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<東京怪談・PCゲームノベル>


とまるべき宿をば月にあくがれて


 ゆらゆら、ゆらゆら。
 水面に揺られているかのような感覚が全身を覆っている。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
 鼻先をくすぐるのは、あまり――否、まるで覚えのない香。
 煌はふっくらとした瞼をゆっくりと開き、映りこんだ存在に、小さな声を一つあげた。
「あーいー」
 ぷっくりと丸みを帯びた手を持ち上げて、今、自分を抱きかかえている相手の顔をふわふわと撫でる。
「ん? おお、起きたか、赤ん坊」
 撫でた手の動きに気付いたのか、煌を抱きかかえている者はふと首を動かして、煌の顔を覗きこむような格好を見せた。
「たまごー」
 言いつつ、のっぺりとした卵のような顔に微笑みを向ける。
 それは、目も鼻も口も無い、ただのっぺりとした顔形ばかりが首の上に乗っかっている、のっぺらぼうと称される妖怪だった。が、むろん、煌がその名を知っているはずもない。ただ、卵のようにつるんとした頬が面白くて、煌はきゃいきゃいと笑い声をあげたのだった。
「ここにはなあ、たまあに人が迷い込んでくるのだがなあ。おまえみたいな赤ん坊が迷い込んでくるのは、さすがに珍しい事だわなあ」
 口も持たない身でありながら、のっぺらぼうはそう言いながらカカカと小さな笑い声を漏らし、煌の背中をぽんぽんと軽く叩いた。
 声音から察するに、おそらくは男であるだろう。
「ぱぁぱ、ぱぁぱ」
 きゃいきゃいと笑いながら、煌は大きな両目をぱちぱちと瞬きさせて、のっぺらぼうの頬を撫で続けている。
「ぱぁぱ? なんだ、そりゃ。俺ぁ現し世に出入ってないもんだからなあ、言葉を知らんのだよ」
「ぱぁぱ、ぱぁぱ」
「よしよし、ちょいと待ってろな。今、おまえの言葉が判るかもしれんお人んところに連れてってやるからな」
「う?」
 のっぺらぼうが告げた言葉に首を傾げつつ、煌はもう一度大きく目をしばたかせた。

 ゆらゆらと揺れながら見回す風景は一面の薄闇で覆われていた。それは、深夜、ふと眠りから目覚めた時に広がっている、夜の闇によく似たものだった。真暗なものではなく、薄っすらと周りの景色を知る事が出来る程度の薄闇なのだ。
「くらいねえ」
 伸ばした両手を宙でうろうろと動かし、掴む事の出来ない夜の空気を指先で撫でる。
「おっかないモンはないから平気だ。――ああ、ほら、見えてきた。あの家ん中に居る大将なら、おまえの言葉も判るかもしれん」
「たいしょ」
「おお、そうだ、そうだ。ほれ、開けるぞ。目がしぱしぱするかもしれんからな」
「しぱしぱ」
 きゃいきゃいと笑いながら手を叩く煌を確かめつつ、のっぺらぼうは目の前に建つ一軒の鄙びた家の木戸に手を伸べた。木戸はしばしガタガタと音を立てた後に横に開かれ、中から溢れ出た明かりが薄闇を一息に照らし、煌の視界をしぱしぱと揺るがした。
「しぱしぱ」
 両手で両目をごしごしとこすりつけた後に、開かれた家の中を確かめる。
「わあ」
 歓声をあげたのは、目の前に並ぶ面々に感心を寄せたからだった。
 そこには、傘をすぼめた形をした形に一つ目と口、一歩足をつけた唐傘が立っていた。毛むくじゃらの男――覚の姿もあったし、老人の見目に蓑を背負った子泣き爺の姿もあった。それらが一斉にのっぺらぼうと煌とに視線を寄せ集め、興味津々といった顔で満面の笑みを浮べたのだ。
「ほほう、のっぺらの。その赤ん坊、どうしたね」
「おお、ぬらりひょん。大将はどこかいね」
 のっぺらぼうは現れた禿頭の老人と言葉を交わし、うごうごと動く煌をそっと床の上に降ろした。
 よちよちと歩きながら周りを見渡せば、煌の視線よりは背の高いテーブルやら椅子やらが並び、その上に腰を据えている妖怪達が一堂揃って煌を手招きしている。
「にぱっ」
 満面の笑みを浮べてよちよちと歩き、間近にいた女の傍へと歩みを進めた。
 女は切れ長のすうとした目を持った美女で、纏う着物には紫陽花を模した柄が施されている。
「おまえ、名前はなんというの」
「きら、きーら」
「きらというのかえ? 可愛らしい、良い名だねえ」
 女はそう笑いつつ煌を抱き上げ、膝に座らせて、テーブルの上の小鉢に盛られてあった里芋のにっころがしを箸でつつき、煌の口に運んだ。
「おう、女郎の。大将はどこかね」
「大将なら店の奥にいるだろうさ。ねえ、大将」
 まぐまぐまぐと里芋を食す煌を抱きかかえつつ、女――女郎蜘蛛は店の奥へと向けて言葉をかける。
「たいしょ、たいしょ」
 女を真似て笑う煌の呼びかけに応じてか、程なくして現れたのは、和装に眼鏡を着けた壮年の男だった。
「おや、赤ん坊ですか」
 男は穏やかな声音でそう述べながら、指先で煌の小さな手のひらに触り、やわらかな微笑みを浮べる。
「ぱぁぱ、ぱぁぱ!」
 触れた指をぎゅっと握り返し、煌は男に向けて両手を広げ、笑った。
「おや、パパとは。ハハ」
「現し世に繋がる橋んところに寝ておったのよ。風邪でもひかれたらコトだしな」
 のっぺらぼうがそう告げて、和装の男が小さな頷きを見せた。
「そうですよね。見れば、まだ一つぐらいの赤ん坊のようだし。――俺は侘助と言いますよ。残念ながら、キミのパパではないのです」
「ぱぁぱ、ぱぁぱ。わーびー」
 侘助と名乗る男に抱き上げられ、煌はきゃいきゃいと笑い声をあげる。
「ぱぁぱってのはどういう意味かね」
 のっぺらぼうが訊ね、
「お父さんっていう事ですよ」
 侘助が返す。
 煌はきゃいきゃいと笑い、両手をバタバタと動かした。
「へええ。じゃあ、ぱぁぱってのはこの子の口癖みたいなもんかね」
「ぱぁぱ、ぱぁぱ! たかぁい、たかぁい!」
「おや、たかいたかいをやるんですか?」
 目を細めて笑うと、侘助は抱き上げた煌をそのまま頭の上まで持ち上げ、ぽぅんと宙に放り上げる。
「きゃ、きゃ!」
 ぽぅんぽぅんとあがる煌の小さな体と高い笑い声とが、茶屋の中一杯に広がっていく。
「大将、気をつけとくれよ」
 女郎蜘蛛がはらはらした表情を滲ませて見守っている。
「しかし、随分と懐こい子だの。男かね、女かね」
「男の子さ、ぬらりひょん。ほら、胸の辺りが少しばかりごつごつしてるだろ」
 首を傾げたぬらりひょんに、女郎蜘蛛が答えた。
 ぬらりひょんは「ほほう」と感心したような頷きを見せ、ぽぅんぽぅんと宙を飛ぶ煌の顔を確かめる。
 薄青の洋服に、黄色いよだれかけ。頭にはふわふわとした素材で出来た薄青の帽子。 
「おしめなんかは大丈夫なもんかね」
 のっぺらぼうがそう言うと、侘助はたかいたかいを止めて煌を床の上に降ろし、かぶりを振って笑った。
「大丈夫ですよ。――ああ、でも、あんまり長居はさせられませんね。お母さんの許へ帰してやらないと」
「まぁま」
 侘助の言葉で母親を思い出したのか、煌は、ふと、少しばかり表情を曇らせた。
 その不安を払拭してやるかのように、侘助の手が煌の小さな頭を優しく撫でる。
「大丈夫ですよ。ちゃあんとママの許まで送ってさしあげますからね」
 膝を屈め、煌の顔を覗きこむ体勢をとって、侘助はふわりと笑顔を浮べた。
 煌は侘助の顔を見返してにぱっと笑い、
「ぱぁぱ、ぱぁぱ!」
 侘助に抱きついてきゃいきゃいと笑い声をあげるのだった。


 それからは、茶屋の中にいた妖怪達が総出で煌を構い出した。
 手毬が弾み、手遊びをし、やわらかなかぼちゃの煮物を食べ、そしてまた遊ぶ。茶屋の中を縦横無尽に遊びまわった煌は、気づけば、再びふっくらとした瞼を落とし、眠りについていたのだった。


 ゆらゆら、ゆらゆら。
 水面に揺られているかのような感覚を覚え、煌はゆっくりと目を開けた。
 そこは、煌にとっては見慣れた空間――つまり、母親と暮らしている部屋の中だった。
 ゆらゆらと揺れているのは、ゆりかごだった。
 ひっそりと静まり返った夜の闇が部屋の中に広がっていて、ゆりかごの傍らでは、母親が小さな寝息を立てている。
「まぁま」
 小さな声で母親を呼ぶと、母親は無意識に手を動かして煌の手をきゅうと握り、微笑んだ。
 ゆらゆら、ゆらゆら。
「ぱぁぱ」
 広がる夜の闇の中に向けて、小さな声で呼びかける。

「また遊びましょうね、きらクン」
「待ってるぞい」

 ひっそりとした声が返された。
 煌はにぱっと笑い、きゃいきゃいと手を動かす。

 窓の向こうに広がっている夜の中に、妖怪達の面々が浮かんでいたのが見えたのだった。




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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【4528/月見里・煌/男/1歳/赤ん坊】



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         ライター通信          
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はじめまして。このたびは当シナリオへのご参加、まことにありがとうございました。
お任せ部分が多いプレイングでしたので、こちらの思うように書かせていただいてしまいましたが、いかがでしたでしょうか。
少しでもお気に召していただけましたら幸いです。

また、このシナリオですが、基本的には一話完結という形をとっておりますが、二度三度と続けてご参加いただけるごとに、前回の続きを反映させていくといったようなことが可能となっています。
ご縁がございましたら、また遊びにいらしてくださいませ。

それでは、またご縁をいただけますようにと祈りつつ。