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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


『留守番と掃除』




■十一時

 鳴り響く玄関ブザーに草間 武彦は突っ伏していたデスクから跳ね起きた。ドアよりも先に思わず時計を見る。針はすでに十一時を指していた。

 …俺はどうしてこうもついてないんだ…

 九時半にセットしたはずの目覚ましは、壊れたのか鳴った気配もない。しかも、珍しく普通の素行調査が舞い込んできたというのに、この来客に手間取っていては新幹線の時間さえ逃してしまう。
 ネクタイを締めなおしながら草間は急いでドアを開けた。すまないが…と、答えようとして、思わず言葉をとめる。
 ドアの外にいた二人は、双方とも切れ長の目に、鋭く艶やかな黒髪、白い肌、中性的なクールさを持つ美女。ただしその形容の方向性は西洋と東洋とに分かれるが。

 シュライン エマと黒 冥月(ヘイ ミンユェ)。

「ああ、ギリギリで間に合ったな…助かった」
「武彦さん、言われたとおり来たけど…」
「一体、何だ?いきなり留守番してくれとは。零はどうした?」
 シュラインから冥月へと引き継がれる疑問文。寝癖頭を掻きながら、事情の説明を忘れていたことを思い出す。
「いや、仕事でな…――」
 調査対象は今にも青森の旅館に出掛けてしまう。無論、尾行するわけだが、若い男が平日に一人で旅館というのも不自然だ。そこで家族連れのふりをしようと、零の予約も取った先日、気付いたのである。
 要するに、今日明日は興信所が空っぽになる。

 …しまった、留守番はどうすんだ――…と。

 簡素に説明を終えると同時に、目の端に呆れた色を含ませて二人が顔を見合わせる。
「緊急の用事だと言われて来てみれば、お前の無計画ぶりの尻拭いか」
 冥月の『影』が妖しく伸びようとするのを慌てて制するように草間は言った。
「ま、待てって!ちゃんと、相応の給料は払うよ。泊り込みで掃除に電話や来客の対応…簡単な仕事だろ?」
「ええ、零ちゃん事務所に預かる前の業務だからその辺は大丈夫。問題は武彦さんの心構えの方ね」
「まあ、俺に落ち度があったのは認めるよ。そう睨むな」
 草間は話をはぐらかすように二人を招きいれた。




■十一時半

「しかし、掃除しようもないほど散らかってるな」
 吸殻だらけの灰皿、散乱する書類、放り出された雑誌類やファイル…冥月は途中で数えるのをやめた。
「『影』は勘弁してくれよ?普通に掃除するんだ」
 草間が荷物の確認をしながら言う。その荷造りのために事務所中を荒らしまわったのだろう。その結果がこれというわけだ。
「零ちゃんは掃除していかなかったの?」
「いや、あいつには先に駅に行っておいてもらいたくてな…で、俺が掃除しておくとか約束しちまったんだが…」
「寝過ごした、と…。まあ、武彦さんじゃ結局終わらなかっただろうけど」
 呆れるシュラインを尻目に草間はトランクを持ち上げ、向き直った。
「じゃあ、頼む。やり手の事務員に屈強な男がいれば安心だ」
「誰が、男だ」
 持ち前の男らしさをからかわれるのについ反応して回し蹴りを放つ。ちょっとした戒めのつもりの一撃は、草間がひょいと移動したものだから狙いが逸れた。
 後頭部を小突くつもりが、延髄に。

「「あ」」

 シュラインと冥月の声が重なった直後、意識をすっ飛ばされた草間がその場に崩れ落ちた。




■一時

「ああ、全く…」
 鳴り響く黒電話のベル。この事務所で働いたことのある人間には昭和の音色で懐古主義に浸る余裕はない。これは新たな用事の到来を知らせる呼び鈴でしかない。
 散らばった衣類を、ようやくの思いで纏め上げて洗濯ネットに包んでいたところだったのに、これでは気の休まる暇もない。誰もいないときに限って忙しかったりするのは神のいたずらなのか。

 この場合は武彦さんと冥月さん、どっちに文句を言うべきなのかしら。

 ふと、そんなことに思いを巡らせる。休暇を返上しての業務の原因は草間にあるが、共に仕事をするパートナーがそれを蹴り倒してくれたおかげで、しばらくの間はてんてこ舞いだ。なにせ、冥月には草間を送り届けるという新たな(そして余計な)仕事が出来てしまったのだから。
「はい、草間興信所…いえ、今所長は留守で…はい。少々お待ちください」
 受話器を置き、戸棚から大急ぎでファイルをたたき出す。なんでこの黒電話には保留という機能がないのか。依頼主との面会時間を合わせるためにスケジュール表を探すだけで一苦労なのだが、その音も向こうに筒抜けだ。
「もしもし、二十四日の午後でしたら空きが…はい、では二時で…はい…」

 …今度、夕飯でも奢ってもらわないとやってられないわね…。

 電話の対応をしながら、シュラインは切にそう思った。




■五時半

「それにしても、なぜ私が留守番などと…」
 太陽もゆっくりと眠りに着き始めた時分、冥月が幾度目かわからない悪態をついた。
「あそこで武彦さんを蹴り倒してなければ逃げられたかもね」
 嫌味と親しみを込めた言葉。両者とも結局、草間 武彦という人間に好意を抱いていることには変わりがない。草間はだらしのない男だが、例えば給料の支払いを滞らせることはない。仕事に対しては責任感とプライドを持っている…と、言うと、冥月は「誉めすぎだ」と言うのだろうが。
「どうせだから残業手当も含めて、たっぷり搾り取ってやろうか」
「そしたら向こうも慰謝料請求で対抗してくるんじゃないかしら?」
 そう言うと、冥月は椅子に体重を預けたまま苦笑した。
「さて、洗濯も食器もゴミの分別も大方終わったわね。冥月さん、『影』貸してくれるかしら?」
「さっき、書類をしまったばっかりだが…」
「それを出して、今度はゴミをしまっておいてくれる?これ、掃除の邪魔だから。ゴミ出しの時間も過ぎてるし」
「私の影は物置でもゴミ置き場でもないぞ…」
 渋々といった面持ちで、彼女が影を伸ばす。必要ないものは影に取り込ませておけば掃除の邪魔にはならない。一時保管場所としては最適だ。
 と、その時に電話のベルが鳴った。影の中にゴミをしまいながら、シュラインは冥月を見る。
「はいはい、私が出よう」
「お願いね。物置兼、電話番さん」
 冥月はそのジョークに苦笑しつつ電話を取った。




■六時半

「で…――」
 長い電話を切ってから十分。シュラインが腕を組みながら、机に腰掛けている。自分はと言えば、早速、準備に取り掛かっているわけだが。
「…話を整理したいからもう一回言ってもらえる?」
「言ったろう。大手企業の社長令嬢が誘拐されたんだそうだ。で、救出して欲しいんだとさ。事情があって警察には言えないらしい」
「よりにもよってどうして草間興信所にそんな依頼…」
 言葉の最後は、何と言ったらよいのかわからない、という気持ちを込めた絶句で終わった。まあ『怪奇探偵』の名前が、妙な方向に尾ひれが着いて有名になった、ということなのだろう。冥月はそう思いながらスーツのボタンをかけ、影の中から等身大の棒を取り出した。
「まあ、私のような奴が出入りしてるからだろうな」
 にやりと笑いを返し、肩慣らしに棒を右手から左手へ、背中に回して肩を通し、風を切る音を立てさせて振り回す。シュラインが諦めたように大きくため息をついた。
「で、受けたのね」
「仕方ないだろう。八時までに金を用意しなければ、娘の耳を削ぐと言われているそうだ」
「今、六時半よ。あと一時間半じゃない…」
「心配するな。娘の『影』はもう探知した。そんなに離れてない」
 影から影への跳躍移動を用いれば一瞬ですむ。娘の周りにはヤクザらしき影が幾人か見えるが、大した敵ではない。
「報酬は?」
「五千万。が、七時までに解決するから一億出せと吹っかけたら乗ってきた。電話でそこまで言い切るんだからな。相当、切羽詰ってるんだろう」
「まあ、あなたなら出来るのかもしれないけど…あなたの裁量でやってね。これはうちの仕事の範疇じゃないわよ」
 シュラインは諦めたように来客用のソファに座り込んで、額に手を当てた。
「また、変な方向に有名になったりしなければいいけど…この興信所」
 その言葉をいってらっしゃいの意だと解釈して、冥月は影に潜った。


 それにしてもいない時に大きな仕事とは草間も金に縁がない。まあ、そこが可愛くもあるが…。
 そこまで考えたとき、冥月はすでに薄暗い部屋の中、縛られた少女の前に立っていた。
「な…な?だ、誰だ?」
 驚愕の言葉。それは誰のものか。その言葉の数瞬後、暗闇の中を棒が舞うように銃を跳ね飛ばし、影が暗闇の中を伸びてヤクザたちを捕らえ、寸刻とおかず少女を影へと引き込み…――
 七時二十分、一枚の小切手と共に冥月は興信所へと帰還した。




■翌日

「二十四日の午後二時…それから、同日の…――」
 草間に留守番中の業務説明をしながら、シュラインは冥月が先日の事件を草間に話さなかったことを感謝していた。さすがに冥月が一億の小切手を受け取ってきたと伝えるのは酷だ。それは冥月への報酬だし、彼女がくれてやると言っても、彼は受け取らないだろうから。

 武彦さん、妙なところでプライド高いもんね…。信念があるってことだけど。

 草間は受け取りを断るだろうが、しょげるのは間違いない。そこが憎めないわけだが、傷つける必要はない。
 冥月は零には事情を話し小切手を渡そうとしたようだが(一億をそっくり渡そうとする冥月もすごい神経だとは思うが…)、零は「それは冥月さんのお仕事に対する賃金ですから」と、柔らかに断ったようだった。
 冥月は金を独り占めしているようで多少気まずいようだが、多分、それでいいのだろう。仮にあの場に草間がいたとしても何も出来なかったであろうし。
「はい、これで最後。…お疲れ様、武彦さん。仕事は上手くいった?」
 そう言うと、草間は頭を掻きながら目をそらした。照れ隠しの仕草をしながら、口の中でまごつくように言う。
「おかげで上手い具合に運びそうだ。百万近い額だからな、今回は。ありがとよ。ちゃんと残業手当もつけて出しとこう」
「私は暇つぶしに付き合ってやっただけだからな…そんなはした金はいらんぞ」
 冥月が言う。彼女がこう言う背後に何があったのか、草間は想像も出来ないだろう。
「報酬至上主義者がいきなりどうした?ま、お前さんからは慰謝料引いてもいいが」
「もう一度延髄に喰らっておくか?」
「まあまあ…。受け取っておきなさいな、冥月さん。あなたの仕事に対する報酬でしょ?」
 彼女が仕事を解決したのなら正当な報酬を得るのは当然だ。自分たちは留守番の仕事も果たした。その報酬を受け取る資格がある。
「しかし、私はもう十分にな…」
「働いた人がその分だけお金を貰う…それが一番ですよ。だから冥月さんにもお給料払わせてください」
 零がやってきて優しくに遮ると、冥月は根負けしたように口元をほころばせた。
「わかった。もらってやろう、その報酬」
「…おい、なんかお前たち、俺のわからないところで意思疎通してないか?なんか怪しいぞ…?」
「そんなことないわよ。武彦さんは、地道にお金を稼ぐ姿が素敵ってことよ」
「まあ、悪銭身につかずというし、妙な餌は与えないが吉か」
 草間は何が何だかわからないと言った様子で三人の顔を見回し、そのどれもに微笑が浮かんでいるのを見て、さらに困惑した。
「おい…おい、一体何を隠してるんだ?何かあったのか?」

 結局その問いには、三人分の謎めいた微笑が返されるだけだった。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086/シュライン・エマ(しゅらいん・えま)/女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2778/黒・冥月(へい・みんゆぇ)/女/20歳/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】


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■         ライター通信          ■
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シュライン・エマ様、依頼へのご参加、ありがとうございました。
色々なところで名前を見受けられるお人ですので、
少々緊張いたしましたが、キャラクターは掴めているでしょうか。
草間探偵には一攫千金をしないで地道に働いて欲しい、とか
仕事に対して責任を果たし、報酬を受け取ることをよしとする…
そんないつもの草間探偵が好きな、一人の女性として描写するのを心がけました。
冥月さんとの関係は、事務員としては上手だけれど、
常識はずれな事件はお任せ…という凸凹コンビ的に扱ってみました。

気に入っていただけたら幸いです。
それでは、また別の依頼でお会いできることを願っております。