹よ形となりて我に力を!?』
麗奈の持つライターから炎の矢が飛びだし、扉に向かって飛んで行った。
しかしその炎の矢は扉にぶつかる前に何らかの力で打ち消されてしまう。
「あかん、どうやら精霊魔法の系統は完全に抑えられてるみたいや」
「と、すると直接なんとかするしかないって訳だね」
二三矢はそう言ってしばらく考え込む。
「それじゃ俺にちょっと考えがあるんだけど、少し離れてもらえる?」
二三矢のその言葉で麗奈は扉から離れる。
「一体何をする気?」
「直接干渉がダメなら絡め手を使ってみようと思ってね」
二三矢はそう言ってドアノブに再び触れた。だがノブに触れただけで麗奈には何をしているのか判らなかった。
そしてしばらくするとガシャッと音を立てて、何かが地面に落ちる音がしてドアノブが地面に落ちた。
「な、何をしたんや?」
「このドアノブには触れるわけだから急速に過熱、冷却を繰り返して劣化させて壊したんだ、これで多分出られるはず、どうやらドアその物には仕掛けはしてないみたいだから……」
「なんやそないな事ができるんやったらあたしのした事はまるっきり無意味やないか」
「そんあ事ないですよ、麗奈さんが主言うに対する地からの反応を見せてくれたからこのやり方が思い付いたんだから、アレが無ければ俺もこんな事できなかったよ」
二三矢はそういって、扉を蹴り開けようとしたのだった。
「やはり簡単にはいかないですね。麗奈さん少し後ろに下がっていて下さい」
二三矢はそう言って両手を扉の前にかざしたのだった。
●宮小路家
文月堂を出た皇騎、クラウレス、汐耶の三人は、まず宮小路家の人間と会う事になった。
「それで頼んでいた情報は判りましたか?」
宮小路家の情報部の人間に皇騎はそう聞いた。
「すみません、皇騎様。総力を挙げて調べたのですが、たいした事は判らず……」
「少しでもいいんです。何か情報は判りませんでしたか?」
「何しろ時間が少なかったですからね……」
申し訳なさそうに情報部の男性は頭を掻く。
「わざわざ別行動を取ると言ったのは、そういう事だったのね?」
汐耶が皇騎に聞いた。
「ええ、情報部に紗霧さんの治し方など少しでも判らないか調べて貰ってたんですよ」
「それでなにかわかったんでちか?」
クラウレスのその質問に皇騎は申し訳なさそうに答える。
「皇騎様、かの者の正体は吸血鬼であるのは間違いないようです。目的までは調べる事ができなかったのですが……。ただその宝玉の魔力がすべての鍵を握っているという事だけ……」
「やっぱり吸血鬼ですか、紗霧ちゃんに近づいたと言う段階でそうではないかと思ったけれど……」
汐耶がそう呟く。
「けれどもくてきがわからないのはやはりむずかしいでちね……」
「いえ、そうとも言えないわよ。目的ならなんとなくわかる気がするのよ」
「え?それはどういう事ですか?」
皇騎が汐耶に驚いたように聞き返す。
汐耶は一呼吸を置いて二人に話はじめる。
「ずっと思ってはいたのだけど、これは確信が持てなかったのだけど、エルシールという人物が紗霧さんと同じだと言うならば、だいたいの確信がもてたのよ。行動に目的を求めてしまっていたから私達は判らなかったのよ。今回の一件は行動そのものが目的だった、とでも言えばいいのかしら」
「こうどうそのものがもくてきでちか?」
不思議そうにクラウレスが聞き返す。
「ええ、エルシールの目的は紗霧さんを捕まえてどうこうするのではなくて、紗霧さんそのものだったんじゃないかしら?」
「つまり、数少ない仲間を求めて、という事ですか?」
「ええ、だから彼女の力を解放して、自らと一緒にいたいが為に今回の行動を起したんじゃないかしら?」
汐耶はそこまで言うと、皇騎とクラウレス二人の事を見つめる。
「だとすると……、こんかいのいっけんはさぎりさんにとってつらいことになりそうでちね……」
「私もそう思うわ。でもこれは紗霧ちゃんにとっても転機になると思うのよ」
「そうですね、彼女がただ流されるのではなく、これから生きていく上で必要な事なのかもしれないですね。その為にもこの事件を早く解決する必要があるのですが」
「そうね。その通りだわ」
「まったくかみのいろとひとみのいろがおなじというのがまったくうれしくないあいてでちね……」
クラウレスが嬉しくなさそうに一人ごちる中、皇騎が宝玉のあ使いに付いてひとつの結論を述べる。
「多分宝玉をその身から引き離すなり破壊するなりすれば良いと言う事だと思うのですが」
「きっとそうでち」
クラウレスと皇騎はその方法についてひとつの結論を出していた、その影で汐耶は一人思案にふけっていた。
「それじゃあ私達もこうしてはいられませんね、屋敷に急ぎましょう」
「いくでち」
クラウレスと皇騎はそう言って屋敷に向かい急ぎ足で進みはじめたが、汐耶は二人が動きはじめたのに気が付かなかった。
「汐耶さんどうしました?行きますよ?」
皇騎に促されて思案にふけっていた汐耶が顔を上げる。
「え、ええ……」
「汐耶さんらしくないですよ。そんな風にぼーっとして……」
「ごめんなさい、今行くわ」
二人に汐耶は謝るとゆっくりと歩きはじめて心の中で呟く。
『本当にそれですめばいいわね……。いざとなったらまた私が……』
汐耶は心の中でそう一人決意を固めたのだった。
●館にて
撫子、美笑、朋宏の三人はエルシールの館に向かって走っていた。
館の前にたどり着いた三人は門の前でその足を止める。
「それでどうします?このまま突入しますか?」
美笑が二人にそう聞いた。
「そうね。急ぐ事も必要ですしこのまま突入した方がいいとは思いますが……」
撫子がそう言い淀む。中はエルシールがいるのだ、何が待っているのか判らない、そのまま進んで良いのか悩んだのだった。
状況だけを見れば進んだ方がいいのが確かだったのだが、館を包む空気がその判断を迷わせたのだった。
「確かに嫌な空気はしてるけどな……、迷ってる時間は無いだろう?こうしてる間にも麗奈達がどうなってるか心配じゃないのか?」
今にも走り出しそうな勢いで苛立った様子で一人、朋宏が叫ぶ。
「それは判ってます!?でも朋宏さんも感じているのでしょう?この館を包んでる一筋縄ではいかない気配を……」
「それは判っているしかしここで二の足を踏んでいては……!?」
朋宏がそこまで言った時であった、館から大きな破裂音が聞こえてきたのは。
「な、何?今の音は?」
美笑がその音に驚いた瞬間、朋宏が館の中に向かって走っていた。
「朋宏様一人では危険です!?」
撫子と美笑も朋宏に続いて走り出した。
館の扉をくぐった三人はあっさりと館の中に入れた事を驚いていた。
「てっきり妨害があると思っていたんだけど、何もなかったね」
入り口から入って来て数メートル進んだ通路の真ん中で周囲の様子を伺いながら美笑が呟く。
「そうだな。でも今はさっきの音が気になるな。確か向こうの方から聞こえたと思うんだが」
音の聞こえたと思える方向を朋宏は見る。一見すると何もなかったかのように感じられた。
「取り合えず行って見ましょうか?麗奈様と二三矢様が何か行動を起したとも考えられますし」
撫子はそう言って二人を促した。
「そうだな、あの麗奈がただただ大人しくしているとは考えにくいしな、その可能性は多いにありえる」
「それじゃあ急いでさっきの音をした所に行って見ましょう……っ!?」
美笑がそこまで言うと三人の目の前に突然に漆黒の闇の塊がが姿を現し、その闇から声が聞こえてきた。
「やれやれ、捕まえていた二人に続いてあなた達も来たのですか……。どうして私達の事をそっとして置いてくれないのですか?
「エルシール!?」
漆黒の闇は徐々に人の形を取り始めた。
「と、言う事はさっきの音はやはり麗奈達が……」
すっかりエルシールの姿になった闇はどこか非現実感を漂わせながら一礼する
「様こそ我が屋敷に。と言っても私はあなた達を歓迎など致しませぬが」
「俺だっててめえなんかに歓迎されたいとは思わないから安心しろ!?それよりも麗奈達は無事なんだろうな?」
朋宏が今にも食ってかからんという勢いでエルシールに詰め寄る。
「朋宏様、今は落ち着いて下さい」
撫子がそんな朋宏を抑えて、冷静に対応しようとする。
エルシールの力はいまだ未知数だが、熱くなったままで真正面から行って容易く相手のできる相手とは思えない、だからこそ冷静になる必要があったからだ。
「麗奈?ああ、少し前にこちらにいらしたお嬢さん達ですか?彼らなら無事だと思いますよ、これから様子を見に行こうとしていた所です」
そこまで言ってエルシールは少し思案をするかのように少し俯いた。
「……そうだ、良い事を思いつきました。どうです?私と取引をしませんか?」
「取引だと?」
朋宏が真っ先に反応する。
「ええ、取引です、彼女達と貴方達を無事にこの館から返すという事でもう私達には一切関わらないという取引です。今までの無礼もすべて見なかった事にしますよ?」
「それは紗霧さんも含めてという事ですか?」
美笑がそう聞き返す。
「銀の姫……、いえあなた達は紗霧と呼んでいるのでしたか?彼女と私の事にもう関わらないという事です」
「そういう事でしたら……答えはこうです!?」
撫子がその手をエルシールに向かって一閃する。撫子の発したその力によってエルシールだった者の姿がいとも容易く崩壊する。
「なるほど……それがあなた達の答えという訳ですね?判りました。それでは私もそれなりの対応を取らせていただくとしましょう」
今までエルシールだった物は、少し前の闇の姿に戻りそして四散した。
「い……今のは一体?」
「どうやら私達が相手をしていたのはエルシールの影のような物だったみたいね」
呆然とする三人に向かって、館の奥から声がしたのはその時であった。
「朋宏おそーい!?」
館の奥から走ってきた麗奈が朋宏の頭に向かってどこからともなく出したハリセンを激しく一閃する。
「いてぇ!?な、なんだその態度は!?折角助けに来てやったのに……って麗奈か?」
そこには館の奥から走ってきた麗奈と二三矢の姿があった。
「お二人とも無事でしたか……良かった」
二人の無事そうな姿を見て撫子がほっと胸をなでおろす。
「なんとかね……。撫子さん達は俺達の事を助けに?」
「ええ、それから紗霧さんも一緒に助けようと……」
「俺はあのきざったらしいエルシールとかいうのをぶん殴りに来ただけだ。決して麗奈の事を助けに来たりなんかでは……」
朋宏は麗奈の前で助けに来たとは恥ずかしくていえないのかそんな憎まれ口を叩く。
「なんや、素直にあたしの事を助けに来たって言いな?たった二人の双子やないか」
「だからそれは……」
朋宏がそこまで言いかけた瞬間、三人の入ってきた扉が激しい音を立ててしまる。
そして館の中にはえも知れぬ威圧感が漂うのだった。
「どうやら、私達は閉じ込められたみたいですね……」
「ちょうどええ。あたしらもあの気障ったらしいエルシールには借りがあるねん。その借りを返したらここから出られるっていうなら丁度ええ」
「そうだな、紗霧さんを取り返さないと俺達が動いた意味もないしね」
「決まりや!?あたしらはあのエルシールを張ったおした後、紗霧さんを奪い帰して文月堂に皆で帰る。それでええな?」
一同はその麗奈の言葉に頷いた。そして一同は暗い館の奥を見つめたのだった。
●主人への案内
五人はその場で頷きあった。どうせ、閉じ込められているのだ、紗霧を取り戻そう、と。
「二人とも、何かそれらしい部屋は途中にありましたか?」
美笑の質問に麗奈と二三矢も揃って首を横に振る。
「逃げる事に手一杯でそこまでは余裕がなかったんだ」
申し訳なさげに二三矢が話す。
「取り合えず進んで見ましょう。最悪一部屋一部屋探すしかないですね」
撫子が通路を見つめる。
「めんどくさいけど、それしかないだろうな」
「気配があるかないかは大体はわかると思うので、全部を調べる必要というのは無いと思いますし……」
美笑が朋宏をそうなだめる。そしてそこでゆっくりと人影がこちらに向かって歩いてくるのに撫子が気が付いた。
「誰ですか?」
撫子が近づいてくる人影に向かって牽制の声を上げる。
その声に一切動じた様子もなく機械的な歩調でゆっくりと姿を現したのはメイドの衣装を身にまとった女性であった。
「エルシール様が皆様の事をお呼びになっております。これ以上無駄に館を荒らされたくない、との事ですので……」
丁寧ではあるもののどこか自分の意思という物が感じられないその女性の口調に一同はどこか不快感を感じた。
「あなたについていけば、エルシールの所に連れて行ってくれるの?」
美笑が女性に問う。
「はい、あなた方を連れてくる様にとエルシール様から仰せつかっております」
「判った、信じよう。俺達をエルシールの所まで案内してくれ」
他の人間の意見を聞くまでもなく、朋宏が了承の意を女性に伝えた。
「ちょ……、朋宏何勝手に答えてんのや。どう見たって罠に決まってるやないか」
「そうは言っても俺達には選択肢なんてないだろうが」
麗奈と朋宏が言い合いを始めようとしたその時二三矢が間に割って入る。
「俺も今はついて行くしかないと思う。それが罠だとしても……」
間に入った二三矢のその真剣な表情を見て麗奈は溜息をひとつついた。
「まぁ、このメンバーで行けばたとえ罠やろうが関係ないか。しゃあない付き合いましょ」
麗奈のその言葉を聞いた女性はくるりと向きを変えた。
「話はすんだようですね。では向かいます」
向きを変えた女性はゆっくりと歩き始めた。一行はその女性の後を付いて行ったのだった。
しばらく歩いた後、女性はその足を止める。
女性の前には他の扉よりも一回り豪華な扉があった。
「こちらでございます」
「ここにエルシールがいるんやな?」
麗奈が女性に確認する。
「ええ、エルシール様はこちらにいらっしゃいます」
女性はそういうとゆっくりとその扉を開けた。そして開いた扉の先には黒いドレスを身にまとい椅子に座って虚ろな瞳で一行を見つめる紗霧とその脇に立つエルシールの姿があった。
「では私はここで失礼いたします」
一行をここまで案内した女性はそう言って一礼すると扉を閉めてゆっくりとその場を離れたのだった。
「ふむ、彼女は君達に粗相はしなかったかい?」
エルシールがどこか値踏みでもする様にそう聞いた。
「ああ安心しな、馬鹿丁寧にここまで案内してくれたよ」
朋宏がそう答えるのを聞いて、どこか愉快そうにエルシールが笑みを浮かべる。
「それは良かった。まぁ、あれは私の命令を聞くだけのただの奴隷だからそういう事があるはずも無いのだがね」
エルシールのその言葉で一行は彼が吸血鬼である事を改めて思い知った。
「まぁ、なんだっていいや。俺はあんたの事をどうしても一発ぶん殴ってやりたくってな。麗奈がお世話になった事をのお礼もまだだしな」」
そう言って朋宏は腕を鳴らす。
「わたくし達も紗霧さんを取り戻させていただきます、その前にあなたに聞きたい事があるのです」
撫子はそう言ってエルシールに問いかけを始める。
「ふむ?なんだね?答えられる事ならば答えよう。心残りがあって死んで行くのはいやだろうからな」
「なぜ……あなたはこの様な事をしたのですか?仲の良い姉妹を引き裂いてまでこんな……」
「なぜ……ですか?ふむ、あなたは先ほどの奴隷を見ましたよね?」
「先ほどの女性の事ですか?あの方がどう…………まさか?」
撫子はエルシールの言いたい事が大体判ったような気がした。
「私はあのような奴隷ではなく、対等な仲間が欲しかったのです……。私達の一族はその数が極端に少ない……かのような奴隷ならいざ知らずその力を身に秘めた真の一族は特にね。たった一人で永劫を生きる辛さ、あなた達には判りますか?」
「あなたは紗霧さんをどうあっても返すつもりはない、そういう事ですか?」
交渉を続けようとした美笑がその次の言葉を継げずに言葉を失う。
「ええ、あなた方にはもうここで朽ちるか、私の奴隷となるか二つに一つの選択しかないのですよ」
「たったそれだけの事で……?たったそれだけの事で紗霧さんを浚って、隆美さんを悲しませたっていうのか……」
エルシールのどこか狂ったような言葉を聞いて二三矢が怒りの篭った視線でエルシールを見つめ、その横で美笑が自らの持ってきたカードを腰につけたポシェットから取り出した。
「それじゃ始めようか!?」
麗奈のその台詞と麗奈のエルシールに向けて放った炎の矢が皮切りとなった。
美笑のカードから召還獣が呼び出され、魔力の矢が飛び朋宏の拳がうなりをあげてエルシールに向かって行った。
●決戦
朋宏の後ろから麗奈が付き添うように行動する。朋宏をサポートするように動き呪文を唱える。
麗奈が朋宏の拳を強化して朋宏が攻撃する、完全に動きのあった動きだった。
「貴様らなんぞに!?」
エルシールが腕を一閃するとその衝撃破波が二三矢を襲う。
二三矢はその攻撃にたたらをふみながらも耐える。
「俺達は……、紗霧さんを取り返すんだ!?そう決めたんだ!?」
二三矢がエルシールに向かって叫ぶ。
そしてその場が一瞬膠着状態に落ち着く。
じりじりとした攻防のなかでエルシールは徐々に押されて行った。
「撫子さん今ですっ!?」
今まで機会をうかがっていた美笑が椅子に座り呆然としている紗霧とその間にカードから呼び出した蟹をエルシールとの間に滑り込ませる。
美笑の台詞を聞いた撫子がその身を走らせ紗霧の事を抱きしめエルシールから引き離した。
エルシールはその様子を黙って見つめていたが、その口元には笑みが浮かんでいた。
「紗霧様……大丈夫ですか?わたくしの事が判りますか?」
撫子が紗霧に向かって話しかける。しかし紗霧は虚ろな表情のままその問いには答える様子は一切なかった。
「やれやれ仕方ないですね。私だけでなんとかするつもりだったのですが……」
そう呟くとエルシールは小さく呪を唱える。
「銀の姫よ、目覚めよ!?」
そのエルシールの言葉で紗霧の胸にある宝玉が怪しげな光を放つ。
そして今まで無表情だった紗霧の口元に笑みが浮かぶ。そして撫子の事を付き飛ばし宝玉が姿を変え巨大な鎌の形をとった。
「紗霧さん何をっ……くぅ!?」
そして美笑に向かってその鎌を紗霧は振りかざした。
「くっ、ミラーイメージ!?」
美笑はカードをかざし自らの幻像を作りだしその場を逃れる。
「紗霧さんどうしたんですか?」
あわてた様に美笑は突き飛ばされた撫子を起こしながら紗霧に叫んだ。
紗霧は黙ってそんな美笑を黙って冷たい笑みを浮かべながら見つめるのだった。
そして紗霧の持つ鎌から冷たい声が周囲に響くのだった。
『ご命令をご主人様』
そんな時エルシールの背後の窓が派手な音をたてて割れたのだった。
エルシールの背後から巨大な漆黒の鎌が姿を現す。
「どうやら間に合ったみたいですね」
いつもの子供の姿から力を解放した大人の姿へと変わったクラウレスが部屋に入り、それに皇騎と汐耶が続いて割れた窓から入ってくる。
「やれやれ、館に強力な結界がはってあった為にこういう手段しか取れなかったのですが、どうやら良いタイミングだったみたいですね」
皇騎が周囲を見渡し現状把握をしながら呟く。
「どうやら遅かったの……かしら?」
汐耶が呟きながら倒れている撫子と美笑の元へと向かう。
「汐耶さん、紗霧さんがエルシールがなにか呪を唱えた途端あんな風になってしまって……」
その美笑の言葉で、汐耶はピンときた、まだ紗霧は完全には宝玉に犯されていないと。
「皆まだ紗霧ちゃんを戻す事はできるわ、なんとかその宝玉をその身から引き離して!?」
「それじゃ紗霧さんの相手は私がしよう」
そう言ってその手に持つ武器を振り回しのしやすい剣に変えて紗霧の元へとクラウレスが向かう。
紗霧の鎌とクラウレスの剣が数回撃ちあう。
紗霧はその姿には似つかわしくないほどの大きさの鎌を軽々しく振るう。
「どうやら魔力でその力を上げているようですね……」
苛立たしげにクラウレスが呟く。
そして紗霧が小さく呟くと紗霧の持つ鎌から光が伸び、エルシールと戦っていた朋宏達を牽制した。
「くっ、早く紗霧さんをなんとかしてください。こっちはそうは持たない」
今までエルシールの攻撃にひたすら耐えていた二三矢が苦しそうな声を上げる。
「このままでは……そうだ」
美笑がクラウレスに目配せをする。クラウレスは美笑が何かしようとしたのを察し一旦身を引いた。
美笑は手元にあるカードを一枚引き抜き叫んだ。
「ライト!?」
紗霧が美笑のカードから放たれた強烈な光に一瞬ふらつく。
「いまだっ!?」
その隙を付いてクラウレスが紗霧の持つ鎌をその手から弾き飛ばした。
撫子の足もとにその鎌が転がってくる。
「これはそのままにはしておけませんね……」
撫子はそう呟いて、鎌に対し簡易結界を張った。
「あっ…………」
結界が張られた瞬間、紗霧はその場に崩れ落ちた。
それを見たエルシールの表情に初めて焦りの色が見えた。
朋宏はその一瞬の隙を見逃さなかった。渾身の力を込めてその拳をエルシールに向かって放つ。エルシールはその一撃を受け、たたらを踏む。
そしてその朋宏の背後から近くにあった燭台を手に麗奈が第二撃を叩きこもうとした。
「これは紗霧ちゃんの苦しみの分やっ!?」
麗奈のその攻撃はエルシールはその腕で受け止める。そして燭台を麗奈の手から奪い取り麗奈を弾き飛ばした。
「きゃっ!?」
燭台を手にしたエルシールは倒れた紗霧を見る、そして周囲にいる人間を見た。
「この私が……こんなはずはこんなはずは……」
どこか狂気に犯された様な言葉がエルシールの口から出る。
「私がこのような者達に負けるなど……、また一人に戻るのだけは……」
「やっぱりあなたは紗霧さんと同じ吸血鬼の血に連なるものなのですね?」
クラウレスがエルシールにそう問う。
「…………」
しかしエルシールはそのクラウレスの問いには答えなかった、がその答えなかった事が雄弁にその事実を語っていた。
「もうあなたの負けです。潔く負けを認めていただけませんか?」
汐耶がそうエルシールに話かける。
「負ける?この私が……?負ける?」
しばらく無言の時間が続いた。
一行はエルシールがその身の緊張を解くのを待った。
だがその場が動いたのは一瞬の事であった。エルシールはその手に持った燭代を大きく振りかざす。
そして誰もが動く事ができないままエルシールはその燭台を自らの心臓へ向かって突き刺したのだった。
誰もその場から動かなかった、いや動けなかった。
「私は負けたのでは無い、自らその幕を引いたのだ……。私は一人では無い決して一人では……」
膝から崩れるように倒れるエルシールをただ見ている事しかできなかった。
そして、エルシールはゆっくりその場に倒れて行った。
●封印
「紗霧さん大丈夫ですか?」
最初に動いたのは二三矢であった。
倒れこんだ紗霧の事を満身創痍のその体で起しに動く。
二三矢に抱きかかえられた紗霧はその瞳を閉じたままであった。
「まだ、あの宝玉による侵食が止まった訳では無いのでしょう。まずはそののろいから解き放たなければ……」
撫子がそう言って、まだふらつく足取りで紗霧の元へとやって来る。
文月堂で借りてきた紗霧が隆美から以前貰い大切にしていた髪飾りを紗霧のその白い手に握らせる。
そして撫子は紗霧の心に向かって語りかけたのだった。
『紗霧様、あなたの心の居場所はここです。隆美様のいるここに戻ってきましょう』
そう心で念じて紗霧に語りかけた。
『誰……私を呼ぶのは……お姉ちゃん?』
紗霧の持つその髪飾りから柔らかな光が漏れる。
そして撫子のその願いが通じたのか、今まで禍々しい光を放っていた鎌が徐々にその光を静めていく。
そしてその鎌は徐々にその姿を変え一粒の宝玉へと姿を変えていった。
「撫子さん……結界を解いていただけませんか?」
汐耶が撫子に語りかける
「でもそんな事したらまた……」
「大丈夫です。この宝玉は私が封印を施します」
「封印を?」
「ええ、紗霧さんはこの宝玉に操られ、力を引き出されていただけ、その封印が解けた訳では無いと思うの。だからこれが宝玉に戻ったという事は紗霧さんがこの宝玉の呪縛から放たれた証拠だと思うのよ。今封印を施せばもうこの宝玉の影響を受ける事は……」
汐耶のその言葉に撫子は大きく頷いた。
「そうね汐耶様の言う通りかもしれないわね……。判りました結界を解きましょう」
撫子はそう言って今まで宝玉に向かって張っていた結界に触れその結界を解く。
今まで見えない光に包まれていた宝玉はその結界を解かれる。
汐耶はその結界の解かれた宝玉に手を触れる。
『汝……我がその力持て封印を施す』
汐耶のその言葉でひとしきり激しい光が周囲を包む。
「封印できたんか?」
麗奈が汐耶に問いかける。
「ええ、なんとか……ね」
一瞬汐耶がその体をふらつかせる。あわてて皇騎がその汐耶を抱きかかえる。
「大丈夫ですか?」
「この力を使うのは凄く疲れるの、ごめんなさい…」
ゆっくりと皇騎の手を離れ汐耶は自らの足で立ち上がる。
宝玉に封印はなされたとはいえ、紗霧はいまだ目をさます事は無かった。
「そういえばえるしーるはどうしたでちか?」
何時の間にやら子供の姿へと戻っていたクラウレスが皆に話しかける。
クラウレスのその言葉で一同は倒れたエルシールを見た。
今までエルシールが倒れていた場所には彼の着ていた服だけがその場に残されていた。
「彼は……寂しかったんでしょうね……」
皇騎が呟く。その皇騎の呟きに皆、言葉を発する事ができなかった。
●エピローグ
そして事件から数日後の事である。
ようやく眼を覚ました紗霧の元へと皆がお見舞いにやってきた。
「紗霧様大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫、ありがとう撫子さん」
急激に力を使った為に、まだ床から離れる事はできなかったが、血色もずいぶん戻っている事からその言葉が嘘でないと皆にも判った。
結局宝玉は封印がされたまま、美笑の実家上月家で厳重な結界の中で管理される事となった。
その報告もかねてやってきた美笑が改めて紗霧に自己紹介をした。
「助けてくれてありがとう。良かったらこれからもお友達として付きあってくれると嬉しいな」
そんな紗霧の言葉に美笑は笑顔で答えた。
「まぁ、なんにしても無事解決できてめでたしめでたし、やな?」
「そうでちね」
麗奈のその言葉に汐耶の持ってきたお土産のケーキを頬張りながらクラウレスが答える。
「でも今回の一件ではっきりと判った事があるな」
朋宏が呟いたその言葉を皇騎が聴き返す。
「それは一体なんですか?」
「俺と麗奈が双子の絆で結ばれてるのと同じ様に、紗霧さんと隆美さんも血は繋がって無くてもしっかり絆で結ばれてるって事が、だよ」
「そうね、それは私も思っていたわ。今回の一件は紗霧ちゃんにとっての選択する事になると思ったけど、紗霧ちゃんが力に溺れる事なく戻って来てくれた事が純粋に嬉しいわ」
汐耶が紗霧の事をそう言って見つめる。
「隆美さん、紗霧さんは何時頃には学校には来れそうなんですか?」
「まだもうちょっと掛かりそうね。学校で何かあったらしばらくはお願いできるかしら?」
「任せて下さい」
そう言って胸を叩いた二三矢であったがエルシールにやられた傷に触ったのか思わず痛がる。
「おいおい大丈夫か?紗霧ちゃんが戻っても二三矢君が倒れるなんてのは勘弁だよ?」
そんな二三矢の様子を見て司がわざとおちゃらけた言葉をかける。
その言葉を聞いて一同は思わず笑みを浮かべた。
そしてようやく今までと同じ日常がようやく戻った事を皆がその心に感じられたのだった……。
Fin
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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≪PC≫
■ 宮小路・皇騎
整理番号:0461 性別:男 年齢:20
職業:大学生(財閥御曹司・陰陽師)
■ 天薙・撫子
整理番号:0328 性別:女 年齢:18
職業:大学生(巫女):天位覚醒者
■ クラウレス・フィアート
整理番号:4984 性別:男 年齢:102
職業:「生業」奇術師 「本業」暗黒騎士
■ 結城・二三矢
整理番号:1247 性別:男 年齢:15
職業:神聖都学園高等部学生
■ 沢辺・朋宏
整理番号:4976 性別:男 年齢:19
職業:大学生・武道家
■ 上月・美笑
整理番号:3001 性別:女 年齢:14
職業:神室川学園中等部2年生
■ 沢辺・麗奈
整理番号:4977 性別:女 年齢:19
職業:大学生・召喚士
■ 綾和泉・汐耶
整理番号:1449 性別:女 年齢:23
職業:都立図書館司書
≪NPC≫
■ 佐伯・紗霧
職業:高校生兼古本屋
■ 佐伯・隆美
職業:大学生兼古本屋
■ 冬月・司
職業:フリーライター
■ エルシール
職業:吸血鬼
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■ ライター通信 ■
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どうもこんにちは、ライターの藤杜錬です。
この度は『文月堂奇譚 〜宝玉の魔力〜』にご参加頂きありがとうございます。
皆さんのおかげでどうにかこうにか『宝玉シリーズ』も無事完結を向かえる事が出来ました、ありがとうございます。
今回ははじめてのシリーズという事もあり、どこまで情報を出したものかとかどう各話でオチを付けるか?などでさんざん悩みました。
最初の一話目で決着を付く可能性もあった話なので、上手くいって感慨深いです。
まずは皆さんが楽しんでいただければ、良かったと思います。
それからこのシリーズの打ち上げの異界ピンの話をぎんた絵師と進めております。
受注予定日は5月25日頃との事です。
詳しくはぎんた絵師の異界【時空図書館『銀の小箱』】をご覧下さい。
それではお付き合いありがとうございました。
●宮小路皇騎様
今回は情報を最後まで集める役という事でこのような形になりましたが、いかがだったでしょうか?
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
●天薙撫子様
今回はかなりキーとなる動きとなりましたがいかがだったでしょうか?
途中参戦おつかれさまでした。
●クラウレス・フィアート様
直接行動役として今回は動きましたがいかがだったでしょうか?
最後までお付き合いいただきありがとうございました。
●結城二三矢様
捕まった段階からの動きという事で難しかったかもしれませんがいかがだったでしょうか?
途中参戦おつかれさまでした。
●沢辺朋宏様
多分一番今回動こうとされていたのでは無いかと思います、上手く表現が出来ていれば良いのですが、いかがだったでしょうか?
最後までお付き合いありがとうございました
●上月美笑様
全体的なサポートをやっていただく事になりましたが、いかがだったでしょうか?
最後までのお付き合いありがとうございました。
●沢辺麗奈様
捕まった段階からの行動からという事で難しかったとは思いますが、いかがだったでしょうか?
最後までのお付き合いありがとうございました。
●綾和泉汐耶様
最後の封印という事で、美味しい所を持って行く事になりましたが、いかがだったでしょうか?
最後までのお付き合いありがとうございました。
2006.05.19.
Written by Ren Fujimori
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