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<東京怪談・PCゲームノベル>


アルマンディンを探して


------<オープニング>--------------------------------------

「僕の妹、アルマンディンを探して下さい」
ある日、草間興信所を訪れた青年アスタベリルの依頼から、その事件は始まった。

「殺人鬼ダガーが、あの子の命を狙っています。早く探し出さないと…」

恐るべき殺人鬼・ダガーの魔手から少女を守り、無事に連れ戻せるだろうか?

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「何故…貴女がこの依頼を? …『闇の皇女』」
煙草臭い興信所から街へと踏み出すなり、依頼者である青年、アスタベリル・M・I・ソーンベイルは、同行者に言った。

やはり、気付いていたようだ。そうでなくてはおかしいのだが。
最初、このアスタベリルという青年が草間興信所に足を踏み入れた時から、蒼王・翼(そうおう・つばさ)はピンと来ていた。

間違えるはずも無い…
自分自身も持ち合わせ、かつ、それを「狩り」の対象として来たのだから。

アスタベリルからは、紛れも無くヴァンパイアの気配がした。
純粋なそれではなく、明らかに「ダンピール」と呼ばれる、人間との混血特有の気配。だが、同時に何か「神」とか「聖」に関わる波動も感じる。
丁度、翼自身のそれに、どこか似ているかも知れない。

「…おかしいかな? 僕は純粋に、キミの妹君を助けたいんだが」
白に青を基調とした、天空の若き神のような華麗な衣装の翼は、夜の漆黒を纏う青年に、迷い無くそう応じた。
彼女は足を止め、刃物のように冷ややかな青年に向かって、殊更リラックスした様子で肩を竦めて見せた。
「信じられないか? だけど、ボクは本当にキミの妹君を…アルマンディンを助けたいんだ」

アスタベリルは鋭い目つきで翼を見据える。彼女への疑心と妹への心配の間で引き裂かれ、表情は凍りついたように硬かった。
「何故なんだ? 貴女は、ヴァンパイアを“狩る”のが使命なんじゃなかったのか?」
微かに動揺の気配。
「確かにね。だが、君たちの一族は、ここのところ、人間に危害を加えてはいない。従って“狩る”理由が無い」

即座に返した返答は、本心からのものだ。
翼は彼ら兄妹の父親、ソーンベイル伯爵レオンの名を聞いたことがあった。彼女が知る限り、現在のソーンベイル伯爵は、人間を襲ってはいない。血は、専ら妻である巫女の女性から吸っているという話だ。

そして、彼らの子であるアスタベリル本人は、ヴァンパイアたちの間では「ガーディアン(守護者)」と呼ばれていた。
文字通り、ヴァンパイアたちに危害を及ぼす者たち――それはつまり、ヴァンパイア・ハンターと呼ばれる者たちであり、多くが彼と同様のダンピールである――を粛清する、ヴァンパイアたちにとって最後の砦なのだ。
彼は今までその愛刀「イワナガ」によって、彼の父親を狙う無数のハンターを葬り去った実績を持つ。
つまり、翼にとっては、宿敵と見做すべき相手なのだ。

彼に手を貸すのは、翼にとっては明らかに使命から外れた事であり…
だが。

「…」
「気持ちは分かるが、今は、信用してもらいたい。それに…今そんな事で揉めている場合じゃないだろう?」
後半の一言に、アスタベリルはぴくりと反応した。
「…何故なんだ?」
「…ん?」
「貴女の立場は、僕よりダガーの方にずっと近いはずだ。気付いているだろうけど、ダガーはヴァンパイアハンターで、ダンピールなんだ」
彼の言葉は、翼にとっては当然予想されていた事柄でしかなかった。

アスタベリルは、じっと翼を見た。玉虫色に輝く裏地の黒いマントからは、日本刀の柄が覗いている。あれが神刀イワナガであろう。
翼の返答次第によっては、彼は容赦無くそれを抜き放つ、という事なのであろう。

「彼が僕に近かろうが関係無い」
翼はきっぱりと言い切った。
「僕は君たちの一族を『狩り』の対象にする予定は無い。従って、立場が近かろうが何だろうが、ダガーとやらに加担する理由なぞ全く無いんだ」
第一、いくらヴァンパイアが憎くても、わずか十二歳の子供まで殺しの対象にするような奴とは組めないな。
そう付け加えて肩を竦めた。

だが、本当の理由は。
『嫌悪だよ、アスタベリル。不快なんだ。ダガーみたいな奴がね』
内心でそっと呟く。
表には決して出さないまま、そんな己を嘲笑った。
『分かってるよ。君たちから見れば、僕もダガーも同じようなモノだろう? ああ、分かってるんだ。そして、だからこそ、嫌いでたまらないいんだよ…』
同属嫌悪。
そんな言葉が頭を過ぎる。

「今だけで良い。僕を信用してくれないか。僕なら妹君の居場所を特定する方法も持ってる」
アスタベリルの顔を、静かに、真正面から見詰める。
「もし、君やアルマンディンに危害を加える意思があるなら、僕は君と同行なんかしてない」

彼女の言葉をどう捉えたのか。
やがてアスタベリルは頷いた。
「…分かった。よろしく頼むよ…」
どうにか説得出来たらしい。翼はにこりと微笑み、再び歩き出した。


「…教えてもらいたい事がある」
ビル風の特に強い一角で立ち止まると、翼は「風」に向けて話しかけた。
『なんなりと、我が王よ』
柔らかな声と共に、翼の金色の髪がなびいた。
「?」
アスタベリルは怪訝そうな顔をした。彼には風の声が聞こえない。

「女の子を捜している。黒髪の巻き毛で、歳は十二。こういう子だ。鉱物伝いに移動する能力があるそうだ。見かけなかったか?」
カラーコピーさせてもらった、アルマンディンの写真を示す。
『ああ…その子なら、この先の神社で見かけましたよ』
風は、少し離れた場所にある、小さな神社の名前を告げた。雑居ビルが立ち並ぶ雑多な一角に、緑の小島のように存在する、ささやかな神社だ。

「アルマ…!!」
翼にその事実を告げられると、アスタベリルは地面を蹴って空に浮かんだ。ヴァンパイアの飛翔能力だ。
「急ごう」
続いて翼も舞い上がる。風の力を借りる能力を有する彼女の方が断然速い。その名の通り天駆ける翼の如く加速し、一気に神社の上空に達する。

『! あれは…!!』
さびれた境内に、小さな人影が見えた。
そのすぐ側に立っている背の高い人影の、右手に何か光るもの。

「風よ!!」
翼が声に出すより早く、砲弾の如くに増幅された風の一撃が、短剣を持った男を襲った。
鈍い音を立てて男の長身が石畳の上に転がる。

翼は人形のように凍りついたままの少女を抱え、風に乗るように軽やかに、男から距離を取った。
「大丈夫、君の兄さんの友達だ。君を助けに来た」
少女の耳元にそう囁いてやると、ダガーの反撃に備えて神剣を出現させ、一瞬で構えた。
ごうっと風が唸り、まるで忠実な猟犬たちのように、翼の周りで旋回し始めた。

『こいつが、ダガー、か』

翼はその男の姿を訝しんだ。
予想していた、いかにもそれらしいのと違ったからだ。
きっちりした長い上着は、キリスト教の牧師のものだ。上品に薄茶色の長髪を整え、右手に持っているのが短剣でなく聖書だったら、翼でも騙されそうである。いや、もしかして、表向きの顔は、本当に牧師、というパターンなのかも知れない。
ダガーは一瞬で起き上がり、切れた口から血を流しながら、物凄い目で翼を睨んだ。

「失せろ。お前では僕に勝てない」
冷たく言い放ち、巻き毛の少女を背後に庇う。風が威嚇するかのように不吉な唸りを上げ、いつでも攻撃出来る意を翼に伝えて来た。
翼のマントが、蒼い軍旗の如くにはためき、神剣が聖なる光を帯びた。

「貴様は…ッ!!」
何か言いかけたダガーの背後から、漆黒の影が襲い掛かった。
閃光が閃く。
辛うじて、ダガーは手にしていた短剣で弾いた。

アスタベリルは、神刀イワナガを抜き放っていた。怒りに冷たく燃える目が、ダガーを睨み据えている。
「牧師様、神の御許とやらに行けばいいさ。僕が手助けして差し上げるよ」
今までとは別人のような凍てついた声が、ダガーにぶつけられる。

「分かっただろう。これで二対一。勝ち目は無い、立ち去れ」
翼の警告を、だがアスタベリルは遮った。
「いや。こいつを今逃がしたら、問題を先送りにするだけだ。こいつは諦めるような奴じゃない。ここで殺す!!」
神刀がぎらりとした光を帯びる。

二人のダンピール(一人は人ではなく神の子だが)に挟まれ、ダガーは焦りの色を浮かべた。
「…お前は、『闇の皇女』蒼王翼だな?」
ダガーは血走った目を翼に据えた。
「何故だ。お前も闇を狩る者ではないのか?」

翼は、その言葉に秀麗な眉を顰めた。
言葉だけなら、確かにその通りなのだが、何故か猛烈な嫌悪感に見舞われる。要は同類と言われた事に、翼の深い部分が拒絶の叫びを上げていた。

「私を、お前のような奴と一緒にするな」
言葉だけでダガーを切り裂ける程、翼の声は鋭かった。
何故だかは、分からない。
だが、このような奴と同類だと自分自身を規定するのが、どうしても容認出来ない。
何が違うのだろう。何が。

「僕は、お前のような復讐に取り憑かれた怪物なんぞでは無い!!」

では、何故自分はこうしているのだろう。
女神の子だから?
ヴァンパイアの血を引きながら、ヴァンパイアに敵と見做されているからか。
ダガーともアスタベリルとも、自分は似ていて、だが違う。

何故、自分は…

漆黒の青年の神刀が、ダガーを襲った。
袈裟懸けに切りかかると見せかけて、急角度で跳ね上げた切っ先が、ダガーの短剣を弾き飛ばした。

風が唸った。
有り得ない急角度を描いたつむじ風が、ダガーの足下をすくう。

振り下ろされた翼の神剣が、ダガーの体を真っ二つに切り裂いた。



「…ありがとう。貴女のお陰で、妹は助かった」
自宅から来た迎えの車に乗り込む前に、アスタベリルは翼に感謝の意を示した。しかし、どこか不思議そうな表情だ。
「いや。依頼を果たしたまでだよ。どうしたんだ? 納得行かないって顔だな?」
おどけたように、翼は問いかける。
「いや…その、良かったのかな、と思って。ダガーは、いわば貴女の立場に近かったんだ。それを倒したら、貴女は…」
「また、裏切り者扱いじゃないのかって? 構わないさ、そう思いたい奴には、そう思わせておけばいいんだ」
軽やかに、翼は笑う。

『本当はね、アスタベリル。そんな難しい事じゃなくて』
翼は、ちらりと兄にしがみついているアルマンディンを見た。
『…嫌だっただけなんだ。あんな奴と自分が同じだなんて、思いたくなかった。ムシの良い考え…かな。でも』

車に乗り込み、手をふる兄妹を、翼は見送った。
安心したのか、ようやく笑った少女に、優しく笑みを返して。

『僕が戦っている理由は――立場以上の何かなんだよ、きっとね』

それが何かは。
未だ、翼の中で、言葉にはならない、けれど。



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

PC
【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16歳/F1レーサー 闇の皇女】

NPC
【NPC3822/アスタベリル・ソーンベイル(あすたべりる・そーんべいる)/男性/17歳/ヴァンパイア・ガーディアン】


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■         ライター通信          ■
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初めまして、ライターの愛宕山ゆかりです。この度は、「アルマンディンを探して」にご参加いただき、誠にありがとうございました。
アスタベリルからのお礼の品として、「昼と夜の護符」を進呈いたします。

さて、今回お預かりしたPC、蒼王翼さんは、ヴァンパイアと女神という両極の血を引く特殊な存在、という事で、私としても描写しがいのある、奥行きのある人物でした。
また、今回登場のNPCアスタベリルも、母親が神に仕える立場、という事で、偶然にもどこか共通した要素を持ち、図らずも対照的な組み合わせの二人が、同じ目的の為に手を組むというシーンを演出でき、ライターとしては大変面白い状況が書けました。
正直、もっと二人の立場に踏み込んだ内容も書きたかったのですが、「少女が行方不明」という時間が限られたスリリングさの方を優先させ、ほぼ一直線の内容となりました。
どこかが似通いながら、だけど本来敵対せねばならない者同士の緊張感を演出できていたら成功かな、と思っておりますが、いかがだったでしょうか?

アスタベリルを中心とした、ヴァンパイア一家シリーズは、これからも書いて行く予定です。
もしよろしければ、またどこかでアスタベリルの冒険に力を貸してやってくださいませ。

では、またお会い出来る日を楽しみにしております。