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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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ウゴドラクの牙
「また難儀なものが入ってきたねぇ…」
小さな木箱の中には一対の鋭い牙。
「ウゴドラクの牙かい…こんなものを保存しているなんて…狩った奴ぁ随分自己顕示欲の強いことだ」
セルビア語でヴァンパイア。
イストリア語やスロヴェニア語では、クドラク。
元は人狼を意味する言葉。
「さぁて…魔術が施されているようだが、此れをつければ人狼になれるってぇトコかね」
誰ぞに売るべきか。
処分するべきか。
それとも魔術を解除してただの飾り物とすべきか。
蓮が迷っているそんな時、アナタは来店します。
「ああ、いらっしゃい。ちょうどいいや、お前さんならこれをどうするね?」
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■海原みなもの場合
「はてさてどうしたものやら…」
頬杖つきながらため息混じりに呟く蓮。
まったくもって厄介なシロモノを押しつけられたものだ。
申し訳程度に箱にはさまれていた取扱説明書に目を通していた矢先のことだ。
チリンチリンと、店の扉が開かれた。
「こんにちはー」
入ってきたのは海原・みなも(うなばら・みなも)だった。
「おやちょうどいいところに」
「はい?」
気分転換に来店したみなもは、間がいいのか悪いのか、蓮にウゴドラクの牙を薦められることになる。
特に目当てのものがあって来たわけではないが、ほしい物があれば買おうかなと思っていたところにこの薦めだ。
少しなりとも興味は持つだろう。
「牙?ですか。ウゴ……要するに人狼になれる魔法のアイテムみたいなものですか」
みなもの質問にそのようだ、と返事する蓮。
じゃあ買わせてもらっていいですか、と即買い希望のみなもに、蓮は驚き煙管を思わず噴いてしまう。
ポフッと火のついた煙草が飛び出し、テーブルがこげる前に慌てて拾い上げ灰皿に捨てた。
蓮には珍しく、端から見てるとまんまコントのようだ。
「?いけませんでしたか」
「いや、いけないことはないんだが…せめて一度試してみてから買うかどうか決めたらどうだい?」
どうにかして案を出してくれそうな者を求めていたが、誰が試した訳でもないあやふやなものをいきなり売りつけるわけにはいかない。
ましてや相手は見るからに学生。
これがいい年の大人ならば、自己責任ですぐにでも売りつけてしまうのだが、純粋な子供相手にあってないような良心が痛む。
「正直、こういうものに関して完全に素人のあたしですが、なんとなく危険そうなものであることはわかります。けど、いつもと違う自分が発見できるかな、って思えたんです」
「…今の自分に悩んでるんだね?」
蓮の言葉にみなもは苦笑しつつも答える。
「自分の将来のことについて悩んでて…ちょっと鬱っちゃっていまして…”逃げ”かもしれませんけど、人間や人魚でないあたし…人狼のあたしなら、また違う考え方が思いつく、というか納得できるかなって」
みなもの言葉に、ああそういえばこの子は人魚だったか、と思い出し、蓮は少しばかり考えた。
「――そうだねぇ…これを使ってみて、ほしいと思ったなら売ろうじゃないか。まずはお試し期間で丸一日でどうだい?」
「ありがとうございます!それじゃあ、安全な使い方を教えてください」
蓮は付属の取扱説明書に書かれていたことを話し始めた。
「――まず、夜この牙を自分の歯に当てると、すぐに同化を始めるからね。二本とも同化したら後は獣化を念じればそのとおりに変身できるそうだ。ただし…これは満月の日に行ってはいけない。牙の魔力が勝って完全な人狼になってしまうからね」
蓮の言葉にみなもは真剣に聞き入った様子で、頷いてくる。
「元に戻るには、朝日を浴びると自然と落ちるそうだ。そして同じことが何度でもできる。そしてそれは一日一回にすること。不精して何日も朝日を浴びずにいれば満月の日と同様の事態になるからね」
「わかりました」
一通り説明し、取扱説明書と共にウゴドラクの牙をみなもの渡すと、蓮はいつもの微笑をたたえてささやく。
「使ってみた感想なんかも、後で教えておくれね」
戸口でみなもの背中を見送ると、蓮は静かに扉を閉めた。
自宅に戻ったみなもは夜の帳が下りたのを確認する。
いよいよ牙を試すときが来た。
「…蓮さんの説明どおり、気をつけないといけませんね。あとは――」
素人の浅知恵かもしれないが、ないよりいいのではないかと思い、銀のスプーンを用意してみた。
魔物…人狼も銀製品に弱いからである。
「は〜〜…結構どきどきしてきました…」
鏡の前で、ウゴドラクの牙を自分の歯に押し当てる。
手を離すとぴたりと牙が自分の犬歯にくっつき、みるみる同化していく。
「け、結構長いですね…唇に当たらないように気をつけなきゃ」
こんな長い牙で人狼は普段どうして生活しているのだろう、みなもはふとそんなことも考えた。
昼間は人の姿、夜は獣の姿。
人にまぎれて生活しているのであれば、人にばれにくい状態にしているはず。
「…念じれば短くなるのかしら…」
物は試しに、と短くなるよう念じていると、先ほどの鋭さがなくなり、やや丸みを帯び、長さも若干短くなった。
牙が丸くなったのは装着している者の気性のためだろうか?
少し丸くなった牙を見ながら、まるで自分に合わせてくれているような気がして、みなもは少しおかしくなる。
「なんだかかわいい感じですね」
そしていよいよ、獣人化を念じてみる。
ちゃんと人狼に変身できるだろうか、失敗しないだろうか、そんな不安が頭をよぎる。
産毛が獣の硬い体毛に変化し、ざわざわと伸びていく。
鼻がみるみる前に伸びていく。
窓の外に見える夜の暗闇が、はっきりと見通せる。
「――わ…ぁ…」
青みがかった毛並み。
この色は自分の髪の色がそのまま出ているようだ。
鏡越しに見るその姿は青い狼。
獣人化ではなく、いきなり獣化してしまったようだが、それでも目に見えるその変化にみなもは心躍らせる。
「え、と…次こそは…ッ」
獣人化、獣人化…と念じていると、鏡に添えられていた前足が、毛と爪を残した状態で人の手の形になり、獣の体が人の形へ変化していく。
体毛のせいか服がいささか窮屈だが脱ぐわけにもいくまい。
「♪」
だがとにかく獣人化は成功だ。
体中に力がみなぎってくる。
なんだか、こう、じっとしていられない。
外に。
夜の闇を駆け巡りたい。
空も晴れているし、細いながらも月も出ている。
いつも以上に空が、町が明るく見える。
「……お行儀悪いですけど…」
今なら、跳べる。
みなもは窓から身を乗り出し、そのまま外へ跳びだした。
普段の自分では、人魚の自分では考えられない行動。
体が軽い。
何でもできそうな気がしてしまう。
闇の中がよく見える。
「すごいすごい!」
時間を忘れ、夜の闇を駆け抜け自在に跳び回った。
だが、そこでふと思うのだ。
このまま、人狼になってしまおうか。
夜明けは近い。
ポケットの中には、腕につけられなかった腕時計。
チラリと見ればそろそろ日が昇る時間だ。
空がだんだんと白み始めてきた。
「………このまま……」
この開放感を失うのは、惜しい気がした。
―――けれど…
「………」
夜の闇を見通せる澄んだ眼も、開放感を与えてくるこの身体能力も。
すべては仮初。
もともと自分の持っている力ではない。
終夜の魔法。
一日一回限りの。
一歩間違えれば二度と元の自分には戻れなくなる、諸刃の魔法。
元の姿で生活できるのは日のあるうちだけに。
月のある夜は獣の姿に。
夜の闇にまぎれて生きるナイトハーフ。
「……ッ」
腕時計は時を刻み続ける。
みなもの手の中で。
とめられぬ時間の流れを。
刻一刻と、夜明けの時間が迫る。
ふと、気づくと、学校の屋上出足を止めてる自分に気づく。
見慣れた校舎、見慣れた校庭。
自分が通う中学校。
いつもの現実が朝を迎えようとしている。
「――――帰ろう」
朝日を浴びて。
いつもの姿に戻って。
体を包んでいた薄い青い体毛がひいて、地肌が、いつもの肌が出てくる。
鼻が引っ込み、鏡に映る姿はいつもの自分の姿。
闇を見通した獣の眼も、いつもの自分の瞳へ。
「…おかえり、あたし」
鏡の中の自分にそっと語りかけ、みなもは学校へ行くまでのわずかな時間を、浅い眠りにあてた。
「―――で、どうだったね?」
学校帰りに蓮の店に寄ったみなもは、晴れやかな笑顔でこんにちは、と言った。
「すごく楽しかったです!あんなに動けるなんて思いませんでした」
「そりゃあよかった」
で?、と蓮は一服してからみなもに向き合う。
答えを待っているのだ。
「――やっぱり、買わせてください」
「そうかい」
突っ返すかな、と思っていた蓮だが、まぁいいだろうと納得することにした。
現に説明書の注意事項は守れているようだし。
「…始めは、あのまま人狼になってしまうのも、よかったかなって思ったんですが…」
「思いとどまる何かがあったと?」
「すごく、すごく単純なことなんですけどね」
苦笑しつつ、みなもは自分の腕時計を指した。
「今の自分への悩みや…将来のこととかも、なんら解決したわけじゃないんですけど、そろそろ夜明けだって思ったとき、ポケットの中にこれが入ってたんです」
いつもの癖だろうか。
窓から飛び出すときに腕につけようとしてつけられなかったそれをポケットに入れたのだ。
「本当に人狼になろうって思ったら、時間なんて気にしないですよね?」
ギリギリまで悩むために時間を見るよりも、明け方と同時に暗がりへ身を隠す方を選ぶだろう、と。
時計を見ずとも空が自然と大まかな時間を告げてくれるから。
「もう少し考えてみます。今の自分のこととか、将来のこととか、これのこととか」
そう言ってウゴドラクの牙が入った箱を出す。
「わかったよ、それじゃあサービスで学割きかせてあげよう」
「ありがとうございます!」
深々と頭を下げるみなも。
モノを買った客が店主に頭を下げるのもなんだかおかしな話だが。
「また何か気づいたことがあったら言っとくれ。後学のためにねぇ」
「はい、暫くは悩んだ時のストレス解消に使ってみようと思います」
お邪魔しました、と快活に挨拶をして、みなもは店を後にした。
ウゴドラクの牙をかばんに入れて。
「――ま、厄介なシロモノでも、思春期の悩める学生の手助けになったのなら、これはこれでよしとするかねぇ」
蓮の背後には、後から送られてきた同一の木箱が四つおかれていた。
木箱は待っている。
自分の新たなる持ち主を。
それが誰になるかは、また別のお話。
勿論、取り扱いにはくれぐれもご注意を。
―了―
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252 / 海原・みなも / 女性 / 13歳 / 中学生】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、鴉です。
ウゴドラクの牙、お買い上げありがとうございます。
結果、今の自分を選ぶことになりましたが如何でしたでしょうか?
みなもさんの将来の悩み解消の手助けになれるかどうか定かではありませんが、
道が開けることを切に願っております。
ともあれ、このノベルに際し何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。
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