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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>


季節外れのフユ

Opening
「あんた……どうしちまったんだい。今年はやけに遅いじゃないか」
 春。アンティークショップ・レンにも、やはり春は訪れる。
 しかし――今蓮が話しかけているのは、春ではなかった。
 カウンターの上には、小人がいる。マフラーで首をまき、マントのようなコートを身につけ、ふさふさの耳あてをつけた、体長三十センチくらいの少女である。全身完全に防寒をしているが、頭だけがひょっこりとのぞいている。長い金髪はポニーテールにまとめてあった。
 表情は無表情だが、少々ぐったりしているようにも見える。おそらく暖かさで辟易しているのだろう。
「まさかあんた一人だけ乗り遅れたんじゃないだろうね」
 蓮の言葉に、小人はうなずいた。
 この小人は、冬の使い。まあ言ってみれば精霊のようなものだ。春夏秋冬それぞれがそれぞれの役割を果たすのだが、季節が過ぎれば去っていく。いや、この小人たちが去るから季節が変わるというべきだろうか。普通は百人単位で行動し、人間の目には見えない『道』を使って季節を運行している。雪を降らせたり、花を咲かせたり。
 蓮には馴染みであるので、その内の一人や二人が店に訪れる事もあるのだが――。
「仲間とはぐれちまって、取り残されたんだね」
 こっくりと頷く小人。
「参ったねえ。あたしは『道』を知らないし……」
 とはいえ放っておくわけにも行かない。
 やはり――ここは、客に頼むしかあるまい。折よく開いたドアを見やって、蓮はそう心に決めた。


「とりあえず、だ」
 蓮はその美しい足をずい、と突き出した。ヒールの先端はぐっさりとジェームズ・ブラックマンの顔面に突き刺さっている。
「この子は怖がっているから、その不気味な笑顔で近づくのはやめておくれ」
「むう。同じ物の怪同士、仲良くなれるかと……」
「この子は物の怪じゃあないんだけどねえ」
 ぐりぐりとヒールを押し付ける蓮。
 全身黒く、サーネームもブラックマンというカラスのような男がジェームズである。無論偽名だ。たまたまアンティークショップ・レンを訪れ、フユと出会ったのである。
 フユは泣きそうな顔で蓮にしがみついている。ジェームズから必死に隠れようとしていた。
「大体あんたの表情はねえ、仲良くした後にとって食いそうなんだよ。この子は力もそんなに無いんだから。あんたみたいな男は駄目なんだって」
「承知しました。ではとりあえずそのお足をどけていただきたい。少々辛いので……」
 ジェームズから脚をどける蓮。ジェームズは乱れた背広や髪をなおす。見れば見るほど、『お前葬式に行くのか』と突っ込みたくなるような服装である。
「で? あんた、この子はどうするんだい?」
「今日は、夕方から冷え込むそうですね」
「ん? ああ……らしいね」
「では、それまで待つとしますか。そうですね、アイスでも食べますか? その子も食べられるでしょう」
 にこ、と笑うジェームズ。
 しかしその顔は、どう見てもフユを食べようとしているようにしか見えなかった。
「『その子も食べられるでしょう』か。ちょっと変えると『その子も食べられそうで美味しそうです』と続きそうだねえ」
「余計なお世話です」


「ていうか今思ったんだが、ウチにアイスを作れるような道具は無いけどねえ」
「それなら持参しております」
「…………そうかい。理由聞きたいけどなんか変な答え帰ってきそうだからやめとくよ」
「それは残念です」


 本当に丁寧に高級バニラジェラードを作ってきたジェームズは、その皿をフユの目の前に置いた。蓮の前にも置いたが、蓮は甘いものがあまり好きではなかった。
 フユはやはり無表情だったが、スプーン(フユ専用の小さなもの。これもジェームズの持参品である)でアイスをすくって口に運ぶと、ほんの少しだけ顔がほころんだ。
「おー、喜んだね」
「仲間とはぐれて寂しくなっていたのでしょうね」
「…………あえて突っ込まなかったんだが、そのエプロン姿は違和感があるというかウチの店の品位が貶められるからやめて欲しいんだがねえ」
「何を。これは知り合いから譲っていただいた由緒ただしい女物エプロンですぞ」
「……そういう問題じゃあない。全身黒ずくめのいかつい三十がらみの男がエプロンをしている姿なんて、あたしゃ一生見たくなかったよ」
 嫌そうに目をそらすので、ジェームズはしぶしぶエプロンをはずした。
 一方、フユはまだアイスを食べている。それほど量が多いわけではないのだが、やはり体格のせいか一度にたくさんは食べられないようだ。
「――む?」
「どうしたね?」
「いえ、少し肌寒くなってまいりました。これは、そろそろですね」
 ジェームズは言うと、早足で外にでた。


「おや、こいつぁ……」
「『寒の戻り』という奴ですよ。春にはしばしばあります。冬は一時期だけ戻ってくるのです。ご心配なさらずとも、フユの仲間はすぐに戻ってきたんですよ」
 得意気に話すジェームズ。
 そこにいたのは、たくさんのフユであった。同じ姿をした精霊が数十人、アンティークショップ・レンの外に集まっていたのである。
「実際は、取り残された仲間を助けるために戻ってくるのでしょうがね」
「はあ……なるほどねえ」
 蓮は感心したように頷いた。彼女の手元にいたフユは、すぐに仲間の元に戻っていった。
「おやおや、ほのぼのした光景ですね」
「……あー、あんた? ちょっと聞きたいんだけど、いいかねえ?」
「どうしましたか?」
「この子ら、なんで怒ってるのかね?」
 蓮の言う通り、フユの顔は無表情だったが、それでも怒っていた。中にはあからさまにジェームズを指さして何か言っていたりするものもいる。
「怒っている? ちょっと待ってください」
 ジェームズ・ブラックマン。彼は外見は三十代だが、実際は六百歳を超える物の怪である。彼らの言葉も多少は理解できる。
「なんて言っているんだい?」
「えー……どうやら、いかにも怖そうな外見をした私がいるので、フユを連れ去ったのは私だと思われているようですね。これはまたとんでもない事態になりましたね」
「はー……いや、大変だねえ」
「どうしましょうか。いっそ食い尽くしましょうか」
 真面目な顔でほざくジェームズに、蓮の蹴りがきまった。
「決まりだ。しばらく痛い目にあいな」
「な、なんですと!?」
「真顔でたちの悪い冗談言うからだよ。一応言っておくが、この子ら少しでも傷つけたらあんたを封印してやるからね。ああ、家の店には色々あるからねえ」
 言うだけ言って、蓮はひらひらと手を振る。そのまま店に戻ると、背後からジェームズの悲鳴が聞こえた。


 ――結局、精霊たちのリンチは、フユがジェームズをアイスを作ってくれた優しい人だと弁明するまで続いたのであった。


「いや、死ぬかと思いました。さすが季節の精霊は集まると怖ろしいですね」
「……そうかい」
 もっとも、一時間後にはけろりとした顔でコーヒーを飲んでいるあたりが、この交渉人の不思議な存在を印象付けていたのだが。
<了>

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■   登場人物
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【5128/ジェームズ・ブラックマン/男性/666歳/交渉人&???】

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■   ライター通信
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 初めましてジェームズさま。担当ライターのめたでございます。今回ご依頼は初めてでしたが、いかがでしたでしょうか? 気に入ってくだされば幸いです。
 寒の戻りかあ……と思わず納得してしまった解決策です。バストアップ見て「うわァ怖ッ!」とか思ってしまいましたが、よくよく見れば結構面白い方でしたので存分に遊ばせていただきました(笑)。どうでしょうか、新しい一面が発見されたのではないでしょうか?
 交渉人という設定が活かしきれなかったのが残念ですが、なかなか面白くかけたと自負しております。では、また機会がありましたら。よろしくお願いしますです。